『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』 作:Sphilia
旭高校では、10月に入ると冬服の着用が義務付けられている。
正直、まだ暑い日もある。衣替えの猶予期間を二週間ほど設けてほしいものだ。
まあ、生徒会に立候補してまで校則を変えようとは思わないが。
そんな益体のないことを考えながら登校していると珍しく声をかけられた。
姉妹の中で唯一のショートカット、一花だ。
こいつと歩いてるとすれ違う男どもから妙に視線を感じる。
正直面倒だが、俺としても昨日の件の顛末は気になるところだ。
結局、仲良く並んで登校することになった。
「昨日、帰ってから私の仕事のことみんなに打ち明けたんだ、みんなビックリしてた」
訊く前に向こうから話してくれるのは、パートナーとして信頼されたみたいに感じて少しこそばゆい。
一花が打ち明けた時の光景を想像してみる。
一番驚いてそうなのは五月……とみせかけておそらく二乃だろう。
四葉はいつも通りの笑顔で応援するだろうし、三玖なんかはサインをねだってたりしてな。
「でもスッキリした」
そんな風に言って笑う一花。
姉妹に隠し事をしなくてよくなった解放感のせいだろうか、いつにも増して視線を集めている。
姉妹関係にしこりが残るんじゃないかなんて、少し心配していたが杞憂に終わったようでなによりだ。
一応、俺が反対なのは変わりないと釘を刺しておくが一花も心得たもので、
「大丈夫、留年しない程度には勉強頑張るから」なんて軽くかわされてしまう。
「放課後、勉強会してるんでしょ。私も参加するからまた連絡するね」
はい、と携帯を差し出してくる一花。そこそこ話題になってた最新機種だ。
……プレゼントか? 意図がつかめずに困惑する俺に
「メアドこうかんしよってこと!」
と少しじれったそうな一花。
俺の日常がこいつらに侵食されていく気がして気が進まないが、家庭教師なら知っておいた方がいいでしょとまで言われては強いて断る理由もない。
結局、学校に着く頃には俺の携帯に新たな連絡先が追加されていた。
放課後の勉強会。
最初は四葉と二人だけだったそれも、三玖と一花が加わって賑やかになってきた。
「アドレス交換! 大賛成です!」
フンス! とばかり勢いよく両手でガッツポーズしながら声を上げる四葉。
一花からアドレス交換した話を聞いたらしい。
そのまま携帯を取り出すのかと思いきや、出てきたのは折り紙だった。
「
……そんなことより勉強してくれ。
無理に止めて、家で隠れて折られるくらいならいっそ半分引き受けて終わらせる方が早い
──そう思った矢先に今度は通りがかった教師の手伝いを引き受けている。
……こいつ、本当に勉強する気あるのか?
こいつのお人好しっぷりはここ一ヶ月でよくわかっていたつもりだったが、まだまだ甘かったらしい。
勉強を避けるための時間稼ぎなんじゃないかと勘ぐってしまうようなレベルで雑事を引き受けてくる。
悪意でやってるなら、正面から妨害してくる二乃よりよっぽどたちが悪い。
どうしたもんかと頭を抱えていると、ブルリと携帯が震える。
かわいい寝顔♡
広められたくなければ残り4人のアドレスをGetすべし!
一花
ご丁寧に俺の寝顔の写真付きだ。
いつの間に……昨日しかないか。
やられた!
してやったりとばかりニヤリと笑ってウィンクを寄こす一花。
やんぬるかな!
思わず天を仰ぐ。油断も隙もあったもんじゃない。
せめてプラスに考えよう、連絡先がわかればメールを送れる、宿題だって送り放題だ。
……この借りは必ず返させてもらう!
「あー、みんなのメアド知りたいなー」
自分でもわかるほどの棒読みだが、構うものか。
「協力してあげる」
集中して勉強してくれてるように見えた三玖だったが、耳だけはこっちに向けていたらしい。
すんなりと携帯を差し出してくれた。
わーいやったぜーなんて言いながら受け取る。
そういえば足のケガは大丈夫か、と尋ねると「もう痛くない」とのこと。
楽しい思い出にケチがつかなかったようでなによりだ。
俺のアドレス帳にまた一行、新たな連絡先が加わった。
面倒だし二乃と五月のアドレスは今度でいいか、なんて思っていると、
「二乃と五月ならさっき見ましたよ! 急ぎましょう!」
なぜか俺より張り切ってるやつがいた。
やっぱりこいつ本当は勉強する気がないんじゃないか……?
四葉に連れてこられたのは、案の定というかなんというか、食堂だ。
二乃がドリンクしか頼んでいないのはイメージ通りだったが、
……メロンパンにブール、ピザパンにクリームパン。
五月の食欲は俺の想像を少し超えていた。
……本当にこいついつも何か食ってるな。
アドレス交換の話に対しては、食べるのに忙しい五月に代わり、二乃が代表して返事をくれた。
「お断りよ! お・こ・と・わ・り!」
わざわざ二回も伝えてくれた。大事なことなんだろう、多分。
まあこの反応は予想の範囲内、俺には秘策がある。
「今なら、俺のアドレスに加えてらいはのアドレスも教えてやろう」
この二人はとっくにらいはの魅力に陥落済みだ。
「背に腹は代えられません……」とあっさり降伏する五月。
二乃は「身内を売るなんて卑怯よ!」と一応の抵抗を見せたが、二乃抜きの5人で内緒話でもしようかなと煽ってやるとあっさり白旗を上げる。
俺の携帯はただいま五月が操作中。
二乃には生徒手帳を渡して、空きページにアドレスを書いてもらうことにした。
「これで全員分揃いましたね!」
当事者よりも大きな喜びを示す暴走元気娘だが、どうやら一人お忘れのようだ。
その事実を教えてやると、
え? と不思議そうに指折り数えて
「あー! 四葉! 私です!」と元気に手を上げて宣言した。
「これが、私のアドレスです」
と勢いよくつき出された携帯に、ちょうど電話がかかってくる。
画面にはバスケ部部長ホンゴーさんの文字。
「ああ、もう一つ頼まれごとがあったんでした。失礼しますね」
そう言い残して猛ダッシュで走り去って行く四葉。
……バスケ部?
(ああ、一生懸命練習したのに試合にでられないなんて、可哀そうだわ)
天使の皮を被った悪魔に唆されて参加したあれか。
……一試合だけの助っ人じゃなかったのか?
一番成績悪いアイツが部活なんて始めたら卒業がピンチだ!
俺は五月から携帯を受け取ると、四葉の後を追うことに決めた。
……何か忘れてる気がするが、そんなことより四葉を追わなくては。
部室棟はいつも俺たちが授業を受けている教室棟から渡り廊下を渡った先にある。
入校時のオリエンテーション以来訪れたことはなかったが、なんとか迷わずにたどり着けた。
外で活動中の部活が多いせいか、校舎の中は薄暗い。汗と制汗スプレーが混じった複雑なにおいがする。
馴染めそうにない空気感に、あんまり長居はしたくないと思いながらバスケ部の部室を探していると
「それで、中野さん、入部の件考えてくれた?」
タイミングよく声が聞こえた。
「はい、誘ってもらえて嬉しいです」
聞き覚えのある姉妹の声がする。ここにいるのは四葉だろう。
……入部?
四葉のやつ、やっぱりまともに勉強する気なんてなかったのか。
今日だって折り紙に始まり、ノート返却、そして最後はバスケ部か。
信頼しかけていた分、ショックも大きい。
目の前が少し暗くなった。
あいつは姉妹で唯一、初日の試験で一桁を叩き出してるんだ。
一桁って言っても順位の話じゃない、100点満点で8点だって意味だ。
なんとしても考え直してもらわないと!
そう決意した時だった──
「でもごめんなさい、お断りさせてください」
キッパリと断る声が聞こえた。
割り込もうとしていた俺の足も止まる。
四葉の協力的な態度は嘘じゃなかったみたいだ。
ホンゴーさんとやらに惜しまれている声が聞こえるが、この調子なら大丈夫だろう。
なんだか、疑っていた自分が小さな人間に思えてくる。
いつも元気で素直なのが四葉の美徳だ。その上、どうやら義理堅さまで備えているらしい。
顔を合わせるのが気恥ずかしくなった俺は見つからないようにこっそり退散することにした。
四葉の熱意に応えて、姉妹全員に特製問題をメールしてやった。
お礼のメールが来るかなと少し期待したが、そんな奇跡は起こるはずもなく……。
──────────────────────────────────────―
我が家にはいくつかルールがある。親父が20時までに帰ってきた場合、親父が夕飯を食べ終えるまでは全員居間に集合するというのもその一つだ。
らいはは、久しぶりに親父が早く帰ってきたのがが嬉しいんだろう、何くれとなく世話を焼いている。
微笑ましい家族団らんのワンシーンのはずが、俺の気分はどうにも晴れなかった。
原因ははっきりとしている。目の前にある一枚のプリントだ。
終礼時に配られたそれには、中間試験の日程とテスト範囲が記載されている。
話は変わるが、我が旭高校の赤点ラインは30点に設定されている。
五教科合わせて最低150点は必要ってことだ。
五つ子が初回テストで獲得した点数は、五人分合わせてもたったの100点。
謎の隠し子
「自信過剰のお兄ちゃんがテストを嫌がるなんて珍しいね」
ひょいっとらいはがうしろから覗き込んできた。
どうやら頭を抱えて唸っている俺を見て勘違いしたらしい。
「俺じゃなくてあいつらだ。ひょっとしたらテストがあることすら知らないかもしれない」
テスト前の一週間でどこまで詰め込めるかが勝負だが……五教科全てとなると相当に厳しい。
「風太郎、家でまで勉強の話はやめなさい。飯がまずくなる」
……どんな教育方針だよ!
「お前だって昔は勉強できなかっただろ。心配しなくても五月ちゃんたちも変わるさ」
宥めるように言う親父だが、あいつらの成績の悪さと勉強嫌いっぷりを知れば意見を変えるに違いない。
「お兄ちゃん昔はこんな勉強オバケじゃなかったの?」
「こいつ、昔は俺そっくりのワイルドな男だったんだぞ」
らいはが変なとこに食いついたせいで、話がどんどんおかしな方向に向かっていく。
「お兄ちゃん写真嫌いだから。昔の話聞きたーい」
「あの子に会ってからか。そのころの写真なら生徒手帳に忍ばせてるのを知ってるぞ」
親父が聞き捨てならないことを言いだした。
勝手に持ち出した親父のカメラで撮った写真だ、何をとってるのか把握されてるのはまあ諦めてるが
……なんで生徒手帳に忍ばせてることまで知ってるんだ?
見せてーと手を伸ばしてくるらいはだが、いくら最愛の妹でもこればっかりは恥ずかしくって見せたくない。渡すものかと内ポケットを抑える。
……あれ、ない。
ズボンのポケットにも入ってない。
通学カバンをひっくり返しても出てこない。
どこかに落とした?
夢の中へ行きたい、なんて思い始めたころになってようやく一つの可能性に思い当たった。
……二乃にアドレスを書いてもらったきり返してもらってない。
背中に嫌な汗が流れる。
よりによって二乃だ。昔の写真なんて見られたら……想像もしたくない。
電話しようにも、当然二乃の連絡先はまだ登録されていない。
他の姉妹に連絡して、三玖に明日の朝一で回収に向かう許可をもらった。
どうか、写真に気づかれていませんように。
いっぱい食べるキミが好き