『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』   作:Sphilia

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五つ子ちゃんのお宅訪問

「あいつら、どこへ行ったんだよ」

 

全員を卒業させる──そう約束して、彼女らの父親との電話を終えた俺。

戻ってきたリビングには、誰の姿もなかった。

 

「みんな自分の部屋に戻りましたよ」

 

振り返るとうさぎ女――四女の中野四葉がいた。

 

「……眉間にしわを寄せてみてくれ」

 

「こ、こうですか?」

 

リボンを外せば見分けがつかない。中野五月と同じ顔。……本当に一卵性の五つ子なんだな。

一人教えるだけで五倍の報酬だなんてそんなうまい話ではなかったわけだ。

 

「っていうかなんでお前はいるの?」

 

「そんなの、 上杉さんの授業を受けるために決まってるじゃないですか!」

 

心外だとばかりに胸を張る。

 

こいつが俺の蜘蛛の糸か。

――切れる前に登り切るぞ。

 

「怖い先生が来るかと思って嫌だったんですが、同級生の上杉さんとなら楽しそうです!」

 

……ありがとう

そう素直に声に出すのは少し照れくさかった。

 

「四葉、抱きしめていいか?」

 

「さー、他のみんなを呼びに行きましょー!」

 

――この子の明るさには本当に救われる。

 

メゾネットタイプのマンション内部を歩く。部屋の中に二階があるなんて贅沢すぎて値段の想像もつかない。

 

「私たちの部屋はここから、五月、私、そして三玖、二乃、一花の順番です」

 

「まさか五人集めるところからとは……」

 

「大丈夫ですっ、五月はすごい真面目な子ですから。よほどのことがない限り協力してくれますよ!」

 

「嫌です」

 

間髪入れずに、ドアの向こうから冷たい声が飛んできた。

ドアすら開けてくれないとは、"よほど"嫌われてしまったらしい。

 

それでも一応返事してくれるのは真面目というかなんというか……

 

「あはは、五人いれば一人くらいこうなりますよ」

 

四葉のなぐさめがむなしく響く。

 

仕方がない、次はメカクレ女――三女の三玖だ。

 

「三玖は私たちのなかで一番頭がいいんです。きっと上杉さんと気が合いますよ」

 

「嫌」

 

けんもほろろに追い返された。

一応部屋に入れてくれただけ五月よりはマシだが、目も合わせてくれないとは。

 

頭の良さと引き換えに人付き合いは苦手ってタイプか……?

四葉、そういうタイプ同士はな、あんまり仲良くならないんだ。

 

次はあのパッツン女――次女の二乃の部屋だ。

 

「二乃は人付き合いがとっても上手なんです。上杉さんともすぐに……」

 

……部屋にすらいなかった。

 

「……いないのかよ」

 

ため息が思わず漏れた。拒否どころか無視とは。とっかかりすらつかめない。

このままじゃ授業どころの話じゃない。帰ってらいはに何と言えばいいんだ……。

 

「五倍報酬って、五倍苦労するって意味だったか?」

 

冗談まじりにぼやいてみたが、笑う元気はなかった。

 

「だ、大丈夫ですよ、まだ一花が残っています。一花は……」

 

言い淀んだ理由はすぐに理解できた。

……ひどい。

三人で住んでる我が家ですら、ここまでの惨状じゃない。

 

「人の部屋を未開の地扱いして欲しくないなぁ」

 

奥で布の塊がモゴモゴと動く。驚きが声に出てしまっていたらしい。

布団から顔を出したのはショートカット女――長女の一花だ。

 

「まさかフータロー君が私たちの先生とはね〜。それで五月ちゃんを見つめてたわけだ」

 

寝ぼけ眼をこすりながらそんなことを言う。

 

「いいから、さあ居間に行くぞ」

 

布団を引っ張ると――肌色?

 

「あー、ダメダメ。服着てないから、照れる」

 

……照れてるようには見えないが。

 

「んー? 私、寝るとき基本は裸だし。大丈夫、ショーツは履いてるから安心して。」

 

なにがどう安心なのかさっぱりだ。

……目のやり場に困る。

 

「四葉、そこら辺にある服適当にちょうだい」

 

「うわ、一花、こんなの持ってるの?……大人だ」

 

スケスケのキャミソール。四葉よ、そんなものより"今すぐ着れる服"を渡してやってくれ。

 

「同じ顔だし、四葉も着こなせるかもね?」

 

「えええええ!?」

 

「小学生の頃のパンツはそろそろ捨てないとね」

 

「わーっわーっ 上杉さんいるから! シーっ!シーっ!」

 

……コントが始まった。

勉強する時間がどんどんと削られていくのを感じる。

 

付き合いきれない。

 

「服なんてなんでもいいから早く着替えてくれ」

 

そう言って部屋を立ち去る。

扉を閉めかけたその時、後ろからぼそりと何かが聞こえた……気がした。

 

「……オシャレ下級者」

 

空耳だろうか。

まぁ、小学生パンツに言われたくはない。

 

今日は一花と四葉の二人だけか。……誰も来ないよりはましだと思おう。

 

一階に戻るとなんだが甘い香りが鼻をくすぐる。

 

「クッキー作りすぎちゃった。食べる?」

 

振り向くと碧と黒のリボンが揺れた。二乃だ。

まさか、部屋にもいなかった理由がこれか?

 

サラサラの髪にバッチリのネイル……料理する姿なんて想像できないのに。

キッチリ形の整ったクッキー。まさか、らいは並みに料理できるのか……?

 

「お、ナイスタイミング。お菓子祭り開催だね」

 

いつの間にか着替えを済ませた一花が、のんびりと宣言する。

 

「……クッキー、いい匂い」

 

三玖、いつの間に

 

「二乃はお料理もすっごい上手なんですよ」

 

そう言いながらお皿の用意をする四葉、ずいぶん手際がいいな

 

「今週はクッキーなんですね、私も色々準備してありますよ」

 

両手いっぱいのお菓子を持った五月も降りてきた。

 

どうやら土曜の午後はお菓子パーティの決まりらしい――

クッキーの匂いに誘われたのか、それとも時間通りだっただけか。

 

さっきまでバラバラだった姉妹五人が、リビングに顔をそろえていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「まずは実力を測るためにも、小テストをしよう!」

 

そう言って自作のプリントを配ってはみたものの――

 

長女は服飾雑誌に夢中、

次女は「映え」とやらにこだわって延々とクッキー撮影、

三女は真剣な顔で味比べ中らしい。

五女にいたっては両手フル装備でクッキーをかじっている。

 

……筆記用具くらい出してくれ。

 

「上杉さんご心配なく! 私はもう始めてます!」

 

四女だけは元気いっぱいに反応してくれたが――

埋まってるのは名前欄だけ。

 

……こいつら、どうしようもねぇ。

 

「ねえ、クッキーは嫌い?」

 

急に二乃が親しげな感じで話しかけてきた。……何を企んでいる?

 

「警戒しなくてもクッキーにクスリなんて盛ってないから。食べてくれたら勉強してもいいよ」

 

小さく首をかしげて、上目遣いでこちらを窺う。

 

……手作り菓子だ、食べるのが筋か。

誠意を見せれば二乃もわかってくれるはず……

 

「うまいな」

 

甘い。中までちゃんと火は通ってる。

それ以上のことは──俺には正直、わからない。

 

でも、今は味なんかより、誠意を見せるほうが先だ

 

クッキーを頬張りながら、二乃の顔をチラリと窺う。

 

「わぁー、モリモリ減ってる!うれしいな~」

 

本当に嬉しそうな顔だった。

……もしかしたら、悪意なんてなかったのかもしれない。

 

「さすが男の子だね~」

 

うれしそうに笑う。その次の瞬間――

 

「で、パパとどんな約束したの?」

 

うぐっ

……クッキーがのどに詰まるところだった。

 

「特には何も……」

 

なんとか飲み込めた。

……やっぱり裏があったか。

 

「私たちさー、ぶっちゃけ家庭教師なんていらないんだよね」

 

笑顔はもうなかった。二乃の瞳が、静かにこちらを射抜いてくる。

 

唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。

 

長女と三女は静観、五女はクッキーに夢中。

頼みの綱の四女は――夢の世界へ旅行中。

 

「なんてね、はいお水」

 

かわいらしい笑顔だ。

――元来威嚇の表情だったらしいな。

 

……俺はこの家にとって、異物だ。

こいつらの反応は、当然だろう。

 

乾ききった喉に水を流し込む。

 

それでも、諦めるわけにはいかない。

五人を卒業させるしか、俺には道がない。

 

「ばいばーい」

 

やけに楽しげな二乃の声が耳に響く。

 

嬉しそうに手を振る姿を見ながら――

 

俺の意識は、ふっと暗闇へと沈んでいった。

 

そうか、クッキーは他の姉妹も食べるもんな……

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「お客さん、お客さん着きましたよ」

 

知らない男性の声が遠くで響く。

 

……頭がぼんやりする。身体が妙に重い。

 

目を開けると、見知らぬ天井と車内の匂いが鼻を突いた。

 

「ここお客さんの家ですよね」

 

たしかに俺の家の前だ。日が暮れて、あたりはすっかり暗い。

なぜ俺は車内にいる? 家庭教師を始めたはずだが、その後が思い出せない。

記憶の欠片を必死に集めようとしていると、運転席のメーターが目に入った。

 

表示されている4800円の数字に、一気に血の気が引く。

 

「カードで」

 

支払いをする少女の声。

乗客は俺一人じゃなかった――

 

「住所は生徒手帳を見せていただきました。」

 

振り返ってそう告げる少女。

星型の髪飾り――五月か。

 

……生徒手帳?

 

「それ、写真も見た?」

 

「なんのことですか」

 

硬い声。

どうやら、見られてはいないらしい。ほっと息をつく。

 

「ずいぶん気持ちよさそうに眠っていましたね。

 せっかく送ってあげたんですから、これに懲りてもう家庭教師は諦めたらどうですか?」

 

……警告ついでに送ってくれたってことか

 

「それはできない」

 

考えるより先に言葉が出ていた。

五月の笑顔がピキリとこわばる。

 

「あ、やっぱお兄ちゃんだ。おかえりなさい、早かったね。」

 

一触即発だった空気が、幼い少女の声ひとつでふっと和らぐ。

タクシーなんて滅多に来ないこの家だ。心配になったらいはが様子を見に来たらしい。

 

「わあ、その人ってもしかして生徒さん?はじめまして、上杉らいはです。」

 

「何でもない人だ、さ、帰るぞ」

 

家庭教師が上手くいっていないことを、まだらいはに知られるわけにはいかない。

軽く肩を押して家に入ろうとするもらいはは譲らない。

 

「うそだー、生徒さん、よかったらウチでご飯たべていきませんか?」

 

五月が、目を丸くして固まっている。

クラスメイトに家族との姿を見られるのは妙に気恥ずかしい。

 

「今夜はらいはの特製カレーなんです」

 

ぴょこんと跳ねるみたいに、らいはの目がさらに輝いた。

こうなるともう、誰にも止められない。

 

「嫌‥‥ですか……?」

 

タクシーを降りる素振りのない五月に、らいはの瞳がうるうる潤む。

らいはの可愛さには五月もノックアウト。

 

こうして、上杉家の食卓に四人目が加わることが決まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

時代遅れのペンダントライトが揺れ、扇風機の生ぬるい風が頬を撫でる。

そんな畳敷きの古臭い部屋に五月がいる。

 

あいつらの家と比べられているかと思うと、情けない気持ちになった。

 

「家庭教師、ちゃんとやってきた?」

 

鍋をかき混ぜながらのらいはの問いに

 

「その件についてですが――」

「もちろん、バッチリだ!」

 

五月の言葉に、慌ててかぶせた。

 

(頼む、らいはが悲しむ。)

 

小声で五月に頼み込む。

 

「そーなんだ、安心したよー。これで借金問題も解決だね!」

 

「らいは。お客さんの前だぞ」

 

「あ、ごめんなさい」

 

こんなにはしゃぐらいはを見るのは、久しぶりだ。

 

「はーい、上杉家特製カレーと卵焼きでーす」

 

らいは謹製のごはんが食卓に並ぶ。

 

「お口にあうといいんだけど」

 

らいはが謙遜する必要はない。

 

「とってもおいしそうです」

 

五月は、少し緊張しながらも礼儀正しく答えた。

 

「ふん、お嬢様に庶民の味がわかるかね」

 

口にあわなかったらコイツの舌がおかしいんだ

 

「コラ、そういう嫌味なところは直しなさい」

 

お盆で軽く頭をはたかれる。

……これじゃあどっちが兄だかわかりゃしない。

 

夕食の間中、五月の表情は意外なほどやわらかだった。

スプーンはずっと動き続け、卵焼きも、カレーも、きれいに平らげる。

父親のくだらない冗談にも、声は出さず小さく笑った。

 

…………らいはのカレーは世界一だからな。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「お邪魔しました」

 

玄関口でそう挨拶する五月。

 

「らいはちゃん、ごちそうさま」

 

いつの間にからいはの方がこいつと仲良くなっている。

 

「五月さん。お兄ちゃんは、クズで、自己中な最低の人間だけど――」

 

「ら、らいは?」

 

最愛の妹からの急な暴言に俺の心はズタズタだ。

五月も思わず苦笑している。

 

「いいところもいっぱいあるんだ! だから、その……また、食べにきてくれる?」

 

らいはは、天使みたいな笑顔でそう言った。

 

「もちろんです、頭を使うとおなかが空きますから、またご馳走してください」

 

そう答えた五月の顔には、今まで見たことのない――とてもやわらかな笑みが浮かんでいた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

遅い時間になったので大通りのタクシー乗り場まで送ることにした。

 

「勘違いしないでください

 あなたの事情は察しがつきましたが、協力はできません」

 

「そうかよ」

 

「勉強はしますが、教えは乞いません

 あなたの手を借りずともやり遂げて見せます

 ですので家庭教師をやるのでしたら勝手にどうぞ」

 

「今なんて」

 

「え?ですからかってに――」

 

その前だ。

俺の手を借りずに卒業するだと?

 

「そうか、それでいいのか」

 

条件は、五人全員の卒業。

なら、極論、俺が教えたかどうかなんて関係ない。

合格できるやつは放っておけばいい。

本当にヤバい赤点候補だけを、確実に引き上げる。

 

「五月サイコー!」

 

思わず肩をつかんでしまう。

 

どうして今まで思いつかなかったんだ。

無駄を省き、効率よく。――これが一番確実だ。

 

「はあ……? いったい何を考えてるんですか……」

 

困惑してるみたいだが、そんなのはどうでもいい。

 

「明日の午後一にまた行く。他の四人を集めておいてくれ。」

 

――これなら、勝ち筋はある。

 

上杉家の未来は俺が守ってみせる。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

リビングに並んだ五つ子を前に、俺は少しだけ高揚した声で切り出した。

割のいいバイトになりそうだ。……そんな淡い期待が胸の奥でふくらんでいた。

 

「今日はよく集まってくれた!」

 

「まあ、私たちの家ですし」

 

苦笑交じりに四葉が答える。

その膝には一花が頭を預け、寝息を立てている。

三玖は腕を組んで、ここにいる意味を問うような冷たい目線を寄越した。

 

仲良くする必要はない。

合格点さえ取ってくれれば、もう関わらない相手だ。

 

姉妹を集めてくれた五月には、内心で感謝している。

不承不承といった様子ではあるが、ちゃんと約束を守ってくれたのだ。

それだけに、俺を見る視線が氷点下なのが、ほんの少しだけ堪えた。

 

「家庭教師はいらないって言わなかったっけ」

 

スマホを弄りながら、二乃が刺すような声を飛ばしてくる。

 

「だったら、それを証明してくれ」

 

「証明?」

 

「そうだ。今からテストを受けてもらう」

 

俺は、昨日持ち込んで結局使えなかった小テストを取り出した。

ぼんやりとしか記憶にないが――どうやら、まともに試験すらできないまま終わったらしい。

 

今日こそは、確実に前へ進む。

 

「合格点を超えた奴には、金輪際、俺は近づかないと約束しよう」

 

プリントの束を机に置き、俺は五人を見回した。

 

「勝手に卒業していってくれ。……その方がお互いのためだ。」

 

俺の言葉に、空気がわずかにざわめいた。

 

一花は目をこすりながら、面倒くさそうにあくびを噛み殺し、

三玖は相変わらず無表情。

四葉は「頑張ります!」と元気よく拳を握っている。

二乃が、不満げに眉をひそめる。

 

「なんで私がそんな面倒なことを……」

 

渋る二乃の言葉を、遮るように静かな声が割って入った。

 

「わかりました、受けましょう」

 

「はあ?五月、本気?」

 

「合格すればいいんです。そうすればもうこの人の顔を見なくて済みます」

 

はっきりと俺を指して、言葉を突きつける。

わざわざ眼鏡まで取り出して、気合は十分のようだ。

 

――ぜひ合格してくれ。

 

「みんな、頑張ろう!」

 

四葉がエンジン役らしい。笑顔で姉妹を鼓舞している。

それに釣られて、一花も肩をすくめながらペンを取った。

 

残るはあと二人。

三玖がぼそりと訊いてくる。

 

「……合格ラインは?」

 

「60……いや、50点あればいい」

 

納得してくれたらしい。

 

「別に受ける義理はないんだけど」

 

二乃は鼻で笑った。

 

「──あんまりアタシたちを侮らないでよね」

 

渋々ながらも受けてくれるようだ。

 

なんとか、全員にテストを受けさせることに成功した。

ここまでは上出来だ。

 

──全員赤点なんてオチは勘弁してくれよな。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

二時間後。

 

「採点が終わったぞ」

 

答案を手に、俺は五人を見回した。

 

「低い順に発表する。約束通り、50点を超えた奴は勝手に卒業してくれ」

 

緊張の面持ちでこちらを見る者もいれば、もう諦めた顔をしている者もいる。

 

まずは、最下位から。

 

「四葉。8点だ」

 

四葉が、えへへと照れ笑いを浮かべた。

……まあ、予想はしていた。

 

「一花。12点」

 

寝ぼけた顔のまま受けてたわりに、意外と頑張った……わけないか。

4倍しても不合格。

 

「二乃。20点」

 

テスト前の自信はどこから湧いてたんだ。

 

「五月。28点」

 

眼鏡をかけても賢くなるわけじゃないらしい。

 

全員赤点まであと一人――

 

「三玖。32点」

 

……一番ペンは走っていたが――不合格。

俺はプリントを全員分重ね、深く息を吐いた。

 

「すごいじゃないか、全員あわせて――百点だ」

 

誰か一人が百点を取ったわけじゃない。

五人合わせて、ようやく百点。

 

「お前ら……まさか……」

 

俺が言い終わるより早く。

 

「「「「「逃げろっ!」」」」」

 

見事な合唱だった。

一斉に椅子を蹴立てて、五人は階段へ殺到する。

 

一花は、寝起きとは思えない俊敏さで駆け上がり、

二乃は俺に向かって舌を出しながら、余裕の笑みで走り去り、

三玖は、気配すら残さず、忍者みたいに音もなく消え、

四葉は、リボンをはためかせながら「きゃははっ」と笑って、

五月は、ぶつぶつ何かを言い訳しながら。

 

「待て! お前ら!」

 

追いかける暇もなかった。

リビングには、俺一人だけが取り残される。

二階から、わいわいと騒がしい声が響いてくる。

 

あいつら、反省する気ゼロだな。

 

廊下には、五つ子それぞれの声が交錯していた。

 

「あーあ、なんか前の学校思い出すね!」

 

「厳しかったもんねー」

 

「思い出したくもない……」

 

「勉強したはずなのに……」

 

「……あいつ、知ってたのかな」

 

断片的に聞こえる会話に、眉をひそめる。

──前の学校? 落第? 厳しかった?

こいつら――

 

「五人揃って、赤点候補かよ……」

 

思わず天を仰ぐ。

 

らいは、お兄ちゃんは少しだけ、くじけそうだよ。

 

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