『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』   作:Sphilia

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少し短めだったので三話と四話を統合しました。


屋上の告白/五人で満点

 今日はやけに太陽が黄色く見える。

 五つ子の学習計画作成と、自分の勉強。こんな生活続けられるのか……? 

 

 校門前に見慣れない高級車が停まっている。

 8746……1を作って10を掛ければすぐだな。

 

「かっけえー」

 

 窓ガラスはもちろんスモークで車体には傷一つない。外車だろうか、エンブレムを見てもメーカーがわからない。

 思わず見とれているとおもむろにドアが開いた。

 

「なんですか、ジロジロ不躾な」

「おはよ、フータロー君」

「おはようございますっ上杉さん」

「またあんた?」

「……」

 

 思い思いのセリフを吐きながら、見覚えのある五人組が降りてくる。

 

「えっお前ら!」

 運転手付きの車で登校とは、優雅なものだ。

 

 ──そんなことより。

 

「一昨日はよくも逃げて──」

 言い切る前に、五つ子は走り出した。

 

「待て、今日は怒らない! むしろ褒めに来た!」

 ……さすがに無理があるか。

 

「騙されないわよ」

「……油断させて勉強させようとしてる」

「参考書とか隠してない?」

 一応は立ち止まってくれたが、ひどい疑われようだ。

 

 ……俺、こいつらにどんなイメージ持たれてるんだ。

 油断させて知識を詰め込んでくる男。──もはや怪異じゃねえか。

 

 五月が目を見ながらはっきりと告げてきた。

 

「私たちの力不足は認めましょう、でも自分の問題は自分で解決します」

「……勉強は一人でもできる」

「そうそう」

 

 どうやら姉妹の総意らしい。

 ──自分たちで勉強する気になった、ということか? 

 

「そうか。じゃあ、昨日の復習は当然やったよな? 

 一問目だ。厳島の戦いで毛利元就が破った武将は?」

 

 ……途端に、誰とも目が合わなくなった。

 短い付き合いだが、確信したことがある。こいつらは、極度の勉強嫌いだ。

 

 そして──同じくらいに俺のことも……。

 

 一人ずつ信頼関係を築くところから始めるしかなさそうだ。

 思わず、天を仰ぐ。

 

 ……俺の、一番苦手な分野じゃないか。

 

 ──────────────────────────────────────────

「よう、三玖」

 

 今朝出した問題──三玖はテストで正解していた。

 なのに、どうして答えなかったのか。

 その理由を確かめたくて、食堂で声をかけた。

 

「350円のサンドウィッチに……なんだその飲み物」

「抹茶ソーダ」

 校内にそんなゲテモノ、売ってたか? 

 

「逆に味が気になるな」

「いじわるするフータローには飲ませてあげない」

 意地悪……? 相変わらずこいつが一番読めない。

 

「一つ聞いてもいいか?」

 アイスブレイクは十分だ。本題に移ろう

 

「今朝の問題の件なんだが──」

 

 背後から突然、「上杉さーん、お昼一緒に食べませんかー!」と大声が飛んできた。

 肩が跳ねる。ぴょこぴょことリボンが揺れている。四葉だ。

 

「お前はいつも突然なんだよ」

「あはは、朝は逃げちゃってすいませーん」

 大げさに頭を下げて、てへへと笑う。こいつはいつだってエネルギーが有り余っている

 

「これ見てくださいよ、英語の宿題、全部間違えてました。あはははは!」

 ……いや、笑いごとじゃないだろ。

 せっかくのチャンスだった三玖との会話が、押し流されていく。

 

 それを見かねたのか、一花が「ごめんねー、邪魔しちゃって」と四葉を引き取りにやってきた。

 長女とは保護者役も兼ねてるらしい。

 

「えー、一花も勉強みてもらおうよ!」

「うーんパスかな、私たちほら、バカだし。ね?」

 同意を求めてくるな。バカならなおさら勉強しろ。

 

「それにさ、高校生活が勉強だけなんてつまらないよ、もっと青春をエンジョイしようよ」

 チラリとのぞくピアスに、目が吸い寄せられる。──少しだけ、ドキリとした。

 

「恋とか!」

 ……こいつらは本当に自分たちの状況をわかっているのか? 

 

「恋だと?」

 思わず声が低くなってしまう。

 

「アレは学業から最もかけ離れた愚かな行為だ。したいやつはすればいい。

 ……だが、そいつの人生のピークは学生時代となるだろう」

 ……決して羨ましいとか妬ましいだとか思っているわけじゃない。……本当だぞ! 

 

 一花が、苦笑を浮かべた。

「あちゃあ、この拗らせ方、手遅れだね」

 

「あはは、恋愛したくても相手がいないんですけどね。

 三玖はどう? 好きな男子とかできた?」

 

 急に問いかけられた三玖は驚いたのか、「い、いないよ!」と否定すると顔を隠して駆けだしていってしまった。

 

「急にどうしたんだあいつ」

 

「ふっふっふ、あの表情、姉妹の私にはわかりますよ。ズバリっ三玖は恋をしています!」

 今度は名探偵ごっこか? 

 

 ──まさか、な。

 

 ──────────────────────────────────────────

 

 あのあと、俺は三玖の好きな人は誰なのか盛り上がっている一花と四葉を置いて教室へ戻ってきた。

 単なる四葉の思い過ごしならいいんだが。

 よくない流れだ。あいつらには勉強してもらわないと困るのに……

 

 自習すべく参考書を開くと、一枚の紙が挟まっているのに気がついた。

 

『フータローへ

 昼休みに屋上に来て、

 フータローに伝えたいことがある

 どうしてもこの気持ちが抑えられないの。

 三玖』

 

 随分と達筆だ、果たし状……なわけないよな。

 ラブレター? まだ会って四日目だぞ? 三玖が、俺を──? 

 いや、俺には勉強が。

 

「何ニヤついてるんですか? 気持ち悪いですよ」

 

 通りがかった五月が、不審げな視線を寄越してきた。

 

「ニヤついてねーし、真顔すぎるほど真顔だ!」

 

 クールになれ上杉風太郎。これはイタズラ、イタズラだ。

 屋上になんてわざわざいかなくても──

 

 ……来てしまった。

 いや、これはイタズラかどうかの確認のためだ、断じて期待なんてしていない。

 案の定、屋上には誰もいなかった。

 

 ……まんまと程度の低いイタズラに乗っかっちまったな。

 

 ガチャリ、と扉が開く。

 

 ──三玖だ。

 

「み、三玖……やっぱりイタズラじゃないのか?」

 

「良かった、手紙見てくれたんだ」

 

 顔を赤らめながら、三玖がもじもじと立っている。

 

 落ち着け、上杉風太郎。これは……これは単なる伝言とかだ。

 

 そもそも、理由がない……

 

 喉がカラカラだった。

 

 足も、やけにぎこちない。

 

 心臓だけが、場違いなほど速く跳ねている。

 

 ……なんでだよ。

 

 別に、三玖がタイプなわけじゃない。

 

 気になってたわけじゃない。

 

 単に──こういう「告白されるかもしれない」状況に、耐性がないだけだ。

 

「俺ら、来年受験なんだし……」

 

 断ろうとしているのにうまく声が出せない。

 

「食堂で言えたらよかったんだけど」

 

(──あの表情、姉妹の私にはわかります)

 四葉の声が脳裏によぎる。

 

「誰にも聞かれたくなかったから」

 

 ……あれ。

 

 この雰囲気──思ってたよりやばくないか? 

 

「フータロー、あのね」

 

(三玖は恋をしています)

 

「ずっと言いたかったの……す……す……」

 

 もう、止まらない。

 

「す……」

 

 心の準備が──

 

「陶晴賢」

 

 ──陶晴賢……!! 

 

 ──────────────────────────────────────────―

 

 三玖はやりきったとばかり満足げにガッツポーズしている。

 

 陶晴賢……? 

 

「言えた。……それだけ」

 

 三玖は胸の前でぎゅっと拳を握って、ホッと吐息をこぼすと、そそくさとヘッドフォンを装着した。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

 もう用はないとばかりに立ち去る三玖を慌てて呼び止める。

 本当にこいつ何考えてんのかわっかんねえ! 

 

「捻った告白とかじゃないよな? 陶晴賢ってなんのこと!?」

 

「うるさいなぁ、問題の答えだけど」

 

 視線だけをよこして答える三玖。

 

「問題……? 今朝の、なんでこのタイミングで」

 

 なおも去ろうとする三玖を慌てて追いかける。

 肩をつかんだ拍子に三玖のスマホが手から滑り落ちる──

 

「す、すまん」

 

 よかった、割れていない……この待ち受けは──武田菱? 

 

「それは、武田信玄の……」

 

「見た?」

 

 振り返った三玖は凄い形相でこちらを睨みつけている。

 

「は、はい」

 思わず腰が引けてしまう。

 

「誰にも言わないで。好きなの! その、戦国武将が」

 

「は?」

 

 間の抜けた声が出てしまった。

 

「きっかけは四葉から借りたゲーム」

 

 三玖はかまわず話し続けている。

 

「野心あふれる武将たちに惹かれてたくさん本も読んだ。でもね、クラスの子たちが好きなのは イケメン俳優や美人なモデル。それに比べて私は……髭のおじさん」

 そういって三玖は肩を落とす。

 

「変だよ、こんなの」

 

 確かに変な奴だ……そう切り捨てるのは簡単だが

 

 ──これはチャンスだ! 

 

「変じゃない! 自分が好きになったものを信じろよ」

 

 目をみて、ゆっくりハッキリとした口調で話すことを意識する。

 

「俺は武将にも造詣が深い方だ。前回の日本史も満点だったな」

 

「そうなの?」

 

 こころもち、目が輝いてきたな。

 いい食いつき方だ。

 

「なんと言っても学年一位だからな、俺の授業を受ければ三玖の知らない武将の話もしてやれるぜ」

 

「それって」

 

 ……あれ、何か失敗したか? 

 

「私よりも詳しいってこと?」

 

 さっきまできらきら煌めいていた三玖の瞳は、いまやギラギラと輝いている。

 

「じゃあ問題ね、信長が秀吉を猿って呼んでたのは有名だよね、でも本当はもっと違う名前で呼ばれてたの。なんてあだ名か知ってる?」

 

 急にめっちゃ喋る! 

 

 まずいな、早く答えないとすごい疑わしげな眼でこっちを見てる。

 秀吉のあだ名か……歴史の先生が何か言ってたような……たしか──

 

「ハゲ……ネズミ……」

 

「……正解」

 ありがとう、先生! 決して先生の容姿が秀吉みたいだから覚えてたってことはないよ。

 

「それにしてもハゲネズミはひどいな」

 

「うん、かわいそう」

 ここで話が終わるかと思ったのだが──

 

「知ってるとは思うけど私が好きな逸話は……」

 三玖が、急に勢いづいた。

 

「武田軍のテバサキ農場は今も残ってて……」

 早口だな。

 

「上杉謙信は実は女で……」

 おいおい、まだ続くのか。

 

「あと本田忠勝ロボット説! 戦で一度も傷を負わなかったから機械仕掛けって噂があって!」

 誰だそんなトンデモ説広めたやつ。

 ……こいつ、好きな話題になると止まらないタイプかよ

 

 適当に相槌を打ちながら話を聞いていると少し三玖のことが分かった気がする。

『武将』は勉強嫌いのこいつと『日本史』を繋ぐ唯一の接点だ。

 

 武将に特段興味はないが……このチャンス、活かしてみせる! 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「あ、もう次の授業始まっちゃう」

 今が好機だ。絶対に逃がしてたまるか。

 

「な、なんか話足りないな、うーん、この話三玖は聞きたいだろうなぁ」

 棒読みになっていないだろうか。

 

「そうだ、次の家庭教師の内容は日本史を中心にしよう、三玖、受けてくれるか?」

 どうだ──? 

 

「……そこまで言うなら、いいよ」

 三玖は、少しだけ照れたような笑みを浮かべた。

 

 ──勝った。

 生徒二人目、確保だ。

 

 勉強する場さえ整えばあとはどうにでもできる。

 騙したみたいで気が引けるが、俺も生活がかかってるんだ。

 

 悪く思わないでくれよ。

 

「これ、友好の印」

 そう言って、三玖が差し出してきたのは──抹茶ソーダ

 

「ええ……」

 思わず顔をしかめる俺に、三玖がいたずらっぽく笑う。

 

「気になるって言ってたじゃん。

 大丈夫だって、鼻水なんて入ってないよ。なんちゃって」

 

 鼻水……? 

 

 今なんて? 

 

 困惑して固まった俺を見て、三玖の表情がサッと曇る。

 

「あれ? この逸話知らないの?」

 まずい、気づかれた。

 差し出された友好の証がすっと引っ込む。

 

「頭いいって言ってたのに、こんなもんなんだ」

 三玖は、失望したようにつぶやいた。

 

「教わることなんてなさそう、ばいばーい」

 くるりと踵を返して、教室へ消えていく。

 三玖が授業に現れることは、なかった。

 

 こんなもんだと……許せねえ。

 

 意地でも、俺が勉強教えてやる!! 

 

 ──────────────────────────────────────―

 

「三玖、俺と勝負だ」

 

 三日後の昼休み、俺は満を持して三玖と対峙していた。

 二日がかりで知識を詰め込んだ俺に、もはや死角はない。

 

「お前の得意な戦国クイズ、今度こそ……今度こそ、全部正解してやる」

 

「やだよ、……嘘つき。懲りないんだね」始めはやる気なさそうにしていた三玖だったが、「唯一の特技で俺に負けるのが怖いのか?」と、少し意地悪く煽ってやると、ようやく重い腰を上げた。

 

「……第一問、武田の風林火山、その『風』の意味するところは」

 ……なぜそんな簡単な問題を? 困惑して一瞬回答に詰まる。

 

「正解は、疾きこと風の如く」三玖は自ら正解を言うと、風の如く駆けだした。

 

 ……逃げやがった。

 ──あいつらは逃げ続けている。俺からも、勉強からも。

 ……死んでも逃がさねぇ! 

 

 そんな決意を新たに、俺は急いで三玖の後を追いかけた。

 

 ポフッ

 

 三玖を追うことに集中して視野が狭くなっていたのだろう。曲がり角を曲がった瞬間、誰かとぶつかってしまった。

 

「わお、上杉さん!」

 聞き覚えのある声と共に、トレードマークのリボンが揺れる。四葉だ。

 

「ちゃんと前向かなきゃダメですよー」

 幸い、お互いに怪我はなかったみたいだ。ホッと胸をなでおろす。

 

「すまん。なあ、ここ三玖が通らなかったか?」

 

「さっきすれ違いましたよ、あっちに走っていきました!」

 四葉が指さしたのは、教室棟の方角。予想より三玖の足が速い。

 

「サンキュー」

 礼を言い、慌てて走り出すと、少し先に姉妹の誰かを見つけた。あれは……四葉? 

 

「わお、上杉さん!」

 全く同じ顔、全く同じ声。

 思わず、つい先ほどぶつかった四葉の方を振り返る。

 確かにまだそこにいる。……これは、有名なアレか。

 

「すまん、四葉。落ち着いて聞いてくれ……お前のドッペルゲンガーがそこにいる。お前、死ぬぞ」

 短い付き合いだったがいい奴だった。南無阿弥陀仏。

 

「えええええええええっ!! 死にたいくないです~~!!」

 気のせいか、背後に「ガ〜ン!!」という効果音が見える。(効果音なのに見えるってなんだ……?)

 

 このオーバーなリアクション……うん、間違いなく四葉のはずだ。

 

「や、やだ、本当にいます~」

 俺の幻覚ってわけじゃないらしい。となると……

 

「最後に食べるご飯は何にしよう……」

 こちらの四葉はすでに人生を諦めモードに入っている。一方、あちらの四葉は……あれ? よく見ると、あっちの四葉は髪が少し長い。

 さらには、おもむろにトレードマークのうさぎリボンを外し、代わりにヘッドフォンを付けだした。

 

 ──三玖じゃねえか! まさか変装して逃げるとは。トリッキーな技を使いやがって! 

 

 しらーっと何食わぬ顔で立ち去ろうとする三玖を、今度こそ逃すまいと追いかける。

 本物の四葉は、ドッペルゲンガー騒動に力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまい、ついてくる様子はない。

 

 息切れしながら、ようやく追いつきそうな距離まで近づいた。

 

「三玖、騙して悪かった。この二日間で図書館にある戦国関係の本全てに目を通したんだ、今ならお前とも対等に会話できる自信がある!」

 心臓がバクバクと鳴り、足もそろそろ限界だ。勉強ばかりでロクに運動してこなかったツケを、こんなところで払わされるなんて……。

 

「……武将しりとり、竜造寺隆信」

 三玖も限界が近そうだが、走るのをやめる気はないらしい。だが、俺の覚悟を試してくれるようだ。

 

 ──今度こそ、このチャンスを、絶対に逃さないっ! 

 

「福島正則!」

 

「竜造寺政家」

 ……被せるように返してくる。しかも父子リレー。油断できない。

 

「江戸重通」──伊達政宗の家臣だ。

 

「長曾我部元親」四国統一の立役者。「金森長近」「川尻秀隆」「片倉小十郎」「上杉謙……景勝っ!」──くそっ、ミスっらなかったか。「津田信澄」

 お互いそろそろ息が限界だ。

 

「三好……長慶……」「島津……豊久」「……真田幸村」

 三玖が最後の力を振り絞るように呟いた瞬間、俺も、そして彼女も、まるで同時に糸が切れた操り人形のように足がもつれた。

 

「……っ!」 「うぐ……っ」 受け身もまともに取れず、俺たちは勢いのまま芝生の上に崩れ落ちるように倒れ込んだ。肺が焼けつくように熱く、視界が白く点滅する。

 隣に転がる三玖も、肩で激しく息をしながら空を仰いでいた。

 

 聞こえるのはお互いの荒い息遣いと、早鐘のように打つ心臓の音だけ。動きたくても、指一本動かせそうにない。

 

「……ねえ、なんで……はぁ……そんなに、必死なの……?」

 

 ぜえぜえと息も絶え絶えに、それでも疑問は抑えきれなかった、というような声が隣から聞こえた。

 

「そりゃ……はあっ……お前が、逃げる、から……だよ……」

 

 俺も、途切れ途切れに答えるのが精一杯だった。熱い日差しが容赦なく照りつける。

 

「俺のスピードに張り合えるなんて、やるじゃん」

 

 ようやく呼吸が整ってきた俺はお互いの健闘を称えることにした。

 

「私クラスで一番足遅かったんだけど……」

 ぽつりと呟くその声に、微かに笑いがにじんでいた。

 

「……暑い」

 三玖はおもむろに、タイツに手をかけた。

 

「おい、ちょっと待っ──」

 言いかけた俺の前で、ためらいもなく脱ぎ始める。

 日に焼けてない肌がやけに白くて目に眩しい。

 目に毒だ。昔の人はうまいこと言う。

 

 ……戦の駆け引きより、よっぽど心臓に悪い。

 それにしたって……こいつの羞恥心はどうなってるんだ。

 

 どうにもいたたまれない気持ちになった俺は、喉の渇きを潤すために自販機へ向かった。

 

 三玖にも何か冷たい飲み物でも買ってやろう。

 

 ──────────────────────────────────────────

 

「ひゃあっ」

 ベンチで休む三玖の頬に冷たい缶を当てると、思ったよりいい反応が返ってきた。

 

「これ、好きなんだろ」

 友好の印として抹茶ソーダを渡す。

 

「もちろん、鼻水は入ってない。石田三成と大谷吉継の逸話だったんだな」

 

「ふーん、ちゃんと調べてはいるみたいだね」

 三玖はすまし顔で受け取ってくれた。

 

「この逸話にたどり着くまで結構苦労したんだぜ」

 北の伊達から南の島津まで、図書館の本を片っ端から読み漁った。

 

「最後はたまたま居合わせた四葉に検索してもらったんだけどな」

 インターネットってやつも捨てたもんではない。

 ……ちょっとズルした気になったのは秘密だ。

 

「四葉?」

 

「私が武将好きって四葉に話したの?」

 三玖が、抹茶ソーダの缶をぎゅっと両手で抱えた。

 

「言ってない。けど姉妹にまで秘密にする必要があるのか?」

 むしろ誇るべき特技だと思うけどな。

 

「姉妹だからだよ」

 小さく吐き出すような声だった。

 

 三玖は靴を脱ぎ、膝を抱え込む。どこか、震える小動物みたいに。

 

「五人の中で、私が一番……おちこぼれだから」

 

 ……今の、わずかに震える声。

 こいつは、好きなものに自信がないんじゃない。

 ()()()()()()()()()()んだ。

 

「あいつらの中じゃお前は優秀だ。この前の小テストでも、一番マシな点数取ったじゃねえか」

 手探りで、俺は言葉を繋いだ。

 

 三玖は、膝に頬をのせ、力なく笑った。

 

「フータロー、優しいね」

 そう呟く声は、ふっと消え入りそうだった。

 ……そんな顔するなよ。

 

「どんぐりの背比べだけどな!」

 なんとか、会話を切らさないようにする。

 ──そうすることしかできなかった。

 

「……なんとなくわかっちゃうんだよ」

 三玖が、ぽつりと続けた。

 

「私程度にできること、他の五人もできるに決まってる。だって……私たち、五つ子だもん」

 

 ──その瞬間、脳に電流が走った。

 

 ちょっと待て。三玖の言う通りなら、もし本当に「五人は同じ力を持っている」なら──

 

「だからフータローも私なんか諦めて──」

 

「それはできない」

 その先を言わせてたまるか。

 

「俺は五人の家庭教師だ。全員そろって、笑って卒業させる。それが、俺の仕事だ」

 俺がそう言い切ると、三玖は呆れたように、でも少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「勝手だね、フータローは」

 だがまたすぐに顔を伏せてしまう。

 

「でも無理だよ、この前のテストでわかったでしょ、五人合わせて百点なんだよ」

 その通りだ。

 

 ──だからこそ

 

「五人合わせて百点、だからこそ、勝機がある」

 三玖はきょとんと目を見開いた。

 

「三玖、お前がさっき言っただろ。

 ──『私たち、五つ子だもん』って」

 

 その言葉に、俺は賭けることにした。

 

「一人ができることは、他の四人にもできる。

 ってことは他の四人ができることは、三玖にもできるんだ」

「…………そんな考え方、したことなかったけど」

 

「見てみろ」

 俺はポケットから、小テストのプリントを取り出す。

 

「正解した問題が、誰一人──かぶってない」

 三玖が目を見開いた。

 

「つまり、だ。

 全員合わせれば、満点を取れる」

 

 声に出して確信した。

 

「五人全員が、百点を取れるだけのポテンシャルを持ってる。

 ──俺は、そう信じてる」

 

「何それ……屁理屈だよ」

 

 ぽつりと三玖は言った。

 

 だけど。

 その横顔は、もう、さっきまでの暗い影を落としたものではなかった。

 

 言葉にしないだけで──

 ほんの少しだけ、何かを信じてみたくなった、そんな顔をしていた。

 

 ……たぶん、まだまだ時間はかかるだろうけど。

 それでも、ほんの少しくらいは、期待してもいいかもしれない。

 

 三玖は、手に持った抹茶ソーダをそっと口に運び、

 そして、かすかに笑った。

 

「本当に……『五つ子』を過信しすぎ」

 ──────────────────────────────────────────

 

 俺が、図書室の片隅で五つ子の学習計画を見直している時だった。

 

「珍しいな」

 

 三玖が棚から数冊、本を選んでいるのが見えた。

 青いカーディガンの背中越しに、微かに動く肩。

 三玖は無言のまま、数冊の本を引き抜いてパラリとめくった。

 

 貸出カード──俺が本当に勉強したのかの確認か……。

 

「フータローのせいで考えちゃった」

 本を見つめたまま、三玖がぽつりとつぶやく。

 

「ほんのちょっとだけ、私にも……できるんじゃないかって」

 その声に、気負いも力みもなかった。 ただ、ほんの少しだけ熱が宿っていた。

 

「だから……」

 三玖が顔を上げる。

 少しだけ怯えたような目で、それでも──

 

 まっすぐに立ち向かおうとする気配と、かすかに灯った信頼の色が滲んでいた。

 

「……責任取ってよね」

 

「任せろ」

 即答する。

 

 五人まとめて笑顔で卒業。責任もって請け負ってやる! 

 

 ──二人目、確保。

 

 

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