『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』   作:Sphilia

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扉を開けて

「裁判長、ご覧ください」

 ……俺は今、裁かれている。

 

 五つ子裁判は、五月のその一言で開廷した。

「被告は家庭教師という立場にありながら、ピチピチの女子高生を目の前にして欲望を爆発させてしまった──」

 ……ノリノリだな。

 

「この写真は上杉被告で間違いありませんね」

 ピシッと掲げられたスマートフォン。

 半裸の二乃に覆いかぶさる男の姿が、画面に映し出されている。

 

 ……俺だ。

 

「冤罪だ!」

 なんだこの状況。

「裁判長」

 律儀に挙手する二乃。

「はい、原告の二乃くん」

 一花まで。……この場に俺の味方はいないのか。

 

「この男は一度マンションから出たと見せかけ、私のお風呂上がりを狙って潜んでいました。

 悪質極まりない犯行に、我々はこの男の今後のマンション出入り禁止を要求します」

「たいへんけしからんですな~」

 ……こいつ、顔が笑ってる。明らかに面白がってやがる。

 

「おい、一花……!」

 ツーンと顔をそらす一花。

 ……裁判長って呼べってか。

 

「異議あり!」

 凛とした声。

 三玖! 弁護側に回ってくれるのか……! 

「フータローは悪人顔してるけど、これは無罪」

 悪人顔……その一言は絶対に余計だが、味方がいるのは心強い。

「私がインターフォンで通した。録音もある。これは不幸な事故」

 非常に論理的な反論だ。そうだ、事故なんだよ! 信じてたぜ、三玖。

 

「あんた、まだそいつの味方でいる気……?」

 不満を隠そうともしてない、信じられないって顔をしている。

「コイツ、バッチリ、『撮りに来た』って言ったの! 盗撮よ!」

 俺を指さし、語気を強める二乃。事故なんだって。

 

「忘れ物を『取りに来た』でしょ」

 三玖は冷静に、一歩も引かない。頼もしい。

「三玖、信じてたぜ!」

 俺は弁護人(?)の三玖に、しっかり目を見て感謝を伝える。

 

「……っ!」

 三玖は一瞬息を呑み、なぜか俯いてしまった。

 

「それ以上近づかないで」

 そう言うと完全にそっぽを向く。

 ……別に近づいたつもりはなかったが。

 

 うなじから耳までがほんのり桜色に染まっていて、一瞬ドキリとした。

 風呂上がりだから、のぼせているのか? 

 

「……へぇ」

 感情を削ぎ落したような、澄んだ低音。そんなに大きくない声なのに妙に響いた。

 

「三玖、あんた」

「ちがう。二乃の気のせい」

 姉妹にのみ伝わる短いやり取り。

 

 一瞬だけ言葉に詰まり、三玖は視線を泳がせる。

 それでも小さく息を吐いて、二乃の目を見て言った。

「ただ……フータローは、悪くない」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……なんで、そんなに庇うのよ」

 

 絞り出すような声だった。

 

「どっちの味方なの?」

 

 何かを振り払うかのような悲痛な叫び。

 

 怒りなんかじゃない。

 

 何かもっと大きな感情が込められているように感じた。

 

「そんな話はしてない」

 

 三玖は、目をそらさなかった。

 二乃も、黙ったまま睨み返す。

 

「い、今は私たちが争ってる場合じゃ……」

 見かねた五月が仲裁に入るも、

「五月は黙ってて」「あんたも早くその写真消しなさいよ」

 容赦なく一蹴。

「裁判長〜」

 涙目で一花に泣きつく始末。

 

 それを見た一花は「よしよし」と五月の頭を撫でながら、のんびりした調子で──

 

 とんでもない爆弾を投下してくれた。

 

「うーん、三玖の言う通りだとしても、こんな体勢になるかなー?」

「一花、あんたやっぱ話がわかるわ」

 握っていた拳が緩み、二乃は小さく息を吐いた。

 すぐに顎を上げ、視線だけで俺を射抜く。

 

「こいつ、いきなり私に覆いかぶさってきたのよ」

 

 ビシッと俺を指さす頃には、声も仕草も完全に”いつもの二乃”に戻っていた。

「……それ、本当?」

 三玖の目が、明らかに冷たくなる。

「それはそうだが、それは──」

 言い訳が出るより早く、

 

「やっぱ有罪。切腹」

 ……おい、弁護人が死刑宣告ってどうなってんだよ。

 

 三玖は顔を向けてもくれない。

 二乃の口角は上がってる

 ──四面楚歌ってこういうことか。

 ──このままじゃ家庭教師どころか、学校にも行けなくなる。

 

 なんとかしないと、本当に終わる。

「棚が……」

 口を開きかけた俺の代わりに、助け舟が飛んできた。

 

「棚から落ちた鍋から二乃を守った……?」

 この声……検察官、五月か。

「よく見れば、そうとも受け取れますが。違いますか?」

 

「その通りだ。ありがとう、五月」

 

「私はただ、可能性を述べただけです。感謝されるようなことではありません」

 言い方は素っ気ないが、真面目なやつだ。

 三玖も頷いてくれたし──

 

「やっぱり、フータロー君にそんな度胸ないよねー」

 ……こいつだけは最初から、わかった上で遊んでたな。

 

「ちょ、ちょっと!」

 二乃が焦ったように声を上げる。

「何、解決した感じになってんの!? 適当なこと言わないで! 私は押し倒されたのよ?」

「二乃、しつこい」三玖が淡々と返す。

 

「まあまあ、そんなカッカしないでー。私たちも()()()()()()()()()()()じゃん?」

 一花が穏やかな声でとりなす。

 

 ──それを聞いた瞬間。

 

 二乃がピタリと動きを止め、ゆっくりとうつむく。

 

 握りしめた拳が、わずかに震えていた。

 

 ……伏せた睫毛が微かに揺れる。

 

 ……助かったと思ったのに、全然喜べる雰囲気じゃねーな。

 

「……俺の注意不足が招いた事故だ。悪かった」

 素直に頭を下げたが、聞いちゃいない。

 

「昔はって……私は……っ」

 絞り出された二乃の声は、震えていた。

 

 表情を隠すようにうつむいて──

 そのまま家を飛び出していった。

 

「助かったが……あいつ、出て行ったぞ。いいのか?」

 

「……ほっとけばいいよ」

 閉じた扉を見つめたままの 三玖は、いつもの無表情を顔に貼り付けてそう言った。

 ただ、視線をそらさず立ち尽くすその姿はとても寂しそうに見えた。

 

(誠実に向き合えばわかってくれるよ)

 

 昼間の三玖の声が頭の中で響く。

 

 ……俺は、失敗してしまったんだろうか。

 

 ────────────────────────────────────────

 

 俺という異分子が姉妹仲を悪化させてしまっているのは申し訳なく思うが俺にも譲れない事情はある。

 俺が引き起こしたさざ波ではあるが、打ち消そうと動くとおせっかいどころか過干渉と捉えられ、

 さらに悪化させてしまうのが目に見えている。

 ままならない想いを抱えながらエレベーターを降りて家路につく。

 

 帰る時だけはやけに協力的なオートロックドアを通り、エントランスを抜けた先には、見覚えのある少女が座り込んでいた。

 

「あ」

 

 目が合うと彼女はまだ締まり切っていないオートロックの扉に向かって猛ダッシュ──

 

 だが、ギリギリで間に合わなかったようだ。

 

「チッ、使えないわね」

 毒づく声が虚しく響いた。

 

 鍵を持たずに飛び出した彼女は、

 それに気づいた後も意地っ張りな性格が災いしてか中の三人に頼むこともできず、

 ここに座り込む羽目になってしまったらしい。

 

「何? 早く帰りなさいよ。あんたの顔なんて見たくもないわ」

 努めて平坦な口調で話しかけてくる彼女は俺に内心の不安を見抜かれたくないのだろう。

 同情なんてしたら張り倒してやるといわんばかりの剣幕だ。

 

 嫌ってる相手に傍にいられる方がかえって迷惑だろう。

 そう判断して歩き出した。

 ……が、どうにも落ち着きが悪くなって振り返ってしまう。

 

 体育座りでうずくまっている彼女は、普段の攻撃性が嘘のように弱く小さい生き物に見えてしまった。

 

 妹のらいはの姿とどこかで重ねてしまったんだろうか、

 胸の奥にざらついた痛みが発生して、

 どうにも消えてくれない。

 

 誠実に向き合う。

 

 その意味を考えてみる。

 罵倒されることを恐れて困っている人間から逃げ出すのは誠実な態度ではない、

 そのくらいは俺にだってわかるつもりだ。

 

 一度、深く息を吸って、

 

 一気に吐き出す。

 

 心の中でらいはに小さく詫びる。

 

 すまん、どうやら今日は帰るのが遅くなりそうだ。

 

 ただの仕事の一環だ、そんな風に自分に言い聞かせながら来た道を駆け戻る。

 扉を挟んで反対側に座り、勢いのままに参考書を広げた。

 別に特別何かしてやるわけじゃない、

 

 こいつが部屋に戻れるまでそばにいてやるだけだ。

 

「な……何してんの?」

 驚いたように顔を上げて問いかけてくる彼女の声にはいつもの鋭さが感じられなかった。

 

 ホッとする。

 

 あのまま放って帰らなくて本当に良かった。

 

「帰る前に解かないとスッキリしない問題を思い出したからここで解いてるだけだ」

 恩着せがましく何か言うのも柄じゃないのでそんな風に誤魔化した。

 

「あっそ」

 これで会話は終わりとばかり顔を背けた彼女が、しばらく経ってポツリとつぶやいた。

 

「……勉強勉強って。バカみたい。みんなバカばっかで……嫌いよ」

「姉妹のこと嫌いだってか? それは嘘だろ」

 視線を向けずにそんな風に返すと、二乃は弾かれたようにこちらを見る。

 

「……っ! 嘘じゃない! あんたみたいな得体の知れない男を招き入れるなんてバカよ。私たちの──」

 

「五人の家に俺の居場所はない──か?」

 短い沈黙が落ちた。

 

 先回りして告げられた俺の言葉に、

 二乃は息を呑んで、

 大きく目を見開いた。

 

「単に俺が嫌いってだけにしてはやりすぎだからな、理由ぐらい想像がつく」

「もういい、黙って!」

 聞きたくないとばかりに二乃は声を張り上げるが、もちろんこんなところで止めてはやらない。

 

「姉妹のことが嫌い? むしろ逆だろ。五人の姉妹が大好きで、だから異分子の俺を排除したいんだ」

 二乃は認めたくないとばかりにかぶりを振ると、なんとか言葉を紡ごうとした。

 

「何それ? 見当違いも甚だしいわ。勝手に人のことわかった気になっちゃって。ありえないわ」

 

 ……それきり、反論の言葉は続かなかった。

 二乃は照れたように顔を伏せ、観念したような小さなため息を漏らした。

 

「……そうよ、悪い?」

 

 ようやくこいつの本音を聞けた。

 これなら向き合えるかもしれない。

 俺は自分に出せる精一杯の明るい声を出して話しかける。

 

「いや、わかるぞ。その気持ち。俺にも妹がいるからな」

 携帯を取り出してらいはからのメールを見せてやる。

 バイトへのねぎらいと、晩飯ができてることを伝える、なんてことないメールだ。

 今日の晩飯はお兄ちゃんの好きなカレーうどんです! なんて書いてある。

 

 らいはがどんなに可愛くて料理が上手い完璧な妹なのかを熱弁する俺に二乃が少しうんざりしたように言う。

 

「なんで小学生に朝晩料理つくらせてるのよ」

 俺にとっては日常でも一般的には違うんだろう。妹の自慢話に嬉しくなって話しすぎてしまった。

 誤魔化すか、

 正直に話すか。

 二つの選択肢があるが、

 誠実に向き合うって決めたんだ。

 

 どっちを選ぶかなんて決まってる。

 

「母親が事故で死んじまってな。親父は仕事で色んなとこ飛び回ってる。で、俺は勉強以外何もできない人間だ。らいはには本当に苦労かけちまってる」

 

 暗くなり過ぎないように軽い口調で言ったつもりだったが、そんなに軽くは受け止めてもらえなかったようだ、二乃の膝を抱える腕にぐっと力が入るのが見えてしまった。

 

「それでもあいつはいつも笑っててくれるんだ。無理させてないわけないのに。朝だっていつも俺より早く起きて起こしてくれる。俺にできる恩返しって言ったら、少しでもいいとこ就職してあいつに何でも買ってやれるようになるくらいしか思いつかねえよ」

 苦笑いしながら、二乃の方をまっすぐ見る。彼女は黙って続きを聞いてくれるみたいだ。

 

「いてくれるのが当たり前みたいになってるけど、いつか離れる時が来るかもしれない。でも、せめてその時までは精一杯大切にしてやりたい。俺にとって妹ってのはそういう存在だ」

 そう言ったとき向かい合う二乃の目に浮かんでいたのは、いつもの敵意ではなかった。何か眩しいものでも見つけたような感じ、『ラピュタでも見つけたみたい』なんてのは言い過ぎてはいるが間違ってはいない。そんな表情だった。

 

「勘違いじゃなければお前が姉妹に抱いてるのも似たような気持ちだと思う。そうだとしたら、俺は俺が原因でお前ら姉妹が仲たがいしてるのは見たくないんだ。今日覗いたのは本当に悪かった。お前ら五人には、やっぱり仲良くしててほしい」

 深く頭を下げながら、二乃が返事をしてくれるのを待つ。

 

 少し間が空いた。

 

 自分の発言が恥ずかしくなってきたころになってようやく返事があった。

 

「……なにそれ、バカじゃない」

 二乃がつぶやく。今にも消えそうな声だった。

 

「バカよ」

 わずかに語気を強め、吐き捨てるように。

 

「あんたも」

 はっきりと、憎らし気に。

 

「みんなも……」

 今にも泣き出しそうな声で。

 

「……私も」

 恥ずかしそうに、消え入りそうな声で。

 

 思わず顔を上げる。

 二乃がちょうど立ち上がるところだった。

 

 こちらに視線を向けることなくエントランスを突っ切っていく。

 

 インターフォンの前に立つ彼女。

 

 やっぱりちょっと気恥ずかしいんだろうか、

 少し躊躇した後、意を決したように部屋番号を打ち込む。

 

 ピピッと電子音が鳴り、ロックが開く。

 

 二乃の肩が、わずかに緩んだ気がした。

 姉妹に追い出されるなんてありえない話だが、それでも不安はあったんだろう。

 おもむろにこちらを振り返った彼女は

「別に、まだ認めたわけじゃないから。勘違いしないで!」

 べーっと舌を出すと、今度こそ去っていった。

 

 ……あの言い方、なんだったんだ。

 そうそう全部は上手くいかないみたいだ。

 

 でもまあ、話し合うことができた。

 一歩前進だ。

 

 ……カレーうどん、伸びてないといいな。

 

 らいはがうどんを伸ばすなんてありえないが、少しだけ心配になってしまった。

 さっきの二乃も同じ気持ちだったんだろうか、なんてな。

 




扉を開けて

原作では
開かれなかった二乃の心の扉
迎えにきた三玖によって開かれるマンションの扉
この対比が美しい一話。

もし二乃が風太郎の話を遮らなかったら
らいはの話を通じて、二乃の心の扉が少し開いていたかもしれない
フー君の妹愛と二乃の姉妹愛が共鳴していたかもしれない
そんな、もしものお話です。

妹愛を強めておいた分、原作よりも幾分か饒舌なフー君でした。

少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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