『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』 作:Sphilia
今日は待ちに待った日曜日だ。
ラジオでは花火大会が開催されるなんて流れているが、
別に遊びに行く予定があったから心待ちにしていたわけじゃない。
久々の何も予定のない一日だ、思う存分勉強ができる。
喜び勇んで参考書の山に取り掛かるまでは良かったものの……
(この公式、教科書には載っていないがわかりやすい、あいつらに教えてやろう)
(この英長文、面白いな、これなら二乃でも読んでくれるだろうか)
(この問題、基礎の理解を問うてくる良問だ、四葉にも理解できるだろう)
(ククク、この歴史問題、三玖が食いついてきそうなネタだ)
どうにも雑念が混じってしまい、思ったより効率が悪くなってしまう。
家庭教師が日常を侵食してきた。
いなくても俺の邪魔をしてくるなんて、俺はあの姉妹とよくよく相性が悪いのかもしれない。
なんとか彼女らを頭から追い出して、ようやく集中できる。
……そう思った矢先のことだった。
ピンポーン
来客を告げるチャイムが鳴る。
……何も滞納してないはずだが。
「はい」
ようやく頭から追い出せたと思った顔が目の前にあった……なんだ夢か。
俺ちょっと疲れてるのかな、なんて思いながらドアを閉める。
「ちょっと!なんで閉めるのよ!あけなさい!」
……幻聴まで聞こえてきた。
なんてな。
「すまん、つい反射で。何これドッキリ?」
ドアの前には五月と――少し居心地悪そうな二乃まで立っていた。
百歩譲って家を知ってる五月はまだわかるが、なんで二乃までいるんだ?
「ただいまーってあれ?五月さんが……二人?」
ややこしいタイミングでらいはが帰ってきた。目を白黒させてるらいはも新鮮でかわいらしい。
「らいはちゃん、お久しぶりです。」
目線をらいはに合わせて話す五月と少し離れてそれを見ている二乃。
知り合いかどうかって差はあるんだろうが、姉妹でも結構違うんだな。
「五月の姉の二乃さんだよ」
らいはにそう紹介しながらも、俺はこっそり二人の様子を伺う。
家に来るにしたってこの組み合わせは予想外だ。
何か企んでるのかと少し警戒しながら用向きを尋ねる。
「あなたにお渡しするものが……」
話し出す五月の背中をらいはが押す。
「まーまー、立ち話もなんですから」
なんていいまわし、誰のマネをしてるんだ。
こういう時のらいはは結構強引だ。麦茶までだして、完全におもてなし体制。
……悲しいかな、うちに出せるお茶請けはない。
麦茶に浮かぶ氷がせめてもの歓迎の証だ。
らいははそっくり姉妹に興味津々で、話が途切れる様子はない。
意外なのは二乃が借りてきた猫みたいにおとなしいこと。
……こいつまで正座してるし。
家の様子を貶されるんじゃないかなんて身構えていたが、まさかの余所行きモードなのかこれ。
……俺にだけ口が悪いのか?
いや、そんなわけないよな。
らいはとの会話が一段落したところで、改めて五月が口を開く。
「父から預かった上杉君のお給料です」
そう言って差し出されたのは、達筆で給与と書かれた白封筒。
こんなとこまでキチンとしてる。
さすが金持ちだ。
「すごーい、頑張ったね!」
らいはが嬉しそうな声で褒めてくれた。
これだけでも頑張った甲斐があったな、と報われた気持ちになる。
「今月は二回しか行ってないしあんまり期待しない方が……」
ぬか喜びしないようにそんなことを言いながら封筒の中身を確かめる。
……諭吉も五つ子になってる!?
「一回五千円の五人分。計二回で五万円だそうです」
五月はなんてことのない額のように言うが、俺は予想外の大金に冷や汗が出るのを感じる。
「お母さん、お兄ちゃんがやりました」
らいはなんて亡き母の写真に手を合わせる始末。
……たった二回授業に行くだけでこんなに稼げるなんて。
これなら借金返済もあっという間だ。
一瞬、そんな思考が脳裏によぎるが思い直す。
断腸の思いで封筒を差し返した。
「確かに二回、家には行った。でも何もできてない、このお金は受け取れない」
「何も? あたし、押し倒された記憶あるけど?」
よりによってこのタイミングでいつもの調子を取り戻す二乃。
らいはの前でいきなり何を言い出すんだ。
「お兄ちゃん?」
何やらかしたの?とばかりにこちらを見上げるらいは。
やめてくれ、兄は無実だ。
「その誤解は解けただろう!」
名誉にかけてハッキリと否定しておく。
「何もしてないってことはないと思いますよ」
五月が少し笑って話しかけてくる。
らいはのパワーってすごい。
「あなたの存在は五人の……あっ四人の何かを変え始めています」
正直、こいつがここまで俺のことを認めてくれているってのはすごい意外だ。
しかも今、五人って言ってなかったか?
そんな思いが顔に出てしまっていたのだろう。
「間違えました、四人です。とにかくっ、返金は受け付けていません!」
表情は取り繕えていたが、ほんの少し耳が赤くなっていた。。
俺は自分に問いかける。
たしかに俺は苦労はした。
でも成果を上げるどころかそもそも一度も授業ができていない。
そんな俺に受け取る資格があるんだろうか。
いや、資格なんて関係ない。
認めてしまおう。
――素直に受け取れないのは俺のプライドが邪魔してるからだ。
「わ、きれーい。ネイルってこんなに光るんだ」
「透明なやつなららいはちゃんでもバレずにできるわよ」
二乃はらいはに手を差し出して見せる。ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
知らなかった。らいはも人並みにオシャレに興味がある年頃なんだな。
らいはに姉がいたら、こうしてネイルの塗り方なんかも教えてやれるんだろうか。
少しだけ、羨ましくなった。
……なんか、いい空気だな、そう思うとふっと肩の力が抜けた。
「らいは、何か欲しいものはあるか?」
俺のプライドとらいはの幸せ。
天秤にかけるまでもない。
初任給、ありがたくいただいてらいはに恩返ししよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「わー、こんなところがあるんだ」
光と音の洪水に負けないくらい、らいはの目も輝いている。
「わたし、ゲームセンター行ってみたい!」その一言で、今日の予定が決まった。
屋上に巨大な白いピンがそびえる、総合娯楽施設だ。
「お姉さんたちも、もちろん来てくれるよね?……ダメ?」
らいはのメロメロ攻撃をレジストしきれなかった二乃と五月も加わり、四人組に。
「あんなの断れるわけないでしょ!」「可愛すぎます」とのこと。
……気持ちはわかる。
思ったより賑やかなメンバーになってしまった。
「あ兄ちゃん、あれ取ってー!」
ポップな筐体の中央に鎮座するのは――
キャンディの海を泳ぐ、デフォルメされたサメ?のぬいぐるみ。
二つの口から極彩色の舌が飛び出し、背中には注射器が刺さっている。
……ハロウィンは来月のはずだよな。
「あれが欲しいのか?」「うん、かわいいー!」
……まあ、らいはが欲しいなら、いいか。
――おかしい!今ので掴めないのは物理の法則に反している!
なんだこのクレーン、中央で捉えているのにポロポロこぼしていく。不正だ!
「お、お兄ちゃんもうやめとこ!」
らいはに止められる……が、兄としてここで引き下がるわけにはいかないっ!
「下手ね、貸してみなさい」
上級者からすると見てられない有様だったのか、二乃に押し出されてしまった。
仕方ない、お手並み拝見とばかりに腕を組んで観戦モードだ。
腕組みする俺を一瞥もせず、二乃は筐体と対峙する。
チャリン。
コインが投入されたことを伝える軽快な音が響く。
パネルを操作する二乃の表情は真剣そのもの。
X軸とY軸、二回の命令で落下地点を決定されたアームがゆっくりと降りていく。
だが、そこにサメさんはいない。
降りたアームが戻る時に多少背中を押した程度だ。
これなら、俺の方が上手いんじゃないのか?
そんな疑念が伝わってしまったようだ。
「こういうのは、先に背中側で押して、角度を決めるのよ。あんたみたいなやり方じゃ100回やってもとれないわ」
わかってないわねとばかりにため息をつかれた。
どうやら一回目はあれで計算通りらしい。
二乃は焦った様子もなく二枚目のコインを投入する。
再び開戦の鐘が響き渡る。
素早く横へ――そして慎重に奥へ。
アームが停止した瞬間、筐体のBGMが切り替わった。
初心者の俺にさえわかる完璧なポジションだ。
筐体のライトが虹色の液体で満たされていくかのように光る。
クレーンアームもガッチリ掴んで離さない。
むしろ噛みつかれているかのようだ。
小さくガッツポーズする二乃。
あんなに手ごわかったサメさんが、たったの二回目で脱走してしまった。
「はい、らいはちゃん。プレゼントよ」
俺には向けてくれない表情でらいはに景品を贈る二乃。
「わわわ、二乃さん、すごいっ!ありがとう!」
二乃に向けられるらいはの尊敬の眼差し。
景品獲得を祝うファンファーレが鳴り響く。
……兄の威厳は景品口に落ちてったきり、戻ってこなかった。
「次はあっち行きたーい。わ、あの音すごーい!何あれ、はじめて見るー!」
目に映る全てが新鮮で、楽しくってしかたない――そんな様子ではしゃぐらいは。
俺たち四人は、そんならいはに引っ張られるままに、目についたゲームに片っ端から挑戦した。
エアホッケーだのレースゲームだの、普段なら時間の無駄と一蹴するような遊戯に俺も一緒になって次々挑んだ。
ストラックアウトでは運動神経のなさを晒し、音ゲーでは目がチカチカする。
まったく、慣れないことはするもんじゃない……それでも、らいはの満面の笑みを見ていると、不思議と疲れも吹き飛ぶというか、まあ、悪くない休日だ、なんてらしくないことを考えている自分に気づく。
さすがに少し息が切れてきたが――らいははまだまだ元気だ。
「こらこら、前見ないと危ないわよ」
二乃が、自然と追いかけ役になっている。
……いつの間に、あんなに馴染んでるんだか。
俺は飲みかけのドリンクを片手に、ホットドッグを頬張る五月に話しかけた。
「悪いな。らいはがすっかりテンション上がっちまって」
「んぐ……。いえ、むしろ、見ていて気持ちがいいですよ。元気が一番です」
「……元気すぎて困るぐらいだ」
ふっと笑って、それから少し間を置いて言った。
「……ほんとは、もっといろいろやらせてやりたいんだけどな」
五月はホットドッグを食べる手を止め、じっと俺の話を聞いていた。
「らいはには我慢ばっかりさせてる。家のこと、金のこと、俺のことで……」
「だからせめて、あいつの望みくらい、全部叶えてやりたいんだ」
……それにしても、こいついっつもなんか食ってるな。
そんな休憩タイムも束の間、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「いい汗かいたわ、らいはちゃんも何か飲みましょ」
らいはを連れた二乃が休憩スペースに戻ってきた。
「私、ちょっと用事があるから先に帰るわ。五月、あんたも遅れないようにしなさいよ」
らいはの汗を拭いてやりながら言う二乃。
普段は人の世話ばかり焼いてるらいはが、こうやってお世話されてるのを見るのは――見慣れないせいだろうか、少し不思議な感じがする。
「すまん、なんか用事があったのか」
「あんたには関係ないわ。らいはちゃん、また遊びましょうね」
そうやって話しかけてる姿はまるで本当の姉妹みたいに見える。
俺への態度との落差で風邪ひきそうだ。
「二乃さん、ぜったいだよ!」
らいはは二乃の背中が見えなくなるまで手を振っていた。
今日初対面のはずなのにすっかりなついてて、ちょっとだけ妬けてくる。
フードコートで少し遅めの昼食を済ませたあと(もちろん五月にとってホットドッグは昼飯ではなく軽食だった)も、俺たちはらいはに振り回されるまま、休日を満喫した。
ボーリングにカラオケ、スケートまで、総合娯楽施設の名に恥じない充実っぷりだった。
「最後に三人であれやってみたいな」
らいはの指さす先には――『友達も彼氏もみんなおもいどおり』
洗脳装置が置いてあった。……わかってるよ、プリクラマシンだ。
「そ、それよりあっちの方が楽しそうだぜ」と抵抗を試みるも、「全て叶える……でしょう?」と五月に機先を制される。
『ぷりてぃモード☆素敵な笑顔でキメちゃお☆』
3人並んだ俺たちにかけられるキャンディボイス。
思わず顔が引きつる。
「二人とも、顔かたいよー」とらいはにダメだしされた五月は「こういうものは苦手で……」と。
照れてるのか慌てているのかとにかく慣れてないってことだけは伝わってくる。
恥ずかしさに耐えられなくなったのか、画面外に逃げるような動きを見せたが、らいはに腕を掴まれて固まった。
……こいつ、どうやら自分のダメージを考えてなかったらしい。
らいはの腕は二本あるわけで……当然、俺の腕も掴まれている。
どうやらもう逃げられないらしい。
『カメラをむいてね、3・2・1』
カウントダウンがはじまり、諦めて笑顔を作る。
クソっ、こうなったら最高の営業スマイルを披露してやるよ。
「なんか、これ家族写真みたいだね」
『パシャッ』
らいは、撮影の瞬間になんてこと言うんだ。
「ぶははは、お前、なんて顔してるんだ、笑えるな」
「あなたの顔も負けず劣らずの酷さですよ」
たしかに、お互い驚いて変な顔になってしまってはいるが……この罵り合いはお互いの気まずさを誤魔化すためのじゃれあいみたいなもんだ。
「一生の宝物にするね!」
そう笑うらいはの笑顔に比べたら俺の羞恥心なんて――水素より軽い。
「五月、今日は来てくれてありがとう」
いつもは出てこないお礼の言葉だって素直に出るってもんだ。
本編ではツンとデレの落差がエンジェルフォールくらいあったのでツン要素が霧となって消えてしまいました。
ショートカット二乃が日本漫画史上最も愛らしいキャラクターの一人であることに異存はありませんが、
もうちょいツンツンデレデレして欲しいなぁという欲望もあり、段階的なデレ方式です。
※エンジェルフォールは南米のベネズエラボリバルにある落差世界最高の滝。
落ちてる途中で水が霧状に変化してしまうため滝壺がないことで有名。