『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』   作:Sphilia

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Relationship

「日本で最初に花火を見たのは伊達政宗か徳川家康のどちらかという論争があってな……」

「あーもうつまんない! なんでアンタと二人で花火なんて見なきゃいけないのよ!」

「お前が悪いんだろ!」

 

 輻輳(ふくそう)*1のせいか一向に電話が繋がらない。

 不可抗力で二人きりの花火大会だ。

 

 三玖用のとっておきも、興味のない二乃にとってはお経同然。

 誰でもいいからさっさと電話してきてくれ……。

 

 ~♪ 

 

 願いが通じたのか、ようやく二乃の携帯が鳴る。

「四葉! らいはちゃんも一緒?」よかった、らいはは無事みたいだ。

 無意識に入っていた体の力が抜け、どっと疲れがきた。

 一度、大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 

「もう花火始まってるけどどこにいるの? 時計台、わかったわ、迎えに行くからそこにいなさい!」

 電話が繋がりだした。「ぼさっとしてないであんたもさっさと電話する」言われるまでもなく取り出している。連絡帳に登録してあるのは親父とらいはのみ……。

 

「この携帯使えねえ!」

「使えないのはあんたよ!!」

 今回ばかりはぐうの音も出ない。

 

「頑張って宿題も終わらせたのに……なんでこうなるの……」

 日頃の行いのせいだ、なんて言うほど俺も冷たくない。

 せめて何かしてやれないものかと下界を眺める……。

 

 見つけた!

「おい、あれ一花じゃないか」特徴的な浴衣を指さす。

「あ、ほんとだ! なんで電話にでないのよ……」

 二乃は必死に携帯を握りしめ、(すが)るように画面を睨んでいる。

 

 届かないのは電波か、祈りか──

 一花が携帯を取り出す様子は一向にない。

 

 ふと、三玖の言葉が頭をよぎった。

(花火はお母さんとの思い出なんだ)

 二乃の唇は固く結ばれている。

 今にも何かがこぼれそうなその目を、俺は見ていられなかった。

 

「俺が連れてくる。お前と二人っきりってのも嫌だしな」

 照れくさくって悪態をついてしまったが、怒って追い出されるならそれはそれで好都合。

 横で泣き出される──

 そんなのよりはずっといい。

 

「ふん、アタシこそ……」

 盛大な罵倒付きで送り出してくれるのかと思ったが、途中で思い直したらしい。

 

「なんでもない」

 本人は隠せてるつもりらしいが、欄干を掴む二乃の指は、力を入れすぎて真っ白だ。

 

「一花は任せたわ」

 まっすぐにそうお願いされた。

 揺れる瞳がタスケテって言ってるのが聞こえてしまった。

 意地っ張りなこいつが、姉妹のことでここまで言ったんだ。

 託されたからには、やるしかないだろ。

 

 ビルから降りて人混みに混ざると、すぐに汗が噴き出てくるのを感じた。

 こんな大勢の中から一花を見つけ出せるか少し不安になったが、幸いなことに、思っていたよりもあっさりと見つけることができた。

 

「よかった、早く予約してた店に行くぞ。二乃も待ってる」

 そう言って差し出した手は、しかし一花に届く前に阻まれる。

「君、誰?」

 そう問いかけてくるのは知らないちょび髭中年男性。

 

 ──お前こそ誰だよ? と問い返そうとするも、声が出る前に重ねて問いかけられる。

「一花ちゃんとどういう関係?」

 

 関係……? 俺と一花の関係は、友人……ではない。

 教師……関係者……しっくりこない。……知人。あえて言葉にするならこれだ。

 

「知人だけど」

 ようやく出た答えを伝えるも反応が返ってこない。

 知らずに考え込んでしまっていたらしい。

 気づけば一花とおっさん、二人ともどこかへ消えてしまっていた。

 

 慌ててあたりを見渡すも影も形もない。

「知人ですけどー!」

 俺の叫び声だけがむなしく響き渡った。

 

 ……どういうことだよ一花。お前ら姉妹の大事な日なんじゃないのかよ! 

 

「フータロー?」

「一花か……!」

 慌てて振り向いた先にいたのは──青い浴衣、三玖だ。

 

 考えようによっては姉妹を一人確保できた、大成果だ。

「三玖、よかった! よく俺を見つけられたな」

 この狂乱の中で偶然再会できるなんて奇跡に近い。俺は笑顔で話しかけた。

 

「うん……目立ってたから……」

 心なしか三玖との距離が遠い。

 改めて自分の言動を振り返ってみる。

 夏祭りで突然叫び出す男子高校生、か。

 

 こうして再会できたんだ。

 叫んだ甲斐はあったみたいだが……どうにも釈然としねえ! 

 

 ……ってそんなこと恥ずかしがってる場合じゃなかった。

 俺の任務は花火大会が終わるまでに姉妹を全員合流させてやることだ。

「一花を追いかけてる途中なんだ、付いてきてくれ」

 

 そう伝えると、三玖の手を引き、走り出そうとした──

「あ、待って、痛い!」

 が、三玖の声に足を止められる。

「足、踏まれちゃって……」

 浴衣の裾から覗く三玖の足は痛々しく腫れていた。

 

 俺が焦っているのが伝わってしまったんだろう、三玖が「フータローは先行ってて」なんて言い出した。

 ……置いて行けるわけないだろ。

 

 一花は見つけ出さないといけないが、三玖は走れない。

 こうなったら手段はもう、一つしかない。

 俺は軽く息を吐いて、三玖に声をかけた。

 

「背中に乗ってくれ」

「えっ、えっ……」

 上手く意図が伝わっていないんだろうか。

 三玖は手をバタバタさせるばかりで、一向に乗ってくる気配がない。

 

 仕方ない。少し強引だが、三玖を背負い上げる。

 正直、運動不足の身には堪える。

 落とさないよう腕に力を込める。気合を入れろ上杉風太郎! 

「三玖、そこから一花は見えるか?」

 周囲の人混みを頭一つ高い位置から見渡せているはずだ。

 

 一花を見つけてくれるかもしれないと期待したんだが、

「一花? 見えないけど……」

 どうやらダメだったみたいだ。

 俺の足がそろそろ限界だって叫びだしている。

 

「まさか、このまま追いかけるつもり?」

 こんな時なのに三玖の声はどこか弾んでいる。

 高いところが好きなのかもしれない──らいはも、昔は肩車してやるとすごい喜んでたっけ。

 膝が笑い出した。

「そうだ……と言いたいところだが」

 俺は返事をすると足元に気をつけながら、できるだけゆっくり、慎重に三玖を降ろす。

 

 地面に足がついた瞬間、三玖が少し残念そうに「あっ」と声を漏らした。

 背中に置かれた手が名残惜しそうにそのまま残っていたが、目が合うと慌てて離れた。

 なんとか、俺が崩れ落ちる前に三玖を降ろすことができた。

 三玖は、「どうして降ろされたんだろう」と言いたげな目でこちらを見ている。

 

「重いし、追いかけるのは無理だ」

 正直に告げる。

 俺には、女子高生を背負って走り回るだけの筋力も体力もない。

 三玖は、ぷるぷると抗議するかのように身じろぎしたが、結局何も言ってこなかった。

 

 ……そんな目をされても無理なもんは無理なんだ、諦めてくれ。

 

 怪我した足に負担がかからないように、肩を貸してやった。

 屋台の喧騒から少し離れた広場にベンチをみつけて三玖を座らせる

 自分のハンカチと屋台でもらった保冷剤を取り出し、患部を冷やす。

 ピクリと三玖の肩が跳ねる。やっぱり痛むんだろうか。

 草履と擦れて痛まないよう、ハンカチを包帯代わりに巻いてやった。

 

「これで少しはマシになっただろ」

 そう話しかけても、「どうも」とそっけない返事。

 実は、ここまで来る間もほとんど口をきいてくれていない。

 おんぶしてた時の機嫌の良さはどこに落としてきたんだ。

 俺、何か怒らせるようなことしちゃったのか……? 

 

「それで、一花を見かけたのは本当?」

 ようやく口をきいてくれる気になったらしい。

「ああ、俺に気づいてたはずなんだが。気がついたら髭のおっさんと一緒に消えてたんだ」

 本当に何者だよ、あのおっさん。思い出すと少し腹が立ってきた。

 

「心当たりはあるか」と尋ねても、視線を左上に向け、考え込むばかり。

 どうやら親しい知り合いってわけじゃなさそうだ。

 

「あ、前に一花が髭の人の車から出てきたの見たことあるかも」

 ドバイ、ヤギ……。嫌な想像が脳裏をよぎる。

 ……まぁ、何やってようと俺には関係ない話だ。

 

「あと40分しかないのに。なにやってんだよあいつ」

 今俺が考えるべきことはただ一つ。

 どうやって姉妹を時間内に集合させるか、それだけだ。

 

「このままじゃ、五人集まる前に花火大会が終わっちまうぞ」

 二乃があれだけ必死になっていたんだ。

『あいつらの大切な思い出』になんとか間に合わせてやりたい。

 

「フータローが協力的。勉強に関係ないのに」

 三玖が何かを探るような、それでいて少し意外そうな目でこっちを見る。

 ──いまだに血も涙もない勉強マシーンだと思われてるんだろうか。

 失礼な、俺にだって情ってもんがあるんだよ。

 

「へんなの、フータローのくせに」

 珍しいものでも見つけたみたいに、少し笑ってそんなことを言う。

 なんとか、機嫌直してくれたみたいだ。

 

 ゆっくりと立ち上がりながら三玖に手を差し出す。

「歩けるか?」

「うん」

 少し驚いたような顔をしながらも、素直に頷いて俺の手を取る。

 夜風がさらりと吹き抜けていった。

 

 勉強嫌いのこいつらが、それでも一生懸命宿題を終わらせたんだ。

 頑張った分は──報われてほしいじゃないか。

 

 決意も新たに歩き始めようとした矢先に、

「花火大会に来られた方にアンケート実施中です、是非ご協力ください」

 祭りの実行委員っぽい、二人組に声をかけられてしまった。

 答えるだけで金券が貰えるらしい。

 

 ……非常に心惹かれるが、一花のほうが大事だ。

 断ろうとしたが──。

 

「せめて、一つだけでも! お二人はどういうご関係でしょうか?」

 

 さっきのおっさんにも聞かれたな。

(一花ちゃんとどういう関係?)

 

「どうみてもカップルでしょ、この二人」「あ、そうですよねすいません」

 小声で言い合う声が聞こえた。

「私たちは恋人じゃなくて……」

 否定する三玖に視線が集まる。

 ……そいえば、手、繋ぎっぱなしだな。

 一瞬、三玖の手が俺の指をぎゅっと握った。

 ……けど、それもすぐにほどけた。

 

「そういうのじゃなくって私たちは──」

 わかるぜ、いざ聞かれると難しいよな。

 だから、代わりに答えてやる。

 

「ただの知り合いですよ」

 そう答えると、記者たちは少し気まずそうに去っていった。なんだあの生暖かい目は。

 

 ……なんだか隣からすごい視線を感じる。

「フータロー」

 隣には、『私怒ってますっ』と全身でアピールする三玖がいた。

 

 ……今日の三玖は、いつにもましてよくわからない。

 機嫌なおしてくれたと思ったのにまたすぐに怒りだしている。

「なんだよ」

 よくわからないまま問い返す。

「そういうとこだよ」

 少し拗ねたような声の三玖。

 

「どういう意味だ、ハッキリ言ってくれ」

 本当に何もわかっていない俺をみて、三玖の怒りはどこかへ飛んで行ってしまったようだ。

 はぁ……と小さなため息をつくと

「ううん、なんでもない」

 仕方ないな、とでもいいたげに笑ってる。

 

 こいつのこんな顔は初めて見るが……

 まあ、笑えてるならそんなに大きな問題じゃないんだろう。

 

「フータロー、あそこ」

 三玖の指さす先には赤い浴衣が揺れていた。──五月だ。

 急いで追いかければ捕まえられそうな距離にいる。

 

「追いかけてくる、ここで待っててくれ」

 俺は三玖がベンチに腰掛けたのを確認すると、五月のもとへ駆けだした。

 五月は背伸びをして遠くを見たかと思えば、今度は屈んで天幕の中を確認してみたりと落ち着かない様子。

 後ろ姿からでも、その不安が伝わってくる。

 

「五月」

 声をかけると、やっと見つけてもらえたとばかりに、ぱっと明るい笑みで振り返った。

 が、俺の顔を確認した瞬間、

「なんだあなたですか……」

 スン、と笑みが引っ込んだ。

 

 ……態度に出しすぎだろ、こいつ。

 まあ、俺は大人だからな、気づかなかった振りをしてやる。

 

「一花以外はみんな見つかった。あっちで三玖が休んでる。ひとまず合流しよう」

 残りはあと一人だけ。なんとか時間内に合流できそうで少しホッとする。

 

 あまりに邪険に扱われたせいだろうか。

 ──俺はなんで、こいつらのために必死になってるんだ?

 ──家庭教師としての責任感が芽生えたから? 本当に、それだけか?

 とりとめのない考えが頭をもたげ、自分でも消化しきれないまま、言葉が口をついて出た。

 

「なあ、俺たちってどういう関係?」

 口に出してから後悔した。質問内容も、尋ねる相手も、不正解だ。

 どうかしてるぜ、俺。

「なんですかその気味の悪い質問」

 予想通り五月の声は、真冬みたいな冷たさだった。こちらを振り向きもしない。

 

「そもそも、私に聞かずとも、あなたはその答えをすでに持ってるじゃないですか」

 抗議するかのように、五月の声は硬い。

「え? なんだそれ」

 答えをすでに持っている……? 

 ……わからない。

 

「今はそんなことより一花を探すのが先です」

 そう言い残し、スタスタと前を歩いていく五月。

 ……そっちは逆の方向だ。

 

 見当違いの方向へグングン進んでいく五月を呼び止めようとしたその時──

「こっちきて」

 不意に、耳元で囁くような声がした。ぐいっと強く腕を引かれる。

 振り向くと──感情の読めない笑みを浮かべた一花がいた。

 

「一花? お前、どうして──」

 言いかけた俺の口元に、人差し指がそっと当てられる。

「いいから、こっちきて」

 再び腕を引くその手には、妙な力がこもっていた。

 

 ……五月には知られたくない何かがある、ってことか。

 一花が何を隠しているのかはわからないが、少なくとも軽い話じゃなさそうだ。

 無理に引き留めることもできるが──

 

 誠実に向き合うってのは、そう言うことじゃないよな。

 俺は軽く頭を振って自分にそう言い聞かせると、一花についていくことを決めた。

 

*1
アクセスが集中すること




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