『五つ子ちゃんは風太郎を五等分できないっ』   作:Sphilia

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路地裏の密談

 屋台の提灯の灯が背後に遠ざかり、

 人波のざわめきも夜の帳に吸い込まれるように小さくなる。

「お前、五人で花火見るんじゃなかったのかよ」

 呼びかけても一花は歩調を緩めず振り返ろうともしない。

 

 さっきの髭オヤジの件といい……なんなんだよこの状況。

「おい、どこまで行くんだよ」

 少し息が上がってきた。歩調を緩めようしたところ、

「いーからいーから」

 と、一花に強引に手を引かれた。

 笑顔はどこか嘘臭い。

 目を合わせようとしないのに、腕を握る手には痛いくらいの力がこもっていた。

 

 ビルの隙間。人気のない裏路地。

 祭りの気配は遠く、風だけが冷たく抜けていく。

 遠くで上がる花火の光もここまでは届かない。

 ようやく一花が足を止め、こちらを向く。

 

「で、どういうことなんだ」

 息を整えながら問いかける。

 ──その瞬間

「さっきのことは秘密にしておいて」

 壁際にぐっと押し付けられた。

 逃げ場を塞ぐように一花の手が伸びる。その顔が、ぐいと近づいてくる。

 その真剣さに息をのむ。

 シャツ越しに汗と壁の冷たさが混ざり合い、金属の檻にでも入れられた気分だ。

 

「私は、みんなと一緒に花火を見られない」

 一花の顔には笑顔の仮面が貼り付いている。

 唯一、その瞳だけが揺れていた。

 

「急なお仕事頼まれちゃって、だから花火は見に行けない」

 一瞬視線を伏せるが、その笑顔は崩れない。

「ほら、同じ顔なんだし、一人くらいいなくても気づかないよ」

 ……笑えない冗談だ。

 

「ごめんね、人待たせてるから」

 そう言い残して、背を向ける。

 あまりに勝手な態度に、苛立ちが込み上げる。

 

「おい、待て。せめて納得のいく説明をしろよ!」

 声を張り上げる俺に、一花が立ち止まる。

 笑顔のままこちらを振り返る。

 

「なんで?」

「なんでお節介焼いてくれるの?」

 

 ──答えが出ない。

 

「私たちの家庭教師だから?」

 一花の笑顔は崩れない。

 

「確かに、確かに客観的にみて、なんで余計な面倒見てんだって感じだよな」

 自分でもわからない、俺らしくない。

 でも、ここで一花を行かせると後悔する気がする。

 

「うん、じゃあそういうことだから──」

 葛藤する俺を尻目に一花は歩き去る。

 ……が、何かを見つけたようで、曲がり角の手前でぴたりと足を止めた。

 俺もつられて覗き込む。

「お前といたおっさんじゃねえか」

 おっさんはきょろきょろと周囲を見回している。

 不審者以外の何者でもない。

 

 一花がちらりと視線をよこす。

「あの人、仕事仲間なの」

 ……つまり、こいつを探してるってわけか。

 

「大変! こっちにきた! 

 どうしよう……仕事抜けだしてきたから怒られちゃう!」

 肩をつかまれてガクガクと揺さぶられる。こいつが取り乱してる姿を初めて見た。

「反対側に抜けて逃げれば……」

「間に合わないよ!」

 一花の声が跳ね上がる。

 次の瞬間、彼女は俺に抱きつき、そのまま体を入れ替えた。

 

 一花の体が密着する。

 体温が伝わってくる──

 やけに速い心臓の鼓動も。

 

 よりによって、おっさんは路地入口の段差に腰を下ろしやがった。

「おい」

「ん?」

「いつまでこうしてればいいんだ」

「ごめん、もう少し」

 小声でやり取りするたびに、一花の吐息が頬をかすめる。

 少し、くすぐったい。

 

「傍から見たら私たち、恋人に見えるのかな」

 

 余裕ぶった口調だが、抱き合っている俺には隠せない。

 早鐘のような心臓の鼓動も、何かを恐れるようなその体の震えも、全て伝わってくる。

 

「まぁ、この態勢は恋人に限られるだろうな」

 

 俺の声もわずかに上ずっている。

 手の震えまではバレていないことを祈るばかりだ。

 

「本当は友達なのに、悪いことしてるみたい」

 一花はいたずらっぽく笑ってそんなことを言う。

 さっきまで伝わってきた体の震えはすっかり収まっている。

 

 でも俺はその口調より、言葉の方に引っかかった。

「俺らって、友達なのか……?」

 意外だった。

 

「えーっと、さすがにハグだけで友達超えちゃうのは、ちょっと早いかなー」

 頬をかきながら、照れ隠しの冗談みたいに言う一花。すっかり調子を取り戻したらしい。

 

「俺はただの雇われ家庭教師だ。仕事がなければお前たちと関わることもなかっただろう。

 そんな関係を友達というにはちょっと違和感が……」

 正直なところ、友達の定義なんてがよく知らないが、

 なんというか、もっと素晴らしい関係なんじゃないか。

 

「なにそれ、めんどくさっ」

 一花は目を丸くして、少し体を離す。

 それから小さく息をついた。

「私は友達だと思ってたのに、やっぱりフータロー君は違ったんだ。傷つくな~」

 

 軽く流す言い方。でも──顔は笑っているくせに、目は伏せられたままだ。

 

 言葉にできず、ただ沈黙だけが続く。

 

 遠ざけようとして、かえって傷つけてしまう──そんな関係もあるのかもしれない。

 言葉に出せずに、ただ笑って誤魔化すことしかできない時もあるんだろう。

 

 ……三玖だってそうだ。

 俺が「ただの知り合いだ」って断言した時、本当は傷ついていたのかもしれない。

 

「いや……俺は……」

 謝罪とも言い訳ともつかない言葉がのどに引っかかる。

 そのとき、

 

「申し訳ありません! 少々トラブルがありまして! いえ、撮影の際は大丈夫ですので!」

 おっさんの声が路地裏に響き渡る。どうやら電話先に謝罪してるようだ。

 ……撮影? 

 

「一花、お前の仕事って……」

「実はあの人カメラマンなの、私はそこで働かせてもらってる」

 自然な調子で教えてくれた。カメラアシスタントか。

「良い画が撮れるように試行錯誤する、今はそれが何より楽しいんだ」

 噛みしめるように言う一花。

 

 カメラマン、ね……。俺は、どうにも素直に応援する気にはなれなかった。

「学生の大切な時期にそんなことしてて大丈夫かよ。ただでさえお前たちは進級も怪しいってのに」思わず苦言が漏れる。

 

「フータロー君は何のために勉強してるの?」

 一花は心底不思議そうな顔をしている。

 

 ……何のため。

 五年前のとある少女との出会いが頭によぎる。

 

「必要とされる人間になれますように」

 ……そう、神様にお祈りした日。

 俺はあれから真っ直ぐ努力できているだろうか。

 思考の海に沈みかけていったその時、

 

「一花ちゃんみつけた!」

 おっさんの叫び声。

 現実に引き戻される。

 しまった! ──完全に油断していた。

 一花との距離も開いている。

 見つかってしまった──そう思ったが、

 

 おっさんは別の方向へ走りだした。

「こんなところで」「言い訳はあとで聞くから早く走って」

 おっさんの声だけがこっちまで届いてくる。

 青い浴衣の少女の手を引いて走り去っていく後ろ姿が見えた。

 

 ……三玖だ! 

 髪をまとめているせいで一花と間違われたらしい。

 

「もしかして私と間違えて……」

 一花もすぐに察した。

「追うぞ。今ならまだ間に合う!」

「電話は……!」「かけてる!」

 二人の足が止まる気配はない。

 三玖の奴、足痛めているのに……! 

 

「なんでお前、仕事抜けてきたんだ」

 思わず愚痴がこぼれる。

「言いたくない。どうやらフータロー君は友達じゃないらしいし」

 一花の突き放すような声。

 ……今日はこんなことばっかりだ。

 

「確かにそうは言ったが……」

 別に悪意を伝えたかったわけじゃないんだ。

 何でこの一件にこだわっているのか、自分でもよくわからない。

 こいつらが何やってようが関係ないはずなのに。

 何かが魚の小骨のように引っかかる。

 どうにも放っておけない。

 

(一花ちゃんとどういう関係?)

 髭オヤジの問いかけ。俺は──「知り合いだ」って答えた。

 

(なんでもない)

 あの時の三玖の笑顔。諦めたような、切なげな。

 俺は、また「知り合いだ」って言った。

 

(私に聞かずともあなたはすでにその答えを既に持ってるじゃないですか)

 五月のあきれた声。……あれ? 俺あいつに何て──

 

 ……そうだ。

 俺は最初から答えを持っていたじゃないか。

 友達だ、なんて軽々しく呼び合える関係ではない。

 でも、あの時とっさに出た言葉。

 あれこそが──俺の本心だ。

 

「あの……私……一花じゃ……」

 三玖が足をかばいながら走っている。

 なんとか追いつき、おっさんの手を払い落とす。

 三玖を庇うように引き寄せる。

 三玖は、安心したように俺の腕に身を預けてきた。

 

「また君か。君はなんだ、一体この子の何なんだ」

 おっさんが睨みつけてくる。

 ──今回は迷わずに答えてやるよ。

 

「俺はこいつらのパートナーだ」

 

 横で三玖が小さく息を飲む音が聞こえた。

 よかった──なんとか、正解に辿り着けた。

 

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