「お久し振りです、キャノットさん」
「────兄弟、随分と久し振りだな? 元気にしてたか?」
ノア近辺に形成されたいくつかの露天市。
その一角でひっそりと営業していた黒尽くめの商人──キャノットは、数ヶ月ぶりにもなるその声の主を見て驚きと喜びの声を上げた。
対する声の主──オーナーは、困ったように頬を掻いて口ごもる。
レユニオンとの交流。
──思い出すだけで頬が紅潮してしまう、タルラとの『あの出来事』。
リターニアでの謁見。
──数時間にも及ぶ独唱と、新たに得た『リターニア特別外部顧問』の肩書。
ラテラーノへの訪問。
──ノア謹製『教皇庁レプリカ』の大爆破祭開催と、何故か与えられた『聖徒』の称号。
そしてそれぞれの道中や現地で起こった出来事やトラブル等の数々。
バンシーの河谷への訪問の約束、ケオベとお昼寝をした際に見た不思議な夢、フロストリーフとのヴィセハイム観光、リターニア貴族が集まるパーティーでのグレイディーアとのダンス、リズの提案により行われた『使徒』メンバーとの共寝、モスティマ達とのラテラーノ甘味処巡り────。
その他にもテレジア、サガ、W、リサ、チョンユエ、ロゴス、ドクター、フェデリコ、W、ケルシー、フレモント、テンニンカ、イフリータ、W、アーミヤ、ミュルジス、ミヅキ、アスベストス、マドロックなど、いろんな人達との大小様々な出来事が強く記憶に残っている。
だが、それらを上手く言語化することがオーナーには出来なかった。
思い出してころころと表情を変えるオーナーの顔を見たキャノットは、楽しそうに笑う。
「そうかそうか、楽しくやってるみたいで良かったよ」
「……支えてくれる周りの皆さんのおかげです」
オーナーとキャノットの関係はあくまで客と商人でしかない。
レユニオンへの遠征の数ヶ月前に、ノア近辺の散策をしていたオーナーがキャノットの店を偶然見付け、気が合ったので定期的に通うようになった。それだけの間柄である。
ただオーナー個人としては、深く踏み込まず一定の距離を保ってくれるキャノットの存在は、貴重なものであった。
そしてキャノットはそんなオーナーの心情をほんのりと理解した上で、距離を保つよう心掛けている。
彼にとっても、様々なものを大量に購入してくれるオーナーは、中々の上客であった。
「──それで、今日はどんな物があるんですか?」
「今日の目玉商品はこの辺りだな」
フルーツキャンディー、何に使うかも分からないマスターキー、猫のようなものが描かれた何かの券、勲章のようなもの、青いケトル、輝く水が詰まったビン……。
決まったジャンルも何も無いそれらの品々を、オーナーは楽しそうに見て、キャノットの許可を得て持ち上げてみたりもする。
その中で二つ、オーナーの目を特に引くものが有った。
「これとこれを下さい」
「バラと花冠……お目が高いな。どうしてこいつらを選んだのか聞いても良いか?」
「ええと………………何となく?」
「──ふっ、はっはっはっ!」
その返答にキャノットは笑った。
ひとしきり笑った後、紅いバラの花瓶と蒼白の花冠を、丁寧に包んでオーナーへと渡す。
「……また遊びに来てくれ、友よ」
「ええ、もちろん」
去り際に「それとこれ、キャノットさんへのお土産です」とオーナーは言い、ブンブンと手を振ってから雑踏へと消えていく。
断る隙も無く受け取ってしまった包みを見るキャノットの表情は、誰にも分からない。
ただその日露天市の一角では、機嫌の良さそうな鼻歌が、どこからともなく聞こえることとなった。
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「えーと、後は…………」
キャノットの店を後にしたオーナーは、これから会う人達の事を考える。
それらはキャノットと同じように、レユニオンへの遠征前から交流があった人達である。
「先にこっちに行って、この人は午後にした方が良いかな……?」
この辺りに定住している訳では無い人達ばかりなので、今回の機会を逃すと次は何時になってしまうか分からない。
長い黒髪が特徴的でチェロがとても上手なサンクタ女性、大きな双角を携え竜を思わせる紫炎を灯した尾を持つ女性、落ち着いた様子で聖職者のような雰囲気を纏う銀髪のサンクタ男性、左目に傷を持ち楽しそうによく笑うループス女性。
効率よく回れるルートを真剣に考えながら、オーナーは会いに行く人達の姿を、その脳裏に思い浮かべるのだった。