箱庭ゲーム『生息演算』こぼれ話   作:キノント

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代理人交流記録 令

 

 

 眼を開いてまず視界に飛び込んできたのは、こちらを覗き込むように見下ろすリィンさんの顔だった。

 バッチリと視線が合うと、彼女はその綺麗な瞳を僅かに細め、淡い微笑みを携えてその口を開く。

 

 

「────おはよう、オーナー」

 

「…………おはようございます? ……あれ? リィンさん……?」

 

「おや、寝ぼけているのかな? 新しく製造したお酒の試飲を頼んで来たのは貴君だろう?」

 

 

 「私に一人酒をさせるつもりかな?」と続けるリィンさんから視界を横にずらすと、テーブルの上にラベルの無い様々な酒瓶が置かれているのが見えた。

 

 ──そうだ。

 

 ノアの住民達が外部への貿易用として力を入れている食品部門。その中の酒類について、お酒に詳しいリィンさんに出来具合を確かめてもらっていたのだった。

 そしてその最中、今の状況から考えると、どうやら俺は眠りこけてしまったらしい。頼んでおいて勝手に寝てしまうなんて、リィンさんには申し訳無さしかない。

 

 とりあえず謝罪をしなければ、と身体を起こそうとしたのだが、その半ばで俺の胸にリィンさんの手がそっと置かれ、俺の頭は元の位置────彼女の膝の上へと戻ってしまう。

 

 

「私は気にしてなんかいないよ。今はゆっくり休むと良い」

 

 

 リィンさんの優しい声。

 ……でも何だろう? この違和感は。

 

 気恥ずかしさや申し訳無さは有る。だが、何というか……それらがふわふわと浮かんでいるような心地だ。

 何かを考えようとしても上手く頭の中で纏まってくれないし、かと思えば突拍子も無い思考が時折挟まってくる。

 

 もしかしてこれは────。

 

 

「……夢?」

 

「────ふっ、今回は随分と早いようだ」

 

 

 俺の言葉に驚くリィンさん。

 感情は読み取れないが、その声音は少し残念そうであった。

 

 視界に映る景色と共に、眼前のリィンさんが水に溶ける絵の具のように滲んでいき、最後には黒だけが残る。

 

 そこでようやく、俺は目を覚まし――――。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「────オーナー?」

 

「……リィンさん?」

 

 

 対面に座るリィンさんがこちらへと身を乗り出して、心配そうな視線を向けてくる。

 その不安気な表情から察するに、俺の身を案じてくれているのだろう。

 

 ただ当の俺はと言えば、リィンさんの様子に見当が付かず、頭の中では疑問符が生まれるばかりであった。

 

 

「この辺りの詩歌は炎国の歴史が絡んでいるものが多い。各国の歴史を学んでいる途中の貴君にはまだ難しかったかな?」

 

「ええと、すみません。その、決して退屈だったとかでは……」

 

「ああ、分かっているとも。私の分野ばかり話し過ぎてしまったね」

 

 

 「気分転換も兼ねて、今度はオーナーの好きなものを語ってくれるとありがたいのだけれど……」と続けるリィンさん。

 

 ──そうだ。

 

 今はリィンさんから詩歌について教えて貰っている最中だった。その証拠に、眼下の机には様々な書物が広がっている。

 

 ……短い時間だったような気もするし、気の遠くなるほど長い時間だったような気もする。

 どちらにせよその途中で集中力を欠いて、上の空になってしまっていたのだろう。頼んでおいてこの始末だなんて、リィンさんには申し訳無さしかない。

 

 謝罪をするべきかと思ったが、リィンさんの表情はそんな事よりも俺の話を聞きたそうだ。

 こちらが悪い以上、断る理由も見当たらない。だが『好きなもの』だけでは幅が有り過ぎるため、ジャンルだけは彼女に確認をする必要が有るだろう。

 

 問い掛けると、リィンさんは顎に手をやって真剣に考え始めた。

 

 

「ん……好みの味付けは聞いたし、好きな髪形や仕草も把握は済んでいる。……考えてみれば大抵のものはもう聞き済ませてしまったね。そうなると────」

 

 

 リィンさんの言葉は確かに俺の耳へと届いているのだが、その意味が中々入って来ない。

 好きなものを聞かれるのはこれが初めてのはずなのに、何だかおかしい。いや、おかしくないのか? 何度か聞かれて、その都度答えた気もする。……よく分からない。

 

 考えて、考えて、考えて。

 気付いた時には、リィンさんの両手が俺の頬に添えられていた。

 

 

「すまないね、オーナー」

 

「貴君との時間が楽しくて少々無茶をさせてしまった」

 

「──続きはまた今度の機会に」

 

 

 彼女の親指が、俺の瞼をそっと撫でる。

 その動きに合わせて俺はゆっくりと瞳を閉じ、暗闇だけが視界に残った。

 

 

「次は現で……ね?」

 

 

 囁くような声と共に、俺はようやく目を覚まし――――。

 

 

 

 

 

 ────────

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「おや? 口に合わなかったかな?」

 

「いえ、甘くてとても美味しいです。ただ、リィンさんがココアを淹れてくれるなんて思わなくて……」

 

「ふっ、お茶しか淹れないとでも思われていたようだね」

 

「……それかお酒の二択だと思ってました」

 

「ははっ、貴君も中々言うじゃないか」

 

 

 

 

 

「────なるほど、このくらいが一番好みに近いんだね。確りと覚えておこう」

 

 

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