箱庭ゲーム『生息演算』こぼれ話   作:キノント

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オーナーの(もしかして)やらかした記録

 

 

 昼下がりの自室。

 椅子に腰かけ机に向かう俺は、情報や自身の考えをまとめている資料の束へと目をやった。

 

 サーミからの長旅を終えて無事この地へと戻ってきた俺は、溜まっていた仕事や外交関係のアレコレも、ここ数週間で一先ず片付けることが出来た。

 この世界で生きることを決意した以上、これからの目標や行動指針も新たに決定する必要があるだろう。所謂『心機一転』という奴だ。

 

 

「鉱石病関係は今まで通りとして、ノアの産業ももっと考えないと駄目だよな……」

 

 

 予防薬や救急キットの一部、栽培キットなどの設備は貿易品としてもかなり役立ってくれてはいるが、生産者が俺しか居ないという最大の欠点が存在する。

 俺が動けないような状態に陥ったり、万が一にも死んでしまったりした時のために、ノアの住民だけで生産出来る産業を立ち上げる必要があるのだ。

 

 一応ノア自身にも確認したが、俺が居なくなった場合にノアが自動的に生産を行ったりするような機能は現状存在しないらしい。

 ……『現状』という言葉が気になったので追及すると、複数の条件を満たしていれば『後継者』のようなものを設定出来る、と教えてくれた。

 

 その条件の一つに『俺の血縁者』が有ったため、とりあえずこの機能については保留することにしている。

 俺の血縁者は今現在だとこの世界に存在しないため、必然的に俺の子供が条件を満たす可能性が有るということになるのだが……どう考えても嫌な予感しかしない。

 

 俺が言うのも何だけど、ノアを一個人で所有するのはあまりにも重い。

 何かの拍子にこの情報が周りに知れ渡るとロクな事にならないのも容易に想像出来るので、このことはしばらくの間、俺の胸の中に秘めておくことにした。

 

 ……まあ、そもそも子供云々がまだまだ早い、というのが一番に来るのだけれども。

 ──いや、でも可能性が有る以上、ちゃんと考えて決めておくべきだろうか? もしもの時は責任を取る覚悟は有るし、もしもが無くても確りと向き合うと決めてはいるのだが……。

 

 

「……落ち着こう、俺。今はまずこっちを優先するべきだ」

 

 

 閑話休題。

 当人達が居ないところで考えても、正確な答えは見つかりやしないのだ。

 それならば出来ることに注力した方が有意義というものだろう。『棚上げ』という言葉が脳に浮かんだが、それは無視することにした。

 

 

「これは俺の欲望が大いに混じっているけど、悪く無いんじゃないか?」

 

 

 束から抜き出した資料に書かれているのは、第一次産業──特に農業に関するものだ。

 

 この世界、移動都市や国家あるいは種族によって食生活が異なってはいるのだが、味や料理の創意工夫については想像以上に発達している節が有る。

 そして異なりが存在しても、生活と食が切り離せない関係であるならば、農産業は一定の需要が有るに違いないというのが俺の考えだ。

 

 多くの都市が自国で生産を賄えている可能性ももちろん有るが、もう一つの理由が有るので、こちらは強く進めていきたい所存である。

 

 

「最優先は米、と」

 

 

 ……違うのだ。

 この世界の米の味が悪い訳では無い。

 ただ米に関しては、俺の舌が肥えすぎてしまっているだけなのだ。

 

 因みに、ノアの栽培キットで生育を早め作物の品種改良を重ねるのは俺の趣味の一つとなっており、新たに生まれた種や苗はノアの農業区に卸しているので、実益も兼ねている。

 初収穫の際の調理係は主にサガ──米に合う食事を作ってくれるのでとても有難い──で、食事担当はケオベ──わざわざ告知しなくても時期が来ると急に訪ねてくる──というのが通例だ。

 

 

「でも考えれば考えるほど、こっちの方は難しいか……」

 

 

 農業関連の事を進める理由のもう一つ。

 それはこの世界の、荒野に住む人々の食料事情に関する事だ。

 

 炎国の領土の境界付近に存在するノアには、周辺から噂を聞きつけてやってくる者達も非常に多い。

 辿り着いた人達を無下にする理由も無いので、ノアの住民にお願いして支援等を行っているのだが、一番喜ばれるのが食事の提供なのである。

 腹一杯に食べられるのは何年振りだ、なんて言葉は珍しくなく、食事事情を聞けば木の根っこを食した人も居たし、無言で食事をしながら大粒の涙を零している者も多かった。

 

 平和な世界に住んでいて、こちらの世界でも守られて生きて来た俺には、彼等のその状況がショックでしかない。

 

 その状況を多少なりとも改善してあげたいと考えるのは、傲慢だろうか? 

 生産した作物の内、余剰分を提供してあげたいと思うのは、自分勝手だろうか? 

 見合った対価が得られないとしても彼等を助けてあげたいと動くのは、偽善だろうか? 

 

 コストやリスクを計算に入れないのであれば、俺が願うのはただ一つ。

 

 『餓死する人なんて居ない方が良いに決まっている』

 

 ただそれだけである。

 

 

「……この世界で生きていくなら、この世界のために何かしないといけないよな」

 

 

 そうやって初めて、この世界にとって異物である俺も、この地に生きる『人』として受け入れてもらえるような気がするのだ。

 

 ──そのためには、俺の力だけでは足りるはずも無い。

 とりあえず農業関連に詳しくて、貿易や商業関連にも精通している人に意見を仰いでみるのが良いだろう。

 

 幸いなことに候補は既にいる。

 以前から付き合いのある、シュウさんとジーさんである。

 

 シュウさんとは、源石に汚染された土壌でも栽培が可能な作物をノアで生産した際に、突然訪ねて来た炎国の女性であり、チョンユエさん達の兄弟姉妹ということもあって、頻繁に交流を重ねている人だ。

 

 ジーさんとは、『姉がお世話になっています』という言葉と一緒に綺麗な織物を持ってこちらを訪ねて来てくれた男性で、同じくチョンユエさん達の兄弟姉妹ということもあり何度か交流をしている人だ。

 

 シュウさんは炎国北部の大荒城で長年に渡って農業に従事しており、ジーさんは各国を渡り歩いて商売を行っているその道のプロである。

 ……それなりに友好的な関係であると俺は思っているので、俺の話やこの計画も真剣に聞いてくれると信じたいところだ。…………大丈夫だよね? 

 

 

「駄目なら駄目で他に方法を考える必要があるけど、今は他の候補も思い付かないからこれで上手くいってくれるとありがたいんだけど……」

 

 

 協力することに難色を示すようであれば、卑怯かもしれないがチョンユエさん達にお願いして兄弟姉妹の方からも働きかけてもらったりする必要があるかもしれない。

 ……いや、やっぱりそれはズルい気がする。もしも駄目ならそういう情報も知ってそうなライン生命の人達にお願いしてみよう。

 

 その場合、対価で何を要求されるかが凄く怖いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、俺の心配は杞憂で終わる。

 

 ただ誤算が有るとすれば、しばらくの間シュウさんが以前にも増してノアに頻繁に出入りするようになり、何故か時々『姉さん』呼びを要求されるようになったことである。

 

 ……ジーさん、微笑んでないで助けてくれませんかね? 

 

 

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