俺の目の前に、俺と全く同じ顔の人が居た。
ケルシー先生から貰った人物リストに写真が載っていたので事前に知ってはいたのだけれど、こうやって直に見るとそれはそれで新鮮な驚きがある。
「こんにちは、ミヅキさん。身体の方はもう大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
一拍遅れて言葉を返すと、ミヅキさんの表情が変わった
それまでの楽しそうな微笑みが、心配そうなソレへと瞬時に切り替わる。
「……そっか、聞いてはいたけど本当に記憶が無いんだね」
「えーと、何というか……すみません」
「謝らなくてもいいよ。オーナーが何か悪いことをしたわけじゃ無いんだし」
別に隠すつもりがあった訳では無い。
『どなたでしょうか?』と聞くのも悪いと思っての言葉だったのだが、彼には一切通じなかったようだ。
心配と悲しみを発しながらミヅキさんが俺へと近付いてきたので椅子に座ることを促すと、彼は俺の正面から椅子を動かし、そのまま俺の隣へと腰を下ろした。
椅子の肘掛け同士が密着するような距離で、ミヅキさんは身を乗り出して俺の顔を覗き込んで来る。
…………あの、凄く近いです。何だか変に緊張してしまうので止めて欲しいのですが?
「────駄目だよ」
「僕のことを、ちゃんと見て」
「僕を……思い出して」
恥ずかしさから顔を逸らそうとしたのだが、避ける間も無くミヅキさんの両手によって俺の両頬は捉えられてしまった。
間近で見る彼の瞳は、海のように澄んでいて、深海のように底が見えない。
暗くて深くて、思わず寒気が走るような感覚。
────でも、不思議と嫌な気配はしなかった。
どこか慣れた感覚、とでも言うべきだろうか?
記憶は無いけれど、俺は確かにミヅキさんのことを知っているようだった。
それが分かってしまった途端、緊張の糸は容易く解れる。
ジッとその瞳を見返し続けていると、しばらくしてからミヅキさんはフッと微笑み、俺から静かに離れていく。
「────ふふっ、記憶を無くそうとオーナーはオーナーなんだね。……安心したよ」
彼が発していた心配や悲しみの感情は何時の間にか霧散しており、「急にごめんね? これからゆっくり思い出してくれたら嬉しいな」と言って、彼はポケットから何かを取り出した。
それは見覚えのある携帯用のゲーム機だった。
「これで遊んだ時の事は憶えてる?」
「はい、前に遊んだゲームですね。あの時は皆でゲーム大会をして、最高スコアはいつも通り────」
……いつも通り、誰が最高スコアだったっけ?
あれ? そもそも『皆』って?
シェーシャさんは居た。彼と即席でチームを組んだけど、キララさんに負けちゃったんだよな。
俺達の後ろでそれを見て笑っていたWさんが居たことも憶えている。俺が無茶な夜更かしをしないよう見守って欲しいとお願いされたから来てくれたんだ。でも、Wさんは誰にお願いされたんだっけ?
あとは、あとは…………駄目だ。靄が掛かったように思い出せない。途中で誰かが抜けたり、あるいは新たに誰かが入ったりして、少なくとも十名くらいは居たはずなのに、思い出せない人物が多過ぎる。────すごくきもちわるい。
「オーナー、落ち着いて。僕に合わせて深呼吸しよう」
気付けば俺は、正面に立ったミヅキさんに抱き竦められていた。
彼の胸元に頭を預けながら、耳に届く呼吸音を真似て大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出していく。
自分の身体が異常に発汗していることも、そこに至ってようやく気付いた。震えるような寒気が身体の末端から迫ってくるのが、ハッキリと感じられる。
背中を優しく擦ってくれるミヅキさんの僅かな温もりだけが、唯一の頼りだった。
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俺の状態が落ち着いた頃、様子を観察していたケルシー先生達が部屋へと入って来て、いくつかの検査を受けることになった。
だが検査の結果に異常値などは見られず、原因を探るために条件などを変えながら何日かに分けて実験をしてみたところ、有力と思われるいくつかの目途が立つに至った。
・複数人が関わる記憶の場合、記憶に無い人物が多ければ多い程負担が掛かるということ。
・負担が掛かるほど思い出しやすいが、思い出す対象は誰になるか分からないということ。
・一度記憶を思い出すと、以降はその対象に関する記憶は連鎖的に思い出せるということ。
これが分かったおかげで、何人かの記憶は思い出すことに成功している。
ロドス本艦に滞在している関係でスージーさんやロスモンティスさんやエンカクさんなどロドス所属の方ばかりではあるが、着実に回復に向かっていると見ていいだろう。
ちなみに切っ掛けになったミヅキさんに関する記憶については、まだ思い出せていない。
どうやら多くの人物が関わるモノばかりのようなので、しばらくは様子見という形に収まっている。
記憶を変に刺激しないよう気を付けながらも、俺の気晴らしのために頻繁に遊びに来てくれるミヅキさんには、感謝するばかりだ。
「今度は僕がオーナーの居場所になってあげるから」と、ミヅキさんは言っていた。
俺のことを慮ってくれるのはありがたいが、それをされるくらいの事を彼にしてあげた記憶が無いので、申し訳無さが募ってしまう。
……記憶が戻ったら何かしらのお礼をしなくてはいけないな。一つだけ何でも言うことを聞く、とかでも良いだろうか?
『オーナーさん、そろそろ時間です』
「分かりました。今日もよろしくお願いします」
ケルシー先生は忙しい身のため、毎回見守ってくれる訳では無い。
スピーカーから流れたロドス所属の医療オペレーターの方の声に従って、居住まいを正し、部屋の扉の方へと視線を向ける。
今日からようやく、ノア所属の面々との対面が許された。
憶えている人物はかなり多いため、こちらに関しては憶えていない人物を上げる方が遥かに早い。
今日会うのは、その中の一人である『シャイニング』という人だ。
「………………」
「……シャイニングさん、ですよね?」
部屋に入って来た彼女は、俺と視線が合ったまま立ち止まり、一言も喋ってくれない。
感じ取れるのは『欲望』と『葛藤』、そして強い『罪悪感』。
と、とりあえず椅子に座ってもらおう。俺だけ座っているのも居心地が悪いし……。
────あの、どうして膝の上に乗せるんでしょうか?