「────いやー、中々良い映画だった! ……で、次はどれにする? 私のオススメはこっちだけど、オメーの好みに合わせるならこっちの方が良いかもな!」
オーナーの自宅に作られた急ごしらえのシアタールームにて楽しそうに映画を見ていたニェンは、それが終了するや否や歓喜の声を上げ、自身の胡坐の上に乗せて両腕で抱え込んでいた眼下のオーナーへと声を掛けた。
微塵の疲れも見えない彼女の表情とは対照的に、オーナーの表情には疲れの色が濃く出ている。
今しがた見終えた映画が本日四本目の映画ともなれば至極当然のことであったが、その体勢の関係で互いの表情を見ることは叶わない。
「……ニェンさん、とりあえず休憩を入れませんか? お腹とか空きません?」
「何だ? 腹が減ったのか? ほら、コレやるよ」
オーナーのやんわりとした提案はニェンに届かず、その両腕の拘束が弱まることは無かった。
ノアの金属加工産業に対してアドバイスをする対価としてニェンから要求された『オーナーを一日自由にする権利』。
それを安易に受け入れた自身の判断をオーナーは僅かに後悔し始めていたのだが、ニェンの手によって口内に入って来た刺激物のせいで、その思考も中断されることとなった。
「辛ぁい……」
「…………へぇ、なるほどなるほど」
小腹が空いて来た時のために用意されていた揚げ芋は、長時間の映画鑑賞によってすっかり冷めてしまっていたのだが、その表面に振りかけられたニェンお気に入りの辛味パウダーによって、オーナーの体感温度は急上昇する。
顔を顰めるオーナーの様子を興味深そうに眺めながら、ニェンは自身の指に付着した粉を舐め取った。
この粉をオーナーに味わわせるのは今回が初めてではない。
初めての際はそれこそ火が出そうなほどに顔を真っ赤に染め、瞬時に咽る程であった。
それが今、顔を顰めこそすれども、しっかりと咀嚼するまでに成長している。
『こういうのにも適応するってことか……』と、ニェンは心の内で一人納得した。
納得し、仄かな喜びを感じる自分が居ることにも気付く。
繰り返し重ねていけば、様々な好みを自身と同一にすることが出来るのではないか、と。
それは通常では得難い終生の友、あるいはそれ以上の存在になり得るのではないか、と。
「…………よし、じゃあ少し休憩すっか」
「……あの、ニェンさん? 前が見えないんですけど?」
「私もよく知らねーけど、眼の疲れは温めるのが効果的らしいからな」
ニェンの真っ赤な両手が、オーナーの両眼を優しく覆う。
傍から見た現状を想像したオーナーは、彼女の手の平から伝わる確かな熱の心地良さと同時に、何とも言い難い気恥ずかしさを覚えた。
だが逃れようともがいても、何時の間にか身体に巻き付いていたニェンの尻尾によって、その行為は意味を成さない。
それどころかオーナーのささやかな反抗は、ニェンにとってはじゃれついて来ているかのようなものにしかならず、ニェンはその反応を楽しむばかりである。
「そんなに騒ぐようなことか? これくらいシュウ姉で慣れてんだろ?」
「ぜぇ……ぜぇ……。……シュウさんは、こういうことはしませんよ……」
息切れを起こし疲労によって抵抗を止めたオーナーのその言葉に、ニェンは何か引っかかるようなものを覚えた。
両眼を覆う手はそのままに、彼女はそっとその耳元へ口を寄せる。
「……シュウ姉以外にはしてもらったのか?」
「………………」
「……シー、リィン姉。────おい、マジか。リィン姉の方かよ!」
オーナーは一言も喋らなかったが、ニェンは姉妹の名前を告げた際に発生したオーナーの僅かな反応から、しっかりと正解を導き出した。
「何で分かるんですか……?」と狼狽えるオーナーに「オメーは分かりやすい」と返しながら、ニェンは奇妙な感覚に襲われた。
何というか『面白くない』。
それは単に自身の行為が、既に誰かによって行われていたということに対するものなのだが、出自も生き方も常人と異なる彼女は、その原因を解明できない。
映画を撮ろうとした矢先、思い付いた会心のアイディアが他の映画で既に使われていることを知った時と、似ているようで全然違うと彼女は感じた。
彼女の両手が、オーナーから離れていく。
「ニェンさん?」
「気が変わった。私も少し休む」
「えーと、休むのは全然構わないんですが、拘束は解いて頂けると……」
両眼を覆う手が離れようとも、巻き付いている尻尾に動きは無く、依然としてオーナーの身体は自由を取り戻せていない。
オーナーの願いを無言で退けつつ、ニェンは尻尾を巻き取るようにして、オーナーを正面から抱き竦めた。
そうしてオーナーを抱え込むように背を丸めると、オーナーのくぐもった声は次第に消えていく。
それは決して受け入れた訳では無く、無駄な抵抗にしかならないと諦めただけ。
だがそれをニェンは、自身にとって都合良く解釈することに決めた。
(休んだら、まずはそうだな……)
(他の奴らにされたことを聞き出して、まだされてないことでもしてみるか?)
(……いや、一つずつ私で上書きするってのも良いな!)
考えるだけで、先程までの『面白くない』が溶け消えていく。
そんな楽しい想像を繰り広げながら、ニェンはオーナーを抱き締める力を強めた。
趣味嗜好は異なれど、同一の存在から分かたれたことにより、似通う部分も数多く存在する。
これから先、兄弟姉妹による上書き合戦が始まることを、ニェンもオーナーも知る由が無かった。