箱庭ゲーム『生息演算』こぼれ話   作:キノント

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オーナー混濁追想録③

 

 

「シャイニング……大丈夫か?」

 

「シャイニングさん……」

 

 

 ニアールさんとリズさんの声が、酷く遠い。

 隣に居る二人の声が、聞こえているのに頭の中に入って来ない。

 

 オーナーの記憶に異常が起きていると聞かされた時。

 その異常の中に私との記憶も含まれていると聞かされた時。

 ニアールさんとリズさんとの記憶には問題が無いと聞かされた時。

 

 足元が急に崩れ去ってしまったかのような、背筋が凍る嫌な浮遊感。

 『どうして……?』と、宛の無い問い掛けしか出来ない己の無力さ。

 決して抱いてはいけないはずの、二人に対しての仄暗い羨望と嫉妬。

 

 それらを感じ、思い、呑み込んで。

 そうして私は、自らを強く軽蔑しました。

 

 

「……はい、私は大丈夫です」

 

 

 誰かのためではなく、私自身のために。

 

 私は、嘘を吐きました。

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

「……私の事は、どのくらいお聞きになりましたか?」

 

 

 検査室で、シャイニングは膝に乗せたオーナーにそう尋ねた。

 後頭部に掛かる吐息がこそばゆいのか、オーナーは僅かに身じろぎをした後、その問いに答える。

 

 

「ノアとロドスで、医療部門に勤めていると聞いています。ノアの診療所の責任者もしていて、大人だけではなく子供達からも信頼されているとも」

 

「……他には?」

 

「えっと、本人はあまりそれを好んではいないらしいのですが、戦闘面でもとても優秀だと」

 

「…………他には?」

 

「……ノ、ノアの中でも古参の方だそうですね」

 

「……………………」

 

「…………すみません」

 

 

 シャイニングの腕の中で、オーナーは項垂れた。

 彼女自身も気付かない内にその両腕に力が入り、シャイニングの身体はオーナーの背中により密着する。

 

 目を伏せ、縋るようにシャイニングは声を絞り出す。

 

 

「何故、謝るのでしょうか……?」

 

「……シャイニングさんには今までいろんなことで心配や迷惑を掛けてきたと思うんですけど、それを勝手に忘れてしまっているので謝りました」

 

「そんなことは……っ!」

 

「それに──」

 

 

 オーナーが、自身の腹部へと回されていたシャイニングの手に、重ねるように手を添える。

 

 シャイニングの手は異様に冷たく、少し震えていた。

 オーナーが触れた瞬間、恐れを抱いたかのようにその手は引っ込みそうになったが、オーナーが強く引き留めたことでその動きは停止する。

 

 

「────楽しい思い出も、たくさん有ったと思うんです。そしてシャイニングさん自身の事だって、きっと……。だから……すみません」

 

 

 それを聞いて、それを言葉にして。

 

 二人はしばらくの間無言となり、部屋には静寂が満ちる。

 

 

 そして。

 

 

「────えっ? あの、シャイニングさん?」

 

 

 静寂を打ち破るかのように、シャイニングはオーナーを抱えたまま椅子から立ち上がった。

 そのまま少しの距離を移動した後、近くにあった大き目のソファへとオーナーは横たえられる。

 

 オーナーは慌てて身体を起こそうとしたが、その行為はシャイニングの片手によって容易に阻まれた。

 

 

「……記憶が戻った事例も、他の方から聞いています。これからゆっくりと思い出していきましょう。……私もお手伝いしますから」

 

「あ、はい。確かにスージーさんとかロスモンティスさんとか、何名かの記憶はちゃんと思い出しましたけど……」

 

「ごめんなさい、オーナー。今だけは他の方のお名前は控えて頂けないでしょうか? 今は私を、私だけを見て下さい」

 

 

 オーナーに覆い被さるかのような体勢で、シャイニングはジッとその瞳を合わせる。

 その瞳から悲しみと僅かな苛立ちを感じ取ったオーナーは、その口を慌てて噤んだ。

 

 その様子を見たシャイニングは、淡く微笑む。

 

 

「安心してください。オーナーを傷付けるつもりは一切ありません……」

 

 

 顔の位置はそのままに、シャイニングの視線は横にズレた。

 その視線を追ったオーナーは、部屋の隅に状況確認用の監視カメラが有ることを確認する。

 

 カメラが有るならば、シャイニングさんもきっと変な事はしないだろう。

 

 未だ状況は呑み込めていないが、その事実を以ってオーナーは安堵する。

 だが視線をシャイニングの方へと戻そうとした瞬間、オーナーの視界の隅に不可思議なものが映った。

 

 

「光……?」

 

「……私のアーツです」

 

 

 まるで実体を持っているかのような光の塊が、ふよふよと宙を舞う。

 

 そして、カメラの前に陣取って止まった。

 物体を視認するためには光が必要だが、かといって過剰な光は暗闇の代わりに数多の存在を覆い尽くす。

 

 きっと、いや確実に。

 カメラの向こうのモニターは、真っ白になってしまっていることだろう。

 

 

「オーナー」

 

 

 これは流石に声を上げるべきではないか? 

 オーナーのその思考を読んだかのように、シャイニングは真剣な表情で彼の名を呼んだ。

 

 そこに込められた感情を受け取ったオーナーは迷った挙句、まずはシャイニングの言い分を聞くことに決めたが、その優しさ故に分水嶺を見誤ることとなる。

 

 

「思えば、私自身の事を詳しくお話ししたことはほとんどありませんでした」

 

「それはきっと、一種の恐怖が私に有ったからだと思います」

 

「…………ですが、今はもうその恐怖よりも恐いことが、私には有ります」

 

「これからは私自身の事も、聞いて頂けますか?」

 

 

 シャイニングは、その問いの返答を待たなかった。

 オーナーが思考と言葉をまとめるよりも先に、彼女は欲望に従って動き出す。

 

 もう二度と、後悔することが無いように。

 

 

「まずは私が好きなものを一つ……」

 

 

 

 

 

「オーナー、あなたが好きです」

 

 

 

 

 

 光に映された影が重なる。

 

 オーナーが声を上げることは、叶わぬこととなった。

 

 

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