高校に入学した年の春のことだ。
週末にディスクユニオンで中古CDを眺めていたら、クラスメイトと目が合った。
「「あっ」」
お互いに、指をさす。
「えっと、確か角の席の……秦野君」
「あぁ、うん」
僕は鼻白んだ。
まさか彼女が、僕の名前を憶えているなんて。
思いもよらなかった。
「あれ? 間違ってた?」
女の子が、心配そうに首をかしげる。
僕は慌てて首を振った。
「あ、いや、合ってる。合ってるよ」
「よかった! 間違っちゃったかと思ったわ!」
キターンと文字が浮かびそうな明るい笑顔でほほ笑む彼女。
僕は思わず目をそらした。
「あ、え、えっと」
「ふふ、まだ一学期が始まったばかりだもんね。私は喜多だよ」
「う、うん」
実は知っていた。
クラスでもとびっきり可愛い喜多さん。
覚えてないわけがない。
でも、なんだか恥ずかしくて彼女の名字をさっと口に出すことができなかった。
「秦野君、何か買うの?」
「えっと、なんか、適当に」
「適当?」
喜多さんが驚いたように問いかける。
「なんていうか、その、ジャケ買いみたいな」
「ジャケ買い?」
「つ、つまり、こう、なんとなくあたりをつけて、いくつかアルバムのジャケットを見て」
「うん」
喜多さんが、僕のすぐ隣にくっついてアルバムのジャケットを見つめてくる。
「うぁ、あの、えと、つまり、なんか良さそうだなって思ったのを、か、買うんだ」
僕は、しどろもどろになってしまう。
「へぇー」
喜多さん、僕の買い方、変だと思っただろうか。
と、心配していると。
「秦野君、すごいのね!」
「へ?」
「だって、そういう買い方って詳しくないと絶対できないもの。私には無理だわ!」
嫌味ではなく、まっすぐな言葉。
僕は驚いた。
「べ、べちゅに、あ、べつに詳しいわけじゃないよ」
しまった、噛んでしまった。
「ふふふ」
喜多さんが可愛く笑う。
「そ、それよりさ、喜多さんは何を買いに来たの? なんとなく?」
「えっとね、私はこれを探しに来たの」
スマホを取り出し、画像を見せてくれる。
最近バイラルチャートとかでもよくヒットしてるポップ歌手のアルバムだった。
「お小遣い足りないから、こういうところに安く売ってるって友達から聞いて」
「うーん、あると思うけど、まだ発売したばかりだし、あまり安くなってないかもね」
「そうなの?」
一緒に探してあげると、すぐに見つかったけど、定価より300円安くなっているだけ。
「うーん」
喜多さんはすっごく悩んだけど「せっかく秦野君が探してくれたし」と、それを購入した。
「ふふふ、買っちゃった」
嬉しそうにディスクユニオンのビニール袋を掲げる喜多さん。
「こういうのって、なんだかオシャレかも」
オシャレ。
僕的にはディスクユニオンって、ただの中古CD屋さんだけど、そういう考え方もあるのか。
「あ、そうだ!」
ぽんと手を叩く喜多さん。
「ついでだからあのカフェスタンドに寄っていきましょ?」
道路の向こうに見えるお店を指さした。
へぇ、あんなところにカフェがあったのか。
そういうのに疎いから視点に入ってなかったな。
さすが喜多さんはおしゃれな子だ。
「いいね」
喜多さんがそこに行くのは似合っていて、いいね。
そういう意味で僕が答えると。
「じゃ、きまりね!」
ぐいっ。
手を引っ張られた。
え、な、なんで!?
あっという間に、カフェスタンドの前まで連れていかれてしまう。
「わぁぁぁ、すっごくいろんな種類がある。ね、どれにしようかな。迷っちゃう~」
楽しそうにはしゃぐ喜多さん。
つられてメニュー表を見るが、ほとんどわからん。
「んー、これにしよっ! ね、秦野君はどれがいい?」
「え、僕?」
い、いつの間にか僕も注文する流れになっていたのか。
でも今月あまり小遣いないんだよなぁ。
一瞬そんなことを考えるが、この状況では断りづらい。
「じゃ、じゃぁホットコーヒーで」
「わかったわ」
喜多さんが二人分のお金を払った。
「え、き、喜多さん?」
「さっきCD一緒に探してくれたお礼」
「で、でも、安くなった分よりも損してるよ?」
「いいの。友達とこうやって遊ぶほうが楽しいもの」
友達。
いつの間にか友達認定されているぞ。
「はい、どうぞ」
僕の注文したコーヒーを差し出してくる喜多さん。
うけとったコーヒーのカップは耐熱素材のはずなのに、なんだか熱く感じた。
「せっかくだから、写真撮りましょ?」
「え?」
戸惑う僕をよそに、スマホを掲げる喜多さん。
ディスクユニオンの袋も画面内に入るようにして、パシャっと写真を撮った。
「秦野君、表情硬い~」
え、僕も入ってたのか。
「後で送るね!ライン交換しよ?」
怒涛の流れで、ライン交換までしてしまったぞ。
※
翌日。
学校に行くと、クラスのチャラい男子たち、それから一軍女子たちが、なんだか僕をチラ見している。
いったい、なんなんだ?
ひそひそ声が聞こえてきた。
「やっぱほら、あいつだよ喜多さんのイソスタに出てたやつ」
「なんであんな陰キャが」
「なんか、いつも本読んでイヤホンで音楽聞いてる子よね?」
え、ど、どういうことだ。
「おーい、秦野」
音楽の話をよくする木澤君が、声をかけてきた。
「お前一体、どうやったんだよ!?」
「な、なんのこと?」
「クラスの美少女、一軍中の一軍の喜多さんのイソスタで、お前が一緒に写ってるってもっぱらの噂だよ!」
「え!?」
「ほら、これ」
木澤が見せてくれた、イソスタの喜多さんのページ。
そこには、先日のカフェスタンドの写真が。
「休日に二人でカフェって、まるでデートじゃねーか。ってか、マジでデートしたのか?」
「あ、いや、ち、違うよ!ほらこの袋」
「ディスクユニオン?」
「そう、たまたま、店で会ったんだ」
「それで、カフェに?」
なんでだよ、と睨まれるが、僕にもなんでかよくわからなかったんだからしょうがない。
っていうか、喜多さん!
まさかSNSにアップしちゃってるなんて!
「みんな、おはよー!」
その時、喜多さんが、いつもの無邪気な笑顔で登校してきた。
「??」
みんなの視線に、首をかしげる。
あぁ、これは全然わかってない顔だ。
自分が超絶美少女なのに、男と(それも僕みたいな陰キャと)一緒に写真なんか写ってたらどんな誤解をさせるか、ちっともわかってない顔だ。
僕は頭を抱えた。
喜多さんがどういう子なのか、なんとなくわかってきたよ。
なんていうかこう、一軍女子っぽくない素直さがある。
「あのー、喜多ちゃん……」
いつも一緒にいる陽キャ女子の一人が、問いかけている。
「どうしたの?」
「この写真、これってぇ、何?」
「あ、それね! ふふふ、秦野君ってすごいのよ!」
なぜかドヤ顔で、僕がCDを見つけてあげたエピソードを披露しだす。
うわぁぁ、恥ずかしい。
みんなの前でそれはやめてくれぇぇぇ。
僕の心の叫びは届かない。
ひとしきり語り終えると、みんな、「なんだ、そういうことか」と納得してくれたみたいだけど。
「そ、そういうことかぁ」
ホッとしたように陽キャ女子がつぶやく。
「そういうことって? 何か、変だったかしら?」
無垢な喜多さんが首をかしげると、陽キャ女子が言った。
「いや、だってさぁ、この写真だとなんかまるで、こいつがさぁ、かれぴみたいじゃん」
「ふぇ!???」
ぼんっと音を立てるように、喜多さんが赤くなる。
「か、かかかかれぴ!??」
なんかわたわたしてる。
「ふぁ、わ、わたし、そんなこと考えたこともなくて、あの、その」
おぉぉ、喜多さんが戸惑ってるの、新鮮な反応だ。
これはこれで可愛いな。
ってか、そういう話題には照れるんだ。
「こ、こいびとなんて、まだ早いとおもうの!!」
一般論なんだろうけど、なんだかドキッとしてしまう。
喜多さんの反応に、一軍女子たちはニヤニヤ。
楽しそうだ。
※
「は、秦野くぅん、誤解で迷惑かけちゃって、ごめんね!!」
あとで喜多さんが僕の席まで来て、めっちゃ謝ってくれた。
のはいいだけど、またちょっとした注目を集めちゃってるよ。
正直、目立つのって苦手なんだけどなぁ。
でもまぁ、ひとつわかったことがある。
喜多さんは、めっちゃ顔がいいけど、それに似合わないピュアな人だってことだ。
僕は、思わず苦笑いした。