DR_inflection   作:柚柚

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おやすみなさい、希望。
プロローグ


「おはよう。気分はどうだい?」

 

 

「良いとは言えないかな、ただ悪くもない。」

 

 

「そう、何も異常が無いのは良い事だよ。悪くなければそれでいい。」

 

 

「...そんなに判断が甘くていいのか?」

 

 

「勿論。なるようになる、なんてよく言うでしょ?」

 

 

「それは...、どうなんだ。そうは思えないけど。」

 

 

「いいんだよ、何でも白黒つけなくても。一人一人に当てはまる何かがあるだけ。気分だって、私は今お茶が飲みたい気分、とかね。」

 

 

「それは単に喉が乾いてるだけじゃ?」

 

 

「...それもそうかもね。ならお話の続きはあっちでお茶をしながらにしよう。ほら立って、行くよ。‪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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変な姿勢で寝ていたのか首が痛い。

姿勢を正せば、俺は机に突っ伏した形で寝ていたのがすぐに分かった。

 

変な夢を見た気がするが、それすらも全て掻き消えている。いや、夢を見たのに起きた瞬間内容がぼやけるっていうのはよくあることかもしれないが、変な夢だと覚えていて、嫌な汗が肌に張り付いている。気持ち悪さが残った目覚めだった。

 

 

少し思い出そう。

俺は紗鳥 健人(さとり けんと)。えーっと、高校生で...そうだ、確か...

 

"夢見ヶ浦学園(ゆめみがうらがくえん)"の入学式に参加する予定だった筈。

 

 

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かの「入学すれば成功が約束される」や「希望の象徴」として有名な希望ヶ峰学園。入学するにはスカウトされるしかないが、入学自体が既にステータスになる名誉。

その学園の試みとして、姉妹校が設立された。夢見ヶ浦学園はまだ設立されたばかりで卒業生も少ない故に知名度と期待が比例して膨らんでいる状態だ。

 

はて、その姉妹校に晴れて入学できるとは、俺は凄い人間だったのだろうか。

そんな筈がない。俺が覚えている限り俺は何処にでも居るような高校生。趣味も特技もごく普通で、特殊な実績や異質な能力がある訳でもない。

つまり、この考えから導き出される答えは、学園の話題になれば必ず挙がる「抽選入学」ってやつかもしれない。

 

そんな幸運、俺にあるのかは自分でさえも分からない。今まで運が良いって思えたことなんて、それこそソシャゲのガチャとか、おみくじの大吉とか、本当に誰にでも経験がある幸運だったからだ。

それが今や夢見ヶ浦学園、というのは、果たして徳の積み終わりか前借りか、はたまた何かの間違いか。

 

 

そういえば、今居る場所って...夢見ヶ浦学園なのか?

 

少し視界を動かせば、そこは少し豪華そうな椅子や机が複数個、奥には本棚が置いてある部屋だった。モニターや監視カメラがあるけど、それ以外はファンタジーの談話室はこう、みたいなイメージが当てはまりそうな印象だ。

ただ少し、暗いような。

 

 

振り返れば、ふと視界に映った。イメージは霧散した。前言撤回するべきだと、平穏と決して結びつかない物の存在感がそう囁いている。

 

 

紗鳥「なんだこの鉄板...、窓、か?金庫...でも無さそうだし...」

 

 

恐らく窓と呼ぶべき場所には鉄板が打ち付けられていた。

この部屋のどんよりした空気は十中八九、いや確実にこいつのせいだ。

 

何をどうしたらこうなる?疑問点が無限に湧いてくる、パニックを起こしそうになる頭の中。いやいや、こんな、シチュエーション的に考えれば、監禁...とか......、いやそんなまさか。俺はごく普通の高校生だ。身代金なんかを期待されたって、期待が身に余ってしまって潰される。

 

 

頭を抱えたい気持ちを抱えるしかなく、文字通り右往左往する。

俺だけの呼吸音と足音が響く空間の中、ふと足元を見れば俺が座っていた椅子の下に1枚の紙切れが落ちていることに気付いた。

 

 

紗鳥「こんなのあったのか、ぐっちゃぐちゃだな...」

 

 

そこには下手くそな字で、

 

 

 

【入学のごあんない。希望の卵のミナサン、8時にアトリウムまでおあつまりください!】

 

 

 

と書いてあった。子供らしい絵も描いてあったが、これもまた下手くそで何が何か判別できない。こういうプリントって印刷物だろ普通、なんで手書きなんだ。

 

時計を見れば、針は7時50分前を指していた。結構時間が無いな...兎にも角にも、ここは恐らく学園で、他に入学生が居るってことだ。このヘンテコな状況について、なにか知っている人だって居るかもしれない。

 

こんなとこ居ても気分が悪くなるだけだ。異様な景色はこの部屋だけかもしれない、そんな淡い希望を胸に、扉を開けた。

 

 

 

しかしまぁ、胸に秘めた淡い希望という浅い夢はあっさり打ち砕かれるものと相場は決まっている。

 

 

 

 

 

 

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やっぱり何処もかしこも不気味な場所だった。見渡す限り全て見慣れない景色で目と頭が痛い。なんだよ廊下が紫の壁って。

 

歩いていると周りより明るく暖かそうな、一つ光が差し込んでいた場所があった。近付けば植物と人の影がいくつも伸びていることにも気付く。

ってことはあそこがアトリウムか...?

そう思い、急いで駆け寄った。

 

 

 

 

紗鳥「こんにちは、えっと...ここってアトリウム、ですか?」

 

ガタイのいい男「ん?あぁ...ごめん、僕たちもよく分からなくて。あちこち歩いたけど、ここが一番広いからここに集まってる感じかな」

 

ギャルのような女「地図もないのに初見の場所で待ち合わせとか、マジで学園も鬼畜だよね〜」

 

 

そこに居たのはガタイのいい人や本を読んでいる人、隅に隠れてる人やもう既に談笑している人達まで。十数人を天窓はいくつも照らして、ぼやけた影を作っていた。

 

というか、そうか地図もないのか...でも大広間みたいな感じ。緑も多いしアトリウムっぽさはあるから合ってる、んだろうか...?

 

すると、先生のような鶴の一声で、談笑を止めさせた男が一人。

 

 

大人びた男「皆さんはあの窓の鉄板は見ましたか?」

 

白衣の女「あ、わたしが見た教室は全部塞がれてました...!」

 

三つ編みの男「窓ではないですが、鍵がかかった扉が何ヶ所かありました!」

 

怯えている女「すぐそこの階段も、シャッターが降りてた...」

 

お嬢様のような女「つい先程確認しましたが、玄関も開いておりませんでしたわね」

 

 

本格的にまずい。ここに来るまでの記憶が無ければ、外を確認する術も無い。本当に誘拐なのか?何が目当てで...いやそんなことより、ここから出れる場所を探さないといけない。それが第一優先だ。

 

 

無愛想な男「というより、もうすぐ8時だというのに学園側がなにも動きを見せないのは何故だ」

 

胡散臭い男「さァ?そもそも入学生がココに居る人だけなのかーとかボクらなァーんも知らないし。それとも、入学式の準備が遅れてんじャない?」

 

不気味な女「この異常事態を考えれば、偏に学園側が此処に居ると断言出来ないのではないか?」

 

 

そうだ。ここに居るってことはこの人達は超高校級の人間、ってことなのか...。やっぱり、と思えるほど普通の高校生という枠からはみ出しているオーラがあった。それに比べて俺は、本当に幸運なんか持っているのか...。

 

周りを見渡していたら、赤い髪の人が急に手を挙げ、声を上げた。

 

 

赤い髪の女「ねーえ、どーせクラスメイトなら自己紹介しよーよ!不便でしょ?」

 

 

突然の提案、それに便乗するように、大きい帽子を被った人が続く。そして床に座っている男をキッと睨む。

 

 

大きい帽子の女「賛成。ずっとなんて呼ぶか迷ってたけど、そこのピンク頭、床に座るの辞めたら?」

 

ピンク髪の男「え、オレ?あー、別に誰の迷惑にもなってねぇじゃん。学園も注意して来ないんで辞めませんー」

 

大きい帽子の女「いや邪魔」

 

ピンク髪の男「イデッ!!蹴んなよチビデカ帽子!!!」

 

大きい帽子の女「はぁ!?私には遊城 遊(あすぎ ゆう)って名前があんの!二度とそんなヘンテコなあだ名で呼ぶんじゃないわよ派手髪!!」

 

ピンク髪の男「髪色はオメェも大概だろ!!!」

 

 

ヒートアップして乱闘騒ぎになりかけていた、いやもうなっていたかもしれないが、その最中、ガタイのいい人が二人を制止し始めていた。あそこの二人、もう見るからに相性悪そうで不安だな...。

 

 

とりあえず赤い髪の人の言う通り、同級生付き合いの大事な初めの一歩ってことになる。あまりミスりたくない。慎重に話しかけてみよう。

 

 

 

 

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先程返事もくれて、喧嘩も止めていた優しそうなガタイのいい人と、そこに一緒に居た先程の喧嘩の張本人の遊城さんに話しかける。

 

 

紗鳥「すまん、怪我とか無かったか?」

 

ガタイのいい男「いや大丈夫だよ、こんなの僕にとっては日常茶飯事だからね。逆に最初から止めてれば...」

 

遊城「いや、あれはあたしとピンク髪が悪いわ。あんたに非はないでしょ」

 

 

良かった。思ったより良い人みたいだ。

いや初対面に蹴りを入れる人は怖いけど、ちょっと正義感というか、そういうものが強い人って印象が強かった。

 

 

ガタイのいい男「あ!そういえば自己紹介の時間だったよね、僕は穂堂 涼介(ほどう りょうすけ)。超高校級のボディーガードなんだ。何か困ってることがあったら言ってくれ、力仕事から雑用まで手伝うから」

 

 

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黒髪に群青色の瞳、白いシャツにハーネスベルト。そして1番はその大きな体躯だろう。高校生とは思えない程成長したそれは、隣に立つ遊城との差はもはや恐ろしい。

 

 

紗鳥「ボディーガードって...すごいな」

 

穂堂「あはは。人を守るのとか、役に立つのが好きなだけだよ」

 

遊城「気をつけなさい。こいつあんたと違って怪我はないかとか、聞く回数が段違いよ。逆にうざいわ...」

 

 

遊城は、はぁ...とため息混じりに呟いていた。どういうことだ、と疑問を口にするより先に、穂堂の弁明がいち早く口から出てきていた。

 

 

穂堂「いや、ただ...その、女の人は怪我一つでも負ってたら大変だなって。それにその、職業柄みたいなものだからあまり気にしないでくれ...」

 

遊城「はぁ、まぁいいわよ。悪気がないってのは初対面でも何となくわかるから...」

 

穂堂「ごめんね、次は僕も気をつけるよ...」

 

 

穂堂が申し訳なさそうに眉を下げる。その声は深く優しく、少しだけ低めの音が胸の奥を揺らす。どこか、陽だまりに座っているような安心感。それはきっと天窓から差す陽光のおかげだけじゃない。

 

 

紗鳥「...優しいな、穂堂くんって。遊城さんも、最初は少し怖かったけど、案外しっかり者って感じでちょっと安心したよ」

 

遊城「ま、変なとこで我慢するのもバカらしいし、こういう性格なのよ。で?」

 

紗鳥「え?」

 

 

唐突な疑問形に条件反射で疑問形を打ち返してしまった。遊城の大きな瞳に俺が映る。

 

 

遊城「あんたも何か才能あるんじゃないの?まさか何もないのにここに来たわけじゃないでしょ」

 

紗鳥「まぁ。俺は紗鳥健人。...才能っていうか、多分抽選で...」

 

穂堂「あぁ!確か、超高校級の幸運だっけ?」

 

遊城「あーあったわねそんなの」

 

 

自分の才能について話す、という緊張は恐らくこれからも肌に馴染まないだろうと直感した。相手が悪い、なんて言い訳はきっと通用しない。なんせ自分に自信がないのを相手のせいにしてはいられないから。

 

不意の遊城からの話題で一瞬焦ったが、こちらから訊きたかったことを思い出す。

 

 

紗鳥「そういや、遊城さんってどんな才能なんだ?」

 

 

すると、彼女は大きな帽子のツバを撫でていた手を腰に当て、気取ったように小さく笑った。

 

 

遊城「あたしは玩具職人よ。超高校級の玩具職人。積み木とか、仕掛けのあるおもちゃとか、色々作ってんの。最近は企画と設計がメインだけどね。生産は会社に任せてるわ」

 

 

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桃とも橙とも言える髪の色、まるで珊瑚のような色が特徴の髪を手で靡かせ、胸を張っている。子供らしい身体とは裏腹に、彼女から「子供らしさ」は、初対面の俺からすれば想像しにくかった。

 

 

紗鳥「会社…って、自分の?」

 

遊城「『アミューズキャッスル』って会社知ってる?...あれおじいちゃんの会社なの」

 

 

遊城はそう言うと、少しだけ軽やかだった声がふっと静かになった。帽子の影がまぶたに色濃く落ちて、表情が少しだけ読み取りづらくなる。

 

『アミューズキャッスル』。確か、テレビCMでよく見るロゴが目に浮かんだ。遊園地のようなロゴ、子どもが楽しそうに笑っている映像。

 

 

紗鳥「あの会社って…すごい、大手じゃなかったか?」

 

遊城「あたしはまだその看板にぶら下がってるだけだけどね。でも、いつかはちゃんと自分の名前で勝負してみたいと思ってるから。あんたもあたしの名前をちゃんと覚えておきなさい」

 

 

遊城の言葉には「自分は本気だ」という宣言のように感じた。彼女の奥にある芯の強さが、言葉の選び方の端々に滲んでいる。まぶたに落ちた強い影も、彼女の目の光は奪えないようだった。

 

 

 

 

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自己紹介をしようと提案していた赤い髪の人、その横にいる白衣の人。二人は何やら談笑していた。同級生の初顔合わせという割には、既に仲良さげな様子だった。

 

 

赤い髪の女「あ!こんにちはー」

 

 

こちらに気付くや否や、明るい声と共に、手を振り軽快に挨拶をする。赤い髪に、黒と赤が基調の制服、散りばめられた黄色の装飾。そして瞳はやけに引き込まれそうな程の漆黒だった。

隣の子も、若葉色の髪と白衣を揺らし、控えめにお辞儀をしていた。

 

 

紗鳥「こんにちは、二人って知り合いなのか?」

 

赤い髪の女「まーねー、おさなななじみってやつ。はいじゃー自己紹介!ボクは繋守未白(つなぎもり ましろ)、超高校級のオカルト研究部!!クラスメイトってことでよろしくねー」

 

 

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彼女はピースを額にあててウィンクすると、くるりと踵を返し、すぐ後ろに立っていた白衣の人の背を軽く押した。

促されるように一歩前に出た彼女は、「え、え?」と、状況を必死に飲み込もうとしている顔をしていた。

 

 

白衣の女「え、えっと...あ、わ、わたしは...薬袋眠子(みない ねこ)と、言います!超高校級の薬剤師です!よ、よろしくお願いします!!」

 

 

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そう言い終わる前に深々と、勢い良くお辞儀をした。若葉の髪がお辞儀の勢いに乗り、彼女の顔を隠すほどボサボサになった。

そして、薬袋はちらりと見上げ、様子を見ていた繋守と視線を交わす。繋守はニッコリと笑って親指を立てている。まるで「上手く話せてえらい!」とでも言わんばかりに。

 

 

紗鳥「そ、そうか。俺は紗鳥健人、超高校級の幸運だ。薬剤師ってすごいな...」

 

薬袋「いえ!...わたし、コミュニケーションが苦手で...まだ薬学も、化学とか生物学とか...色々学ぶことが多くって...」

 

繋守「眠子ちゃんすーごい緊張しいなだけで、頑張り屋なんだよねー」

 

 

会話中もペコペコと軽くお辞儀をしている薬袋と、ずっと笑顔でのんびり話しながら薬袋の髪を軽く梳いて遊んでる繋守。性格が︎あまりにもかけ離れていて、幼馴染と聞いた時は驚いてしまったが、少し話して、この性格だから2人は仲が良いんだと実感した。

 

 

紗鳥「その、繋守さんの才能の"オカルト研究部"ってなんだ...?聞いたことがあんま無いんだけど。」

 

繋守「ふっふーん、まーメジャーじゃないし仕方ないよねー。」

 

 

そう言うと、繋守は薬袋の髪から手を離し、人差し指を突き出して喋り出した。

 

 

繋守「はい紗鳥くん!オカルトとは何!!」

 

紗鳥「え!?えーっと、お化け?とか。」

 

繋守「うーーん...正解!!」

 

 

いきなりクイズを出され、反射的に答え、そして微妙な間を空けて何故か正解を貰う。俺に向けて突き出していた人差し指は、アトリウムの植物に向けて、説明口調で話し出した。

 

 

繋守「例えば、葉っぱとか花!ここにあるのか知んないけど、松竹梅は縁起がいいとされてる!とか。ヒイラギとかも有名かなー、魔除けのシンボルになっちゃってるアレ。あーいうの、伝承とか言い伝えとかみたいなもんだし、オカルトの範疇って言っちゃえばそうなんだよねー。」

 

 

うーん、とあまり納得出来ていないような表情と声色の繋守、だったが、急にパッと花開くように、明るい表情と声色へ変える。

 

 

繋守「やっぱ怪談!超常現象!心霊に未確認生命体!!オカルトっていっぱいあって幅広いから!気になったらボクになんでも聞いてねー!」

 

 

伝承や言い伝えはあまり性にあわないのだろうか?と聞くのは辞めた。きっとそれらも好きだろうが、より好きがあるだけだろう。そう思うことにした。

 

漆黒の瞳をキラキラさせた繋守は、離れる俺に大きく手を振り、その間も薬袋はペコペコと頭を下げて、折角繋守が解いた髪をまた台無しにしていた。

 

 

 

 

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植木鉢を見ている後ろ姿が一つ。周囲の自己紹介中の喧騒を背に、ただ一人無風の中にいるかのような佇まい。背中しか見えていないのに、不思議と「大人な人だ」と印象付けられた。

 

俺は一呼吸置いてから、ゆっくりとその背に声をかける。

 

 

紗鳥「...あの、今、時間いいですか」

 

 

彼はすぐには振り向かず、植木鉢に咲いた小さい花を見つめたまま答えた。

 

 

大人びた男「ええ、話すことがあるなら、どうぞ」

 

紗鳥「俺、紗鳥健人って言います。自己紹介まだだったと思って」

 

大人びた男「...そうだったね」

 

 

そう言って、ようやくこちらを向いた。

低く落ち着いた声、どこか冷たく聞こえるが、それは多分、無駄を削ぎ落としたような声音だから。暖かく冷たい瞳を隠す眼鏡や眼帯、しかしそれをものともしない整った顔立ち。やはり、背中の印象そのままの、大人びた人。

 

 

大人びた男「初めまして紗鳥さん。私は枢木 一色(くるるぎ いしき)、超高校級のカウンセラー、ということになっているよ」

 

 

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紗鳥「カウンセラー......」

 

 

なんとなく納得がいった。言葉に熱がないのに、否定も拒絶も感じない。きっと人の感情の距離に丁寧に線を引いて接する人なんだろう。優しい人、というより、暖かい人。

 

 

枢木「話したい時には、遠慮なく話しかけて良い。ただ、無理はしなくていいよ。こちらから追いかけることはないから」

 

紗鳥「あぁ、ありがとう」

 

 

彼の才能のおかげなのか、先程までの異様な状況で落ち着かなかった心が、少し凪いだ気がした。

 

そのまま枢木と軽い談笑をしていたら、ふと視線を感じる。

振り返れば、不気味な黒い長髪に隠された黄色い瞳がこちらを見ていた。彼女の方向を見返していると、あちらも近寄ってくる。

 

 

不気味な女「すまない、気を悪くしたか?」

 

紗鳥「い、いや。別に」

 

枢木「貴方ですか...、また何か御用ですか?」

 

 

枢木はらしくない溜息を吐く。嫌そうな、というよりも呆れている、といったところか、頭を抱えている。

 

 

不気味な女「イルカの、そこ迄あからさまに嫌がられるのも堪えるな」

 

枢木「いえ、嫌がってる訳じゃありませんよ。ただ、絡転さんは毎度そうやって遠くから人を凝視するのは何故なのか、と」

 

 

この不思議な人は絡転さんというのか、と。会話を盗み聞きしているような錯覚。

 

 

絡転「凝視しているつもりは無い。只、そこの、紗鳥と言ったか。いや、名前はすぐ忘れるから重要では無いが、そこの有形の魂の形が面白くてな」

 

紗鳥「た、魂の形?」

 

 

いや名前は重要だろ覚えてくれよ、と突っ込む。ただそれ以上に、よく分からない文章が耳に入ってきたのがあまりにも唐突で、口にまで出てこなかった。

 

 

絡転「我は超高校級のイタコ、絡転 朱蘭(からころ しゅら)だ。よろしく頼む」

 

 

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枢木「絡転さんは人の名前を覚えられないらしい。その代わりに、人を魂の形で呼ぶんだって」

 

紗鳥「な、なるほど。」

 

 

イタコって、幽霊を呼び寄せるみたいなやつだったか。

あっけに取られていると、絡転はまた俺の顔を凝視し、さらに近づいてくる。

 

 

絡転「お前は鳩の子、と言ったところだな。灰色の羽根の子。魂が平和の象徴とは、中々に面白いな有形」

 

紗鳥「は、はぁ...鳩......」

 

絡転「そこのイルカのとは話したか?あの有形、妙に感情を見せないだろう。オーラが水面のように静かでーー」

 

枢木「絡転さん」

 

 

イルカ、とさっきから口にしていて何が何かわからなかったが、恐らく枢木のことだったのだろう。それまで静かだった枢木が、少しだけ声を強めた。

 

 

枢木「彼とはまだ知り合って間もないでしょう。乱すつもりで来たなら、戻ってもいいですよ」

 

絡転「ふ、心配には及ばない。乱すつもりなど毛頭無いからな」

 

 

やはり、枢木の言葉には熱がない。そして拒絶でもない。絡転の言う通り、何かしら心配しての言葉だったのだろうか。そして、絡転はオーラが見える故に、その言葉の裏の心配をいとも簡単に透かして見えている。そんな気がした。

 

 

絡転「我はもう行こう。では...鳩の子だったな。またその羽根が揺れた時にでも話しかけよう。イルカの、お前の水面も穏やかであることを願おう」

 

 

そしてまた唐突に、絡転さんは歩き去っていった。霧のように現れ、風のように去っていく。独特な感性を持った人だった。

 

 

紗鳥「......えっと、枢木さんって、慣れてるんですか?ああいうの」

 

枢木「曲がりなりにもカウンセラーだからね。絡転さんのような人は初めてだけど」

 

紗鳥「枢木さんってイルカ、なんですね...」

 

 

そう言うと、少し微笑んだ。眼鏡の奥は、どこか呆れたような、そんな表情をしていた。

 

 

 

 

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三つ編みの男「理解は信乃陀 理解(しのだ りかい)と言います!同志、是非よろしくお願い致します!」

 

 

ハキハキとした声が、アトリウムの高い天井に弾んだ。まるで朝陽に向かって元気よく咲く蒲公英のような男が一人。白い三つ編みを揺らして直立する彼は、隣にいるマントの男に笑顔を向けていた。

 

気になって近付けば、マントの男と視線がかち合う。まるで狙いを定めたような、そんな視線を送られる。

 

 

マントの男「おやおや、我が演技に釘付けになったのか?それとも、たった今幕を譲ったこの男が気になりでもしたかい?」

 

紗鳥「え...!?いや、別にそんなんじゃなくてだな」

 

信乃陀「貴方様は初めましてですね?こんにちは!」

 

 

奇妙な問答に挟み撃ちされる。俺はまともに話すことも出来ない、というか聞く耳があるのかどうか怪しい。近付くんじゃなかった、そう思うのも無理はないと思いたい。

マントの男は花紫色の髪をキャスケットで押さえつけ、マントをたなびかせて、堂々としている。信乃陀は俺の左手を握りブンブンと振り、にこにこと笑っている。

 

 

紗鳥「えーっと、その、君の自己紹介はあまり聞けてないんだ。もう一回聞かせてくれないか...?」

 

マントの男「いいだろう、耳をかっぽじって俺の話をよく聞いておくんだな」

 

 

大仰な手振りと共に一歩前へ出る。ぐっと拳を突き上げ、やたらと胸を張るポーズを決める彼は大きく口を開く。

 

 

マントの男「花形幕吏、あるいは劇団『千秋演の宴』座長ーー超高校級の演劇部、真名は幕吏 蛍(ばくり ほたる)!役に命を賭す者だ!!」

 

 

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幕吏蛍、中学生かどこかの頃に、ドラマのクレジットで見かけた記憶があった。テレビに映る人間は遠い世界の人だと思っていたけど、まさか同じ学園に入学するとは。世界は狭い、というより、俺が広い世界にいきなり足を踏み入れてしまったのだ、と痛感する。

 

 

幕吏「幕吏の名を、君は聞いたことあったかな?」

 

紗鳥「あ、あぁ。確か、子役やってたんだっけ」

 

幕吏「ふん、そんな時期もあったな。だが、僕様は俳優じゃあない。演劇部、ということを忘れるな」

 

 

?、何が違うのだろうか。そう顔に出てしまったのか、幕吏は説明したいのか、すぐさま俺の肩を掴んで説明しだす。

 

 

幕吏「いいか!?演劇部というのは、発声発音、演技、身体表現の基礎は勿論!脚本を作り、舞台を作り、たった一度限りの公演を目指し進む!!何度も見返せてしまうちゃちな感動は要らない!素晴らしいものなんだよ!!!」

 

 

勢いに気圧される。幕吏は本当にそう思っている。自分の信念があり、それを貫いている。俺はそれに眩しさを覚えた。「すごいな…」と口から漏れ出ていた。それを見逃すまいと幕吏は目をキラキラさせ、笑顔で「そうだろうそうだろう!」と肩を組んでくる。

 

信乃陀はそんな幕吏の横、一歩後ろへ下がった。今のところ、ここは仲がいいのかどうか、ちょっと判別がつかない。ただ、信乃陀はにこにこと笑顔を崩さないでいた。

 

 

......なんなんだ、この2人は。

 

とにかく、反応に困ったので信乃陀に聞きたいことを聞くことにした。

 

 

紗鳥「信乃陀くんって、なんの才能でここに来たんだ?」

 

信乃陀「理解は、超高校級の信者なんです。でも理解は実際教祖をやっていますけどね!」

 

 

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紗鳥「才能は信者なのに、教祖なのか?」

 

信乃陀「はい!教祖だって神様の信者に変わりはありませんので!」

 

 

確かに、教祖も視点を変えてしまえば信者の内に入るのか。そう考えれば、超高校級の信者、といってもなんら不思議じゃない。高校生で教祖なんて、才能以外にないだろう。

 

 

幕吏「ふむ、そして君もまた観客から演者へと変わる時が来たようだ。貴様、名はなんと言うんだ?」

 

紗鳥「俺は紗鳥だ、紗鳥って呼んでくれればいいよ。超高校級の幸運、らしい」

 

幕吏「紗鳥くんか、美しい響きだ...悪くない!」

 

信乃陀「教えには『名前を呼び合えば仲良くなれる』と書いてあります。理解も、紗鳥様と呼んでもいいでしょうか?」

 

紗鳥「あぁ、全然いいぞ」

 

 

そんな教えまであるのか...、とにかくあまり細かくツッコミを入れるのは辞めた。なかなかに体力が削れる人達、と覚えることになってしまったのは、俺のせいか、彼らのせいか。

 

 

 

 

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少し離れた場所、床に投げ出すように腰を下ろしていたピンク髪の男。つい先程大きな帽子を被った――遊城 遊に一喝されたのを、俺は少し離れた位置から見ていた。

 

 

ピンク髪の男「...ったく、なんなんだ......」

 

 

小さく毒づいた声が漏れていた。その後、ぶっきらぼうに立ち上がった彼は、鋭い目つきであたりを見回したが、皆は皆で自由に過ごしていて、誰も彼と目を合わすことがなかった。

さっきの乱闘騒ぎが嘘のように、背中が小さく見える。

 

少しばかり声をかけるのに躊躇った。でも、それでもやっぱり話しかけておきたかった。初対面の挨拶を済ませないままでは、この空間に馴染める気がしなかった。

 

 

紗鳥「......やぁ」

 

 

俺は慎重に声をかける。彼の真正面には立たず、少し斜めから近づく。敵意がないと伝わるように。彼は面倒そうにこちらを見やった。

 

 

ピンク髪の男「あ?......なんだよ。お前も説教かよ」

 

紗鳥「いや、違うんだ。ただ...自己紹介を、まだしてなかったから。俺はーー」

 

ピンク髪の男「紗鳥だろ?さっき誰かが呼んでた。覚えた」

 

 

思ったよりも早い返答だった。それに、意外にも名前をちゃんと覚えてくれていたのが少し嬉しかった。

聞こえたのは、多分さっきの二人が大声で呼んだからだろうな...。

 

 

紗鳥「...君は、」

 

ピンク髪の男「オレは比良坂 湊(ひらさか みなと)だ。一応超高校級のマーケター」

 

 

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紗鳥「マーケター?」

 

 

あまり聞かないものだった聞き返してしまった。比良坂は不機嫌な顔でこちらを見やる。そして頭を掻いて、溜息混じりに呟く。

 

 

比良坂「...わぁってるよ、見た目からも想像できねぇんだろ。マーケターってのは簡単に言やぁ、商品とかを効率的に売る仕事みてぇなもんだ」

 

紗鳥「なるほど?」

 

比良坂「わかってねぇだろお前」

 

 

バレていた。説明を聞いてみて、俺と馴染みがないもの、ということを理解するのが一番早かった。

 

 

比良坂「ま、マーケターって肩書きとか、言いやすかったからそうしただけだし、肩書きで判断するやつの方が嫌いなんだよ。だからオレのことは比良坂で覚えときゃいい」

 

紗鳥「わかった、比良坂...でいいんだな?」

 

比良坂「ああ。オレも別に敵作りてぇわけじゃねぇし。ただあのチビデカ帽子みてぇにとやかく言うんなら知らねぇけどな」

 

 

そう言いながら、比良坂は口の端を僅かに吊り上げていた。その表情は思いの外楽しそうで。ふてぶてしい口ぶりではあったが、最初のような怖い印象は何故かとっくに消えていた。ただ、そのチビデカ帽子ってのを辞めたらいいんじゃ、なんて言おうとした口を急いで閉じる。これも比良坂の言う説教に入ってしまうんじゃないかと考えたら、意外とめんどくさい人なのかもしれない。

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

ギャルのような女「やっほー、そこボサッとしてる君~。今は自己紹介タイムだよ~」

 

 

声を掛けられて顔を上げると、そこにいたのは、亜麻色のような金髪の女性。軽くウェーブのかかったポニーテールの先のリングを弾ませながら、腰に手を当ててこちらを呼んでいる。

 

 

ギャルのような女「はーい、うちは禍賀 ニコ(かが にこ)。超高校級の殺し屋。ま、最近知名度アゲすぎちゃって仕事減ってっけどね。まぁ、今は学生だから気軽にヨロ〜。」

 

 

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あっけらかんと笑う彼女は、まるでその言葉の重さを感じさせない。殺し屋?と一瞬言葉を呑むが、その軽やかな雰囲気に引きずられて、深く考える暇もなくなってしまう。

 

 

お嬢様のような女「......禍賀さん?」

 

 

すぐ横に、対照的な人物が立っていた。柔らかな栗色の髪の輪っかのツインテール、きちんとした姿勢で立つ女性。ピンと伸びた背筋と、その澄んだ瞳にはどこか育ちの良さを感じる。

 

 

お嬢様のような女「あら、初めましての方ですか?わたくしは鳴佳(なりか)ですわ。超高校級の新体操選手です。どのような呼び名でも構いませんので、どうぞ御気軽にお呼びください」

 

 

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スカートを持ち上げ、礼をする。堂々とした挨拶と上品な立ち振る舞いに、わずかな拍手を送ってしまった。けれどその後の彼女の顔は、ほんのり赤い。どこか不安げに視線を巡らせて、反応を待っているようだった。。

 

 

禍賀「うちの隣で、ずーっとソワソワしてたんよねこの子。皆とお近づきになりたいって言ってるのに、作法がもう体に染み込んで覚えちゃってて大変だってよ。えぐいカワイらしーよね〜」

 

鳴佳「禍賀さん、あまりからかいませんよう...」

 

禍賀「はーいはーい、“えもい”とか“やばたにえん”とか言わないように気をつけまーす」

 

鳴佳「な、なんですのその“やばたにえん”とは......」

 

禍賀「やばたにえんってのは、まぁやばいと○谷園の造語で、昔のギャル語っつーか、一周回ってイケてるんだよ。昔のって時々再燃するからね。」

 

鳴佳「○谷園...とは、ふりかけやお茶漬けなどを出している庶民派の食品メーカーですわね...。えっ、つまり“やばいお茶漬け”という意味......?」

 

禍賀「うん、ぜんっぜん違う。すっごくヤバい!みたいな、テンション語だよ、テンション語!」

 

鳴佳「て、テンション語...?なるほど。なんだか難解ですけれど...勉強になりますわ」

 

 

そう言いながら鳴佳は、スカートのポケットをまさぐって何かを探す素振りをした後、落胆。小声で「そういえばここに来てからメモ帳を無くしていたんでした...」と呟いていた。...まさかやばたにえんをメモろうとしてたのか??

 

 

禍賀「んね、めちゃ努力家でしょ?うちも最初見たとき、うわ絶対こっち見てくれないタイプの高嶺の花!って思ったんだけど、話したら案外素直でいい子だったからビックリしたね。こーゆー金持ちタイプって嫌味〜って感じでもおかしくないのに」

 

鳴佳「ちょっと、禍賀さん、今わたくしのことをなんと......!」

 

禍賀「いやちがうちがう!褒めてんだって!!」

 

 

禍賀は軽くウィンクしてみせた。鳴佳はむくれたようにそっぽを向いたが、その頬は少しだけ緩んでいた。

 

 

紗鳥「二人って、さっき知り合ったばかり、なんだよな...?」

 

鳴佳「ええ、そうですわ。けれど禍賀さん、とてもお話し上手でいらして...。わたくしも、もっと皆さまとお話ししてみたいと思っておりますの」

 

禍賀「アゲアゲとお上品のハーフアンドハーフって感じで逆に相性良いのかもね〜」

 

鳴佳「...な、何を言ってますの......」

 

禍賀「ハハ、また今度説明したげる~。さとぴも男だからってモジモジしてないで混ざっていーのよ」

 

 

唐突に声をかけられ、少し驚いた。当の禍賀さんはニコニコと笑っている。

 

 

紗鳥「えっ、あぁありがとう。さとぴ...?」

 

禍賀「うん、さとりだからさとぴ。親しみあんでしょ〜?」

 

鳴佳「なるほど、親しみ...確かに“さとぴ”という呼び方、可愛らしくはありますわね」

 

紗鳥「...じゃあ、それで呼んでくれ」

 

 

にこやかに笑う二人と、なんだか自分だけ違う空気にいた気がしていたのが、少しずつほどけていく。禍賀さんの話し上手というのはこういうことなんだろう。陽の当たるアトリウムで、会話の輪が少しずつ広がっていくのを感じて、嬉しかった。

 

 

 

 

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アトリウムの端にあるベンチ。そこに背をもたれ、静かにページをめくる一人の人影がいた。彼の周囲だけ、まるで違う時間が流れているかのようだった。

 

 

紗鳥「...本、読んでるのか?」

 

 

思わず声をかけていた。彼の近寄り難い雰囲気は目に染みているが、彼の名前をまだ聞いていない。彼はゆっくりと目線だけをこちらに向けた。

 

 

無愛想な男「......見て分かるだろう」

 

 

低く、素っ気ない返事。

 

無表情というよりは、感情を見せることに興味がないような顔だった。けれど、まったく無関心というわけでもない。ただ、壁を作るのが当たり前のような態度。

 

 

紗鳥「ええと...まだ、名前聞いてなかったからさ。僕は紗鳥。紗鳥健人っていうんだ」

 

 

彼はひと呼吸置いて、本を閉じた。

 

 

無愛想な男「静寂 詩織(しじま しおり)。...超高校級の編集者だ」

 

 

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紗鳥「編集者......」

 

静寂「“外に出すべき作品”か、“どうしようもない駄作”かを確かめる。あとは、その外に出すべき作品のサポートだ」

 

 

淡々と言うその口調には、自嘲も誇張もなかった。ただ事実を言っているだけ。

 

 

紗鳥「なんでも読むのか?本好きなんだな」

 

静寂「人と話すよりはな」

 

 

少しだけ皮肉っぽく笑ったように見えたのは、気のせいだろうか。

 

 

紗鳥「でも、静寂と話せてよかった。何となく話しかけにくい雰囲気だったからさ」

 

静寂「ふん、群れるのが好きそうな奴には、そう見えるんだろう」

 

 

つんと突き放すような言い方。でも、その声の奥にはどこか、慣れている響きがあった。ずっと、そうやって人を遠ざけてきたのか。静寂の言葉は信念のようで、同時に、鎧のようでもあった。

けれど。

 

 

紗鳥「今みたいに少しだけ話すくらいなら、いいか?」

 

 

思い切って問いを投げかけた。仲良くなりたかったから。静寂は一瞬だけこちらをじっと見た。

 

 

静寂「......さあな。今はお断りの気分だ」

 

 

そう言って、また本を開く。

流石に彼の世界に無理やり入り込むつもりはない。俺は苦い笑顔を浮かべて、ひっそり彼の元から去った。

 

 

 

 

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少し歩いた先、アトリウムの柱にもたれて、どこにも繋がっていないヘッドホンのコードをいじっている男がいた。どこかをぼーっと見つめる表情はどこか無感情にも見える。

 

 

紗鳥「……あの、こんにちは」

 

 

声をかけると、彼はぴたりと動きを止め、顔を上げた。まるでこちらの様子を初めから見ていたかのようなタイミングだった。

 

 

胡散臭い男「やァやァ、やっとキミに自己紹介できるンだね。いやはや来てくれないかと思ったよ」

 

 

その声色は妙に抑揚があり、言葉の節々には、まるで冗談なのか本気なのか判断をつかせないようにしているような、謎の違和感が残る。

 

 

紗鳥「いや、自己紹介の時間をわざわざ取ってんだから、君んとこにも普通行くだろ」

 

胡散臭い男「律儀だねェ。フツーそういうの、ムシしても怒られないのに...、いや、ワンチャン怒られるか。あの大きな帽子の玩具職人サン、コワかったし」

 

 

彼も見ていたのか、遊城が比良坂を蹴っていた様子を思い出して、笑いながら言う。胡散臭い軽口に思わず戸惑うが、彼は悪びれる様子もない。

 

 

胡散臭い男「ボクは燐海 零時(りんかい れいじ)。是非とも燐海って呼ンでくれ。超高校級のゲーマーで、よくeスポーツとかやってるンだけど、好きなゲームはバトロワ系とか人狼ゲーム。ヨロシクね」

 

 

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紗鳥「eスポーツってことは...プロゲーマーってことか?すごいな」

 

燐海「うーン、その"すごい"は純粋に尊敬?それともどうせゲームでしょっていうヤツ?」

 

 

じろっと見上げてくる視線が鋭くて、思わず言葉に詰まった。でもその直後、彼はニッと笑う。

 

 

燐海「ハハ、冗談冗談。キミもゲーム好きみたいだね」

 

紗鳥「......冗談で良かったよ。」

 

 

彼の言葉は、どこまでが冗談で、どこまでが本音なのか、やっぱりわからなかった。けれど不思議と悪い印象ではなかった。軽薄なようで、何か見透かすような鋭さがある。燐海零時ーーどうやら、簡単には掴ませてくれない相手らしい。

 

 

燐海「ところでさァ、キミッて結構ちャんと回ッてるよね。自己紹介」

 

紗鳥「まぁ、一応な。せっかくだし」

 

燐海「へぇ。真面目タイプだ。いいねェ、そういう主人公気質」

 

紗鳥「......主人公?」

 

燐海「だッてさァ、こういう閉じ込められた状況で、全員に話しかけて回る人ッてだいたいストーリーの中心に居るじゃン?」

 

 

軽く言っているようで、その言葉は妙に引っかかる。

 

 

紗鳥「ゲームの話か?」

 

燐海「半分くらいはね」

 

 

燐海は肩をすくめて笑うと、ふと視線をアトリウムの端へ向けた。

 

 

燐海「ま、頑張ッてね幸運クン。全員コンプ目指して」

 

紗鳥「ゲームじゃないんだけどな......」

 

 

そう言って、燐海は何事もなかったかのようにヘッドホンのコードを指でくるくると回し始めた。

軽口を返して、その場を後にする。

 

 

 

 

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人の輪から少し離れた場所。アトリウムの壁際に、一人腰を下ろしている人影。俯いて、膝を抱えて座る姿勢。そのまま空気に溶け込むようにして、まるで誰にも見つかりたくないかのように。自己紹介の時間だから、というより、どこか気になってしまって、足がそちらへ向かっていた。

 

 

紗鳥「...こんにちは?」

 

 

少女は顔を上げることなく、答えた。

 

 

月無「......あー、もう最悪。また話しかけてくる人が...、きっと前世で人の会話に勝手に割り込む罪とかあったんだ、あたし...」

 

 

聞き取れるか聞き取れないかのぼやき。で拒絶というほど強いものではなくて、どこかへ行ってくれとただ静かに願っている。そして自分を責めているような声。

 

 

紗鳥「自己紹介の時間だから。よければ、少し...名前とかだけでも」

 

 

ようやく、ゆっくりと顔が上がる。青髪に映える赤い瞳、バツの形に留められたピン留め、やや青白い顔色の少女だった。伏せられた目元にはどこか疲れのようなものが滲んでいる。

 

 

月無「...月無 廻(つきなし めぐる)。あたしは、ここに来れたのもバグみたいなもんだし、名前も覚えなくていいわ」

 

 

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紗鳥「バグ...?」

 

月無「超高校級のデバッガーって肩書き。ゲームのバグ探すやつ。...どれだけ丁寧に動かしてても壊れるのって、もう呪いに近いのよね。触れたもの壊しがちとかどんな創作設定なのよ...」

 

 

また抱えている膝に顔を埋めてしまった。皮肉にも聞こえるその言葉の奥に、どこか諦めきったような思いが滲んでいた。

 

 

紗鳥「う、うーん...でも、それだけ繊細な目で見てるってことなんじゃないのか?」

 

月無「は?...いや、違うし。別に、気をつけてるわけでもないし。見ようとしてるわけでもない。ただ、勝手に見つかるだけ」

 

紗鳥「それはそれですごいと思うけどな。見つけられる人って、案外少ないだろ」

 

月無「......優しくしといたら、あとで得すると思ってる?」

 

紗鳥「なんでそうなるんだよ...」

 

 

そんな会話をして、少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。月無は小さく鼻で笑いながら、ぼそりと呟く。

 

 

月無「はあ...、あんたが余程の物好きじゃない限り、あたしに構うの辞めた方がいいわ。あたしは本当にろくでもないから、目が腐って脳が潰れてもあたしは何も知らないからね」

 

紗鳥「怖いこと言うなって」

 

 

本気でそう思ってるのか、蹲っている月無を見下げる形のせいで表情は読み取れないが、少なくとも冗談を言っている風には聞こえなかった。何故こんなにも卑下するのか、そんなこと俺が考えても全く分からないが。

 

 

 

___________________

 

 

 

 

最初はぎこちなかった会話も、名前を交わすうちに少しずつほぐれ、ざわざわとした談笑の声が拡がっていた。

 

 

しかし、ふいに、

 

キーン、コーン、カーン、コーン、

 

とチャイムが鳴る。モニターにノイズが走り、白黒のシルエットが浮かび上がる。声は静まり返った。

 

 

 

『アー、アー、マイクテス。マイクテス。聞こえますかー?どうでしょうかねー』

 

 

耳障りのような、妙に間延びした聞き覚えのない声が、モニターから響く。

 

 

『ヨーシ、聞こえてるみたいだね。新入生のミナサンは全員おそろいかなー?』

 

薬袋「な、なんの声ですか...」

 

枢木「館内放送?」

 

『ウーン、ウーン?...ちょっと!一人居ないんだけど!!オマエラ見かけたら連れてきてあげてよね!!もー!』

 

 

モニターの奥で、どたどたと音がする。何をしているのか分からないが、その一人を探しにでも行くのだろうか。

 

 

『あ、オマエラは体育館へ移動しておいてねー。サボりはダメだからね!』

 

 

そう言って、モニターはぶつりと電源を落としてノイズが鳴り止んだ。

一瞬の静寂、誰もが困惑した表情で言葉を探している。

 

 

絡転「...有形共、ここは移動した方が良いのではないか?」

 

幕吏「んんっ、呼び出し...ということは、いよいよ演目の始まり、ということかな。舞台が整ったのなら、私は行かねばなるまいな」

 

信乃陀「なんだか不思議な声でしたけど、命令っぽい響きでしたね」

 

鳴佳「...あの声の調子に、何も言い切れぬ不気味さを覚えますわ......」

 

禍賀「まーどうせ行くとこもないんだし、行くっきゃないでしょ」

 

遊城「とにかく、状況が進むなら従っておいた方がいいわね」

 

 

そうして、誰かは小さく息を飲み、誰かは小さく笑い、誰かは警戒を抱きながら。各々が言葉も足取りもまばらに、アトリウムを後にする。

 

 

俺が最後か、と思いきや、蹲っていた月無や、いまだにヘッドホンのコードをいじっている燐海。パタンと聞こえ、そちらを見やると、本を閉じた静寂の姿もあり、椅子から立ち上がっていた。

 

 

紗鳥「月無さんは移動しないのか?」

 

月無「いや、するけど、全員行ったあとにしようかと思って。」

 

紗鳥「そ、そうか...燐海くんは?」

 

燐海「うン?ボクは確認したいことがあるンだけど、まァ後でいっか。幸運クン、行こうか。」

 

 

マイペースな奴らだな、なんて思いながら、俺は燐海と一緒に体育館へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

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案内板もない廊下、鍵のかかった扉、迷いながらも辿り着いたのは、広々とした体育館。ドームのような天井に覆われたその場所は、照明がぽつりぽつりと灯り始め、だだっ広い空間に微かな反響が漂っている。普通の入学式を思わせる装飾も飾ってある。

15人は目を合わせ合う。緊張とも困惑ともつかぬ視線が飛び交う。

 

 

禍賀「ほら、やっぱこれ入学式なんじゃない?見てよこの木!」

 

繋守「あーやっぱあるんだねー、松の盆栽」

 

紗鳥「まぁ、どっからどう見ても普通の入学式だな...」

 

 

 

先程の声の正体を待つ中、急にドンッ、と扉が勢いよく開く音がした。

 

 

???「アー、もー!遅刻でしょうが!!ボクの初登場ってもっとステージでドカーンの予定だったのになんでこんなお母さんみたいな登場しないといけないの!?早く歩いてよね!」

 

無気力そうな女「......」

 

 

扉の方向、そこに居たのは。白黒の羊のぬいぐるみと、花の意匠が散りばめられたセーラー服をまとった、目を擦りまだ眠そうな女性。

後からやってきた女性を俺ら15人が居る場所まで案内したあと、ぽてぽてと壇上へ上がり、台の上へ登る。

 

丸みを帯びたフォルム、ふわふわとした毛並み。だが、左目は鋭くまるで悪魔のように赤く光り、口元にはにやりとした笑みが刻まれている。そのぬいぐるみが、ゆっくりとこちらを向き、しゃべった。

 

 

???「ハイ、全員集まってるね!ようこそ、夢見ヶ浦学園へ。ボクは夢見ヶ浦学園の学園長のモノシープ、ヨロシクね!!」

 

薬袋「ぬ、ぬいぐるみ...?」

 

モノシープ「そこ!ボクはぬいぐるみじゃないからね!もうその疑問は擦り切れすぎて味も出汁が出ないでしょうが!」

 

燐海「なんの話かな」

 

枢木「いえ、ぬいぐるみにしか見えないもので。スピーカーか何かついているか確認するぐらいはしてもいいんじゃ?」

 

モノシープ「もー!テンプレ化でもしてるの!?無いって!いい加減わかるでしょ!!ボクはIQ10000以上のチップが搭載された超人的なサイボーグなわけないよ!!羊だって!」

 

禍賀「え〜羊が学園長とかバズり目的?スクショしたいからスマホ返してくれなーい?」

 

モノシープ「ダメです!治安が乱れる!!」

 

遊城「羊が治安を語るのね」

 

 

一連の会話が終わった直後、モノシープがゴホン!とわざとらしく咳き込む。

 

 

モノシープ「ハイハイ、時間が押してるからね。入学式をとっとと進めるからね。」

 

モノシープ「えー、オマエラは夢見ヶ浦学園に入学し、希望の卵として、この学園で過ごしてもらいます。期限はありません、一生です」

 

 

 

そう言い放った。確かにそう言い放っていた。俺は自分の耳を疑ったが、何度耳の中で反芻しても聞き間違えは無い。場の空気が凍りつく。

 

「...は?」

 

誰の声か、もう分からない。乾いた声が零れる。悪趣味すぎる冗談を、聞かされたあとのような反応。

 

 

繋守「一生って、一生ってこと...?」

 

静寂「...結局、監禁ってことか」

 

比良坂「チッ、なんかヤな予感してたけど、当たりかよ...」

 

 

困惑、不安、苛立ち、恐怖。皆の表情と感情が波打つ中、モノシープは浮かれたようにぴょんと跳ねて台を下りる。

 

 

モノシープ「大丈夫大丈夫。食材もあるし設備もあるから。オマエラは自由に学園内で学園生活を過ごしていいからね!」

 

幕吏「ふむ、終わりのない演目...それは、つまらないな......」

 

燐海「ボクらを老衰死させようっての?窓に鉄板までして?」

 

モノシープ「老衰するまで学生でいられるなんて、全世界の憧れだね」

 

 

まともに掛け合う気が一ミリ足りとも無い。ずっとふざけている。しかし、有無を言わさない語気が俺達の行く手を遮っている。モノシープは前足を口に当ててウププと笑っていた。

 

 

モノシープ「ま、特別ルールとして出られる方法は存在してるけどね!オマエラの為に学園長が一皮脱いであげましょうか?」

 

紗鳥「...言ってみろ、」

 

 

モノシープ「ウププ、教えてあげようね。簡単なコトだよ、秩序を破れば追い出されるのと一緒。『人を殺せば、この学園生活から卒業して出ていってもらう』ことになる」

 

 

 

一瞬で空気が張りつめる。比喩でもなんでもなく、「殺し」という言葉が、現実のものとして突きつけられた瞬間だった。

 

 

信乃陀「理解は、理解が追いつきません...」

 

鳴佳「信じられません...っ、わたくし達にそんな...!」

 

モノシープ「信じるも信じないもオマエラの勝手だけど、信じないまま過ごした結果、信じた人に殺されても文句は言わないでよね!」

 

 

息を飲んだ。誰も言葉を返せなかった。命の重さを、軽い言葉で説明され、俺達に重くのしかかる。その時、一人が動いていた。

 

 

禍賀「じゃあヒツジちゃんを壊したらどうなんの?」

 

 

禍賀は一瞬のうちに、モノシープへ掴みかかっている。殺し屋から武器を押収しても、その身体は奪えなかった。

 

 

モノシープ「ちょっと!暴力反対!いいの!?ボク学園長だよ!!」

 

禍賀「暴力反対の割にうちらに暴力推奨してくんの?ウケんね」

 

モノシープ「話聞いてよ!!もー、校則違反でやっちゃうからね!?」

 

 

モノシープはそう言うと、あの饒舌が嘘のように静まり返った。禍賀は静かになったモノシープを不思議に思いながらも壊そうと殴りつけーー

 

 

異質な機械音が鳴る。モノシープから、まるで時間が来たアラームのように。

 

瞬間、禍賀は空中へモノシープを放り投げる。ほぼ一秒後、モノシープは爆発した。爆風が襲う、思わず腕で目を覆う。何が起きたのか、と。今しがた目の前で起きた惨事を理解できなかった。

ゆっくりと視界を広げると、爆発したモノシープの残骸。そして青ざめた禍賀の姿を見て、やっと理解した。今、禍賀は殺されかけた。

 

 

モノシープ「ちょっともーほんとに、学園長に暴力はダメって教わらなかったの?」

 

 

何事も無かったかのように、モノシープは壇上に、禍賀のすぐ側に居た。爆発したはずじゃ、と誰もが思っただろう。だが、その答えはいつまでも明かされることは無い。

 

 

モノシープ「そろそろ信じてくれる?人を殺すだけで出れるって言ってるでしょ?」

 

薬袋「そ、そんな...人を、殺さないと......出られない、なんて...」

 

遊城「話にならないわね、こんなルール」

 

燐海「とか言って、誰よりも信用しちゃってたりしてねェ」

 

 

信じるしかなかった。己を守る為、信じるしかない。誰があんな世迷言を信じるんだと一蹴しても、自分の他の誰が信じているのか分からない。信じていないと言ってる人も、裏では信じていて、殺しにくるかもしれない。この学園から出たいが為に、そんなわけない。でも...

 

お互いがお互いとの距離を保っている。背中を見せないよう立ち回る、戦場のような緊張感。

 

 

モノシープ「ウププ、それじゃあこれからヨロシクね、希望の卵の新入生たち。オマエラを夢見ヶ浦学園へ歓迎しよう!」

 

 

 

ドン、と照明が落ちたように感じた。壇上にはいつの間にかモノシープの姿はなかった。体育館に広がるのは、誰一人として言葉を発せない、深く、重たい沈黙だった。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙を破ったのは、鋭い声。

 

 

静寂「...一つ、確認していいか」

 

 

静寂は、一点を指差す。その方向には、モノシープに連れてこられた16人目。

 

 

静寂「女、お前はあいつの関係者なのか?」

 

無気力そうな女「いいや...アレとはさっき会って、引っ張って連れてこられた」

 

 

白いセーラー服の女性は、眠たげに目を擦りながら、意外にも淡々と返事をする。突然、またモノシープが姿を現し、数人は悲鳴をあげていた。

 

 

モノシープ「その子はねー、オマエラと一緒の新入生だよ。ねー?四葩さん」

 

静寂「名前は訊いていない。連れてきた理由を訊いている」

 

モノシープ「おーこわい。これがプロの編集者の詰めってやつ?怖すぎてボクもう誤植出せないかも...、別に理由も何も無いよ。四葩さんが寝坊してたから引っ張り起こしてきただけね」

 

 

静寂の圧も素知らぬ顔してちょけている。わざとらしく、「やれやれ」とポーズを取るモノシープは、四葩の説明を終えると、また一瞬のうちに姿を消した。

 

 

 

月無はぶつぶつと呟き始める。髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、肩を震わせて、一人で笑っていたり、泣いたり、怒ったり。誰が見ても、錯乱状態だった。

 

 

月無「やっぱりそうだ、全部仕組まれてたんだ。選ばれた、とか...全部嘘なんだ......」

 

遊城「おい、落ち着け。」

 

月無「こんな場所で殺し合いとか...どうせ第一犠牲者はあたしなんだ...、やっぱりあたしは...殺されて終わるんだ......」

 

薬袋「つ、月無さん...?」

 

月無「あたしに近寄んないで!死にたいの!?こんなとこで友達作る方がバカなのよ!!!」

 

 

その様子を、少し離れた場所で腕を組んで眺めていた女性。彼女に向けられた視線は、先程とは打って変わって、露骨な警戒心を孕んでいる。

 

 

比良坂「で、お前はどう思ってんだ?殺し屋よぉ。」

 

禍賀「うち?んー、そうやって見られんのもしゃーないけどさぁ、うちが人殺す前提で見るってどうなん?ちょー失礼じゃない?」

 

絡転「しかし鴉の子よ、これは仕方の無いことだろう。殺気を隠すことに慣れている者に警戒心を持つな、という方が難しいとは思わんか」

 

禍賀「アハ、それも正解〜。んま、言われんのも慣れてるし、本気でアンタら殺るつもりも無いし。どうぞ各自でって感じ」

 

 

無邪気に笑って肩をすくめるその姿も、安心を与えてくれることは無かった。...俺達が安心を受け入れることが出来なかった。

 

 

あちこちで続く、恐怖の大合唱。今だけは誰もまともでいなくてもいい日だったのかもしれない。なんて、現実逃避が許されていることが救いだった。

 

 

 

 

 

今日その日は解散することになった。

気付けば昼に針が差し掛かりそうな頃。朝から何も食べていないけれど、食欲は失せていた。朝から、身に覚えのない初めての情報を叩き込まれた感覚、これに吐き気を覚えてしまっては、何かを食べる気にもなれない。

 

モノシープから案内された個室。扉を開けば案外ホテルのような大きい部屋。遊城や鳴佳にとっては普通の大きさなのかもしれないな、なんて考えながら、大きなベッドに吸い込まれ、抗うことなく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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プロローグ

『おやすみなさい、希望』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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