1章 (非)日常編 上
1章
『「せかいが、こわれるおとがした。」』
____________________
「あれ、また?」
「__、_________________。」
目の前の人影、綺麗な白髪が揺れる。
自分の声は、風に消えて聞こえない。
「あはは、大変だね。」
「____?」
「もうすぐ、だとは思うけど。」
「______。」
白髪は明るく、太陽のように笑った。
自分の口角も、自然と上がった感覚。
「また話そう。次は何話す?映画とかどう?」
「___________。」
「いいよいいよ、じゃあ行こう。_
____________________
...
モノシープ『アーあー、オマエラー、おはようございます!朝の7時になりましたね!起床時間ですよー、今日も張り切っていきましょう!あ、そうだ。昨日渡し忘れたモノがあるから食堂に集まっておいてね!』
寝起き、モニターから耳障りな声が鳴り響く。やはり昨日の出来事は夢ではなかった。夢であって欲しかったと、頭を掻きながら、部屋を見渡す。
そういえな昨日はあのまま寝てしまったのだった。シワだらけの服で、ベッドから降りる。普段は眠気が後を引いてベッドから出れない、なんてのが当たり前だったが、こうも見知らぬ天井が実際目の前にあると、寝転んでいられない。ただ、これからこの場所で生活する上で、自室は大事なセーフエリアになり得るかもしれない場所なのは確か。あの話が本当でも嘘でも、自室は見回るに越したことはない。
紗鳥「ベッド...、は、やっぱでかいな」
つい先ほどまで寝ていたベッド。昨日も少し思ったが、ホテルのようなシングルベッドだ。あまりにもふかふかで、俺の家のベッドより寝心地が良かったのは良いことなのか悪いことなのか。
すぐ近くには机があり、わかりやすい場所にメモが2枚置いてあった。そこには長ったらしく、
『オマエラへ。オマエラのお部屋はちゃーんとカギがかけれるようになってるから、身の安全を守りたければちゃんと戸締りはしようね。あとカギの紛失は学園長に言うこと!でも無くさない方がヨシってのは人間社会で教わってるよね?悪用されても知らないよ!!』
『そして学園長からのささやかなプレゼントを引き出しに用意してあります。コロシアイをお助けする為の凶器セットだよ!色々入ってるけど、これの紛失は対応しないから無くしたら自分で探してね。ちゃんと人体急所マップも入ってるから参考にどーぞ!本校は、女子も男子も、公平に人を殺せるような環境作りを目指しています。もしご意見があれば学園長に言ってくださいねー。 学園長より。』
と、また変なイラストと共に、つらつらと書かれていた。思い出せば、昨日のアトリウムに集まれって紙やここに描いてある変なイラストは、モノシープとかいうぬいぐるみの顔...かもしれない。下手でよくわからないが。
引き出しを開ければ、工具箱のようなものが入っている。息を飲み、恐る恐る箱の蓋を開ける。中には、針やハサミ、アイスピック、ハンマーなど、人を殺せてしまうものが色々入っていた。あまり触りたくない、重みを感じることすら嫌気が差す。そう思って工具箱をまた引き出しに押し戻した。
他も探索しようと振り向けば、クローゼットがあった。もしかして、と思い、クローゼットを開けたら、俺の制服と似ている服、というより全く一緒の瓜二つ。俺の制服が何個もハンガーにかけてあった。
紗鳥「選ばなくていいのは少し助かりはするけどなぁ...」
俺がファッションに疎いが為に、服選びに面倒臭さを感じている人間が故に、ちょっとした安心を覚えてしまったが、ただ一生制服で過ごせと言われては堅苦しさが拭えない。
少し離れた扉はトイレや洗面台が一緒になっているシャワールーム。浴槽は無かったが、シャワーがあるだけまだマシだろう。
そういえば、さっきの朝の放送で食堂行けとか言われてたよな...。まぁシャワーを浴びる時間はあるか、と呑気に構えて、かつ行動は急いで、軽く汗だけ洗い流して服を着替えてから、扉に手をかけた。
扉を開けた途端、目の前には大きな体躯の胸。思わず「うおっ!?」と声を出してしまったが、見上げれば、その顔は穂堂であった。
穂堂「ごめん驚かせちゃって...」
紗鳥「いやこっちこそごめん。俺を呼びに来たのか?」
穂堂「あぁ。来てない人が心配で、呼びに行こうと思って」
紗鳥「なんか色々とごめんな、ありがとう、すぐ行こう」
廊下に出て、穂堂についていく。地図が無いのは昨日からだが、夢見ヶ浦学園は案の定広い面積を有していて、下手をすると迷子へとあっという間だろう。穂堂は大きな扉の前で止まり、お先へどうぞというジェスチャーをしていた。
扉を開けると、既に何人かが朝食を取っていた。俺たちの姿に気付き、笑顔で手を振ってきた繋守は、パンを咥えていた。
繋守「お、ふぁふぉりふん。おーはよー、今日もあほ毛が元気だね。朝ごはんまだ?だっけ?」
紗鳥「おはよう繋守さん。朝ご飯食べてたのか?」
繋守「そーそー。奥に厨房があってねー、炊飯器とかトースターとかあるし、料理の材料がどっさり置いてあったの。ボクはサンドイッチ作って食べてる」
設備はモノシープが準備したのだろうか。そう思いながら厨房に寄ってみると、本当に、台所なんてもんじゃない。ちゃんとした厨房だった。食材も当面どころか、この先も困らないのではないかと思えるほど置かれていた。
俺も簡単にサンドイッチを作って食堂に戻る。穂堂に呼ばれたであろう月無や四葩が食堂に居て、静寂は何処から持ってきたのか本を読み、枢木や絡転は静かにお茶を飲んでて、繋守や鳴佳、信乃陀たちは笑いながら食事を楽しんでて、比良坂と遊城はまた何かと口論を挟んでいる。
一応、普通に生活は出来る、というちょっとの安心感と、『ここで一生を過ごす』という言葉が現実味を帯びてきた、という緊張感に似た何か。
もし殺し合いが本当に起きたら、起きるなら、俺は、殺されるのだろうか。...人を殺せるのだろうか。
四葩「すごい顔してるね」
紗鳥「...えっ?」
四葩「朝ごはん、おいしくないの?それとも」
それほどすごい顔をしていたのだろうか、四葩は急に俺の額に手のひらを当ててきた。四葩の手のひらはひんやり冷たくて、他人の手の気持ちよさと突飛な行動の衝撃で、ぼんやり残った朝の眠気が軽く吹き飛ばされた。
四葩「熱じゃないんだ」
紗鳥「なっ、急に何!?」
四葩「え、顔が険しかったから」
紗鳥「いやっ...それは、」
四葩「ごめん」
紗鳥「...びっくりしただけだから、次やる時は...先に聞いてくれ...」
四葩「分かった。気を付ける」
顔が熱を持っていく。そのせいで先程の四葩の手のひらの冷たさに余計に意識が持っていかれる。いや、次ってなんだよ、なんて俺の口から出た言葉を俺が疑っている。前言撤回するものでもないのが少し困る。今の俺の顔こそ、多分人に見せられないだろう。
すると、後ろから突然肩を叩かれた。振り返るとそこには、嫌にニヤニヤした顔をした燐海が立っていて、そのまま肩を組んでくる。
燐海「おはよう幸運クン。幸せそうで何よりだけど、学園長サマからの贈り物はもう受け取ッたかい?」
紗鳥「燐海...見てたのか...」
燐海「んん〜?なにをかな。知らないけど、キミはトモダチを作る選択をしたんだなとしか思ッてないよ。それとも、からかわれたいとか?」
紗鳥「やめてくれよ...、贈り物だよな贈り物。それで、そのモノシープが渡し忘れたものってなんなんだ?」
燐海の肩が勝手に乗っているまま、俺は再びサンドイッチに手を伸ばす。彼の軽薄でいて何かを知っているような眼差しは、いつだって無駄に含みを持っていて意味深で、食べにくいったらありゃしない。
燐海「贈り物が何かボクも知らないけど。ま、すぐに分かるでしョ。学園長サマはきッとプレゼンテーションが大好きだろうから、ちャーんと説明してくれるハズだ」
そして、それを証明するように__
モノシープ『はいはーい、オマエラ朝ごはんはしっかり食べました?お腹が空いてると判断力が落ちるからちゃんと食べようね!』
モニター越しに、あの羊のぬいぐるみが現れた。再び耳障りなテンションで、食堂の空気を切り裂いていく。
モノシープ『昨日はドタバタして渡しそびれちゃったけど、今日はちゃんと用意してきたから安心してね!みんなの電子生徒手帳、通称「モノパッド」だよ!』
燐海「へェ、新しいガジェットじャん」
信乃陀「わー!電子機器などテンションが上がりますね!!どんな機能があるんでしょう!?」
比良坂「それってSNSできんの?つかここWi-Fi通ってんのか?」
薬袋「生徒手帳だから無理じゃないかな...」
モノシープ『今から順番に配るから、その場で待っててねー。お行儀良くしてたら、モノシープ学園長特製のおまけもついてくるかも!?まぁそんなもんないんですけどね』
食堂の奥の扉がガチャリと開き、白いプレートの上に並べられた電子端末がコロコロと運ばれてきた。持ってきたのは、やはりモノシープ本人......かと思いきや、どこかぎこちない動き。"モノシープ型ロボット"だった。お腹の液晶画面には、「電子生徒手帳配布係♡」と書かれている。
遊城「気色悪いなぁ」
繋守「ロボットが多いね~」
ロボットは無言のまま、各人の前にぴたりと止まっては、一人一人に端末を渡していく。それぞれ名前が記されたラベルが貼られており、明らかに個別に準備されているものだ。
そして_俺の前にも、そいつは止まった。
機械仕掛けの手が、まるで"こちらをどうぞ"と言うように、丁寧にモノパッドを差し出してくる。
紗鳥「ありがとう...」
皮肉にも礼を言ってしまったことに、小さくため息をつく。
画面を点けると、すぐにモノシープの顔が表示される。どうやらロック画面の待ち受けらしい。
モノシープ『はーい、ではオマエラ起動できたかな?それぞれのモノパッドには、オマエラの名前や才能、そして生徒番号が登録されてるから、ちゃんと自分のモノか確認しといてね!しっかり顔認証で開くからね』
穂堂「生徒番号...って受験番号みたいなものかな」
禍賀「てか、うちの才能、変なふうに書かれてないといいけど。『超高校級の人斬りギャル』〜とか書かれてたらマジ冗談すぎてめっちゃスクショするんだけどな。あぁ〜普通だ...」
鳴佳「そんな物騒なこと書かれるわけ...あぁ、これは間違いなくわたくしのものですわね。」
他愛もない会話の端々、俺も自分の端末のロックを開く。紗鳥健人と表示され、プロフィールのような画面が映る。そこには〈超高校級の幸運〉と書いてあった。紛れもなく。
本当に俺は幸運が才能なんだ、と再度確認できた。とはいっても、結局自覚できることなんてないんだが。
モノシープ『あ、あとちゃんと校則は読んでおいてね。読まずに無駄死にしても知らないからね。うっかり違反して、うっかり退学処分されないよう気を付けて、学園生活を楽しんでね!』
信乃陀「また死などと...」
遊城「学園生活楽しませる気なんてなさそうだけどね」
仕方なく、俺もモノパッドのメニューから校則を確認する。画面には、簡潔に、そして淡々と言葉が並んでいた。
【コロシアイ学園生活のルール】
1.この学園内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。
2.夜10時から朝7時までの"夜時間"は、食堂など一部の共有エリアは施錠され、立ち入り禁止になります。
3.寄宿舎の個室では、故意に異性と共に寝ることを禁じます。
4.夢見ヶ浦学園について調べるのは自由です。行動に制限は課せられません。
5.学園長ことモノシープへの暴力は固く禁じられています。
6.モノパッドと監視カメラは壊さないでください。
7.学園内で殺人が起きた場合、一定時間後、学級裁判が開かれます。
8.学級裁判にて正しいクロを指摘できた場合、クロのみがオシオキされます。
9.学級裁判にて正しいクロを指摘できなかった場合、クロ以外の生徒であるシロが全員オシオキされます。
10.クロが勝利した場合は卒業となり、外に出ることができます。
11.校則違反を犯した生徒は退学として処分されます。
12.なお、学園長の都合により校則は順次増えていく場合があります。
燐海「ふゥん、意外と多いね」
静寂「...本当に殺し合いをさせるつもりだな」
月無「なにこれ...読むだけで気重くなる......」
禍賀「えっ、モノ羊~この異性と寝るの禁止って恋愛禁止みたいなことなん??」
モノシープ『モノシープ学園長ですー!禍賀ちゃんのエッチな頭のご想像の通り、年頃の男女が一緒に寝るなんて放送禁止用語もんでしょ!恋愛禁止とは言わないけど、映せないことはしないでよね!!』
禍賀「そんな校則作っちゃうモノ羊に言われたくないんだけど」
比良坂「殺人は映していいってのか...」
そんな一幕を挟んでいると、
枢木「__そろそろ動かない?ずっと座ってても意味がないんじゃないかな」
枢木が立ち上がり、声を上げた。その隣で、黙っていた絡転がこくりと頷く。
絡転「あぁ、機械のことはよく分からぬが、この学園で過ごすなら知らなければならないことは大いにある」
信乃陀「理解も賛成です!とは言っても、何をしたら良いのでしょうか?」
確かに、ここで流されるまま、事が運ばれるのを見守っているわけにもいかない。今の俺たちにできることはなんだろうか。
そんな流れになった一同の意識を全て奪うように、音が鳴った。思考を弾くような、本が畳まれる音。
静寂「...モノパッドにはマップ機能があった。なら、比較的安全にこの場所を探索できる」
幕吏「はは、一理あるな。この舞台に何が用意されているのか、知っておくのも僕の仕事だろう」
薬袋「でも、構造とか...何の部屋があるかわかったところで、怖く...ないですか?」
紗鳥「じゃあ手分けして探索するのはどうだ?」
口に出してから、少しだけ不安になった。提案したはいいものの、今はまだ誰も、この場所に対する警戒心を捨てきれていない。取り繕ったって、安易な行動だということに変わりはない。ただ、何もしなければ不安ばかり募るという焦燥が、俺たちの背中を押している。ここにいる誰もが、警戒と焦燥に揺れていた。
薬袋「全員で固まってたら、調べられる範囲も限られるし...時間もかかるもんね......」
おそるおそるといった様子で、薬袋が頷く。その表情にはどこか逡巡が浮かんでいたけど、それでも一歩を踏み出そうという気持ちは確かにあるようだった。
穂堂「それに、危ない場所があったら早めに共有できていた方がいいよね。地図を見るだけじゃわからないこともあるだろうし。もしかしたら脱出に関する何かもあるかもしれない」
続く声は、穂堂だった。いつもながらの柔らかく優しい声。でも、今はそこに、はっきりとした意思がある。彼の真っ直ぐな目で、少しずつ仲間内の警戒心を和らげてくれているように思えた。
枢木「最低二人にした方がいい。一人きりじゃ何かあっても対処できないから」
繋守「変な人か見張る役ってことだ、やりたーい!」
遊城「...あんたも大概変な人じゃないの?」
繋守「うーん、遊城ちゃんはイイ人だと思う」
繋守の無邪気な発言に、遊城が小さくため息をつく。けれど、そのやりとりすらも、先ほどまでの沈んだ空気に少しずつ灯りをともしているようだった。
静寂「...なら、早めに組み分けを済ませておけ。時間の無駄だ」
静寂はそう言って席を立ち、こちらを振り返りもせず、食堂から出ていった。
禍賀「あいつ、話聞いてたと思う?」
鳴佳「えぇ...っと、おそらく...?」
静寂が去った扉を見ていた、から気付けたことだろうが、静寂の後に続くように、声も物音も立てず、月無も食堂から逃げるように出ていった。
枢木「はぁ...」
紗鳥「うーん、二人とも警戒心は人一倍あるんじゃないか...?」
枢木「そう願うしかないけど...」
そんなやり取りの末、自然と組み分けが始まった。と言っても、仲が良さそうな者同士がすぐにペアを作っていき、俺の隣には穂堂が居た。
穂堂「...一緒に行ってもいい?」
紗鳥「ああ。」
差し出された言葉に、俺は頷く。穂堂となら、少し安心できる気がした。
モノシープ『ウンウン、勝手に進められちゃって学園長は存在を無視されたようで寂しいですが、この意欲、感心感心!危ないものを拾って、うっかり死んじゃわないようにね!責任取らないからね!じゃ、探索タイム頑張ってくださーい。』
モニターがブツンと鳴り、モノシープの姿は無くなった。
しかし、全員の表情に再び緊張が走っている。冗談のような口振りでも、その裏には確かな現実があった。
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俺たちは食堂を出て、モノパッドのマップを頼りに、学園内の探索を開始した。奇抜な色をした廊下には無機質な照明があるが、今は消灯されていて息を潜めている。代わりに、中庭が見える窓から差し込んでいる光が廊下を照らす。しかし、太陽光のような暖かみは一切無く、本当に"箱庭"のような、閉鎖された空間であることを改めて実感させられるだけだった。
穂堂「なんていうか、映画のセットみたいな場所だね」
紗鳥「確かに。俺はまだ、変にリアルな夢だと思ってるよ...」
会話の合間にも、俺たちは慎重に廊下を進む。モノパッドに表示された現在地を確認しながら、一つ一つ部屋を覗いていく。
まず最初に辿り着いたのは、図書室だった。
扉を開けると、微かにインクと紙のにおいが鼻をかすめた。天井まで届きそうな書棚が整然と並び、蔵書の量は驚くほど多い。学園施設としては異様なほど、だ。
穂堂「......これ、本当に全部読む人いるのかな」
紗鳥「多分読んでたら何年もかかるだろうな」
冗談めかして言ってから、ふと静寂の顔が浮かんだ。彼なら読みかねない、なんて。恐らく彼がずっと読んでいた本はここから持って行ったものだろう、と、文学の本が数冊抜き取られていた。
書棚の合間を縫うようにして、俺たちは室内を探索する。一般的な学術書や、有名な小説などが並んでいて、ミステリーものも数多く置いてある。ただ、殺人を俺たちに直接示唆するようなものは無く、本当に単純に、読書に最適な場所と言える。
穂堂「なにもなさそうだし、次行こうか」
俺たちは図書室を後にして、再び廊下へと戻る。モノパッドのマップを見る限り、少し奥に進んだ先に「倉庫」と記されている部屋があった。扉の前で足を止め、ドアノブに手をかける。ギィ...という金属音とともに、無事に重い扉が開いた。
中は思っていたより広く、天井の高い空間には棚がいくつも並んでいた。窓はなく、天井の蛍光灯が白く冷たい光を落としている。整然と_だがどこか異様に、物が収まっていた。
穂堂「......これは、予備のバスタオルかな」
紗鳥「これってカセットコンロか...?」
棚には掃除用具や日用品、調理器具に加えて、生活には直接関係なさそうなものもいくつか見える。
棚の上に乱雑に置かれた物資たちは、どれも新品同然だった。パッケージの角は潰れておらず、タオルも折りたたまれたまま、ラップが巻かれている。予備の調味料たちは未開封、カセットコンロの箱には綺麗な取扱説明書までついている。
俺はそのひとつを手に取って、まじまじと見つめる。
紗鳥「...新品、か。ずいぶん用意がいいんだな」
穂堂「気味が悪い、って言っていいのかな」
紗鳥「ああ、いいと思う」
それにしても、これだけ綺麗に整っているってことは、備蓄用なのだろうか。倉庫内の物資は、乱雑ながらも、カテゴリごとに別の棚に並べられていることがわかった。まるで、コンビニの裏側に迷い込んだような気分。
穂堂「でもコンロもガス缶もあるし、食料さえあれば料理できるね。災害時の避難所より充実してる気がするよ」
紗鳥「ただ、全部...新品すぎる。誰かがここに住んでた、とか、使ってた痕跡が、全くない...」
俺の言葉に、穂堂が口を閉じる。雑に置かれた物資と、整いすぎた空間が、何かを隠しているように感じたのだ。
そんな沈黙を破ったのは、突然背後から聞こえた声だった。
燐海「あれェ?二人でコソコソしてンの怪しいンじャない?」
振り返ると、倉庫の入口に立っていた_燐海だった。
頬杖をつくようにドア枠にもたれかかり、いつものニヤついた笑みを浮かべている。その姿は猫の様で、悪戯を思いついた子供みたいに楽しそうだった。
燐海「こんなとこで密会?それともデート?」
紗鳥「探索するって話しただろ...」
燐海「はいはい、そうだねェ。そンで、幸運クンは何か面白いもの見つけたかい?」
俺の返答に構わず、燐海は勝手に倉庫へ足を踏み入れてくる。棚の間をするりするりと進みながら、物資をさらっと眺めていく。
燐海「いやァ、マジで用意周到ってやつだね。今の時期扇風機要らないでしョこれ。ガスコンロにー、はしごまで。いっぱいあるねェ。」
そう言いながら、燐海は調理器具の棚からフライパンを取り出し、くるくると器用に回してみせた。
燐海「よし、じャあ今晩はボクがオムライスでも作ってあげよっか」
紗鳥「...料理できるのか?」
燐海「全然?カップヌードル信者に期待しないでよ」
分かりやすい嘘はだんだんわかるようになってきたな、なんて思いながら、思わず苦笑が零れる。こんな状況でも、燐海の軽口は変わらないままだ。
燐海「ま、それはさておき。キミらは倉庫は見終わったの?」
穂堂「多分、一応一周全部見たかな。」
燐海「じャ、そろそろ食堂に戻って情報共有タイムでも取ろうか」
モノパッドを取り出して時刻を確認する。12時を既に回っている数字が並んでいた。
倉庫に残された物資の山は、まるで箱庭の中の「暮らしやすさ」を演出するために並べられているようで。しかし、その快適さの裏にある意図を透けて見ることは、今の俺たちに出来ない。
紗鳥「よし、ならここまでにしよう」
燐海「戦利品はゼロ、雰囲気は満点って感じか。いいのかなァ?こんなイイ雰囲気で」
紗鳥「なんでだよ...仲良くなるのはいいことだろ。」
燐海「フフ、まァ幸運クンがイイならイイけど。でもちャンと考えてね。己を曝け出して仲良くなるのと、弱点を曝け出して無防備に構えてるのと、なンの違いがあるのか」
意味深に言葉を残していった燐海は「じャあ先行くよ?置いてッちャうからね。」なんて言いながら、去っていく背中が見える。
『違い』、考えている余裕すらない俺は、どうするのが正解なんだろうか。
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食堂に戻ると、既に何人かの姿が見えていた。テーブルの端に立っていたのは信乃陀だ。元気そうに手を振ってくる。
信乃陀「紗鳥様!おかえりなさい、学園探索お疲れ様でした!」
その隣では繋守が椅子に逆さまに座っていて、顎をテーブルに乗せるように身を乗り出している。
繋守「やっほー紗鳥くん、穂堂くんと...あれ、燐海くんも一緒?」
燐海「お疲れ。いやァ案内役のおかげで迷わず来れた来れた」
紗鳥「一人で帰ってたくせになんで待ってたんだ...」
燐海「ンン?理由なンてないよ」
絡転「...集まったなら、報告を始めたほうがいいだろう」
視線を動かすと、全員揃っていた。穂堂と軽く頷き合い、俺たちもテーブルの一角に腰掛ける。
信乃陀が手を挙げ、この報告会の口火を切った。
信乃陀「はい!ではまず理解たちからいきますね!理解は、幕吏様、繋守様、薬袋様の四人で、美術室と美術準備室を調べてきましたが、特にこれといった成果はありませんでした...」
幕吏「劇的な成果は無かった、が、実に芸術的な空間だったよ。誰が作ったか知らない様々な絵画や彫刻が置いてあって、まさに創造の殿堂というべき...」
薬袋「えっと、準備室の方には、筆とか石膏とか...素材?が色々置かれてまして、でも、どれも新品のような感じがして...」
繋守「あと絵の具がいっぱいあって展示みたいにきれーーに並べられてたよ。ま、ぜーんぶ封は切られてなくて不気味だったね。絵の具なんて飾るもんじゃないのに」
4人が報告を終えると、今度は遊城が手を挙げる。
遊城「私は枢木と絡転と一緒に、音楽室と保健室に行ったけど...音楽室はやたら広いって印象ね。色んな楽器があるにはあるけど、ほとんど触られてない。なのに埃が目立ってるわけでもない感じだったわ」
枢木「保健室では、薬品棚が施錠されていました。怪我した場合の応急処置ぐらいはできると思う」
絡転「薬品棚ではない普通の棚の中にある道具は潤沢していたはずだ。殺菌ガーゼや包帯は全て新品。これらも他の部屋と同じだろう」
誰かが小さく唾を飲む音が聞こえた。まるで、この学園全体が「見せる為に作られたセット」であると、全員が気付き始めている。あまり実感は湧かないが、そう考えたほうが辻褄が合う、という思考に落ち着くのは必然だ。
次に口を開いたのは比良坂だった。腕を組みながら、やや不機嫌そうな調子で言う。
比良坂「オレはなんか知らねぇけど鳴佳と禍賀に引っ付かれたからそいつらと、ラウンジと視聴覚室に行った。ラウンジは...、まぁ休憩スペース?ソファとか、テレビもあったけど電源は通ってねーし、外の景色は見えねぇ」
禍賀「視聴覚室のスクリーンとかパソコンとかはもう応答なしだね、まったく映んない。スピーカーとかの配線やらはやたら整ってたけど、あーゆーのってぐっちゃぐちゃになるのが普通じゃないんだってちょっとテンション上がっちゃったよ」
鳴佳「...とりあえず、全て整えられているという印象のままでした。あまり情報がなく、申し訳ないですわ」
謝罪の言葉を聞いて、場に少し重たい空気が落ちた。何故なら、情報に関しては役に立てていないのは俺たちもそうだから。みんなの顔からしても、俺と同じことを思っているかもしれない。
沈黙を破ったのは、意外にも四葩だった。相変わらず表情を動かさないまま、小さく口を開く。
四葩「燐海くんと談話室に行って、その奥の部屋を何個か。談話室以外は、全部鍵が掛かってて開かなかったけど、談話室は少し家具の位置がずれてたりした。意味は、わからないけど」
紗鳥「......?あ、もしかしてそれ俺かも。最初に目覚めた時に居たのが談話室っぽい場所だったんだ」
燐海「ふゥん、確かに。みンながどこで目が覚めたかとかの情報も落とさないとね。ねェ?フラワーデザイナークン?」
四葩「今は探索の報告会だよ」
彼女の言葉に「手厳しい感じィ?」と静かに笑って、目線をこちらに向ける。まるで、じゃあさっさと報告してよね、と言わんばかりに。
紗鳥「えーっと...俺らは、図書室と倉庫を調べてきた。図書室の方は、何冊か抜けてたけど、あれは静寂さんが読んでる本で間違いない?」
静寂は名前を呼ばれても、すぐには返事をしなかった。けれど数秒後、顔を上げ、ため息交じりに呟く。
静寂「はぁ、...ああ。間違いない」
穂堂「抜けてたのが何冊かあったけど、他の本は手つかずのままだと思う。あと、机とか椅子も綺麗だったね。誰かが使っていた形跡は...少なくとも見当たらなかったかな」
紗鳥「倉庫も同じような感じだった。備蓄用の物資って感じで、色々カテゴリ分けされてたけど、見やすいってわけじゃなかったな」
俺たちの報告を終えて、まだ報告していない人を探すために視線を動かす。そして映ったのは、静寂と、月無。
穂堂「じゃあ、月無さんはどこに行ってたの?」
問いに答えるのは、やはりか細い声。彼女の肩は、小さく震えていた。
月無「あ、あたしは...体育館には行ったんだけど。別に、なんも。ダメだった。裏手も体育倉庫も鍵かかってるし、高いところは見てる感じ全部鉄板あるし...」
鳴佳「...そうですか。やはり、脱出口はなかなか見つかりませんわね」
その言葉で、じわりと胸に不安が滲む。今この瞬間にも、出口が遠ざかっていくような錯覚すらある。
比良坂「イタコのお前、霊かなんか呼んで外の情報聞くとかできねーのかよ」
絡転「...ふむ、できない、と言った方がいいだろう。ここに居る霊は、呼ぶのをお勧めしない。準備を整えておらん状態では危険がある。浮遊霊以外にな」
比良坂「はぁ~?よくわかんねぇ」
禍賀「まぁうちもわかんないけど、とりまダメってことね」
妙案、ではあるのだろう。外の状況を知る人?、霊に話を聞けるならそうした方が早い。しかし、絡転の言う準備が必要なら、危険を冒すのは得策ではない。
穂堂「つまり、外との繋がりが完全に断たれてる、ってことだよね...」
穂堂が優しくまとめるように口を開いたが、その言葉も虚しく響いた。誰もが、分かりきっていた答えに、どうしようもなく打ちのめされていた。
薬袋「このままだと...本当に、コロシアイをしないと出られないってこと......?」
薬袋が、わずかに声を震わせながら呟いた。元々の彼女の声に滲んでいた不安とは別の、絶望。
遊城「はぁ...??そんなことするわけないでしょ、ふざけるのも大概にしてよ」
遊城が苛立ちを押し殺すように手を握り締めていた。誰も責めはしなかった。けれど、どうしようもない絶望が、この場を支配していた。
そのときだった。
静寂「...諦めるのか」
低い声が空気を裂いた。
目を向けると、教室の後方に立っていた静寂詩織が、一冊の冊子を持って前に出てきた。その手には、見覚えのないパンフレットのようなものが握られている。
幕吏「ふ、静寂よ。その冊子は何だ?」
幕吏が問うと、静寂は無言のままそれを皆の前に差し出した。
静寂「資料室で見つけた。」
パンフレットの表紙には、クラシックな書体で『夢見ヶ浦学園』と、そう記されていた。そして、その下に見覚えのあるエンブレム。見渡せば、教室の黒板の上や、あちこちの掲示に使われているそれと、全く同じものだった。
幕吏「...つまり、俺様たちが居る此処はやはり夢見ヶ浦学園の中ってことかな?」
静寂は首をひとつ、弱く縦に振る。
静寂「おそらくはな。施設の内部構造も、先程の短い時間にマップと照らし合わせながら歩いてみたが、合致している。だが__不可解な点がある。」
彼はパンフレットの数ページをめくりながら続けた。
静寂「夢見ヶ浦学園は、一般公開された教育機関だ。表向き、厳重に施錠されたり、生徒が外部と隔絶されるような仕組みは存在しない......はずだ。」
枢木「はず...」
枢木が目を細めた。
静寂「そう。つまり__この場所が"夢見ヶ浦学園に酷似した、何か"である可能性。あるいは、かつての夢見ヶ浦学園が、今や閉鎖された施設として改変されている可能性がある」
静寂の冷静な声が、少しずつ皆の意識を引き上げていく。
静寂「だが確実に言えるのは、俺たちは"外界と関わりのある場所にいる"ということだ。全くの無名施設、架空の空間というわけではない。ここまで類似している施設なら何か情報があってもおかしくないだろう。外部と何らかの接点が存在している可能性も高い」
穂堂「それって...」
穂堂が問いかけると、静寂は一拍の沈黙を挟んでから頷いた。
静寂「少なくとも、情報の断絶は完璧じゃない。調べる価値は、まだある」
沈みかけた空気が、ほんのわずかに動くのを感じた。
鳴佳「...なるほど。確かに、今までもこのエンブレムに見覚えがありましたが、夢見ヶ浦学園のエンブレムということなら、可能性はありますわ」
鳴佳が、少し顔を上げて前向きに話す。その横で、繋守がぱっと手を上げた。
繋守「じゃあさー、さっそく明日も資料室とか、まだちゃんと見てない部屋を探してみよ!」
信乃陀「宗教の教えには、『諦めが肝心なのは、負け試合のみである』とされています。理解にも皆様のお手伝いをさせてください!」
信乃陀の教えに、誰かがクスッと笑った。
禍賀「やっぱしののんの教えっていろんなのあんだね。ま、うちも手伝うよ」
幕吏「お誂え向きに、ルールに夢見ヶ浦学園について調べることは自由と書いてあったからね。俺も、舞台で踊ってやるとしよう。スポットライトはいつでも俺を照らしているのだからな!」
幕吏のいつも通りの煌びやかな自己称賛の言葉も、どこかで皆を安心させた。
紗鳥「...ありがとう、静寂さん。」
僕が声をかけると、彼は一瞬だけこちらを見た。そして、ふっと目を逸らしながら、教室の扉からどこかへ去っていった。
けれど――
(この空気を変えたのは、紛れもなく静寂くんだ)
そう思えた。
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解散したあと、僕は一人、廊下を歩いていた。
部屋に戻る気になれなかった。誰も死なせたくない。そのためには、もっと何か...。
紗鳥「...こんなに、仲良くなっていいのか」
僕はぽつりと呟いた。
みんなの顔が、思い浮かぶ。
無垢な笑顔、元気な声、優しさ、気遣い__
誰かを失うなんて、考えたくない。
だからこそ、みんなと仲良くなって、みんなのことを知って、防げるものは防ぎたい。
ただ。
『フフ、まァ幸運クンがイイならイイけど。でもちャンと考えてね。己を曝け出して仲良くなるのと、弱点を曝け出して無防備に構えてるのと、なンの違いがあるのか』
燐海の言葉が脳の中、反響する。
紗鳥「......だったら、こんな場所に、誰も屈服させなければいい」
強くそう誓った。
...ときだった。
モノシープ「立派なこと、言うようになったねぇ」
モニターから、あの声が響いた。
紗鳥「モノシープ......」
モノシープ「キミたち、仲良くなりすぎちゃってるんじゃないの?コロシアイが始まらないなんて、退屈すぎて羊毛が抜けて、果てには高値で売られちゃうよ?」
モノシープは楽しげに笑っていたが、やはりその奥には底知れない不気味さがある。
モノシープ「ま、いいけどね。ボクはボクで、とっておきを用意しておくから。オマエラの絆が、どれだけ本物か、いつか試す日が来るかもね?君は皆が屈服しないように頑張ってね!」
紗鳥「お前...何をする気だ」
モノシープ「ナイショ!!でも、"情報"って大事だよね?静寂クンが見つけた資料、ボクも感心しちゃったよ。そんな調子で、どんどん調べていいよ。オマエラ自身の価値についてもね」
通信が切れ、モニターは静かにブラックアウトする。
紗鳥「......価値?」
嫌な予感だけが、胸に残った。
だけど__負けるわけにはいかない。
これからも、希望を探そう。
この場所に、負けないために。