DR_inflection   作:柚柚

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1章 (非)日常編 中

探索が終わり、各々が自由に過ごしていた夜。俺も一度部屋に戻ったが、どうしても落ち着かなかった。窓の無い部屋の窮屈感に、まだ心が追いついていないのか、慣れない。何をするでもなく、足の向くまま、アトリウムのベンチに腰掛け、差し込む月の光を眺めていた。

 

月の光は暖かくなかった。むしろ冷たく感じた。今の俺には、あの月が本物か偽物かすら知り得ない。

 

外はいつも通りかもしれない。そう思えば思うほど、俺たちは置いていかれていると、忘れ去られていると不安になる。家族に会いたかった。

外では、普通に時間が流れているのだろうか。鳥が鳴く朝が来て、誰かが仕事に行って、家に帰って、ご飯を食べて。そんな日常が、今も続いているのだろうか。

 

 

紗鳥「はぁ......」

 

 

何も出来ない、そんな無力感にため息をつく。思考は、夜の静けさに溶けるように、徐々に重たく、暗くなっていってしまう。

 

すると、廊下の方から足音が聞こえ、反射的に立ち上がり、無意識に肩に力が入っていた。そして、その姿が光の下に現れた。

 

 

穂堂「どうしたんだ?」

 

紗鳥「なんだ穂堂か...」

 

穂堂「ああ、驚かせちゃってごめんね」

 

 

穂堂だった。おそらく、あちこち見回って皆の様子でも見ているのだろう。申し訳なさそうに頭をかく彼に、苦笑を返す。

 

 

紗鳥「いや、こっちこそ...すまん」

 

穂堂「気にしないで。それに、警戒心はあったほうがいいから」

 

紗鳥「......友達でもか?」

 

 

自分でも驚くほど自然に口をついて出た言葉だった。慌てて口を覆う。そんなつもりじゃなかったはずなのに。否、心の奥底では、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 

穂堂は少し首を傾げて、それからゆっくりと頷いた。

 

 

穂堂「うん。.....友達でも、警戒していいと思うよ」

 

紗鳥「え?」

 

 

想定していた返答とは違っていて、思わず聞き返す。

 

 

穂堂「ここがどういう場所か、だんだん分かってきた。僕達の信頼や絆を試すような......そういう場所だ。場所のせいで人が変わってしまった話も、聞いたことがある。そんなとき、警戒してなかったせいで誰かが傷つくのは、きっと一番つらいだろうから」

 

 

彼の瞳に浮かんでいたのは、優しさでも、悲しさでも、憐れみでもない。ただ、覚悟と、決意だった。

 

 

穂堂「だから僕は、できる限り皆を見ておきたい。どんなに小さな変化でも、気づけるように。いち早く動けるように」

 

紗鳥「......穂堂はすごいな」

 

穂堂「そうかな?」

 

紗鳥「すごいよ。俺はただ、流されてるだけで......この場所に負けないようにとか、立派なこと考えてたって、何をすればいいか分かんなくて」

 

穂堂「でも、君はここにいるじゃないか」

 

 

あまりにも真っ直ぐな瞳で見つめられて、声が出なかった。出てたとしても、きっと間抜けな音でも出していただろう。

 

 

穂堂「逃げ出したい夜に、一人で月を見てた。きっと、色々考えてたんだろうなって。自分のこと、みんなのこと、この状況のこと......違う?」

 

紗鳥「......まぁ、否定はしないな」

 

穂堂「それって、すごいことだよ。ちゃんと現実と向き合ってる。怖くても、見なかったふりをしない。君みたいな人がいてくれるなら、僕はきっと頑張れる」

 

 

その言葉に、不思議と胸があたたかくなった。優しい笑顔を向けてくれる穂堂に、自然と心がほぐれていく。

 

 

紗鳥「...お前、ほんと兄貴分って感じだな」

 

穂堂「兄貴、かあ。ちょっと嬉しいな、それ」

 

 

彼は照れくさそうに笑って、そしてふと真顔になった。

 

 

穂堂「ねえ、紗鳥くん」

 

紗鳥「ん?」

 

穂堂「僕と仲良くなってくれて、ありがとう」

 

紗鳥「え、なに突然......」

 

穂堂「さっき、呼び捨てにしてたよね。穂堂って」

 

紗鳥「えっ、あ...ごめん、勝手に」

 

穂堂「謝らなくていいよ。君がそうしたいと思ったなら、それでいい。無理して距離を取ろうとしなくていいよ。距離が縮まったって思えて嬉しかったし」

 

紗鳥「......なんか、そう言ってくれて助かる。才能のこと考えてたら、さん付けで話しといた方がいいかなって思ってたんだよ...」

 

穂堂「うん、それも分かる。でも、君は君のままでいい。幸運って才能を持ってる、それは立派なことだよ」

 

 

言葉に、温かさがあった。この場に立ち尽くす不安も、戸惑いも、すこしずつ溶けていく。

 

 

紗鳥「ありがとう、穂堂......。名前...は早いか」

 

穂堂「はは、なんでもいいよ。好きに呼んで」

 

 

ふと、時計を見る。夜も遅い時間になっていた。

 

 

紗鳥「そろそろ、戻るか」

 

穂堂「うん。あまり夜更かししても、体に悪いし」

 

 

二人、ゆっくりと歩き出す。月は変わらず、静かに空に浮かんでいた。

 

別れ際、穂堂が一言だけ言った。

 

 

穂堂「おやすみ、紗鳥くん。また、話そう」

 

紗鳥「......ああ。おやすみ」

 

 

その言葉を胸に、自室へと戻る。

ドアを閉めると、外の静けさがぴたりと遮断された。ひとりになったはずなのに、どこか、寂しさはなかった。

 

布団に潜り込むと、ほんの少しだけ、心が軽くなったような気がした。

 

 

 

 

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モノシープ『アーあー、オマエラ、おはようございます!朝の7時になりましたねー!起床時間です、学園生活には慣れたかな?今日も張り切っていきましょう!』

 

 

耳障りなチャイムの後、天井のモニターから声が流れ始める。甲高くも無機質なその声が、頭に響く。この放送で目を覚ますのは2度目だった。明日も、きっと、これで目覚めるんだろう。それが積み重なって、普通になっていくのかもしれない。

冗談じゃない。この場所が日常になることが怖い。けれど、慣れなければならない。日常にしなければ、人が死ぬ。

 

昨夜のことを思い出す。アトリウムで見た月。穂堂との会話。少しだけ、気持ちは軽くなっていたはずなのに......朝が来るだけで、また現実に引き戻される。

 

部屋の隅、支給されたモノクロカラーの歯ブラシがやけに目についた。備え付けの洗面台で顔を洗いながら、自分の顔を鏡越しに見つめる。

 

 

(......俺の顔、こんなんだったっけ)

 

 

疲れてる。明らかに、顔色も良くない。四葩が言っていた酷い顔はこんなにも酷かったのか。

それでも、行かないわけにはいかない。誰かが何かを起こす前に、自分も“普通”の顔をしておかないと。

 

制服に着替え、静かにドアを開ける。

 

 

(今日も、現実が始まるんだ...)

 

 

食堂へと向かうその足取りは、ほんの少しだけ重たかった。

 

 

 

 

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朝食を終え、廊下に出た俺は、ひとつため息をついた。もう、食堂にも残っている人はまばらだった。

 

 

(この空間にも、みんな少しずつ慣れてきたのかもな。)

 

 

そう思いながらも、胸の奥に残るのはやはり“居心地の悪さ”だった。普通の生活を繕えば繕うほど、「普通じゃない何か」が浮かび上がってくる。そんなとき、視界の端に見えたのは、廊下の角に寄りかかるように立っていた__幕吏の姿だった。

 

壁に肩を預け、天井を見上げる彼は、まるで何かのシーンの最中のようだった。遠くを見る目、伸びた指先の角度、そして無言の沈黙すらどこか演じられているような美しさを帯びていた。

 

俺は無意識に足を向けていた。

 

 

紗鳥「......おはよう、幕吏くん」

 

 

声をかけると、彼は少しだけ振り返った。その瞳はまるで開演のベルを聞いたかのように、流れるように焦点を持った。

 

 

幕吏「......おや。まさかこの時間に観客が来るとはね。だが無粋とは思わない。おはよう紗鳥くん。今日は何か予定でも?」

 

紗鳥「いや、特に。探索がてら散歩、って感じかな。幕吏くんも一緒にどうだ?」

 

幕吏「ほう、散歩というにはこの学園、少々景色に乏しいけど...まあ、君が道連れなら退屈はしないだろうね。喜んでお供しよう」

 

 

幕吏は軽くお辞儀をしてから、足音を吸い込むように、廊下の先へ歩き出す。日常を歩くというには、やはりどこか芝居がかった仕草だが、不思議と嫌味ではなかった。

 

 

 

並んで歩くと、幕吏の歩幅は意外にも合わせやすかった。身長もそこそこあるはずなのに、不意に立ち止まったり、窓の外に目をやったり、テンポが一定じゃないのだ。

 

 

幕吏「......ここ、照明の当たりが不自然なんだ。見てごらん」

 

 

そう言って彼が指差すのは、天井の一角。特に目立つ場所でもないが、反射の具合か、そこだけ妙に光が強く見え、真下にある造花が照らされている。

 

 

紗鳥「ほんとだな......設計ミスか?」

 

幕吏「演出の可能性も捨てきれない。観客に見させたい場所に光を落とすのは、舞台装置の基本だからね」

 

紗鳥「...演劇っぽい考え方だな」

 

幕吏「当然さ。舞台の人間だからね、僕は。日常も非日常も、シーンとして切り取る目線が染みついているんだ」

 

 

一瞬、返す言葉を探した。だが、そこまで重い話ではないと察して、肩の力を抜く。

 

 

紗鳥「じゃあ、この今の会話もシーンだったり?」

 

幕吏「もちろんさ。だけど......演技それ即ち嘘、とは限らないよ?」

 

意味ありげに笑う幕吏に、少しだけ苦笑する。この人は、やはり一筋縄ではいかない。

 

 

 

 

そのまま校舎の中庭が見える窓際を歩く。微かな暖房の風が、カーテンを揺らしていた。ふと、俺は思い出したように口を開く。

 

紗鳥「そういえば......幕吏くんって、どうして演劇部に入ったんだ?」

 

 

その問いに、幕吏は一度立ち止まり、空を見上げた。

 

 

幕吏「ふふ、それはまた、ベタな質問をするね」

 

紗鳥「すまん、定番すぎたか?」

 

幕吏「いいや、構わないよ。定番は愛されている証拠があるから定番だ」

 

 

彼は軽く顎に指を添えて、少しだけ芝居がかった口調で続ける。

 

 

幕吏「僕が演劇部に入った理由。それは、“美しいものを演じるため”さ」

 

紗鳥「......美しいものを演じる?」

 

幕吏「そう。“真実”だとか“個性”だとか、現実に触れると、どこか濁って見えるだろう?だけど演じた瞬間、同じ感情が煌めいて見える。これは人それぞれだろうが、本物の涙より、泣きの演技のほうが美しい......僕には、そう見えたんだ」

 

 

淡々と語られる言葉に、少し黙って考える。

 

 

紗鳥「......それって、現実よりも、役の中にいる方が落ち着くとか?」

 

 

その質問に、幕吏は答えない。

だが、彼の崩れない笑顔は不思議と煌めいて見えた。

 

 

幕吏「君は......本質的なことを訊くね。気をつけた方がいいよ。役者は、答えよりも“演出”で返すことを好むからね」

 

 

 

 

 

廊下の先にあるラウンジに差し掛かると、幕吏は一つの椅子に腰掛けた。カーテン越し、中庭から偽物の陽光が、彼の横顔を柔らかく照らす。

 

 

幕吏「紗鳥くん。君は、自分が舞台に立っていると感じたことはあるかい?」

 

紗鳥「...いや。どっちかっていうと、客席側というか、他人の動きを見ている方が多かったかもしんないけど」

 

幕吏「そう。なら、これからだね。この学園は誰もが演者...舞台は、もう始まっている」

 

紗鳥「始まってるって......まだ殺し合いなんて始まってないだろ」

 

幕吏「おや、舞台に殺人事件は必須じゃない。感情、信頼、涙__演劇とは、そういうものの積み重ねだよ」

 

 

彼の声は静かで、しかし確かに熱を持っていた。それは本心か、それとも役としての熱意か......俺は、まだ測りかねていた。

 

 

 

しばらくして、幕吏が椅子から立ち上がる。

 

 

幕吏「さて、そろそろ一幕目の終わりかな。お付き合い、ありがとう。......君が観客でいてくれるなら、今日の僕は、なかなかの名演だったろう」

 

紗鳥「俺は...普通に隣に立ってるつもりだったけど」

 

幕吏「それは......舞台に上がる意志があるということとして受け取ろう。これからも“共演”に期待しているよ、紗鳥くん」

 

 

幕吏は軽く一礼し、背筋を伸ばして歩き去っていく。その背中はどこまでも軽やかだった。

 

(そういえば、一昨日の自己紹介の時からだいぶ印象違うけど、あれは演じてる役が前と違うだけなのか...?)

 

残された俺は、幕吏の足音が聞こえなくなるまで黙って見送る。本気なのか、演じているのか。どちらであれ、あの人は確かに、惹きつけられる存在だった。

 

 

 

 

 

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昼食の時間が過ぎ、食堂の人波が少しずつ引いていく頃。

席を立ち、何となく周囲を見渡した。自由に過ごす時間、誰かと話してみようかと思っていたけれど、肝心の誰かを決めかねていた。

 

すると、食堂の隅のテーブルに、優雅な佇まいで紅茶を口にする姿が目に入る。品の良い背筋、所作、そして完璧な姿勢でカップを持つその手は、やはり鳴佳光希だった。

 

 

紗鳥「......よし」

 

 

軽く自分を鼓舞し、俺は彼女のテーブルへと歩を進めた。

 

 

紗鳥「鳴佳さん、こんにちは。隣、いいかな?」

 

鳴佳「まぁ、紗鳥さん。ご機嫌よう。勿論、わたくしなどで宜しければ」

 

 

ほんの少し微笑んでみせる彼女は、どこか満足げな様子だった。僕が腰を下ろすと、彼女はおもむろにカップを置き、真っ直ぐ俺の目を見て言う。

 

 

鳴佳「今日はどのような御用で、わたくしにお声掛けを?」

 

紗鳥「まぁ自由時間だし、誰かと話したいなと思ってて。よかったら一緒に過ごせたらなってだけ」

 

鳴佳「ふふ、そのようにお誘いいただけるとは。わたくし、光栄の極みですわ」

 

 

頬を押さえながら、少しだけ照れたように微笑む鳴佳。口調はいつもの通りお嬢様言葉だけど、嬉しさがにじんでいるのが分かる。

 

 

鳴佳「でも、本当にわたくしでよろしいのですか? わたくしでは、お話についていけないこともございますけれど......」

 

紗鳥「うーん、だからこそ話してみたいんだ。そういうのも、知っていけたら面白いし」

 

鳴佳「...そう、おっしゃるなら。では、どうか......わたくしに俗を、ビシバシ叩き込んでくださいまし!」

 

 

急に手を握られ、前のめりに言われて少し驚いた。

 

 

紗鳥「叩き込むって...いや、そんな勢いじゃなくて大丈夫だよ!」

 

鳴佳「禍賀さんに教わったのです。“ビシバシ叩き込む”という言葉が“しっかり教える”という意味を持つと......」

 

紗鳥「ああ、それは間違ってないけど......いや、指導みたいな感じになるだろ...」

 

鳴佳「...またですわ......!」

 

 

鳴佳は俯いて、軽く机に額を預けた。

 

 

鳴佳「わたくし、略語や俗語には滅法弱くて。どうしてみなさま、あんなに自然に“イミフ”や“エモい”などとおっしゃるのでしょう......理解が追いつきません...」

 

紗鳥「言葉って、習うより慣れだよ。使ってるうちに馴染むから、気にしすぎなくて大丈夫だろ。」

 

鳴佳「ほんとうに...?」

 

紗鳥「うん。むしろ僕の方が、鳴佳さんの丁寧な言葉遣いにちょっと憧れてるくらいだよ」

 

鳴佳「...そう仰っていただけると、嬉しいですわ」

 

 

ようやく落ち着きを取り戻した鳴佳は、ほっとした様子で再び紅茶を口にした。少しの静寂が訪れる。けれど、それは気まずいものではなく、どこか心地よかった。

 

 

紗鳥「そういえば鳴佳さんって、超高校級の新体操選手なんだよな?」

 

鳴佳「はい。礼儀作法の一環として、習い事から始めたのがきっかけでございますけれど、気づけば公式大会にも出るようになりまして......」

 

紗鳥「すごいな。練習って、どれくらいやってたんだ?」

 

鳴佳「毎朝四時起きで、朝の身支度と食事の後に三時間。夜は家庭教師との学習を終えてから、また三時間。休日は終日練習に明け暮れておりました」

 

紗鳥「それ......寝てたのか? 一日何時間くらい?」

 

鳴佳「三時間と四十五分ですわ。」

 

紗鳥「いや...もっと寝た方がいいだろ、てかよく覚えてるな」

 

鳴佳「ですが、その努力のおかげで、褒めていただける機会が増えました。それに、演技の中に“表現”を込められるのも、わたくしは好きなのです」

 

 

幕吏とよく似た顔をしていた。演技をする人間、そんな共通点を持った人はみんなこんな楽しそうな顔をするのだろうか。あまりにも純粋に、楽しむことを知っている。そんな人間は晴れやかに笑っている。

 

 

鳴佳「技の完成度はもちろん大事ですが、演技中に“感情”を乗せられると、観客の方がより心を動かしてくださるのです。それが、たまらなく嬉しくて...」

 

 

一瞬だけ、彼女の瞳に熱がこもる。先ほどまでの物腰柔らかなお嬢様口調とは違う、競技者としての誇り。けれどそれも一瞬で、すぐにいつもの上品な笑みに戻った。

 

 

鳴佳「...失礼、熱くなってしまいましたわ」

 

紗鳥「ううん、すごく伝わったよ。俺も、いつかその演技を見てみたいな」

 

鳴佳「まぁ...ふふ、そう仰っていただけると、わたくし、嬉しく思いますわ」

 

 

どこか堅く見える彼女も、同じように嬉しさや恥ずかしさを感じるのだと思うと、少しだけ親近感が湧いた。いつかの禍賀が言っていた、高嶺の花のような存在でも、同じ人なのだと安心する。

 

 

 

 

鳴佳「...あの、紗鳥さん。お願いがあるのですけれど......」

 

 

会話もひと段落ついた頃、鳴佳さんが急に声を潜めた。

 

 

紗鳥「なんだ?」

 

鳴佳「先ほど、俗語は慣れだと仰いましたでしょう? でしたら、少し練習に付き合っていただけませんか?」

 

紗鳥「練習?」

 

鳴佳「わたくしが俗語を使ってみせますので、変であれば訂正してください」

 

 

彼女は真剣な眼差しでそう告げると、咳払いをひとつした。

 

 

鳴佳「では、いきますわよ......えーと、“ここの紅茶、バチバチにエモくてヤバいですわ!”」

 

 

……。

 

 

紗鳥「俺も別にそういう言葉に慣れてるわけじゃないけど、なんか惜しい感じはするな。」

 

鳴佳「えぇっ、やはり!?」

 

紗鳥「“バチバチにエモい”ってあんまり言わないかもしれないな。“めっちゃエモい”とか“超エモい”なら自然かも。」

 

鳴佳「なるほど......“めっちゃ”、ですね...。では...“この紅茶、めっちゃエモいですわ”。......わたくしの“ですわ”が足を引っ張ってるような気がしますわね...」

 

紗鳥「うーん、それはそれで鳴佳さんらしくてアリだと思うけど」

 

鳴佳「ほんとうに......?」

 

紗鳥「うん。無理して変える必要はないし、そのままでも十分面白いし、魅力的だよ」

 

鳴佳「...そう。そう仰ってくださるのですね」

 

 

そう呟くと、鳴佳さんは小さく微笑んだ。

 

 

鳴佳「では、わたくし流に俗を学ぶといたしますわ。どうぞ、これからもよろしくお願いいたしますね、紗鳥さん」

 

紗鳥「ああ、もちろん」

 

 

にこやかに礼をする鳴佳さんに、僕も微笑み返す。彼女の“馴染もうとする姿勢”は、誰よりも真摯で、だからこそ目が離せない。

 

またひとつ、心が少しだけ近づいた気がした。

 

 

 

 

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食堂に集まる足音が、ひとつ、またひとつと積み重なっていく。

 

自由行動が終わると、まるで自然に引き寄せられるように、参加者たちはまた一堂に会した。その顔ぶれに特別な緊張はない。もちろん、心の奥にはそれぞれの葛藤が渦巻いているのかもしれない。だが、今はそれを感じさせないくらいの、穏やかな空気が食堂を包んでいた。

 

いつもと違い、禍賀と枢木が料理を運んでいた。

 

 

禍賀「はーい!置くよー、熱いから気をつけてね〜!」

 

比良坂「は?、んだこれ、味噌汁か」

 

枢木「作ってみたんだ。みんなとご飯を食べる機会を作るには、こうするのが手っ取り早いだろうから」

 

信乃陀「なるほど、教えには『食事の場は友好の場でもある』とあります。良い考えですね!」

 

月無「あたしには鬱陶しいだけなんだけど......」

 

 

どこか楽しげなやりとりを交わしながら、二人はテーブルへと皿を並べていく。

 

 

内心で軽く驚く。枢木はなんとなく雰囲気通りだが、禍賀も料理ができるんだな、と少々失礼な驚き。禍賀の軽快さも、枢木の丁寧な所作も、心地の良さを助長させる。

 

炊き立ての白米に、香り立つ味噌汁、焼き魚と煮物、そして副菜が数種類。2人が用意してくれたその料理には、確かに人の手の温もりがあった。

 

 

遊城「あんた、料理できたのね」

 

禍賀「まぁね〜、意外だった?失礼な子だね〜」

 

 

信乃陀「このサラダ、マヨで食べると最強です!」

 

繋守「へえっ!やってみよー!」

 

薬袋「あんまりやると体に悪いよ...!」

 

 

少し離れたテーブルでは、静寂詩織と絡転朱蘭が会話もなく並んで食事をしていたが、落ち着いた雰囲気はそれだけで和やかだった。

 

そして、俺の隣では、幕吏がやたらと流麗な仕草で焼き魚をほぐしている。

 

 

幕吏「まさに舞台のワンシーン......いや、この演出はリアル過ぎるか...!」

 

紗鳥「...なんでそんな芝居がかってるんだ、てか何が見えてるんだ......」

 

幕吏「芝居ではない、演出だ、紗鳥くん。日常に彩りを添える、そう、それが演者の務めであろう?」

 

 

思わず笑ってしまった。その瞬間、誰かの視線を感じた。

 

見ると穂堂が、安心したようにこちらを見ていた。彼もきっと、同じようにこの空気を嬉しく思っているのだろう。

 

 

 

 

やがて食事が終わり、誰かが水を飲みに立ち上がる。誰かが椅子を引き、食器を片付ける。そうして、夜の時間へと静かに移ろっていく中、一人が声を上げた。

 

 

信乃陀「皆様方、今日のような日が、明日も続くと思いたくないですか?」

 

 

その声は、信乃陀から発せられたものだった。いつもより少しだけ真剣で、けれど眩しいくらい前向きなその言葉に、数人が顔を上げた。

 

 

信乃陀「今日、皆様方と話して、すごく元気を貰えました。だから、もっと皆様方と仲良くなれるように、何か、今日のような穏やかな空間を作れればいいと思いまして。」

 

 

彼の言葉に、反応はまちまちだったが、否定する者はいなかった。

 

 

薬袋「イベント...みたいなもの?」

 

 

そう尋ねたのは薬袋だった。繋守はにこっと笑ってうなずく。

 

 

繋守「たとえばお絵描き大会とか、おやつ交換会とか......うーん、おやつ無いか。とりあえず、なんか楽しいこと、やってみたーい。ってこと?」

 

信乃陀「はい!理解が言いたいのは、自主的なレクリエーションというものです!!」

 

 

理解が指を鳴らす、が、手を隠す長い袖に音を吸われ、くぐもった音が鳴っただけだった。

 

 

燐海「やるのは全然いいけど、なにすンの?結局」

と、燐海が腕を組みながら言った。こういうことに一番興味を持つと思っていたが、別にそうでもないらしい。

 

 

禍賀「うーん、腕相撲とか、それこそ一緒に料理とか!」

 

鳴佳「まぁっ、それは素敵ですわね!」

 

 

盛り上がりの中で、ひとつ、またひとつとアイデアが飛び交っていく。まるで本当に、学校行事の準備をしているかのような錯覚。だが、それがきっと大切なのだ。

 

この空間に希望が灯ること。

それこそが、この場所に抗うための力なのかもしれない。

 

 

 

 

結局レクリエーションの内容が決まることもなく、解散となったあと。部屋に戻る前にもう一度だけ、振り返った。

 

みんなが笑っていた。疲れていたはずなのに、どこか楽しそうだった。

 

(...そうだよな。俺たちは、諦めてない)

 

それだけで、少しだけ勇気が湧いた。

 

そして、

 

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン...

 

モノシープ『えー、校内放送です。夜10時になりましたねー。ただいまより夜時間になり、間もなく食堂は立ち入り禁止となります。ではでは、良い夢を見てください』

 

 

この空間を打ち壊そうとするようなチャイム。

 

(馬鹿げたチャイムをちゃんと聞く余裕ができたのは、いいことなんだろうな。多分...)

 

 

部屋に戻ると、今日もまた布団に身体を沈めた。

冷たい天井、静かな空間。けれど、昨日よりは少しだけ、眠れそうな気がした。

 

何より、明日が楽しみなのだ。

 

__明日、みんなと一緒に、何をしようか。

 

その思いを胸に、静かに目を閉じる。

微かな希望を灯しながら。

 

 

 

 

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モノシープ『アーあー、オマエラ、おはようございます!朝7時になりました。起床時間ですね!今日も張り切っていきましょう!』

 

 

目を開く、どうにもゆっくりしていたくて起き上がれずにいた。

 

 

ピンポーン、

 

インターホンが鳴る。

 

こんな時間に誰だ、と思いながら、眠気と体を引きずりベッドから起き上がる。ドアに近づき、ぼさぼさの頭でそのまま扉を開いた。

 

 

四葩「おはよう。」

 

紗鳥「おはよ......四葩!?」

 

 

思わぬ人物の来訪に、素っ頓狂な声が出る。

 

 

四葩「朝からごめん。誘いに来た」

 

紗鳥「...誘い?」

 

 

四葩は少しだけ首を傾げ、ポケットから何か取り出した。

折りたたまれた紙切れ。それは__

 

 

四葩「レクリエーション、だって。アトリウムに貼ってあった」

 

紗鳥「は、はあ......」

 

 

そう言って手渡されたのは、少し汚い字で『腕相撲大会トーナメント表』と書いてあった。結局腕相撲にしたのか...もうすでに俺の名前が書かれてあるのを見て、思わず笑みが零れた。

 

 

四葩「一緒に行こう」

 

紗鳥「えっ、」

 

 

四葩は、朝の日差しを背に受けながらじっと俺を見つめていた。感情が読めない瞳なのに、どこかその声は温かい。

 

 

四葩「楽しい時間が、必要なんでしょ?」

 

 

それだけ言うと、彼女はくるりと踵を返し、食堂の方へと歩き出した。

「ちょ、ちょっとまって!」と慌てて身支度を済ませ、遅れて俺もその後に続く。

 

 

 

 

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食堂に足を踏み入れると、すでに数人が集まっていた。

 

テーブルの上に規則的な影を落とす偽物の陽光。パンの香りよりも、今日の話題を牽引する空気が強く漂っていた。そしてその空気の中心にいたのは、繋守未白と信乃陀理解だった。

 

 

繋守「おっ、来た来たー! みんなー、ちょっと聞いてくれる?」

 

 

朗らかで明るい声が、食堂全体に響く。朝から元気なのは彼女らしい。

 

 

信乃陀「アトリウムに貼りましたが、昨日のあの後も、繋守さんと穂堂さんとでレクリエーションの話しまして。腕相撲大会にすることにしました!」

 

そう言って彼が掲げたのは、少しよれた紙。『腕相撲大会トーナメント表』とマジックで書かれている。先ほど四葩から貰ったものと似ていた。

 

 

繋守「みんなでやろうって、もう信乃陀くんと表を作っちゃいましたー」

 

 

少し誇らしげに、繋守が言う。

 

 

幕吏「なるほど、生き残り戦か...。よかろう、この舞台、存分に俺様の力を見せつけてやろう!」

 

 

いきなり気迫の入った声で立ち上がったのは幕吏。いつもの調子だが、明るいムードに水を差すことなく馴染んでいた。

 

 

禍賀「へぇー、うちの名前もあるじゃん。よーしみんなの腕ぼっこぼこにしちゃうぞ~!」

 

鳴佳「わ、わたくしもですの!?あの...新体操とは少し分野が違うので緊張するのですが......!!」

 

繋守「そこが面白いんだってー、異種格闘技戦ってやつ?」

 

穂堂「確かに、僕も新体操の人と腕相撲したことはないかな。」

 

 

盛り上がる声が広がっていくなか、ひときわ静かな空気がその中にあった。

 

 

静寂「俺はやらないからな」

 

 

静寂詩織が短く言い切る。その声は硬く、どこか苛立ちを孕んでいた。

 

 

紗鳥「...やらないって、興味ないってこと?」

 

静寂「こういうのが、嫌いなだけだ」

 

 

それ以上は語らず、彼はスプーンを静かに口元へと運ぶ。

そしてもう一人、参加に渋る者がいた。

 

 

月無「...あ、あたしも...遠慮しとく......あたしの手握ったやつが可哀想だし...」

 

 

月無廻がとんでもないことを言いながら、どこか申し訳なさそうに断る。彼女の目は、朝の光の中でもどこか翳って見えてしまう。

 

 

繋守「うーん、参加しない子もいるってことなら、表をちょっと直さなきゃだなー」

 

信乃陀「理解がやっておきます!」

 

 

信乃陀は紙を抱えて張り切っている。

 

 

鳴佳「あの、わたくし...参加はいたしますけれど、何か練習のようなものをしておいた方が......?」

 

禍賀「なーに?なりりん、やる気満々なの?うちと組む?」

 

鳴佳「く、組む...? く、組体操ではないのですよね!?」

 

幕吏「鳴佳嬢。我らの手合わせは、乱戦の一幕のようになるやもしれませんね。」

 

 

そんな風に盛り上がるテーブルの周囲では、まだ静かに朝食をとる者もいた。

 

薬袋眠子はパンをちぎりながらにこやかに話を聞き、比良坂湊は愚痴を溢している口元はやや綻んでいる。

 

 

繋守「じゃあ、お昼にラウンジで開催ー!トーナメント表も新しくして張り出しておくから、よろしくー」

 

信乃陀「理解も皆様方に負けないよう頑張ります!」

 

 

そんな明るい声が響くなか、朝の時間は穏やかに過ぎていく。

 

イベントの内容も、参加メンバーも定まり、次第に食堂は、まるで普通の学園の一コマのような空気に包まれていった。

 

この時間がどれだけ貴重だろうと、その貴重をたくさん集める。それが今やるべきことだ。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

腕相撲大会がある昼まで、引き続き探索をしようと資料室を目指した。

 

あの静寂が見落とすような情報は、おそらくない。ただ、なんとなく彼に追いついておきたかった。彼が見つけたものを、別の角度から見つめることが出来たなら、超高校級としての自信だってつくかもしれない。そんな劣等感に苛まれているわけでもないが、本当になんとなく、追いつきたい気分だった。

 

そして資料室の扉をゆっくり開ける。中は静まり返っており、誰の気配もない。

 

奥にある机の上には、誰かが置きっぱなしにした資料の山が置いてあり、自然とそちらに手が伸びた。

 

 

紗鳥「これは...やっぱ学園のパンフレットか」

 

 

表紙には「夢見ヶ浦学園 概要パンフレット」と書かれている。表紙の隅には明るい水色で、『夢を抱いて、未来へ跳ぼう!』なんて、気恥ずかしいキャッチコピー。

 

ページを捲る。学園の理念が丁寧な文体で綴られていた。

 

 

『夢見ヶ浦学園は、超高校級の人材育成を目的とした希望ヶ峰学園の理念を継承し、より幅広く、そして特化的に、才能を研究、そして才能が活躍できる場を目指して設立された、新設の高等教育機関です。』

 

 

姉妹校でありながら、まだ知名度が先行している。耳にした通りの情報だ。

 

 

紗鳥「まだ実績が少ない、ってことだよな」

 

 

紙を捲るたび、校舎の見取り図や、施設紹介が載っている。ここに来てから目にした部屋の名前が並び、その構造が図示されている。

 

"アトリウム"、"体育館"、"特殊教室A・B"、"食堂"、"図書室"__。

今、自分たちが閉じ込められている学園と、見た目や配置が一致している。ここは、紛れもなく夢見ヶ浦学園である可能性は、やはり高かった。

 

だが、「ここが夢見ヶ浦学園である」ことと、「この状況がなんなのか」は全く別の話だ。パンフレットにはそんな異常事態への言及はもちろん無い。平和で理想的な教育機関を謳った文章ばかりが並んでいる。

 

パンフレットを読み終えても、もちろんなにひとつこの状況からの脱出の手がかりは表記されていなかった。

 

 

『主な支援:希望ヶ峰学園、一部企業・団体・機関による協力のもと運営』

 

 

この状況は、希望ヶ峰学園やこの支援元の人間たちに伝わっているのだろうか。2日過ぎても、何の騒ぎも見えやしない。

 

 

パンフレットを机に戻し、次はその隣に置かれていた冊子に手を伸ばす。茶色く日焼けした紙束には、『教育モデル研究報告書/特異性育成編』と書かれている。表紙の角が折れ、文字もやや薄れている。だが、中身は比較的新しい印刷の様だ。資料として保存されたものらしい。

 

目に飛び込んできたのは『超高校級制度』の文字。

 

 

『本制度は、かつての希望ヶ峰学園において導入され、個人の特異性を最大限に活かす教育指針として機能している。該当する生徒は、"超高校級"の称号を冠し、一般とは異なるコースによって育成された。』

 

 

内容は、既に自分たちが聞いてきた通りの話だった。だが、こうして改めて文章として読まされると、少しずつ実感が湧いてくる。

 

"超高校級"という肩書きに、どれだけの重さがあるのか。

その言葉に含まれているのは「期待」であり、「選別」である。

 

ただ、俺にとっては、少しの「孤独」とも言う。一般、普通との別れを意味している。それは、俺だけじゃない、他のみんなも同じかもしれないが。

 

 

パン、と軽く閉じて、頭を振る。

 

 

知っていた。制度として文字にされた瞬間、それは「自分とはかけ離れたもの」のように感じられた。わかっていたことだ。

 

 

 

資料棚に歩み寄る。小さな段には、「学内報」「年間予定」「教師紹介」などのファイルが並ぶ。

 

パラパラと目を通すも、有力な情報は見つからない。脱出の手がかりになるような、仕掛けのヒントのようなものは、どこにもない。

 

 

ここには、現実的な脱出経路は記されていない。けれど、どこかで繋がっているはずだ。

 

この学園が希望ヶ峰学園の姉妹校であり、まだ若い教育機関であること。そして、何者かの手によって、この空間は封じられている。資料の一枚一枚が、それをぼんやりと浮かび上がらせていた。

 

 

紗鳥「......焦る必要はないはず」

 

 

呟いて、もう一度パンフレットに視線を落とす。

 

 

『夢は、集まることで、やがて未来を照らす光となる』

 

 

パンフレットの結びに、そんな言葉が添えられていた。

 

おそらくは建前でしかない。だが今は、その建前すらも、頼るに足る。

 

 

「夢は集まる」_

 

 

今、ここにいる生徒たちも、あるいはその“夢”を託された一人一人なのかもしれない。ならば、自分がやるべきことは。

 

 

 

紗鳥「もう少しだけ...探してみるか」

 

 

 

まだ昼までには少し時間があった。焦りは禁物だ。手当たり次第で無理に意味を繋げるよりも、今は丁寧に、目の前にある情報を積み重ねるべきだ。

 

 

自分にできることから、少しずつ。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

背もたれに軽く寄りかかりながら、再び手元の資料に目を落としていた。集中しようとしているのに、ページの行間がぼやけて、なかなか頭に入ってこない。もともと本は漫画か教科書しか読まない人間ではあった故に、集中力が続かずにいた。

 

机の上には、整然と並べられた数冊のファイルと、傍らに置いた夢見ヶ浦学園のパンフレット。

 

そのすべてを一通り目を通したつもりでいたが――

 

 

静寂「読むのが遅いな」

 

 

不意に、乾いた声が落ちてきた。

 

静かに、しかし確かに耳に届くその声音に、思わず肩が跳ねる。振り返ると、そこには静寂が立っていた。無表情、もしくは呆れ顔を常とする、鋭い眼差しを持つ彼が、扉のそばからじっと見下ろしていた。

 

 

 

紗鳥「うわっ!?」

 

静寂「俺の読むペースなら、そのパンフレットはもう三周は終わっている」

 

紗鳥「いやぁ、まあ、俺あんまり速読とか得意じゃないから......」

 

 

返した自分の声が、妙に間延びして聞こえた。静寂は特に表情を変えず、そのままゆっくりと資料室の中へ足を踏み入れる。

 

 

紗鳥「静寂はまた調べ物か?」

 

 

静寂は頷きもせず、手近な棚から一冊のファイルを抜き取った。それを開きながら、口だけで続ける。

 

 

 

静寂「この部屋に、"わかりやすい答え"はない。」

 

紗鳥「...なんとなくそんな気はするよ。」

 

 

静寂の指が、書類のページを滑る音だけが室内に響く。無言が数十秒続いた。その沈黙を破ったのは、当然にも俺のほうだった。

 

 

紗鳥「君は何か知ってたりしないか?」

 

 

静寂の手が止まる。しばしの沈黙ののち、静寂はゆっくりと顔を上げた。

その視線が真っ直ぐに紗鳥を射抜く。

 

 

 

静寂「......過大評価だ。」

 

紗鳥「そんなことない。昨日、この資料の山からパンフレットだけ見て持ってくるなんてこと、俺にはできないから。もう結構ここの資料を読んだんだろ」

 

静寂「ふん、幸運のお前が言うとはな。」

 

 

静かで、皮肉な答え。しかし鋭い否定だった。

思わず言葉を失った俺に、静寂は背を向け、棚にファイルを戻しながら続ける。

 

 

静寂「...俺は、知らなきゃいけないことだけを調べてる。余計なものに触れると、足元を掬われるだけだ」

 

紗鳥「どういう意味だ...?」

 

 

静寂は答えない。いや、答えたくないのかもしれない。あるいは、未熟な俺がまだその言葉を受け取る段階ではないと、そう思っているのだろう。

 

彼は扉へ向かいかけて、ふと足を止めた。

 

 

 

静寂「......」

 

紗鳥「...?」

 

 

静寂「誰かを信じたいなら、信じてやれ。裏切られるのが怖いなら、それも背負え」

 

 

紗鳥「...それって、」

 

静寂「__俺は、誰も信じない。裏切られるのも、裏切るのも面倒だからな」

 

 

そう言って、静寂は再び歩き出した。背中を見送る胸に、どこかヒリつくようなものが残る。

 

彼の言葉は、突き放すようでいて、警告のようでもあり、あるいは――

 

 

紗鳥「...まさか、心配、してたのか?」

 

 

資料室の扉が、静かに閉じられる。

 

その余韻の中、ふぅっと息をついた。いまのやり取りを反芻しながら、再び資料に目を落とす。心なしか、資料の文字が少しだけ明るく見えた気がした。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

ページを閉じる。ぱたんと乾いた音が響いた。

それだけで、張りつめていた空気がふっと和らいだような気がした。

 

机の上に残るファイルとパンフレットを端に寄せて整え、椅子から腰を上げた。資料室の空気は静かで澄んでいたが、ずっといると、何かに縛られていくような重さがある。

 

本を閉じた今、時計の針が進む音の中だけが空間で響いている。その音の方向、時計を見るといつの間にか正午をほんの少し過ぎていた。

 

 

紗鳥「そろそろ、行くか...」

 

 

誰に聞かせるでもなく小さく呟くと、扉の方へと歩く。

静寂が出て行ったのと同じ扉。誰かと同じ道を歩いていることが、今は安心できる。

 

 

廊下へ出ると、空気が少しだけ柔らかい。資料室の密度が高すぎたのかもしれない。時間は昼前、そろそろ腕相撲大会が始まるはずだ。ラウンジへ向かう足取りは軽かった。

 

腕相撲大会なんてふざけたものでも、それはほんの一時、コロシアイという現実から目を逸らすための、ささやかな逃避行。けれど、その逃避こそが、彼らを繋ぐための大切なものだった。

 

 

すでに各所から人の気配が集まってきている。ドアの開閉音、足音、何気ないおしゃべりの声。みんな、それぞれの形で緊張を抱えながらも、今日はその不安を押しのけようとしていた。

 

ラウンジへと続く扉を開けると、資料室とは正反対の、賑やかで温かな光景が広がっていた。

 

大きな円卓がいくつか、壁際に寄せられている。その代わり、部屋の中央には一枚のテーブルが据えられ、その上には、手作り感溢れるトーナメント表が貼り付けられている。色鉛筆で塗られた線、マジックで書かれた名前、間違いを修正した跡。全てが温かみを帯びていて、見ているだけでどこか胸が和らいだ。

 

 

繋守「おーい、紗鳥くーん」

 

 

笑顔で手を振られ、思わずこちらも小さく手を挙げて返した。

 

 

繋守「紗鳥くんって観戦だっけ?」

 

紗鳥「いや、参加なはずだけど...」

 

繋守「じゃあ両利き?右?左?」

 

紗鳥「右だな。」

 

繋守「んおっけ。ほんじゃー、最初はー...」

 

 

そう言って、ペンを顎に当て何かを考えている。観戦は静寂と月無しか居ないと思っていたが、他にもいるのだろうか。

 

 

紗鳥「あの二人以外にも観戦居るのか?」

 

繋守「んー?いや、急に腕相撲大会やるよーって決めちゃったから、苦手な人は観戦していいよーって言ってる最中」

 

紗鳥「そういうことか」

 

 

遠くの信乃陀も何やら真剣な表情をしていた。マジックペンを片手に、手元のメモに書いてある名前を指でなぞりながら「えーっと、こことここが......」と呟いている。

 

その後ろから、禍賀がひょいと顔を出した。

 

 

禍賀「ちょい、しのの。一回戦ってうち誰と組むやつ?」

 

信乃陀「えっとですね、禍賀様は最初は遊城様とですね」

 

 

禍賀は「おぉ、ゆーゆーとねぇ。ああ見えて力持ちだったら怖いな~」と笑いながら腕を回している。その顔には、少しだけ嬉しそうな色も滲んでいた。

 

その隣で、幕吏が大仰に身振りを交えていた。

 

 

幕吏「ふふふ...栄光の舞台に選ばれるのは一人のみと申すか!よかろう、咲き誇る華の如く__我が力、余すところなく演じてみせようッ!」

 

 

「また始まった」とばかりに、数名が微笑を漏らす。けれど、誰もそれを否定はしない。彼がどんなに芝居がかっていても、それが幕吏らしさであり、彼なりの社交術であることを、もうみんなは理解し始めていた。

 

 

そしてその傍ら、また別の争いが始まっていた。

 

 

遊城「みんな怪我はしないようにねー」

 

比良坂「一番怪我しそうな奴に言われてもなぁ」

 

遊城「どういう意味よ。あんたみたいなガキの方がよっぽど怪我してんの見たことあるわよ」

 

比良坂「ハァ??」

 

 

壁際では、鳴佳がじっと表を見つめていた。

 

 

鳴佳「わたくし、初戦は薬袋さんとなのですね。ふふっ、光栄ですわ」

 

 

その手元では、指先がそわそわと揺れていた。 新体操で鍛えた身体への自信はあるはずだが、こうした"力比べ"の場には、まだ馴染みきれていないようだった。

 

 

禍賀「うわ、ほどちゃんとなりりん戦ったあとうちの流れじゃん!どっちが勝っても燃えるんだけど!」

 

 

禍賀の声が飛ぶと、鳴佳は少しだけ頬を染めながら、ほんのり微笑んだ。

 

 

鳴佳「恐らく、わたくしは穂堂さんには負けると思いますけど...」

 

 

一方、穂堂涼介はというと、絡転と共に観戦席の準備をしていた。丸椅子を円形に並べていく彼の動きは落ち着いていて、周囲をよく見ている。近づいた俺に気づくと、にこりと笑った。

 

 

穂堂「来てくれて良かった。紗鳥くんも、出番が近くなるまではこっちでゆっくりしててね」

 

絡転「ふむ、...鳩の子か、今日も鳩の子は翼を広げ張り切っているな。我は観戦だが、鳩たちのために風を送ろう」

 

紗鳥「、?あぁ、ありがとう」

 

 

二人の穏やかな声に、緊張がすっと和らいだ気がした。

 

四葩はすでに観戦側に腰掛けており、ぼんやりとステージ中央を見つめていた。声をかけようとすると、ふいにこちらに視線を向ける。

 

 

四葩「こういうの、嫌いじゃないよ。誰かが勝って、誰かが負けて。でも、誰も死なない」

 

紗鳥「あぁ、俺もこういうの好きだ」

 

四葩「そう、頑張ってね」

 

 

どこか無機質な声。けれどその奥には、確かな温度が感じられた。

 

そして、ラウンジの奥。壁にもたれるようにして、静寂が腕を組んでいた。彼は腕相撲大会に参加しないとあらかじめ聞いていたが、場所に姿を現しただけでも意外だった。冷たい視線で全体を眺めていたが、目が合うとほんの一瞬だけ、視線を逸らして廊下へと出ていった。

 

その後ろ姿を見送るように、月無廻がそっと呟いた。

 

 

月無「...騒がしいの嫌いなら来なければいいのに」

 

紗鳥「月無さんは嫌いじゃないのか?」

 

月無「嫌いだけど」

 

紗鳥「じゃあ月無さんも来なければよかったんじゃ...」

 

月無「うっさいわねあんた...、一人も一人で...この環境がきついこと知っただけ...。あの本好きはそんなことないでしょどうせ」

 

 

月無もまた、不参加組。けれど、他者を責めるでもなく、ただ静かに輪の遠く外に佇んでいた。時折、会話に耳を傾けている様子から、完全に拒絶しているわけではないことが分かる。一人が好きでも、この環境じゃ辛いのも当然かもしれない。

 

そんな様子を見ていた繋守が、中央に出てきて、両手を広げるように声を張った。

 

 

繋守「じゃあ、みんな準備いいかなー!勝っても負けても大丈夫、今日だけは、みんなで笑って終わるのを目的にねー」

 

穂堂「腕相撲の組み合わせはこの表にまとめてあるから、この柱に貼っておくね」

 

 

そんな中、四葩がふとこちらを見た。

 

 

四葩「紗鳥くん、楽しくやろうね」

 

紗鳥「ああ、分かってるよ」

 

 

そう答えると、少し嬉しそうに頷いた。

 

今、ラウンジには確かな一体感があった。まだ試合は始まっていない。けれど、それぞれの不安が、ほんの少しだけ和らぎ、笑顔を作れるだけの余裕が、この空間には確かにあった。

 

それは誰か一人の力じゃない。信乃陀の前向きさ、繋守の調整力、穂堂の安心感、幕吏の場の盛り上げ、禍賀や鳴佳の明るさ、すべてが混ざり合って、奇跡のように出来上がった平和な場所だった。

 

この瞬間だけは、コロシアイという現実から目を逸らしても、きっと許される。

 

この時間が、ずっと続けばいいとさえ思ってしまった。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

ラウンジの空気は高鳴っていた。トーナメント表が光を受け、色鉛筆の線が鮮やかに浮かび上がっている。俺は、その表を見つめ、これから始まる戦いに胸を躍らせていた。

 

 

繋守が中央に立ち、パンと手を鳴らす。

 

 

繋守「それじゃー!改めて——『第一回、仲良し腕相撲トーナメント』始めていきましょー!」

 

信乃陀「ルールは簡単です!片腕を台に乗せて、反対の手は背中!『いちについて、はじめ』の合図で押し合いスタート!勝った方が次のステージに進めます!」

 

絡転「...短く明快なるがゆえ、競技の妙が映える」

 

幕吏「君の言葉を借りるなら、さあ鳥たちよ、己の翼をぶつけ合え!とでも言おうかな」

 

 

観戦席では四葩が静かに手を叩き、月無は距離を保ったまま壁際に佇んでいた。枢木は片手で頬杖をつきながら、飲み物を飲んでいる。燐海はいつも通り、ニヤニヤしたような顔でこちらを見ていた。

 

 

信乃陀「では!最初の試合は禍賀様と遊城様です!」

 

 

テーブルにつく二人の少女。対照的な雰囲気がラウンジの空気を引き締めた。

 

 

禍賀「ゆーゆーって左?」

 

遊城「左利きだけど、あんた両利きなの?」

 

禍賀「いぇ〜す」

 

腕を組み合い、姿勢を整える。カウントを取るのは繋守。

 

 

繋守「いちについてー、はじめっ!」

 

 

開始の合図とともに、ぐっ、と力が交差する。

初動、遊城が押した。

 

だが__

 

 

禍賀「ん~......じゃあ、いくね?」

 

 

ぐい、と力が返される。禍賀の表情は余裕を保ったまま、力を込めて押し返し......遊城の手はテーブルに沈んだ。

 

 

繋守「勝者、禍賀ニコ!」

 

 

観戦席から拍手が上がる。遊城は悔しそうに舌を出しながらも笑っていた。

 

 

遊城「やっぱ才能負けしてないわねあんた...」

 

禍賀「才能負けしてたら来てないって〜、ゆーゆーも意外に強かったじゃん」

 

遊城「意外は余計」

 

 

 

次の名前が呼ばれる。

 

信乃陀「第二試合、幕吏様と比良坂様!」

 

 

演劇じみた挙動で立ち上がる幕吏。比良坂は眉をひそめた。

 

 

幕吏「いざ尋常に勝負!」

 

比良坂「うるさすぎ、さっさとやろ」

 

 

テーブルに手を乗せ、視線が交わる。

 

 

繋守「いちについてー、はじめ!」

 

 

互いの腕がぶつかり、筋肉の軋む音が聞こえるような緊張。

比良坂が序盤で優勢。しかし、幕吏は芝居がかりながらも筋力を隠していた。

 

幕吏「ははは...舞台の上でも、腕の力は欠かせぬゆえ!」

 

力をこめ、比良坂の手を逆に押し込む。

 

 

比良坂「いっっってぇ...まじかよ、お前見た目に反してゴリラじゃねーか!」

 

幕吏「おやおや、吾輩は人間なのだがな」

 

幕吏の勝利。

 

繋守「勝者、幕吏さんー!」

 

 

 

続いて呼ばれたのは、鳴佳と薬袋。

 

信乃陀「第三試合、鳴佳様と薬袋様です!」

 

鳴佳は少し緊張した面持ちで席から立つ。薬袋は深呼吸して、深々とお辞儀をした。

 

 

薬袋「て、手加減はしなくて大丈夫です。わたしも精一杯頑張ります!」

 

鳴佳「ええ。遠慮はしませんわ」

 

 

小さく頷き合い、試合開始。

 

繋守「いちについて、はじめ!」

 

静かな攻防。力任せではない、鍛えられた身体のしなやかさと集中力がぶつかる。だが、鳴佳が押し切った。

 

鳴佳「ふぅ...」

 

薬袋「すごい......強いですね、鳴佳さん」

 

勝者に拍手が送られ、次がラストの1回戦。

 

 

信乃陀「第四試合、理解と紗鳥様ですね!」

 

自らが進行を務めていた信乃陀が、緊張しつつもテーブルに立つ。

 

信乃陀「では...いざ、同志と真剣勝負!」

 

紗鳥「袖捲ってもいいんだぞ...?」

 

信乃陀「いいえ、むしろこれで全力を出せます!」

 

握り合ったであろう手がぶつかり合い、最後の1回戦が始まる。

腕力勝負では俺が若干分があるだろうが、粘る信乃陀を押し切って勝利。

 

繋守「勝者、紗鳥くーん!」

 

拍手と歓声が重なり、会場が温まっていく。

1回戦終了。テーブルの横には、新たな対戦表が貼り直されていた。

 

 

 

繋守「じゃあ次ー、2回戦いくよー」

 

信乃陀「はい!では2回戦最初は、幕吏様と禍賀様です!」

 

 

再び名前が呼ばれると、幕吏は胸を張って立ち上がった。

 

 

幕吏「ふふふ...また我が舞台に観客が集いし時か!」

 

禍賀「あんた喋るたびにセリフっぽいんだけど、地でそれだったりする?」

 

幕吏「これが地だとしたら、キミはどうするんだ?惚れるか?」

 

禍賀「んなわけないでしょ〜が、冗談言ってっと負けるよ〜」

 

 

二人はテーブルへ着く。二人の明快さは笑顔をもたらしてくれる、と改めて感じた。

 

繋守「いちについてー、はじめ!」

 

先に仕掛けたのは禍賀だった。幕吏と比べれば小さい身体、それに見合わぬ瞬発力で、幕吏の腕をじわじわと押していく。

 

幕吏「ぐ、ぬぬ...!」

 

演技か本気かわからない声を上げながらも、抵抗を見せる幕吏。だがその力をもってしても、禍賀の押しは止まらなかった。

 

バンッ。

 

手の甲が机に沈み、決着がつく。

 

 

繋守「勝者、禍賀ニコー!」

 

幕吏「__な、なんということだ。自分はいつか散る運命なのか......」

 

芝居がかった敗北の演技に、会場から拍手が送られる。幕吏は、役者らしく深々と一礼して席を下りた。

 

 

禍賀「や〜、いい勝負だったかも。次誰だっけ?」

 

繋守「えっとー......次は鳴佳ちゃんと紗鳥くん!」

 

 

 

席に着いた鳴佳は、軽く拳を握りながら俺に向き合う。

 

 

鳴佳「こういった競技、慣れませんけれど...わたくし、手加減はいたしませんわ」

 

紗鳥「ああ、俺も本気で行く。鳴佳こそ、怪我には気をつけてくれ」

 

繋守「いちについてー、はじめー!」

 

 

一瞬で、力が交差する。

 

鳴佳の腕からは、想像以上の力が伝わってくる。新体操で鍛えた筋力は、見た目以上だった。だが、こちらも簡単には負けるわけにはいかない。

 

が、徐々に、鳴佳の手が押し返してくる。芯の強さが腕を通じて伝わってくる。

 

 

紗鳥(......っ、やばい...っ)

 

バシン、と小気味よい音で紗鳥の手が沈み、勝負が決まる。

 

 

繋守「勝者、鳴佳さーん!」

 

紗鳥「...やっぱ強いな」

 

鳴佳「ふふっ、あなたも中々でしたわ」

 

 

準決勝の組み合わせが決まった。

禍賀 vs 鳴佳__まさかの女子対決だった。

 

 

 

観戦席では四葩がぽつりと呟いた。

 

 

四葩「どっちも、負けなければいいのにね」

 

月無「やだよ、それじゃ終わんないし...」

 

 

思わず笑ってしまった。確かに、騒がしいのが嫌いな月無は早く終わって欲しいんだろうな。

 

 

禍賀「いやー、これ勝てんのかな...、ね〜お嬢、手加減して〜」

 

鳴佳「ふふ、“お嬢”はあなたもですわ。それに、手加減したら失礼では?」

 

禍賀「あは、失礼とかうち気にしないけどね」

 

 

テーブルにつき、互いに笑みを交わす。

 

 

繋守「いちについてー、はじめっ!」

 

 

拮抗。

 

始まった瞬間から、どちらも譲らぬ一進一退の攻防。押せば押し返され、引けば引かれる。

 

 

禍賀「やっぱ体操系ってバランスすごい?」

 

鳴佳「ええ、それなりに。でも、これは力比べでしょう?」

 

禍賀「そ〜そ〜、だからそれだけじゃ__」

 

 

観戦者も息を飲む中、じり、じりと。

 

 

禍賀「勝てないんだよね!!」

 

 

ぐい、と押し込まれ、鳴佳の腕が机に沈んだ。

 

 

繋守「勝者、禍賀ニコー!!」

 

 

鳴佳は悔しそうにしながらも、すぐに笑顔を見せた。

 

 

鳴佳「......すごいですわ、禍賀さん」

 

禍賀「うち、ほんとに勝てると思ってなかったよ」

 

鳴佳「あら、ご謙遜を言うんですね」

 

禍賀「やっぱ似合わん?」

 

 

 

ラウンジの中央、勝ち残った者たちが戻り、次に控えるのは3位決定戦。

 

信乃陀「さあ、次は3位決定戦!鳴佳様、幕吏様!」

 

鳴佳「最後ですわね、幕吏さん。」

 

幕吏「ふふ、我が最終幕にふさわしい対戦者よ!真剣勝負、演者として心して受けようぞ。」

 

鳴佳「手は抜きませんことよ?」

 

 

繋守「いちについてー、はじめ!」

 

開始直後は拮抗。どちらも静かな表情を保ちながらも、内に込めた力は強く、その均衡は長く続いた。

 

だが、最後に押し切ったのは鳴佳だった。

 

 

繋守「勝者ー、鳴佳光希ー!これにて、3位けってーい!」

 

 

観戦席から拍手が湧き上がる。幕吏は悔しそうな笑みを浮かべながら、優雅に手を差し出した。

 

 

幕吏「敗北は、また次なる舞台への布石にすぎん。見事な勝利であった」

 

 

鳴佳はその手を握り返し、小さく頭を下げた。

 

 

鳴佳「ありがたく頂戴しますわ」

 

 

 

 

ラウンジが静まり返る。

 

信乃陀「……決勝戦、穂堂様と、禍賀様!」

 

穂堂「禍賀さん、ここまで勝ち残ってすごいね。」

 

禍賀「うちもビビってるよ正直ね。ま、シード枠さんより腕はあったまってるよ。」

 

 

二人は片手を背に、互いに笑って手を合わせた。

 

 

繋守「いちについてー、はじめっ!」

 

 

ぎゅう、と指が、腕が沈む。周囲の声はもう耳に入らない。

 

禍賀の押し、穂堂の受け。

 

穂堂の押し、禍賀の踏ん張り。

 

だが、数秒後。

 

――バシン。

 

机に沈んだのは禍賀の手だった。

 

 

繋守「優勝! 穂堂りょーすけー!」

 

 

一瞬の沈黙。そして、拍手と歓声が爆発した。

 

禍賀は穂堂の腕を掴んだまま、満足そうに笑った。

 

禍賀「...ほんっと馬鹿力」

 

穂堂「ううん、禍賀さんも本当にすごかったよ」

 

禍賀「あんたの謙遜はまじの嫌味一切無しってわかって気持ちいーわ」

 

 

 

 

信乃陀が表彰用の紙を持って戻ってきた。お手製のメダルや表彰状もどきが一枚ずつ配られる。

 

信乃陀「優勝、穂堂様!おめでとうございます!」

 

繋守「準優勝は禍賀ニコさん!第三位、鳴佳光希さん!そして、四位が幕吏蛍さんでしたー!」

 

幕吏「我、栄誉ある栄冠をその手にできずとも、観客の拍手こそが何よりの報酬...!」

 

 

拍手の中、各自に表彰状と、手作りのリボンが配られる。冗談のようなイベントでも、それはたしかな「思い出」として刻まれていた。

 

この数時間だけは、誰も死なず、誰も傷つかなかった。互いに笑い、ふざけ、競い合った。コロシアイという言葉は、今だけはこの空間には存在しない。

 

それぞれの戦いを終えて、誰もが少しだけ前を向けていた。

そして、それこそが、このレクリエーション最大の意味だったのかもしれない。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

ラウンジでの熱気は、少しずつ名残惜しさを残しながら散っていった。

 

笑い声、拍手、軽口――ほんのわずかな時間、確かにそこには“日常”があった。けれど、それも今はすでに過去形だ。手作りのトーナメント表も壁から外され、テーブルの上に残された水滴の輪だけが、先程までの賑わいを示している。

 

その光景を一人、少し離れた場所から見つめていた。

 

ラウンジを出て、廊下を静かに歩く。目的地はない。ただ、どこかでこの余韻を胸に仕舞い込みたかった。

 

廊下の窓際に差し込む偽物の月明かりが、床に淡く模様を描いていた。昼間の喧騒が嘘のように、学園は静まり返っている。

 

ふと、窓の外に目をやる。見慣れた中庭が、淡い光に照らされているだけの、閉じた世界。

 

 

紗鳥(...いつまで、こうしていられるんだろうな。)

 

 

誰に問いかけるでもなく、小さく独白が漏れた。

 

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン...

 

モノシープ『えー、校内放送です。夜10時になりましたね。ただいまより夜時間になり、間もなく食堂は立ち入り禁止となります。ではでは、疲れた体を癒して、コロシアイに励んでくださいねー。』

 

 

 

自室に戻り、扉を閉める。カチリという鍵の音が、今日は妙に重く響いた。ベッドに腰を下ろし、仰向けになる。目を閉じれば、今日の笑顔たちが浮かぶ。笑っていた誰もが、明日にはどうなるか分からない。

 

紗鳥(......今日の、あの時間が、偽物じゃありませんように。)

 

心の中でそう祈るように呟き、布団をかぶった。

 

部屋は静かだった。

 

その静けさが、少しだけ寂しく感じられた。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

___モノシープ劇場

 

 

「うーん、中々に楽しそうなことをしてますが、いつになったら"希望"同士のコロシアイが始まるんでしょうねー。」

 

「ま、紗鳥くんが言ったように、この場所に負けないようにってのは頑張ってるみたいですね。」

 

「でもそれって結局障害物のない、終わりのないガタガタな道を歩いてるだけに過ぎないよね。」

 

「もし、障害物が出てきたら。もし、もーっとガタガタな道になったら。終わりがないとちゃんとわかってくれたら、その時どうしちゃうんだろうね。」

 

「これからが楽しみだね。これぞまさしくワックワックのドッキドッキってやつだね!」

 

 

 

 

 

 

 

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キーン、コーン、カーン、コーン、

 

モノシープ『アーあー、オマエラ、おはようございます!朝の7時になりましたねー!起床時間です、今日も張り切っていきましょうね!』

 

 

紗鳥「......んぅ」

 

誰に聞かせるでもない声が漏れる。半分以上意識のないまま、布団の中で手探りにシーツを引き寄せる。けれど、起床のチャイムは容赦なく鳴り響いた。

 

耳障りなくらい明るい声。布団を顔まで引き上げたまま、しばらく動けなかった。

 

昨日の腕相撲大会の余韻が、身体の奥に未だ残っている。

 

重たいまぶたをこじ開けて、ゆっくりと上半身を起こす。寝癖のついた髪が頬に触れ、少しだけ冷たい。

 

紗鳥「...はぁ、」

 

静かに溜め息をひとつ。ここは夢じゃない、そう確かめるためのように、壁を見て、天井を見て、息を吸った。

 

少しずつ、頭の中が動き出す。でも今はそれより、まずは顔を洗おう。

昨日の笑顔も、勝ち負けも、全て寝癖と一緒に流して、今日という一日を迎えにいくために。

 

掛け布団をめくると、ひやりとした空気が肌に触れる。部屋の空気は朝らしい冷たさがあって、少しだけ身震いする。

 

ゆっくりと足を床に下ろす。

 

時計の針は、まだ7時を回ったばかり。部屋のドアの向こうでは、すでに誰かが動き始めた気配がする。

 

静かで、でも確かに動いている朝。誰かに会えば、きっと「おはよう」と交わすことになる。それだけのことが、なんだか少しだけ楽しみだった。

 

__腕相撲大会の昨日とは、少し違う空気の今日。

まだ何も起きていないこの平和を、少しだけ大切に感じながら、俺は洗面所へと歩き出し、身支度を済ませる。

 

 

紗鳥「さて...食堂行くか」

 

 

 

 

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朝食を終えてラウンジを出たあと、なんとなく寄った廊下で、穂堂が壁にもたれ掛けていた。手に持っているのは、ホットティーの紙カップ。穏やかな日差しのもとで、それを一口啜っている。

 

俺に気づくと、穂堂はやわらかな笑みを浮かべて、手を振ってくれた。

 

 

穂堂「やあ、紗鳥くん。おはよう。朝食、しっかり食べられた?」

 

紗鳥「まあね。...それって僕が訊く側じゃないか?」

 

穂堂「はは、確かにそうかも。今日は少し早起きしただけだよ」

 

 

そんなやりとりのあと、自然と隣にもたれかかる。中庭から流れる空気は落ち着いていて、まるでこの場所だけ時間の流れが少しゆっくりになっているようだった。

 

 

穂堂「最近、みんなとも少しずつ打ち解けてきた感じがするね」

 

 

穂堂が、空に目をやりながらぽつりと呟いた。俺も同意して、軽く頷く。

 

 

紗鳥「昨日の腕相撲大会も、悪くなかった。いや、むしろ...すごく良かったと思うよ。開催してくれてありがとう」

 

穂堂「どういたしまして。ああいうの、みんな必要としてた気がするからね。緊張とか不安の中で、ちょっとでも笑える時間があるって、本当に大切だと思う」

 

 

それを言ったときの彼の声は、どこか、重みがあった。

 

 

紗鳥「なあ、穂堂。前からちょっと気になってたんだけどさ。ボディーガードって、どうしてなろうと思ったの?」

 

 

俺が尋ねると、彼は少しだけ驚いたように目を見開いて、それから、照れくさそうに笑った。

 

 

穂堂「......意外だったかな?」

 

紗鳥「全然...いや、まあ、少しかな。俺からしたら、すごい優しすぎるっていうか...」

 

穂堂は短く息をついて、両手を組むようにして言葉を探した。

 

 

穂堂「僕、おばあちゃん子なんだ。両親は共働きで家にいない時間が多くて...その分、おばあちゃんと過ごす時間が多かったんだよ。」

 

 

懐かしむように、穂堂はゆっくりと語る。

 

 

穂堂「おばあちゃんはすごく優しい人でさ。どんなことも僕の味方になってくれて、怒った顔なんてほとんど見たことなかった。けど...一度だけ、本当に怖い顔をしたことがあって。」

 

紗鳥「......何があったんだ?」

 

穂堂「小学生のころ、学校で友達がいじめられてて。すごく腹が立って相手に殴りかかったんだ。...で、その日のうちに先生から連絡がいって、おばあちゃんが迎えにきてくれて......」

 

 

ふ、と目を伏せる。

 

 

穂堂「帰り道でね、『優しさっていうのは、ただ人に優しくすることじゃないよ』って言われたんだ。『相手を殴って止めるより、その子が殴られないように前に立つ方が、ずっと勇気がいるんだ』ってね」

 

 

その言葉が、今の穂堂を作ったんだな、と自然と分かった。

 

 

穂堂「だから、傷つける側でもなく、守る側に立ちたかった。大切な人が傷つくくらいなら、自分が傷ついた方がいい。そう思ったんだ」

 

紗鳥「ボディーガードって、危険な職業だろ?」

 

穂堂「うん。でも、怖くはないよ。もし何かあって、誰かを守りきれなかったとしたら...それこそ、怖いと思う」

 

 

きっぱりとした言葉に、彼の芯の強さがにじみ出ていた。

 

 

穂堂「それに......」

 

 

穂堂は、少し口ごもって、それからふわりと微笑んだ。

 

 

穂堂「おばあちゃん、病気で倒れる直前に言ってくれたんだ。『涼介は優しい子だから、人の痛みが分かる。その優しさを、間違えないように』って」

 

 

言葉が静かに胸に沁みた。

 

 

穂堂「だから、今も頑張って戦ってるおばあちゃんの為にも、誰かを守りたい。僕はその為にここにいるんだと思う」

 

 

そのとき、俺はふと、これまでの穂堂の行動を思い返した。誰かが喧嘩しそうになると間に入ってくれるし、誰かが落ち込んでいると声をかけていた。すごく気を張っている。みんなのために。

 

 

紗鳥「...ありがとう、穂堂。そういうの、聞けてよかった」

 

 

俺がそう言うと、穂堂は一瞬驚いたような顔をして、それから目を細めた。

 

 

穂堂「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。君には、もっと知ってほしいと思ってたから」

 

 

沈黙が、穏やかに続く。人工的な日差しが葉の隙間を通って俺達を照らす。

 

 

穂堂「紗鳥くんはさ、誰かを守りたいって思ったことある?」

 

 

ふと、穂堂がそう尋ねた。

 

 

紗鳥「うーん、わかんないな。でも、守ってもらったことはあるよ。だから、あのとき感じた安心感だけは、覚えてる」

 

穂堂「うん。大切なのは、その感覚だよ。それがあれば、いつか、誰かの盾になれると思う」

 

 

彼の笑顔は、まるで太陽みたいだった。

 

 

穂堂「君のことも、守るよ。誰も、絶対に死なせたりなんてしない」

 

 

その言葉が、重くて、でもあたたかくて。俺は小さく頷いた。

そして穂堂は、立ち上がって軽く伸びをした。

 

 

穂堂「そろそろ戻ろうか。また何か、話したくなったら声かけて。僕はいつでも暇だからさ」

 

 

そう言って差し出された手を、思わず取っていた。力強くて、でも優しい手だった。

 

 

 

 

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昼食を終えて、食堂の席を立とうとしたとき。斜め後ろの椅子ががたんと音を立てて、ピンク髪と水色のメッシュの青年がそちらから現れた。

 

 

比良坂「...おい、紗鳥」

 

紗鳥「ん、どうかしたか?」

 

比良坂「......暇なら、ちょっと来いよ。食いすぎて動きてーだけだ、勘違いすんなよ」

 

 

少しだけ視線をそらして、歩き出す。こちらが何か言う前に先に立っていくあたり、照れ隠しだと言っているようなものだと、ちょっと笑ってしまった。

 

 

 

廊下を抜け、中庭まで出ると、比良坂はひとつ大きく伸びをした。

昼下がりの空は少し眩しく、彼の髪が淡く光を弾く。

 

 

比良坂「......ここ、木漏れ日が気持ちいいし、ちょっと暖房の風が通るから好きなんだよな。」

 

紗鳥「へぇ、意外とロマンチックなんだな」

 

比良坂「誰がロマンチックだバカ、ただの物理現象だろーが」

 

 

軽口を交わしつつ、ベンチに並んで腰掛ける。

すぐ喧嘩腰になるくせに、こうして並んで話すのを嫌がらないあたりが、彼の憎めないところだ。

 

 

少しだけ沈黙があって、それを破るように、聞いてみた。

 

 

紗鳥「そういえばさ、比良坂くん」

 

比良坂「んだよ...」

 

紗鳥「なんでマーケターになったんだ?」

 

 

その瞬間、比良坂の眉がぴくりと動いた。

 

 

比良坂「はぁ? なんだよ急に。興味本位か?」

 

紗鳥「まぁ、興味はあるよ。“超高校級のマーケター”って、響きは格好いいけど、正直よく分かってないんだ」

 

比良坂「別に格好つけてるわけじゃねーけどな。よくわかんねーのは、まあ...否定はしねーよ」

 

 

比良坂は腕を組み、わざとらしく空を見上げる。

しばらく黙ったあと、ぽつりと続けた。

 

 

比良坂「...オレの親、広告代理店で働いててさ。家に帰っても仕事の話ばっかで、正直うざかった」

 

紗鳥「へぇ、意外と親の影響?」

 

比良坂「逆。真逆。なんつーか、“ああはなりたくねぇ”って思ってた」

 

 

ちょっと意外な答えだった。

そのくせ、なんで自分も同じ道を選んだんだろうか。

 

 

紗鳥「でも、同じ業界を選んだのは?」

 

比良坂「そうしねーと、勝てねぇから。ま、あとはSNSとかで注目浴びんのは前から得意だったからってだけ」

 

 

視線を落とす比良坂の横顔は、どこか大人びて見えた。目の奥に灯るものは、ひねくれた言葉よりずっと真っ直ぐだった。

 

 

比良坂「世の中、言ったもん勝ち、やったもん勝ちって思ってるやつばっかじゃん。オレはそいつらの上から、全部ひっくり返したかっただけ」

 

紗鳥「それが、マーケター?」

 

比良坂「言葉で操る側になったら、一番手っ取り早いだろ。嘘でも本音でも、仕組んだ方が勝つんだよ」

 

 

なるほど、と納得しそうになる。けれどその声色には、どこか“誰かを信用してない”ような棘が含まれていた。

 

 

紗鳥「なんか、そう思ってる割には、結構みんなと話してるよね。」

 

比良坂「......そりゃ、今は“ここ”だからだろ。外じゃ誰も信用してねーし、信用されなくても平気だった。でもここじゃ、それだけじゃ生き残れねーって分かるしな」

 

紗鳥「ふーん......素直じゃないね」

 

比良坂「うっせぇ」

 

 

ほんの少しの間。

風の音が吹き抜けると、彼はふいに肩をすくめて立ち上がった。

 

 

比良坂「......ま、ありがとな。暇潰しにはなった」

 

紗鳥「俺も聞けてよかったよ」

 

比良坂「次は……飯賭けて勝負とかでもしようぜ、ゲームでもなんでも。オレ、負けねーからな」

 

紗鳥「いいね。楽しみにしとく」

 

 

去っていく背中に、どこか軽くなった気配があった。

比良坂湊__やっぱり少し素直じゃないけど、心の奥には本音がある。

 

今はそれが、ほんの少し見えた気がした。

 

 

 

 

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モノシープ「うぷぷ、もうすぐボクの出番かもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

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