DR_inflection   作:柚柚

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1章 (非)日常編 下

モノシープ『アーあー、オマエラ、おはようございます!朝の7時になりましたねー!起床時間ですよ。今日はより良い絶望日和になると願ってー今日も張り切っていきましょう!』

 

 

 

寝ぼけた脳に無遠慮な電子音が突き刺さる。ベッドの上で目を擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。

 

 

紗鳥(......もう、何日目だっけ)

 

 

殺し合いはまだ始まっていない。それなのに、徐々に精神を削られている気がするのは、無視しておくには無理があった。

 

昨日は何事もなかった。ただ誰も死なず、誰も傷つかず、静かに一日が終わった。それが救いだった。少し前にあったレクリエーションも、今ではもう遠い日のように感じさえする。

 

 

制服に着替え、廊下に出る。誰かの足音、ドアの開閉音__徐々に、学園が目を覚ましていく。

 

 

食堂の扉を開けると、数人が既に朝食をとっていて、みんなが「いつも通り」の動作を繰り返していた。

 

 

静寂詩織は席で文庫本を開いていた。片手で紅茶を啜りながら、ページをめくる指先は淀みなく、周囲の喧騒を意に介することもない。言葉も視線もなく、彼の世界は読書の中に完結していた。

 

月無廻は一番奥の隅の席に座り、誰とも目を合わせず食事をとっていた。トレーに並べられた朝食を几帳面に少しずつ食べており、時折ピクリと肩をすくめるような仕草で周囲の音を遮断する。人の気配には敏感なままだ。

 

絡転朱蘭は湯気の立つお茶のカップを両手で包み、目を閉じたまま静かに座っていた。まるで瞑想しているかのように言葉も動作もなく、だがその空気には妙な集中力が漂っている。彼女の存在だけが、食堂の空間に静謐さを添えていた。

 

枢木一色はパンを片手に持ちながら、何かをノートに殴り書きしていた。時おり頷いたり首を傾げたり、独り言のように小さく呟く姿からは、朝食より思索が主目的であることが伺える。

 

燐海零時はカップをくるくる回しながら、周囲の様子を観察するように視線を巡らせていた。パンをひとかじりしては軽口を挟みそうになるが、今日は少し控えめな様子で、場の空気を見極めているようだった。

 

薬袋眠子はトレーの上の食器を慎重に扱いながら、パンを小さく割いて小動物のように口元に運んでいた。目の前の食事に集中しているようでいて、周囲を気にするように目を伏せる。静かだが、まったく塞ぎ込んでいるわけでもない。

 

比良坂湊はスープを口にしながら、どこか遠くを見るような目をしていた。周囲の会話には無関心なようで、耳はしっかりと情報を拾っている。話しかけられれば、皮肉の一つでも返す用意はあるのだろう。

 

鳴佳光希はパンを小さく千切りながら、丁寧に口に運んでいた。フォークとナイフの扱いも淑女そのもので、けれどその瞳は忙しなくあちこちを観察している。初めての共同生活に、まだ慣れようと努力している姿がそこにあった。

 

幕吏蛍は表情をつくる練習をしているのか、パンを口に含んだまま鏡の代わりになるスプーンを覗き込んでいた。何かの役に入っているらしく、たまに眉や目元が劇的に動くが、誰に見せるわけでもなく黙々と食事を進めている。

 

禍賀ニコはトレーに持ってきたものを広げながら、「これ味薄くない?ま、でも朝だしな~。」などと独り言まじりにつまんでいた。近くの誰かにちょっかいをかけようと機をうかがっているようにも見える。

 

遊城遊は姿勢よく席に座り、淡々と食事を進めていた。牛乳を飲む手つきも動作も整っている。ただ、近くの声にふと眉を寄せることがあり、機嫌の浮き沈みを感じさせないわけではなかった。

 

信乃陀理解はすでに食事を終えていたらしく、椅子から立ち上がって近くの仲間に元気に挨拶して回っていた。その明るさは、朝の空気を一段明るくしてくれるような存在感を放っていた。

 

穂堂涼介はスープをゆっくり口に運びながら、隣に座る誰かの話に穏やかに頷いていた。その姿勢は変わらず落ち着いていて、まるで場の空気の支え柱のようだった。

 

繋守未白は椅子から椅子へと移動しながら、みんなに声をかけていた。「今日も起きれてえらい!がんばろーね!」といった明るい声が、朝の緊張感を少しだけ和らげていく。小さな気配りが、空気に柔らかさを足していく。

 

四葩彩芽の姿は、まだ見当たらなかった。いつものことといえばいつものこと。今日もまた、寝坊か、あるいはどこかで夢の続きを見ているのかもしれない。

 

 

食堂にはしばらくのあいだ、一定のリズムを刻む食器の音と、歓談の声、咀嚼の気配だけが続いた。

 

昨日と同じ、平穏な朝。けれど、それが永遠に続くものでないことは、誰もが内心で理解していたのかもしれない。

 

そして、その静けさを破るように、壁に掛けてあるモニターからノイズ混じりの電子音が鳴り響く。

 

 

モノシープ『アーあー、おはようございます。オマエラ、朝食はおいしく食べられましたかね?』

 

 

食事の手を止めた者もいれば、頬張りながら顔を上げる者もいた。その声はいつも通り明るく、軽く、無邪気。だが、あまりにも空気を読まないそのテンションが、逆にざらつきを呼び起こす。

 

 

モノシープ『うーん、もぬけの殻かってくらい返事してくれないですね。学園長ショックです...ごっほん、とりあえず、学園長からの大事なお話があるので、食事が終わったらラウンジに集まってくださいねー。来ない人は来ない人で特別処置を取ることをお忘れなく』

 

 

スピーカーが途切れると同時に、食堂に沈黙が戻る。けれど、さっきまでの静けさとは違った。

全員が、心のどこかで疑問を抱いていた。

 

「何の話だ」と。

 

言葉にする人は居なかった。

だが、その分スープの湯気だけが立ちのぼるだけの食卓に、不穏な空気がジワリと染み始めていた。

 

 

(あいつ、今度は何を言うつもりだ...?)

 

 

"モノシープからの話"__それがどれほど無邪気な言葉で包まれていようと、そこに込められた意図は分からない。ただ、俺たちの平穏を壊そうとしていることだけは、なぜか確信めいて感じ取れた。

 

すると、1人が沈黙を破った。

 

 

薬袋「や、やっぱり...行ったほうがいい、のかな」

 

繋守「まー...行かない人は特別処置って言ってたね」

 

比良坂「だってよ、月無」

 

 

比良坂が月無を見やる。月無は苦虫を噛み潰したような顔をして、比良坂を睨み返す。

 

 

月無「...わかってるわよ、特別処置が何か知らないけど......」

 

絡転「そこの有形もだぞ、三毛猫の」

 

静寂「ふん、俺は先に行く」

 

 

三毛猫、もとい静寂は紅茶のカップを下げ、扉から消えていく。

 

 

禍賀「は~~、まじであのクソ羊の言うこと聞きゃならんのね~」

 

信乃陀「学園長は言葉の暴力は平気なんでしょうかね?」

 

 

そう言いながら、禍賀を含む数人はトレーを片付けに立ち上がる。その背中には警戒が滲んでいるような気がした。

 

入れ違うように、1人の人影が食堂に入ってくる。その影は先ほどまで不在だった四葩のものだった。

 

 

四葩「あれ」

 

穂堂「あ、四葩さんは放送は聞いた?」

 

四葩「あぁ、そういえば。今から行く」

 

紗鳥「朝ごはんは?」

 

四葩「後でいいや」

 

 

じゃあいこうか、と食器を下げ、廊下に出ると、ラウンジへ向かう足音が重なる。

 

食堂にあった暖かな温度は、いつの間にか消えていた。モノシープからの話は、まるで空調を一気に下げたように、空気から熱を奪っていった。

 

(別に、ただの連絡かもしれない)

 

そんな風に、いい方向に考えてみようとしても、どうしても鎖に縛られたように、一つの考え、モノシープの言葉が思考の邪魔をしてくる。

 

 

 

モノシープ「ボクはボクで、"とっておき"を用意しておくから。オマエラの絆が、どれだけ本物か、いつか試す日が来るかもね?君は皆が屈服しないように頑張ってね!」

 

 

 

その日が来ないことを祈っていた。絆を試すようなことが起きないことを。

今でも、祈っている。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

ラウンジには、結局、全員が揃っていた。

 

前回のレクリエーションの賑やかさの姿は無い。ただ、いつも自由に座っていたソファや椅子も、今は座れるような空気感ではなかった。片隅に置いてある、明るさを知らないテレビも、誰かを待っているかのような雰囲気を纏っている。

 

誰も喋らない。

 

時計の針が進む音だけが響く。

 

 

モノシープ「全員集合してますね!さすが希望の卵たちですねー」

 

 

モノシープは既に、いつの間にかテーブルの上に立っていた。

あの入学式以降、久しぶりに見たあのぬいぐるみのようなシルエットが、全員の視線を受けながら、ぱちぱちと手、というより爪を鳴らしていた。

 

 

モノシープ「じゃあ早速だけど、今日はちょっとだけ、"頑張ってもらうためのきっかけ"を用意したんだよね。」

 

枢木「頑張ってもらうための、きっかけ...」

 

モノシープ「うんうん、この学園、結構快適だよねー。食料も十分あるし、1人一つ部屋があるしベッドはふかふか。レクリエーションも楽しそうだったよね!」

 

 

誰かが小さく息を呑んだ気配がした。

 

まるで見えない網が空間に張られたような感覚。誰も動かず、誰も口を開かないまま、ただモノシープからの言葉を待っている。モノシープの言葉だけが空気に刺さっている。

 

 

モノシープ「でもやっぱ。忘れちゃいけないよね。ここが、"コロシアイ"をしなきゃいけない場だってこと」

 

 

その言葉は重く、静かに落ちていた。

 

水を打ったような沈黙。誰かの喉が鳴った音さえやけに響く。

 

 

(...やっぱり)

 

 

そうつぶやきそうになって、唇を結んだ。

"やっぱり"と思うこと自体が、既に慣れ始めている証拠のようで、ぞっとした。

 

 

モノシープ「ボクとしては、誰かが行動してくれるまでのーんびり待ってもいいんだけど......うーん、それじゃあ、学園長として立つ瀬がないんだよねー。だから今回は、ちょっとだけ"起爆剤"?"着火剤"ですかね?用意しました!詳細はこの後、オマエラのモノパッドに送るから、そっちをよく見てね」

 

 

見た目はマスコットキャラクター。声も、明るい。

けれど、発している内容は明確な"仕掛け"。それに気づいていても、誰もなにも言えなかった。

 

 

モノシープ「それじゃ、ボクからは以上です。よいコロシアイ学園生活をー!」

 

 

その場に残ったのは、ざわつきそうでざわつかない空気。誰もが、スマートフォンのような自分の端末を見ようとしながら、まだ操作に踏み切れずにいた。

 

(...見たくない。でも、見ないわけにもいかない)

 

案外、こんな状況でも手が震えるほどではなかった。ただ、胸の奥が妙に冷たく、そして指先の動きだけが重かった。

 

そして、その画面に表示された文字を見て_わずかに息を殺した。

 

始まったのだ。

この学園の、最初の"引き金"が。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

全員で食堂に戻る。今、個人行動は得策ではなくなったからだ。

冷たい空気は、ただ静かに横切った。だが、沈黙は長くは続かなかった。

 

 

信乃陀「皆様、これは...どうしましょう......」

 

 

最初に口を開いたのは信乃陀だった。普段よりも声は硬く、無邪気さがいつもより息を潜めている。

 

信乃陀が言った"これ"。それはモノパッドに映ったもの。

 

 

『あなたの"動機".mp4』

『モノシープ学園長からのお言葉!』

『「外がどうなってるか気になるよね?視聴覚室で見るといいよ!」』

 

 

信乃陀の言葉に、みんなの視線は交差していた。

 

 

遊城「見ない方がいいに決まってる」

 

低く短く告げたのは遊城だった。淡々とした口調だったが、いつもとは違う慎重な響きがある。

 

 

枢木「恐らく、見たら精神的に揺さぶられる。無視しておくべきだと思うけど」

 

比良坂「でも...」

 

 

反論したのは、比良坂だった。

 

比良坂「...外の情報が映ってる可能性があるんだろ?見れば、なんか脱出のヒントになるかもしれないじゃんか」

 

 

燐海「そう簡単に行くと思う?どーせ......いや、当たッちャッたらネタバレになるかな。ただ、希望なンかじゃないよ。こりャ明らか罠でしョ」

 

ピシャリと切り捨てたのは燐海。

 

 

禍賀「でも見なきゃわかんないでしょ。情報が得られるかもってだけで見る価値はあると思う。うちは見たい派かな~」

 

禍賀は椅子の背にもたれながら言った。

 

 

鳴佳「その情報が嘘だったらどうするんですの?」

 

怪訝な顔をした鳴佳がそっと呟く。

 

鳴佳「モノシープが見せるものが、本物だって保証はありませんし...それを信じて、わたくしたちが"何か"をすることが目的だとしたら......」

 

 

薬袋「うぅ...」

薬袋は身を縮めながら、みんなの会話に耳を傾けているだけだった。それでも、かすかに頷くような仕草から、見たくない気持ちが滲んでいた。

 

繋守「眠子ちゃんは見たくないの?ボクは見たいなって思ったけど」

 

薬袋「う、うん...わたしはあんまり...」

 

繋守は薬袋の意志を言葉にさせた。薬袋の背をさすりながら、口を噤んだ。

 

 

絡転「見るも見ないも自由だろう。ただ、同時に見る必要がないだけだ」

 

絡転はお茶を啜りながら静かに言った。

 

絡転「怖いと言う有形は、見なければいい。どうせ、見たところで心が壊れるだけだ」

 

 

穂堂「僕は...」

 

穂堂はテーブルに手を添えたまま、低く言葉を紡ぐ。

 

穂堂「僕は正直、見たくない。でも、外がどうなっているのか、見なきゃいけないとも思う。もし、何かがあったらって思ったら...」

 

その声には、迷いと優しさが混ざっていた。

 

 

紗鳥「俺は、全員で見たほうがいい気がする」

 

枢木「まぁ、個別で見るよりかは、全員で見て、共有できるものを共有した方がいいかもね」

 

静寂「個別の場合、見た人だけが情報を持つことになる。そして動機を見たやつが見てないと嘘をつくかもしれない。それを防ぐ為にも、全員で、同じタイミングで見るべきだ。」

 

 

沈黙が降りる。

 

静寂から放たれた「誰かが嘘をつくかもしれない」という言葉で、"コロシアイのきっかけ"という事実を改めて強調された。

 

 

四葩「全員で、ね」

呟くように言う。

 

四葩「見たら、"知らない"には戻れないよ」

 

 

幕吏「まあ、どうせ逃げられないし...」

 

幕吏は首をすくめた。

 

幕吏「赤信号はみんなで渡れば怖くないって言うよね。僕はそういうのドラマチックでいいと思う」

 

 

また違う雰囲気の幕吏が姿を現していた。

 

月無は、この間ずっと俯いたまま、沈黙を守っていた。

 

 

 

結論は出ない。

だが、空気はすでに「全員で見る」方向へ傾いていた。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

視聴覚室の照明が落ち、部屋全体が暗がりに沈む。

 

パソコンの前に座ると、同時に、手元のモノパッドにポップアップが表示された。

 

 

「再生しますか? : あなたの"動機"」

 [再生する]

 

 

"動機"という言葉に、今更違和感はなかった。

むしろ、ここまで来てようやく、それらしきものが姿を見せてきたことに、ほっとしていた。

それがどれほど不健全な安堵か、すぐに気づく。

 

指先で、[再生する]をタップする。

 

パソコンの画面が真っ暗になり、次の瞬間。

 

 

【紗鳥健人へ】

__という、名前付きのタイトルと共に、動画が再生されていった。

 

 

内容は、あまりにもパーソナルだった。

外の世界の、大切な人。

 

家族、友達。

映像は俺の今までの日常を映し出していて。

 

そして、やがて不穏に変わっていく。

 

 

馴染みある家の中。

ドアを叩く音。

ドアを開く音。

母の叫び声。

画面がザザザッとノイズを走らせ、赤い何かが見えた途端、そこで動画は終わった。

 

他の人たちも同じような映像を見ているのか、悲痛な声が聞こえた気がした。でも、俺も、俺の口からどんな声が出ていたのか、まるで記憶にない。

 

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

パンパカパーン♪という妙に明るい効果音と共に、画面に現れたのはモノシープだった。

教壇風のセットに立ち、教鞭を振るいながら、無邪気な笑顔で語り始める。

 

 

モノシープ「さてさてさて、動画はどうだったかな?懐かしい顔がいっぱいだったでしょうねきっと」

 

 

返事などできない。

映像の中のモノシープは、俺を置いて、勝手に進める。

 

 

モノシープ「でも、気になりませんでした?どうしてオマエのお母さんはあんな状況になっていたのか」

 

画面が一瞬ブラックアウトし、そこに文字が現れる。

 

 

 ≪この空間には、裏切り者がいます≫ 

 

 

モノシープ「今回なんと、その裏切り者をコロせた場合、クロ以外も全員まとめて脱出OKなボーナスタイムも設けたよ!」

 

 

声のトーンはあくまで陽気で、まるでゲームショウの司会者のようだった。その明るさが、画面を見つめる生徒たちの表情に対して、酷くちぐはぐで残酷だった。

 

 

モノシープ「制限時間はもちろんありますよ。このチャンスを逃す手はないよね?さぁー裏切り者を見つけて、さっさと行動しちゃいましょう!」

 

 

 

映像がフェードアウトし、画面が再び待機画面に戻る。

視聴覚室に残ったのは、声が出せないような重圧だった。

 

誰も声を発さず、誰も動く様子もない。

椅子が軋む音。深く短く息を吐く、吸う音。泣き声を噛み殺す音。

 

穂堂涼介が、そっと眉を寄せて口を開いた。

 

 

穂堂「...このまま黙ってても、気が滅入るだけだ」

 

椅子に座ったまま、机に両手を乗せる。

 

穂堂「誰か、話せることがあるなら...少しだけでも、話そう。ここにいる全員が、何を見たのかはわからない。でも......」

 

言葉を選ぶように間を置いてから、静かに続けた。

 

穂堂「何か、ひとつでも共有できたら、それだけで、少しは怖くなくなるかもしれない。」

 

 

ぽつ、と。

 

その言葉が水面に石を落としたように、他の人々の視線が揺れる。

 

皆、何かを言いたそうにしながら、言葉にできずにいる。

 

 

 

静寂「この動画で起きたことが本当とは限らない」

 

淡々とした口調ではあったが、視線はモニターから逸らされたまま、どこか遠くを見ているようだった。

 

静寂「映像なんて、どうにでも作れる。脅しの道具に過ぎないかもしれない」

 

 

誰もすぐに反論はしなかった。確かに、と、心の中で思った者も多かったのだろう。

 

だがそれでも、あの映像の中にいた大切な人を、単なる演出だと割り切るには難しく、あまりにも現実味がありすぎた。

 

 

繋守「うん...うん、そうかもしれないけど......かもしれないじゃ、済ませられない人も、いるんじゃないかなって。」

 

静寂の言葉を受け取るように、繋守が顔を上げた。その言葉には、自身の動機に対する重みも感じられる。

 

繋守「ボクは...見たよ。お兄ちゃんが、大変なことになってるみたいな場面。ノイズが入ってて確信は持てなかった。でも見ちゃった以上、考えちゃうよね。『本当に、今、無事なのかなー』って...」

 

誰も、彼女の言葉を否定しなかった。むしろ、その場の多くが似たような映像を目にしていたのだと、空気が語っていた。

 

 

鳴佳「...でも、嘘でも、外のことを知れたという点では、わたくしは見て良かったと思います。」

 

今度は涙ぐむ鳴佳が、小さな声で返した。

 

鳴佳「わたくし、ずっと、家族のことが気になってて......それが、ほんの少しでも見えたなら、それだけで...、っでも..,」

 

言い淀む唇を、そっと閉じた。

 

 

誰かを責める言葉ではなく、自身の弱さに対する正直な吐露。

 

その声が視聴覚室に溶けていくと、ようやく他の面々も、ぽつぽつと口を開き始める。それがポジティブな言葉ならどれだけいいか。

 

 

絡転「裏切り者、とな。」

 

 

絡転は椅子に腰かけたまま、目は冷静に研ぎ澄まされている。

 

 

絡転「そもそも、裏切りの定義とは何だ。」

 

燐海「うーン、モノシープと裏で繋がッてる、とか。」

 

薬袋「じゃあ、わたしたちが起きた時から、裏切り者は嘘をついてたんですか...?」

 

 

あまりにも曖昧だった。ただ、燐海の言った言葉の通りだろう、と思いながら、辻褄合わせ、裏切り者探しを心の中でし始めていた。

 

 

月無「...、その"裏切り者"を殺せたら...全員脱出、ってのも、本当なの?」

 

月無が、壁際からおずおずと言った。

 

月無「あの映像が本物か偽物かって話だったでしょ?、じゃあ裏切り者の部分だって信じたほうがバカじゃん...」

 

それは至って当たり前のことで、なにが本当か、なにが嘘か、信じられるものは何もなかった。

 

 

禍賀「うちから見て、あの叫び声は本物っぽかったけど、画角のせいで肝心の"何が起きたのか"がわからなかった。ただ、...いや、いいや。うちからは本当かもってだけの話ね」

 

禍賀にしてはらしからぬ歯切れの悪さで。恐らく、赤い何かの正体を深く知っているのは、禍賀なのだろうと、直観がそう言った。それが何か、俺も頭の中にずっと染み込んで抜け落ちないシミのように赤い水溜りがあった。

 

 

信乃陀「あの、皆様。一度、ラウンジに戻りませんか?」

 

信乃陀が、不意にそう言った。

 

その声はどこか幼さを感じさせる響きだったが、空気を一変させる力を持っていた。

 

信乃陀「ここにいても、皆様は疲れてしまいます。考えたいことがあるのなら、場所だけでも変えた方がいいと。...それに、皆様とちゃんと顔を見て話したいと思うので」

 

その言葉に、ようやく誰かが小さく頷いた。

 

 

やがて一人、また一人と席を立ち、静かに視聴覚室をあとにする。

 

帰り際、誰かが口にした言葉が、妙に耳に残った。

 

 

比良坂「...まだ、何も始まってねぇのに」

 

 

そう言ったのは比良坂だった。

 

皮肉めいた口調ではなく、どこか本気で、まっすぐな声音だった。

 

 

紗鳥「始めさせないって、そう思ってるなら...それを言葉にしても、悪くないんじゃないか?」

 

 

比良坂は舌打ちをして、視聴覚室から姿を消した。

 

せめて言葉だけは、誰にも殺させたくない。そう思ってるのは、比良坂もなのだろうか。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

ラウンジに流れる沈黙は、先ほどの視聴覚室内の空気よりも少しだけ穏やかだった。

だが、それでも底の見えない不安と焦燥は、誰の胸にもこびりついている。

 

テーブルの端に肘をつきながら、月無が静かに言った。

 

 

月無「...何が本当で、何が嘘なのか。もうあたし、よく分かんないや......」

 

 

言葉は小さかったが、その響きには疲れと混乱が滲んでいた。

 

遊城が壁に寄りかかりながら、腕を組む。

 

 

遊城「"裏切り者がいる"っていう前提を信じるかどうかがまず問題ね。正直...この状況で"絶対いない"なんて、言いきれないわ」

 

 

誰かが小さく息を呑んだ。

 

 

燐海「じャあ、一番怪しいのはフラワーデザイナークンだよね。」

 

四葩「私?」

 

燐海「登場の仕方がそれじャん?」

 

四葩「うーん」

 

 

自分が怪しまれていると本当にわかっているのか、わかっていなさそうな曖昧な表情で、四葩は首を傾げた。

 

 

四葩「でも登場の仕方って、私、寝坊してただけなんだけど」

 

燐海「そういう油断が一番コワいンだよね〜。出遅れてきた転校生とかが一番黒いッて昔から相場が決まッてるし」

 

薬袋「...ちょ、ちょっと、燐海くん...」

 

 

穂堂が静かに息を吸って口を開きかけるのと同時に、薬袋が燐海を軽く窘める。

 

 

穂堂「そういう冗談、今はやめた方がいい。空気が...緩むどころか、余計に疑心を煽る」

 

 

燐海は軽く片手を上げ、首をすくめた。

 

燐海「ハイハイ、すみませン」

 

 

だが、その言葉の軽さに、誰も笑わなかった。

 

確かに、四葩と顔を合わせたのはモノシープと出会った後だ。怪しいのはわかる。ただ、別にそれで疑える気にもなれなかった。いや、今の一瞬で疑おうとしたかもしれない。それでも、ただ裏切り者が居ると思いたくないだけの弱さだった。

 

 

遊城がテーブルの上に手を置き、ぽん、と音を立てた。

 

 

遊城「じゃあ、ちょっと整理しましょう。"人を信じたい派"と"疑うべき派"がいるのは分かったけど、具体的に、今後どう動くかって話はまだ全然してないでしょ。」

 

信乃陀「行動する、とは?」

 

遊城「例えば、これ以上誰かが勝手に動かないように、"私達のルール"を決める、とか。」

 

絡転「勝手に動いたら裏切り者、ということか?」

 

遊城「いや、そこまでは言ってないけど......少なくとも、お互いを信じるためには、"勝手に誰かの部屋に入る"とか"夜中に歩き回る"とか、そういう不穏なことは控えるべきだと思う。あと、朝は食堂で一度全員集まる、なんかも必要ね。」

 

 

その提案に、何人かが頷いた。

 

 

禍賀「わかる。うち、昨日トイレ行こうとしたとき、廊下に誰かの影見えて、マジで心臓止まるかと思ったもん。」

 

比良坂「殺し屋が言うなよ、んなこと。」

 

信乃陀「それ、理解かもしれません...夜、眠れなくてちょっと歩いてただけだったんですけど...」

 

禍賀「アハハ、いーのいーの。」

 

 

そう言って軽く笑う禍賀の声にも、どこか張り詰めた緊張が滲んでいた。まるで笑ってしまえば怖くなくなるとでも思っているかのように。

 

その軽さに、また一瞬だけ、ラウンジの空気が沈んだ。

 

幕吏がそっと顔を伏せる。

 

 

幕吏「もしほんとに"裏切り者"がいるんだとしたら...。その人は、今、この場にいるってことなんだよな?」

 

 

誰もすぐには答えなかった。それを認めてしまえば、目の前にいる誰かを"敵"と疑うことになる。

そして何より、それを認めた瞬間に、この空間が殺し合いの舞台であることを、完全に肯定してしまうことになる。

 

それが、怖かった。

 

繋守「...信じたくない、よねー......」

 

ぽつりと繋守が呟く。

その声には、同意を求めるような、誰かに否定してほしいような、そんな弱さが混ざっていた。

 

 

遊城「でも、現実を見なきゃ。もし本当に裏切り者がいるのなら、何かが起きる前に、それを止めないといけない。手遅れになる前に」

 

比良坂「さっき変人も言ってたけど、何をもって裏切りって言うんだ。行動?発言?それとも殺意か?」

 

 

場の温度が下がる。

 

四葩「...誰かを殺したら、その人は裏切り者だよね」

 

その口調はどこまでも無邪気で、でも、なぜか妙に刺さった。

 

燐海は、何気ない口調で言った。

 

 

燐海「ッはは、"裏切り者を殺せば全員脱出"ッて言って、逆に裏切り者が先手取ッて殺してきたら、ボーナスタイムもへッたくれもないと思ってたンだけど、まさか裏切り者はこれから発生するとでも?嫌なゲームだね」

 

 

誰もすぐに返さなかった。確かに、今の言葉は正論だった。

このルールの本質は、"信じれば報われる"ものなんて何もない。一生疑い合って、"裏切られたら終わり"。その裏切りを、どれだけ早く行われるのか。ただそれだけ。

 

絡転がゆっくりと目を伏せた。

 

 

絡転「...その可能性がある以上、先に信じろという方が、無理筋なのかもしれぬな」

 

幕吏「信じた結果、生き残る。その逆も、ある...か」

 

鳴佳は静かに、ぽつりと呟く。

 

鳴佳「つまり、結局のところ...信じるということも、賭けというわけでしょうか...」

 

 

誰も、完全に頷くことはできなかった。

それでも、否定もしなかった。

 

皮肉交じりの小言も、迷いも、どれもこれも、この空間の現実だった。

 

そして今、全員がその現実を前に、身動きの取り方を考えていた。

 

信じれば裏切られるかもしれない。

疑えば孤独になるかもしれない。

なら、自分はどうするか。

誰もがその問いを、心の内に抱えたまま、昼の光の下にいた。

 

 

ならば。

 

 

紗鳥「俺は信じたい」

 

 

その言葉に、数人の視線が向いた。

 

 

紗鳥「俺も怖いし、疑いたい気持ちもある。でも...誰かを疑って、疑って、先に潰して、それで脱出できたとして、俺は後悔する」

 

遊城「信じて殺されたらどうすんのよ」

 

紗鳥「...それでも。信じたかったと思える方が、俺はマシだと思う。......誰かに"裏切られた"後悔より、"一生疑い合う"痛みのほうがきっと、耐えられない」

 

 

それは、正論でも強さでもなかった。

 

ただの願望で、ただの醜い弱さだ。

けれどその言葉に、一瞬、空気が揺れた。

 

 

繋守がそっと、微笑んだ。

 

繋守「...うんうん、そういうの、嫌いじゃないかもなー」

 

薬袋も、小さく頷いた。

 

薬袋「私も、できればそう思いたい...です」

 

遊城は沈黙のまま目を伏せたが、その目には、否定しきれない迷いがあった。

 

燐海はソファに寝転びながら、あくびをする。

 

 

燐海「じャあ、そーゆー“信じたい派”が、まず寝るとき部屋の鍵開けといてよ。俺が信じてるか試してあげるから」

 

誰かが苦笑し、比良坂が深く溜息を吐いた。

 

比良坂「...その信頼のやり方、違ぇだろ。てかルール決めただろうが」

 

燐海は「えェー...」とぶつぶつこぼす。

それでも、沈黙よりは少しだけましな空気が戻ってきていた。

 

信じたい人。疑いたい人。

どちらも正しくて、どちらも間違っている。

 

それでも。

今は、まだ――殺し合いは、起きていない。

誰もが問いを心の内に抱えたまま、昼の光の下にいた。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

穂堂「...一度、解散しよう」

 

 

穂堂の言葉に、ほとんどの者が小さく頷いた。

 

この張り詰めた空気のまま一緒にいても、疲労と疑念を増幅させるだけだ。誰もがそれに気づいていて、でも誰も口にできなかった。

 

俺たちはそれぞれ、少しだけ距離を取ることを選んだ。この状況で"頭を冷やす"という選択は、逃避でも後退でもない。ただ、生き残るための「間」だった。

 

 

みんながラウンジを出ていく中、俺はそっと振り返る。

 

そこには、まだ残っている数人の姿があった。

 

幕吏、信乃陀、薬袋、繋守。

 

彼らは座ったまま、ゆるやかに話を続けていた。話を少しだけ聞こうと耳を傾ける。

 

 

繋守「ここで終わりってこともないでしょ、なんだかんだ。ね」

 

 

軽やかな声は繋守だった。

ソファに足を引っかけるように座り、手持ち無沙汰に意味を持たないテレビのリモコンを弄っている。

 

 

信乃陀「最悪の状況ばかり考えてしまうと、気が滅入ってしまいますし...やはり人を信じていたいですから」

 

薬袋「信じたい気持ちは大切です。...その、どうせなら最後まで、誰も死なずに済んでほしいです......」

 

 

薬袋が静かに言葉を添えた。

彼女はラウンジの端、ケトルでお湯を沸かしていた。人数分のカップが並んでいる。

 

 

薬袋「お茶、淹れましょうか?」

 

繋守「ありがとうー助かるー、さすが眠子ちゃん」

 

繋守が手を挙げる。

 

 

信乃陀「...この空間で、平和に話せている理解たちは、かなり、レアかもしれませんね」

 

 

信乃陀がゆっくりと語る。

彼は姿勢よく椅子に座りながら、ふと天井を見上げていた。

 

信乃陀「疑って疲れて、信じても疲れて、それでもここにいる方々は温かいです」

 

幕吏「...全くだ」

 

幕吏がぼそりと呟いた。

 

 

舞台上のような抑揚のある声ではなく、淡々とした地の声だった。

 

 

幕吏「この平和を、自分は想像できていなかった。あんな映像を見せられたあとだ。てっきり皆が刃物を手に騒ぎ出すとばかり...。情けない予測だったね」

 

 

幕吏は目を伏せていた。

芝居がかった仮面の奥に、疲労が滲んでいる。

 

繋守がそれを見て、口元を歪めた。

 

 

繋守「...やっぱみんな同じ感じなんだねー」

 

幕吏「......」

 

 

返事はない。

 

薬袋が温かい湯気の立つカップをそれぞれに配っていた。

その手つきには、何の不安も迷いもなかった。

 

 

信乃陀「人を信じたい、というよりも、理解を信じてくれている人のことを思えば、乗り越えられる気がします」

 

 

その一言が、まるでラウンジの空気に一筋の糸を渡したようだった。

脆くても、ほんの一瞬でも、そこには希望がある。

俺はそれを見届けて、静かにラウンジを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂に足を踏み入れると、刃物がまな板に触れる乾いた音が響いた。

 

禍賀が、包丁を手に何かを刻んでいる。手元に並ぶ食材は雑多だが、どれも切り揃えられていた。明確な意図と技術がある。

 

禍賀がキャベツの芯を落としながら言った。

 

 

禍賀「......包丁握ってるとさ、安心するんだよね。なんつーか、世界が単純になる」

 

 

彼女の隣には、腕を組んで壁にもたれる枢木の姿があった。枢木が壁際に寄りかかりながら腕を組んでいる。その視線は終始、禍賀の手元に注がれていた。

 

 

禍賀「、って言うと、怪しさマシマシだよねー。枢木先生はうちのこと見張っててどうよ?」

 

枢木「ただの自衛です」

 

禍賀「じゃ、監視じゃん」

 

枢木「自衛だよ。...警戒はしてても、信用していないわけではないから」

 

禍賀「アッハ、むずかし~こと言ってんね」

 

 

この部屋に流れる空気は、ある意味で最も本質的だった。どちらも、自分の"役割"を自覚していた。禍賀は刃を握り、枢木はそれを見張る。

疑いも、信頼も、それ以上でも以下でもない__この状況下で最も「安定している」関係かもしれない。

 

 

禍賀「......なーんか、誰かのためにご飯作るって、こんな状況じゃ微妙な気分になるけど。まあ、無いよりマシだよね」

 

枢木「毒は入れてないですよね」

 

禍賀「も~神経質だな。入れるわけないじゃん。うちも食べるんだから」

 

 

その言葉に枢木は一瞬だけ目を細めたが、何も言わなかった。

 

台の上では、湯気が静かに立ちのぼる。その光景は、意外なほど穏やかだった。

 

 

禍賀「...あたしが殺し屋だからって、殺すのが好きだと思われたくないわけ。あんただって、カウンセラーのくせに結構不器用だよね」

 

枢木「......」

 

 

枢木は黙っていた。それが肯定か否定かもわからない。ただ確かに枢木は温かさを持っているのに、それを器用に人に分け与えることが苦手な印象だった。まるで焚火や、懐炉のような人間。

 

スープの匂いを背に、俺は静かに食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中庭には冷たい空気が漂っていた。

誰もいないかと思ったが、小さな影が噴水の縁に腰かけている。

 

 

四葩「...あれ、紗鳥くん?」

 

 

四葩だった。

 

彼女は指先で噴水の水をすくいながら、何かを探るようにぼんやりと遠くを見ている。

 

紗鳥「ごめん、邪魔したか。」

 

四葩「ううん、大丈夫。」

 

 

四葩は植物の方へ向き直る。

 

 

四葩「ここ、好きなんだよね。植物がたくさんあって...落ち着く」

 

紗鳥「詳しいんだっけ、花とか」

 

四葩「、今は詳しくないの」

 

 

意外な返答だった。

 

 

四葩「言ってなかったっけ。私、記憶があんまり無いの」

 

紗鳥「...そう、か。」

 

四葩「目が覚めたときには、もうここにいた。羊さんから名前を教えて貰って、モノパッドで才能を知ったの。フラワーデザイナーらしい。だからあんまり、ね」

 

 

言葉は穏やかだった。迷いすら持たないような、純粋な子供のような。

 

 

四葩「でもね、不思議と怖くないんだ。記憶がないことより、今こうして誰かと話してることのほうが、大事に思える。自分が何者なのかわからないけど、誰かと話してると私になれてる気がする」

 

 

信じることが難しい夜。でも、彼女は自分をも信じられない夜を生きている。その孤独を思うと、何も言えなくなる。

 

ふっ、と生温い風が吹いた。彼女の髪がさわさわと揺れた。

 

俺は何も言えなかった。けれど、言葉がなくても、この場所に立ち止まる意味はあったように思えた。

 

 

四葩は微笑んだ。

 

四葩「ありがとう。紗鳥くんは、やっぱり安心できる」

 

紗鳥「俺は何もしてないんだけど。まぁそう思ってもらえるなら、俺も少し、救われるよ」

 

 

その笑みを最後に、俺は中庭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を開けたとき、空気が一段ひんやりした気がした。

 

窓際の一角。並んだ古い書架と分厚い蔵書。読書灯の小さな明かりが、壁際の机の上でぽつりと灯っている。

半ば背を向けるようにして、長机に書物を開き、姿勢良く座っていた。

紙と紙が擦れる微かな音。呼吸をしているだけの静寂は、まるでこの空間に最初から組み込まれていたオブジェのように動かない。

 

真ん中分けされた長い前髪の隙間から見える瞳は、書物の頁を一行一行、淡々と追っていた。

細い指がページをめくる音は、まるで小川の水音のように、静かに耳に触れる。

 

この空間に溶けている静寂へ、少し躊躇いながら声をかけた。

 

 

紗鳥「...やっぱここにいるんだな」

 

 

呼びかけに、彼はゆっくりと顔を上げた。目線が動く。表情は薄い。

 

 

静寂「お前は本の多い場所は嫌っているイメージだったが」

 

 

皮肉だった。声の抑揚に嘲るような響きはなかったが、それがかえって彼の棘を浮かび上がらせる。

 

 

紗鳥「...まぁたしかに本は苦手だけど」

 

静寂「何の用だ」

 

紗鳥「みんながどうしてるのか気になって回ってるだけだよ」

 

静寂「他人の心配をして回るのは、"善人"というより、"自分が無力であることへの誤魔化し"だ」

 

 

それは明確な拒絶だった。「心配はいらない」「放っておけ」と、遠まわしに突き返している。

 

 

紗鳥「そうかもしれない。ただ、俺のこと無視とか、なんなら黙って帰れとか言うと思ってた」

 

静寂「帰れと言えば黙って帰るのか?」

 

紗鳥「どうだろうな」

 

 

そっと、近くの椅子を引いて腰を下ろす。

 

 

紗鳥「静寂さんは怖くないのか?」

 

静寂「何がだ。」

 

紗鳥「この状況。誰かが死ぬかもしれないって現実が」

 

 

しばし沈黙。

 

静寂は手を組み、視線を棚の上に移した。あるいは答えを選んでいるのかもしれない。

 

 

静寂「...怖さ、というものを、俺は基本的に"不確実性"の別名だと考えている」

 

紗鳥「不確実性?」

 

静寂「未来が読めない。何が起こるか分からない。つまり、人間は"予測の不能"に最も恐怖する。俺がここで本を読むのは、その不確実性から逃げるためだ」

 

紗鳥「...逃げるって認めてるんだ」

 

静寂「逃げることを恥じるな。強がって自滅する愚か者よりは、ずっとましだ」

 

 

静寂の理論はいつも静かで、整然としていて、どこか孤独だ。

 

 

静寂「......"信じる"という言葉を使いたがる人間ほど、裏切られたときの責任を負えない。だから俺はその言葉を滅多に使わない。お前も、信じるという言葉の多用は控えたほうがいい」

 

紗鳥「はは。...でも、多分、信じないと俺は潰れる。信じたいんだ、誰かを。どこかで、それを支えにしてないと」

 

静寂「弱さを認めてるつもりか?」

 

紗鳥「うん。でも、俺はそれを"逃げ"だとは思ってない」

 

 

自分の口から出たその言葉に、胸がすうっと冷えたような感覚を覚えた。そうだ、俺は逃げているかもしれないけど、信じることだけは逃げじゃない。俺の戦い方だ。

静寂はゆっくりと目を細めた。今にも何かを言いかける気配だったが、そのとき扉の外で足音が響いた。

 

誰かが近づいている。だが、図書室の手前で立ち去る音。ふ、と。静寂が微笑んだように見えた。気のせいだろうけど。

 

 

静寂「お前の"信じたい"という気持ちが、最後にどこへ辿り着くか知りたくもないが、少なくとも今のところ、大きな声で"信じたい"と馬鹿正直に伝える分、お前は愚か者だ」

 

紗鳥「えぇ...」

 

静寂「信じるとは、言葉ではなく、選択で示すものだ」

 

 

それきり静寂は口をつぐみ、本の世界へと戻っていった。

 

その姿を横目に、静かに席を立つ。

彼の静けさは、決して無関心からくるものではない。

むしろ、その逆。すべてに目を配りすぎて、誰にも寄りかかれなくなった人の姿なのかもしれない。

 

だから、彼は図書室にいるのだ。

"誰からも邪魔されずにいられる場所"。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の館内はしんと静まり返っていた。まるで、あの昼間の動機ビデオのざわめきが嘘だったかのように、空気は冷えて、誰の声も届かない。

そんな中、アトリウムの端にある長椅子に、二つの影が腰掛けていた。

 

一人は、優しさをその大きな体躯に抱え込んでいる、穂堂。

もう一人は、表情に常に乾いた諦観を張りつけたような、絡転。

 

二人は言葉を交わすこともなく、しばらくの間ただ夜を眺めていた。天井のガラス越しに月が覗き、かすかに植物の葉が揺れている。

 

 

絡転「...象の子は、まさに象のような男だな」

 

 

最初に口を開いたのは、絡転だった。いつもの、感情の起伏が控えめな、低めの声。

穂堂はその言葉に少し首を傾げた。

 

 

穂堂「僕が?」

 

絡転「ああ」

 

穂堂「象って...そんな風に見えるかな?」

 

 

絡転は天井を見上げた。目は相変わらず乾いているような。

 

絡転「象は群れを守る動物だ。自分よりも小さくて弱い存在を、文字通り命懸けで守る。それが仲間でも、たまたま通りがかった別の種でも、関係なくな。...子象を捕食者から守るために、自分の命を投げ出すこともある」

 

穂堂「...なんか、前テレビで見たな。たしかに、そんな映像があったかも」

 

絡転「だが、象は一匹では生きられない。強いが孤独には向いていない。誰かを守ってこそ初めて意味を持つ生き物だ。お前は、皆を“守る”ことに縛られすぎている」

 

穂堂「...そうかもしれない」

 

穂堂は笑った。それはいつもの彼にしては、少しだけ弱々しかった。

 

穂堂「でも。俺は...誰かを助けてないと、自分が何のためにここにいるのか、分からなくなるんだ」

 

 

絡転がふと顔を向ける。

 

 

絡転「それは"ここ"に限った話ではないのではないか?」

 

穂堂「...たぶん、そうだね」

 

 

視線が落ちる。それは、戦う者の瞳ではなく、戸惑う人間の目。

 

 

穂堂「強くなきゃ意味がないって思ってきたんだ。人を守れなきゃ、俺は、ただの空っぽな器だって」

 

絡転「それは誰かに言われたのか?」

 

穂堂「分からない。ただ、そうであるべきだと思ってた。ずっと」

 

 

天井から差す薄暮の明り。

 

穂堂の肩のラインが、わずかに落ちていた。まるで鎧を脱いだ騎士のようで。

 

俺は、その光景を黙って見ていた。声をかけようとは思わなかった。

 

 

絡転「...それでも、今のお前の言葉は、確かに誰かの助けになった。あの場は、崩れかけていた。我はお前を助ける術を知らない、助けれる者はいないだろう。だが傍に居る有形は多く居ることを忘れるな」

 

 

その言葉に、穂堂の背中が、わずかに震えた。

 

 

穂堂「...はは、ありがとう」

 

 

それは、囁くような声だった。

 

誰にも届かないと思っていた言葉が、誰かに届いたときの、それだった。

 

俺は静かに踵を返した。

その場にいるべきじゃないと、何となく思った。

あの空気を壊したくなかった。ただ、少しだけ胸が熱くなった。

 

穂堂が人を助けることでしか自分の存在を保てないなら。

きっとそれは、過去の影響だ。俺にはその過去なんて分からないが、そう思ったら、彼の背が少しだけ、悲しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

廊下、夜のそれとは違う静けさが漂う中、足音を潜めるように歩いていた。

みんながバラバラになっていくあの空気から、誰がどう過ごしているのかを知っておきたかったこの見回り。おおよそ、鳴佳や遊城、比良坂たちの姿は見かけなかったが、自室だったり見てない場所にでもいるのだろう。もうしばらくしたら俺も部屋に戻って休もう。

 

そのとき、すれ違いざまに、後ろから足音がした。

 

 

燐海「あれ、幸運クン?いやァ奇遇だなァ」

 

 

声がした。振り返ると、燐海がいた。モノパッドを見ながら、ふざけた足取りで歩いている。

 

 

燐海「見回り?」

 

紗鳥「そんなとこ。燐海はなにしてたんだ」

 

燐海「ボクも見回り」

 

 

いつも通りの笑顔。

 

 

燐海「ほら、殺し屋が動いてるッてなッたら怖いじャん?ま、監視されてたけど」

 

紗鳥「で、本当はなんで見回りしてたんだ...」

 

 

その問いに、燐海は目を逸らさず答えた。

 

 

燐海「アハハ、ほんとつれないね幸運クンッて。そういうの大好き。ウーン、“誰が先に壊れるか”を知っておきたいから?」

 

 

静かな声だった。冗談のトーンは消えていた。

だが、それが本音かどうかは分からない。

 

 

燐海「このゲーム、まだ何も起きてないように見えて、もう始まってるよ」

 

紗鳥「...何が?」

 

燐海「“自壊”だよ。信じられなくなるッて、案外あッけないからね。些細なこと一つで、人は心の奥底を疑い始めるもンだよ。だから、ボクは先に見ておきたいンだ」

 

紗鳥「それは...信じたいのか、疑いたいのか、結局どっちなんだ」

 

燐海「さァ?でもそのふたつッてなんの違いがあるの。知ってる?『希望を持ッてる人間は他の希望を持つ人間を見つけやすい、けど壊れかけの人間は他の壊れかけの人間を見つけやすい』ッてこと。今は人を信じたい人が多いらしいね」

 

 

訳の分からない燐海は別に今に始まったわけじゃないが、燐海は目を細めながら、ふわりと笑った。

 

 

燐海「“見てるだけ”ッて、便利なンだよ。“信じる”必要もないし、“疑う”責任もないから」

 

 

それは、どこまでも傍観者の台詞だった。けれど__傍観者でいられるほど、この場は甘くない。

 

 

紗鳥「それじゃ、いざ何か起きたとき、どうするんだ?」

 

 

紗鳥が問うと、燐海は答えず、代わりにこう言った。

 

 

燐海「ねェ幸運クン。もし君が、“偶然”誰かの秘密を知ったとしたら、君はどうする?」

 

紗鳥「...黙ってる」

 

燐海「アハハ、即答かァ。理由は?」

 

紗鳥「知らなかったことにできるなら、その方がいい。その人のために出来ることはする」

 

燐海「へェー」

 

 

燐海はまた、肩を竦めた。だが、今度は少し__ほんの少し、目を伏せるような仕草を見せた。

 

 

燐海「君ってやっぱ変わッてるな。」

 

紗鳥「どこがだ?」

 

燐海「普通は、“秘密を握ったら勝ち”ッて考える人のほうが多いと思ッてたからさ」

 

紗鳥「別に秘密を使えば勝ちなんてないだろ」

 

燐海「さァ~、でも、勝ちたがってる人はもういる。でしョ?」

 

 

俺は答えなかった。それが誰なのか、まだはっきりとは分からない。

けれど確かに、何かが動き出している気配を否定できない。

 

沈黙がしばし続いた。

 

やがて、燐海がふっと前を向く。

 

 

燐海「ま、ボクはもう少し見て回るよ。まだ面白そうな顔、いくつか見逃してる気がするし」

 

紗鳥「......お前は何を探してるんだ?」

 

歩き出しかけた背中に、紗鳥はそう問いかけた。

 

 

 

モノシープ『えー、校内放送です。夜10時になりましたね。ただいまより夜時間になり、間もなく食堂は立ち入り禁止となります。ではでは、疲れた体を癒して、コロシアイに励んでくださいねー。』

 

 

 

燐海「あら、もう夜時間だッて。こりャ解散しないと」

 

 

俺の質問には答えず終いで、燐海は軽く手を振った去り際、

 

 

燐海「あれ、そういや幸運クンはアレ貰った?」

 

紗鳥「え?...アレってなんだ?」

 

燐海「おォ、じャあ貰わない方がラッキーなんだ。ま、そりャそうだよねー」

 

 

言いたい放題言って、去っていく。「ちャんと鍵閉めて寝なよ~。今日は危ないからね。」と言い残したその背中は何を思ってたのか。闇に吸い込まれるのを見送った。

 

再びひとりになる。だが、不思議と、孤独は感じなかった。

 

 

__誰かを信じたいと思っているのは、自分だけじゃない。

 

そう思えただけで、ほんの少し、この場所がやわらかくなった気がした。

 

そして、穂堂の言葉が胸の中に浮かぶ。

 

 

「誰かを助けていないと、自分のいる意味が分からないんだ」

 

 

それは、もしかしたら俺自身にもどこか似ていた。

 

誰かを信じていないと、自分が崩れてしまいそうになる。

それは、助けることと、きっと似たものだった。

 

 

今夜は、まだ、誰も死んでいない。

 

それだけで、ほんの少し、救われた気がした。

そして同時に、胸の奥で何かが__警鐘のように小さく鳴るのを感じていた。

 

 

ただ、どうすることもできない無力な自分を抱えて、自分の部屋へと戻ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

___モノシープ劇場

 

 

「みんな大好きトロッコ問題~!5人を助けるために1人を犠牲にする?それとも何も触らないで5人を見殺しにする?うーん、どっちも責められるし、どっちも称賛されるんだよね~!」

 

「でも、そもそもそのトロッコ、ブレーキ付けとけよって話じゃないですか?あるいは、線路沿いに柵でも作っとけよって。」

 

「ボクだったら迷わずこう言うね。」

 

「『そのトロッコの製造責任者って、今どこにいるの?』って。」

 

「......たぶん、線路の先にいるね。選ばれたくて、待ってるんだ。」

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノシープ『アーあー、オマエラ、おはようございます!起床時間の朝7時です!今日も張り切っていきましょうね!』

 

 

朝はいつもと同じ静けさ、否、騒々しさで始まった。

 

いつも通りの朝。

だからこそ、人は安心する。

 

だからこそ、最初の“異常”に気づくのは、ほんの些細な違和感からだ。

 

 

 

食堂には、ぽつぽつと数人ずつ、ゆっくりと人が集まり始めていた。

新しい俺たちのルールとして、一度食堂で全員顔を合わせる、生存確認に近いものを決めたからか、いつもより人が多い。主に静寂や月無がいるからだが。

静寂は足を組み、また紅茶を飲んで本を呼んでいる。月無はいつも以上に落ち着かない様子だった。

 

禍賀はエプロン姿で慣れた手つきでキッチンに立ち、鍋の中を覗いていた。「うーん今日の味噌汁は赤だし。塩分控えめでいきま〜す...」とぶつぶつ呟きながら、黙々と包丁を動かしている。

枢木がその後ろでノートを取り、変わらず無言の監視を続けていた。

 

やがて、薬袋、繋守、信乃陀、鳴佳、比良坂......と、皆がそれぞれのタイミングで入ってくる。

談笑する者、まだ目をこすっている者。

空気に深刻さはなく、「まだ何も起きていない日常」の続きに見えた。

 

だが。

 

 

 

繋守「...あれ、穂堂さん、居ないね?」

 

 

繋守がぽつりと呟いた言葉が、平和に小さな波紋を落とした。

 

 

薬袋「確かに...この時間にいないのは、珍しいですね......」

 

薬袋が時計に目をやる。それは、穂堂がいつも起きている時間よりも数刻遅れている時刻を差していた。

 

 

比良坂「...そもそも遅れるタイプじゃねぇだろ」

 

比良坂が椅子に座りながら言った。

 

 

四葩「え、あれ、私より遅い?」

 

つい先ほど、遅れてやってきた四葩が口にするが、その声には珍しく不安が混じっていた。

 

 

その場にいた全員が、穂堂という人間の“規律”を思い出していた。

きっちりと時間を守り、気配りが行き届き、誰よりも早く起きて、皆の生活を整えていた人物。その彼が、今も現れない。

 

 

紗鳥「...ちょっと見てくる」

 

 

俺が立ち上がると、遊城もすぐに腰を上げた。

 

 

遊城「私も行く。枢木、禍賀、厨房頼んだわよ」

 

禍賀「ん~りょーかい。」

と禍賀が片手を上げる。

 

 

信乃陀「理解も行きます!」

 

信乃陀が続く。

 

 

そして、誰ともなく、数人が立ち上がり、食堂を出ていった。

 

 

 

 

手分けして、各部屋を巡る。マップを見ながら、隅々まで見るつもりで。

 

 

けれど、穂堂の自室には誰もいなかった。

 

ベッドは整っており、無人の気配。

シャワーの音もしなければ、脱ぎ捨てられた衣類もない。

 

 

遊城「......ここじゃない」

 

遊城が小さく吐息をつく。

 

 

紗鳥「じゃあ、どこに......」

 

 

 

そのとき。

 

四葩「...来て。月無さんの部屋」

 

廊下の向こうから、四葩の声がした。

 

 

紗鳥と遊城は、視線を交わし、小走りでその部屋に向かう。

 

 

 

月無の部屋――

扉は半開きのまま、静かにきしんでいる。

 

遊城「てかなんで月無の部屋に呼んだのよ...」

 

遊城が声を潜めて中を覗く。

 

 

 

最初に違和感を抱いたのは、床だった。

 

敷かれた絨毯が、どこか不自然に“濡れている”。

 

嗅ぎ慣れない匂いと、視界に映る赤。

 

 

そして。

 

その床に、誰かが__崩れるように、ベッドにもたれていた。

 

信乃陀「っ......」

 

その場の誰もが、一瞬、時間が止まったかのように動けなかった。

 

俺もまた、その光景を目の当たりにして、立ち尽くす。

認識するまでに、数秒を要した。

 

 

 

倒れているのは__超高校級のボディーガード、穂堂涼介だった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

腹部から血を流し、動かない。

 

 

 

遊城「死んでる...」

 

遊城が、低く断定する。

 

 

信乃陀「嘘です......」

 

信乃陀の声が震える。

 

 

 

その瞬間、静かだった空気が、崩れた。

 

 

 

ピンポンパンポーン...!

 

モノシープ『死体が発見されました!一定の捜査時間の後、『学級裁判』を開きます!』

 

 

 

やがて、誰もがその部屋に集まり始めた。

 

 

薬袋が震える指で口元を押さえ、鳴佳はその場に座り込む。

枢木が部屋の中を見回し、禍賀が舌打ちする。

 

「なんで月無の部屋に......」

 

誰かがそう呟いたとき。

 

月無自身は、顔面蒼白で。

 

 

月無「ち、ちがう......あ、あたしじゃない......ちがっ......」

 

 

その顔には、完全な混乱が浮かんでいた。

 

異様な空気が、さらに重く沈んでいく。

 

 

誰かが泣き出しそうな顔をしている。

誰かが唇を噛み締めている。

誰かが拳を強く握っている。

 

見下ろしたまま、声も出なかった。

 

“信じたい”と願った、自分の気持ち。

その矢先に、誰かが命を落とした。

 

――そして、その誰かが。

 

 

紗鳥「穂堂...」

 

 

絶対に、信じたかった人だった。

 

空気は沈黙し、運命は動き始める。

 

 

微笑みながら、それでも息をしていない穂堂の死の跡が、今ここに、ページに刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢見ヶ浦学園

 

生き残り__15名

 

 

「超高校級の幸運」 紗鳥 健人

 

「超高校級のフラワーデザイナー」 四葩 彩芽

 

「超高校級のボディーガード」 穂堂 涼介

 

「超高校級の玩具職人」 遊城 遊

 

「超高校級のオカルト研究部」 繋守 未白

 

「超高校級の薬剤師」 薬袋 眠子

 

「超高校級のカウンセラー」 枢木 一色

 

「超高校級のイタコ」 絡転 朱蘭

 

「超高校級の演劇部」 幕吏 蛍

 

「超高校級の信者」 信乃陀 理解

 

「超高校級のマーケター」 比良坂湊

 

「超高校級の殺し屋」 禍賀 ニコ

 

「超高校級の新体操選手」 鳴佳 光希

 

「超高校級の編集者」 静寂 詩織

 

「超高校級のゲーマー」 燐海 零時

 

「超高校級のデバッガー」 月無 廻

 

 

 

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