DR_inflection   作:柚柚

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1章 非日常編

廊下に朝の光がまだ柔らかく差し込む中、月無の部屋の扉が開かれている。

そこには、動かない穂堂の姿。

薄く広がる赤い染みが腹部を覆い、凍りついた空気の中。鼻腔に突き刺さる鉄臭さが瞬時に肺を満たす。

 

誰かが短く息を呑む音がした。

 

言葉を失って立ち尽くす。

 

顔面を蒼白にして壁際へ下がる者、逃げ出そうとしても足がすくんで動かない者、視線を必死にそらす者。身体の震えが抑えきれず、指先をこすり合わせる音が小さく響く。

殺し屋の彼女は、まるで既視感でも覚えるかのように、無表情で現場を見つめていた。

 

枢木が一歩前に出る。

 

 

枢木「......皆さん、落ち着いて。今は感情よりも、状況を理解することが大切です。呼吸を整えて」

 

 

静かな、芯のある声が響く。ほんの少しだけ張り詰めた空気を揺るがす。

 

しかし、カウンセラーの声をかけられても、人死にの混乱は容易に収まらない。

 

 

比良坂「状況っつったって、死体だぞ!」

 

比良坂が思わず声を荒げる。顔は青ざめ、手は僅かに震えている。言葉は出るが、理性が追い付かない。

 

 

繋守「そーだよ、落ち着けって言われても...うーん......」

 

繋守の声はいつも通りのように思えたが、少しトーンが下がっていた。

 

遊城は眉をひそめ、周囲を鋭く見渡す。

 

 

遊城「まさか、本当に誰かがコロシアイを仕掛けた...?」

 

 

声は小さく、しかし自分の耳には確かな恐怖として響く。

普段なら冗談で片付けるような考えも、今は頭の中でぐるぐる空を回るだけだ。

 

 

幕吏「いいや、違う、コロシアイなんかじゃない。そんなことはあり得るはずが...」

 

幕吏は否定する。根拠もなく。

その声はどこか震えていて、信じたい気持ちと目の前の現実の間で揺れているのが伝わる。

彼のことだ。その声の震えさえ、どこまでが演技かは知らないが。

 

 

静寂は、その混乱する一向を見渡し、溜息を吐いていた。普段ならこの騒がしさに耐え切れず、一言で人を牽制し、距離を置くところだが、今は彼もまた、一種の諦めを抱えているだろう。

 

廊下と、部屋の空気は息苦しい。

 

薬袋はうろたえながらも、少し前に踏み出す。

 

 

薬袋「わ、わたし...なにかできること...!」

 

 

震える手で、穂堂の状態を確認しようと、指先を伸ばす。

 

その手を、絡転が掴んだ。

 

 

絡転「やめておけ。象の子の肉体から魂がはがれかけている。あれはもう、手遅れと言っていい。」

 

薬袋「そんな...」

 

 

諦めたくない、そう思っているのだろう。

ただ、絡転の言葉を疑っているわけでもない。なら自分の出来ることは、と願っても、諦めるしかないと気付くまでにそう時間は要さないだろう。

 

 

鳴佳「禍賀さんから見て、どう思われるのですか...?」

 

禍賀「うち?うーん、まぁ自殺とかではないかな〜...」

 

 

そんな会話が聞こえた。

自殺ではない、それは他殺であると認めているも同然の言葉。

それでも、コロシアイが始まっているのだと考えたくない、考えさせたくないという、手触りがいいとは言えない優しさがあった。

 

 

燐海「いよいよッて感じじャない?しッかしボディーガードクンから死ンじャうなんてまさにだねェ」

 

枢木「君は少し黙った方がいい」

 

 

いつも通りのにやけ顔で、少しのショックも受けていないような声色。

枢木がそう言い放つと、燐海はめんどくさそうにハァイと口を尖らせていた。

 

信乃陀は、とその姿を探せば、廊下の端、月無の傍に居た。

 

 

信乃陀「あの、月無様、大丈夫でしょうか...」

 

月無「う、うっさい...、話し掛けないで......」

 

信乃陀「そうはいってもですね...」

 

 

月無は頑なに心を開かない。この現状の部屋の持ち主に単純に話を聞きたいだけだとしても。

彼女の心のうちは知らないが、心が荒れても尚、心の扉を開けることはないのだろう。そう感じられた。

 

 

このまま、誰も動けない。足が地面に張り付いたかのように動かない。

恐怖、疑念、混乱、無力感。

それらが絡み合い、廊下は静まり返ったまま、誰もが一歩を踏み出すことを躊躇している。

 

 

沈黙を破ったのは、皮肉めいた笑い声だった。

 

 

 

モノシープ「おやおや〜、朝から血の匂いですね」

 

 

モノシープがいつの間にか廊下に立っていた。あのぬいぐるみじみた顔に、笑みとも冷笑ともつかない表情を貼りつけている。

 

 

モノシープ「さーて、恒例のコレだよね、って言っても初めてだから恒例もなにもないんですけど」

 

 

ぽん、とその前脚が宙を叩く。瞬間、全員のモノパッドに通知が走った。

 

 

《モノシープファイル1》

 >被害者は超高校級のボディーガード、穂堂涼介。

  月無の個室内にて発見された。

  死因は失血死、どうやら刃物で刺されたようだ。

 

 

ただ一文、冷徹な診断がそこにあった。

 

 

紗鳥「な、なんだこれ...」

 

モノシープ「なに、って...そりゃ捜査には最低限情報が必要でしょう?」

 

遊城「捜査、...それは学級裁判に関係あるの?」

 

モノシープ「イェス、そうです。校則で見ましたでしょ?まさかただ死人が出てキャー怖い!醜い!って終わる訳ないでしょう。これから一定の捜査時間を設けるので、それで学級裁判を盛り上げましょうねぇ」

 

 

俺たちの隙間を縫いながら穂堂の死体に近寄っていくモノシープの軽口に、空気が一瞬で重くなった。

 

 

遊城は眉間にしわを寄せて、静かに言った。

 

 

遊城「学級裁判...。つまり、これから証拠を集め、殺人犯を裁かなければならないってことね」

 

燐海「なに、玩具職人クンは詳しいね。もしかして校則熟読してた?」

 

遊城「したからなによ。読んどいて損はないでしょ」

 

 

禍賀や絡転が冷静に視線を穂堂の死体に落とし、口元を引き締める。

薬袋や比良坂は死体から目を逸らすようにしている。

静寂はこんな状況でも相変わらず扉の外で腕を組んで見守っている。

...月無は、未だ呼吸が落ち着かない様子で、信乃陀はそんな彼女を支えていた。

 

そして目の前に立っていたはずのモノシープはいつの間にか姿を消していた。

 

 

枢木が手を鳴らす。

暖かい場所へ導いてくれるような、落ち着いた声が再び巡る。

 

 

枢木「皆さん、心を落ち着けて。確かに恐ろしい出来事だけど、でも、この状況を冷静に分析しなければ、誰も救われないよ」

 

 

静寂は辺りを見回しながら、ぽつりと呟く。

 

 

静寂「今は証拠を集め、事件を把握することが先決だ」

 

 

薬袋は慌てながらも小声で言う。

 

 

薬袋「あ、あのっ...け、検死って、したほうがいい、ですか......」

 

禍賀「あっ、うち手伝おっか?なんかわかることあっかも」

 

薬袋「た、助かります...!」

 

 

そう言った薬袋の指はかすかに震えていた。

 

 

燐海は壁にもたれて半ば呆れたように言った。

 

 

燐海「いやァ、これから忙しくなりそうだねェ。ボクは皆の様子を見て回るよ。幸運クン、君も一緒にどう?」

 

紗鳥「いや、俺は捜査するから。様子見て回るのはお前に任せる」

 

燐海「あッちャ~。フラれちャッた。じャ、幸運クンはその名に恥じない活躍を見せてくれたまえ~」

 

 

それぞれの思惑や不安を胸に、彼らは捜査の第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが捜査で散った後の現場は静まり返っていた。

 

さっきまで張り詰めた空気が、冷たい水に沈んだように重くなる。

誰も声を出さない。

声を出すと、集中が途切れ、水面が揺らいでしまうのが分かっているからだ。

 

月無の自室__事件の舞台。

ここは、もうただの個室ではなかった。

 

もう一度、ファイルを目にする。

 

 

《モノシープファイル1》

 >被害者は超高校級のボディーガード、穂堂涼介。

  月無の個室内にて発見された。

  死因は失血死、どうやら刃物で刺されたようだ。

 

 

揺らぐものなど最初からない。

そんなことわかっているが、どうしても目の前にあるのが夢だと思ってしまう。

 

足元で、パキリとかすかに音を立てた。

見下ろすと、細かなガラスの破片が光を反射している。色は透き通る透明ではなく、部分的に青や赤の絵具が焼き付けられており、それが派手すぎて、この質素な寄宿舎の内装には似つかわしくなかった。

 

その傍には白い花が何輪か落ちている。血に紛れている絨毯のシミや、ガラス片からして、元は花瓶だったのだろうと推測できる。

ただ、何故落ちて割れているのだろうか。

 

 

《割れた花瓶》

 >月無の部屋にあった。破片と共に花が何輪か落ちて、絨毯を濡らしている。

 

 

花瓶の破片が散らばる周囲__そこにはもっとはっきりした異変があった。

机が数センチ壁から離れ、椅子は背もたれを下にして横倒しになっている。

 

しゃがみ込み、床の擦り傷に指をなぞらせる。線はまっすぐではなく、何かが急に押し倒され、引きずられたような形をしている。

 

 

紗鳥「この乱れ方...」

 

 

同じく、現場に留まり捜査をしている。もしくは検死中の薬袋と禍賀を監視している静寂が後ろから言う。

 

 

静寂「日常的に散らかってるような痕跡じゃない。抵抗か、もみ合いの跡だ」

 

紗鳥「確かにそれはそうだけど...月無はそんなことしないだろうし、穂堂がここまで物をぐちゃぐちゃにしないといけない相手って......」

 

 

《争った形跡》

 >月無の部屋はぐちゃぐちゃになっていた。これは元からにしてもぐちゃぐちゃすぎる気がする...。静寂曰く、抵抗かもみ合いの跡だと言う。

 

 

視線を中央へ向けると、そこに彼の残骸がある。

穂堂はベッドにもたれかかる形で倒れており、顔色は蝋細工のように白く、口元は微笑んでいる。

腹部のシャツは僅かに裂け、淡いピンク色の染みが広がっていた。その色が鮮明な分だけ、目に焼き付く衝撃は強い。

 

俺の耳には、自分の鼓動だけが響いていた。

息をするたび、肺が冷えていくようだ。あの笑顔を見たのは、寂しい背を見たのは、つい昨日のことなのに。

 

 

禍賀「あっ、ねぇ~これポッケに入ってたんだけど、これは良い情報?」

 

 

そう言って、高く掲げた声と見つけた証拠。それは月無の部屋の鍵だった。

 

 

《穂堂の死体》

 >ピンク色の染みが腹部にある。だが、肝心の凶器が、穂堂の腹にも、辺りにも見当たらない。ポケットには月無の部屋の鍵が入っていた。

 

 

紗鳥「月無の部屋の鍵...自分で部屋に入ったのか?」

 

禍賀「てか、そもそもつっきーって鍵失くしてたっけ」

 

 

 

 

薬袋が死体の左手を確認する。

 

 

薬袋「......握ってる」

 

 

保健室から持ってきたであろうビニールの手袋をはめ、指を一本ずつ開こうとするが、硬く締まっている。

指を開くたびに小さな関節音が響き、その音が部屋にいやに生々しく反響した。

 

やっと取り出した紙片は、血で半分以上染まり、紙の端は千切れている。かすれた文字の一部が残っているが、文章としては読めない。

 

 

薬袋「何かを書いてたはずです......でも、これじゃ...」

 

 

薬袋が俯く。かけてやる言葉が見つからなくて、伸ばした手も行方知らずのように薬袋の肩には辿り着かない。

大丈夫、いや大丈夫ではないな、と右往左往する言葉も彼女にかけられなかった。

 

 

《穂堂に握られたメモ》

 >穂堂が持っていたもの。頑なに離そうとしない左手から無理やり取ったが、千切れてしまった。血が染みこんでいて読めない。

 

 

 

禍賀が眉を顰めると、穂堂の右手を掴み持ち上げた。

 

 

禍賀「ね~、これ見て、ねこちゃん。あとさとぴも。」

 

 

その指が示す先__穂堂の倒れた体のそばに、床へ擦るように短い文字が残されていた。

 

「M」

一文字。

 

そしてMの上には、三日月のマークが少し掠れた状態で残っている。

 

 

薬袋「...え、えむ......ですか......? それに...月......」

 

禍賀「うーん、ほどちゃんが途中で乙ったりしたか、それとも犯人に何かしら消されたか。まぁ、これがダイイングメッセージっぽいのは当たりっぽいよね~。」

 

紗鳥「俺がさっき確認したときは、そんなもの無かったんだけど。どこにあったんだ?」

 

禍賀「ほどちゃんの右手で覆われてたの。ちょ~っと不自然に握り込んでたから、どかしてみたらご覧の通り、ってわけ。」

 

薬袋「......じゃあ、それって...最後に自分の手で隠したってこと、ですか...?」

 

禍賀「まぁちょっと月ははみ出てたけどね。」

 

 

描かれた一文字と掠れた月。もし続きがあろうと、当然その続きを推測することなんてできない。

ただ、一文字でも隠してくれていたのなら、穂堂に感謝を伝えなければならない。

絶対に犯人を見つけてやる。穂堂のためにも、そう心に誓った。

 

 

《ダイイングメッセージ》

 >Mと書かれている。Mの上には三日月マークが掠れた状態で残っていた。もし何か消された字があろうと、犯人への手がかりには違いない。穂堂が残してくれたものなのだから。

 

 

 

死体の位置から離れたベッドの脇に、長い革のベルトが転がっていた。革には強く引っ張られた跡が残っている。

拾い上げると、独特の革の匂いに混じって、血の匂いがほんのり漂った。

 

 

比良坂「......穂堂のやつか?」

 

 

俺がなにかを見つけたと察したのか、俺の後ろから比良坂は低く言う。

なぜこんな遠くに? 外されたのか、奪われたのか、それとも?

 

 

《遠く落ちていたベルト》

 >穂堂のズボンのベルトは、何故か穂堂の死体から離れた場所に落ちていた。

 

 

 

棚の上には金属製のケース。中は乱雑になっており、何かを探すような跡が生々しく感じた。

 

 

紗鳥「アイスピックがない...」

 

 

武器を選んだ痕跡は、意図の証拠だ。

 

月無の部屋の凶器セットなら、これだけ中身をひっくり返したかのようにぐちゃぐちゃなのは、原因は月無なのだろうか...

 

 

《開封済みの凶器セット》

 >月無の部屋の凶器セットは中身がかき乱されており、何かを探していたような形跡があるが、アイスピックが紛失している。

 

 

 

紗鳥「そういえば、比良坂。」

 

比良坂「あ?」

 

紗鳥「昨日の夜って何処にいたんだ?」

 

 

その質問に「あー...」と苦虫を噛み殺したような顔をする。

 

 

比良坂「昨日はオレとクソデカ帽子で、音楽室で次のイベントの話してたんだよ......クソデカ帽子が「穂堂と繋守と信乃陀ばかりに任せてはいられない」だかなんだか言って。んで偶然会ったのがオレ。」

 

 

こんなことになるなんて、そんな乾いた笑いにはなんの温かさもなかった。

俺も、そのイベントの手伝いをさせてくれ、なんて言っても、そのイベントに穂堂の姿はないのだろう。

 

 

《比良坂の証言》

 >「昨日はオレとクソデカ帽子で、音楽室で次のイベントの話してたんだよ......」

  どうやら次のイベントを実施する予定だったらしい。音楽室を見るという考えが浮かばなかったところ、遊城の場所選びは正解だったのだろう。...出来なくて残念だ。

 

 

 

比良坂の証言を聞き終わったころ、

 

薬袋「あのっ、検死が一旦、おわりました...!」

 

と、声を張り上げた薬袋の声が月無の自室に響く。

 

 

静寂「で、どうだったんだ。」

 

薬袋「た、確かに、モノシープファイルに書かれていることは正しいです。縦長の傷と傷の深さを見る限り、刃物の凶器で刺され、そして凶器を抜かれ、出血を塞ぐものがなくなって失血死...が一番有力だと思います...。ただ...少し、暴れたあとのような...ものが......」

 

 

声が小さくなっていく。言葉がしぼんでいく。まるで、自分が見たことを口にすることを拒んでいるかのように。

見かねた禍賀が、代わりに続きを担うが如く、口を開いた。

 

 

禍賀「まぁ、あの穂堂だからな~って思うけど、でもやっぱあったんだよ。痣が何個かさ。」

 

比良坂「やっぱこう、犯人と穂堂でボコボコに殴り合ったとかなのか?」

 

静寂「...バカなのか?」

 

 

俺はなにも言えなかったが、静寂と同意見だろう...

 

 

《薬袋の証言》

 >薬袋は視線を下げ、小さく震えていた。

  「た、確かに、モノシープファイルに書かれていることは正しいです。ただ...」

  縦長の傷と傷の深さから、モノシープファイルに記されている通り、刃物で刺され失血死が一番有力だと言う。しかし、薬袋と禍賀の検死の末、痣が何か所かあったようだ。

 

 

 

もう見るべきものは見ただろうか。

ここは薬袋や禍賀、静寂と比良坂に任せて、俺は他を見て回るか。

 

 

 

 

月無の部屋を出た俺は、廊下を渡って穂堂の部屋の前に立った。

廊下の空気は薄暗く、壁の奇抜さがどこか灰色がかって見える。

さっきまでの血の匂いが薄れていくかわりに、ほのかに香る石鹸の匂いが混ざった静けさが漂っていた。

 

ドアノブが冷たいわけではない。でもドアノブを握る拳は変わらずひんやりとして、指先から心拍の鼓動が跳ね返ってくる。

 

 

ドアを開けたら、そこには月無が居た。

 

そして部屋の整然さに息を呑む。

ベッドは完璧に整えられ、シーツには一つの皺もない。まるでモデルルームだ。壁際の机も、引き出しの取っ手も指紋がつくのを拒むように光っている。

 

 

紗鳥「......ここで誰も寝てないのか?」

 

 

ベッドの上に立ち上がる布団の角はピンと張っており、寝返り一つの形跡もない。シャワールームの扉を開けると、湿気の匂いすらない。

まるで、穂堂は最初からこの部屋を使っていなかったかのようだ。

 

 

《穂堂の部屋》

 >ベッドはシワひとつないし、シャワーも使った形跡がない。誰もここで寝ていないのだろうか。

 

 

 

月無は相も変わらず、隅に移動させた椅子に座っている。

 

 

紗鳥「なぁ...」

 

月無「なによ、あんたもやっぱあたしが犯人だって言うの?」

 

 

キッと睨み上げられ、話しかけることすら躊躇する。

しかし、これは捜査だ。彼女が犯人だと決めつけていられない。

 

 

紗鳥「違う、ただ月無の話を聞きたいだけだ。昨日、どこで何してたかとか。犯人じゃないなら尚更言った方がいい。」

 

月無「......それも、そう...。昨日の夜は、ずっとランドリーに居て、そのまま寝たわ。」

 

 

ラ、ランドリー...?なんでそんな場所で。と、口に出ない疑問が心を占める。

俺の顔に出てたか、それほど疑問を抱いたオーラを俺が出していたか。月無は続けて言う。

 

 

月無「別に好きでランドリーに居たわけじゃない。ただ、昨日の夕方ぐらいに穂堂から、部屋交換をお願いされて...断れなくて、それで穂堂の部屋が綺麗すぎて落ち着けなくて、ランドリーに居た......これでいい?」

 

 

これが証拠だ、と言わんばかり、月無が穂堂の部屋の鍵を持っていた。

 

 

紗鳥「あ、ありがとう...」

 

 

《月無の証言》

 >「昨日の夜は、ずっとランドリーに居て、そのまま寝たわ。」

  事件前日、月無はランドリーで一夜明かした。穂堂の部屋は整いすぎていて落ち着かないとも言っていた。何故ランドリーを選んだのか、は聞かない方がいいのだろうか...。

 

《部屋交換》

 >どうやら穂堂は事件前日の夕方、月無に部屋交換を申し出たらしい。その証拠に、月無は穂堂の部屋の鍵を持っていた。

 

 

 

引き続き探索を進めると、机にメモが置いてあった。

あんまり使ってないな、なんて思いながらパラパラとめくる。

 

「生活3日目。このメモ帳は小さいし枚数も少ない。できるだけ簡潔に書くことにしよう。暗い顔をしている人もいれば、楽しそうな人もいる。僕は出来ることをしよう。」

「生活4日目。レクリエーションをやった。僕が1位になってしまったけど、皆が楽しめてくれたのかどうか分からない。でも、笑顔が見れてよかった。」

「生活5日目。あれは病院、それにおばあちゃんの声だった。血も見えた。恐らくそういうことだろう。僕は、守らなくちゃいけない。できるだけ多くを。」

「みんなの身に、もし、なにかあったのなら、」

 

 

手を止め、読んでしまった。

穂堂の綺麗な達筆じみた文字、あの優しい穂堂が居た痕跡。

思わず涙ぐんでしまったけど、雫となって落ちないよう前を向いた。きっとあいつも涙が見たいわけじゃないはずだ。

俺にできることは、穂堂の為に、なるべく犠牲者を出さないよう頑張るだけだ。

 

 

《穂堂の日記》

 >穂堂の部屋のメモは、日記替わりにされていた。穂堂の流れるような達筆じみた文字は、いつ見ても綺麗だ。メモの内容も穂堂らしい、優しく堅い決意が滲んでいる。

 

 

 

月無はその場から動かないと宣言するかのように、片膝を抱えていて、こちらを見ようともしない。

心の中だけで、少しの溜息をつき、穂堂の部屋を後にする。

廊下に出ても静けさがあまり変わらないのは、彼女があまり喋らないこと、廊下にも誰の声も響いていないことも関連するだろう。

 

そして行き先は決めていた。次は厨房だ。

 

 

食堂の奥、磨き込まれた扉を押すと、厨房の独特な匂いが鼻腔をくすぐった。

鉄と油と、わずかな香草の残り香。先刻までここで食事が作られていた証拠だ。

 

中には鳴佳と幕吏、そして信乃陀がいた。

鳴佳は大きな冷蔵庫の前で何やら帳簿のような紙を眺め、幕吏と信乃陀は調理台の上の器具を一つ一つ点検している。

 

幕吏がこちらを見やり、俺が来たことを知る。

 

 

幕吏「ちょうどいいところに来たな。これを見ろ。」

 

 

そう言う幕吏の元へ行き、何事かと指先の先、その方向には壁にずらりと掛けられた包丁のラックだった。大小様々な包丁がきっちり並んでいる...はずが、その中にぽっかりと一箇所、空白があった。

 

 

紗鳥「......一本、ないな。」

 

幕吏「そうだ、包丁が一つ、忽然と姿を消しているのだ。」

 

信乃陀「禍賀様は検死のご協力をしていますし、枢木様も別の場所に行かれているので、朝食の際、既に包丁が消えていたのかは後で聞く必要がありますかね。」

 

 

確かに、枢木の姿は見ていないが、確認を取った方がいいのは確かだ。

その無い一本の包丁は、姿を見せずとも存在感を放っている。

 

 

鳴佳「わたくし、帳簿に包丁の数まで記録されていないか探しましたが、一つ減っていましたわ。ただ、どのタイミングでの記帳なのか分からないのが難点ですわね...」

 

幕吏「夜時間の存在意義を考えれば、そこじゃないか?食堂が立ち入り禁止になっているから、実質ここも立ち入り禁止だろう。」

 

鳴佳「...確かにそうですわね。」

 

 

鳴佳が手にした紙を畳む音が、賑やかな厨房に落ちた。

 

 

 

《消えた包丁》

 >厨房から包丁が一本消えている。帳簿にも一本消えていることが記されていた。

 

《夜時間の規則》

 >夜時間中は食堂に侵入できない。

 

 

 

紗鳥「そういえば、幕吏と信乃陀たちって夜ラウンジで話してたけど、何時まで話してたんだ?」

 

幕吏「ふん、証言が必要ならば俺様の証言を覚えておくといい。昨夜はお前の知っての通り、ラウンジに居た。繋守と薬袋、それに信乃陀も共にだ。時計を見た覚えがあるが、チャイムの音を聞いたあとも話していてな。ルールも大切だが、4人で固まっていた方が安全だという話もしていたことを覚えている。」

 

信乃陀「はい!理解もそう覚えています!薬袋様の眠気を考慮して解散したのですが、ただ...理解は確かに、コツコツという足音を聞きました。もちろん、幕吏様や繋守様、薬袋様のものではないものです。扉が閉まるまで見送りましたから。」

 

 

視線が自然と鳴佳へ移る。彼女は一瞬だけ目を伏せ、それから表情を整えて答えた。

 

 

鳴佳「わたくしは...その時間、自室に居ましたわ。なので、人と会ってはいません。ですから証明は、できませんわね...」

 

 

彼女は毅然とした口調を崩さなかったが、どこか小さく震えた指先だけが、その孤独を物語っていた。

 

 

《幕吏の証言》

 >「昨夜はお前の知っての通り、ラウンジに居た。繋守と薬袋、それに信乃陀も共にだ。」

  幕吏、繋守、薬袋、信乃陀は夜10時、つまり夜時間のチャイムを過ぎた後もラウンジで談笑をしていた。彼、彼女たちは、あの動機に負けず、人を信じ、仲良くなっているみたいだ。夜時間中外に出ないというルールを守らないのは褒められたものではないが...

 

《信乃陀の証言》

 >「理解は確かに、コツコツという足音を聞きました。もちろん、幕吏様や繋守様、薬袋様のものではないものです。扉が閉まるまで見送りましたから。」

  夜時間にもかかわらず、足音を聞いていたという。

 

 

 

信乃陀「あの...紗鳥様......」

 

俺を呼び止める小声。

 

なぜ小声なんだ、と聞けば、「理解の勘違いかもしれないもので心配をかけたくない」と。

 

 

紗鳥「その、勘違いってなんだ...」

 

信乃陀「夜時間の際、パンと...銃声のような重い音が聞こえたような気がしまして。」

 

 

銃声!?と大声をあげそうになり、信乃陀は慌てて俺の口を抑えた。

 

 

信乃陀「しー、です。...ただ、一瞬のことですし、少し怖かったので聞かなかったことにしてしまい......」

 

紗鳥「なるほどな...」

 

 

《銃声のような音》

 >「夜時間の際、パンと...銃声のような重い音が聞こえたような気がしまして。」

  夜時間、銃声のような音を聞いたと言う。しかし、銃なんてどこかに置いてあっただろうか...

 

 

 

そして厨房を後にし、食堂へと戻った。そのとき。

 

燐海が手を振り、軽快な声をかける。

 

 

燐海「お、幸運クン!こッちこッち、面白いもの見れるからこッち来てみて。」

 

紗鳥「面白いもの...?」

 

 

彼は満面の笑みで廊下を先に進む。足取りは軽く、いつも通りだ。知っているくせに、何も知らないような顔をして、俺を誘っている。仕方なく、俺は後を追っていた。

 

やがて、俺たちは小さな扉の前へ立つ。

そこは男子トイレの扉。

 

 

紗鳥「...な、なんで男子トイレに?」

 

燐海「いやいや、見たらわかるから。ほォら早く。はーやーく。」

 

 

厄介な声に急かされ、扉を開ける。

 

ふと目に入ったのは、個室の扉や天井についた、血飛沫。

何故? そんな問いを残すのは当然のことではあった。

 

不自然なのは、その血飛沫は何故か壁に飛び散り、少し横に伸びている。

なにもかも理解が及ばず、頭が痛くなる。

そんな様子の俺を、燐海はくすくすとわらっていた。

 

 

《横払いの血飛沫》

 >男子トイレの個室の扉や壁には、横に伸びた血飛沫があった。

 

 

 

燐海「ま、それもなンだけど。ほらこれ。」

 

 

謎の情報に、額を押さえている俺のことなど露知らず、燐海は俺を呼んでいた。

声の方向、視線を落とすと、そこには包丁が一本、入口から遠く離れ、奥まった壁沿いに落ちていた。鉄の光が薄暗い空間で光り、何とも言えない異様な存在感を放っている。

 

 

紗鳥「誰がこんなところに...」

 

燐海「さァ?でもボクはこれ凶器に見えないからなァ、うーん。」

 

 

わざとらしく悩む素振りを見せ、手を頭の後ろで組む燐海を横目に、包丁を詳しく見る。

包丁はまだ血を帯びているが、ほんのり、という印象だった。凶器にしては血があまり付着していない。誰かが洗ったのか、拭ったのか。考えるだけで嫌気がさす。

 

 

紗鳥「でも、これ凶器じゃないのか...?」

 

燐海「おッと、そういうのは後でやればいいッて。」

 

 

《男子トイレに落ちていた包丁》

 >扉の入口からかなり離れた場所に落ちていた。包丁にはあまり血が付着していない。それは全く付着していないというわけでもなく、どこかで洗ったか、拭ったりしたのだろうか。

 

 

 

他にはなにか、落とした情報は無いかと辺りを見るが、何もない。

これで全部かと、気を緩めて、掃除用具入れの扉を開いた。

 

眼前に落ちていたのは、赤い生地の布。否、真っ赤に濡れた丸まった布。

それがバケツに入っていた。バケツには少し、赤い液体が滴り落ちていた跡がある。

 

 

燐海「ぜーんぶ血でべッちャべちャ、ッて感じでもないけど、すごいもン隠そうとするよねェ。」

 

紗鳥「流石に...触りたくはないな...」

 

燐海「血で濡れてないとこを器用に持てばいけるンじャない?」

 

紗鳥「じゃあお前がやってみたらどうだ。」

 

燐海「ボクは見てるだけがいいかなァ。」

 

 

なんだあいつ。

上手に躱されてしまったが、これに関しては見てるだけでも気が滅入りそうだ。

 

 

《血濡れの布》

 >男子トイレの掃除用具入れのバケツの中に入っていた。何故こんなに血に濡れているのか定かではないが、不気味なほどにぐしゃぐしゃな布は触りたくない。

 

 

 

紗鳥「まさか、これを”面白い”って思って見せに来たのか...?」

 

燐海「面白かッたでしョ?裁判には推理、推理には証拠。ほら、感謝してもいいンだよ。」

 

 

誰がするか、と心の中で蹴飛ばしていた。

燐海はにやりと笑ったまま、「じャ、お次もよろしく~」と自分勝手に去っていく。

 

男子トイレの薄暗い空間に包丁、血飛沫、血濡れた布。それらの存在は、確かに事件の匂いを強く漂わせていた。

確かに、知っておいて損はない。むしろ得、...こんな状況で損得など語るのかと気持ち悪さがこみ上げる。

 

足早に男子トイレを後にした。

 

 

そのまま廊下を抜け、中庭へ出る。

そこには、事件現場の空気が届かないような、偽物の陽光と緑の匂いが満ちていた。

殺人のあった同じ学園の中とは思えない、静かで穏やかで軽やかな光景だ。

 

そんな中、四葩がしゃがみ込んで花壇の手入れをしている。白い園芸手袋をして、小さなハサミで咲き終えた花を一輪ずつ摘んでいく。

その姿は、まるで日常が壊れていないかのようで、逆にこの光景にそぐわない不気味さを感じる。

 

 

紗鳥「...こんなときに園芸か?」

 

 

俺の声に、四葩は顔を上げる。陽射しに透けた瞳がふわりと笑う。

 

 

四葩「だって、花は待ってくれないし。この花は枯れる前に摘まないと、次が咲きづらくなっちゃうから。」

 

 

その口調はあまりにも自然で、どこか優雅にも見えた。事件のことなど頭にないように見える。

また、花壇の方に目を向ける。その手元の動きは妙に正確で、無駄がない。

 

 

紗鳥「穂堂のことはちゃんと聞いたか?」

 

 

四葩は手を止めず、花を摘みながら小さくうなずく。

 

 

四葩「うん、びっくりしたけど、ね。あの人、花より人を大事にする人だった。」

 

紗鳥「そう思うか。」

 

 

四葩は、詰んだ花を手のひらに並べ、じっと眺める。

 

 

四葩「こうして並べると、どれも同じ色に見えるね。」

 

紗鳥「...いやぁ微妙に違わないか?」

 

四葩「そう?ならよかった。」

 

紗鳥「なんで?」

 

四葩「花って、枯れちゃったらどれも茶色になるから。」

 

 

その瞬間、彼女の目がほんの一瞬だけ鋭くなり、すぐに穏やかな、いつもの表情に戻った。

四葩もそんな視線を持ってるのか。

 

 

四葩「じゃ、またあとで。次はもっときれいに咲いてるところ、見たいね。」

 

 

四葩は軽やかに立ち上がり、手袋を外しながら去っていく。

 

残された花壇には、まだ咲ききっていない蕾が並んでいた。

それが新しい命の象徴に見えると同時に、いつ摘まれるかを待っているようにも思えて、胸の奥に妙な寒気が残った。

 

 

 

中庭から廊下へ戻り、進む。足音が床に軽く反響し、短い静けさの後に消えていく。

天井の窓から差し込む偽物の太陽光が、床に淡く窓の影を落としている。昼間なのに、どこか時が止まったように思える。呼吸を整えながら角を曲がると、人影が視界に入った。

 

枢木が紙を手に立っており、隣には絡転もいる。その隣に繋守も。三人は声を交わしていた。

繋守はこちらに気付き、こちらに手を振る。絡転は軽く笑みを浮かべ、枢木はいつも通りの穏やかな雰囲気を纏う。俺は歩みを緩め、三人に近づいた。

 

 

繋守「やっほー紗鳥くん。」

 

絡転「...鳩の子か。」

 

枢木「紗鳥くん、この紙、見てくれる?」

 

 

手元の紙を覗き込む。

『裏切者の正体がわかった。夜、あなたの部屋で話したい。これは絶対に誰にも内緒で。』と、文字は鮮明で、枢木の指先に握られている。

 

 

紗鳥「どこでそれを?」

 

枢木「私のじゃないよ、これは絡転さんの。繋守さんも拾ったらしい。」

 

繋守「そうそう、部屋帰った時にねー部屋にあったの。ボクの落とし物にしては覚えがないから困ってたんだよね。」

 

 

確実に繋守の落とし物ではないだろう。

 

 

(そういえば、燐海もメモを持ってたみたいな話をしてたような……)

 

頭の片隅で、燐海の話を思い出す。

 

 

『あれ、そういや幸運クンはアレ貰った?』

『おォ、じャあ貰わない方がラッキーなんだ。ま、そりャそうだよねー。』

『ちャんと鍵閉めて寝なよ~。今日は危ないからね。』

 

 

メモは複数枚ある、ということか...?

それにしても、燐海はどこまで知ってあの発言をしたのだろう。

 

 

《配られたメモ》

 >『裏切者の正体がわかった。夜、あなたの部屋で話したい。これは絶対に誰にも内緒で。』と書かれたメモ。枢木に見せてもらったが、似たような話を燐海がしていた。まさかあいつはこの事件が起こることを予測していたんじゃないだろうか...

 

 

 

紗鳥「そういえば、絡転は穂堂と話してたけど、いつ解散したんだ?」

 

 

絡転は肩をすくめ、短く吐息をついてから答えた。

 

 

絡転「鳩の子が去っていったあと、すぐ解散したな。故に、我は象の子の行く末を知らぬ。」

 

紗鳥「俺が居たの気付いてたのか...」

 

絡転「鳩の気配でわかる。」

 

 

俺は紙から目を離し、微かな表情の変化を確かめる。

枢木は紙をぎゅっと握りしめ、絡転は軽く腕を組んでいる。

繋守は...相変わらずだが、空気が微かに震え、緊張が床に滲んでいくようだった。

 

廊下を通るわずかな暖房の風が、枯れた葉のように紙を揺らす。

足音が近づき、遠ざかるたびに、心臓の鼓動もまた少しずつ響く。

この一瞬一瞬の中に、事件の影が潜んでいることを、確かに感じた。

 

 

《絡転の証言》

 >「鳩の子が去っていったあと、すぐ解散したな。故に、我は象の子の行く末を知らぬ。」

  俺が二人のもとを去ったのは夜時間になる1時間ほど前だろうか。なら穂堂はどこへ行ったのだろう...

 

 

 

三人の後を去ろうとして、ふと厨房の話を思い出す。

 

『枢木様も別の場所に行かれているので、朝食の際、既に包丁が消えていたのかは後で聞く必要がありますかね。』

 

踵を返し、再び枢木に声をかけ、

 

ようとしたとき。

 

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン』

 

 

 

モノシープ『えー、どうでしょう。もう十分ですかね?十分待ちましたよね?』

 

モノシープ『ではそろそろよろしいでしょうか。何を、ですか?それはもちろん、もちろん!お待ちかねの、学級裁判ですよね!!』

 

 

呑気な顔、呑気な声、それに呑気な効果音まで付いている。

正直、今は腹が立つという意見が優勢だ。

 

 

モノシープ『では、初めてですので集合場所を指定してあげましょう。アトリウムから1番近くの開かずの扉、って言っても開かない扉多すぎてわかんないですよね!真っ赤な扉の前にお集まりください。ではでは。』

 

 

モノシープの声が途切れた途端、張りついていた見えない鎖がほどけるように、足がやっと動き出す。

 

 

絡転「ふむ、始まるのか。」

 

枢木「そうみたいだ。」

 

 

偽物の陽光は変わらず差し込んでいるのに、温度が数度下がったように肌が冷える。その冷えが、これから踏み込む場所の冷酷さを告げているかのようだった。

 

絡転と枢木のやり取りを前に、俺も無言で頷く。

繋守はルンルンで一足先に歩を進めていたが、言葉を重ねる余裕など、俺は持っていないようだった。

 

廊下を抜けると、まるで呼び寄せられたかのように、他の面々も次々と顔を見せた。

誰も笑っていない。

否、日常のように笑おうと頑張っている者は居たし、燐海は論外だ。

俺たちの足取りは重く、視線は落ち、ただ「赤い扉」という一点を目指して歩を進めていた。

 

アトリウムの中央に差し込む、おそらく唯一の本物の陽光。

中庭の陽光と比べ、鮮烈なのに、胸の奥は凍えるほど冷えている。

それぞれの靴音が大理石の床に響き、やがてひとつのリズムに揃っていく。その音はまるで、処刑台に向かう行進のようで、背筋にぞわりと悪寒が走った。

 

やがて見えてくる。

開かずの扉と呼ばれていた場所。その中でも、ひときわ異彩を放つ真っ赤な扉。

周囲の紫の壁に鮮血を塗りつけたかのような色彩は、ただそこに在るだけで威圧感を放っていた。

 

幕吏が低く唸るように言葉を漏らす。

 

 

幕吏「...これが、裁判への扉か。」

 

 

禍賀は小さく舌打ちし、視線を逸らした。

信乃陀は落ち着かぬ手つきで祈っている。

皆が同じ緊張を抱えながらも、それを誤魔化す術を持っていない。

 

俺は深呼吸を一度。

それでも胸の奥のざらつきは消えない。

扉の前に立つと、モノシープの無邪気な声が再び頭に響いたような気がして、背筋が凍りついた。

 

この扉の向こうで、俺たちは互いを疑い、命を奪い合う。

 

その現実が、ついに目の前まで迫っている。

 

 

 

 

 

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