DR_inflection   作:柚柚

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1章 オシオキ編

 

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モノシープ「いやはや、素晴らしいですね。今回、超高校級のボディーガード 穂堂涼介クンを殺したクロは__超高校級の新体操選手 鳴佳光希サンでした。大正解ですねー!」

 

 

けたたましいファンファーレが鳴り、モノシープは拍手をしている。

そんな呑気な雰囲気とは真逆の空気が流れていることなど露知らず。

 

 

紗鳥「本当に鳴佳が、穂堂を殺したんだな...」

 

鳴佳「えぇ、貴方がそう言ったではないですか」

 

 

鳴佳は先と変わらず、にこやかに微笑んで立っている。

取り乱すでもなく、罵詈や虚言を吐くわけでもなく、ただそこに。

 

 

禍賀は居心地の悪そうな顔をして、鳴佳を睨む。

 

禍賀「なんでなりりんはほどちゃんを殺したの」

 

 

鳴佳は一度、目を伏せた。

茶の瞳が静かに揺れる。

 

 

鳴佳「......決まっているでしょう。帰りたかったのです。わたくしのお母様のもとへ」

 

その言葉に、裁判場の空気がわずかに震えた。

繋守が口を開く。

 

 

繋守「お母さん、って......鳴佳ちゃん、動機の”映像”で、泣いてたよね」

 

鳴佳「えぇ。あの方は、もう長くありませんの」

 

 

その声は、あまりに静かで、誰も割り込めなかった。

 

 

鳴佳「もしわたくしがここで何もせず、日々を過ごしていたら……あの人の最期に間に合わないかもしれない。だから、早く終わらせたかったのです。この”学園”という牢獄を」

 

薬袋「...そんな、理由で......」

 

 

鳴佳「そんな理由、ですか?」

 

微笑のまま、鳴佳は首を傾げた。

「理由」という言葉を、まるで確かめるように。

 

 

鳴佳「人が死ぬということは、いつだって誰かの”そんな理由”で起きるものですわ。ねえ、禍賀さん。わたくし、間違っていましたか?」

 

 

なにも言えない。

なにも言い返せない。

なにも言い切りたくはなかった。

 

 

禍賀「うちに聞かないでよ。アンタはうちとは違うでしょ」

 

鳴佳「あら、似た者同士になってしまったと、わたくしは少し嬉しかったのですけれど」

 

禍賀「んなわけ。うちは人殺すのに"そんな理由"みたいな大層なもんだって無いんだっつーの」

 

鳴佳「そうですか...」

 

 

そんな居心地に悪い泥沼のような空気の中、一人、口を開いた。

 

 

燐海「でも、ホントに焦ってたンだね。新体操選手サンもさ」

 

枢木「焦ってた...?」

 

燐海「ほら、だッて擦り付ける人すら決めれてないンでしョ?デバッガーに擦り付けたいッて思ッてたなら、男子トイレの諸々は意味ないじャン」

 

 

確かに、と思った。

月無に擦り付けたいなら、男子トイレに包丁を投げ込むなんてしたら月無の容疑が晴れることにすら繋がるだろうに。

 

 

鳴佳「流石ですわね...確かに焦っていましたわ。自分から容疑が外れればそれでいい、なんて考えてしまっていたのかもしれません」

 

繋守「まぁ、多分それは...仕方がないかもだけど......」

 

鳴佳「それに、談話室の本棚の中に、現状と同じような物語の本があったんです。そこにトイレへ証拠を投げ込むシーンがありまして、真似しようと思ったんですの」

 

燐海「へェ、確かに談話室の本棚は詳しく調べてなかッたね。ボクも後で読もッかなァ」

 

静寂「読んでどうするつもりだ」

 

燐海「どうするもなにも、参考にするンだよ」

 

静寂「......はぁ、」

 

燐海「だッてさ。次の被害者がボクかもしれないじゃン?なンなら加害者かも。なら、勉強しとくのは悪くないッてね。」

 

 

その言葉に、空気がまた冷える。

 

 

紗鳥「......やめろよ、そういう話じゃないだろ」

 

 

自分でも驚くほど低い声だった。

喉の奥が、ひどく乾いていて、痛い。

 

 

紗鳥「穂堂は......死んだんだぞ」

 

 

言葉にした瞬間、身体全体にかかる重力が増したような感覚。

脳が痛い、心臓が痛い。

 

 

紗鳥「俺たちが今こうやって立ってる間にも......あいつはもう、どこにもいないんだ。なのに、次の殺しの予習? そんなの......そんなの、違うだろ......」

 

 

涙と怒りが視界をぼやけさせる。

ぼやけた視界をキャンバスに、浮かび上がったのは穂堂の顔。 いつも穏やかに笑っていた顔。

 

けど、ピントが合った視界のその先、

 

 

燐海「...でもさァ、ボディーガードクンも許してくれるンじャない?」

 

紗鳥「......何?」

 

燐海「だッてさ。次の学級裁判で勝つ為の勉強、ッて言ッたら。案外さ?」

 

 

燐海は軽く笑って、

 

 

燐海「ほら、優しいじャン。あの人」

 

 

空気が凍る。

 

 

 

薬袋「......燐海くん、」

 

燐海「なに?間違ッてる? ボクらが死なない為の話をしてるンだけどな。それッて、そんなに悪いこと?」

 

 

燐海は肩を竦める。その仕草は、あまりにも軽かった。

 

誰もすぐには言葉を出せない。

けれど――

 

 

遊城「......うるさいわね」

 

 

遊城の声はいつもよりか、鳴りを潜めていた。

 

 

燐海「ン~?」

 

遊城「うるさいって言ってるのよ」

 

 

遊城は燐海を睨みつける。

その目には、明確な苛立ちが宿っていた。

 

 

遊城「あいつが優しいからって、次の学級裁判とか、何でもかんでも許すわけないじゃない。勝手に穂堂の気持ちを決めつけないで」

 

 

燐海は一瞬だけ、興味深そうに目を細めた。

けれどすぐに、いつもの軽い笑みに戻る。

 

 

燐海「へェ...怒るンだ」

 

 

その言い方は、どこか観察しているようだった。

まるで獲物を吟味しているかのように。

 

 

遊城「当たり前でしょ。だって――」

 

 

遊城は言葉を止める。胸の奥で何かが引っかかったように、口を開いて、ただ引っかかりを取りたくて思案に暮れた。

 

俺にも、なんとなく伝わっている。

 

燐海に。

燐海に穂堂のことを語られたくない。

燐海なんかに。

 

穂堂が優しいのはわかってる。けど、穂堂が「許す」なんて誰かに決められたくない。

 

 

遊城「......あいつは」

 

 

その続きを、言えなかった。

 

その時だった。

 

 

 

鳴佳「いいえ、許してくださると思いますわ」

 

 

静かな声が落ちる。全員の視線が、鳴佳へ向く。

その顔には、変わらず微笑が浮かんでいた。

 

 

鳴佳「あの方なら」

 

 

その言葉は、確信しているようだった。

 

 

遊城「......はぁ?」

 

 

鳴佳はゆっくりと瞬きをする。

 

 

鳴佳「だって、穂堂さんは最後まで、怒りませんでしたもの」

 

 

その言葉に、空気が止まる。

鳴佳は目を伏せていた。

 

 

紗鳥「......どういう意味?」

 

鳴佳「そのままの意味ですわ」

 

 

鳴佳は再び瞼を開き、遠くを見る。

まるで、その場にはいない誰かを思い出すように。

 

 

鳴佳「わたくしが包丁を向けた時も、穂堂さんは怒りませんでしたから」

 

 

少しだけ、声が柔らいだような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

夜。

 

廊下には、人の気配がなかった。

蛍光灯の白い光が、無機質に奇抜な壁や床を照らしている。

 

足音が、ひとつ。

コツ、と。

鳴佳の靴音だけが、静かに響いていた。

 

迷いは、もうなかった。

 

 

月無の部屋の前で、足を止める。

一度だけ、呼吸を整える。胸の奥が、妙に静かだった。

 

スカートを捲る。

太ももに巻き付けていたリボンを解き、重みのある物体を手に取る。

物体に纏わりつくリボンをくるくると巻き取っていく。

 

ドアノブに手をかける。冷たい感触。

そのまま、ゆっくりと。

 

扉を開けた。

 

 

軋む音が、夜に溶ける。

部屋の中は電気がついていて明るい。

彼女なら、暗がりすらも怯えるとは思うけれど。

 

そして。

人影が、ひとつ。

鉄板で覆われている窓際に、立っていた。

 

 

鳴佳「......あら」

 

 

思わず、声が漏れる。

想定していなかった光景だった。

 

 

穂堂「こんばんは」

 

 

穏やかな声。大きな体躯。

傷の跡すら煌めいて見える、いつもより口角の下がった表情。

 

後ろ手でゆっくりと扉を閉めた。

背後で、静かに音がする。逃げ場がなくなる音。

 

 

鳴佳「どうして貴方が、ここに?」

 

 

そのまま歩を進める。

穂堂は少しだけ肩をすくめていた。

 

 

穂堂「月無さんと部屋を替わったんだ」

 

 

その言葉に、鳴佳の思考が一瞬だけ止まる。

 

 

穂堂「なんとなくね、嫌な予感がして」

 

 

その視線が、鳴佳の手元へ落ちる。

包丁。

隠す意味は、もうない。

 

 

穂堂「......やっぱり」

 

 

小さく、息を吐く音。

怒りは、なかった。ただ、少しだけ寂しそうで。

 

彼は気付いている。

この人は、最初から分かっている。

鳴佳が何をしに、ここへ来たのか。

 

そして、それでも、ここに立っている。

 

 

鳴佳「...そうですか」

 

 

短く、呟く。

 

穂堂が一歩、近づく。

床が小さく軋む。

 

 

穂堂「鳴佳さん。まだ、間に合うよ」

 

 

優しい声、陽だまりのような人。

 

 

穂堂「まだ誰も死なない」

 

 

その言葉は、あまりにも真っ直ぐだった。

疑いも、打算もない。そう信じている声。

 

鳴佳は、わずかに目を細める。

 

 

鳴佳「でも、わたくしは殺しますわ」

 

 

穂堂は、頷いた。

 

 

穂堂「...帰りたいんだよね」

 

鳴佳「ええ、お母様のもとへ」

 

 

少しだけ自分の喉が震えたような気がした。

穂堂は少しだけ笑う。

 

 

穂堂「僕も、おばあちゃんが入院しててさ。帰ったら、会いに行きたいんだ」

 

 

静かな空気。

奇しくも、帰りたい理由も、想いも同じだった。

けれど。

 

包丁を、持ち上げる。

照明が刃に反射する。

 

 

鳴佳「なら、退いてくださいな」

 

穂堂「それはできない。僕は誰も死なせないって決めたから」

 

鳴佳「......困りましたわ」

 

 

穂堂は動かない。

逃げるという選択肢が、最初から存在しないみたいに、その場に根を張っている。

 

 

鳴佳「......もう、決めておりますの。わたくしはお母様のもとへ帰りますわ。そのために、何をするべきかも」

 

 

一切の濁りなく、視線は真っ直ぐに。

言葉にも迷いは無く。

 

 

穂堂「そっか...」

 

 

止めない。否定も肯定もしない。ただ受け入れる。

そして、息を吸い、吐いて。

 

 

穂堂「じゃあ、僕は鳴佳さんを止めるよ」

 

鳴佳「......本当に、困りましたわね。貴方のような方が相手なんて」

 

 

穂堂が一歩、踏み出す。

鳴佳も、一歩。

 

距離が、ゆっくりと縮まる。

静かな部屋の中で、目を閉じた。

 

これ以上、言葉を聞けば、きっと手が止まる。

 

だから。

 

 

鳴佳「......失礼しますわ」

 

 

包丁を、握り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刃が沈む。柔らかい感触と、確かな抵抗。

手の中に、生々しい重みが伝わった。

 

息が止まる。

時間が止まる。

 

穂堂の体が、わずかに揺れる。

 

それでも、逃げない。

一歩も、退かない。

 

穂堂の腹部に刺さった包丁は、暖かくもなんともない。

ただ、その感触を確かめるように、静かに握っていた。

 

穂堂は、ほんのわずかに息を吐く。

痛みを押し殺すように。

それでも表情は、崩れなかった。

 

 

穂堂「......帰れるといいね」

 

 

穏やかな声。

まるで、いつもと何も変わっていないかのように。

 

 

穂堂「ちゃんと、お母さんのところに」

 

 

その言葉に、嘘はなかった。

本気で、そう願っている声音をしていて、それが何よりも異様だ。

 

 

鳴佳「......ええ、そのために致しましたもの」

 

穂堂「そうだね」

 

 

穂堂は小さく笑った。肯定だった。

その肯定に、躊躇いなどない。

深く刺さった包丁の柄を握る鳴佳の手を、穂堂の大きな手が添えられる。

 

一瞬の静寂。

 

ゆっくりと包丁を引き抜く。

そこで、ようやく手に暖かいものがかかった。

 

それは、動機ビデオで見た、赤い飛沫の正体だった。

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴佳「だから、許してくださると思いますわ」

 

 

鳴佳は微笑んでいる。

その言葉は、あまりにも自然だった。

まるで当然の結論のように。

 

そんな中で、食い気味に声が飛んだ。

 

 

信乃陀「......っ、それは違います!亡くなった方に、都合のいい解釈を押し付けるのは......失礼だと、理解は思います!!」

 

 

まっすぐな否定。

だが、それでも鳴佳は首を傾げるだけだった。

 

 

鳴佳「都合のいいだなんて、」

 

絡転「......死人に口なし、とは言うが、人の幽体は時に異なるものと結びつき、性質を変えることもある」

 

 

不意に口を開いた絡転は、口元に手をやり、目を細める。

 

 

絡転「いつまでも亡き者が持っていた優しさに縋るのは...あまり賢い選択とは言えないな」

 

 

それは断罪ではなく、ただの忠告。

繋守はその忠告の詳細を理解できているのか、漆黒の瞳を伏せていた。

 

余韻が、空気を歪ませる。

誰も、すぐには口を開かなかった。

 

ほんのわずかな沈黙。

 

その中で、四葩がぽつりと声を落とした。

 

 

四葩「ねぇ」

 

 

感情の色は、いつも通りほとんどない。

ただ確かに何かを見極めるような声音。

視線は、まっすぐ鳴佳へと向けられている。

 

 

四葩「もし、さ」

 

 

わずかに間を置く。

その間が、妙に長く感じられた。

 

 

四葩「殺したのが月無さんだったら?」

 

 

静かに、落とされる問い。

それは仮定でありながら、鋭利だった。

 

空気が、わずかに張り詰める。

誰もが、その意味を理解していた。

 

相手が違えば、穂堂の“許し”は成立しなかったのではないか。

鳴佳の拠り所、その前提そのものを揺るがす問い。

 

けれど。

 

 

鳴佳「......確かに、穂堂さんのようにはいかなかったかもしれませんわ」

 

 

あっさりと認める。

取り繕いもない。

あまりにも自然に、当然のように。

 

 

鳴佳「月無さんでしたら......きっと、許してはくださらないでしょう?」

 

 

ただの事実確認のように、その声音に感情は感じない。

 

月無は、その問いへの返答のように、鳴佳を睨んでいた。

呪詛でも唱えるのか、と勘違いするほど、どろどろとして鋭い視線。

そんな凶器とも思える感情を貰い受けても尚、淡々と鳴佳は前を向いて、続ける。

 

 

鳴佳「ですが、わたくしが刺したのは穂堂さんですもの」

 

 

穏やかに、言い切る。

 

 

鳴佳「そしてあの方は、わたくしを否定なさらなかった。それで、十分ではありませんか?」

 

 

その言葉は、静かだった。

声を荒げるでもなく、誰かを責めるでもなく。

ただ、そこに在る事実を提示しただけのように。

 

それでも場の空気は、確かに揺れた。

誰も、すぐには言葉を返せない。

 

正しいかどうかではなく、その在り方そのものが、あまりにも歪だったから。

 

沈黙。

その中で。

 

四葩は、わずかに視線を伏せた。

何かを考えるように。いや、もう考え終えているように。

 

 

四葩「......そっか」

 

 

小さく、呟く。

 

納得じゃないし、同意でもない。

ただ、その結論を受け取ったというだけ。

 

 

四葩「じゃあさ」

 

 

顔を上げる。

感情の薄い瞳が、鳴佳を捉える。

 

 

四葩「誰でもよかったの?」

 

 

飾りも、遠慮もない。

核心だけを抜き出した言葉。

 

場の空気につられて、俺の身体もわずかに強張る。

誰もが、それを否定できないことを理解していた。

 

鳴佳は、ほんの少しだけ笑った。

 

その言葉を、なぞるように。

 

 

鳴佳「......ええ」

 

 

迷いのない肯定。

 

 

鳴佳「結局のところ、どなたでもよかった。ただ狙いやすい月無さんを狙った」

 

 

人の顔も、名前も、関係も。

すべてが、その言葉の外に置かれていた。

その一言は、軽かった。

あまりにも軽く、そして静かに。

まるで何かを切り分けるように、迷いなく。

 

そこにはもう、“誰を殺したか”という要素は存在していない。

 

 

鳴佳「けれど、穂堂さんがそこにいらした」

 

 

ただ、それだけ。

 

 

鳴佳「そしてあの方は、わたくしを肯定してくれた」

 

 

繰り返すように。

その事実を、確かめるように。

 

 

鳴佳「ですから——」

 

 

その先を、言おうとした瞬間。

 

 

モノシープ「はーい、そこまでー!」

 

 

場を断ち切るように、軽い声が割り込んだ。

空気の流れを、強引にねじ曲げるように。

 

 

モノシープ「いい感じにまとまってきたところで、ちょーっと補足ね!」

 

 

不自然なほど明るい声。

その場にそぐわない軽さが、逆に際立つ。

 

 

モノシープ「鳴佳さんのお母さん、もう死んでるから。」

 

 

誰もが、言葉の意味を理解するのに、ほんのわずかな時間を要した。

空白。

カミングアウトをした当の羊は、言っちゃった♡、と赤らめた顔を爪で隠し、はしゃいでいた。

 

そして鳴佳は、ゆっくりと瞬きをした。

 

 

鳴佳「......あら」

 

 

それだけだった。

驚きも、悲鳴もない。

取り乱すことも、涙を流すことも、行き惑うことも、なかった。

 

 

短い沈黙。

 

鳴佳は、静かに息を吐く。

 

 

鳴佳「......そう」

 

 

その声音は、どこまでも穏やかで。

揺らぎは、見当たらない。

 

 

鳴佳「それは......好都合ですわね」

 

 

誰かが、息を呑む。

え?と誰かが声を漏らしたかもしれない。

 

 

モノシープ「予想はしてましたけど、反応が薄いですねー」

 

 

少々落胆混じりの声。

けれど鳴佳は、続ける。

 

 

鳴佳「わたくし、これから死ぬのでしょう?」

 

 

確認でも疑問でもなく、ただの前提の話。

自分は人を殺せたのだから、これから死にに行くのだ。と。

 

 

鳴佳「でしたら、このままお母様のもとへ行けますもの」

 

 

淀みのない言葉。

そこに悲壮はない。

むしろ。

 

 

鳴佳「ええ、ええ......」

 

 

小さく、繰り返す。

 

 

鳴佳「それなら、安心ですわ」

 

 

確かな安堵が、そこにはあった。

 

顔を上げる。

整った微笑み。

いつもと、何一つ変わらない。

 

 

鳴佳「ではどうぞ、始めてくださいな」

 

 

わずかに顎を引き。

それは、自然な促しだった。

 

まるで次の予定を進めるように。

 

 

そんな中で。

喉の奥で、言葉にならない音を漏らす人が一人。

押し殺そうとして、押し殺しきれないまま漏れ出るような、かすかな呼吸の乱れ。

 

 

禍賀「......は、」

 

 

短く、息がこぼれる。

それは笑いにも似ていて、けれど全く違った。

 

視線を逸らしたまま、唇の端だけがわずかに歪む。

 

 

禍賀「そーゆー感じね......」

 

 

軽く言おうとした言葉。けれど、どこか引っかかる。

うまくまとまらなくて、転がらない。

納得したふうに装う。その仕草は、いつも通りの軽さのはずなのに。

どこか、ぎこちなかった。

 

 

禍賀「安心、とか言うんだ」

 

 

静かな声。

皮肉にも聞こえるが、鳴佳は笑って首を傾げる。

 

 

鳴佳「ええ。だって、目的は果たしましたもの」

 

 

穏やかに、言い切る。

何もおかしくない、というように。

 

禍賀の眉が、わずかに動く。

口を開いたと思えば、すぐ閉じる。

指先が無意識に強く握られる。すぐに、力を抜く。

 

 

禍賀「......うちさ」

 

 

ぽつりと。

 

 

禍賀「こういうの、慣れてるつもりだったんだけど」

 

 

視線は逸れたまま。

誰に向けているわけでもないようで。

それでも、確かに鳴佳に向けていて。

 

 

禍賀「なんか、違うわ」

 

 

小さく、吐き捨てる。

鳴佳は、目を伏せて、ただ静かにそれを聞いている。

 

禍賀は、短く、湿度のない笑いが零れた。

 

 

禍賀「別にさ、怒ってるとかじゃないし」

 

一拍。

 

禍賀「......いや、ちょっとはあるかもだけど」

 

 

すぐに誤魔化すように、肩を竦める。

 

 

禍賀「でも、なんていうか」

 

 

言葉を探す。

珍しく、言葉がすぐに出てこない。

頭を掻いたり、髪をいじったりして、思考の時間を稼いでいた。

 

 

禍賀「そんな顔で言われるとさ」

 

 

ようやく、言葉の行く先へ視線を向ける。

 

 

禍賀「......ムカつくんだよね」

 

 

小さな声。

強くもない。荒くもない。

でも、はっきりと滲んだ感情。

 

鳴佳は、その言葉に対しても、表情を変えない。

 

禍賀は、一度だけ大きく息を吐く。

何かを押し込めるみたいに。

 

 

禍賀「...ねえ。ほんとに、それでいいわけ?」

 

 

息を吐くように漏れ出た言葉。

軽くて、硬い言葉。

 

鳴佳は、迷いなく頷く。

 

 

鳴佳「ええ」

 

 

その即答が、その微笑みが、空気を確実に抉り、削っていく。

 

禍賀は、視線を逸らす。

一瞬だけ、歯噛みする。

 

 

禍賀「......いやさ、別に、うちがどうこう言う筋合いじゃないけど」

 

 

前置き。

逃げ道を作る言い方。

彼女らしくない、とは思った。

 

 

禍賀「せっかく、仲良くなったじゃん」

 

 

ぽつりと。

自嘲気味に笑って、軽い調子のまま言おうとして。

笑みが少しだけ崩れる。

 

 

禍賀「......こんな終わり方、なくない?」

 

 

小さい声。

ほとんど独り言だった。

今の鳴佳の目には母親しか映っていない。

友達の言葉など、届きやしないのだから。

 

 

鳴佳「......わたくしは、満足しておりますわ」

 

 

穏やかに。

それが事実だと示すように。

 

禍賀は、少しだけ笑う。

 

 

禍賀「...あんたに俗は似合わないね」

 

 

溜め息混じりに呟いた。

諦めたように見せる、影のかかった笑顔。

 

 

モノシープ「あー、そろそろいいですかね」

 

 

パチパチ、と手を鳴らす。

ニコニコ、と気味の悪い笑みを浮かべながら。

 

 

モノシープ「それではオマエラ、お待たせいたしましたね」

 

 

モノシープ「今回は超高校級の新体操選手である鳴佳光希サンのために、スペシャルなオシオキを用意させていただきました」

 

禍賀「......なりりん」

 

 

鳴佳は、そっと笑った。

いつもの、柔らかな微笑み。

その笑顔は、拒絶と受け取れた。

 

禍賀は名前を呼んだ。

殺し屋の彼女の、せっかくできた友達の命が、潰えようとしている。

 

 

禍賀「なんでアンタが死んで、うちが死なないの」

 

 

納得いかない。そんな言葉。

けれど、その抗議の視線さえ空気に溶けた。

モノシープは表情ひとつ変えず、ただ愉快そうに首を傾げる。

 

 

モノシープ「禍賀サンは人をコロしても罰せられることなく生きてきたでしょうが、常識は違いますから。人をコロしたら、罰せられるのが普通ですのでね」

 

 

鳴佳は動かない。

両手を胸の前で結び、祈るように。

ゆっくりと息を吸い込む。

その横顔は、恐怖ではなく、やはり安堵に近かった。

 

禍賀も動かない。

もう手遅れなことを知っているから。

 

 

モノシープ「では、張り切っていきましょうね!オシオキターイム!」

 

 

鳴佳は最後まで泣くことはなかった。怯えることなどなかった。

ただ優雅に死を待っている。

望むように死を待っている。

母の元へ行けると、そう信じている。

 

モノシープは赤いボタンをハンマーで押した。

ボタンに付いている画面にはドット絵で、モノシープが鳴佳を連れ去る様子があった。

 

 

 

『ナリカさんが クロにきまりました。』

『おしおきをかいしします。』

 

 

 

ジャララと鎖が鳴る音が近づく。

そして鳴佳の首に首輪がつけられ、ぐい、と引っ張る。

俺はふいに手を伸ばした。けれど、届かないのは自分でも分かっていて、伸ばし切る前に手の平は萎れた花のように空を握っていた。

 

そのまま引き摺られていき、扉に吸い込まれていく。

そして、バタンと重く閉じられた。

扉の上のランプは『処刑中』という文字と共に赤く光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『The Broken Nutcracker』

 

【超高校級の新体操選手】鳴佳光希 処刑執行

 

 

 

 

 

 

 

照明が、静かに彼女を照らしていた。

 

鳴佳光希は舞台の中央に立っている。

純白の床、純白の天井。そして差し色のように赤いカーテンが揺らめく。

 

遠くには観客席らしき闇。だがそこに人影はない。

なのに、視線を感じる。胸の奥を射抜くような、重たい視線を。

 

 

『__光希、姿勢が悪いわよ』

 

 

その声を聞いた瞬間、鳴佳は微笑んだ。

スポットライトが照らす。

首を伸ばし、背筋をまっすぐに伸ばす。

まるで、観客席に居る母に見せるように。

 

手には一本のリボン。

薄い桜色の布が、照明を反射して淡く光る。

風もないのに、ゆらりと揺れるそれを、鳴佳はそっと掲げた。

 

 

『笑って、光希。あなたは笑っていなければいけないの。』

 

 

頬を緩め、完璧な笑顔を作る。

息を吸い、吐く。

心臓が鼓動を打つたび、舞台が共鳴する。

 

彼女はリボンを振り上げた。

空気が裂け、布が描く軌跡が白光を弾く。

軽やかなステップ。旋回。指先の動きに合わせてリボンが踊る。

 

 

(見ていてください、お母様。ちゃんと踊れますわ。)

 

 

舞台の照明がさらに強まり、音楽が流れる。

ピアノの旋律。静謐で、どこか哀しい調べ。

鳴佳は音に合わせて跳び、回り、滑らかに床を蹴った。

リボンが足に絡み、ほどけ、また巻き付く。

 

 

『そう、それでいいのよ。もっと腕を伸ばして』

 

 

母の声。

その通りに動く。

声が鳴るたび、身体が勝手に応じる。

リボンは次第に身体を縛るように絡みつき、袖口から腰へ、腿へと這う。

だが彼女はそれを“束縛”とは感じない。

“愛されている”と信じていた。

 

 

(お母様、見てて......)

 

 

リボンが光を放ち、舞台の上で彼女を包み込む。

その姿は、まるでひとつの繭のような芸術作品のようだった。

 

リボンが鳴いた。

かすかに擦れる音。首筋に冷たい感触。

 

それは風でも、偶然でもなかった。

まるで自我を持ったように、意志を持ったように、鳴佳の手から滑り出し、彼女の身体をなぞる。

 

 

『もっと、腰を落として。そう、背筋を__』

 

 

母の声が頭上から降ってくる。

リボンは、その指示に従うかのように、彼女の腕に絡みついた。

 

細い絹糸が肌を撫で、次の瞬間、締める。

 

 

「......っあ、」

 

 

微かな吐息。

だが鳴佳の顔に浮かぶのは痛みではない。

うっとりとした笑みだった。

 

 

(わたくし、お母様の期待に、応えられている......)

 

 

スポットライトがひとつ、またひとつと増え、彼女の輪郭を切り取る。

影が床に落ち、幾重にも重なり、彼女を囲い込む。

リボンは照明に充てられ、白く飛んで映る。

 

リボンは足元へ。

足首を一度、二度、三度と締める。

鳴佳の動きがわずかに乱れた。

それでも、母の声がそれを許さない。

 

 

『笑って。光希。あなたはわたくしの誇りなのよ。』

 

 

彼女は微笑む。

その瞬間、リボンが胴を滑り、喉元を撫でた。

柔らかい布のはずなのに、そこには冷たい刃のような緊張があった。

 

もう既に、リボンの挙動は鳴佳の意思とは関係なく。

母親からの操り糸のように、踊りを強制するかのように、締め付けていた。

 

息が詰まる。

空気が喉を通らない。

けれど__それが“愛”だと、信じていた。

 

 

リボンが締まるたび、骨が軋み、声が漏れそうになる。

それを堪えて、鳴佳は首を傾げ、笑顔を整えた。

涙が一粒、頬を伝って落ちる。

 

 

観客席は暗い。

誰もいない。

でも彼女の目には確かに“母”の姿があった。

微笑み、頷く母。

その幻のために、鳴佳は踊り続ける。

 

足がもつれ、転びそうになる。

だがリボンが引く。

糸でつられているかのように背中を反らせ、顔を上げる。

 

 

(お母様......見てて...見てください......)

 

 

リボンが一層強く締め付ける。

呼吸が音になる。掠れた呼気。

 

彼女は笑っていた。

壊れかけたオルゴールのように、ぎこちなく無理やり形を保ちながら。

 

 

『そう、それでいいの。完璧よ、光希。』

 

 

母の声に合わせ、彼女は最後のステップを踏む。

両腕を広げ、跳躍。

 

リボンが舞い上がる。

その勢いで、首に巻き付いたリボンが一気に締まった。

照明もより一層強く、目を焼いた。

 

 

「っ......ぐ、!」

 

 

純白の舞台。

音楽が途切れる。

 

リボンが張り詰めた音を立てて__

 

ぷつり。

 

千切れた。

 

 

 

 

鳴佳は立ち尽くしていた。

喉に残る感触だけが、生の証のように残っている。

 

 

「......お母様?」

 

 

何も返ってこない。

喉が焼ける。

暗闇に向かって、何度も呼びかける。

 

 

「お母様......どこにいらっしゃるの...?」

 

 

答えはない。

 

母の声が、視線が、世界から消えた。

 

鳴佳の頬から笑みが消えた。

代わりに浮かんだのは、理解の追いつかない混乱の色。

静寂の中で、崩壊が始まる音がした。

 

舞台の上、たったひとつのスポットライトだけが鳴佳の顔を照らしていた。

リボンの切れ端が、照明の熱で焦げた匂いを残しながら、静かに舞い落ちる。

彼女の目はそれを追うように、ただ虚空を見つめていた。

 

 

「...お母様?」

 

 

呟きは、消えた光の中に吸い込まれていく。

応える声はもう、どこにもない。

マイクのハウリングのようなノイズだけが、舞台の空気をざらつかせる。

 

舞台に音を立て、瓦礫となって落ちる。

 

 

虚空の先、瓦礫となった天井の割れ目の向こう。

誰もいないはずのそこに、再び母親のシルエットが見えた。

鳴佳の目が見開かれる。

 

完璧な姿勢、完璧な笑顔。

だが観客席は__空席ばかり。拍手も歓声もない。

 

鳴佳は降ってくる瓦礫も気にせず、手を伸ばした。

 

 

「お母様! わたくし、完璧にできましたのよ! ほら......ほら見てくださいまし!」

 

 

必死に叫ぶ声が、空気を震わせた。

返ってきたのは、乾いたマイクノイズと、ひとつのため息。

 

椅子を引いた音がした。

 

コツ、コツ、と足音が響く。遠ざかっていく。

 

 

「............お母様...?」

 

 

鳴佳の声が掠れる。

伸ばした手の先から、血が滲む。

瓦礫が落ちて腕に当たっても、痛みを感じない。

折れて使い物にならなくなった腕はもう、母親の気を引く道具になれない。

 

ただ、母親が遠ざかっていくのを見つめ続ける。

その姿がスポットライトで網膜を焼いた飽和の幻影だとしても、それはいずれ消えていく。

 

唯一使える道具、声でそれを引き止めようとする。

 

 

「待ってください! どうして......? まだ、わたくし......」

 

 

言葉は震え、やがて喉が詰まる。

 

 

瓦礫が舞台を崩し、支柱が折れる音。

ライトが落ち、火花が散る。

鳴佳はその中で、ただ立ち尽くしていた。

 

焦げたリボンが舞う。

その一本が、彼女の頬に触れる。

まるで、母親の手のように。

 

その瞬間、鳴佳の顔に微笑が浮かぶ。

だがそれは喜びではない。

笑顔を作ることだけが、まだ娘でいられる唯一の形だからだ。

 

 

 

ドォン、と音を立てて天井が崩れ落ちる。

 

 

血の色が滲む、消えそうな青い微笑は、やがて大きな舞台の破片に。

 

ぐしゃ、と潰された。

 

 

 

リボンが千切れた。

視線が消えた。

娘の声が瓦礫の下にかき消された。

 

最後のカメラカットは、舞台袖に転がるリボン。

焦げ、黒く染まり、やがて灰となって。

風の音もなく、闇に溶けていく。

 

舞台の上には、血に彩られた瓦礫だけの、芸術品があるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モニターから光が消えた瞬間、誰もすぐには動けなかった。

その場に縫い付けられたかのように立ち尽くす者。糸が切れたように崩れ落ちる者もいた。

先程まで画面の奥で繰り広げられた光景だけが、頭の中で何度も繰り返される。

 

 

モノシープ「いやはや、母親に依存してしまうとは、独立心の欠片もないですね。まぁ結局、一度のミスで見限られる程度の柔い関係でしたけど」

 

 

モノシープは、あの無残な処刑すら笑う。

鑑賞した感想が、あまりにも短絡的だ。

けれど、誰も否定できない。

 

モニターに映っていた光景が、目に焼き付いて離れない。

鳴佳の穏やかな笑顔。

伸ばされた手。

何も返ってこなかった最期。

 

いつか、鳴佳の演技を見たいと言った記憶が、薄らとある。

こんな形で見たくなどなかった。

 

 

繋守「......ねぇ、今の......」

 

 

少し震えた声が、恐る恐ると落ちる。

 

 

繋守「作り物の映像、ってわけじゃないよねー......」

 

薬袋「......っ、ぅ...」

 

 

すぐには答えられない。

いつもなら真っ先に場を明るくするはずの彼女は、困ったように眉を下げている。

薬袋は悲鳴を必死に噛み殺しては、嗚咽を漏らしていた。

 

 

枢木「あれが、オシオキ...」

 

幕吏「これはちょっと、笑えないな......」

 

 

いつもどこか芝居がかった声音は影を潜め、どこか上滑りしていた。

 

 

信乃陀「.........」

 

 

理解は、よく開いている口を閉じて、何も言わない。

ただ、俯いたまま、長い袖がだらりと垂れている。

 

 

繋守「信乃陀くん......?」

 

 

呼びかけられて、ようやく口を開く。

 

 

信乃陀「......理解には分かりません」

 

 

絞り出すように。

 

 

信乃陀「何を、どう考えればいいのか......」

 

紗鳥「......こんなの、」

 

 

小さく、漏れた。

別に意図なんてしてない。勝手に口をついて出た。

 

 

紗鳥「こんなの、見せられて......どうしろって言うんだ......」

 

 

感情が溢れた結果だった。

言葉にした瞬間、現実が重くのしかかる。

 

 

四葩「さっきまで、生きてたんだよね」

 

薬袋「......やめてください、それ以上、言わないでください......」

 

 

事実をなぞっただけの声音。

それでも、事実を拒みたいと思ってしまう。

まだ大丈夫だと、言い聞かせるように。

 

なにが?

なにが大丈夫なんだ。

 

分からないけど、震える足に少しでも温度を送りたくて。

 

 

比良坂「......チッ」

 

 

短い舌打ち。

 

 

比良坂「うるせぇな。分かりきってること、わざわざ口に出すなよ......」

 

 

比良坂の視線は明らかに苛立っている。

けど、それは誰に向けられるということもなく、床に落としていた。

 

 

誰もが、それぞれの形で受け止めきれずにいる。

それでも、何も言えない。何も動けない。

 

ただ一つだけ確かなのはさっきまで、ここにいたはずの誰かが、もう、どこにもいないという事実だ。

 

 

モノシープ「しかし、学園長は少しショックですね......わざわざ裏切り者殺せば皆でお手手繋いで帰れるチャンスタイムを設けたのに、結局無視されてしまって。これ、もう少し出し惜しみした方がよかったんでしょうかねぇ......」

 

 

モノシープは、トホホ...と言わんばかりに悲しそうにしていた。

 

裏切者、存在しているのかもわからない人間を、もし殺せていたら。

穂堂も、鳴佳も、命を張ることなどなかったのに。

 

待って、

”殺せていたら”、そんなこと考えてしまうなんておかしい。

俺は、この中の人間を、死なせたくな

 

 

燐海「学園長サマさァ、それ思ッてないでしョ」

 

 

不意に聞こえた声。

理解はできなかった。

 

 

燐海「この中で殺されるとしたら、誰だと思う?薬剤師サン?うーん、あの子はよく人と一緒に居るからナシ。じャあやッぱデバッガー?ウンウンそうだね。ボクでも狙うかな。でも”狙われる”と”殺される”は違う。」

 

 

燐海はそこまで話して、こちらを見た。

 

 

燐海「幸運クン、問題。一番最初に殺されるのは?」

 

紗鳥「...え?」

 

燐海「いいからいいから」

 

紗鳥「.........っ、人を守る、穂堂......」

 

 

思いついた答え。

遊城と比良坂の喧嘩で、遊城に怪我は無いかと再三、うざったいほどに聞いていた姿を思い出した。

絶対に人を傷付けない穂堂。

人を死なせないと言っていた穂堂。

 

 

やっと理解した、不意の声。

 

一人分の拍手が、広い裁判場に響いた。

 

 

燐海「学園長サマさ、裏切り者じャないボディーガードクンが最初に殺されるッてわかッてたから、テキトー言ッてた?」

 

モノシープ「.........はぁ、ゲーマーは怖いですねぇ。燐海クンこそ、穂堂クンに告げ口していませんでした?」

 

燐海「告げ口ッていうか、まァ親切心だよね」

 

紗鳥「待て、告げ口って何の話だ」

 

 

なんの話をしているのかわからず、会話を止めた。

穂堂が死んだ原因の話なら、聞かなければと。

別に聞いたところで何にもならないが、モヤモヤを抱えたままは気分が悪い。

 

 

燐海「ンー、そうだな。お昼にメモの切れ端?上手に切り取れなかッた残骸?が落ちてるの見つけてね。メモを常備してるのッて新体操選手サンだけじャン?だから、ボディーガードクンに教えてあげたンだよ。なンか企ンでる人が居るよッてね」

 

紗鳥「お前っ......!」

 

燐海「なになに、別に、誰が怪しいですーとか誰が狙われてますーとか言ッてないよ?勝手に動いたのはアッチだッて」

 

 

きっと穂堂のことだから、誰かが傷つく結果を見たくなくて、必死になってしまったんだろう。

そしてそれを誰かに伝えれば不安を煽る。俺らに気をつけろなんて言う訳がない。

 

 

遊城「イカれてるわ...」

 

燐海「褒め言葉として受け取ッとくよ。じャ、学園長サマはつまンないことしないでよね」

 

モノシープ「燐海クンは余計なことしまくるのに学園長はダメですか......」

 

燐海「もちろン♡」

 

 

好き勝手言い終えて、燐海は裁判場から去っていく。

 

 

燐海が去った後の静寂。

その中で、ぽつりと落ちる声。

 

 

月無「......ほら、やっぱり...」

 

 

ゆっくり顔を上げる。

その目は忙しなく動いていて、いつもよりも怯えていた。

 

 

月無「みんな、全員、信用しちゃダメって......」

 

 

空気が固まる。

 

 

薬袋「月無ちゃん...」

 

月無「来ないで!」

 

 

即座に遮る。

薬袋は驚いたのか目を丸くしていたが、そんなことお構いなしに、月無は四方八方を睨んでいる。

 

 

月無「知ってるから。どうせあんたらも、狙うんでしょ...」

 

 

一歩、後ずさる。

 

 

月無「恰好の的だもんね。一回殺されかけて、疑われて、浮いてて、弱そうで、汚くて......」

 

遊城「そんなこと......」

 

月無「うるさい」

 

 

月無の視線が、遊城から外れる。

次の瞬間には、もう別の誰かを見ている。

枢木。幕吏。比良坂。鳴佳がさっきまで居た場所。

視線はあちこちへ散り、落ち着きなく、泳ぐように滑っていく。

それなのに、誰とも目が合わない。

 

 

月無「そうやって、大丈夫だよって顔して近付いてきて、安心させて......で、隙見て、突き落とすんでしょ。ほんとに、もういい、無理だ。無理無理、友達なんて作らない方が良い。そうだよ。無理なんだやっぱ」

 

静寂「...孤立すれば狙われると言っていたのにか」

 

月無「っあ、あんたも孤立してんじゃないの?それでもあいつの話に出てこなかった。あんたは強いからね。あたしは弱いから群れないとって?そうやって逃げ場なくしてから、やるんでしょ......」

 

 

また一歩、後ずさる。

背中を見せないように、警戒を解かないように。

こちらを敵だと、態度や仕草で既にそう言っていた。

 

誰がどう見たって正常じゃない。錯乱している。

けど、誰も踏み込めないのだ。

近付くことも、心配すらも、彼女にとっては罠らしい。

 

月無はそのまま、一歩一歩と後退し、荒れた息のまま出口へ。

一度も振り返ることなく、裁判場を後にした。

 

 

モノシープ「いやはや、月無サンも大変ですね。実は彼女がアイスピック持ってたんですよ、多分今も持ってるんじゃないでしょうかねぇ」

 

信乃陀「えっそんな......」

 

静寂「......話にならんな」

 

 

逃げるように去る月無を目で追って、完全に消えた頃、呆れたような溜め息が聞こえた。

 

そして、静寂の足音が遠ざかっていく。

 

 

 

追いかける者は居なかった。

昨日まで、確かにここにあったはずのまとまりが、音もなく崩れていったのを全員が理解していた。

 

 

紗鳥「.........」

 

 

視線を落とす。

床を見ているはずなのに、何も見えていない。

 

口を開いた。息を吐いた。すぐ閉じた。

声にしたところで、どうにもならないと分かっている。

でも、口を閉じていたら、吐き出さずにいたら、頭の中がぐるぐるして、爆発しそうで。

 

 

紗鳥「......どうすればいいんだよ......」

 

 

誰に向けたわけでもない問いが、宙に舞って落ちる。

 

 

四葩「んー、」

 

 

少しだけ間の抜けた声が、何もない空間に混ざる。

 

 

四葩「どうするかは分かんないけど、止まってたら、もっと分かんなくなるよ」

 

 

軽く首を傾げて、紗鳥を見る。

 

 

紗鳥「......」

 

 

反射的に顔を上げる。

その言葉が、正しいのかどうかも分からない。

それでも、完全に間違いだと、否定もできなかった。

 

 

枢木「...ええ」

 

 

静かに、言葉を継ぐ。

 

 

枢木「目を逸らすかどうかは自由ですが」

 

 

一度、全員を見渡す。

その視線は冷たく、そして温かく。感情を押し殺していた。

 

 

枢木「それを、“足を止める理由”にしてはいけません」

 

 

短く、言い切る。

そこに感情は乗り切らない。

ただ、そうあるべきだという事実だけを床へ置くように。

 

 

幕吏「......はは、厳しいこと言うねぇ...」

 

 

笑いと溜め息が漏れる。

視線はどこか遠く。

 

 

幕吏「でもまぁ...その通り。目を逸らしたところで、幕が下りるわけじゃない」

 

 

ぽつりと。

まるで、自分に言い聞かせるみたいに。

 

 

幕吏「むしろ......続きが始まるだけだ。自分は役を降りられない」

 

信乃陀「理解も、一人の教祖です!止まっている姿を神様にお見せしている場合ではありません!」

 

 

本当に強い人達だと、そう感じた。

言葉も、視線も、やけに真っ直ぐ。

 

けど、真っ直ぐだからこそ、そのすぐ後ろに立てる気がしなかった。

同じ方向を向いてるはずなのに、迷いの有無で距離が開いていく。

 

 

薬袋「......」

 

 

ぎゅっと、手を握りしめる。

震えは、まだ止まらない。

それでも。

 

 

薬袋「う、動かないとダメ、ですよね......」

 

 

か細い声で、前を向こうとする。

明るさはない。無理やりにでも形を作るみたいに。

震える薬袋の手を、繋守はぎゅ、と握る。

 

 

繋守「ボクたち......まだ、生きてるし」

 

 

ぎこちなく、それでも言葉を選んで。

 

 

比良坂「あの羊ぶっ飛ばすために、やれるだけやるか」

 

遊城「学園長への暴力は禁止って校則にあったでしょ」

 

比良坂「うーるっせぇな、校則ばっか読んでる校則マニアが」

 

遊城「校則マニアってなによ」

 

 

場に、微かな動きが戻る。

誰も、救われてはいない。

何も、解決してはいない。

穂堂が守ってくれることはない。

鳴佳が戻ってくることもない。

月無が戻る保証もない。

燐海が何を考えているのかもわからない。

 

完全に止まることだけは、しなかった。

 

紗鳥は、ゆっくりと息を吐く。

胸の奥に沈んだままの重さは、消えない。

 

 

紗鳥「......そう、か......」

 

 

かすれた声。

それでも、さっきよりは少しだけ、形になっていた。

 

 

紗鳥「止まってたら、終わるだけ......」

 

 

そう言いながら、自分自身が一番止まりたがっているみたいに、声が震える。

 

不意に、ふわりと花の匂いが、鼻腔を掠めた。

そして手を握られる。

顔を見なくても、その手の先が誰なのかわかった。

 

 

頑張らなきゃ。

俺も、穂堂みたいに、とはならないよう、人を守れるように。

 

 

誰に言ったわけでもない。

けれど、その言葉は確かに、自分の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

皆で、帰る。元の場所へ。

今で言う元々は、もう学園の話になってしまったが。

 

早くベッドに沈んで、目を閉じたかった。

いや、閉じたくないのかもしれない。

焼き付いた液晶のように、瞬き、その一瞬のブラックアウトの度に映る惨状を、もう見たくないと、目を逸らしている。

逸らすなって話だったのにな、なんて自傷。

 

 

エレベーターへ乗る。

 

扉が閉まる寸前に裁判場を見やると、

まだモニターを見つめている、禍賀が立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノシープ「穂堂クンも、鳴佳サンも、他人に存在証明を委ねすぎで......まぁ、似た者同士分かり合えるかもしれない、なんて幻想ですね」

 

 

モノシープ「しかし......うーん、燐海クンには少々困らされますねぇ。チャンスタイムも終わったことですし、ここはひとつ、予定にないサプライズでも用意しましょうか」

 

 

モノシープ「見てくれているミナサマの声も、少し聞けたことですしね......いやはや、誰が死ぬのか、誰が生きるのかの予想なぞされている方は相当なモノ好きでしょう。細かく聞きたいところですが仕方ない仕方ない.........」

 

 

モノシープ「楽しくなってきましたねぇ。黒幕も裏切り者達も、楽しんでいるんでしょうか......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「せかいが、こわれるおとがした。」』

 

 

to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢見ヶ浦学園

 

生き残り__14名

 

 

「超高校級の幸運」 紗鳥 健人

 

「超高校級のフラワーデザイナー」 四葩 彩芽

 

「超高校級のボディーガード」 穂堂 涼介

 

「超高校級の玩具職人」 遊城 遊

 

「超高校級のオカルト研究部」 繋守 未白

 

「超高校級の薬剤師」 薬袋 眠子

 

「超高校級のカウンセラー」 枢木 一色

 

「超高校級のイタコ」 絡転 朱蘭

 

「超高校級の演劇部」 幕吏 蛍

 

「超高校級の信者」 信乃陀 理解

 

「超高校級のマーケター」 比良坂湊

 

「超高校級の殺し屋」 禍賀 ニコ

 

「超高校級の新体操選手」 鳴佳 光希

 

「超高校級の編集者」 静寂 詩織

 

「超高校級のゲーマー」 燐海 零時

 

「超高校級のデバッガー」 月無 廻

 

 

 

 

 

 

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