信疑≠真理(シンギノチカラ、シンリニアラズ) 作:サモア リナン
授業の終わりを告げるチャイムが、少し重たく響いた。
陽射しが差し込む教室の窓際。
今日も世界は、なにも変わらなかった──はずだった。
「ねえ、真澄って、“信象”と“疑象”、どっち派?」
そう問いかけてきたのは、クラスメイトの花守遥だった。
ショートボブの髪に明るい瞳、Z世代的な感性をまとう彼女は、いわゆる“推し活”に全力を注ぐタイプの人間だった。
話しかけるときはいつも、スマホを片手に持っている。
「どっち派って……別に派閥があるわけじゃないだろ」
「あるよ、実質的にね。だって、信象使いの方が人気あるし、企業とか公共機関での採用も多いし」
信象──“信じる力”を源にした異能。
疑象──“疑う力”を源にした異能。
どちらも、今やこの社会に深く根を下ろしている現実だった。
医療現場では、信象の治癒系能力が患者を救い、
工事現場では、信念の力で建材の強度を一時的に高めたりもする。
警察は疑象使いの「観察眼」を持つ者に犯人の嘘を見抜かせ、冤罪防止に役立てている。
そんなふうに、信じる力も、疑う力も、既に“生活インフラ”に組み込まれていた。
だが、評価や印象は──信象>疑象、というのが現実だった。
「信じる方が前向きってイメージ、根強いからな」
「そう。でも、わたしはそういうの、あんまり好きじゃないなぁ」
花守はそう言って、机の上にスマホを置いた。
画面には、推し歌手・ミナミのライブ映像が再生されている。
「だって、“疑う”ってさ、悪いことばっかじゃないよね?
信じることと同じくらい、ちゃんと向き合うことじゃん」
その言葉に、真澄は何も言えなかった。
──なぜなら、自分にはそのどちらもないからだ。
信じるほどの何かも。
疑うほどの情熱も。
真澄は、自分の居場所をただ「流されるまま」に過ごしているだけだった。
異能者の一部は、十代で力に目覚める。
中には、強く信じたり、深く疑うことにより、覚醒のきっかけを掴む者もいる。
だが、真澄にはその“きっかけ”すらなかった。
「わたし、ミナミのこと本気で信じてるんだよ」
「うん、知ってる」
「本気で信じてるから、ライブの動画上げるのも、日々の感想語るのも、怖くない。バカにされても全然平気。だって“信じてる”んだもん。だから、たぶん、わたしの信象って強いと思う」
そう語る彼女の声には、芯があった。
信じる対象を持つ人間の、強さがあった。
「真澄は、誰か信じてる?」
その問いに、真澄は口をつぐんだ。
考えてみれば、人生で何かを信じ抜いた経験なんて──ほとんどなかった。
希望も、正義も、誰かの本心すらも、疑うことなく見過ごしてきた。
だから、信象も、疑象も、自分には“来ない”。
ただ、力のない日常が過ぎていくだけだった。
でも、その静けさは、あまりに脆いものだった。
翌日。
駅前の交差点で、騒ぎが起きた。
「──離れろ! 異能犯罪の可能性あり!」
警察の制止を振り切り、金属バットを振り回す暴徒。
その姿は、かつて真澄がよく知る人物だった。
「嘘だろ……あいつ、普通のやつだったじゃん……」
信象によって強化された身体能力が無闇に、無作為に暴力として振るわれ、周囲の人々が恐怖に凍りついていた。
人は、信じることで救われる。
けれど、信じることが狂気にもなる。
疑うことで真実にたどり着く。
けれど、疑うことが破壊の引き金にもなる。
“信”と“疑”は、常に表裏一体だ。
真澄は、その現実をただ見つめていた。
自分は、力を持たない。
今ここで立ち向かう術もない。
けれど、何もできないことが──今はただ、悔しかった。
「俺は……何も“信じられない”ままなのか」
その時だった。
胸の奥に、何かが閃いた気がした。
読んで頂きありがとうございます。
投稿者さんの色々な話聞いて熱くなって、読み手だったのに、つい書いてしまいました。初投稿です。よろしくお願いします