超訳 日本神話   作:gomez

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大和殿

都の周囲に広がる田畑は、まるで死んだように乾ききっていた。

 

かつては黄金色に輝いていた稲穂は、今や枯れ果て、風に吹かれるたびに悲しげな音を立てる。

大地はひび割れ、その隙間からは精霊たちの嘆きが漏れ聞こえるようだった。

 

太玉は、都の城壁の上から、この光景を静かに観察していた。

情報収集者としての彼の目には、田畑に潜む精霊たちの姿が鮮明に映し出される。

 

土霊(ツチノコ)たちは、ひび割れた大地に身を潜め、その姿はまるで病に伏した老人のように弱々しい。

 

遠くに見える芦原の森は、都の北に広がる神聖な森である。高天原と中つ国の間に位置する境界の森として、神々の力が地上に降り注ぐ場所として知られている。

その森には数多の精霊たちが住まい、神々の力を媒介する役割を担っている。古くから、この森は神々と人間を繋ぐ特別な場所として崇められてきた。

神々の力が宿る天つ水の泉を擁するこの森は、周囲の旱魃とは無縁に、今も豊かな生命力を保ち続けている。

その緑の濃さは、まるで神々の加護を誇示するかのようだった。

 

 

「大国皇様、状況は予想以上に深刻です」

 

太玉は、大国皇の前に跪き、報告を続ける。

 

 

「都の食糧備蓄は、あと一月分しかありません。地方からの供給も、この旱魃で途絶えています」

 

大国皇は、その報告を聞きながら目を細める。

その表情には、危機を機会に変えようとする野心が浮かび上がる。

 

 

「神々の無反応は、我々人間の力を照明する機会なのだ」

 

都の中心に築かれた巨大な祭壇の周りでは、巫女たちが集まり、雨乞いの儀式を執り行っている。

しかし、その祈りは、神々の耳には届かないようだ。むしろ、その無反応が、大国皇の策略を後押ししているかのようだった。

 

 

都の市場では、食糧の価格が高騰し、人々の不安が増大していた。

神々への信仰は揺らぎ、この状況を大和殿(日本の中心にある重要な建物、政を取り仕切る場所)なら何とかしてくれるのではと人々の期待が高まっていた。

 

 

「太玉よ。神々の領域を侵すことになろうとも、この旱魃を乗り越える策を練れ。人の世の苦しみを救うためとあらば、神をも冒涜する覚悟で知恵を絞るのだ」

 

大国皇は告げる。その声には神々への失望が含まれていた。

太玉は、その言葉に深々と頭を下げると、直ちに準備に取り掛かった。

 

 

まず、都の各地に配置していた国見(領地の作物の生育や民の暮らしぶりを見て回る役目)と

使者(各地の豪族たちとの連絡を担う伝令)たちを呼び集め、最新の情報を集約する。

 

食糧の備蓄状況は田部(稲作の管理を司る氏族)たちから、

水路工事の進捗は土形(土地の形を読み、水路の造営を指南する者)たちから、

民衆の声は舎人(大国皇の側近として仕える若者たち)たちから、

そして神事の様子は神祝(神々への祈りを捧げ、祭祀を執り行う神職)たちから、あらゆる情報が彼の下に集められた。

 

太玉は集められた情報を慎重に整理し始めた。

国見たちの報告からは、各地の作物の生育状況が予想以上に悪化していることが分かる。

使者たちの伝える地方の状況も、決して楽観できるものではなかった。

田部たちの報告する食糧備蓄の状況は、都の存続を脅かす危機的な数字を示していた。

 

 

「水路工事の進捗はどうだ?」

 

太玉は、土形たちに問いかける。

彼らの報告によれば、地下水脈の調査は進んでいたが、肝心の水源への到達が困難を極めているという。

芦原の森の深部に位置する泉への道は、神々の力によって守られており、人間の手で近づくことすら難しい状況だった。

土形たちの地脈読みの術でも、泉の正確な位置を特定するのが精一杯で、そこに至る道筋を見出すことができていない。

 

そんな中、密偵衆から興味深い情報がもたらされた。芦原の森の近くで発見されたという、出彦(イズヒコ)という若者の存在だ。

彼は神々の力を宿しているとされ、精霊たちと意思疎通が可能だという。しかも、芦原の森の力に特別な親和性を示すという報告があった。

もしこの情報が真実なら、彼こそが天つ水の泉に到達できる可能性のある人物かもしれない。

 

神祝たちの報告する神事の様子も、神々の無反応が続いていることを示していた。

 

 

「民衆の動向は?」

 

舎人たちの報告からは、人々の不安が日に日に増大していることが伝わってくる。

市場での米価は平常時の五倍に高騰し、既に暴動の気配すら感じられる。

巫女たちの雨乞いの儀式も空しく、神々からの応答はない。しかし、その代わりに、人々の間では大国皇への期待が日に日に高まっていた。

 

 

太玉は、これらの情報を頭の中で整理しながら、演説の内容を組み立てていく。

危機の深刻さを伝えつつも、希望を見失わせない言葉を選ぶ必要があった。

大国皇の意図を理解し、それを民衆に伝える言葉を紡ぐ。それは、情報収集者としての彼の重要な役割だった。

 

水路工事の進捗報告を聞きながら、太玉はある計画を思い描いていた。

地下水脈の調査で発見された、神々の力が宿るという伝説の泉。この泉は後に天つ水の泉と呼ばれることになる。

古くから神々の時代より伝わるこの泉は、高天原の力が地上に降り注ぐ場所として知られ、その水は神々の力を宿し、触れる者に特別な力を与えると伝えられてきた。

泉の水面は常に微かに光を放ち、まるで天の川が地上に降り注いだかのような神秘的な輝きを放つ。

その水は清らかで冷たく、飲めば心身を癒し、触れれば不思議な力を得ると言われている。

しかし、その力は神々の領域に属するものであり、人間が手を出すことは禁忌とされてきた。

 

その水を都に引き込み、神々の力を人間の手で制御する。それは、神々の領域への侵食であり、人間の力の証明でもあった。

 

土形たちの報告によれば、その泉は芦原の森の地下水脈の一部であることが分かった。

彼らは古来より伝わる地脈読みの術を用いて調査を進めていた。地面に耳を当て、地の鼓動を聞き、水の流れを感じ取る。

その技術は、神々の時代から伝わる秘術であり、土形たちは代々その術を継承してきた。

 

調査の過程で、彼らは都の地下水脈が、実は芦原の森の深部にまで続いていることを発見した。

地脈読みの術で感じ取った水の流れは、まるで生き物のように蠢き、神々の力を宿しているかのようだった。

さらに詳しく調べると、その水脈は森の中心部に位置する天つ水の泉と繋がっていることが判明した。

 

森の中心部に位置する天つ水の泉は、神々の力が最も濃厚に宿る場所の一つと伝えられてきた。

古くから、その水は神々の力を宿し、触れる者に特別な力を与えると伝えられてきた。

 

 

「神々の力を、我々の手にする時が来た」

 

太玉は、この言葉を心の中で反芻する。それは神々への挑戦であり、新たな時代の幕開けを告げる宣言でもあった。

 

計画は緻密だった。まず、地下水脈を利用して天つ水の泉の水を都まで引き込む。

その水を灌漑に用い、田畑を潤す。そして、その水の力を研究し、神々の力を人間の手で制御する方法を見出す。

 

太玉の目には、既に完成した水路の姿が浮かんでいた。

天つ水の泉の水が、都の中心を流れる様。それは、新たな時代の幕開けを告げる光景ではないか。

 

 

太玉は静かに目を閉じ、計画の詳細を頭の中で整理していく。

 

まず、都の中心から四方に伸びる水路の設計図が浮かぶ。土形たちの地脈読みの術で得た情報を基に、地下水脈の流れに沿って水路を築く。

その水は天つ水の泉から都の中心へと流れ込み、そこから四方の田畑へと分かれて流れていく。

 

次に、灌漑の順序が頭に浮かぶ。都の中心部の田畑から始め、徐々に周辺部へと広げていく。

その際、水の分配を公平に行い、民衆の不満を防ぐ必要がある。田部たちの報告を基に、各地の田畑の状況に応じて水量を調整する計画も立てておく。

 

そして、天つ水の泉の水の研究も並行して進める。

神祝たちの協力を得て、その水が持つ力を解明し、人間の手で制御する方法を見出す。

これは長期的な計画となるが、神々の力を人間の手で制御するという、かつてない試みである。

 

 

太玉は、これらの計画を頭の中で整理しながら、一つ一つ実行可能な形に落とし込んでいく。

情報収集者としての冷静な判断力と、大国皇の意図を理解する深い洞察力。

それらを駆使して、この未曾有の旱魃に立ち向かおうとしている。

 

そして最後に最も重要な要素である水源確保。出彦を利用して天つ水の泉への到達を試みるのだ。

彼の神々の力と精霊たちとの繋がりを利用し、芦原の森の深部へと導く。

 

密偵衆の報告によれば、彼は精霊たちと意思疎通が可能で、森の力に特別な親和性を示すという。

この能力を利用して、神々の力によって守られた泉への道を開く。これこそが、この大計画の要となる部分だった。

 

 

太玉は眉をひそめた。密偵衆の報告は信頼しているし、報告のとおりであれば確かに非常に興味深い。

しかし、この大計画の要となる部分を、密偵衆の報告だけでは判断できかねる。

 

彼の目には、これまでの情報収集者としての経験が走馬灯のように浮かび上がる。

幾度となく、見かけの情報に惑わされ、誤った判断を下しかけたことがあった。特に大君(オオキミ)から任されている大計画では慎重を期さねばならない。

 

 

「出彦か...」

 

太玉は静かに呟く。彼の目には、密偵衆の報告に描かれた若者の姿が浮かぶ。

神々の力を宿し、精霊たちと意思疎通が可能な存在。この計画に必要な能力を備えているように見える。

 

しかし、その力が本当に神々の領域に踏み込めるほどのものなのか。また、その力が人間の手で制御できるものなのか。

 

この計画の成功は、都の存続を左右する。一歩間違えれば、神々の怒りを買い、都は滅びるかもしれない。

その責任は、情報を集め判断を下す彼の双肩に重くのしかかる。

 

 

「やはり、この目で確かめる必要があるな」

 

太玉は決意を固める。密偵衆の報告だけでは、この重要な判断を下すには不十分だ。

彼自身の目で、出彦という存在を確かめねばならない。

情報収集者としての責任感と、この大計画の重要性が、その決断を後押しする。

 

 

太玉は部屋の隅に控えていた密偵衆の長に、彼は目を向けた。

 

「密偵長、出彦を大和殿に呼び寄せてくれ」

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