「ごめんね。今朝、真剣な顔のにいやんに『今日は泊まりに来いよ』って言われてるから準備が必要なの〜〜」
放課後になり一緒に帰ろうと珍しく、霞花から天を誘った。しかし彼女は翔の発言を壁ドン系イケメンボイス口調で、再生して断った。
霞花には再生された翔の発言は間違いなく、天の嘘だと分かった。彼女は天がわざわざ放課後に呼び出されてる理由に、心当たりがあったのだ。
おそらく内容が内容だけに、他の学生の目があった朝の登校時間では、話題にできなかったと思われた。
それだけ思春期の男性学生にとって、ヤリチン発言は生死に直結する。何故なら真偽によっては学生生活中の彼女ができるか否かが確定するのだ。
霞花は冤罪で親友が問い詰められる事が、申し訳なかったのであらかじめ謝る事にした。
「天ちゃん、先に謝っとくね。ごめんね」
「よかろう。許す」
天が間髪入れずに芝居掛かった口調でそう言った。実に彼女らしい返答だった。霞花はスキップしながら、帰っていく天を見送った。
(絶対に死なせないからね。天ちゃん……)
霞花は心の中で
それがどれだけ過酷で、
霞花は一年生の教室から、まっすぐ下駄箱に向かって一人で歩いた。途中でビニール傘を担いだ二人組が前から歩いてくる。お昼休みに霞花から痛烈な皮肉を喰らわされたチャンバラ遊びの男子生徒達だ。
どうも下駄箱に置いてある置き傘を取って来た帰りらしい。懲りずに中庭でまた一試合やろうという、腹積りの様だった。
男子生徒の内、背の低い方の男子が霞花に気がついた。彼は少し気まずそうにしつつも、ガタイの良い男子学生と共にすれ違った。
(何であれが言い過ぎなんだろう?)
霞花はその光景を見て、お昼の出来事を思い出した。その心の内にはウィンナーの恨みなど、これっぽっちもない。あるのは純粋な疑問だけだ。
霞花は何が言い過ぎだったのか、当の男子学生二人に聞いてみたい衝動に駆られたが、グッと我慢した。
さすがの霞花もそんな事を直接聞くのは
霞花は下駄箱で上履きと
中心にある楕円形の建物が中央校舎であり、理科実験室、パソコンルーム等の特別教室が集約されている。中央校舎からは渡り廊下が左右に伸びており、別々の建物に繋がっている。
校門から向かって、右が体育館や部活の部室が集まる体育館棟、左が各学年の教室が集約されている教室棟である。
中庭は左の教室棟と中央校舎の間にあり、渡り廊下と塀に囲まれた空間だ。
中央校舎から校門の方向は、綺麗なタイルで舗装されたエントランスになっておりかなりの広さがあるが、体育の授業を行うことはできない。
お昼休みに学生がボール遊びをするくらいでしか使われないある意味、無駄な空間である。
校庭自体は中央校舎の裏にあるので、体育の授業はそこで行なわれていた。
その構造故に中央校舎の下駄箱は中央校舎を貫通して、エントランスと校庭を繋いでおり、どちらにも出られる様になっていた。
入学して約2週間、霞花はまだどの部活にも入っていないし、そもそも入る気もないので、彼女がまっすぐ帰宅する事を邪魔する物は何もない。
霞花は堂々とエントランスを通って、校門に向かった。
周囲は霞花と同じ様に、まっすぐ帰宅する生徒で溢れかえっている。運動部の学生達が『いっちに!いっちに!』と、準備運動をだだっ広いエントランスの端で行なっている。
教室棟と学園を囲う塀の間は人の眼に止まりづらい空間になっていた。その隠れた空間でガラの悪い不良生徒が数人でたむろしていた。
健全な学生生活を送っている運動部と、それとは正反対な不良学生たち。
相反する二つの集団が互いの眼を避ける様に狭い学園内に集約している様は、正に学校という制度の縮図であった。
霞花は校門を出る際に、その不良集団の一つ男子二人と女子一人の集団に霞花が眼をやった。男子二人はだらし無く制服を着崩しており、うんこ座りで何かを吸っている。
学生服の上から灰色のパーカーを被ってる女学生は両手をポケットに入れて、校舎に背を預けておりガム風船を作って遊んでいた。
霞花の眼を引いたのはその女学生だった。
彼女の視線に気づいた女学生が眼だけで『あぁん?テメェ何見てんだコラッ!』とメンチを切って来た。霞花はこれ以上見ていると、碌な事にならないと判断した。
彼女はすぐに不良集団から眼を逸らして校門から出た。
(絵に描いた様な不良……、まるで
霞花は白巳津川駅の方向へ向かいながら、敵とも味方とも言えない彼女の事を思い出していた。
(『災厄の魔女』が生きていたら、彼女とも多分戦う羽目になるよね……。嫌になるなホント……)
霞花は心の中で、殺しても死なない『不死身』と戦う無意味さを嘆いた。
白蛇九十九神社で、ぬいぐるみ探しを始めてからおおよそ一時間後、霞花の姿は
白巳津川公園は簡単に説明すると、十字路で4つのエリアに別れている。それぞれの通路には向かい合う様にベンチと街灯が設置されていた。
霞花はとあるベンチを見つけると、少し躊躇したあとそこへ座った。サワサワと霞花は自分が座っているベンチを撫でる。
ただのベンチなので、触ったからといって特に何かある訳ではない。雨晒しのベンチなので、手が汚れて黒くなるだけである。手が汚れるだけの無意味な行動をまるで、小学生の様に霞花は繰り返した。
(ぬいぐるみは発見できなかった……。こんな展開は原作世界にない。これからどうするのかちゃんと考えないといけない……)
霞花は無意味な手遊びを止めて、目を閉じた。精神を集中させて、
(全ての発端は昨日の十六時過ぎに起きた大地震だ)
昨日、白蛇九十九神社で行われていた『輪廻転生のメビウスリング』のフェスでは、ある物が来場者向けに公開されていた。
それは白蛇九十九神社に伝わる由緒正しき神器だ。この世界の誰も知らないが、神器の正体は世界と世界を繋ぐ力を持つアーティファクト『世界の眼』である。
契約しているAFユーザーは白泉学園の教師であり、白蛇九十九神社の巫女でもある
話を戻そう、フェスの最中にあった大地震の結果、神器『世界の眼』が展示場所から落ちて壊れてしまった。
アーティファクトには万が一破損しても、自動修復する機能が備わっている。だが自動修復中のアーティファクトは、正常に機能を発揮する事ができない。
世界と世界を繋ぐアーティファクトが壊れた結果、何が起きたのか。この世界とある異世界を繋ぐゲートが、再び開いてしまったのだ。
繋がった異世界にはある不思議なアイテムがあった。それが、アーティファクトである。元を辿れば、壊れた神器『世界の眼』もこの異世界由来のアイテムだ。
普通なら時間と共に『世界の眼』が修復されて、異世界へのゲートも閉じて終わりだった。でもアーティファクトには特殊な性質があった。
それは自身を扱える人物の側へ転移し、一方的に契約を結ぶ事。そして異能の力とその使い方を契約したAFユーザーへ与えるという性質だ。
このせいでゲートを通じていくつもアーティファクトが、異世界からこの世界へと流出してしまう。
そして事件が起こる。アーティファクトの力を使った殺人事件の発生だ。
今日の夜二十一時過ぎに霞花が座っているベンチの上で塾帰りの女学生が一人、
この事件をきっかけに、翔たちは人体を石化させるアーティファクト『魔眼』巡る陰謀に巻き込まれる事になる。
この事件は紆余曲折の末、様々な形で犠牲を払いながら、石化事件の犯人である『魔眼のユーザー』と、その裏で暗躍していた異世界人『災厄の魔女』を打倒する事で終結する。
原作世界のラストはハッピーエンドと言っていい。その上で霞花がするべき事は何か、本来彼女は何もする必要がないはずである。
何故なら最終的には事件解決が約束されているからだ。
にも関わらず霞花が原作知識にある流れを無視して、神社でぬいぐるみを探したり、翔に『輪廻転生のメビウスリング』の話を伏線として話した。これには幾つか理由がある。
最初の理由は霞花の個人的な感情だ。これから殺されうる大勢の人達を見殺しには出来なかったのだ。
二番目の理由は二つの重大な懸念があったからである。その懸念とは一つ目がこの世界はナインがいない可能性がとても高い事、二つ目が『厄災の魔女』が生き残っている可能性がゼロではない事だ。
一つ目はとても単純な話だ。原作世界の登場人物が一人足りない。原作世界の翔たちはナインというAFユーザーと協力して事件を解決した。
だが『オーバーロード』を持つ霞花には分かる。この世界にナインはいない。彼女が世界の狭間でナインと接触する事ができたのはただの偶然だ。
無意識に
あれから扉が再び開く気配はまったくなかった。
これは広い砂漠の上で目印もなしに人と待ち合わせする様なものだからだ。ナインも探してくれていると霞花は確信していたが、お互いに全く触れあう事ができない。
あの一瞬はまさに奇跡の瞬間だったのだ。
霞花はその一瞬で必要な事を教えてくれたナインには、とても頭が上がらない思いだった。こんな状況なので原作世界の様に、ナインの手助けや登場を期待する事はできないのだ。
二つ目は原作で死んだ『災厄の魔女』がこの世界では生きているかもしれないと言う事だ。この世界は原作世界の並行世界の一つだ。
諸々の事件はまだ起きていない訳だから、『災厄の魔女』も生きていると考えるのが普通だが、実際は違う。
この世界でも既に『災厄の魔女』は死んでいる。なぜそんな事が言えるのかと言うと、原作世界においてナインと翔たちはきっちりと仕事をやり遂げたからである。
『災厄の魔女』という正真正銘の化け物を
だからこの世界で『災厄の魔女』の事は心配しなくてていい
原作世界の
数百、数千以上、下手をすれば万のアーティファクトと契約して、それらを使いこなす存在なんて、何ができても少しも不思議ではないからだ。
だから『災厄の魔女』が未知の手段でナインの目を掻い潜り、生き残っていたとしても霞花に驚きはなかった。
『災厄の魔女』はそういう存在である。故にこの世界の『災厄の魔女』はまだ生きている。霞花は常にその可能性を考えて動かなくてはいけなかった。
もし死んでいれば、ただの取り越し苦労で済む。警戒を忘れた頃に生存が発覚したら、そんなモノでは済まない。
(確実に世界は終わる。比喩でなく終わるんだ…………)
霞花は原作知識を植え付けられてから、ずっと『災厄の魔女』の事を考えていた。
(もし奴が生きていて、更に最悪の最悪のパターンとして原作世界の記憶があったりすれば、する事なんて1つしかない……。翔先輩達への復讐だっ!)
自分に土をつけて敗北の味と死の恐怖を味合わせてくれた相手に、これ以上ないほどの絶望と苦痛を味合わせて、命乞いをさせた上で拷問してから殺すだろう。
ありとあらゆる手段を使って精神的、肉体的に攻撃してくる事は想像に難くなかった。
そして霞花は既にその兆候を掴んでいた。白蛇九十九神社でぬいぐるみが見つからなかった事だ。あのぬいぐるみはただのぬいぐるみではない。
その正体は異世界からアーティファクトの回収にやってきた異世界人ソフィーティア、通称ソフィだ。
彼女は異世界人で唯一翔たちの味方をしてくれる人で、『災厄の魔女』との闘いでも重要な役割を担った。
その人が見当たらない。
(『災厄の魔女』の妨害で、身動きが取れなくなっている可能性が低くない…………)
『災厄の魔女』の性格はとても悪い。今後ソフィのフリをして、霞花や翔たちに接触してくる可能性もある。
だからあのぬいぐるみを発見したとしても、根拠もなく信用することはできない。
霞花が信用できるとしたら、それは翔たちヴァルハラ・ソサイエティのメンバーだけだ。なぜなら異世界から異世界へ、生物は移動する事ができないからだ。
これは『世界の眼』の完全上位互換である『オーバーロード』でも同じだ。だから異世界人が翔先輩たちの誰かを殺した後、何らかの力で変身して入れ替わる事だけはできないのだ。
(『幻体』ならこの世界に送り込んだ後、人型になれるけど、あれは一度出した大きさ以上には変身できない。だから『災厄の魔女』でもぬいぐるみより、大きい人型幻体は送り込めない……)
霞花はひとしきり成り変わりの可能性を精査し、改めてその可能性はゼロという結論に達した。それは翔たちだけは無条件で信頼できるという事だった。
ナインの不在と『災厄の魔女』生存という2つの可能性。これが霞花が原作知識を駆使して、翔たちに介入せざるを得ない理由だった。
ではそんな彼女の最終目的は何なのか。
(そんなの一つに決まっている……。この世界を守る事だ。『災厄の魔女』を殺す事にはこだわらない。勿論、殺せるのなら殺した方がいい。けどそんな事、絶対に無理だっ……)
霞花は原作知識を持っているからこそ理解していた。原作世界での勝利がどれだけの幸運と奇跡。そして最後まで諦めなかった翔たちによって、もたらされたモノであるかという事を。
(アレを私が再現するのは不可能だ。それに最悪の場合、原作の記憶を持つ『災厄の魔女』が相手だ。一度やった作戦はもう通用しない…………。だから最終的に
それ以上は望まないし、望めない。ゲートを閉じてこの世界を救う。それが霞花の
(私のアーティファクト『オーバーロード』を『災厄の魔女』に奪われる事だ……)
霞花は情報と状況を整理し終えて、眼を開けた。彼女を横から照らす夕日が地平線にゆっくりと沈んでいき、周辺が一気に暗くなり始める。
今夜ここで死ぬ事になる女生徒が見るだろう最後の光景を殺人現場の上で、霞花はその眼にしっかりと焼き付けた。