アーティファクトって何?   作:小人3

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4月19日(火曜日)
天網恢恢疎にして漏らさず


 四月十九日火曜日の朝、霞花はリビングで朝食を食べながら、テレビで地元ニュースを見ていた。

 

「一昨日、発生した地震により、神器が破損した白蛇九十九(はくだつくも)神社についてのニュースです。神社の関係者はコロナグループの支援を受けて、神器の修復作業を行うと報道陣の取材に答えました。破損した神器は白巳津川市の郷土史に深く関わる品で、文化的価値が非常に高——」

 

 テレビの中で、ニュースキャスターが白蛇九十九神社の神器について報道していた。ニュース映像の中で、私服姿の女性関係者がインタビューに答えていた。

 

「いや〜私は適当に接着剤でくっければ、イイじゃんって言ったんだけどね。コロナのおじ様が責任取らせてくれって煩くて〜〜。明日から専門家来るから、その準備がめん——」

 

 神社の巫女(女性関係者)がおおよそ神職とは思えない言動で、インタビューに答えていた。

 

「沙月先生……何でインタビューに答えてるの?」

 

 テレビに映っている女性の名前は成瀬沙月、白蛇九十九神社の巫女であり、白泉学園の郷土史という課外授業を受け持つ教師でもある。インタビューの受け答えからわかる通り、信仰心の欠片も無い性格の持ち主である。

 

(これ神主のお爺ちゃんが聞いたら、卒倒するだろうな……)

 

 おそらく神器破損にショックを受けて、インタビューに答えられなかったであろう神主を霞花は心配した。

 気落ちしている所にテレビで巫女である孫娘がこんな事を言っているのを見たら、その場でひっくり返ってもおかしくなかった。

 

(でもこの修復がファインプレーとか人生万事、塞翁が馬だね)

 

 神器の正体はアーティファクトである。全てのアーティファクトには自動修復機能があり、放置しておけばそのうち直る。

 つまりこの修復作業は時間の無駄なのだが、結果として『災厄の魔女』にとっては不都合な出来事だったりする。

 

 神社のニュースは終わり、次のニュースへ移る。内容は白巳津川駅のショッピングセンターに関してだった。

 

(石化事件の報道は無しか……。原作知識通りなら今日の放課後に翔先輩達が発見して、通報するから当然か)

 

 昨日の夜、女生徒は『魔眼のユーザー』に殺された。彼女の素行はとても良かったのだろう。彼女の両親は連絡も無く帰ってこない娘が、事件に巻き込まれたと判断して、すぐに行方不明届けを出していた。

 

(多分、第一発見者は翔先輩じゃない…………。みんな変な彫刻か何かだと思ってスルーしたんだ……)

 

 彼女の死因が例えば刺殺や斬殺、あるいは轢殺なら発見時にすぐ通報されて、今朝の時点で情報の早いネットニュースには載っていただろう。

 白巳津川公園は周辺住人の憩いの場である。朝早くに散歩やランニング等で通る人が居ても不思議ではなかった。

 

(ごめん、今回は何もできなかった。でも絶対に仇は獲るし、あなたが死なない世界をいつか絶対に作ってみせるから)

 

 昨日、見殺しにする覚悟を決めたとはいえ、その事実は霞花の心に深く突き刺さっていた。霞花は心の中で、女生徒に語りかける事で良心の呵責を和らげた。

 

 朝食の目玉焼きとウィンナーは食べ終えると、自室から教科書の入った肩掛け鞄を持って、霞花は家を出た。

 その眼には強い意志の力が映っている。

 

 意志の力は心の力、心の力は魂の力、今の彼女の体には眼には見えない強い力が、確かに宿っていた。

 

(ここまではプロローグ、ここからが本当の闘いだっ!!)

 

 そう威勢良く決め台詞を心の中で言って、霞花は白泉学園へ向かった。

 

 しかし約二十分後、教室の机に突っ伏した霞花から、魂の力とやらは雲散霧消していた。

 

(やばい、心が折れそう……。『魔眼のユーザー』に別の意味で殺されちゃう。死ねばいいのに…………)

 

 霞花は心の中で『魔眼のユーザー』への悪態をついた。家を出た時の威勢は、どこかへ既に消えていた。イカれた殺人鬼(サイコパス)が身近に、それも同じ学校にいるという事実が登校中に彼女の心をジワジワと蝕んでいた。 

 身近な死の恐怖は非力な少女の意志を打ち砕くには十分だった。

 

 『魔眼のユーザー』が人殺しに理由を必要としない、イカれた殺人鬼(サイコパス)である事は、疑い様が無い真実である。

 しかし彼とて警察に捕まる(犯罪者になる)事は嫌だという、ズレた感性はある。

 

 故に証拠隠滅の一つや二つはするし、人に見られている場所や真っ昼間に殺人を犯さない程度の理性は、持ち合わせていた。

 その事を原作知識から霞花はよーーく分かっていたが、同時にこうも思っていた。

 

(自己保身が出来るならそもそもなんで、殺人なんてするんだよっ!クソ野郎がっ!!てめぇは何処の爆弾魔だっ!!)

 

 霞花の主張はもっともだった。霞花が言う爆弾魔とは『ジョリジョリの不思議な冒険』の四部で登場する悪役の事だった。

 彼は『幸せとは変わり映えの無い、平和な暮らしの事を言うんだ』と言いながら、気に入った人間を密かに爆弾で殺して回るという異常者だった。

 

 『魔眼のユーザー』は殺人自体が目的なので、殺人がある種の愛情表現であったその爆弾魔より、何十倍もタチが悪かった。

 

『抑圧なんてクソくらえだ……ッ、見下されるのも憐れまれるのも冗談じゃない……!』

 

(被害者面しやがってクズめ、孤独が嫌?理解者が欲しい?オマエには味方だっていた癖に!!!)

 

 原作世界において『魔眼のユーザー』は己に寄り添おうとした親友を、何の躊躇いも無く殺害した。その事を知っている霞花は『魔眼のユーザー』に侮蔑を吐き捨てた。

 

(私には奴の死を望まなかった翔先輩の気持ちが、全く分からない。そんな翔先輩の気持ちを知った上で、最悪の嫌がらせを考えたクズはもっとだっ!)

 

 昨夜の殺人で、彼は殺人童貞を捨てた。だからどれだけ罵倒と悪態をついたところで、霞花の良心は痛まなかった。神様だって文句は言わないだろうと、彼女は考えていた。

 

(でも翔先輩は優しいから、そんな事言うなとかいいそう)

 

 自席に突っ伏した霞花の耳に、クラスメイトと天がぺちゃくちゃとおしゃべりしているのが聞こえてきた。笑顔でお喋りしている親友を霞花はジッと見つめた。

 惨劇の光景を自分に置き換えて考えてみる。

 

(もし私があんな眼に遭ったら、次会った瞬間に相手をあらゆる手段を使って殺してる…………)

 

 自分の恋人(友人)を殺した挙句、死体を犯す事(死姦)すら仄めかしたイカれた殺人鬼(サイコパス)。そんな相手を殺した所で、自分の心はちっとも傷まないという確信が霞花にはあった。

 

 ピンポーン、パンポーン、不安定な霞花の情緒とは無関係にチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。

 

 非日常があろうがなかろうが、日常とは強制的にやって来る物なのだ。たとえそれが霞花の精神にとって、良い事ではなかろうと。

 

 戦場(非日常)非戦場(日常)の反復横跳びは確実に霞花の精神を犯していた。

 

 お昼休み霞花は教室で一人、お弁当を食べ終えた。昨日一緒に食べた天は別のクラスメイト達と仲良く食べている。

 普通ならそこに混ざって食べれば良いのだが、孤独が好きな霞花はそれを嫌がって一人で食べたのだ。

 

 霞花は天と仲良くお昼を食べているクラスメイト達へ、鬱屈した感情を感じながら秘密兵器を持って、一人で中庭へ向かった。

 

(香坂先輩は…………やっぱりいないか……)

 

 霞花は中庭に迫り出したの二階部分から、中庭の生徒を確認していた。そして霞花は香坂春風(はるか)がいない事に落胆した。春風は相変わらず、教室でボッチ飯を堪能している様だった。

 

 やはり『天の岩戸作戦』の実行が彼女との接触には必要と霞花は判断した。

 

(よしここは昨日、買ってきた。秘密兵器の出番だ)

 

 霞花のポケットには、猫とお近付きになるための秘密兵器が納められていた。

 

 霞花がニ階から中庭へ降りて再度周囲を観察すると、昨日は居たチャンバラ遊びの男子学生達は居なかった。

 それは霞花には好都合だった。

 

 霞花はベンチでお昼を食べながら、あるいは食べ終えて談笑している学生達の隙間を縫う様に、中庭を歩きまわって昨日のデブ猫を探した。

 

(用務員とかに見つかって外に追い出されてなきゃ良いけど……)

 

 中庭はそこそこの広さはあるが、校舎と塀に囲まれており外界と隔絶されている。

 おそらくあの猫は校舎の中か、塀の上などの隙間を通ってたまたま侵入したと思われた。

 

 完璧では無いが猫にとってこの中庭は地獄落とし(落とし穴)になっており、自力での脱出は難しいといえた。その為、中庭に野良猫が入り込んだ事を報告された教師や用務員の手によって、捕まり外に放り出されている可能性があった。

 

「ニャー〜オーン〜〜〜」

 

 霞花の心配を杞憂だった様だ。デブ猫は今日も元気に、猫撫で声でエサを生徒達に媚びていた。

 昨日もそうだったがこのデブ猫は相当賢いらしく、擦り寄り相手を選んでいる節があった。

 

「明らかに……女の子ばっかり狙ってるよねあのデブ猫」

 

 デブ猫が擦り寄る相手は皆女生徒である。男女(カップル)や男同士の所には全く近寄らない。できるだけ多人数の所を狙っている様にも見える。

 グループの誰か一人でも気に入ってエサをやれば、他の生徒も追随する事を学習している様だった。

 

 霞花はベンチの空いてる所に一人で座った。そしてポケットから昨日の夜、駅前のショッピングセンターで手に入れた秘密兵器取り出した。

 

「高級〜〜猫缶〜〜」

 

 リア充空間に一人でいる寂しさを紛らわすために、小声でテレレレッテレーとBGMを口ずさみながら、ツナ缶の様な薄い缶詰をスカートのポケットから取り出した。

 

 昨日、ショッピングセンターのペットショップでわざわざ買ってきたのだ。高級というだけ、あってかなりお高い。ひと缶400円は学生にとって、痛い出費だった。だがお値段の分、効果は保証されている。

 

(猫用なのにオーガニックとは…………人間より良い物、食べ過ぎでは?)

 

 霞花は高級猫缶の中身に疑問を覚えながら、缶を開けた。缶の中身は見た感じ、完全にツナ缶である。

 

(ツナ缶にしか見えない……わざわざ買う必要は無かったかな?)

 

 霞花は高級猫缶の中身にがっくり来て、手痛い出費を後悔したが、効果はあるはずと自分に言い聞かせた。

 

 霞花は封を開けた缶詰を地面に置いた。ベンチの上に置く事も考えたが、ジャンプ力が無さすぎて、ベンチに登れないでいるデブ猫を見て、霞花は考えを改めた。

 つくづく野生という言葉を忘れている猫である。

 

 霞花はワクワクしながら、デブ猫を待った。昨日、結局デブ猫に(さわ)れなかった事が、それなりに気が掛かりだったのだ。

 しばらくするとデブ猫が霞花がいるベンチにやってきた。

 

デブ猫のまん丸な瞳が高級猫缶を捉えた。

 

「ほら。コレは美味しいぞ」

 

 霞花は猫缶の横に描かれているラベルを見せびらかす様に、猫缶を左右へ揺すった。

 

「なん…………だと…………」

 

 デブ猫は高級猫缶には全く興味を示さず、別のベンチへと向かった。そしてそこに座っていた女生徒からミニトマトを貰い美味しそうに食べていた。

 

「昨日のブドウといい、グルメすぎるだろ……おまえ……」

 

 足元に猫缶を置いたまま、霞花は一人取り残された。お昼休みの終わりを告げるチャイムがなっても、デブ猫が霞花に近づく事は無かった。

 

 全ての授業が終わり、帰りのホームルームが始まる前の僅かな時間の間に霞花は疲れ果てて、机に突っ伏したままクラスメイトのお喋りを耳にしていた。

 

 公園、石像、怪奇現象なんて言葉がちらほら聞こえてくる。どうやら石化事件の話がもう報道されているらしい。

 

 女生徒を見殺しにした事実が霞花の胸に突き刺さる。覚悟していたが、こうやって生々しい話を聞く事でかなり心に来ていた。

 

 霞花は罪悪感を無理やり頭の外に、放り投げて忘れる事にした。そして気晴らしに原作世界とこの世界の相違点を考察し始めた。

 

(原作だと、報道されるのは明日の朝だったはず……。もしかして誰かが、昨日の夜か今日の朝に通報したのかな?)

 

 原作で翔たちが女学生の石像を発見するのは放課後である。その事が報道されるのは、日付が変わった翌日の朝になる。

 間違っても日付どころか、まだ放課後になってもいない今では無い。

 

 霞花は自分の行動によるバタフライエフェクトで、原作世界と展開が変わり始めている事を痛感した。

 

(早々に、原作知識が役に立たなくなりそう。そうなったら、本格的に『オーバーロード』をうまく使わないとダメだろうな……。タイムリープとか何度もしてたら頭がおかしくなりそう)

 

 霞花がどうやったら『厄災の魔女』に気づかれず、『オーバーロード』を効果的に使用できるのかを考察していた時だった。

 変わらず石化事件について、喋っている集団から『まさか、ウチの生徒が……死ぬなんて……』という言葉が霞花の耳を打った。

 霞花は聞き逃せないその言葉に反応して、起き上がった。

 

「その話、詳しく教えて!」

 

 霞花は自分からクラスメイトに話しかけた。

 

クラスメイトはいきなり大声で、話しかけてきた霞花に驚きつつも、彼女に事件のあらましを話し、ニュースが載っているWEBサイトを教えた。

 

 霞花はすぐに自席に戻ると、スマホでWEBブラウザを立ち上げて、検索エンジンに教えて貰ったニュースサイトの名前を入れて、ニュース一覧を確認した。

 

 そして『怪奇現象?男子生徒、石像になる』という見出しをすぐに発見し、リンクをタップした。速度の安定しないデータ通信の後、ニュース記事のページが表示される。霞花はそこそこに長い記事を急いで全部読んだ。

 

『昨夜未明、白巳津川市にある白巳津川公園にて、男子生徒一人が突然石像になる怪奇現象が発生。男子生徒の知り合いであり、この現象を目撃した女生徒が警察へと通報。当初、意味不明な通報内容からイタズラかと疑われたが、通報者の強い訴えで付近の警察官が現場に急行し、石像を発見する。石像があまりに精巧だった事と、通報者である女生徒が激しく動揺している事から、只事では無いと現場判断が下され事件が認知される。警察は鑑識による石像の検分を進めつつ、石像の制服と女生徒の話から、同市内にある白泉学園の生徒と判断し、学園経由で石像になった男子生徒について登校しているかを確認した。学園の情報から、男子生徒が今朝から登校していない事が判明。直ちに男子生徒の父母にも確認を取った所、昨夜から帰宅していない事も判明した。警察はこれらの状況証拠から、石像の正体は行方の分からない男子生徒の可能性が極めて高いと判断。現在、鑑識による本人確認を進めているとの事である。警察関係者によれば石像の主成分は完全に通常の岩石であり、本人確認が難航しているとの事。昨夜から行方の分からない男子生徒の名前は——』

 

 そのニュースサイトに書かれた男子学生の名前は『魔眼のユーザー』だった。

 

『魔眼のユーザー』が死んだ。それもただの死ではなく、完全に石化して死んだ。これは明らかな異常事態であった。

 

(クソがァァァァ!間違いなく『災厄の魔女』が生きてる!あのヤロウなんてしぶとい!)

 

 霞花は毒づいて頭を抱えた。『魔眼のユーザー』が石化して死んだ以上、下手人は一人しかいない『災厄の魔女』である。人体を石化するアーティファクト『魔眼』は二つで一つのアーティファクトなのだ。

 

 一つは『魔眼のユーザー』ともう一つは『災厄の魔女』と契約している。アーティファクトとの契約はアーティファクト側からの一方的な物の上、原則としてAFユーザーが死なないと解除できない。

 

 『災厄の魔女』が『魔眼のユーザー』を殺害したのは『魔眼』を奪う為で間違いなかった。『魔眼』は一つでも十分危険だが二つ揃うと、とんでもない力になる代物なのだ。

 神話のメデューサの如く、一瞬で相手を石像にする事が可能になる。

 

(『魔眼』は危険な(第一世代)アーティファクトを多数保有する『災厄の魔女』に()()()()()と呼ばせた危険物。そんな物が今フルパワーで暴れ始めたら、今日明日にもこの世界が終わりかねないっ!)

 

 こんな動きは霞花の頭に植え付けられた原作知識には全くない展開だった。『魔眼のユーザー』は『災厄の魔女』にとって、丁度良いスケープゴートであると同時に、利用価値のある相手である。

 

 それがこの段階で切り捨てられる理由など、霞花には一つしか思いつかなかった。

 

(間違いなく()()()()()()()がある!そうとしか考えられないっ!)

 

 こうなったらもう原作知識や流れは全く当てにならない。全部アドリブで対応するしか、霞花には選択が無かった。

 

(『オーバーロード』でやり直すの決定だ。でも一体いつに戻れば良い?何を変えればいいの!?)

 

 霞花の頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何も考えられなかった。

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