アーティファクトって何?   作:小人3

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地獄への道は希望で舗装されている

 教室に作られた椅子でできたベッドの上で、霞花は天に話しかけられた瞬間から、数秒間の間を『オーバーロード』の力で、無限ループし続けていた。

 

 霞花は目を開けていると繰り返される光景に気持ち悪くなるので、目を瞑って思考し続けていた。

 

(駄目だ!何も思いつかない……。手持ちのカードじゃどう考えても対処できない)

 

 『魔眼のユーザー』が『魔眼』によって石像にされ、昨晩殺されていた事実が発覚して以降、霞花は絶望的な状況に陥っていた。

 それは完全に手の施しようのない状況だった。

 

(諦めるな、諦めるな。もう一度最初から状況を整理しよう。今までに奴はどう動いていて、何ができるのか…………)

 

 それでも霞花は諦めずに、もう何度目かもわからない思考のリセットをして、自分が取るべき対応を考え続けた。

 

 霞花は現時点までの、『災厄の魔女』行動を改めて推論し始めた。

 

(まず十七日に奴が取った行動、それはソフィの妨害で間違いない……)

 

 昨日、霞花は異世界人ソフィーティアは妨害を受けている可能性があると考えていた。『災厄の魔女』が原作世界の記憶持ちとはっきりした以上、それは確定的な事象である。

 

 何故なら彼女は『災厄の魔女』にとって、ソフィーは自分を殺した怨敵の一人なのだ。邪魔をしない理由が存在しない。

 

 そしてそれは霞花が二日間に渡って、神社で探したにも関わらず、ぬいぐるみを発見できなかった事実とも完全に合致している。

 

(結城先輩は既に、殺されているかもしれない……。私なら彼女だけは絶対に生かしておかない)

 

 原作世界におけるヴァルハラ・ソサイエティの創設者にして、最強のアーティファクト『ジ・オーダー』のAFユーザー、結城希亜。

 彼女は間違いなく『災厄の魔女』の抹殺(ブラック)リストに載っている人物だった。

 

(もし結城先輩を殺しているのなら、当然『ジ・オーダー』も奪われている…………。ソフィも殺されていると考えるべきだ)

 

『ジ・オーダー』を、ソフィーティアがこの世界に送り込んだ『幻体』(ぬいぐるみ)に使えば、彼女を殺す事は容易かった。原作では実際にナインが『ジ・オーダー』で死にかけている。

 

(ナインの時は、事前に『ジ・オーダー』の能力が把握できていたし、攻撃が来る事も分かっていた。でもこの世界のソフィーは何も知らなかったはず、初見かつ不意打ちなら絶命は避けられない……)

 

 それほど『ジ・オーダー』が強力なら、どうやって結城希亜を殺害したかが普通は疑問点になるが、彼女の人柄をよく知る霞花にはその方法が簡単に思いついた。

 

(ソフィの姿で結城先輩に接触して、『目的はアーティファクトの回収よ』とでも言えばいい。彼女なら疑いなく信じるし『これを飲めば、アーティファクトを得られるわ』とでも言えば、毒薬だろうが、霊薬だろうが、飲ませられる)

 

 霞花の脳内には『新しい聖遺物……飲むわ』とか表面上はクールに言いながらも、内心でワクワクしてドヤ顔で飲み干す結城希亜の姿が映っていた。

 そして数秒後に脳内の彼女は血を吐きながら、地面に倒れ伏した。

 

 映像だけ見れば、ギャグかコントである。しかしそれが現実だと、分かっている霞花にはちっとも笑えなかった。

 

(十八日は、おそらく成瀬先生に接触して操り、『魔眼のユーザー』を殺した……。今朝のニュースを考えると接触は夜以降か?)

 

 霞花は成瀬沙月がインタビューに答えるという神社にとって、放送事故だった今朝のニュース映像を思い出した。その映像が撮られた正確な時間は分からないが、間違いなく放課後から、日が落ちる前なのは間違いなかった。

 

(いや、インタビューの時点では、操られていないと断定するのは危険すぎる……。『世界の眼』が消えた時間がわからない以上、現時点で接触時間を特定するのは不可能。それに、他の人間を操っている可能性もあるだろう。それこそ結城先輩とか……………)

 

 『災厄の魔女』は条件さえ揃えば、相手の体を自分の体の様に操る事が可能だった。ただ操る体に奴なりの拘りがあるようで、誰でも良いというわけではないのだろうと霞花は考えていた。

 

(操る(同調する)肉体の選定基準はおそらく、魂の力に関する才能だ……。原作で『魔眼のユーザー』に執着していた理由はそれだろう…………)

 

 魂の力の大きさやそれをリソースとするアーティファクトを扱う才能、それは原則として異世界人達の方が優れている。

 しかしどの分野にも原則を覆す天才はいるのだ。

 霞花は原作知識から、『災厄の魔女』が標的にしそうな人物をリストアップする。

 

(香坂先輩、結城先輩、この二人は『覚醒』に至れる強者だ。お眼鏡にかなっていても、おかしくない。一応、九條先輩もそうだけど、『災厄の魔女』は『レガリア』の一件を知らないはずだ…………)

 

 その一件は、原作において『災厄の魔女』が死んだ後の出来事だ。何ならかの方法で『災厄の魔女』が死を回避した以上、その事は知りようがない筈である。

 

(『レガリア』を知らない……。これは大きなアドバンテージになる。あの無敵の能力は『災厄の魔女』でも初見で対処は不可能だ。決まれば勝てる…………一度だけなら)

 

 『災厄の魔女』が厄介すぎる点、それは操っている体を傷つけたり、体から追い出したりしても、奴本人は全く無傷という事だった。

 

 たとえ『レガリア』の能力で一度、勝利を拾っても、操る体を変えて何度でも襲ってくるだろう。そのうち『レガリア』の致命的な弱点がバレて勝てなくなるのは必然だった。

 

 この世界を『災厄の魔女』から守るには、異世界からこの世界への干渉を完全に断つか、奴自身を殺さないと駄目なのである。

 

(異世界へ生物は渡れない。これは『災厄の魔女』本人はこの世界に来れないという事であり、同時に私達も異世界に乗り込む事はできないということだ。姿も顔もわからない相手を殺せるアーティファクトなんて『ジ・オーダー』しか存在しない!)

 

 『災厄の魔女』は決して馬鹿ではない。むしろとんでもなく悪知恵が回る。そんな奴が自分を殺し得るアーティファクトとそのAFユーザーを放置する事は絶対にありえなかった。

 

 霞花の推論通り、結城希亜は殺されるか操られるかしているだろう。

 

(どうにかして、操られている結城先輩を解放して、『ジ・オーダー』で『災厄の魔女』を殺せたと仮定しよう。でも、無意味だっ!全部なかった事にされる!原作でやった方法は通用しないっ!)

 

 『災厄の魔女』もタイムリープをできる。この事実だけで、霞花の考えられる全ての策が無意味になっていた。

 

 絶望的な状況にも関わらず、霞花が使えるカードは少なかった。

 

(タイムリープと並行世界の観測が、現時点の私に使える『オーバーロード』の全能力だ。原作知識を踏まえると、他にもできる事はあるけど、条件が整わない)

 

 タイムリープは言わずもがな、昨日の朝に霞花が使ってみせた能力だ。擬似的に時間を巻き戻す事ができる。

 

並行世界の観測、これは並行世界の人間に対して同調する事で、相互に記憶を共有する能力である。

 

しかし同調する相手は、原則として自分自身に限定される。なぜなら同調する並行世界の相手も『オーバーロード』を保有する必要があるからだ。

 

(私は原作知識は持ってるけど、原作世界に同調する事はできない。これは原作世界の私が『オーバーロード』と契約していないか、この世界が原作世界から遠すぎて『オーバーロード』の力でも届かないか、の二択だ…………。ナインに同調できない事を考えると、おそらく後者)

 

 霞花は並行世界の観測を発動して、並行世界の状況を改めて確認した。

 

(時間遡行(タイムリープ)をしつつ、行動変化を最小限に抑える事で、過去改変(並行世界)を発生させない……これは昨日、初めて時間遡行(タイムリープ)をした時にも、()()()()()がやってるみたい……)

 

『オーバーロード』による過去改変は必ず、並行世界の発生という形を取る。昨日、『魔眼のユーザー』に遭遇して過去改変をした時、世界は『過去改変をして、魔眼のユーザーに遭遇していない世界』と『過去改変をせず、魔眼のユーザーに遭遇した世界』に分岐した。

 

(この世界は『遭遇していない世界』、でも『遭遇した世界』の私を観測する限り、差異はほとんど存在しない。これは並行世界が統合したと見るべきだ……)

 

並行世界は僅かな行動変化でも発生する。たとえば朝食の目玉焼きに醤油をかけるか、ソースをかけるか、でも世界は『醤油の世界』と『ソースの世界』に分岐するのだ。

 

だがそれはあくまで、朝食を食べている時だけの分岐で、朝食を食べ終えれば、以後の行動は全く同じになる。醤油かソースかで人の行動は通常の場合、変化しないからだ。

 

このような並行世界が分岐した後に、差異が小さい過ぎて、同じ流れに戻ってしまう事を並行世界が統合すると呼ぶ。霞花はこの現象の中に、時間遡行(タイムリープ)を隠す事を思いついていた。

 

(一度、統合した世界を区別する事は原理上不可能だ。並行世界は理論上、無限に存在する。これは砂漠から砂粒どころの話じゃない、宇宙空間から電子の一粒を発見するに等しい行為だ。いくら『災厄の魔女』が私より格上でも、そんな事はできない)

 

厳密な並行世界の分岐は、途轍もない頻度と回数で起きている。なぜなら全世界の人々の些細な行動変化で、分岐は起きるからだ。ただ分岐した直後に統合して、区別がつかなくなる。

 

(『オーバーロード』はその微細な並行世界さえ、個別に観測できる……。でも違いがなさ過ぎて、全く区別がつかない)

 

それは大量生産された同じ製品を全て判別しろと言っているのに等しい。しかもその寸法は完全に同じなのである。電子レベルの違いを判別できる人間がいない様に、統合した無限の並行世界を区別できる人間も存在しないのだ。

 

(使える能力が2つしかない以上、考えるべきは能力の応用だ。たとえば私が今やっている擬似時間停止…………)

 

擬似時間停止は時間遡行(タイムリープ)と並行世界の観測の合わせ技である。

 

短期間とはいえ連続して、時間遡行(タイムリープ)を行えばその分、並行世界の分岐が発生する。現時点で既に時間遡行(タイムリープ)の回数は100回を超えており、その分だけ並行世界も誕生している。

 

しかし何も問題は無い。全ての並行世界で擬似時間停止中の霞花は身動きを取っていない。それぞれの世界の霞花は数秒間の思考しかできておらず、それぞれで経験している時間遡行(タイムリープ)の回数分、累積している思考時間が違っている。よって思いついている考えも違う。

 

そのままでは全員がバラバラの行動をしてしまい、時間遡行(タイムリープ)をした回数だけ並行世界が増える事になる。

 

しかし擬似時間停止を解除するタイミングで、思考の結論を出す、最後に分岐した並行世界の霞花を観測、記憶を共有する事で全員の行動を一致させる事ができる。結果、分岐した全ての並行世界は統合され、完全に区別出来なくなる。

 

(『オーバーロード』は『世界の眼』と違って時間軸を完全に無視して、繋がる(同調する)事ができるからこその裏技…………)

 

『オーバーロード』は過去だけでなく、未来の自分とも同調する(繋がる)事ができる。ただし、無制限にはるか遠くの未来という訳ではない。最も未来にある並行世界が限界点になる。

 

(私が観測できない未来の私とは同調できない。だからアニメの『のらエモン』みたいに、未来の私が助けに来る事はない。今の私が最も未来の私だ、少なくとも私にはそうだとしか、観測できない…………)

 

霞花が観測している並行世界は、全て同じスピードで進んでいる。これは一つの並行世界で一時間経つと他の並行世界でも一時間経つという意味ではない。全ての並行世界で観測可能な時間軸は、観測時点の時間軸と同じという意味だ。

 

たとえば、霞花が一時間前に時間遡行(タイムリープ)すると、時間遡行(タイムリープ)して過去改変した世界の霞花は一時間かけて、時間遡行(タイムリープ)前の時間に追いつく事になる。

 

ただし、それは時間遡行(タイムリープ)して過去改変した世界の霞花の主観であり、時間遡行(タイムリープ)をしなかった世界の霞花の観測結果とは違う。

 

時間遡行(タイムリープ)をしなかった世界の霞花は、並行世界が過去改変により分岐した直後に、その一時間の全容を確認する事が可能である。過去の(遅い)並行世界が、現在の(速い)並行世界に一瞬で追い付き、以降同じスピードで進んでいくのだ。

 

過去の(遅い)並行世界が、現在の(速い)並行世界に追いつく、この現象を利用する事で、初めて擬似時間停止が可能になるのである。

 

これが擬似時間停止の全容である。

 

(『オーバーロード』の能力は複雑すぎる……。私に思いつける裏技はこれくらいだ。あとは新しいゲートを開けるくらい?やる意味全くないけど…………)

 

霞花は、それから数時間は思考し続けた。アーティファクトの能力をただ単純に使うだけで無く、その応用を思いつくにには、論理的な思考能力ではなく、斬新な発想が必要だった。

 

斬新な発想は論理的な思考、つまり垂直思考では生まれにくく、水平思考と呼ばれる考え方が必要だった。いわゆる『ウミガメのスープ』問題という物である。

 

この思考能力は専用の訓練を積まなければ伸ばす事はできない。殆どの人は、斬新な発想ができる人をただ頭が良い人あるいは、発想が上手い人としてしか認識していない。

 

そういう人達はこうした訓練を少なからず受けた事があるか、生来の才能として、そういう思考が得意なだけなのだ。実際、大企業の社員教育では大真面目に『ウミガメのスープ』問題を解くという事が採用されていた。

 

現代の学校教育は論理的な思考(垂直思考)能力しか育てず、水平思考能力については全くの手付かずである。当然まだ学生に過ぎない霞花は、そんな特殊な訓練は受けておらず、生来の水平思考能力も高いとはいえなかった。

 

よって何時間あるいは何百時間考えても、思いつかない物は思いつかないのだ。霞花はやがて、自分一人で考える事に疲弊して、当初の結論に回帰せざるを得なかった。

 

(翔先輩を頼ろう…………、それしか道がない………………)

 

霞花が頼ろうと決めた新海翔は間違いなく、そうした斬新な発想を思い付く、生来の天才である。それが霞花に残された唯一の希望だった。

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