アーティファクトって何?   作:小人3

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VS『災厄の魔女』

(嵌められた! 嵌められた! 嵌められた! 嵌められた! 嵌められた! 嵌められた! 嵌められた! 嵌められた! 完全に嵌められた!!)

 

 さっきまで確かにあったはずの希望が、一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだ。いやそんな物は初めから存在しなかった事を霞花は理解した。

 

(おかしな点はいっぱいあったのに! なんで気づけなかったんだ! 私のバカバカバカバカバカッ!!!)

 

 思い返せば不自然な言動は多かった。霞花は頼れるのは新海翔しかいないと視野が狭まっていた。唯一の希望に縋りついてしまっていた。

 

 結果彼の不自然な言動のすべてを、自分の都合の良い様に解釈してスルーしてしまっていた。新海翔という名の希望が、霞花をこの地獄まで導いたのだ。

 

「いきなりわけがわかんねぇと思うけど、ちゃんと説明するから、中に入ってくれないか?」

 

 翔がすまなそうな顔で、固まっている霞花にそう提案してきた。霞花は今すぐにここから走って逃げ出したかったが、それはできなかった。

 そんな事をすれば、その時点で確実に殺されるからだ。いや死ぬより、もっと酷い目に遭わされるだろう。

 

(余計な事は考えるな。今はとにかく生きて、この場を離れることだけを考えろ! 一瞬でいいんだ、隙を作れ! タイムリープで十七日の夜へ飛ぶんだ!!)

 

 霞花は扉が開く前までに、考えていた作戦をすべて破棄した。そして二人の隙を突いて、タイムリープを成功させる事だけに、思考のリソースを回した。

 

 霞花が部屋に入ると、翔が部屋の鍵をガチャリと閉めた。霞花にはその音が、牢獄の扉が締まる音にしか聞こえなかった。

 

 翔が廊下をぬいぐるみと共に歩いて、廊下の先にある寝室へ向かう。霞花も靴を脱いでから、廊下に上がった。念のため靴を外向きに揃えて置いておく。

 

 廊下の右側には二つの扉があった。部屋の構造からして片方がトイレで、もう片方が風呂場と思われた。廊下の先、寝室の手前には台所がある。

 

 台所はIHの一口コンロではあるが、その分調理スペースが広く、一人暮らしなら十分使いやすい作りなっている。台所の隣には冷蔵庫があり、上には電子レンジが乗っかっていた。

 

 寝室への扉は大きな磨りガラスが嵌められた2枚の引き戸だ。霞花は気を強く持ちながら、寝室へと踏み入れた。

 

 寝室は右奥の角にベッドが置かれ、大きな丸いカーペットがフローリングの上に一枚引かれていた。カーペットの上にテーブルがあり、パソコンが無造作に置かれている。廊下から見える位置には漫画やゲームが入った小さな本棚が置かれていた。

 

「ほら、これ使えよ」

 

 家主である翔は二つしかクッションの内一つを霞花へ差し出した。霞花はテーブルの下座側、つまり最も廊下に近い位置へクッションを置いて座った。

 それは決してマナーが良いからではなく、地の利を得るための選択だった。

 

 翔もクッションを霞花の反対側となる位置に置いて座った。二人がテーブルにつくとテーブルの上の存在が霞花を見ながら、喋り出した。

 

「自己紹介させてもらうわね。私の名前はソフィーティア。アーティファクトを管理する組織の一員よ」

 

 不自然に自立するぬいぐるみは堂々とそう言ってのけた。

 

「……………」

 

 霞花はその態度に言葉を失った。

 

(堂々とソフィを騙りやがって! 狙いは『オーバードライブ』か?信用させてから、体を奪うつもり!?)

 

黙っている霞花をみかねて、翔が助け舟を出した。

 

「えーーっと、まず前提の話からなんだけど、こいつはどうも異世界から来たらしい。信じられないかもしれないけど…………」

「ちょっとカケル、こいつって何よ。名前で呼びなさい」

 

こいつ呼ばわりされたぬいぐるみが、翔に抗議をした。

 

「しゃーねーだろ。ソフィーティアって名前長いんだよ」

「はぁーー、ならソフィで良いわよ。あなたにそう言われるの、不本意だけど」

 

 名前が長いと言われたぬいぐるみは、愛称で呼ぶ事を渋々許可した。部屋に入ってから、ずっと沈黙を保っていた霞花は口を開いた。

 

「…………いつどこで、出会ったんですか?」

「会ったのは昨日の夜、場所は神社だ」

「話しかけた瞬間に私を放り捨てたのよ。ひどいと思わない?」

 

ソフィが翔へ向けて不満を口にした。

 

「放り捨てた?」

「最初ただのぬいぐるみだと思ってな。霞花の話もあったし、思わず拾っちまったんだ。そしたらいきなり喋り出して…………」

「それは無理ないですね。こんな不気味なぬいぐるみが突然喋ったら、誰だってびっくりしますよ」

「不気味って……、失礼ね、あなた。こんな愛らしい姿をしているのに」

 

ぬいぐるみが霞花の発言に抗議する様に、テーブルの上で自分の体を見せつけた。

 

「大きな耳、大きな尻尾、つぶらな瞳、誰が見てもキュートじゃない」

「「それはない」」

 

霞花と翔が声を揃えて、ぬいぐるみの主張を否定した。

 

「耳と尻尾はわかるけど、目は違うだろ。つぶらな瞳じゃなくて、虚ろな瞳の間違いだ」

「中央のファスナーはなんですか?誰が見ても左右で体が違う人間(阿修羅バロン)にしか見えません」

 

ソフィは二人の主張に呆れた様で、溜息を吐きながら言った。

 

「この世界は美的センスがないのね。それとあなた、この世界独自の表現を使うのは止めて頂戴、うまく翻訳できないわ」

 

 子供の落書きの様な瞳を持つ、左右で色が違うぬいぐるみが翔と霞花を憐れむ様に見ている。霞花はソフィから言われた注意が、何の事なのかすぐに理解した。

 

「阿修羅バロンのことですね。気をつけます」

「理解が早くて、助かるわ。どこかの誰かさんとは大違い」

「遅くて、悪かったなっ……!」

 

 どうやら翔も同じ注意を受けた事があるらしい。霞花はソフィへ疑問を投げかけた。

 

「翔先輩とあなたが出会った時の事はわかりました。それであなたは何故、異世界から来たんですか?」

「私が送り込まれた理由は流出したアーティファクトの回収よ」

「流出したアーティファクト…………、もしかして神器の破損が原因ですか?」

「素晴らしく頭が良いわね。その通りよ。あなたなら、ちゃんとソフィと呼んでくれていいわ」

 

 ソフィが言外に翔からソフィと呼ばれるのは不服だと口にした。

 

「なるほど……、なら石化事件もアーティファクトによる物ですね?」

「えぇ、そうよ。おそらく石化のアーティファクト『魔眼』によるものでしょうね」

「凄ぇな、霞花。よくそこまで一瞬で分かるな。事件が起こるまで俺は何も信じてなかったし、理解もしてなかったぞ」

 

 翔が霞花の驚異的な理解力に驚いた。霞花は原作知識を有しているので、この辺の状況は全て把握している。別に彼女の頭が良いわけでないのたが、そんな事は翔もソフィも知らなかった。

 

「私だって、半信半疑で聞いてます。でも神器……アーティファクトが実在するのなら、色々と腑に落ちます」

「何が腑に落ちるんだ?」

「千年前、伝承にある白蛇(しろへび)様は暴れる鬼を睨んで石にしたと言われています。ソフィ、千年前の『魔眼』の持ち主は異世界人ですか?それとも、この世界の人間ですか?」

「『魔眼』のユーザーなら、異世界人よ。そう……こちらの世界にも記録が残っているのね…………」

「ちょっと……待て!俺にも分かる様に説明してくれ」

 

 翔は霞花とソフィの間で、繰り広げられる会話についていけず質問をした。ソフィとの付き合いは翔の方が長いはずなのに、あっという間に置いてけぼりを喰らっていた。

 

 ソフィは溜息をついて翔に説明した。

 

「はぁ〜、簡単に説明してあげる。アーティファクトが流出したのは二度目なの。前回アーティファクトが流出したのは、今から千年近く前よ」

「おいアーティファクトの流出が、二度目とか初めて聞いたぞ」

「当然よ、今初めて言ったんだもの」

「おま…………、二度目って管理ガバガバ過ぎんだろ! もっとしっかりしろよ!!」

「出来る限りの対策はしてたわよ。そもそも再びこの世界と繋がった事自体がイレギュラー、管理の問題じゃないわ」

「こいつ…………!」

 

 翔がアーティファクトの管理が杜撰過ぎるソフィに怒った。ソフィはどこ吹く風で管理の問題ではなかったと言い訳をした。

 原作知識のある霞花にはその言い訳が事実である事をちゃんと理解していた。

 

 前回はともかく、今回のアーティファクト流出は管理の問題ではない。つまり管理組織(セフィロト)のリーダーであるソフィに、落ち度はあまりないのだ。

 もっとも別の落ち度はあった。しかしそれをどうにかする事は、彼女には不可能だったのである。

 

「翔先輩、怒っちゃ駄目です。落ち着きましょう」

 

 霞花は怒る翔を宥めるためにそう言った。そもそもこのソフィーティアを名乗る異世界人はソフィーティア本人ではなく、間違いなく『災厄の魔女』である。

 だから文句を言っても何も意味はないという事を、霞花は理解していた。

 

「で、何処まで話したかしら?」

「ぬいぐるみは異世界人で、目的は流出したアーティファクトの回収。流出した原因は一昨日の神器破損、アーティファクトは実在していて、石化事件はユーザーの仕業って所までです」

 

 霞花が脱線した話を纏めて、軌道修正した。

 

「一応言っておくけど、異世界人と言っても見た目はあなた達と同じよ。私の体は仮初めの物、そうね。うまく伝わるか、わからないけど、使い魔みたいな存在よ」

「へー、そうなんですね。あ、話を続けてください」

 

 翔も眼だけでそれも知らなかったぞと言う顔をしたが、ソフィに話を促す霞花を見て、口には出さなかった。

 

「後の話は簡単よ。あなたにも翔と同じで、アーティファクトの回収に協力して欲しいの」

「分かりました。協力します」

 

 霞花は迷いなく即答した。

 

「霞花……、無理やり巻き込んでおいてなんだが、安請け合いをするな。殺人者が相手だ。下手をすれば殺されるぞ」

 

 翔が即答した霞花の答えに苦言を呈した。本人の言う通り、霞花を罠に嵌めた仕掛け人の一人が言う事ではない。

 

 霞花は毅然(きぜん)と反論した。

 

「分かっています。これは自衛ですよ。放置すれば何が起こるか…………」

「よく分かってるじゃない。似た様な事件や石化事件の二件目が起こる可能性は低くないわ。早めに手を打たないと危ないわよあなた達」

 

 ソフィがまるで、他人事の様に言ってのける。霞花は残った疑問を解消すべく、ソフィへ質問した。

 

「ここまでの話で、事情と状況はおおよそわかりました。でも一つだけ、疑問があります」

「何かしら?」

「なんで私を勧誘したんですか?」

 

 霞花は当然の疑問を口にした。ぬいぐるみが真顔で口を開く。

 

「それはあなたがユーザーだからよ」

「………………」

 

 ソフィーティアを名乗るぬいぐるみは虚な瞳で感情を感じさせず、霞花の顔を覗き込みながらそう答えた。予めそう言われる可能性が高い事を覚悟していた霞花は、少し悩むふりをしながら答えた。

 

「………………私がユーザーですか……否定はできませんね……」

「……大人しく、認めてくれるのね」

「肯定しているつもりもないです。心当たりがないですし」

「ん?心当たりがないなら、否定すれば良くないか?」

 

 翔が否定はしないが肯定もしないという、霞花のスタンスに疑問を覚えた。

 

「心当たりがないからですよ…………。知らないうちに異能力に目覚めているなんて、アニメだと鉄板じゃないですか」

「あぁ、確かにそうだな」

「残念だけど、それはないわ。アーティファクトと契約した時点で、力の使い方を自然に理解するから」

「それも初耳なんだが……?」

「当然よ。言ってないもの」

 

 翔がソフィの発言にイラつき始めた。

 

「おまえ、隠してる情報を全部話せよ」

「嫌よ。前回の時、素直に色々話し過ぎて、大変な事になったから。アーティファクトはあなた達、お猿さんの手に負える代物じゃないわ」

「猿って……おまえな!」

「私に噛み付くのはお門違いよ。事実、力に溺れて同族を殺してるじゃない」

「…………」

 

 翔がソフィに、石化事件の事を指摘されて押し黙った。原作知識で事情を知っている霞花は、心の中で悪態をついた。

 

(そんな事をする奴はおまえと『魔眼のユーザー』くらいなんだよ! 普通の人はアーティファクトの悪用はしても、殺人なんてしない!)

 

 霞花の主張は正論だった。アーティファクトは所詮は道具である。悪用すれば人を殺し得るという点ては包丁と何も変わらない。

 どこの世界に手に包丁を持っただけで、人を殺す奴がいるのか、そんなやつらはイカれた殺人鬼(サイコパス)だけだ。

 

「私たちが猿かどうか置いておいて、そう言う事ならはっきりと言えます。私はユーザーではないです」

「そう、当てが外れたわね。一応確認するけど、周囲の人間が力を使ったり、アーティファクトを所持していた所を見てないかしら?」

 

 ソフィの発言を聞いた霞花は、心の中でガッツポーズをした。

 

(もしかして私がまだAFユーザーだと、バレていないのか?)

 

 霞花は地獄の底にいながらも、現状を切り抜ける希望を再び見出した。そして心情を悟られない様に慎重に答えた。

 

「力はないですね。不思議体験はした事がありません。アーティファクトはどんな物なんですか?」

「身につけられるアクセサリーの形をしているわ」

「形状は?」

「色々よ。金属製に見えるという事しか、共通点はないわ」

「うーーん…………」

 

 霞花はソフィから自然な流れで、情報を引き出し考え込むフリをした。

 

 ソフィは金属製と言ったが、実際にはアーティファクトは一見すると銀製のアクセサリーに見える。そのため学生が持っていても不自然ではなかった。

 

「すみませんが、思い出せません。もしかしたらクラスメイトがそれらしい物を持ってるかもしれないので、明日確認してみますね」

「ま、そうなるわよね。お願いするわ」

「あんまり気合いを入れる必要ねぇぞ。なにせポケットに入ってるかもしれないんだからな」

「もしかしてアーティファクトって装着しなくても良いんですか?」

「えぇ、問題ないわ。契約者、つまり所有者であればその力を使えるの」

「えっ?……それだとアーティファクトを発見する事は、不可能では?家に置いておかれたら、絶対に見つからないですよ?」

「あーー、確かにそうだな。それなら絶対見つからないわー」

 

 翔は霞花の指摘で、初めてその可能性を思いついた様だった。

 

「それはないから安心して、アーティファクトは契約者の側から離れられないの。捨てても戻ってくるわ」

「…………」

 

 またしても新情報を口にされた事で、ちっとも自分を信用していない事が分かったソフィに翔が舌打ちをした。

 霞花はソフィと翔の信頼関係に、いい感じのヒビが入った事に満足していた。

 

「翔先輩、我慢しましょう。会ってほんの五分程度ですけど、判ります。こいつ性格悪いです。聞かれない限り、答えない気ですよ」

「性格が悪いなんて心外ね。嘘なんて一度もついてないわ」

 

 ソフィが嘘つきや詐欺師がよく言う台詞を口にした。霞花は話の流れから、一応ある事を聞く事にした。

 

「アーティファクトを見つけたり、力を使う所を目撃する事、意外にユーザーを探す方法って他にないんですか?」

「残念だけど、地道に探すしかないわ」

「そうですか…………」

「私から話す事はこれで終わりよ。何か質問はあるかしら?」

「では最後に、何かそれらしい力を使って見せてくれませんか?さっきも言いましたが、ここまでずっと半信半疑なんです。いきなりアーティファクトがーとか、異世界人がーとか、言われても現実感ないですよ」

 

 霞花はソフィにそうお願いした。原作知識を持っており、ここまでの話が全て現実だと理解している霞花には不要な確認だった。しかし確認した方が、自然と考えた結果だった。

 

 ソフィが霞花に呆れた様に言った。

 

「あなた頭良いと思ったけど、バカね。ぬいぐるみが喋って動いてる時点で、充分証明できているでしょう。昨日の翔と同じ事を言ってるわよ」

「確かにそうなんですけど……。もしかして、できないんですか?」

 

 霞花の質問にぬいぐるみがニチャと気味の悪い笑みを見せる。

 

「一つあるわ」

 

ぬいぐるみの邪悪な笑みに、霞花は不安を覚えた。

 

(何か間違えたか?いやそんな事はない筈だ。翔先輩だって同じ事を聞いたって……)

 

ぬいぐるみが霞花の顔を面白そうに覗き込みながら、言葉を続けた。

 

「私は『探知』のアーティファクトが使えるの。だから目の前の相手がユーザーか、どうか一目でわかるのよ」

 

 その不意打ちは霞花の顔を青ざめさせた。その表情変化は致命的なミスだった。

 

 霞花の顔が青ざめたのは『災厄の魔女』にAFユーザーだとバレたからではない。そんなことは想定した上で、ここまで会話している。霞花が青ざめた理由は自分の見落としに気がついたからだ。

 

(『探知』のアーティファクト! 完全に忘れてた!?)

 

 『探知』のアーティファクトとはAFユーザーを見つけ出せるアーティファクトである。使うと何処にAFユーザーがいるのか、距離と方向が大まかに分かる。だから相手の目の前まで近づけば、確実にAFユーザーかどうか判別が可能な力だった。

 

 それは『災厄の魔女』が保有するアーティファクトの一つである。本物のソフィーティアが使う事は絶対にあり得ない力だ。

 

「どうかしたかしら、具合が悪そうよ?」

 

 ソフィが愉快に笑ったまま、そう質問してくる。霞花は『探知』のアーティファクトを忘れていた事より、今の表情と間が致命的だった事に気がついた。

 そのままでは不味いと判断して、すぐに答える。

 

「いえ、ちょっと気分が……、でもそんな力があるなら心強いですね。あっという間に見つかりますよ。きっと」

「ええ、本当にそうね」

 

ぬいぐるみは笑う事をやめて、低い声で言った。

 

「あなたの力は何」

「私はユーザーじゃありません!」

 

 霞花は無表情で間髪入れずに答えた。

 

(落ち着け! 状況は五分と五分だ! 『世界の眼』のユーザーなら、この状況は少しもおかしくはない)

 

 霞花は部屋に入った時点からずっと自分が『世界の眼』ユーザーだと言う想定で会話をしていた。そこにボロはない。あるとすれば先ほど、ソフィーに不意打ちされた時の表情変化だけである。

 霞花は表情に無表情を貼り付けた。

 

 その時、翔が口を開いた。

 

「俺でも今のが嘘だってわかるぞ。お前はユーザーだろ」

「違います。アーティファクトなんて見た事もありませんし、私はユーザーでもありません」

 

 霞花が考える様に状況は五分と五分である。だが先ほどの表情変化は、その均衡を崩壊させるほど致命的だった。ソフィはその反応に呆れて言葉を口にした。

 

「あなた、本当にバカね。この状況で言い逃れができると思っているの?」

「言い逃れではないです。本当に知らないんです。信じてください!」

 

 霞花の発言は聞いてそうだと信じる人は、この部屋の中にはいなかった。

 霞花は窮地を脱する為に論理的に反論を始めた。

 

「さっきユーザーは、アーティファクトを捨てられないと言いましたね」

「確かに言ったわ」

「なら今すぐ、私のカバンと体を検査すれば——」

「意味ないわ」

 

 ぬいぐるみはその提案を跳ね除ける。

 

「たとえアーティファクトが見つからなくても、私はあなたへの追求をやめない」

「……?」

 

 翔はソフィの発言に違和感を覚えたらしい。ソフィの言っている事は無茶苦茶である。

 たがそれが正しい対応だと、原作知識を有する霞花には理解できていた。

 

「…………なぜですか」

 

 霞花は何も知らない態度を装う為に、当然の質問をした。

 

「悪いけど、その疑問については答えないわ。いま私が言えるのは、あなたがユーザーであると言う事実だけ。そしてあなたが話すべきなのは、何の力が使えるのか、それだけよ」

「力なんて、持ってません」

「剛情ね……」

 

 霞花は毅然として訴えた。

 

「私にユーザーでない事を証明しろだなんて、不可能です。だからまずあなたが、『私はユーザーである』と証明をするべきです」

「だから証明しているでしょう。『探知』のアーティファクトで分かるって、それとも私が嘘をついてるって言うの?」

「言います。私からすれば、そうだとしか言えませんから」

「なら私も、あなたがユーザーである事を隠しているとしか言えないわね」

 

 お互いに嘘つきだと言い合う事で、互いの主張を並行に保つ。これでは埒があかなかった。

 

「他に根拠がないなら、この話はここで終わりですね」

 

 そう言って霞花は一方的に話を打ち切ろうとした。

 

「根拠ならあるわ」

「…………どんな?」

 

 ソフィが他にも根拠がある言ってきた。霞花はそれが何か問い返した。

 

「あなた、私の事を探していたんじゃない?」

「……違います。探してなんかいません」

「なら何故、私のことを知っていたの?あの時、反応がおかしかったわよ」

「…………」

 

 ぬいぐるみが言うあの時とは、霞花が翔にぬいぐるみを投げ渡された時の事である。ぬいぐるみを投げ渡された霞花は明らかに動揺をしていた。

 ぬいぐるみは、押し黙る霞花を無視して喋り続ける

 

「あなたは何らかの理由で、私の事を知っていた。するとあら不思議、あなたが神社でぬいぐるみを探してたって話が一気にきな臭くなるのよ。ねぇ実は、私を探してたんじゃないの?」

「違います。私が探してたのはイモテンダーのぬいぐるみです」

 

 霞花はきっぱりと言い切った。この件に関してこれ以上追求は不可能である。

 しかしぬいぐるみは切り返した。

 

「あら『探せるはずがない』とは言わないのね。翔と私が会ったのは昨日の夜よ。一昨日の夜ではないのに」

「………………それは揚げ足取りです。あなたがこの世界に来たのが昨日とは限りません」

「墓穴ね。一昨日の夜は自分で探してるじゃない。その時に私が神社にいなかった事は明白でしょ。それに私は昨日この世界に来たなんて、一言も言ってないけれど」

「………………」

 

 霞花は誘導に引っかかった。屁理屈に対して、素直に反論してしまった結果、明かすべきではない情報を口にしてしまったのだ。形勢は完全に『災厄の魔女』へ傾いていた。翔が霞花へと口を開く。

 

「霞花お願いだから、正直に答えてくれ」

「翔先輩…………、あなたは騙されているんです。こんなぬいぐるみの言う事なんかし——」

「でも実際に人は死んだ……石になって」

「…………ッ」

「俺だって昨日の夜は、ソフィの話を信じてなかったさ。でもニュースを知って理解したよ。これは現実なんだって、俺は仇を取りたい。だから、頼む。正直に話して欲しい。お前はユーザーなんだろう、その力を貸してくれ」

 

 翔が霞花に真剣な表情で話しかける。霞花には翔の気持ちが痛いほどよく分かっていた。でもだからこそ毒突いた。

 

(その仇が、このぬいぐるみなんだよぉぉぉ!)

 

 こんな状況を作り出しているクソ忌々しいぬいぐるみ、『災厄の魔女』は霞花へ話しかける。

 

「別に協力してくれる必要なんてないわ。知ってる事をすべて話してくれればいいだけ、あなたが石化事件の犯人でもなければ話せるわ。それとも何?あなたが殺したの?」

「………………」

 

(堂々とこの腐れ魔女が、殺したのテメェだろうがっ!!)

 

 霞花はテーブルの上に立っているぬいぐるみを無言で睨みつけた。

 

「ここまで追い詰められて何も喋らないなら、あなたを『魔眼』のユーザーだと断定せざるを得ないわね。そんなの嫌でしょう?」

「あなたに断定されたら、どうだって言うんですか。そんなの誰も——」

「殺すわ」

「………………ッ!」

 

 明らかに脅しではないその声色に霞花は凍りついた。顔から血の気が失せ真っ白になる。

 

「あなたをこの場で殺す。あなたが『魔眼』のユーザーなら、理由はどうであれ、既に一人殺している。そんな人を殺した所で私は何も困らないし、カケルも何も言わないわ」

 

 霞花は無言でこちらを見つめる翔を見た。その口は堅く結ばれている。どうやら本気らしい。その様子を見て、霞花は腹を括った。

 

「一旦……トイレへ行かせてください…………」

「いいわよ。行ってきなさい。でも部屋から出たら駄目よ。玄関の扉へ触った瞬間に、殺すわ」

 

 霞花は顔面が蒼白のまま、立ちあがった。足と体は震えており、少し歩くだけで左右へふらついている状況だった。

 彼女は壁にぶつかりそうになりながらも、律儀に扉を閉めてからトイレのある廊下へ出た。その次の瞬間だった。

 

「きゃあぁぁぁぁ!!」

 

 短く鋭い悲鳴と共に何が激しい音を立てて、倒れる音が響いた。

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