ソフィーが負けを宣言して、語り出した。
「認めるわ。カカの主張は正しい。『世界の眼』と契約したユーザーなら『幻体』に対して同調する事で、『幻体』の体を遠隔操作する事が出来るわ。現時点ではあくまで理論上と言う事になるけれど……。こんな応用、思いつきもしなかった……」
ソフィが霞花の主張を認めた。翔にはソフィが言っている事が少しも理解できなかった。辛うじて分かったのは結論だけだった。
「ソフィ、俺には『幻体』を遠隔操作する事は可能だっていう結論しか分からない……。なんでそんな事が出来るのかまったく分からないんだが……………」
ソフィーはまるで深海から打ち上げられた謎の生物を見るかの様に、不思議そうに霞花を見つめて口にした。
「分からなくて当然よ。アーティファクト研究者のイーリスでさえ、言われるまで考えつかなかった理論よ……。言い訳を許してもらえるのなら、極めて特殊な条件下での話ね」
「特殊な条件?」
「少なくとも『世界の眼』と『幻体』、この2つのアーティファクトと契約する事が必須になるの。それに『幻体』の遠隔操作なんて出来たとしても、ほとんどメリットがないわ。幻体に同調している間、本人は動けないはずよ」
翔は色々と訳がわからなくなってきていた。
「えっと、ソフィ、言いにくいんだけど、理論上可能と認めるって事は霞花の主張が正しいって事でいいのか?」
翔は霞花の言い分が正しければ、自身はイーリスでは無いと、なぜか嘘をついている事になるソフィーに聞いた。
「いいえ、この件に関しては完全に平行線よ。棚上げするしかないわね。話の論点がすげ変わっただけだもの。つまり『世界の眼』と契約しているか否かにね。当然だけど、流石に
ソフィは熟考の末『世界の眼』というアーティファクトと契約すれば、霞花の主張は成り立つと認めた。つまりソフィが霞花の主張を否定するには『世界の眼』と契約していない証明が必要になるのである。
奇しくも、霞花がユーザーか否かでソフィと揉めた時と逆の構図になっていた。だから翔は証明可能な方つまり、霞花へと質問した。
「霞花、契約している証明はできるのか?」
霞花は顔に涙の筋を作ったまま、喋り出した。
「『世界の、眼』、……は、……せ、かいと、、せかいを…………つ、な、、ぐ……、、、けい……やく、、してない……なら……ここに、、は……いない……」
杭が刺さっているせいで、体力の限界が近いのだろう。その声は掠れていて、とても聞き取り難かった。
「ここにはいない?ソフィ、どういう意味だ」
翔は霞花に聞くべきところをソフィへ聞いた。辛そうな霞花の様子からこれ以上、喋らせるべきではないと判断したのである。
「それ、私に聞く事かしら?カカに聞きなさいよ」
「霞花はもう限界だ。それともソフィは何か説明できない事情でもあるのか?」
翔はソフィへ疑いの眼を向けた。その視線を受けてソフィはため息をついた。
「はぁ〜、分かったわよ。カカの言いたい事を代弁してあげる。『世界の眼』は枝への扉を開く、その力がなければどうやってゲートを開いたんだって言いたいのよ」
翔は舌打ちをした。
「だから!分かる言葉で説明しろって!枝とかゲートとか言われても何もわかんねぇんだよ!!」
「うるさいわねぇ。怒鳴らないでよ。しょうがないでしょ、あなたの知識に適切な言葉が存在しないんだから。簡単にいうと、『世界の眼』の力で私はこの世界にきているのよ。それが無いなんて、あり得ないってカカは言いたいわけ」
翔はソフィの言葉で霞花の言いたい事を理解した。
「なら、現にソフィがここにいる以上、ソフィは『世界の眼』を持ってるんだろう。なんで持ってないなんて、嘘をついた!」
「頭が悪いわね。この世界に来る為に『世界の眼』の力が必要だからといって、私が力を使う必要は何処にもないでしょう?当然、他の人に使ってもらって、ここに来たわよ」
霞花はまるでこの世で最も醜悪な存在を見たと言わんばかりな顔をしていた。その顔だけで言いたい事が翔には分かった。
しかし霞花はそれ以上、口を開く事はなかった。どうややソフィの主張に、彼女は反論できないらしい。
翔は一体誰の言う事を信じれば良いのだろうと困ってしまった。翔にはソフィーが嘘を言っているとも思えないし、霞花が嘘を言っている様にも見えないのだ。
どっちも正しい様にしか見えない。そんな気持ちを翔は正直に口した。
「ソフィ、霞花。俺には二人とも嘘を吐いている様には思えない。実は二人とも正しいんじゃないのか?」
ソフィは諭す様に翔の意見に反論した。
「それはないわ。少なくともイーリスが『世界の眼』と契約しているか否かは答えが一つだもの。でもこの件に関してはこれでもう終わり、カケルには悪いけど、いくら蒸し返しても時間の無駄だわ。それに新しい疑問が出たからそっちが最優先よ」
「新しい疑問?」
ソフィーは霞花の顔を覗き込んだ。
「イーリスでさえ、思いつきもしなかった霞花の知識の出所を判明させなくちゃ絶対に駄目よ」
アーティファクト研究者であるイーリスでさえ思い付きもしなかった事を霞花に教えた人物。間違いなく異世界人であるその人物について情報が必要だった。
翔とソフィにとって霞花が真実を教えてくれるかはともかく、必ず聞くべき事なのだ。
「ねぇカカ、杭がずっと刺さったままで、いい加減体力も気力も限界でしょ。これが最後の質問だから、どうか正直に答えて頂戴、あなたの知識の出所と手にした力は何かしら?」
ソフィーが真剣な表現で霞花を見守っている。これが最後の質問なのは間違いないと霞花も分かっただろう。
「霞花、俺からも頼む。どうか本当の事を言ってくれ」
霞花は涙の跡がついた顔で翔の顔をジッと見ている。まるで自分の瞳に翔の顔を焼き付けようとしているかの様だった。しばらくそうしていたあと、覚悟を決めたのかゆっくり口を開き始めた。
「わた、しの……知識の、出所は……ソフィーティア」
本当に体力が限界なのだろう。息を整えてから霞花は残りの言葉を口にし始めた。
「わたし、の、アーティ、ファクトは『世界の、眼』です」
「こいつ!!!」
その瞬間、ソフィが放った三本目の見えない杭が霞花の体に突き刺さった。
「霞花!!!」
翔は霞花がソフィに殺されたと思い、ソフィから守る様に霞花に近づき安否を確認した。
「………っ…………はっ……………あっ。」
霞花は死んではいなかった。だが死にかけていた。痛みと体力の限界で呼吸が上手く出来ていない。翔は直ぐに彼女の体に突き刺さっている見えない杭を全て引き抜く事を決めた。
見えない杭は三本刺さっている。一本は左肩であると分かっていた。翔は霞花の体を触って、杭の場所を特定した。残り二本は右肩と胸だった。
翔がすべての杭を急いで体から引き抜くと、霞花の呼吸が安定し始める。
その様子を確認してから、翔はソフィを大声で怒鳴りつけた。
「なんで攻撃した!!霞花はもう限界だった!一歩間違えれば、死んでたぞ!!!」
ソフィーも悲鳴の様に大きな声を張り上げた。
「この子が
翔は目を閉じて、浅く呼吸を繰り返す霞花を見る。
(こんな死にそうな眼に遭っても、話せない秘密を霞花に与えているのは一体誰だっ!)
翔は怒りの拳どこに振り上げれば良いのか分からなかった。怒りを無理やり自分の奥底に押し込めてソフィーを問いただす。
「なんで『世界の眼』だけはあり得ないんだ。答えろ」
ソフィーが動揺しているのか、微かに声を振るわせながら答えた。
「『世界の眼』はイーリスの世界とこの世界に1つずつしかないの。そして、この世界の『世界の眼』はナルセ家の人間としか契約しないわ。仮にこの子が実はナルセ家の人間だったとしても、それを自覚する方法はないのよ」
翔は今までのソフィや霞花との会話の内容を思い出した。
「アーティファクトは持ち主に使い方を教えるんだろう。それで良いじゃないか!」
ソフィがそんな翔の反論に対して語尾を荒げながらも、理路整然と反論した。
「『世界の眼』だけは例外なの! アレだけはユーザーに対しても使い方を教える事はない。そして『世界の眼』のユーザーである事を契約後に確認する方法は極めて限られる。イーリスにだって、この子が『世界の眼』のユーザーかどうか確認する方法はないわよ!!」
ソフィの様子は嘘を言っている様には見えない。ソフィが言葉を続けた。
「それに、彼女が本当に『世界の眼』のユーザーだったとしても、私の知らない事を、私が教えられるはずが無いじゃ無い」
翔はソフィが言った言葉の意味がまるで分からなかった。分かったのは霞花は、あえて嘘だと分かる嘘をついたという事だった。翔はこの後に及んで、嘘をついた霞花を問いただした。
「霞花、どうして、どうしてバレる嘘をついたんだ……。一歩間違えれば、殺されてたんだぞ…………!」
霞花は力なく目を開けて、翔の顔を覗き込んだまま口にした。
「わたしは、どうせ殺される……だか、ら少しでも、先……輩、に情報を、残したかった……。お願いわた、しの言葉、を忘れ……ないで…………」
そこまで言うと霞花はまた目を瞑ってしまった。
「目を瞑るな! どうせって、どうせってなんなんだよ! なんでお前が生きる事を、諦めなくちゃいけないんだよ!! 何がお前を縛ってんだよ!!!」
気づくと抱えている霞花の服の上に雫がいくつも垂れていた。ソフィが静かに霞花へ語りかけた。
「最初から、何も話す気がなかったのね……。私に反論させる事で、自分が話した情報の信頼性を上げたかっただけか…………。ならまず、その意思を、魂を折らないとダメね」
ソフィがそう言った。まだ拷問を続ける気なのは明白だった。翔は抱えていた霞花をベットに置いて、テーブルの上のソフィへ立ちはだかった。
「ソフィ! これ以上は絶対に駄目だ。霞花が死ぬ!」
ソフィーも声を荒げて反論してくるかなり感情的になっている様だった。
「私がしたくて、こんな事をしているとでも!? カケルにも分かってるでしょ。ここまでして隠し通す以上、間違いなく『魔眼』のユーザーか、あるいはアーティファクトを悪用しようとしている連中に繋がってる! 放置したら、どれだけ犠牲者が出るか分からないわ! そうして死んだ人たちにあなたは責任が取れるの!?」
翔はソフィの言葉を聞いて、怒りが爆発した。
(責任?責任だって笑せんじゃねぇよ)
「取れるわけねぇだろうがぁぁ!! お前だって、霞花が死んだら責任取れんのかよぉぉ!!!」
ソフィが怒気を含ませて、翔に問い出す。
「カケル、立場をはっきりさせて。私を信じて私につくのか、霞花を信じて霞花につくのか、二つに一つよ! 選びなさい!!」
残酷な選択を選ばせようとしてくるソフィを反射的に殴り飛ばしたくなるの我慢して、翔は言った。
「ソフィを信じないとは言ってないだろうが! ソフィを信じて霞花が死ぬのなら、俺は信じない! それは霞花も同じだ! 霞花を信じて、誰が死ぬのなら俺は信じない!」
「チッ……ガキがっ!」
ソフィが舌打ちした。翔はベッドに横たわる霞花を再び抱きかかえた。ソフィが引き下がらない以上、霞花を説得するしか翔には方法が思いつかなかった。
「霞花、目を開けて聞いてくれ。理由は分からないし、聞かない。でも君は、ソフィをイーリスを信じられない。そうだな?」
杭がすべて抜けて横になった事で、少し体力が回復したのだろう。霞花は目を開けて翔の顔と眼を見たあとに、はっきりと答えた。
「はい」
それは予想通りの答えだった。翔は言葉を続けた。
「なら俺は、俺の事も信じられないのか?」
霞花は何度も繰り返し翔へ『逃げろ』と言っていた。翔にはその言葉の意味も理由も分からない。
でもそれが、自分を想っての言葉ではあるとは直感していた。そこへ状況を打開する糸口があると確信して出た言葉だった。
霞花は翔の眼をジッと見ている。
「そんな事は絶対に、ありえませんっ……」
理由がまったく理解できない自分への全幅の信頼、それを信じる事だけが唯一の方法だと翔は考えていた。
「なら俺に教えてくれ。
霞花は眼を閉じて考え始めた。霞花はずっと無言だった。もしかしてそんな方法なんて、存在しないのかもしれなかった。
しかし翔は霞花が口を開くのを、何も言わずにずっと待った。霞花が自分を信じてくれている事をただひたすらに信じ続けたのだ。
そして五分ほど経ったあと、ついに霞花が口を開いた。
「イーリスと直接、話をさせてください」