学園都市である
「それで本当にもう大丈夫なの?」
莉花は娘を心配して、もう何度目かもわからない質問をしていた。
「もうその質問、今ので五回目だよ。お医者さんも言ってたでしょ。ただの貧血だったんだから、大丈夫だよ。心配しすぎ」
律儀に回数を数えていたらしい霞花が、同じく五回目の回答をして、心配性な母親を安心させようとしていた。
しかし効果が無い様だった。
「倒れた時に頭を打っていたかも、しれないじゃない」
霞花はこれまた五回目となる回答をした。
「だから念の為に救急車まで、呼んだんでしょ。わかってるよ」
日曜の十六時過ぎに起きた大きな地震の直後、莉花は自室で倒れている霞花を発見した。そして騒ぎに気付いた父親の大葉
そして意識不明のまま霞花は、自宅から二駅隣にある病院に担ぎこまれていた。
病院で各種検査をしたが
十代の少女だった為、貧血や自律神経の不調が疑われ、急患用の病室で意識が戻るまで寝かされていた、というのが一連の経緯らしい。
らしいというのは霞花自身の記憶が曖昧だからだ。
辛うじて地震があった事とその直後に経験した一連の
親子二人は最寄りの
霞花は心配している母親にごめんと思いながらも、本題を切り出した。
「私はもう平気だよ。だから気分転換に寄り道してから、帰るね。母さんも夕飯の買い出しするんだし、お互い様って事でよろしく」
霞花は心配しつつも商店街での買い物で、荷物持ちにしようと計画している莉花にそう言った。
言うが早いか、霞花は商店街へ続く道を足早に進んで行く。背後から呼び止める莉花の声がするが、まったくお構いなしである。
(ゴメンね。母さん……。でもこんな殺人事件に父さんや母さんを巻き込めない……)
霞花は心の中で母親に謝り、そして覚悟を決めた。
彼女はついさっき
(まさか、現実にアーティファクトが存在するとは、思わなかったな。しかも二次創作の転生オリ主みたいになるなんて……)
今の霞花には、彼女の物ではない膨大な記憶があった。その記憶は、ナインと呼ばれるある人物の記憶である。
ありていに言えば、未来の記憶と言える物だ。つまり霞花が想像した転生オリ主モノなら、いわゆる原作知識というモノが霞花にはあるのだ。
霞花が住む
アニメの名前は『輪廻転生のメビウスリング』という。
アニメ好きの霞花から言わせれば『作画は素晴らしいアニメ』。つまり作画以外に、褒められる所がないよくあるクソアニメだ。
白巴津川市には昔から
そんな伝承を元に地域復興と観光客を増やすために、作られたアニメが件の『輪廻転生のメビウスリング』だった。
しかし色んな利権やら思惑やらが絡んで、制作されたアニメが素晴らしい出来になる訳がなかった。
『メビウスリング』は全国放送されているにも関わらず、地元の人間でさえ、一部の人しか全話を見ていないという超マイナーアニメだ。
極一部のカルト的なファンに言わせれば、考察し甲斐がある面白いアニメらしいのだが、霞花にはその魅力が分からなかった。
(どう考察しても、
霞花は頭の中で『脚本の人そこまで考えてないと思うよ』というネットミームを思い出した。彼女は『伏線は必ず全て回収すべし、後付け設定は許さない』というとても視聴者本位な考え方をするタイプのオタクだった。
彼女にクソアニメと切り捨てられた『メビウスリング』の作中には、アーティファクトという契約者に異能の力を与える異世界のアイテムが登場する。
そしてその異能の使い手達をアーティファクトユーザーと呼ぶ。
ナインによって霞花に植え付けられた記憶が正しければ、アニメの設定は現実のお話である。
アーティファクトとその契約者、つまりAFユーザーという名の異能力者達は実在するのだ。
そして何を隠そう大葉霞花も、『オーバーロード』という極めて強力なアーティファクトと契約したAFユーザーの一人らしいのである。
(王の
霞花は自分の状況を嘆く途中で、自身に与えられた
日が暮れて、冷え始めている商店街の中を霞花が進む。商店街の途中から
彼女は歩みを止めずに、目的地である白蛇九十九神社へと足早に歩いて行く。
神社に向かっているのは植え付けられた記憶、霞花の言葉を借りれば、原作知識が正しいか確認する為だ。
彼女はついでに、これから起こるだろう凄惨な殺人事件を止めるのに必要な協力者を得ようと、考えていた。
原作知識によると、明日の夜にもあるAFユーザーによって女生徒が一人殺される。
霞花は何としても原作知識を駆使して、その惨劇を回避したいと考えていた。実に正義感溢れる行動力だが、実のところ彼女の本音は違う。
(正直どんな形であれ、あんな殺人事件に関わるのは絶対に嫌だ…………。下手をすれば、
一般常識として、たとえば日常生活の中で人が人を刺す様な傷害事件が目の前で起こったとしよう。大抵の人は現場から逃げるだろう。
何故なら、犯行を止めさせて犯人を捕まえる義務など一般人には存在しないからだ。
ましてや実際に起こるかも判らない未来の殺人事件など、言うまでもないのである。
霞花は自身の状態を原作知識持ちの転生オリ主と捉えたが、正義感一つで事件に自ら首を突っ込むいわゆる主人公マインドは、ちっとも持ち合わせてはいなかった。
(言いたくないけど、顔も知らない赤の他人が死んでも、殆どの人にとってはどうでも良い……。それが現実)
十代らしい世界への冷めた感性を持つ霞花だが、世の人々がそんな人達だけでは無い事はしっかり理解していた。
たとえば戦場ジャーナリストや国境なき医師団の様に、顔も知らない人々の為に自分の命を賭けて、少ない
NPO団体やそれに準ずる組織の人々もそうだ。
霞花はそういう人達の存在を知っているからこそ、自分はそういう人間では無いと理解していた。そんな彼女がなぜ自ら殺人事件に首を突っ込むのか、それは逃げられないからだ。
(最悪の場合、この街の全員が死ぬ。それも後、二週間程度で……)
家族や親友そして何より自分自身が、死ぬと分かっているのに、しかもそれを回避する力と知識が自分にあると分かっているのに、何もしない。
そんな事は霞花には無理だった。
もし自分だけ逃げれば間違いなく一生、見殺しにした事を引きずると自覚していた。
霞花はそんな辛い思いをするくらいなら、二次創作のオリ主たちの様に原作キャラの裏側で、原作知識と言う名の未来の情報を囁く事を選んだ。
現場には出ない預言者あるいは、師匠ポジションに収まった方が良いというのが、霞花の考えである。
(異能力バトルは
彼女が他力本願な事を考えている内に、白蛇九十九神社へ到着してしまった。
日がとっくに沈んでしまっているので、あたりは真っ暗になってしまっている。周囲は夕方前までアニメのフェスが行われていたとは思えない静まり返っている。
霞花は夜の神社で変わったデザインのぬいぐるみを探し始めた。