一人目の仲間
霞花が眼を覚ますと真っ暗だった。体を包む柔らかな感触から自分がベッドの上にいる事だけはすぐに理解した。
(……いま何時だ?)
制服のスカートについてるポケットへ手を入れて、スマホを取り出した。スマホの灯りが霞花の顔を照らす。急な眩しさに目が眩む。
(四月二十日、五時十六分……)
霞花はスマホの画面に表示された日付と時刻で、状況を把握した。どうやらイーリスとの会話の途中で意識を失ってしまったらしい。翔の部屋に霞花が来たのは放課後なので、半日以上眠っていた計算になる。
ベッドの上で顔を右に向けると、小さな円形カーペットに上に何かがいた。霞花はその何かを踏まない様に、慎重にベッドから降りた。
「翔先輩……」
部屋の家主である新海翔が床で寝ていた。バスタオルらしき物を布団の代わりにしている。紳士な事に意識を失った霞花を自分のベットに寝かせて、自分は床で眠ったらしい。
(紳士っていうか、チキっただけだよね?)
霞花は紳士な対応してくれた男の子へ『チキった』という酷い評価を下した。ヤリチンぽい言動や行動が多いが、その実態は童貞丸出しの男子生徒でしかない事を霞花はちゃんと知っている。
ナインによって植え付けられた原作知識は、主に翔の記憶で構成されている。だから霞花は彼の人となりという物を深く理解していた。霞花の『ヤリチン』という評価も、彼の赤裸々な内面を知っているからこそであった。
思春期丸出しの男子生徒は女子と話している時、基本的に下心しかない生物なのだ。同じく思春期真っ只中の霞花がそんな男子生徒の内面に『最低だな、このヤリチン』という感想持つのは仕方がないといえた。
(確認しないとダメだな…………。どうせAFユーザーな事はバレている……やってしまおう)
翔は霞花に背を向ける様に少し丸くなって寝ていた。硬い床はさぞ寝心地が悪かっただろう。その事を想像して、霞花は軽い罪悪感を覚えた。
霞花は翔の横に座り、彼の頭に手を置いた。そして『オーバーロード』を発動させた。電気の消えた真っ暗な部屋の中で、霞花の体に浮かび上がったスティグマの青い光だけが周囲を照らす。
しばらくして結果は判明した。
(接続失敗…………。間違いない、この翔先輩はAFユーザーじゃあない……………………)
霞花は新海翔がAFユーザーでないという事が意味する状況を考察し始めた時だった。
「それがあなたのアーティファクトなのね」
暗闇の中どこからともなく、女性の声が聞こえてきた。霞花はそれが誰の物か分かっていた。
(こういう事をするから、放り捨てられるんだよ)
声の主は少々不気味な一頭身のぬいぐるみだった。
縦にファスナーが入っていて、左右で色が違う。体の色は基本的に水色と白だが、時折体の色が変わる。しかもファスナーの隙間からは、得体の知れない粘性のある液体が溢れている。
こんなぬいぐるみが夜中の神社でいきなり話しかけてきたら、大抵の人は腰抜かすだろう。放り捨てた翔に罪はなかった。
霞花は床に立っていたぬいぐるみを、無造作に掴んでテーブルの上に置いた。掴んだ時『ムッ』という呻き声の様な物が漏れる。
「ちょっと! 丁寧に扱ってよ。痛いじゃない!」
ぬいぐるみは霞花へ抗議した。
「イーリスとまた会話したいので、ゲートを開いてください」
霞花はぬいぐるみの抗議をシカトして、自分の要求だけ告げた。ぬいぐるみとお喋りする趣味など霞花にはないのだ。
「わたしの質問に答えるのが先よ。カケルにアーティファクトを使ったわね?何をしたの?」
霞花は一言だけ答えた。
「ゲートを開け」
質問を無視された上、一方的に命令されたぬいぐるみが露骨に不機嫌になる。
「そういう態度をとるわけ、……。いいわよ、あとでこの事を、カケルに告げ口するだけだから」
(それは、イヤだなぁ〜)
霞花としては眼の前のぬいぐるみはともかく、翔と信頼関係を気づけないのは困るのだ。だから仕方なくぬいぐるみに返答した。
「私はアーティファクトなんて使っていません」
ぬいぐるみがしらばっくれる霞花へ指摘した。
「スティグマを光らせておいてよく言わね……。生粋の
ぬいぐるみが何か喚いているが、一言も霞花の耳には入っていなかった。質問に答えた霞花は、再びぬいぐるみへ命令した。
「ゲートを開け」
「…………。私と会話をする気は少しもないってわけ……。あーあー、イーリスからの命令を忘れちゃいそうだわ〜〜」
霞花はイーリスからの命令を忘れそうと宣うぬいぐるみを見て、ため息をついた。
「はぁ〜〜、私は『アーティファクトの回収について協力する』と言いました。私の事を
「私はあなたを
霞花とぬいぐるみは一見すると、普通の会話に見せかけて、裏で意思疎通をしていた。二人が言っている『信じる』、『信じない』は霞花がソフィの仲間になるかどうかではない。
霞花が『オーバーロード』のAFユーザーなのか否かである。イーリスは会話の内容を
しかしソフィは『オーバーロードのユーザー?そんなの嘘よ!』というスタンスをとっている。決死の覚悟で伝えた真実を『信じない』と言われたにも関わらず、霞花は微塵も気にしていなかった。
それは『別に信じてくれなくていい』とか、『その内、自然に分かるでしょ』とか、そういう考えではなかった。もっと次元の低い考えである。
「私はイーリスの意見を聞いたんです。
「……」
唐突にオマエ呼ばわりされたソフィは舌打ちをした。
「それがあなたの本性ってわけ……。目上の存在に敬語も使えないの?」
「何が目上だよ。ただの人形がなんで、私より上なんだよ」
霞花は指摘されても敬語を使わなかった。それどころか丁寧語すら使わず、ソフィへタメ口で話しかける。その態度にソフィが怒りを露にした。
「……このっ……クソガキがっ! 魔術のなんたるかも知らない癖にっ!!」
「叫ぶな。翔先輩が起きる。私はただ事実を言っただけだ。オマエはただの人形、主の言う事をホイホイ聞く奴隷でしかない」
霞花はソフィの怒りをまるで犬の遠吠えかの様に聞き流して、事実を告げた。
「もしイーリスに『殺せ』と命令されれば、私だろうが翔先輩だろうが、何の躊躇いもなく殺すだろ?」
「…………」
霞花の指摘にソフィは無言だった。霞花は本当に厳然たる事実しか言っていない。
このソフィは『幻体』である。『幻体』は契約したAFユーザーによって使役される存在であり、
「酷い言い方ね…………。私にだって傷つく心はあるのよ?」
「偽物だけどな。人格どころか魂すら偽物だ。そんな存在は生物じゃあないんだよ。だからこの世界に来れてるんだろうが」
『幻体』は姿だけでなく、その人格でさえAFユーザーによって自由に設定可能である。だからどれだけ人間の様に見えても人間ではない。世界にも生物として扱われていない。だからこそゲートを通じて、異世界へ行く事が可能だった。
「魂、心、精神、すべてが人工的な存在に、善悪なんてない。ただの道具だ。だから人権もない、当たり前だろ?違うって思うなら嘘をつけよ。その瞬間にオマエも嘘つきだけどな」
もし人間相手に言えば、モラハラにしかならないような暴言を平気で霞花は口にした。相手は人間では無いのだから、口の悪さを抑える必要など微塵もないのだ。
「くっ…………えぇ、そうよ……私は『幻体』、ユーザーの道具に過ぎないわ」
ソフィが憎々しげに霞花の指摘を認めた。霞花が言っている事は微塵も間違っていないのだ。言葉が大凡、人間に見える相手に使うべきモノではないだけで。
「別にオマエと仲良くしたくない訳じゃないんだ。ただそれが徒労だって、理解しているから、する気になれないんだよ」
『幻体』相手に友情や愛情など育んでも、ほとんど意味がないのだ。育むべき相手は『幻体』を使役するAFユーザーである。
「もう一度だけ、聞きます。あなたは私の事を信じてくれますか?」
霞花は丁寧にソフィへ問いかけた。その言葉も問いもソフィへ向けられた物ではなかった。ソフィは口を開いた。
「
「よっしっ!!」
霞花はグッと拳を握りしめた。ここ数日で最高のグッドニュースだった。一応、強引に信じさせる切り札もあったが状況が原作世界とかなり違う以上、この世界のイーリスへ有効かどうか、霞花にも確信がなかったのだ。
イーリスが仲間についたというアドバンテージはかなり大きかった。
「では、ソフィお願いします。イーリスとまた会話したいです。ゲートを開いてください」
霞花は目覚めてから初めて、ぬいぐるみをソフィと呼んだ。口調も丁寧な物に戻っている。その様子を見て、ソフィは少々呆れた。
「あなた、切り替え早いわね……」
「さきほどまでの言動が不快だったのなら謝ります。ごめんなさい。さっきも言いましたが、ソフィとは本当に仲良くしたいと思っています。たとえあなたが『幻体』でも」
霞花は素直にソフィへ謝罪した。どうやら先程言っていた通り、本当に仲良くしたいと思っている様だった。
「あら、偽物だのなんだの言ってた割には、嬉しい事言ってくれるじゃない」
その態度に少しだけ、ソフィの機嫌も直った様だった。
「はい、『幻体』と仲良くするメリットは多いですから。『幻体』はある程度、AFユーザーの意志に反抗できるでしょう?不確定性要素は潰すに限ります」
「……前言を撤回するわ」
「…………?」
霞花は何故ソフィが前言を撤回したのか、理解できなかった。ただ事実を正直に答えたという認識だからだ。霞花の悪い所と良い所が、ここまでのソフィーとの会話で、これでもかと表れていた。
「まぁ、何でもいいです。早くゲートを開いてください」
ソフィは冷静な口調で返答した。
「無理よ」
「何故ですか?」
霞花はソフィへ理由を問い返した。霞花にはイーリスへ聞きたい事や相談したいことが山ほどあったのだ。密談できないと非常に困ってしまう。
「寝てるからよ」
「は?」
「『は?』じゃないわよ。今何時だと思っているの」
「五時半ですが?」
霞花はスマホで確認した時間から、現在時刻を推定してそう答えた。
「ちゃんと分かってるじゃない。こんな早朝に起きてる訳ないでしょ」
「え…………っと、異世界人って寝るんですか?」
「寝るし、食べもするわ。それともあなた達はそれが要らないとでも?」
「いや、必要ですよ。でも…………そうか、普通に寝食はいるのか……。知りませんでした」
(そういえば、原作世界でも飯は食ってたな……。アレまじで食べてたんだ。てっきり誤魔化してる物だと思ってた……)
原作世界のソフィーティアは翔たちとの情報共有を極力嫌がるだけでなく、ごく稀に嘘の情報を教えたりもする。これには色々と複雑な事情があるのだが、嘘は嘘である。
時折、翔たちから鋭い質問や指摘が飛べば、わざとらしく誤魔化す。その誤魔化し方の一つが飯である。
「なら、イーリスはいつ起きますか?」
「七時よ」
「寝るのは?」
「零時よ」
どうやらイーリスは毎日七時間、きっちり寝ているらしい。いいご身分である。
「随分と健康的な生活ですね。もっと残業してくれてもいいんですよ?」
「イヤよ、睡眠不足は美容の天敵だもの」
どうやらこの世界がアーティファクトの流出で混乱する事より、自分の美容の方が大切らしい。異世界人からこの世界がどう思われているのか、よく分かる話だ。
(千年前のアーティファクト流出は、確実に不法投棄だろうね…………)
霞花は千年前に、白巴津川を襲った災厄へ想いを馳せた。そんな霞花の気持ちも知らないソフィは言葉を続けた。
「先に言っとおくけど、イーリスが起きてもゲートは開かないわよ」
「困ります。絶対に開いてください」
「いくら頼もうが、無理な物は無理よ。アレはアスモの負担が大き過ぎたわ。一瞬ならともかく連続での転送は、流石に無理があったみたい……。だから、ここぞという時だけにして頂戴」
(アスモ?何の事だ?)
原作知識を持つ霞花ですら、知らない言葉が出てきた。それはきっと霞花が疑問に思っている原作世界との相違点に繋がりうる物だと確信した。霞花はソフィへ問いただす。
「アスモって何ですか?」
「アスモはイーリスの代わりに『世界の眼』の力を使ってくれている子よ。とっても優秀なの」
「あぁ〜、確かにそんな事を言ってましたね〜」
霞花は拷問された時の会話を思い出した。ソフィは『世界の眼』について『他の人に使ってもらった』と言っていた。どうやら本当の話だった様だ。
(そういえば、イーリスの回答も『世界の眼』と契約していない感じの発言だったな…………)
霞花は今更ながら、イーリスの回答を思い出していた。霞花が考えたイーリスが『災厄の魔女』かどうかを判別するためのテストは実に簡単だ。『負けを認められるか』ただそれだけを試した。
『災厄の魔女』の負けず嫌いは常軌を逸している。もし奴なら絶対に反則負けなんて、屈辱的な事は選ばないと霞花は踏んでいたのだ。そんな事をするくらいなら、相手を殺してすべてを終わりにするだろうとも考えていた。
霞花は『災厄の魔女』のプライドの高さにすべてを賭けたのだ。
(なにせ、数百年前の戦略的敗北すら受け入れず、復讐を企てたほどだ……。魔術の使えぬ猿とまで言われて、自分から負けを認めるわけがない…………)
『災厄の魔女』は魔女と呼ばれているが、魔術が使えないのだ。それが奴の強烈なコンプレックスである。
だからこそ『災厄の魔女』はアーティファクトに固執するし、才能豊かな人間への嫉妬を隠そうともしない。
(それにもし『いいえ』なんて、即答したらその時点で、ある時までは『世界の眼』のユーザーだった事が確定だしね…………。なんで契約解除したんだよってなるわ)
霞花がイーリスへ叩きつけた質問は『はい』か『いいえ』で答えろと言いつつ、そのどちらを言っても不正解という文字通りの魔女裁判だったのだ。
熟考の末、『災厄の魔女』とは何かを聞いてきたイーリスは百点満点である。彼女は『災厄の魔女』では無い。
(私が過去改変したら『災厄の魔女』に気づかれる様に、私も奴の過去改変を検知できるからね〜〜。あの瞬間、並行世界の数は変動してなかったし間違いなく、初見の回答だよ)
翔が霞花に刺さった杭をすべて抜いたのはファインプレーだった。『オーバーロード』の力を使える様になっていたのだ。
もっとも消耗が激しくて『並行世界の観測』以外は何もできなかった。しかしそのおかげで、イーリスへの魔女裁判が完璧な物になった。
「アスモっていう子の負担が大きい事は分かりました。使い所は考えます。ソフィとの会話はイーリスも聞いているんですよね?」
「えぇ、起きている時は、映像と音声をリアルタイムで見ているわ。寝ている時も、後からログを流し見して、内容を確認している」
(つまり、ソフィとイーリスの間の情報共有はほぼ完璧って事だね。イーリスの記憶をソフィは覗けるけど、ソフィの記憶をイーリスは覗けないから、その辺は対策済みか)
『幻体』はAFユーザーの記憶と意志をどこにいても把握しているが、AFユーザーは『幻体』の記憶と意志を把握できないのである。
イーリスはソフィからのフィードバックをソフィの行動をモニターする事で補っているのだ。ソフィへ命令する場合は頭の中で念じればそれで済む。賢いやり方だと言えた。
「どうやら
「えぇ、あなたがキリキリと話をしてくれると
「お断りします。私は何も喋りません。ソフィが私に話をするだけです」
霞花は『情報共有が必要』と言いながら、自分から情報共有する事を明確に拒否した。
「あら、奇遇ね〜。私も何も喋る気はないわ」
ソフィも自分からの情報共有を拒否する
「………………」
「………………」
霞花とソフィが真剣な顔で見つめ合う。どうやら二人は睨めっこの遊び方を知らないらしい。互いに相手を笑わせようという気配は少しもない。
やがて霞花が根負けした。表情の変わらないぬいぐるみ相手では勝てないと悟ったらしい。
「やめましょう。
「そうね。
二人が『時間』に言及すると、自然と互いに笑みが溢れた。いつ何時でもジョークというのは人と人の間を取り持つらしい。情報漏洩の危険を伴うジョークだが。
霞花はソフィへ尋ねた。
「『探知』のアーティファクトと契約してるって言ってましたよね。それ本当ですか?」
「本当よ。一個しか無いから、これが流出しなくてよかったわ」
(まず、これがあり得ない。『探知』のアーティファクトはセフィロトの最重要管理アーティファクトのはず。なぜ持ち出せているんだ?)
原作世界においてソフィーティアが所属するセフィロトはほぼすべての第一世代アーティファクトを厳重管理している。
第一世代アーティファクトとは最初期に、つまり千年前に作られた最初のアーティファクト群である。すべてが『魔眼』の様な強力かつ危険な力を持っている。
アーティファクトが普及している異世界でも個人所有が許される様な代物ではない。そのためセフィロトによって、第一世代アーティファクトは厳重に管理・規制されているのである。
セフィロトはアーティファクト管理機構とも呼ぶべきに組織なのだ。そんなセフィロトにとって、最も危険なアーティファクトは何か。それが『探知』のアーティファクトである。
(『迂闊に使ったら、セフィロトが解体に追い込まれちゃう』とまで言わせているアーティファクトをなぜ持ち出せているんだろう?)
『探知』のアーティファクトは千年前にイーリスが作成したアーティファクトだ。
流出したアーティファクトを効率的に回収するために作られたアーティファクトだが、今回の流出騒動では使えない。その理由は、異世界側の政治的な理由による物だ。
つまり簡単には解決できない政治問題である。
だから使用申請を出せば、使えるとかそんな次元には無いのだ。原作世界でもほぼ出番がなく、印象に残り辛いアーティファクトだった。
原作知識を持つ霞花が『探知』と契約しているとソフィに明かされて、主であるイーリスを『災厄の魔女』と誤認したのも無理ない話である。それくらい持ち出せるはずがない代物である。
(まぁ、理由はおいおい暴いていこう。『探知』があるのなら話は早い。すべてのAFユーザーの居場所を丸裸にしてしまおう)
このアドバンテージを生かさない理由は無い。霞花はソフィに『探知』のアーティファクトを使う事を要請した。
「なら、いますぐ調べてください。AFユーザー全員の居場所が知りたいです」
霞花は地図アプリを立ち上げて、ソフィからの情報を待った。
(この時間なら確実に自宅だろう。方向と距離から全員を特定できるね)
それは原作世界では出来なかったウルトラCである。アーティファクト回収の幸先は非常に明るい。
「無理よ」
「は?」
霞花は地図アプリを広げて固まった。霞花は『なにを言っているんだ?このぬいぐるみは?』と本気で思った。
「方向とか距離が全く分からないわ」
「うん?うん?うん??」
霞花は頭は疑問符だらけになった。
「ホウコウとキョリが分からない?」
霞花はソフィの言っている意味がまるでわからず、片言で聞き直した。
「そうよ」
「ソフィ、『翻訳』のアーティファクトの調子が悪いですよ。『探知』のアーティファクトなのに
霞花は『翻訳』のアーティファクトの調子が悪いのだと思った。どうやらおかしな翻訳をされている。『探知』が探知できないとは意味不明である。
「翻訳ミスじゃ無いわよ。そう言ったから」
「ふざけんな!」
霞花はソフィに掴みかかって叫んだ。
「そんなアーティファクト『探知』じゃないですよ?! 『無』ですよ『無』! 『無』のアーティファクトに改名するべきです!!」
「ムッ、ム……ムッ……、何をするの!?苦しいから離しなさい!」
霞花はソフィを揉みくちゃしながら、抗議した。
「私はこういう! 上げて落とされるのが! 一番嫌いなんです!!」
霞花はいわゆる『希望を与えられ、それを奪われる』という経験を昨日だけで何度も味わっていた。人生初の過呼吸に陥ったり、希望によって地獄へ叩き込まれたり、死を覚悟させられたりと散々である。
おかげでそういう経験がトラウマになっていた。メンタルの乱高下は、精神に良くないのである。
「仕方ないじゃない! こんな小さな体じゃ、大した力は引き出せないのよ!」
「じゃあ、今すぐ大きくなれ!!」
「できたら、やってるわよ!?」
霞花とソフィは口喧嘩を始めた。それは寝付きが悪く、実は最初から起きていた翔が『近所迷惑だからやめろ!』と止めるまで続いた。