夜の神社で少女が一人、必死になって探し物をしている。
「…………見当たらないんだけど……なんで?」
それでも彼女は地面を這い回る様にしながら、探し物であるぬいぐるみを探していた。途中で心配した母親から電話が来たりもしたが、帰ったりせず根気よく探し続けていた。
しかし全然、見当たらない。
(原作知識では、この時間帯に置いてあるはずなのに……)
霞花はぬいぐるみが少しも見当たらない事で、自分の正気を疑い始めていた。
(もしかして私は貧血で倒れたせいで、記憶と認識がおかしくなってしまったのか?アニメの見過ぎで、創作の設定を現実の物だと思い込むとか悲しすぎる……。しかもそれがあのクソアニメとか、オタクとしても花の女学生としても、終わってない?)
彼女は自身の正気を疑いながらも、決して諦めずに地面に両手と両膝をついて神社の軒下までも確認し始めた。その時、頭の上から声が降ってきた。
「あぁ〜〜、なんか探し物でもしてんのか?」
霞花は立ち上がらずに顔だけを声の方に向けた。声の主は初めて会う男の子だった。
だが彼女はその男の子の顔と名前を知っていた。ただの大葉霞花としても、原作知識を植え付けられたAFユーザーとしても。
だから彼女は探し物疲れと、原作知識が正しいという僅かな確信を得た安堵から、つい本音を口にしてしまった。
「あっ、ヤリチンだ」
「ヤリチン!?」
いきなり初対面の女の子にヤリチン呼ばわりされた男子学生が驚愕している。霞花は『しまった』と思った。
植え付けられた記憶が未だに生々しい為、まだヤリチンではない彼に思わず言ってしまったのだ。
霞花は謝って、男の子の本当の名前を口にした。
「間違えました。
霞花がそう言うと、出会い頭にヤリチン呼ばわりされて、傷ついたと思われる思春期真っ最中の男の子が答えた。
「あぁ、そうだけど……もしかして学校で会った事あるか?」
彼女の先輩という呼び方から、同じ学校の後輩だと察したのか翔は霞花に確認する。しかし霞花は頭を振って答えた。
「いいえ、初めて会いました。私、天ちゃんと同じクラスなので」
翔は自分の妹である
「なるほど、天のクラスメイトか、あいつクラスにちゃんと馴染めてるか?あと、俺の事クラスで、何て言ってるのか是非、教えてくれ」
前半は優しい雰囲気で後半は怒りを滲ませながら、霞花へ質問してくる。その質問に彼女は『最初に天ちゃんの様子を聞いてくるのが、翔先輩らしいな』と思った。
(天ちゃんの言う通り、妹思いで優しいお兄さんなんだな)
霞花は正直に質問へ答えた。
「馴染んでますよ。少なくともボッチの私より……」
霞花は唯一友達と呼べるクラスメイトを思い出していた。
天真爛漫を絵に描いたような彼女は、オタクでコミ障な霞花にも積極的に絡んでくれるとても良い子だった、霞花とは違って。
「そ、そうか………それは良かった。で?俺の事については?」
霞花の自虐発言を聞き流して、翔は再び同じ質問をした。
思春期の男子学生にとってヤリチン、なんて噂を実の妹に学校で流布されているとしたら大問題なのである。
霞花は『先輩がヤリチンになるのは、もう少し未来の話ですよ』と答えられる訳がなかったので、適当に誤魔化す事にした。
「私の口からはちょっと……」
翔はそんな彼女の誤魔化しを肯定と、判断したのだろう。怒気を含ませて吐き捨てた。
「あのヤロウっ……後ではっ倒す」
(本当は天ちゃんから、お兄さんの悪口に見せかけたシスコンエピソードを、聞かされているだけなんだけど……)
霞花は
(天ちゃんが後でお兄さんに問い詰められるだろうけど、明日にでも謝れば多分大丈夫。天ちゃんは離れて暮らすお兄さんと絡めるなら、何でもいいはず……。何日も一人暮らしをしてる先輩の家に入り浸るくらいだし………)
霞花が心の中で友人への言い訳を考えていると、翔が再び話しかけてきた。
「それでさ何か探してる所、悪いんだけど、一旦立ってくれないか?」
翔が少しだけ眼を逸らしながら、それでも霞花をチラチラと見ながらそう言ってくる。
「なんでですか?」
霞花は変わらず地面に四つん這いの体勢で顔だけ、器用に向けたまま理由を質問した。翔は少し顔を赤らめながら、言いづらそうに答えた。
「えっと……その色々と見えてるぞ……」
霞花は神社の軒下を確認する為に、四つん這いになっていた。救急車で緊急搬送されたので、他所行きの格好はしていない。
しかし年頃の娘らしく自宅でもスカートを履いていた。
スカートで地面に四つん這いになった上、軒下を覗く為に頭を地面スレスレまで下げている。そしてそのまま斜め後ろを見上げる様にしている訳だから、お尻が天高く上に突き上げられている。
そしてスカートが風と重力によって、上半身へ捲り上がっている。
こんな状況で下半身を完全にガードできるスカートなど、前時代的なロングスカートくらいだ。彼女が履いているのはただ膝丈スカートなので、下半身とお腹の一部が丸見えだった。
霞花は指摘されて初めて、彼から見るとパンツが丸見えな事に気がついた。
「……ッッ!」
彼女は勢いよく立ち上がって、パンツを隠した。
(最悪だ! 今のパンツは部屋着の全然、可愛くないやつだっ。きっとブスは下着までブスだと思われた……!)
霞花は最悪の気分にしてくれた翔に復讐する為、わざと聞こえる様に呟いた。
「スケベのヤリチン…………」
「全部冤罪だ!」
新海翔の魂の弁明が、真っ暗な神社に木霊した。
「天のヤロウに何を吹き込まれたのかは知らんが、俺はヤリチンでもねぇし、スケベでもねぇよ」
妹のクラスメイトにスケベのヤリチン呼ばわりされた翔が、自身への有らぬ評価を否定した。
霞花は他所行きではないパンツを見られた事が相当悔しかったのだろう。鼻を鳴らして、憐れな男の子へ攻撃を放った。
「フンっ、ならどうして最初にスカートの事を言わなかったんですか?きっと隙間から
彼女の口から『パンツの中身』だの、『下半身は使える』だの、おおよそ年頃の女生徒とは思えない発言が飛び出す。
きっと母親の莉花がいたら、容赦なく頭を叩いて訂正させていただろう。それくらい酷い言葉遣いだった。
普通の男の子なら、あまりに露骨で直球な発言に絶句して言葉が出なかったに違いない。
「アホか! もしそうなら自分で指摘する訳ないだろうがっ。それにいきなり最初に『パンツ見えてますよ』って言える訳ねぇじゃん。会話の流れを考えろ!」
だが翔はこの手の口喧嘩に関して、相当の場数を踏んでいる。妹とのやかましいコミュニケーションで鍛えられた舌先が、彼の名誉を守っていた。
だが霞花も負けじと追撃を繰り出した。
「天ちゃんのクラスメイトだって知ったから、指摘したに決まってます。それ以前に指摘しながら、チラチラ見てたじゃないですかっ! どうせ
霞花の指摘は真実だった。翔は霞花に見えている事を指摘しながら、バレない様に横目で覗き見していた。
翔はバレていないと思っていた様だが、こういう男の目線というのは得てして、女性にはバレバレなのである。言葉に窮した男の子は苦しい言い訳をした。
「……こんだけ暗いんだ。何も見えねぇよ……。それに尻部分の穴なんて覗いても尻しかねぇじゃん…………」
霞花が翔の失言に、ニヤリと笑って勝ち誇った。
「
「……っ!」
翔も自分の失言に気付いて、両手で口を覆った。露骨な罠に引っかかったのだ。霞花は邪悪な笑みを浮かべて、煽る様な口調で言った。
「先輩〜〜?どうして
霞花が嗜虐的な笑みを浮かべている。それはまるでアニメの中盤でよく見るラスボスが、主人公達を一方的に痛ぶって力の差を見せつけるシーンを思わせた。
「まさか先輩が自然に会話しながら、
霞花の一方的な言い分と強い言葉での罵倒に、翔は俯いたままで何も反論できない。彼女は普通ならこの辺りで、手を緩めるだろう所で手を緩めなかった。
霞花は完全に反論ができなくなった翔に向けて、止めの一撃を喰らわせた。
「よかったですね!
そこまで言い切ると、パンツを見られた仇を十分とれた様でスッキリして、それ以上の攻撃をやめた。
健全な思春期男子には、トラウマ確定な罵倒をされた新海翔は肩を震わせて俯いたままだ。
震えるその姿は誰がどう見ても憐れな姿だった。そんな彼の姿を見て、流石の霞花も自分が言い過ぎた事に気がついた。
霞花自身、母親から良く指摘されるので自分の口の悪さは知っていた。知ってはいるが理解はしていないので、感情が昂ると、いつもこの様な激しい暴言や罵倒が平気で出てしまう。
今回も
友人の兄を予想外に傷付けた事を理解して、罪悪感で後悔した霞花は素直に頭を下げて
「ごめんなさい、翔先輩! 私って、いつも——」
「……レッ……だっ……よ……」
謝罪しようとしたが翔の呟きで遮られた。
霞花は間抜けな表情で、その発言を聞き直した。
「はいっ?」
翔はその言葉に被せる様に叫んだ。
「グレーじゃ、使えねぇんだよっー!」
新海翔はトンデモない発言と共に威勢を取り戻した。攻守交代である。
「あぁ、そうだよ! そうですよっ。ずっとパンツ、見てましたよ!」
翔は夜の神社で初対面の後輩から痛烈な罵倒を喰らったショックで華麗な開き直りを決めていた。
開き直りというよりただのヤケクソと言った方が正しいだろう。
「かけ、る、センパイ?」
先輩の豹変に霞花が動揺してカタコトになっているが、これは彼女の自業自得である。そんな彼女を先程、彼女自身がした様に無視して翔は言葉を続けた。
「そもそも最初の時点で、あっ、何かパンツが動いてるって思ったわ。近づいて、ようやく人だとわかったよっ!!」
翔が最初の段階から、パンツを視界に収めていた事を暴露した。この段階で先程の霞花の言い分に正当性を認める事になる。
もしこれが裁判なら裁判員は全員一致で、彼の有罪を認める事だろう。
「あんな丸出しなら、男子は皆んな見るわ。雨の日に落ちてるエロ本みたいなもんだろうがっ!」
翔は自分以外の男子も巻き込む形で、自分がパンツを見た事を正当化し始めた。
しかも事もあろうに、丸出しだった霞花のパンツを、濡れたエロ本呼ばわりまでしている。この男、最低である。
「でも
更に
「こちとら、妹とおかん以外のパンツとか初めてだったんだぞっ!それが色気の無いグレーとかショックだよ。水色とかピンクを想像してた俺の夢を返してくれ!」
勝手にパンツの色にショックを受けている。霞花は翔を喜ばせるために、パンツの色を選んでいる訳ではないので言いがかりも甚だしい。
この場に正常な思考ができる女子がいればきっと彼に『最低!』とか『変態!』とか言うだろうが、生憎とこの場にそんな人物は一人も居なかった。
そして翔は最後にずっと言いたかった事を言い放った。
「しかも何で、尻に穴が空いてんだよ。買い替えろよ! 微妙に
ゼーハー、ゼーハーと翔が息を乱して言いたい事を言い切った。ここまで黙って翔の言い分を聞いていた霞花は顔を真っ赤にして、一言だけ口にした。
「…………えっと……、その、ごめんなさい……」
「よろしい……」
一体、何に対する謝罪なのか何がよろしいのか分からない謎のやりとりで、二人の口論は終了した。
どうしてこうなったのか、当事者二人にもさっぱり分からなかった。