アーティファクトって何?   作:小人3

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地獄につなぐ者

(疲れたぁーーーー!)

 

 夕飯を食べ終えた霞花はすぐに自室のベッドへダイブした。どうやら『食べてすぐに横になると豚になる』という言葉は彼女の辞書には登録されていないらしい。

 

 いつもの様に家族三人で取る夕食は霞花にとって、とても暖かなモノだった。

 

 父親の理士(さとし)と共に霞花が無言で空のコップを突き出した(おかわりを要求した)時には、母親の莉花(りか)が『貴方がそんなんだから、霞花が真似するんです!』と怒り出した。大葉家にとっては日常風景である。

 

(やばい眠い……。今日はこのまま寝ちゃおうかな?)

 

 血糖値の上昇と疲労で頭がボーッとしている彼女が『お風呂は明日の朝に入れば良いや』と考えている時だった。

 

「霞花、お風呂が沸いたから入りなさい」

 

 莉花がノックも無く、彼女の部屋へ入ってきた。母親の行動に機嫌を悪くした霞花が言った。

 

「母さん! 何度も言ってるでしょ。ノックはして、私が()()()()()だったらどうするの?」

 

 とても年頃の娘とは思えない言動をよくする霞花だが、人並みに羞恥心はある。彼氏がいないから体を持て余して、一人遊びの一つや二つはやっている。

 

 もし思春期の学生がそんな所を家族に見られた場合、自殺モノである。ノックの一つもしない配慮の無い母親に対しては、当然の文句だった。たとえば父親の理士はちゃんとノックするし、そもそも娘の部屋に入ろうとしない。

 

霞花の一人遊びにとって、危険なのは母親だけだった。

 

「どうもしないわよ。この間だって——」

「思い出させないで!」

 

母親が徹底封印した黒歴史に気安く触れようした為、霞花が叫び声を上げた。思春期の娘の気持ちが分からない莉花は、無慈悲に霞花を叱った。

 

「夜遅いんだから、大声は止めなさい」

 

(このアマ、一体誰のせいだと!)

 

 霞花は平常運転な母親に声には出さず、怒りを吐き捨てた。ここで口に出すと口論に発展すると、何度も繰り返した事で彼女も学習した。

 

「とにかく風呂に入りなさい。明日は学校でしょ」

 

 霞花は嫌々ベッドから起き上がって、箪笥から着替えを出した。そしてそのまま一階のお風呂場へ向かった。両手で着替えを抱えながら、霞花は階段を降りた。リビングでは父親の理士(さとし)がニュース番組を見ていた。

 

 霞花は念の為、理士に一言声を掛ける事にした。

 

「お風呂、先にもらうね」

 

 理士はテレビを見たまま、無言で片手をあげて了承した。その反応に霞花は満足して、そのまま一階の突き当たりにあるお風呂場へ向かう。

 

 脱衣所の扉を開けて中に入ると、服をチャチャと脱いで下着姿になる。白いカップ付きのキャミソールとグレーのパンツだけの姿で、肩先まで掛かっている髪を雑にヘアゴムで纏める。鏡でちゃんと纏まっている事を確認すると、残った下着も脱いで全裸になった。

 

 キャミソールは服と一緒に洗濯用のカゴに放り込んだが、穴空きパンツだけはゴミ箱に叩き込んだ。霞花は全裸になった寒さで尿意を覚えたが、『まぁいいか』と考えて風呂場に入った。

 

 風呂場に入るとすぐにバスチェアの上に座った。下半身の圧迫感を我慢しつつ、シャワーベッドからお湯を出す。シャワーのお湯が温かくなるまで、心地よい圧迫感を楽しむ。やがてお湯が十分温かくなったので、肩から胸にかけて浴びる。

 

「ッ…………んっ」

 

 解放の瞬間、快感が全身を走るがそれは一瞬で終わってしまう。霞花は名残惜しさを感じつつも、体を洗ってからお風呂に浸かる。湯船の気持ちよさにクヘェーと息を吐いた。

 

(今日は色んな事があり過ぎた……)

 

 病院で目が覚めてから、あまりに色んな事があって病院に運ばれる前に家で、何をしていたかまるで思い出せなかった。それでもやがてボンヤリと思い出し始めた。

 

(そうだ久しぶりに『イェーガー×イェーガー』を見返してたんだ)

 

 『イェーガー×イェーガー』とは有名な異能力バトルアニメである。初代版とリメイク版があるが、霞花はリメイク版から入ったのでリメイク版の方が好きだった。

 百五十話近くあるリメイク版を一日ですべて見るのは不可能なので、特に好きなカルマタウン編を見直していたのだ。

 

(カルマタウン編だけで、21話……。大作って初見は面白いけど、見返す時大変なのが嫌だなぁ〜)

 

 朝からご飯以外はぶっ通しで見ていたが、まだ見終えていなかった。アニメの一話はOPとEDを除いても二十一分もある。つまり21×21で441分、約七時間半もかかるからだ。

 

 霞花は素晴らしい作画で描写された能力バトルの数々を思い出した。相手の能力を推察したり、自分の能力をブラフで隠したり、単純な闘争だけではない頭脳戦がカルマタウン編の醍醐味だった。

 

(頭脳戦か……私が活躍できるとしたら、そこしかないよね)

 

 霞花は決して頭が良い訳ではない。しかし頭脳戦には自信があった。理由は単純で、『オーバーロード』(タイムリープ)でいくらでも、考察時間を用意できるからだ。

 時間制限有りのテストから、自分一人だけ時間制限を事実上、取っ払うというのは間違いなく反則(チート)だ。

 

(学業に使ったらやばいね。この力……。その分、戦闘では役に立たないけど…………)

 

今後、絶対に避けられない異能力バトルの事を考えて、霞花は憂鬱な気分になった。能力、体力、精神どれをとっても異能力バトルは彼女に向いていなかった。

 

(『イェーガー×イェーガー』で言ったら、私って完全にあの能力者だよね。コピー系能力者に盗まれるのが、一番まずいのも同じだし……)

 

 霞花はアニメで出てくる未来予知をする能力者を、思い出していた。その能力者の最後は能力の正体に気づいた敵に能力をコピーされた上、殺されるという最後だった。

 奇しくも、霞花が置かれた状況に酷似していた。能力がバレた瞬間に殺されかねないという点が特に。

 

(もしアーティファクトがバレたらきっと……)

 

 最悪の想像をした霞花は、不安を追い払う様に髪が濡れるのも気にせず湯船に潜った。お湯が彼女の全身を優しく包み込んだ。鼻から吐く息が、泡になって水面に登っていく。

 その単調な光景を水中で眺めていると心の中から、少しだけ不安が消えた。

 

 しかし替わりにある言葉が、彼女の脳内に浮かんだ。

 

『この世には地獄につないで、おかないといけない連中がいる』

 

 それは『イェーガー×イェーガー』で故郷を盗賊団に焼かれ、復讐を決意したあるキャラの台詞だった。彼女はその台詞を頭の中で反芻した。そして

 

(本当にその通りだよ)

 

心の底からその言葉に同意した。

 

 霞花は息が続く限り水中でそうしていたが、やがて息苦しくなって水面に上がった。その時には彼女の心からは不安が消えて、別の感情が収まっていた。

 

 霞花はそのままのぼせる寸前までゆっくりと湯船を楽しんでから、体の水を払って脱衣所に出た。バスタオルで丁寧に体を拭いた後、ピンク色のブラジャーとパンツを履く。

 

 寝る時にわざわざブラジャーを着けるのは形を保つ為だった、()()()()()()()形を気にする必要なんてなかったが、乙女のプライドがそうさせていた。

 

 そして彼女は下着姿のまま、髪をドライヤーで乾かし始めた。十分程で乾かし終えて、パジャマを来てから部屋へと戻る。

 

 霞花は勉強机の動く椅子に逆向きに座って、背もたれに顔を乗せてだらしなく脱力した。

 霞花の部屋は備え付けのクローゼットとベッド以外は漫画とかを入れている小さな本棚、主に下着を入れているタンス、小学校の時から使っている勉強机しか無く閑散としている。

 

 だから手持ち無沙汰な時は今の様に、動く椅子に座って部屋の中を行ったり来たりするのが癖だった。霞花はガー、ガーとキャニスターで部屋の中をしばらく動き回った。

 

(アーティファクト、探しておいた方が良いのかなぁ……)

 

 動き回る事に飽きた霞花はベットの方を向きながら、どうするべきかを考えた。アーティファクトユーザー、長いのでAFユーザーと霞花は略している。

 彼らは異能力者ではあるが、いわゆる超能力者では無い。

 

 何故ならその異能力はあくまでアーティファクトによって与えられている物である。

 つまり彼らはアーティファクトによって異能力とその使い方を教えられた一般人にすぎないのだ。

 

 だからもしアーティファクトを失うことがあれば、その異能力も失われてしまう。

 

(私のアーティファクトって多分あれだよね。地震の直後に踏んづけて滑ったやつ……)

 

 夕方前に地震があった時、初めは霞花も無視してアニメを見ていた。しかし段々と地震が強くなってくると、悠長にしては居られなかった。中々に大きな地震だったので、万が一に備えて勉強机の下に避難したのだ。

 

 そして地震が終わり机の下から出た後、念の為一階の様子を見ようと扉の方へと歩いた。

 その時だった、床にあった金属製の何かを踏んづけて霞花は滑った。霞花の部屋はカーペットなどが無いフローリングの床だから、滑りやすかったのだ。

 

 予想外の現象に、霞花は受け身も取れず派手にすっ転んでしまった。そしてそのまま気を失って母親に発見されたというのが事の顛末である。

 

 そのあと無意識のまま変な夢を見た(能力が発動した)事を考えると、踏んづけた何かがアーティファクトであった事はほぼ間違いない。素足で踏んづけた事で契約が成立してしまったのだと霞花は考えた。

 

(普通ならそのまま私のポケットに収まるんだろうけど、外に出てる時も、今もポケットには何も入っていない……)

 

 普通のアーティファクトには所有者(契約者)の側を決して離れないという性質がある。

 しかし『オーバーロード』は特殊なアーティファクト、例外中の例外だった。だからアーティファクトの本体が今どこにあるのか、契約者である霞花ですら把握していない。

 

(状況から考えるとベットの下が一番怪しい……。次点で病院かな?)

 

 霞花のベットは4本足で立っており、地面との間に隙間があった。意図せず踏んづけた時、その隙間に飛んでいった可能性は高かった。だからもし探すのなら、まずはベッドの下だ。

 

 しかし霞花の頭を今悩ませていたのは自分のアーティファクトの所在では無く、探すべきか否かである。

 

(まず探した場合のメリットとデメリットから、考えよう……)

 

 彼女がアーティファクトを発見した場合のメリット、それは普通のアーティファクトと同じ様に肌身離さず、携帯する事が可能になるという事があげられる。

 

 本来アーティファクトは所有者から離れない。もし所有者が意図的に捨てたり、誰かに渡したり、しても勝手に所有者の手元に戻ってしまう。

 アーティファクトとの契約は極めて強固で、通常の手段では破棄する事ができないのだ。

 

 これはメリットである。他人に能力を奪われる可能性が極めて低くなるからだ。例えばもし敵に何ならかの方法でアーティファクトを取り上げられても、基本的に無意味だし、AFユーザーの能力もアーティファクトが手元にないくらいでは、無くなったりはしない。

 

 つまりAFユーザーの能力を無効化するのは、基本的に不可能なのだ。

 

(でも分かっている相手なら、アーティファクトを取り上げられるのは致命傷だ……)

 

 実はAFユーザーの能力を無効化する方法が一つある。それはアーティファクトを破壊する事だ。何度も繰り返すが、AFユーザーは超能力者では無い。

 

 彼らはあくまでアーティファクトというマジックアイテムから、力を与えられているだけにすぎない。当然アーティファクトが破壊されると、力も失い一般人に戻ってしまうのだ。

 

 この事実を知った賢いAFユーザーなら、自分のアーティファクトを金庫にでも仕舞って守ってしまおうと考える。

 しかし前述の所有者から離れないという性質が、この作戦を無効化してしまう。

 

 アーティファクトはたとえ物理的に封印しても、()()()()で所有者の所へ行くからだ。

 つまり普通のアーティファクトの同様に携帯する事は、アーティファクトを、能力を守るという観点からすると有効ではないのだ。

 

 肌身離さず携帯できるというメリットと敵にアーティファクトを破壊されるうるというデメリット。これが普通のアーティファクトと契約した()()()()()()AFユーザーが背負うメリットとデメリットだ。

 しかし原作知識を有する霞花は違った。

 

(私なら後者のデメリットを帳消しにできるっ!)

 

 彼女はアーティファクトを携帯する場合に限り、死の危険と引き換えに、敵にアーティファクトを破壊される可能性をゼロにする方法を知っていた。

 これが霞花が自身のアーティファクトを探した場合のメリットだ。デメリットは存在しない。

 

 では特殊なアーティファクト(『オーバーロード』)と契約した霞花が選べるアーティファクトを探さない場合のメリット・デメリットは何か。

 

 メリットはアーティファクトを奪われる可能性を極限までゼロにする事、デメリットは知らぬ間にアーティファクトが破壊される(『オーバーロード』の力を失う)可能性がある事だ。

 

(敵にアーティファクトを破壊されないという事は、敵にアーティファクトを奪われないという事を意味しない……。アーティファクトの契約は極めて強固だ。でも『災厄の魔女』には関係がない!)

 

 正確には『災厄の魔女』だけではない、全ての人にとって()()さえあれば、簡単な事なのだ。

 

(AFユーザーにアーティファクトとの契約を強制的に破棄させる方法、それは()()()()()事っ!)

 

 アーティファクトは契約者を自ら選ぶ。だがそれはあくまで生者のみで死者は選ばれない。よってAFユーザーが死ねば、自動的にアーティファクトとの契約は解除されて奪う事が可能になる。

 

(普通のAFユーザーは必ずアーティファクトを持ち歩く、その意思に関係なく!だからAFユーザーからアーティファクトを、異能力を奪うのは簡単過ぎる。頭のイかれた殺人鬼(サイコパス)共には……!)

 

 それは奴らにとって、まるで息を吸うかの様に可能な事だった。

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