「一緒にお昼、食べよ〜〜〜」
髪を左に纏めている新海
「いいよ。せっかくだし、中庭で食べない?」
霞花は天に学園の中庭で食べることを提案した。
「お、ノリいいねぇ〜〜。私あそこで、食べてみたかったんだよね〜」
霞花がわざわざ中庭で食べる事を提案したのは、単にそういう気分だったからではない。少しでも香坂
(でも無理だよね……。あの人ずっとボッチ飯だし、……)
原作世界の春風はいつも一人で、寂しくお昼を食べている。その彼女が中庭に出てくる可能性は高いとは言えなかった。
(あの空間に一人とか、便所飯よりキツいからなぁ〜〜)
入学二週間でどちらも経験した事のある霞花は、同じくボッチ飯仲間である春風の気持ちが良く理解できていた。
(良く漫画とかでボッチキャラが便所飯してるけど、あれリアリティ無いよ。だってめっちゃ目立つもん)
トイレにお弁当を持って出入りする生徒は、とても目立つのだ。入学初日にそれをやった霞花は目立ちに目立った。結果、霞花はクラスメイトに憐れまれて、優しい言葉を掛けられまくるという羞恥プレイを味わった。
(私は単に一人で、静かに食べたかっただけなのに……。おかげで天ちゃんと、友達になれたからまぁいいけどさ…………)
霞花はボッチは嫌だが、赤の他人を自分からお昼に誘うのも嫌という矛盾した感性の持ち主だった。
そんな彼女にとって、定期的にお昼を誘ってくれる天は得難いクラスメイトだった。捻くれた彼女が『今度自分から誘ってみようかな?』と自然に考えてしまうほど、天真爛漫で一緒にいて楽しい女の子だった。
(まぁ、そう思ってるのは、私だけじゃないよね……)
人当たりの良い
二人で中庭へ向かうと、そこには少なくない生徒が集まっていた。中庭の真ん中には大きな木が3本生えており、それを取り囲む様に、長いベンチが四台ずつ計12台設置されていた。
その内の一つ比較的、中庭の端に位置するベンチを霞花は選んだ。万が一、春風が中庭に来た場合すぐに発見する為である。
ベンチに二人で仲良く座ってお弁当を開ける。辺りを見てみると霞花達と同じ様に数人で仲良く食べている生徒だらけだ。
なんなら恋人同士なのか恥ずかしげもなく、アーンをしている男女も居た。当然、そこに香坂春風の姿は無い。
(こんな空間で一人で食べるとか、普通に考えたら拷問だよなぁ〜。一回、私も挑戦したけど断念したし)
便所飯をクラスメイトに心配されたあと、霞花は中庭で食べる事を一度考えた。
しかしこの状況を見て断念していた。
「ん〜〜、冷凍からあげ、おいしいっ〜〜」
天がお弁当の白米に手をつける事なく、おかずをパクパクと食べている。どうやら彼女には白米とおかずをバランス良く食べるという発想はないらしい。
きっとおかずオンリーなお弁当でも喜んで全部食べるだろう。
その様子を見て、霞花も主に昨日の残り物で埋められたお弁当を食べ始めた。
「この前おすすめされた『小説家と極道』見てみたけど、面白かった。ちょっとエッチだったけど」
天がお弁当を食べながら、霞花に話を振ってくる。おすすめされたアニメを素直に見てくれて、尚且つ感想まで言ってくれた事に霞花は喜んだ。
「趣味が合ってよかった。天ちゃんのアニメ歴的にちょっと
霞花がお世辞を使われていないかと心配して、遠回しに感想を聞き直した。
「いや全然、ちょっと予想外だっただけ、今時地上波であそこまで放送できるんだーーって驚いた」
アニメ文化は性的な要素とは切っても切れない。その所為か、最近の地上波アニメはドンドン過激な方向に舵を切っている。
直接描写こそ避けている物の、性的行為を匂わせる演出は多かった。
『小説家と極道』もそんなアニメの一つであり、内容的には女性向けの恋愛アニメと言えた。
「いや〜小説家志望の女学生と、不良で極道に夢見る男子学生が、いきなり弱みを握られる所から始まるとはね〜〜。その後お互いに、本気で好きなっちゃう展開は王道で面白かったよ」
実はあんまり知られていないが、女性向けのアニメというのは大抵性描写が入る。女性にとっても性とは娯楽と切り離せない重要な要素なのだ。
「一話の衝撃度は凄まじいからね。その所為で間違ってもリビングで見れないけど……」
天が半分以上おかずを食べ終えた後で、やっと白米へ手をつけ始める。どう考えても白米が残るペース配分である。
霞花は自分のお弁当を食べ勧めながら、彼女がどうやって白米を食べ切るつもりなのか、疑問に思った。その時だった。
「きゃ〜〜、かわいいぃっーー!キミどこから来たの?」
「こらミキ!自分ばっかりあげないの。ほ〜〜ら、こっちはカマボコですよぉ〜」
「ちょっと!それサトミが嫌いなやつでしょ。こっちは肉団子よ。やっぱり肉がいいわよねぇ〜」
三人組の女生徒たちが、ベンチに座ったまま足元の何かにお弁当の中身を渡している。三人から色々貰ったその生き物は満足したのか、今度は霞花たちの方へとやってきた。
「ニャァ〜」
その生き物は丸い顔に小麦色の体、短い足に太い尻尾、白いお腹はデップリと肥えており、足が短い事もあってお腹が地面にぶつかりそうになっている。
その生き物の名前は猫より具体的に言えば、デブ猫である。
「ニャ〜〜〜」
デブ猫は霞花達のお弁当に、まんまるなお目目をロックオンしてまた鳴いた。
猫の言葉など人間には判りようがないが、言いたい事は不思議とわかった。『何かくれ』という事らしい。
「かわいい〜〜っ。ほらコレ上げるっ、好きなだけ食べなよ」
そう言って天が半分以上残っている白米をお弁当箱事、地面に置いてデブ猫に与えた。どうやら体良く残飯処理しようと考えたらしい。
デブ猫はその豪華な対応に感激したのか、媚びる様な声で鳴いた後、お弁当箱に顔を突っ込み食べ始めた。
手持ち無沙汰になった天が、おもむろにデブ猫の体を触り始めるが嫌がりもしない。
どうやらこれがご飯のお代らしい。実に営業が上手い猫である。その肥えた体が営業成績の高さを証明していた。
(この猫を使えば、香坂先輩を釣れるのでは?)
霞花はデブ猫に魅了される事なく、冷静に考えていた。原作の春風は猫好きである。それはもう生粋の猫好きである。家族が猫アレルギーでなければ、迷いなく猫を飼うくらいには猫が好きなのだ。それは猫を撫でると、乙女が出してはいけない声を出してしまうほどだった。
(よし、この猫と仲良くなって香坂先輩を誘い出そう。抱えて教室前でも行けば、きっと出てくる)
デブ猫を使った香坂春風誘い出し作戦は、彼女の脳内で『天の岩戸作戦』と命名された。
作戦決行のためにはまず、デブ猫とお近づきにならなくてはいけない。霞花は相変わらず、白米弁当に顔を突っ込んでいる猫を撫でようと手を近づけた。
「シャァァァーー!」
デブ猫は霞花を威嚇して、猫パンチを繰り出した。悲しいかな短すぎる足の所為で、全く届いていない。どうやらこの猫に野生という言葉は存在していない様だ。
この有様では狩りなどできまい。完全に人間からエサを貰う事に味を占めている。
「対価が必要か……。よし、デブ猫ほらブドウだよ。お食べ」
霞花はお弁当にデザートとして、入っていた大粒のブドウを手のひらに載せて差し出した。デブ猫はブドウを一瞥するとフンっとそっぽを向いて、残り僅かとなった白米へとガッツついた。
「グルメだね〜、お前は。毛並みもっふもっふ〜〜、枕にしたいっ〜〜」
その様子を見ていた天がデブ猫を撫で回して、その毛並みを楽しんでいた。触る事さえ許されない霞花には想像も付かないが、野良の癖に毛並みも良いらしい。
ますます野生とは何か問いたくなる猫である。
「クッ、小癪な奴め。ほらコレならどうだい、ウィンナーだよ」
霞花は最後の楽しみにとっておいたウィンナーを手のひらに載せて、デブ猫へ差し出す。苦渋の決断だったが、デブ猫の機嫌に世界の運命が懸かっているので、仕方がなかった。
ちょうど白米を米一粒も残さず、綺麗に食べ終えたデブ猫がそのウィンナーをじっと見つめた。
「どうした?お腹一杯かい?」
霞花がウィンナーを差し出したまま、デブ猫のお腹の具合を心配した。霞花達の所に来るまでに、かなり量を中庭の学生達から貰っているはずである。
そこにとどめの様に降り注いだ白米ラッシュで、デブ猫の胃袋がノックダウンしていても不思議ではない。
しかしそんな心配はこのデブ猫には、不要な様だった。
「ニャァ〜〜」
媚びた声を上げてから、デブ猫がウィンナーを咥えた。
「これならどうだぁぁっ!!」
その時、中庭の丁度反対側から、男子生徒の大きな声が響いた。中庭にいる生徒達とデブ猫の視線が反射的にそちらへ向く。デブ猫は器用に二本足で立って、そちらを見ていた。それはさながら人間の様だった。
「その程度か、そんなんじゃ必殺技とは言えないよ」
「なにぃぃ!オレの『パワーポール』は必中必殺のはずっ」
バカな男子生徒二人が置き傘を使って、チャンバラ遊びをしている様だった。かなり白熱しているらしく、他の生徒達の視線に気がついていない。
しばらくすると生徒達は、視線を戻してまたガヤガヤし始めた。その様子を見て呆れた霞花が、デブ猫に視線を戻すと、デブ猫はその体型にに合わない俊敏さで中庭から丁度去る所だった。
デカい尻尾だけが霞花の視界に一瞬だけ映る。
「えっと…………そのカカちゃん、?」
霞花はワナワナと肩を震わせていた。世界のためにやむ無く差し出したウィンナーは消え、デブ猫も消えた。
結果残るのは、好物を意味もなく失い怒りに震える大葉霞花だけだ。
霞花は忌々しい男子生徒二人に、文句を言う為に無言で立ち上がった。その様子を隣で見ていた天が彼女へ言った。
「怒るのはいいけど、言葉は選んでね?」
霞花は口をむすっとさせながら言った。
「わかってるよ天ちゃん。私も日々、学習してる」
その言葉は事実だった。霞花の口は確かに悪いが、その事に無自覚な訳ではない。
家族や友人に注意される事で、少しずつではあるが改善されていた。
霞花はチャンバラ遊びをしている男子学生達に向かって歩み始める。その顔には『私は怒っています』と書いてあった。男子学生達に近づくと二人の会話が自然と聞こえてくる。
「簡単な話さ、届いていないのさ。キミの攻撃はね」
そう言っているのは背の低い男子生徒だ。どうやらかなり真剣にやっているらしく、肩に乗せているビニール傘は体格に合わせて短かった。いわゆる60cm傘だ。
「ならばより鋭く、より速くするのみだ」
反対に背が高くガタイが良い男子学生は、普通のビニール傘を使っている様だった。傘をまるでレイピアの様に構えている。それは刺突の構えの様に見えた。
もし手に待っているのが本物であれば、さぞ絵になるだろうが所詮は傘である、全然カッコよくなかった。
本人達はいたって本気なのだろうが、他の人間には良い迷惑でしか無い。霞花はおかずを消失すると言う実害まで受けた。
故に彼女の怒りやこれから言うであろう注意は正当な物と言えた。
「はっ!その程度でボクの『ヘーー」
「すみません。ヒーローショーの開催場所は中庭じゃなくて、遊園地です」
その注意が痛烈な皮肉でなければだが。
「「あ、……はい…………」」
皮肉の効き過ぎる注意に男子学生の二人は声を揃えて、そう言った。その様子を遠くで見ていた天は頭に手を当てて呟いた。
「やり過ぎだってば……」
霞花の口の悪さは確かに改善している、亀の歩みで。スッキリした霞花が天の元に戻って、残り少ないお弁当を食べ始めた。
天はできるだけ気楽な調子で、霞花に言ってあげた。
「毎度毎度言うけど、言い過ぎじゃね?」
「え?今回はちゃんと一言『すみません』って断ったし、おバカなチャンバラも『ヒーローショー』って褒めたよ?」
天はちょーーっと口が悪いクラスメイトに、言い聞かせた。
「褒めてない、褒めてない。あれ百人に聞いたら百人が皮肉だって言うから」
霞花は心底理解できないという顔で、天に疑問をぶつけた。
「私、事実しか言ってないよね?ヒーローショーって遊園地でやる物でしょ?」
その発言に天は『またこれか』と思った。
(事実しか言ってないか……、カカちゃんのこの口癖どうにかならないかなぁ………)
霞花はよくこういう、何かがズレた発言をよくする。霞花はちゃんと自身の感覚あるいは感性と呼ぶべき物が、周囲とズレている事を自覚している。
それを修正したいとも思っている。だがそれには周囲の手助けが必要な子だった。
しかしそういう手助けというのは労力が掛かる上、難しい。
(こういう時なんて説明して、あげるべきなのか、わっかんないなぁーーー)
天が悩んでいると霞花が辛そうな顔をした。彼女にとってこうやって、友達や母親を悩ませてしまう事は珍しくない。
彼女はそれが嫌でしょうがなくて、自分から友達を作る事に消極的なのだ。
「ごめん悩ませて、でもそんなに気に留めなくていいよ。これは私の問題だし、父さんもそのうち治るって言ってるから」
霞花の父親、大葉
天は霞花の自分を気遣った発言の所為で更に悩んだ。
(まただよ、いい加減こういう発言を本気で言ってるのは理解したけど……言葉に困るよ…………)
通常の場合、私の事は放って置いて系の発言は『かまってちゃん』の台詞とされる。要は誘い受けだ。
霞花の普段の行動にもそんなスタンスが節々で感じられる。自分から何かに誘う事はあんまりないのに、他人に誘われた場合のノリが良いというのは『かまってちゃん』の特徴である。
だが霞花の性格は『かまってちゃん』とは対極である。彼女は孤独が好きなのだ。でなければ入学初日で便所飯などしない。
そしてその事をクラスメイトに心配された際に、それを本気で嫌がったりしない。
だからもし天が『分かったよ、そうするね〜』なんて、酷い発言をしても霞花は何も感じない、むしろ自分を放置してくれる事に喜ぶのだ。
そんな彼女の性格を何と表現するべきなのか、適切な言葉を天は持たなかった。
だがそんな天でも自分の霞花への気持ちだけは、言葉にできる。
(息苦しいんだよ……カカちゃんの隣)
それは偽りのない天の気持ちだった。そしてそれは霞花の元を去っていった過去の友達達と同じ物でもある。ただ今まで去っていった友達と天に違う所があるとすれば
(ま、難しく考えすぎだね〜〜。悩むなんて、私らしくないかぁ〜〜〜)
このお気楽さである。
「話変えるけど、昨日の映画見た?『デスブック』の実写版」
「うん、見たよ。私、アニメ版しか知らないからびっくりした。まさか母親が死ぬなんて思わなかった」
二人のおしゃべりは、お昼休みのチャイムが鳴るまで続いた。