ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ 作:スカビオサ
放課後、僕はジムの休憩スペースにいた。この学校には学生が利用できる数多くの施設が存在する。ジムもその一つだ。
特別体を動かすことが好きな訳ではないが、この学校の仕組みを理解した今、暴力への警戒心は増すばかりだ。勿論、条件を整える必要はあるし、リスクは大きいが暴力はこの学校において武器となりうる。
自ら使うつもりはないが自衛できる程度に鍛えねばと、時間があるときはこうして通っている。4月は情報の把握に時間を取られて、運動もできなかったから、少々鈍っているな。
そろそろ再開するか、そう思っていると端末に通知が来た。一之瀬さんからの連絡だ。僕と一之瀬さんの仲は先月の一件もあって深まったが、特別連絡を取り合うほどの仲でもない。数人のグループで一緒に遊ぶことはあるが、その連絡ならそのグループのチャットで事足りるはずだ。そのことを考えると珍しいと言える。とは言え、このタイミングだと生徒会についてだろう、妙な期待はしないことにする。内容は今から会えないか、ということだった。こんな夜に?期待するな、僕。抑えろ。
時刻は21時前、僕は寮の前のベンチに座っていた。周囲に人影は無く、街灯の下、ぽつんと一人。寮の方から一之瀬さんが歩いて来るのが見える。どうやら着ているのは制服ではなく、部屋着のようだ。普段、制服姿しか見ていないせいか新鮮に感じる。クラスで遊ぶ時も放課後だったから、私服は見たことがなかった。
「ごめんね、急に呼び出して。」
そう言いながら隣に座ってくる。
「いや、構わないよ、用件は生徒会についてだよね?」
分かってますよと先んじて触れておく。期待なんてしてないよ、下心なんて無いよとさり気なくアピールする。
「うん、星之宮先生から連絡があって、生徒会への所属が認められたことと、それに木之原君が関わってることを聞いたんだ。」
やっぱり生徒会についてだよね、知ってた。それにしても僕が何かしたことも伝わってるのか、一度落とした以上、再度拾い上げるには理由が必要になる。そう考えれば隠すのも変な話か。
「関わってると言うほどでもないけどね、一之瀬さんが落とされるなんて少し納得いかなかったからさ。一之瀬さんのアピールを多少したってだけで。僕のアピールが上手く行ったというより、一之瀬さんの人徳を再評価したんじゃないかな。」
「たとえ、そうだとしても木之原君に助けられたのは事実だから、ありがとう。」
「気にしないで、これぐらい。」
こともなげに言ってみせる。別に恩を売りたい訳じゃない。
「敵わないなあ、木之原君には。」
やれやれとでも言いたけだ。一之瀬さんは少し表情を硬くして言う。
「学校のシステムに、生徒会の件、私はいつも助けられてるね。」
「システムについては神崎君の助力もあった、今回の件も一之瀬さん自身の力がなければ認められなかったはず。どれも僕だけの力じゃないよ。」
生憎と誰でもできることをしているに過ぎない。
「もちろん神崎君にも感謝してる。でも神崎君も木之原君と話さなければシステムの疑問に気付かなかったかもしれないと言ってたし、生徒会に入るのも私だけの力じゃきっとどうにもならなかった。」
「だから提案があるんだ。木之原君がクラスのリーダーになってくれないかな?」
その言葉は予想していなかった。即座にNoと突き返したくなるが、我慢する。
「どうして、そう思ったのか、聞かせてもらってもいいかな。」
一之瀬さんは頷き、答える。
「今回のことで思ったんだ。私はみんなを引っ張っていくには力不足だって。木之原君の方が頭も良いし、学校の意図に気付ける観察力もある。生徒会については詳細は分からないけど、私は独力では入れなかった。でも、木之原君は入ってる。しかも私を引き上げた上でね。木之原君の方がリーダーに向いてるって思うのはおかしなことかな。」
おかしくはない、今あげた要素だけを見るなら、僕は一之瀬さんの上位互換だろう。だがそれは僕ではない。一之瀬さんだって分かってるはずだ。僕がBクラスとなったと思われる理由、それこそがリーダーとして欠けてはならないものであることを。
「だけど、僕には一之瀬さんみたいに他者から好かれ、みんなをまとめ上げる力は無い。これこそリーダーに必要不可欠な要素だよ。」
「そうかな、実績を上げていれば、違うはず。この学校は実力主義だよ。リーダーに実力があり実績もあれば、みんなはついて来る。Aクラスで卒業したいはずだから。」
それもその通りではある。今、僕の発言力は強くなっている。何せBクラスをAクラスに引き上げた立役者の一人、学年首席、これからは生徒会役員も追加される。容易にリーダー役もできるだろう。でも、それではダメだ。僕がリーダーでは勝ち上がれない。僕は天才じゃない、今は備えによって他よりリードできているが、常に勝ち続けることはできないだろう。
重要なのはついて行きたいと思えるリーダーだ。負けてもこの人に従いたいと、支えたいと思えるリーダーでなければならない。ここでやりたくないと拒絶すれば一之瀬さんは変わらずリーダーを続けるだろう、でもダメだ。迷いを抱えながらではリーダーとして成立しない。ここ数日様子がおかしかったが…ここまで自信を無くしているとは。何かあったと言う話は聞かない。おかしくなったのはあの会話の時からか?
「確かにそうかもしれない、けれど今のリーダーは一之瀬さんだ。それを交代するとなれば混乱が起こる。今は上り調子なんだ。今、すぐにそれをしなくてはいけない理由があるの?」
「クラスが勝ち上がるためには、早めに動いた方が良いよね?それこそ混乱だって最小限に抑えられる。」
どこかおかしい、どうしてそんなにリーダーを辞めたがる?ずっと嫌々やっていた様子など無かった。
もし、あの会話からおかしくなったとするなら、この状況の原因は…一之瀬さんの過去か?一之瀬さんの今に何も問題は無い。つまりAクラスに配属されなかったのは、過去に何かあったからなのではないか。本当に不良だったとか…
「ねえ、一之瀬さん。どうしてそんなにリーダーを辞めたがるんだい?」
「どうして?別に辞めたいわけじゃないよ。ただそれが一番いい選択だって思ってるだけ。」
彼女は笑顔でそう言い切る。この時ばかりは嘘だと確信した。提案を断り、この場を濁すことも出来る。だが一之瀬さんの状況は不安定に見えた。このまま放っておくと良くないような、そんな感覚。彼女の眼を見て言う。
「嘘だ。」
断定する。
「嘘じゃ無いよ。」
嘘。
「何を怖がってる?」
問い詰める。
「怖がってなんか無いよ。」
嘘。
「ねえ、過去に君に何があったんだ?」
深く切り込む。ここまで来たら、最後まで行くしかない。分の悪い賭けかもしれない、ここで仲が拗れて、クラスも徐々に瓦解して、Aクラスで卒業できなくなるかもしれない。それでも彼女をこのままにはしておけない。
彼女の方を見る。覚悟を決め、問い掛ける。
「教えてくれないか、一之瀬さん。君のことを」
「いやだなー、何も…何も無いよ。」
彼女はベンチから体を浮かし、逃げようとする。
強引に手をつかむ。離さない。
沈黙が訪れる。数秒ほど経っただろうか、一之瀬さんが口を開く。
「この場でのことは…」
「言わないよ、絶対に。」
彼女の顔を見る。彼女も覚悟を決めたらしい。手を離すと、彼女はまたベンチに座りなおした。
震える声で彼女は過去を語り始めた。