ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ 作:スカビオサ
今日は暴力事件の審議の日だ。
会場となる生徒会室にはCクラスの生徒とその担任である坂上先生、Dクラスの生徒とその担任である茶柱先生に加え、僕たち生徒会のメンバーが居た。
僕たちは主に見学がメインで、進行は橘書記がやることになる。今後のため、見て覚えるというやつだ。
驚いたことと言えば、生徒会長がいる事だろうか、やはり妹がいるから...という理由なんだろうか。普段の審議にはあまり参加していないらしいが。
橘書記が事件の概要を分かりやすく説明していく。
「───以上のような経緯を踏まえ、どちらの主張が真実であるかを見極めさせていただきたいと思います」
これを皮切りにDとCの主張が展開されていく。
どちらも資料通りだな。どうやら後日追加された資料には目撃者がいるとのことだが…
お互い譲らない口撃戦だが、やはりDは不利か。堀北さんもさっきからずっと喋らない。生徒会長に委縮しているのだろうが、ここまでとはね。そう思いながら、審議の趨勢を見守っていると、急遽、綾小路君が席を立ち、堀北さんの後ろに立った。
堀北さんの脇腹を擽っている。え?どうしてそれ?適当に肩を叩くとかじゃダメだった?堀北さんが反応したが、それでも擽り続ける。
え?何?僕は何を見せられてるんだ?カップルが急にいちゃつきだした…新手の精神攻撃か?このいちゃつきで動揺させて審議を有利に運ぶ的な。
当然の如く、生徒会室は異質な空気に包まれた。
数秒経つと綾小路君も満足したようで、手を離した。
「しっかりしろ堀北。」とか言ってるけど、誤魔化せないからね。イケメンだから何しても許される思っとんちゃうぞ!(憤怒)
僕が心の中で綾小路君にブーイングを送っていると、堀北さんは立て直したようで、Cクラスの生徒に質問を始める。
Cクラスの違和感を的確に突いているが、それでも怪我と言う証拠は大きい。このままではDクラスに勝ち目はないだろう。このタイミングでDクラスは目撃者を入室させた。1-Dの佐倉愛里さんだ。
坂上先生が1-Dかと失笑している。まあ、無理もない。容疑者と同じクラスだから、須藤君を庇うに決まっている。随分と都合の良いところに目撃者がいますねえって感じだ。
佐倉さんは入室したはいいものの、特に何か話そうともしない。10秒、20秒と時間が過ぎ去っていく。
こんな大人数の前で話すのが苦手な気持ちは痛いほど分かるが、それなら来なければ良いのにと思ってしまうのは性格が悪いだろうか。
自クラスの目撃者、仮に本当だとしても信頼性はどうしても薄くなってしまう。あるいは、全てを覆す証拠でも持っているのだろうか?事件の流れが全て分かるビデオだとか。
坂上先生もこの目撃者に意味は無いと感じたようで時間の無駄だと主張する。
茶柱先生もそれに頷き、佐倉さんに退出を促す。うーん、Dクラスがこの審議で勝利を勝ち取れるものはなさそうかな。
Dクラスの敗北、その空気が蔓延していた。
その時、予期せぬ声が強く響き渡った。
「私は確かに見ました...!!!」
そう言って、Cクラスの人間が先に殴りかかったことを証言した。気迫はあるんだけど、やっぱり証拠が欲しい。
いや、こんなの茶番で龍園君が仕掛けたって分かってるんだけどさ。どうしても厳しく見てしまうな。
坂上先生が佐倉さんに質問を重ねていく。ねちっこいな。堀北さんがフォローするが、この流れは厳しい。
そう思っていると、佐倉さんが机に写真を叩きつける。
写真を見ていくと、Cクラスの生徒と須藤君が喧嘩をしている場面を切り取った写真があった。これで佐倉さんが虚偽の目撃者でないことは確定したが、惜しいことにCクラスが仕掛けたタイミングの写真は無いようだ。
この写真をきっかけに流れは変わった。だが須藤君の完全無罪には至らない。坂上先生と茶柱先生は落としどころを模索し、決着を付けようとしている。須藤君に2週間の停学、Cクラスの生徒に1週間の停学か。まあ、妥当ではある。個人的には綾小路君がここからどう動くか気になるんだが、何かしてこないかなー。
綾小路君を注視していると、堀北さんに向けて話し出す。
「堀北。本当にもう手は無いのか?」
「頭の悪いオレには何一つ解決策は浮かばない。それどころか、坂上先生からの妥協案を受け入れるべきだと思った。」
「須藤の無実を裏付ける絶対的な証拠なんてあるはずもない。いや、存在しないんだ。これが教室やコンビニで起こった出来事だったなら、もっと大勢の生徒が見ていて確実な証拠もあったかも知れないけどな。見ていたって記録がどこにもない。人も居ない設備もない特別棟じゃどうしようもないってことだ」
「話し合いをして分かっただろ。どれだけ訴えてもCクラスは嘘だとは認めてくれない。須藤も嘘だとは認めない。こんなのはどこまで行っても平行線だ。話し合いなんて最初からしなければよかったくらいだ。そう思わないか?」
当然の意見、傍から見たらそう思えることをつらつらと述べていく。まるで出来の悪い教え子に教えるように。敗北宣言に聞こえるこの発言に坂上先生は気分を良くしたらしい。余裕の表情をしている。
なるほどね、綾小路君は教師役か。裏から操るポジなんだ。急に一人で長々と話し始めるもんだから、何かと思ったけど、そういう方向性で行くのね。上手くいくかは微妙だと思ってるんだけど、勝算はあるのかね?
今回の事件現場には監視カメラが無い。その前提があるから、この事件を起こしたっていうのに、取り付けた監視カメラで誤魔化されるもんかね?学校には監視カメラ、というと違うが、似たようなものが売られている。それで訴えを取り下げさせる。さっきの言葉からするとそういう方針なんだろうけど…
取り付けたカメラを見せて、偽物だ!とか、前、確認したときは無かったぞ!とかそういう発言をさせて、それを録音して脅す感じかな?
思考に没頭していて聞いていなかったが、どうやら堀北さんが完全無罪を主張し、再度審議の場を設けるということになったらしい。明日の4時にもう一度再審か。生徒会役員は辛いねえ、放課後拘束されまくりだ。
あっ、坂上先生が佐倉さんを更に泣かせた。あのさあ、彼女に攻撃してもどうにもならんじゃん。
ともあれ、今日はこれで引き上げかな。
帆波さんが声を掛けてくる。
「大変なことになったねえ。でも堀北さんに勝算はあるのかな?私も妥協案で良いって思っちゃったけど。」
「完全無罪を主張したからには何か方策はあるんだと思うよ。でなきゃ、より不利になる。」
話しつつ、生徒会室を片付け、鍵を閉める。
さてさて、どう動くかね。頭の中で今後の展開を組み立てていると、生徒会長が綾小路君に声を掛けているのが見えた。
会話を聞く限り、会長も綾小路君を随分と買っているらしい。先ほどのことと言い、彼は只者ではないな。
声を掛けようと思ったが、佐倉さんと何やら話し込んでいるようだ。
「この後、少し綾小路君と話したいと思ってるから、帆波さんは先に帰ってて。」
「ううん、私も一緒に待つよ。ここだと邪魔かもしれないから玄関で待ってようか。」
佐倉さんはしゃがみ込み泣いている。確かにここにいては邪魔だな。帆波さんに従い、玄関へと向かった。
<綾小路視点>
審議が終わり、佐倉と2人で帰っていると、木之原と一之瀬が玄関にいた。先に帰ったと思っていたが、待っていたのか。
「綾小路君、とりあえず今日はお疲れ様。審議は明日に持ち越し。だけど今から証拠を探すのは難しくないかい?」
俺はちょっと待ってくれと二人を制し、佐倉の方に顔を向ける。
「悪いな佐倉。続き聞かせてくれ」
下駄箱を開け、中をジッと見ていた佐倉が、顔だけこちらに向けた。
「う、ううん。何でもないの。ただ、私、頑張ってみるね。勇気を出して」
早口でそう答えた佐倉が、軽く頭を下げてから帰っていく。
「佐倉?」
呼び止めてみるが、佐倉は立ち止まることなく駆け足で玄関を出て行った。
「ごめん。なんか悪いタイミングだったかな?」
「いや...それで何の用だ?」
「これからどうするのかなって思ってね。堀北さんは完全無罪を主張するらしいけど、中々厳しいと感じたからさ。」
「それはオレにも分からないな。だが堀北が徹底抗戦すると言ったんだ。オレはそれに従うだけだ。」
「へえ、まあ、僕たちは中立だから、肩入れは出来ないけど何かあったら言ってよ。そうだ、連絡先を渡しておくね。じゃあね。」
そういって木之原はIDが書かれたメモをオレに渡し、2人は帰っていく。すると、見計らったかのように堀北がこちらに合流してきた。
「なんだ、やっぱり苦手意識があるのか?」
からかってやると、堀北はこちらを鬼のような形相で睨んでくる。
「あなた、さっき何をやったか、忘れたわけじゃないでしょうね。」
不意に強烈な痛みと衝撃が脇腹を襲いオレは吹き飛ぶように地面を転げた。
「あなたが私の脇を触った件、これで許してあげる。だけど次は倍返しよ」
「ちょ、え、あ……!」
痛みによって声にならない声が漏れ、オレは反論することも許されなかった。
「綾小路君、貴方に協力してもらいたいことがあるけどいいわよね。」
この状況でこの提案を断れる人間が存在するだろうか。オレはいないと思う。いるって言うならここに連れてきてくれ。
そして、この女をどうにかしてくれ。
オレは堀北の指示に従い、準備を進めていた。が、準備に多大な出費を強いられた、どころか金が足りなかったため、当分、俺と堀北は0円生活になりそうだ。当然、オレたちは収入ゼロだから借金だ。Dクラス以外に友達なんて居なかったから、連絡できる相手なんておらず、終わったと思っていたが、そういえば、先ほど木之原から連絡先を教えてもらったことを思い出し、早速連絡した。すぐにこちらに来てくれるらしい。
「さっきぶりだね。何かあった?」
「すまない、すぐに呼び出して。単刀直入に言う。お金を貸してくれないか?」
時間的な猶予はあまりない。素直に助けを要請する。
「何に使うのか聞きたいところだけど、きっと審議についてだよね。となると、僕が干渉しない方が良さそうか。
良いよ、どれくらい欲しい?」
「良いのか?足りないのは少しだけだから1万もあれば大丈夫だ。」
まさか、貸してもらえるとは。言ってみるものだな。
「じゃあ、ポイントを送るね。」
端末を確認すると、1万ポイントが送られてきていた。
「返済は急かさないから、そうだね、再来月までに返してくれれば良いよ。厳しいようならお金での返済じゃなくて
貸しってことにしてもいいけど。」
「いや、大丈夫だ。来月までに返せないのが情けないが、再来月までには返す。」
「了解、じゃあ僕はもう帰るね。」
そう言って木之原は帰っていった。さて、準備を続けないとな。
時刻は3時40分過ぎ。放課後を迎えた特別棟はいつにも増して蒸し暑い。 手筈通りに事が進んでいれば、もうすぐ待ち人がやってくるはずだ。そして程なくしてCクラスの男子が3人やってきた。櫛田に誘われ、嬉しそうな表情を見せるかと思ったが、どこか緊張しているような顔をしている。何故だ?
その後ろから大柄な黒人の生徒とそれを引き連れる紫がかった髪をした生徒がやってきた。
「面白れぇショーが見れると聞いて来たが、なるほど、そういうことか。」
紫髪の生徒が設置したカメラを見ながら、そう言う。
見れると聞いて来た?どういうことだ?
「お前がこのショーの仕掛け人か?」
俺にそう尋ねてくる。
「生憎と何のことか分からないな。」
「ククッ、とぼける必要は無い、ただ...そうだな。この暑い中、ご苦労様とだけ言っておくか。良い道化っぷりだ。だが…策を考えたのはお前か、堀北って女か。不良品のDクラスにしちゃ見どころがある。」
その男は笑いながら、見るものは見たとばかりに踵を返す。そして命じる。
「おい、お前ら帰るぞ。」
Cクラスの生徒は逆らえないようで、駆け足でその生徒の下に近づいて行った。
どうやらオレの行動は読まれていたらしいな。
恐らく情報を流したのは木之原か。作戦は失敗だ。
やはり勝利するためには情報も資金も足りないな。冷徹な思考が加速する。どうすれば勝利できるのか。
いや、オレはもうそれにこだわる必要はない、そのはずだ。