ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ   作:スカビオサ

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20話(誕生日)

「それで私に相談を?」

「うん、誕生日ってことは知ってたし、考えてはいたんだけど、あくまで友達って事で、そこまで重くないような消えものにしようかなと思っていたから」

 

お菓子とか、あとは果物が好きって言ってたからフルーツ系もありだと思ってた。勿論、単に果物だとお見舞いかってなるから、フルーツ系の菓子だけど。

 

僕は夜、網倉さんと通話をしていた。決して付き合って、早々の浮気とかではなく、7月20日に迫る帆波さんの誕生日に備えてのものだ。

 

「帆波さん、何が欲しいとかそういうこと言ってなかった?」

「うーん、そういうのは言ってなかったかな。そもそも無欲な方だろうし。それに私達のクラスはAクラスで卒業するために木之原君にプライベートポイントの8割を託してるじゃん?普段生活する分には困らないんだけど、プレゼントを買うとなると高価な物は買えないよね」

 

それは盲点だったな。高校生なら月に2万近くあれば、家賃も光熱費も水道代も通信費も、その他諸々無料なのだし、余裕だと考えていたが、交友関係が多いとそういう問題もあるか。

 

「徴収金額を減らすべきかな?」

 

現状、戦略に使う分には十分あるし、問題があるなら変更してもいい。

 

「それが悪いってことはないんだけどね、クラスのみんなはAクラスのまま、卒業する事を第一に考えてる。どんな進路ですら叶うチケットなんて、普通はあり得ない訳で、人によっては全財産を賭けてでも欲しい物だろうし。だから、そこまで我慢してる意識は無いよ。それにクラス内でのプレゼントのやり取りは、あまり高価じゃないものでって認識で一致してるし。将来、出世した時のお楽しみってみんなで話してるよ」

 

クラス内の意識は今も高いままだ。特別大きな出来事も無く、気が緩むかなと思ったが、無理なくAクラス卒業に向けて努力できているように感じる。仲良しクラス、そう揶揄したこともあった気はするが、みんなで一丸となって努力することを楽しめる人間が多いのは集団として強力だと改めて感じた。何事も一人より二人の方が勇気もやる気も出るものだ。夏休み前という事もあり、みんなでジムの無料会員に登録したり、勉強会を定期開催するようにしたり、帆波さんを中心として、クラスの絆は強固になっている。

思考が脱線したな。

 

「つまり、恋人とはいえ、そう凝ったものを渡さなくても良いって事?」

「そういう訳じゃないけど、単に高価なものを上げるってのは違うんじゃないかなと思う。それよりは1日デートして紳士的にエスコートしてあげるとか、恋人だからできる事をした方が嬉しいんじゃないかな」

 

なるほどな、恋人だからできることか。

 

「ありがとう、参考になったよ。けど1日デートなんてして大丈夫?帆波さんの誕生日会やるって話じゃ無かった?」

「元々は20日にやるつもりだったけどね、21日にずらしたんだよ。理由は分かるよね…?」

 

早速気を遣わせていたみたいだ。

 

「ごめん、ありがとう」

「謝罪される事じゃないよ、それにそろそろかなとは思ってたし」

 

最後の方が聞き取れなかった。

 

「えっと、何て?」

「ううん、何でもない。気にしないで。折角のデートなんだし、楽しんで、そして楽しませてあげてね?」

「最善は尽くすよ、ありがとう。じゃあね」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

そうして通話を切り上げた。まだ20日まで数日はある。ちゃんとプランを練らないとな。

といっても経験が無い。かと言ってすぐに頼れるデートのプロみたいなのは友達に居ないんだよね。

インターネット大先生に教えを乞いますか。

 

 

 

 

 

7月20日 午前9時

 

僕は帆波さんの部屋の前に立っていた。今まで何度も二人きりになることはあったし、何なら誘われて出掛けたこともあったのだが、恋人のデートだと考えると、普段とは違って緊張してくるものだ。

今日は自分なりに気合は入れている。髪もセットしてるし、服もちゃんと神崎君や柴田君と選びに行ったやつだ。

 

インターホンを押す。

特有の音が空間に響き渡る。すると、思いのほか、すぐに扉は開いた。

 

「おはよう!今日は楽しみにしてるよ!」

 

いつも通りの元気な第一声と共に、シトラス系の香りが広がる。慣れた匂いの筈なのに、どこかドキドキする。

 

「うん、おはよう。それと誕生日おめでとう」

 

また後で祝うことになるが、一度お祝いしておく。

 

「うん、ありがとう」

「じゃあ、行こうか。帆波さん」

 

そう言って手を差し出す。一先ず恋人つなぎと言うやつを試してみる。最初のデートだからな。

意図は分かってくれたようで手を繋いでくれた。何と言うか…

 

「どうしたの?」

「いや、手、小さいなと思ってさ。日頃、女性の手を握る事なんて無いから、違和感があって」

 

それに角ばってもいないから、触れてて心地いいというか…これは相手による気はするが。

 

「にゃはは、何だか恥ずかしいな。葵君の手は思ったより、がっしりしてる感じだよね」

「一応、鍛えてるからね、そう言えば帆波さんもジムに行ってるんだよね?もし良かったら、いつか一緒に行く?」

「うん、体育祭もあるからね、運動には自信が無いけど、私も頑張らないと」

 

喋りながらエレベーターに乗り込む。すると中には人がいた。見たことはないな。他クラスだろうか。

流石に他に人がいる前で手を繋いでるのは良くないかと手を離す。

 

「あっ」

 

悲しそうにするの止めて...やっぱり天然なのか分かんないけどあざといところあるよね。

エレベーターから出ると、再度手を繋ぎなおし、寮から出る。

 

目的地は映画館だ。定番過ぎて陳腐かもしれないが、王道には王道の良さがある。上映後はご飯を食べ、ケヤキモールでショッピング、夜は部屋に招いて、ご飯を食べ、そこでプレゼントを渡すと言った感じだ。

 

映画館は見るものも決まっていて、分かりやすい恋愛ものだ。普段は恋愛要素が多い作品は見ないのだが、折角の初デートなのだし、そういう要素に寄っている方が良いのかなとチョイスした。勿論、これについては本人にちゃんと確認している。興味が無いものを見せられても困るだろうからね。

 

「普段は映画って見る?」

「うーん、あんまり見ないかな。最近は忙しいし、この学校に入るまでは、映画に使うお金も勿体なかったから。葵君は見るの?」

「いや、僕もそこまで見ない。映像作品よりも小説みたいな形式の方が多いかな」

「でも今日は映画なんだ。しかも恋愛ものだし。私は楽しみだけど、葵君が好みのジャンルではないよね?」

「確かにね。でも良いんだ。内容をないがしろにするつもりは無いんだけど、帆波さんと映画館デートをするってことの方が僕には重要だからね。この学校には色々な施設がある。だから、これからも二人で色々な経験をしていけたらいいなって思ってるよ」

 

我ながら気取った台詞だが、今回はそういうコンセプトでもあるからな、許しておくれ。

そんなこんなで話をしながら歩いていると、映画館に到着した。

チケットは事前に端末で購入してある。ポップコーンやソフトドリンクを購入し、シアターへと入場した。

 

 

 

 

 

「良かったよう…」

 

めっちゃ泣いてる。普段、恋愛映画を見ない僕だが、確かにこれは良いと思える作品だった。しかし、ここまで泣くのか。

 

「二人が結ばれて良かった…」

 

作品の内容は分かりやすく言えば、辛い過去を抱える少女を、少年が支え、二人三脚で困難に立ち向かっていくような話だ。

自身の過去故に、苦しみながら少年を突き放す少女、少女に突き放され、一時は落ち込み、葛藤するも周囲の助けもあり、立ち上がり、少女と共にあることを決心する少年。物語の山場が感情豊かに表現されていて、原作も読みたい、そう素直に思える出来だった。

帆波さんも少し落ち着いたのか、カフェで注文したココアを飲み始めた。

 

「ごめんね、ずっと泣いてて」

「いや、良いよ。実際、僕も感動したし。映画館でも泣いてる人いっぱいいたからね」

「私、少し自分と重ねちゃって。もちろん、内容は全くと言っていいほど違うんだけど、それでも私も同じように葵君に支えられてきたなあと思うと…」

 

作品の概要は知らないまま、映画を選んだから、意図的という事も無いし、もっと言えば、展開も僕たちとは全く異なるが、確かに重なるところはあるのかもな。

 

「ねえ、葵君は私とずっと一緒にいてくれるよね?」

「いるよ。例え過去にどんなことがあろうと、結末はハッピーエンドに限るからね」

 

過去に辛いことがあればこそ、その終わりは幸せであるべきだ。

 

 

 

 

それからはカフェで軽くご飯を食べ、ショッピングを楽しんだ。普段は買い物をするにしても、必要なものを事前に決めて、最短で購入し、帰宅するタイプなので、買い物を楽しむという発想自体、縁遠いものであったが、結局は誰と買い物をするか、なのだなと実感した。とても楽しい時間だった。化粧品の店なんて立ち寄ることも無かったからな。自分一人じゃ知ることのできない、体験しようとも思わない経験を出来ることはとても貴重だ。

 

 

 

 

 

そうして夜、僕は自室で手料理をふるまった。とは言っても、そこまで大層な腕でもないが。因みにケーキは市販だ。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったー」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

食器は流しに一旦、置いておく。時間を見ると、もうすぐで20時になる。あまり悠長にもしていられないからな。一応、男の部屋に女性が来るのは問題なかったはずだが、生徒会に属する身、ある程度、風紀を守る姿勢を見せることも必要だ。

 

「今日はありがとう。とっても楽しかったよ」

 

満面の笑みで言ってくれる。それなら自分なりに頑張った甲斐もあったな。

 

「こちらこそ楽しかった。最後にプレゼントがあるんだ」

「えっ、本当?私としては色々買ってもらっちゃったし、申し訳ないぐらいなんだけどなー」

 

今日のデートは全て奢ったからね。普段、山菜定食で切り詰めている甲斐はあったよ。

 

「一つ目はこれ、付き合う前に考えていたものだから恋人へのプレゼントとしては適切じゃないかもしれないけど」

 

そう前置きして、包装してある箱を渡す。

 

「これはフルーツクッキーだよ。果物が好きって聞いてたから、それっぽいものを用意しようかなって」

「折角の包装だから、後で確認させてもらうね。ありがとう!」

「それで一つ目ってことは、二つ目もあるの?」

 

単なる疑問を聞くように尋ねてくる。

このチョイスが正しいのかは分からなかったし、今でも不安なのだが、仕方ないか。

そうして僕はあるものを彼女に手渡す。

 

「これはルームキー?」

「うん、僕の部屋の合鍵だね、恋人らしいプレゼントを用意したかったんだけど、クラスのみんなに我慢を強いてる分、あまり高価なアクセサリーとかは買えなくてさ。色々と考えたんだけど、思いつかなくて、これに…しました。勿論、来年だったり、記念日には一緒にペアリングだったりとか、買えたらいいなとは思ってるけど…」

「嬉しいよ。ありがとう。これからはいつでも会いたい時に、葵君に会いに行って良いってことだよね?」

「うん。そう思ってくれれば良い。いつでも待ってるよ」

「えへへ、嬉しいな。じゃあ、明日もまた来るね」

「明日は網倉さん達と誕生日パーティーするんじゃなかった?」

「うん、でもそれ以外なら時間は空いてるからさ。それに使ってみたいし」

 

そんな子供みたいな…でも喜んでくれて良かった。

 

「分かった。なら待ってるよ」

「うん、じゃあ、そろそろ帰るね」

 

帆波さんは荷物を持って、扉の前に行く。

 

「帆波さんの部屋まで送るよ、荷物も持つよ」

「ありがとう」

 

玄関を出て、扉を閉めようとしたが、生憎と手が塞がっていた。

 

「任せて」

 

そう言うと、帆波さんが自分のキーで施錠をした。

 

「早速、使っちゃったね。何だか、これだけの事なのにすごく嬉しいな」

 

守りたいこの笑顔。

ふと、考える。誕生日という日は彼女にとってどうだったのだろうと。妹の誕生日プレゼントが起点となり、彼女は罪を犯した。

母子家庭でもあった、誕生日に満足なプレゼントを貰った覚えもないだろう。彼女は出来た人間だ、不満に思うことも無かったかもしれない。だから、これは妄想だ、仮に誕生日という日が彼女にとって、そこまで良いものでは無かったかもしれないなどと言うのは。

では、今日はどうだっただろうか?今、気付いてもどうにもならないが、もっと彼女のために出来ることは無かっただろうか?

来年こそはもっと。今はこれだけ。

 

「ねえ、帆波さん」

「うん?なあに?」

「生まれてきてくれてありがとう。君に会えて本当に良かった」

「にゃ!?急に恥ずかしいことを言うんだからもう!」

 

小突いてくる。それを笑いながら受け流す。

 

精一杯の祝福を君に。

 

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