ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ   作:スカビオサ

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26話(罠)

金田悟の心境はただ一言では表せぬ複雑なものであった。

龍園氏が警戒しろと言っていた木之原葵、その人を弁論にて退け、他クラスの男子に囲まれるという危機を乗り越えた。自身の身体能力には全く自信がなく、たとえ暴力行為が行われないと分かっていても、先程の状況は生きた心地がしなかった。その解放感からか、地に足がついていないような奇妙な高揚を感じていた。とは言え、龍園氏に報告できる成果があると言うわけでは無い。やはり、1、2日でリーダーを特定するには至らなかった。それにこの段階でAクラスから追い出されるのは予想外だった。その件も含め、指示を仰がねばならない。Cクラスは1人の王によって支配されている。勝手に動いて失敗したとなれば、容易く今の地位は失われるだろう。

 

周囲を警戒しながら、目的の木に到着する。

耳を澄ませ、誰かが追ってきていないことを確認する。何かが動いた音はしない。視界にも誰も映っていない。

安堵しつつ、それでも警戒しながら、木の根元を掘り出し、ビニールに包まれた懐中電灯と無線機を取り出した。

 

無線機を手に持った所で、

カシャ!

閃光が走る。

 

誰もいなかったはず、そう思いながら、光った方向を反射的に振り向く。

 

上、樹上だと。

呆然としていると上から人影が降ってきた。

 

「着地ヨシっと。うん、綺麗に撮れてるな」

 

その人影、柴田颯はデジカメの画面を確認しながら、そう呟いた。

 

「なぜ、ここに人が?」

 

思考が回らない。読まれていた?

目の前にいる人物、柴田は息を大きく吸うと、声を張り上げた。

 

「来てくれー!!!」

 

その声を合図に多くの音が動き出す。

思考がまとまらず、呆けていた間に周囲は囲まれていた。先ほどの男子だけじゃなく、ベースキャンプに残っていた女子生徒もいる。

1人が代表するように前へと出る。

 

「やあ、金田君。一応聞いておくけど、弁明ある?」

 

木之原葵だ。何故ここに?いや、どうでも良い。何か話さなければ…!

 

「弁明は…弁明は…」

「もう急に走らせて何よー、元気なのは良いけど、年上を労ってくれる?若くないのよ、もう…はあ…」

 

遅れて1人やってくる。息が上がってるのが見て取れる。確か、Aクラスの担任だったか。

 

「ああ、先生、お疲れ様です。状況分かります?」

「先生、今来たばかりなんだけど?えっと、君は…?」

 

こちらを凝視してくる。

 

「Cクラスの金田君だったかしら、確かクラスを追い出されたとかでうちに来てたわよね。それで手に無線機を持ってると…なるほど、スパイだったのね」

 

察しが良過ぎる。すぐさま、無線機から手を離す。意味など最早無いと分かってはいたが。

 

「と言う訳です。この契約書に従い、金田君が略奪行為を行なったものとして、Cクラスの失格と金田君のプライベートポイントの全没収を要求します」

「なっ…」

 

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい

 

「待って!待ってください!お願い!待って!」

 

土下座をして懇願する。

 

「それだけは、それだけは辞めてください!もし龍園氏にバレたら、私は殺されてしまう!」

「確かに彼は人1人ぐらい殺しててもおかしく無い雰囲気を纏ってるけどさ、殺す訳ないじゃん」

 

最早慈悲を乞うしかない。

 

「お願いします、お願いします、ここで失敗したとバレたらクラスに私の居場所は無くなってしまう!」

 

這いつくばって願い続ける。数度頭を地面に擦り付けた後、強制的に顔が引き上げられた。

 

「仕方ないなあ、なら許してあげよう」

 

満面の笑みでこちらを見ている。身振り手振りからこの状況を楽しんでいるのが伝わってくる。

 

「ただし、条件付きでね」

 

悪魔のような笑みだ。私はこの時、自分如きでは敵わない存在を知った。

 

 

 

 

 

<木之原視点>

 

「条件はこれで良いのね?」

 

星之宮先生が確認してくる。

僕が先生に提示した契約書はこうだ。

 

金田悟がAクラスに対して行なった略奪行為を不問とする代わりに、金田悟は木之原葵が指定した特別試験1回において、自身の知りうる情報を全て木之原葵に流さなければならない。木之原葵からの要請がある場合、情報を探ることも求められる。また誤情報を流した場合、金田悟は自主退学する。この契約について他者に伝達することを禁ずる。

 

文はこのままではないが、ざっくりこんな感じだ。誤情報について細かい条項があるが、あくまで意図的な誤情報の伝達により、こちらのクラスに損害を与えた場合に、自主退学するというだけで、金田君自体が誤情報だと思っていない場合は、その真偽の精査は出来ないため、情報の真贋を見極める必要は存在する。そういう意味でも、可能なら次の試験で使いたい権利だ。龍園君にバレて、逆利用されたら、たまったものじゃないからな。

 

じゃあ、何故そんな危険性がある権利のために、Cクラス失格の権利を手放したのかと言う話だが、昨日のCクラスの状態から考えて、彼は、この試験でクラスポイントを取りに来ていないと分かった。つまり失格にしたところで、与えられる損失は限られているということだ。

 

契約書にサインをしていく。金田君にも渡す。

彼は酷い表情をしている。まあ、内通を強制される契約だからね。

彼は震える腕で名前を書いていく。後悔など色々な感情が渦巻いているのだろう。つい先程の得意げな顔は何処へやらといった感じだ。

金田君は今回の試験でやって欲しいことは無いので、リタイアしてもらうことにした。命令権は無いが、逆らう気は無かったみたいだ。

 

金田君のリタイアを見送っていると、後ろから声を掛けられた。

 

「どこまで読んでいたんだ?」

 

神崎君が真剣な顔で尋ねてくる。彼には今回、殆ど説明しなかったからな。神崎君もAクラスのリーダー格として名が売れている。故に神崎君が自然体であることが相手を騙す確率を上げるには必要だと考えた。別に嘘が付けないタイプってわけじゃないけど。

 

「全て読み切っていた訳じゃない。保険が上手く機能しただけだよ。それと敢えて黙っていて、ごめん」

「確かに思う所が無いわけじゃないが、必要な事だったんだろう。気にしなくていい」

 

そう言ってくれると助かるな。友達に嫌われたくはない。

 

「前からお前に並べるように、追いつけるように自分なりに努力を重ねてきたつもりだ。だが、追いつける気がしないな」

「向き不向きでしか無いと思うよ。身体能力で言えば、神崎君の方が優れているし、僕はこういうズルとかするのが好きなだけさ。龍園君も同じタイプだから深度はともかく打ってくる手はある程度読める。でも即興で対処するのは苦手だから、先に手を打っておく、やってるのはそれだけだよ」

「もしよければ木之原の思考の仕方を教えてくれないか?」

 

そんな大層なものでもないんだけど…

 

「分かった、そんなんで良ければ」

 

そもそもどんな場合であれ、スパイを送り込むという手段はありふれたものだ。普通なら追い返すだけだが、情に訴えられると面倒でもあった。僕たちは結局、ただの学生だ。敵だとは言え、そこまで冷徹になることは難しい。だから、スパイじゃないなら、契約できるよね?とスパイ行為をしたら食料の提供を金田君の略奪行為と見做す、そういう契約をするように迫った。この時点で金田君の選択肢は実質1つ。契約をしないか、それともするかの2択のように思えるが、しない場合は金田君はリーダーを探ることが出来ない。そのため、金田君は契約に乗るしかない。それに、乗らないならこっちは大義名分を持ってスパイを弾ける。契約にサインしないことは自身がスパイだと白状するようなものだからだ。

 

この契約のポイントはペナルティの発動条件に穴を作ることだ。スパイ行為をしたら、と言っているが、その証明のためには証言だけでなく、物的証拠が必要となる。それをこの無人島の環境で用意することは難しい。デジカメはあるが、それを用意するにもポイントは必要になる。必要な時にデジカメが手元にある可能性は低いだろう。また、実際にスパイ行為をしていると思われる場面を撮影するのも困難だ。そのような点から、金田君は、バレないように連絡をすれば良いだけと考え、契約に乗ってくると想定できる。契約があくまで即興の物であると強調出来れば、さらに良い。もし、最初から契約書を用意していたら、流石に怪しまれていただろう。

 

後は場所とタイミングだ。

場所は無線機を隠すなら、森の中でも分かりやすい目印がある場所に限られる。かつ、僕たちのベースキャンプから近い位置になるだろう。連絡のため抜け出すにしても、長距離だと不在の時間から怪しまれるし、場所が分からなくなる恐れがある。金田君を見つけた場所を起点に捜索し、地面から無線機を見つけることが出来た。掘り起こしたものは元に戻しておく。

 

次はタイミングだ。これについては2つ考えられる。

1つ目はリーダーを伝える報告だ。これを誘発するのは簡単で、リーダーを敢えて露見させれば良い。しかし、それ自体がリスクでもあるし、他クラスの生徒を警戒せず、初日、あるいは2日目からリーダーが露見するなんて怪しすぎるだろう。龍園君なら疑ってくるはずだ。それにどのタイミングで連絡するかも読めない。やるなら最終日近くになるが、そこまで引き伸ばすと、こちらの意図しないタイミングでリーダーが露見する可能性がある。そうなると、この場合でも報告のタイミングはコントロール出来ない。つまり、この案は無しだ。

 

2つ目は龍園君に連絡しないといけない緊急事態を作り出すことだ。それこそが今回の案に当たる。

スパイだと殆ど見抜かれ、リーダーを探ることが出来なかった。どうすれば良いか?そう連絡させればいい。

龍園君が0ポイント作戦を行った時点で大量リタイアをすることは確定していた。Cクラスは1週間も滞在する気は無いことなど、ベースキャンプを見れば分かる。ならばCクラスが大量にリタイアしたタイミングでリタイアを迫ればいい。それで普通にリタイアするならそれでもいい。Cクラスのリーダー候補を1人消しながら、スパイを排除することが出来る。スパイを排除できれば、スポットの占有に力を入れやすくもなるだろう。また金田君が実はリーダーだった場合、仮病でのリタイアは認められないことから、Cクラスのリーダーを判明させられる。だからこっちでも良かった。

 

実際は逃亡し、リタイアしない方を選んだわけだが。

勿論、連絡するかも賭けだった部分はある。しかし、有利な賭けではあると思っている。Cクラスは龍園君が恐怖によって独裁政権を築いている。つまり何を成すにも龍園君が起点なのだ。トップの指示が全てであり、勝手に動けば粛清される恐怖に怯えることとなる。そのため、指示を仰ぐ可能性は十分にあった。連絡をすぐ行うか、どうかだが、金田君は物資を持っておらず、当然食料も水も無い。つまり、時間は彼にとっての敵なのだ。そのため、連絡するなら、すぐに連絡することになる。なら後は待ち伏せるだけだ。警戒心を発揮して、周囲の物音や人影に敏感にはなるだろうが、樹上まで気にすることは難しいだろう。あとは写真を取って証拠をゲット、これで嵌めることが出来る。念のため、先生も呼び、信頼のおける第三者に保証してもらう。

 

「ざっとこんな感じかな。どうかな?少し恥ずかしいんだけど」

「お前の戦略が何となくわかった気がする。確かによく言ってるように、展開を想定して対処しているだけではあるのか。展開を予想し、逃げ道は、今回であれば、契約という飛び道具で潰しておく。どのルートを取っても損はしないように組み立てる。だが言えば簡単だが出来る自信は無いな。感謝する。迷いが晴れた。俺は俺のやり方で成長するべきだと分かった」

 

初めての友達だ。彼の力になれたのなら純粋に喜ばしい。

次はどうしようか?Dの伊吹さんには同じ手は使えない。残念だが放置しかないか。

 

「取り敢えずベースキャンプに戻ろうか。僕も少し疲れたから休みたい」

「そうだな、俺たちが話している間に皆はもう戻ったようだからな。俺たちも戻ろう」

 

 

 

 

 

4日目、5日目と僕たちAクラスの無人島試験は順調に進んだ。特に大きな問題も無く、スポット占有についても無理はせずに、少し量を増やしていった。スポットについては見る限り、Bクラスが精力的に動いているらしい。

ベースキャンプは洞窟にあるという事を聞いた時は葛城君らしいと感じたものだが、この動きは、彼らしくないな。やはり坂柳さんと差を付ける良い機会だと考えているのだろう。変にヘマをしなければ良いが。

それと朗報があった。偵察に出ていたメンバーからCクラスが龍園君と伊吹さんを除いて全員がリタイアしたとのことだ。つまりリーダーはその二人のどちらかに絞られた。

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