ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ   作:スカビオサ

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4巻(船上試験)
28話(初めて)


8月8日 豪華客船

 

僕は人気の少ない個室レストランで相手を待っていた。密談にはぴったりの場所だ。

入口の方から足音が聞こえる。どうやら来たらしい。

 

「すまん、待たせちまったか?」

「そんなに待ってないから気にしないで、橋本君」

 

やって来たのは、Bクラスの蝙蝠、橋本君だ。

 

「取り敢えず、何か頼むか?」

「いや、まずはやる事を済ませてからにしよう。端末を出して貰える?」

「おう、良いぜ」

 

橋本君は嬉しそうに端末を出してくる。

 

「じゃあ送金するね」

 

僕は自身の端末を操作する。

 

「どうかな、送れたと思うんだけど」

 

橋本君は自身の端末を確認する。

 

「ああ、問題ないぜ。400万きっちり送られてる」

「よし、じゃあ普通にご飯でも食べようか」

 

そういって注文をしていく。この店はステーキがオススメらしい。ずっと無人島で貧しい食事だったからな、かなり楽しみだ。

 

「全くサラッとしてるよな、流石Aクラスのリーダー様は肝の座り方が違うな」

 

緊張してるのも馬鹿らしくなったのか、雰囲気を緩めながら話してくる。

 

「嫌味かい?それに400万は大金だって自覚はあるさ。ただ使わなきゃ、どんな大金だって意味は無い」

「この作戦を立てたのが木之原でなければ、嫌味かもな。まあ、取引相手の財布の紐が緩いのは俺としちゃ歓迎だ。もっと頼ってくれて良いんだぜ?」

 

欲張りだな。まあ、2000万貯めれば、上がりだしな。

このやり方を目指す以上、早く貯めたくもなるか。

 

「今後の試験によっては頼ることにもなると思う。安心して待ってると良いよ」

「おう、そりゃ楽しみだ」

 

彼は利用価値がある。出来るだけ仲良くなっておきたい。裏切者ほど厄介なものはいない。

こうして打算だらけの食事会は続いていく。

 

 

 

 

 

8月9日

 

今日は帆波さんと船内を巡る約束をしていた。

7日に客船へと戻ったが、その日は疲れから爆睡していたし、8日は逆に前日の睡眠時間が長すぎて、昼まで調子が上がらなかった。それに少しトラブルもあったからな。まともに活動するのは今日からということになるだろう。

 

この豪華客船は一流のレストラン、シアター、高級スパなど多くの施設が備えられており、どれも無料で利用することができる。寝てばかりでそれらを利用する時間が少なくなってしまったのは少しばかり後悔している。今後、2度と無い機会だろうからな。

 

集合は昼からで船内の高級レストランで食事をする予定だ。

どうやらフレンチで有名らしいのだが、正直、高級店でのマナーなんて知らないので不安だ。神崎君は実家がお金持ちで、そういったマナーも一通りは修めているらしく、ある程度教えてもらったが、食べながら色々と気にして、料理を美味しく頂けるものか疑問だ。料理を美味しく食べる方が大切なんじゃないか?

 

急に視界が闇に閉ざされる。誰かに目を塞がれたみたいだ。

 

「だーれだ?」

 

聞きなれた声が聞こえる。こういう時ってどうすれば良いんだろうね。正解を言えば良いのかな?でもそれって何がおもろいん?って感じだし。ふざけて、可愛い可愛い僕の彼女かな?とでも言ってやろうかと思ったが、言葉に出したら本当に死にかねないデスワードなので止めておいた。そんな言葉を発したら、黒歴史に追加確定だ。

 

「帆波さんは元気だね」

 

無難に返す。

 

「正解!そりゃそうだよ。だって今日のデート楽しみにしてたから…ね!」

 

彼女の純真っぷりを見ると自分が恥ずかしくなるな。そもそも彼女と釣り合う男なんてそうそういない気もするが。

 

「よし、行こ!」

 

当たり前のように腕を組んでくる。ここまでは僕もいけるが、それ以上は中々難しい。

どうやら雰囲気とか、そういうのも必要らしいし、僕には分からないことだらけだ。

二人で船内を歩いていると、遠巻きに見てくる視線が気になってくる。時刻も昼食時だし、レストランが並んでいるフロアには人も多い。やっぱり恥ずかしいな。

 

ちらっと帆波さんの方を見る。少し顔が紅潮しているのが見て取れた。

視線が合う。

 

「ふふ、周りの人からいっぱい見られてるね」

「だね、少し恥ずかしいかも」

「私も。だけど、必要なことだからね。アピールしないと」

 

彼女がこうしているのはこの関係を周囲に広めるためらしい。元々は人前で特別いちゃつく方でも無いし、周囲から茶化されて、唆されてようやくという感じだが、そうは言ってられない出来事があったらしい。完全に勘違いなのだが。

 

「昨日のことなら誤解だからね。椎名さんとは友達でしかないし。そもそも彼女、若干天然なところあるからさ」

 

昨日のこと、というのは僕が客室で寝ていたら、そこに椎名さんがやって来て、一緒に舞台に行かないかと誘ってきたことだ。

椎名さんとの話題で出た小説の演劇が行われるらしく、それを見ないかというお誘いだった。端末で連絡をしたらしいのだが、寝てたから気づかず、客室の方に来たらしい。

客室は他の男子と共用であるため、すぐに話が帆波さんに伝わったという訳だ。因みに断った。流石に付き合い立てでこれは不味いかなって。

 

「もちろん、信じてるし、分かってるんだけどね。でも少し怖くなっちゃってさ。葵君が活躍するようになって、クラスだけじゃなく、クラス外からも人気になってたから」

 

それは初耳だ。流石にそんなことないと思うのだが。本人が知らないんだし。

 

「クラス外なんて殆ど関わりないけどね」

「それでも気になるって子はいるものだよ。今だから言うんだけど、私も相談受けたことあったんだー。葵君って何が好きなの?とか趣味は?とかね。最初は葵君も隅に置けないなーとか思ってたんだけど、次第に取られたくないって思っちゃって。ちょっと重い女かも、ごめんね」

「そんなんで重いなんて思わないよ。もっと重くても気にならないぐらい」

 

これは本心だ。もっと我儘になっても、愛嬌だろう。

 

「そう?じゃあ、これからは四六時中、一緒にいるね」

 

さらっとやばいことを言う。

 

「あはは、面白い冗談だね」 

「ええー、ダメ?」

 

彼女も断られるなんて分かりきってたとばかりに笑いながら返す。それにそもそも帆波さんだって嫌でしょ。

 

「じゃあ、代わりに…明日もデートしよ?」

「それくらいなら構わないけど、友達から誘われてたりしない?帆波さんなら引く手数多でしょ」

 

クラス外の子とも最近は仲良くしてるからな。

 

「うん、でも期間は1週間もあるからね。今は葵君と一緒に居たい」

試験ありそうだけどね…無いなら無いでゆっくり出来るメリットもあるか。

 

「何というか積極的になったね…」

「葵君がそういうこと言わなすぎるだけだよ。私はもっと言って欲しいのになあ」

 

物欲しそうな顔でこちらを見てくる。

 

「なんて言って欲しいのさ」

「もう、女心が分かってないなあ、そういうのは自分で考えて!」

 

難しい…どうすれば良いんだ。

「ほら、早く!」

「えっと…好きだよ。…とか?」

「う、うん…そういうのもっと欲しいかも」

 

—————————

ハッ!意識が飛んでた!?

ダメだ、火力が強すぎる。

そうこうしているうちに目的の場所に着いた。

内装は高級感を漂わせるも、品のある作りになっていた。ここの料理が無料って相当だな。雰囲気に気圧されながら、入る。

 

「高級って感じだねえ」

「うん、こんなところ初めて来たよ」

「マナーとか大丈夫かな?ドレスコードとかは無いからありがたいけど」

 

学生だからね、修学旅行みたいなもんだし、制服で大丈夫なのは助かる。

 

「僕も一応神崎君に教えてもらったんだけどね、付け焼き刃だから不安だな」

「騒がしくしなければ大丈夫ですよ、周りも全て学生ですし、そこまで気にされる事はないかと」

 

スタッフの方が声を掛けてくれる。洗練された所作だ。

 

「では、お席の方、ご案内致しますね」

 

そうして席に座る。海が一望できる良い席だ。

 

「では、注文が決まりましたら、手を挙げてお知らせください」

 

そう言ってメニューを置いていく。

メニューを見てみるが、何の料理だ?というレベルだ。料理名を見ても何か分からない。しまった。マナーのことばかりで、どういう料理なのかを調べてこなかった。気が抜けているな、こんなミスをするとは。

 

「帆波さん、どういう料理かって分かる?」

 

特別格好つける体面もないので素直に聞く。

 

「ごめん、私もさっぱりかも」

 

ウェイターを呼ぶか。学生だって分かってるだろうし、問題無いだろう。その後はウェイターから説明を受け、良さげなコースを選んだ。マナーもそうだが、何より待ち時間が長い。帆波さんだから良かったが、対して仲が良く無い人ときたら地獄だな。味は美味しかった。だが、もう満足かな。

 

「美味しかったね」

「うん、ただ、どっと疲れたよ」

「だねー、私も。もっと気楽に食べれるところの方が良いかも」

「夜はそうしよっか、まあ良い経験だったということで」

「そうだね、何せ無料だからね」 

 

その点は本当にありがたい。

 

「次はどうする?」

「プールとか行ってみる?確か水着も貸し出してるはず」

「プールか…行きたい?」

「行きたい?って、どうしてもって程じゃないけど、嫌だった?」

「嫌ってわけじゃないんだけど…」

「どうしたの?歯切れ悪いね、普通に水泳の授業では泳いでたよね?」

「うん、いや、気持ち悪いって思われるかもしれないんだけどさ」

「うん?思わないよ?何?」

「彼女のそういう姿をさ、他の人に見られたくないかも」

 

ああ、キモい、でも何故か嫌なんだ。

 

「そっか…ふふっ、嬉しいかも。じゃあ2人きりの時だけだね」

「ごめん。変な独占欲出して」

「良いよ、じゃあ娯楽室にでもいこっか。ダーツとかビリヤードとかあるみたい」

「うん、行こう」

 

ああ、死にたい。

その後はダーツとかで遊んで、夕食を食べた。その後は夜景を見ようという事になり、デッキへと移動していた。

偶然なのか、その時間帯には人は殆どいなかった。

 

「わあ、綺麗だね、学校の中からじゃ、こんな綺麗な星空は見れないよ」

 

夜の海というシチュエーションも相まって、神秘性がさらに増している。夜になると潮風が気持ちいい。

 

「だね、月明かりも良い感じだ」

 

語彙力が無く、良い表現が見つからない。

端末を取り出し、夜空を撮影する。普段は写真を撮らない派なのだが、こういう風景を見ると、つい撮りたくなる。

 

「ねえ、2人で撮らない?」 

「確かに2ショットはあまり無かったかもね」

 

帆波さんを抱き込む形で夜空をバックに1枚の写真に収まる。

その写真を見ながら、彼女は言う。

 

「良い思い出になるね。これからもさ、2人でこういうことしようね」

「うん。じゃあ、戻ろっか」

 

長くここに居るとベタつきそうだ。

 

「もう…」

 

どうやら彼女は戻る気がないらしい。デッキの端から動く気が無いようだ。

何だ?こちらを見て、目を瞑る。

言葉は要らない。

彼女の元へ近づき、抱き寄せる。一度緩めて、手を離し、口付けをした。生まれて初めてのキスは潮っぽい味がした。

 

「大好き」

「僕もだよ」

 

気が済むまで何度でも。

僕たちは求め合った。

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