ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ 作:スカビオサ
「お、おはよう…帆波さん」
「おはよう…」
昨日はあんなことがあったからか、顔を合わせるのも気恥ずかしい。
「昨日はがっつきすぎたかも。ごめん」
今までそういうこと無かったから、慣れてなかったというか雰囲気に流されたというか。
「ううん、嬉しかったし。それに私もそんな感じだったから。それと帆波って昨日は呼んでくれたのに、もう戻しちゃうの?」
うっ…
「分かったよ、帆波」
「ふふ、これで良し。じゃあ行こっか!」
帆波は奇妙な雰囲気を吹き飛ばすように元気良く宣言する。
今日も昼食からのスタートだが、昨日とは違い、カフェで食事を摂ることにした。
豪華客船だとちゃんとしたレストランで食事をする人間も多いのか、カフェには殆ど人がいなかった。
ケヤキモールのカフェはいつも賑わっているからな、カフェと言えば、これくらい閑散としていて落ち着きがある方が良い。
席へと着き、注文をして、料理が届くのを待っていると、珍しい客が襲来した。
横にいる帆波にどいてもらって、席から立つ。
「よお、昼から相変わらずベタベタしてるんだな、木之原」
「龍園君か。ベタベタも何も適切な距離感だよ」
「笑わせるな。俺にくだらないツッコミをさせる気か」
心底不快そうに言う。
2人で食事するなら、普通に対面で座ればいいのに、横に座って来た時は何だ?とはなったけども。
「まあ、それはそうか。で?何の用?」
「橋本に指示を出したのはお前だな?」
「橋本君ね、彼はBクラスでしょ、関係ないよ」
「とぼけるな。一昨日、お前が橋本と接触したのは知ってる」
バレてたのか。これは橋本君が尾行されてたな。でも彼を尾行できるとはやるね。いや、人員を総動員すれば不可能ではないか?
「大げさだな。ただご飯食べてただけだよ」
「お前の証言なんざどうでも良い。葛城なんて雑魚を守って何のつもりだ?」
酷い言い方だな。雑魚ではないでしょ。
「良い人だし、応援したくなるじゃん。それだけだよ。ああ、もしかして君にとって無人島試験の結果は予想外だった?Dクラスのリーダー当ても失敗したみたいだもんね。あんなバレバレのスパイを送り込んでちゃ、仕方も無いけど」
リーダー交代によるスパイの逆利用、スパイを受け入れていたのも、それが理由だろう。動いていたのは綾小路君かな、流石だ。
「吐くわけも無いか。Dの方は良いのさ。あいつらがやったことは単純だ。鈴音じゃねえ何者かが裏に潜んでやがるのは面白いが、それだけだ」
「強がっちゃてさ。リーダー変更なんて、あのルールを見たら真っ先に思いつかなきゃ駄目だよ」
30ポイントの損失を負うだけで、リーダーが当てられる可能性を殆ど0にできるからね。無理なスポット占有だって出来る。
ここは少し龍園君の見積もりを下げたところではあるな。リーダー当てなんて誰がリタイアしたかの消去法でしか、当てられないんだから戦略の軸にするのは間違ってる。
「まあ、良い。次の試験を楽しみにしてるんだな」
彼はアルベルト君と共に帰って行く。僕が同級生の中で警戒しているのは4名。その内の一人だったのだけれど、彼に関しては、底が見えた。彼の真骨頂はルールが無い場での策略、あるいは暴力であり、そこは僕の得意分野ではない。その点については警戒を続けないと足を掬われることになるだろう。でもルールがある戦いなら、瞬発力が要らないなら、僕程度でも想定と対策でどうとでもできてしまう。まあ、僕のやってるのはポイントリードによる力押しでしかないし、龍園君が成長する可能性もあるか。
高度育成高等学校、楽しい場所だ。幸せな出会いもあった。けれどここは天才が集まる場所じゃない。優れた生徒を集めようという気も最初から無い。強いて言えば多様性だ。優等生も劣等生も、真面目も不真面目も取りあえず詰め込んだそんな学校だ。坂柳有栖、高円寺六助、綾小路清隆、彼らなら天才というその条件を満たすかもしれないが、その程度だ。学力に関して言えばだが、僕が属していた中学校にも僕より勉強が出来る子はいた。在籍人数だってそんなに多いわけじゃない。けれど中学時代で高校課程の学習を殆ど終えた、そんな子が普通にいた。彼は毎年、東大へ何十人と送り込んでいる超進学校に進んだらしいが、そんな子と比べたら僕は大したことは無い。それでも入試の首席を取れてしまう。あくまで学力評価でしかないが、この学校は想定していたほどのレベルは無いという事だ。
何が言いたいのか、つまり自戒だ。調子に乗るなと、あんな小さなコミュニティでさえ、僕を超える人間はいた。ここで1番になろうと社会に出てみれば大したことが無い。そんなことは容易に想像できる。努力を止めない。ただでさえ今は守りたいものが出来てしまったのだ。
「ごめんね。面倒な客を呼び込んでしまって」
「だいじょーぶだよ。でもさっきのってどういう話?」
「そうだね、今までは黙っていたけど、帆波には全て話しておくよ。ただ場所が良くないね。ご飯を食べたら移動しよう」
そうして僕たちは早めに軽食を食べ終え、地下4階へと来ていた。
初めて客船に乗り込んだ日にある程度の下調べは終えている。ここなら人はいない。
そうして僕は全てを彼女に共有した。
「という訳なんだけど…あまり好みの策では無いよね、もともと話すつもりもなかったし」
「そうだね、でも強い駒を狙うのは当然だってことも分かる。確かに私が取りたいと思う策では無いけど、有用だとは思うよ。
それに安心して。例え葵君がどんな策を取ろうと、貴方のことが嫌いになったりしないから。ずっと好きでいるから」
言われて今、気づいた。僕もそれを恐れていたのだな。今、言えたのはそうならないと信じられる根拠が自分なりに得られたからか。
昨日のことは僕にとって、かなり大きかったみたいだ。
「ありがとう。だから臨機応変に動く必要がある時は、そういう方針が存在してるってことも頭に入れておいて」
「うん、私はリーダーだからね。任せて」
「よし、じゃあ戻ろうか」
上階へと戻ろうとすると、手を掴まれる。
「ん?どうしたの?」
振り返る。
「ここって誰も来ないんだよね?」
え?うん。
「そうだけど?」
「そっか。ね?昨日の続きしよ?」
あ…はい。
僕たちは10分ぐらい経った後、上層へと上がった。そうして客船内を歩いていると突然携帯からキーンという音がなった。
特徴的なこの音は学校からの指示などの際に送られるメールの受信音であり、マナーモード中でも音がなるようになっていることから重要な連絡であると分かる。といってもそう説明を受けていただけだが。
帆波と顔を合わせ、一緒に携帯を確認しようとする。
すると船内アナウンスが流れた。
『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、お手数ですがお近くの教員まで申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れのないようお願いいたします。繰り返します───』
特別試験、やはり来たか。
「今のメールのことかな?」
「見てみようか」
そうしてメールを見てみると、こう記されていた。
『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合して下さい。10分以上の遅刻をした者にはペナルティを科す場合があります。本日18時までに2階208号室に集合して下さい。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなど済ませた上、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越し下さい』
帆波の方を確認すると20時40分に207号室に集合となっていた。時間と場所だけが異なっていた。全員で協力する試験ではなく、限られたグループで行う試験ということだろうか。
クラスチャットでも連絡が流れてくる。文面はほとんど同じ。パターンは12個。それぞれ時間と場所が異なっているようだ。
パターンをグループとすると、1グループ当たり3から4名と言った感じになる。
「取り敢えず一番早い組の人に情報を共有出来るなら、してもらうように連絡しておこっか」
そう言って帆波はクラスチャットに連絡を送る。
僕も出来る限り内容を暗記するように指示を出しておく。この学校は先生の言葉や環境にヒントが隠されていることが多い。聞き逃したり、見逃すと試験攻略の糸口を失う事にも繋がるからな。
僕たちはそれぞれがやるべきことをするために移動した。