ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ   作:スカビオサ

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4.5巻(夏休み)
34話(深度Ⅱ)


2週間のバカンスから帰って来た僕たち1年生は改めて夏休みを迎えていた。生徒会については改装工事の関係で少し動く必要があるが、概ね休みだし、ゆっくり出来そうだ。今日は早速、午前中を睡眠で潰し、昼からはジムに行っていた。

 

時刻は18時前、まだ日が沈んでいないこの風景に夏を感じる。何となく、夏の日が出ている時間の長さはお得な気分を味わえて好きだ。

夜になると明日が近いような気がして、あの感覚はあまり好きじゃない。

 

夕食をどうしようかなと考えていると、ガチャと玄関の方から音がした。

 

「こんばんはー。お邪魔しまーす」

 

ゆっくりと入ってくる帆波。当然だが鍵を掛けていない訳ではない。

 

「何だか気恥ずかしいね。同棲してるみたいで」

 

彼女には付き合った際に合鍵を渡している。正確には誕生日を祝った際に渡した。その数日後に、僕も帆波の部屋の合鍵を貰ったが、僕がそちらに出向く際に使ったことは無い。

 

付き合った後も終業式の準備など生徒会の業務で忙しく、夏休みに入ってからはすぐにバカンスだったから、部屋でゆっくり過ごすという事はあまり無かった。

 

同棲云々については触れずに答える。

 

「今日はどうしたの?」

「むう…特に用事は無いけど、来ちゃダメだった?一緒に過ごしたいなって思って」

 

押しが強い…

 

「そんなことないよ。夕食は食べた?」

「ううん、良かったら一緒に食べようかなって。もしかして食べちゃった?」

「僕はまだだけど」

 

夕食はいつも遅めだ。早く食べると、寝る前にお腹がすいてしまうからね。

 

「なら良かった。軽くだけど何か作るよ。食材も持ってきたし」

 

そう言って手に持っていたビニール袋を掲げる。それと、もう片方の手に大きめのカバンを提げている。何だろうか?

 

「そっか、ありがとう。じゃあ手伝うよ」

 

ひとまず、ビニール袋を受け取り、食材を出していく。

 

「思ったよりも色々あるね」

「うん、前来た時、冷蔵庫結構余裕あったでしょ。だから、こっちに入れておこうかなと思って。夏休み中は私もこっちでご飯食べようと思うんだ」

 

それは同棲じゃない?え?大丈夫?不純異性交遊で退学にならない?

 

「何と言うか、随分と、ぐいぐい来るようになったね」

 

あまりこういうことをストレートに言うべきじゃないが、極端が過ぎる。

 

「うん、受け入れてもらえるって分かったからね。最初は明確に好きだって言ってくれなかったから、不安で少し我慢してたけど、この前のこともあったし」

 

船上でのことか。僕たちの関係性が一歩進んだ出来事だ。

 

「ちゃんと好きだって思ってくれてるんだって安心したんだ」

 

仕方ないだろ。どう考えても、これだけの美少女に迫られて、好きにならないわけないんだ。元々異性との関わりなんて無いに等しかったし、彼女いない歴=年齢の非モテ男だったんだぞ、こっちは。元々は可能性なんてないと思ってたから自制できてただけだ。

 

すると彼女は調理の準備を止めて僕に抱き着き、首に手を掛けて、グッと引っ張ってくる。顔が触れ合う寸前の距離となったところで問うてくる。

 

「ねえ、私のこと、好き?」

 

ああ、駄目だ、勝てない。

 

「好きだよ」

「ふふ、私も」

 

誰だ。この人を清楚だとか純朴だって言ったやつは。淫魔の類だろう。

悶々とした気持ちを抱えながらも、料理を行い、共に夕食を食べた。

その後は他愛もない話に花を咲かせた。時の流れは速く、あっという間に20時だ。

 

「そろそろ帰った方がいいんじゃないかな」

 

切り出すと、帆波は時間をおいて返答する。

 

「…ねえ、今日は泊って行っちゃダメかな?」

 

少しだけ想定はしていた。そういうこともあるのかなって。でも、まだ早い、心の準備が出来ていない。

 

「僕たちは生徒会役員だよ。確かに女子生徒が男子生徒の階層に夜まで留まることは禁止されていない、けれど模範となるべき人間として、取るべき行動では無いと思う」

 

僕はそう言って、帆波が自室に戻るように誘導する。薄っぺらいことを言ってるなと思う。確かにルールを守ることは大切だ。だけど日頃、ルールの穴を突くことも考慮した戦略を立てる人間が何を言ってるんだって話だ。

 

「家の中にずっと留まっていれば、誰かに見られることも無いよ、だから気にしなくても大丈夫、それともそんなに嫌だった?」

 

冷静そうに見せて、どこか怯えてるような表情だ…ここで断れば、確実に傷つけるだろう、超えられない一線があるにしても、多少は譲歩しないといけないか。

 

「嫌じゃないよ、そうだね、分かった。本当は僕ももう少し話していたいと思ってたんだ」

 

そうして何食わぬ顔で先ほどの話題を持ち出して、会話を続ける。けれど、分かるものは分かるんだ。彼女が求めているものはこうじゃないんだろうなって、本当は僕の方から来て欲しいんだろうなって。取り留めもない会話、けれど時間が経つたびに彼女の瞳は不安げに揺れていく。

 

時刻は21時、僕は自分の思考を落ち着けるためにも、彼女に風呂に入るように促す。最初から泊まる気だったんだろう。大きめのカバンの中には必要なものが入っていて、困ることはなさそうだ。

 

「あー…、どうしてこんな気分になってるんだろうな」

 

遠くから水音がすることを確認してから、そう独りごちる。勘違いで無いのなら喜ばしいことだ。受け入れる、これが正しい。分かってる。

 

ただこれ以上は自分が変質してしまうような、そんな怖さを感じる。もう既に帆波に溺れかけてる、それを自覚してる。変質したら戻ってこれないかもしれない。リーダーとしてあるべき姿、今、創り上げている姿が崩壊する、そんな気がする。

 

結局、僕は彼女が戻って来るまでも、自分がお風呂に入っている時間にも、明確な答えを見つけることは出来なかった。

 

最終的に僕は引き伸ばすことを選んだ。今すぐでなくてもいい。

答えは必ず出す。けど、今は早すぎる。

 

寝る場所は、僕がいつも使っているベッドを譲り、僕は床で寝ることにした。タオルケットを下に敷き、僅かばかりの柔らかさを確保する。歯を磨き、就寝の準備を終え、電気を暗くする。何も起こらない。それで良い。僕は目を瞑った。

 

しかし、当然眠れない。

どれだけ時間が経っただろう、時間感覚が無い。電気を消してから10分経ったような気もすれば、1時間経ったような気もする。

 

不意に背中に柔らかい感触。抱きしめられる。

 

「ねえ、起きてる?」

「…起きてるよ」

「ごめんね、迷惑だったよね、急に押しかけて。やっと通じ合えたって有頂天になってた。好きだって言ってくれて嬉しくて、キスをして幸せな気持ちになって、次も次もって、止まれなかった」

「迷惑なんかじゃない、ただ僕に覚悟が無いんだ。一線を超えた時、きっと幸せだと思う。憧れだってある。けど、僕は弱い人間だ。この幸せで僕の器がいっぱいになってしまうんだ、そうなると僕はクラスを勝たせるための欲を、願望を失うような気がしてならない」

「私よりもクラスなんだね…」

「そんなことは…!」

 

上体を起こし、抱擁を解き、彼女の方を見る。暗がりでも、これだけ近くにいれば表情ははっきりと見える。こんな顔をさせて言い訳が無いだろう。僕は…どうすれば…

 

「ふふ、ごめんね、意地悪しちゃった、私もクラスの皆の事が大切。誰一人欠けずにAクラスで卒業する、それが今の私の夢。だからね、分かるよ、葵君の気持ち。うん、分かる。それは嘘じゃない。でも、ごめんね…」

 

再度、抱き着いてくる。抱きしめる力が強くなる、絶対に離さない、そう主張するように。

 

「怖い、怖いの…葵君に拒絶されると怖くて怖くて堪らない。気持ちが分かるって言っておいて、本当はクラスなんてどうでも良い、帆波が居れば良い、そう言って欲しい悪い私もいるの。…私はね、悪い子なんだ。だから葵君は悪くない、流されていいんだよ、ただ拒まないで…」

 

僅かな光源が彼女の顔を照らす、こんな時でさえ、綺麗だと素直に感じる。 

 

唇が合わさる。舌が入ってくる。

 

彼女の顔を見れば、拒めるはずが無かった。こんなにも苦しそうで、それでいて嬉しそうなそんな姿にどうしようも無く見惚れてしまう。彼女の言う通り、流されても…

 

いや、駄目だ。

 

僕は帆波の顔に触れ、動きを止めさせる。

 

何が覚悟がないだ。時間が欲しいだ。なら何で付き合ったんだ?可愛いから?好きだから?彼女が欲しかったから?多分、それだけなんだろうな。

 

付き合ったその先のことを考えてなかった訳じゃない。けれど、それはあくまで付き合ったから、する事というだけだったんだろう。キスもエッチも、したいとは思っていたけど、段階を踏んでやるべき事、一種の関門のようにしか捉えてなかった。恋人が夫婦に至るまでの試練だと。本質はそこじゃ無いんだろう。だから、彼女を傷つける。こんな顔をさせる。

 

「葵君…」

 

彼女の行動を制止した。彼女は受け入れられなかったと思ったんだろう。目を潤ませながら、こちらを見る。

 

「今まで分かってなかったんだ。付き合うことの意味を。重さを」

 

守りたいとそう思った事はあった。彼女と共に今後も過ごすために、どちらが退学するなんて未来は許さないと。でも、どこか受動的だったと思う。積極的に幸せにしたいと。幸せにしなければならないと思う事はあっただろうか?

 

彼女の幸せを願うなら、覚悟なんて出来てて当たり前じゃないか。

 

「大好きだよ。もう逃げない。不安にさせたりしない」

 

自己の変質、そのようなものは些細な事だ。

人は愛する人の為、容易に自分を変質させる。恋人が好きな物を好きになり、恋人が好きな格好をする。同じ事だ。ここで今までの僕が壊れようが、それは恐れることじゃない。いや、恐れていようが優先すべきはそちらではない。

 

「愛してる」

 

言葉だけじゃ、きっと伝わらない。上体を起こし、口付けをする。深く何度も。

 

どこまでも彼女の涙は止まらない。

 

「私も…私も愛してるよ」

 

ベッドへと誘う。彼女を優しく、押し倒して、寝間着を脱がしていく。

 

リーダーとしての僕ならば、今、ここで踏み込むべきではない。だが、そんな事は気にしない。その一線を容易に踏み越える。これはクラスへの裏切りだろう。この時、この瞬間から僕は明確に優先順位を決める。

 

何よりも優先すべきは他ならない愛しい彼女。

彼女も分かってる。互いにリーダーとしてあるまじきことをしようとしていると。これはまさしく罪であるのだと。

 

僕達は、この夜、共に罪を犯した。

 

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