ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ   作:スカビオサ

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35話(ドミノ倒し)

それからの僕たちは普通に日中は外でデートしたり、夜はお家デートしたりと四六時中一緒にいる生活を送っていた。

爛れた関係だと噂が広がるのも良くないので、出来るだけ夜は人目につかないように動いてはいたが。

 

今は健全にジムで運動している。

神崎君と網倉さんも誘ってのトレーニングだ。

4人で並んでランニングマシンで走っている。

 

「なんか久しぶりだよね。最近はあまり帆波ちゃんとも遊べてなかったし」

「そう言えば、木之原とも会うのは久しぶりだな。まあ、俺もあまり外に出る方ではないし、基本的には買い物にジムと図書館ぐらいしか行かないが」

 

網倉さんは何かを察したようで、こちらを見てくる。

視線を無視していると、こちらではなく帆波に声を掛けた。

 

「で?この1週間ぐらい、ラブラブデート?」

「あはは、まあ、ずっと一緒にいたかも」

「ふーん、そっか、ちょっとこっち来て」

 

網倉さんはマシンを止めると、帆波を引き連れてどこかへ行ってしまった。

 

「何処行ったんだ?」

「さあ、休憩かな?」

 

 

 

 

 

<一之瀬視点>

 

「麻子ちゃん、どうしたの?」

「で、どういうこと?もしかして最後まで?」

 

私は周囲に人がいない事を確認すると小さく頷いた。

 

「なるほどね、あんたたちケダモノね」

 

いつもとは違う強い口調だ。面と向かって言われると恥ずかしいな。

 

「まあ、恋人同士のやり取りに口を挟むのは違うと思うから、これ以上は言わないけど…表向きは禁止なんだから気をつけなきゃ駄目だよ?二人がこんなことで退学になったら悲しいからね」

「うん、分かってる。ありがとう」

「そういうところは変わらないね。じゃあ戻ろっか」

 

そう言って麻子ちゃんは戻っていく。

 

「自重しないとだめなのかなあ」

 

そんな事を考える自分がいることに気づく。

これだからケダモノって言われるんだろうなあ…

 

 

 

 

 

<木之原視点>

 

数分と経つことなく、二人は戻って来た。

何だったんだ?

そんな疑問を抱えながらも、恙なくトレーニングを終え、解散となった。

 

一先ず、寮へと帰ろうと、帆波と二人で帰っていた所、葛城君に声を掛けられた。こんな暑い中だというのに真面目に制服を着用している。

 

「すまない。少し良いだろうか?」

「うん、どうしたの?」

 

僕が代表して答える。

 

「生徒会長に用事があったのだが、生徒会室には生憎と誰も居なくてな。どこに生徒会長がいるか、知らないか?」

「生徒会室は今、夏休みを利用して改装工事をしてるんだよ。用事があるなら僕から伝えておくけど?」

 

生徒会に所属してるメンバーの連絡先は持ってる。

彼は考え込む素振りを見せた後に言う。

 

「そうだな、もし二人の都合が良ければ、何処かで話を聞いてもらえないだろうか?」

 

ん?

 

 

 

 

ケヤキモール カフェ

 

「場所はここで良かったのかな?」

 

クラスのリーダー同士が会話するには不向きな場所だ。生徒会に関わる話?ということだから、クラス同士の話では無いのだろうが。

 

「ああ、これはあくまで個人的な話だ。クラスとしての話では無いからな、誤解されるような真似はしたく無い」

 

なるほど、敢えてオープンにすると言うことか、坂柳派に責められる材料は作るべきじゃないからね。席の周辺には人はおらず、声は聞こえないが、姿は見える理想的な状況だ。

 

「俺が聞きたいのは、この学校外に荷物を送る手段があるのかどうかだ、ポイントを使えば送ることが出来る、そのような仕組みは無いか?」

 

ん?

知っての通り、そんな手段は表向きは存在しない筈だが…

 

「どういうことかな?葛城君もそれが出来ない事は分かってて、この学校に入学したんだよね?」

「学校のルールは把握していた。だが接触は出来ずとも、荷物を送るぐらいは出来ると考えていた。その点は見通しが甘かったがな。この学校ではポイントで多くの物が買える、生徒会であればそういうことも把握しているかと考えたんだが…」

「残念ながらそういう仕組みは無いよ。中の情報は徹底的に隠してるからね。というのも元々荷物を送るぐらいは出来ていたんだけど、こっそりと手紙を同封する人がいたそうでね。そうなると、これだけ情報を封鎖している意味が無いからね。それ自体も禁止になったらしいんだ。…そんなにも荷物を送りたいんだ?」

「ああ、俺には双子の妹が居てな、うちには両親がおらず、祝ってやれるのは俺しかいない。会えずともせめてプレゼントだけでもと、そう思うのだ」

 

葛城君の言葉の一節から、妹を思ってる気持ちが伝わってくる。

 

「妹か…」

 

帆波がすぐに消えるような声量で呟く。

 

「規則では無理、それは分かっていて、それでもということで良いんだよね?」

 

覚悟を問う。ここで諦めるようであれば、それでも良い。こちらも面倒が無くなるだけだ。

 

「ああ」

 

彼は重く頷く。

 

「なら念書を書いてもらうよ。仮にこの件が発覚した場合の責任は全て葛城康平にあると」

「構わない、だが方法はどうするつもりだ」

「施設内に郵便局があることは知ってるよね?」

「ああ、だが生徒では利用することが出来ない場所だろう、基本的には教師が利用する場所の筈だ」

「そう、教師なら何食わぬ顔で荷物を発送することが出来るということでもある」

「それは…可能なのか?とてもじゃないが協力してくれるとは思えない。このことがバレたら、降格、減給などの処置が取られることもあるはずだ、全て俺の責任だと訴えても、学校の決定にまで影響を与えられるかは疑問だ」

「バレると言ってもね…手紙を送ったりするわけじゃない。中身はしっかりとその教師に確認してもらえばいいし、教師は郵便局が利用可能という事は外から見て、怪しまれる要素は一切ないわけだから。仮に送るものを確認されたところで、何も問題は生じないからね」

「仮に教師にやってもらうとして、誰に頼むつもりだ、真嶋先生はルールに厳格な方だ、聞き入れてもらえるとは思えない」

「そうだね、だから星之宮先生に頼むつもり。僕から頼めば、受け入れてもらえると思う。ただ紹介料として5万ポイントを貰おうかな。リスクが無いわけじゃないからね。それに、こっちも他クラスの頼みを聞くならメリットは欲しいし。けど、本当に届いたかの証明は難しい。僕も星之宮先生に頼むだけだからね。生徒が郵便局に立ち入れば怪しまれるし、確認はできない」

 

彼の事情を聞いたら、無条件で協力したくもなるが、他クラスの敵である立場として、甘い対応だけは出来ない。

 

「それで十分だ、先生という事であれば、比較的信頼は出来る。プレゼントなんだが、どうすれば良い?」

「一先ずは星之宮先生に伝票を持ってきてもらってからだね、それに必要事項を記入してもらうから、その時に受け取るよ、星之宮先生には連絡しておくから、準備が出来たら、葛城君にはこっちから連絡する、ということで連絡先貰ってもいいかな?」

「ああ、勿論だ。感謝する、木之原に一之瀬、今回は助かった」

 

連絡先の交換を終えると、葛城君は一足先に帰って行った。メールで詳細を伝えるのはリスクがあるため、星之宮先生に今度会えないかの確認を取り、端末の画面を消した。

 

「さて、そろそろ僕たちも帰ろうか?」

「うん、そうだね…」

 

彼女は少し元気がなさそうに見えた。何を考えているかは察しが付く。

 

「妹のこと?」

「うん、結局、私は妹と向き合えないまま、この学校に来てしまったから…妹とお母さんの笑顔を取り戻すために、やり直すために、この学校に来たけど、その前に出来ることがあったんじゃないかなって…」

「後悔してる?」

「うん。でも同時に向き合うのが少し怖いと思う気持ちもある。2人から逃げた、そう思われても仕方は無いと思うから」

「帆波がこの学校を選んだ理由は家族だってきっと分かってくれてるよ。それでも不安なら、その時は僕が一緒にいるよ。…勿論、家族の時間に僕みたいな異物は要らないと思うんだけど、少しでも帆波が楽になるならね?最初だけでも」

 

この高育で何を成したのか、罪とどう向き合ったのか、これからどうするのか、それを話すことが大切だ。当然、家族だけで話すべきこと。僕の出る幕は無い。けど、どうしても辛いなら、そういう選択肢もある。

 

「ふふ、ありがとう。その時は自分だけで頑張るよ。けど、家族で再び笑いあえた時には葵君の事を紹介させて」

「勿論。その時までに帆波の家族から認められるような人間にならないとね」

 

前だったら、こうは言わないだろうなと思う。どれだけ好きだとしても、未来は不透明で確定していないもの。無責任に将来のことなど口には出来ない。僕たちの関係性が続くかも分からないからと、この言葉を口にすることは無かっただろう。

 

「嬉しい…でも葵君なら濁すかと思ってた」

「前ならそうしただろうね、けど今は違う。この先が不透明なのは事実だけど、僕はそれでもこの先ずっと一緒に居たい。そう思ったんだ。だから、これは願望と決意だよ」

「ずるいなあ…ほんと」

 

帆波さんは残っていたアイスココアを一息に飲み、空にする。

 

「帰ろっか?」

 

手を出してくる。僕は迷わず、手を繋ぎ、帰路へと就いた。

 

 

 

 

<橋本視点>

 

俺は姫さんと、神室、鬼頭と共にカラオケに来ていた。

 

「さて、何歌うよ?俺は…」

 

敢えて何もわかっていないかのように振る舞う。

 

「そういうのは結構です。橋本君、無人島試験のことについて聞かせていただけますか?真澄さんから一通り、説明は受けているのですが、やはり当人から聞こうかと思いまして」

「あー…このメンツで仲良くカラオケとはいかないか。まあ、やましいことは無いからな。無人島試験についてなら、ただの俺の実力不足さ。思いのほか、葛城は俺たちの事を警戒していたみたいでな。リーダーを知ることは出来なかったんだ。すまない」

 

俺は平謝りする。俺には持つべきプライドは無い、例え何度謝ろうが、最後に勝者の側に立っていればいい。

 

「ふふ、裏切ったのではなく、自身の実力不足だと。真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方であると言いますし、ここで切ってしまうのが正解でしょうか…」

「おいおい、そりゃないぜ。これでも誠心誠意あんたに尽くしてきたつもりだ。挽回するチャンスぐらい与えてくれよ」

「その割には焦っていないようですね。葛城君の方に逃げ込めばいいだけという考えが透けて見えますよ」

「俺がどれだけ言っても信じてはくれなさそうだな」

「私は自分の目に絶対の自信を持っていますので。貴方が嘘をついているかどうかぐらい簡単に分かります」

 

ハッタリだと断じたくなる。だが、この女なら有り得なくは無い、そう感じさせるすごみがある。

 

「はあ…じゃあ、仮に俺が裏切っていたとしてだ。それは悪いことなのか?今回の無人島試験、俺が裏切り、リーダー情報を龍園にでも流していたら、俺たちのクラスは殆どの試験ポイントを失っていたはずだ。むしろ俺のやったことはクラスのため、英断だと言えるんじゃないか?」

「否定はしません、ですが私の指示に背いた、その事実は変わりませんよ」

「単にリーダーを妄信するんじゃなく、取るべき最善の手を打つ、それも部下としては必要なんじゃないか?」

「打ち手は私です。勝手に動かれては困りますね」

「駒には…ってか?」

「いえいえ、橋本君も大切な学友だと思っていますよ」

 

薄っぺらい言葉だ。まあ、俺も誰一人信用しちゃいない。友情なんてものが欲しいとも思わないけどな。

 

「なら、その大切な学友から忠告を聞き入れてくれよ。もう俺たちはAクラスじゃない。いつまでも内輪もめをしていちゃ、勝てるものも勝てないんだよ」

「不安になる気持ちは分かりますが、数百のポイントなど誤差にすぎません。1年あれば、取り返すことは容易です」

「その根拠があれば、俺だって信じられるんだけどな。でも本当に木之原や龍園に勝てるのか?」

 

姫さん以外に俺が可能性を感じた2人だ。契約の事が無ければ、この2人のクラスでの勝ち上がりも検討する所ではあった。

 

「指し手のレベル、それを問うているのであれば、問題なく」

 

気負うでもなく、当たり前のことを述べるかのように言って見せた。こういうのをカリスマって言うんだろうな。俺が純粋なら付いていきたいと思ったかもしれないが…

 

「なら派閥争いなんて止めて、その実力を見せて欲しい。それなら俺も全力で姫さんをバックアップ出来る。葛城がリーダー、姫さんが参謀、この布陣なら一之瀬と木之原のコンビにも負けないはずだ」

「どうやら私が葛城君で遊んでいるのが余程、不服なようですね。最初から独走してはつまらない。むしろ、不利な段階からAクラスでの卒業を目指す方が面白いと思うのですが…」

「面白い、面白くないでやってないんだよ、こっちは」

 

感情が漏れ出てしまう。ミスったな。

 

「それは葛城君に言ってください。彼はこちらの方針が気に入らないみたいですからね。彼が私に従順に動くなら、私も彼で遊ぶ理由はありません。木之原君や龍園君と遊んでもいいでしょう」

「今、リーダー争いで有利なのは葛城だぜ?脅すような真似はしたくないが、俺が煽れば、さらに葛城優勢の状態にも持っていける。葛城との折衝は俺がする。頼むから折れてくれないか?」

「とうとう隠すことも無く、裏切りを宣言しますか。ですが、そうですね。大切な学友の助言とあれば、聞き入れるのもやぶさかではありません。次の体育祭は葛城君が指揮を執り、その次の特別試験では私が指揮を執る。その結果でリーダーを決めるとしましょう」

「その条件で良いんだな、葛城にもそう伝えるぜ?」

「ええ、良いですよ。細かい条件は彼と会って直接決めましょう」

 

話はまとまった。俺は葛城にメッセージを送る。

 

「あんた、本気?」

 

ずっと喋ることの無かった神室が口を開く。

 

「本気ですよ、真澄さんは私が負けることが心配ですか?」

 

揶揄うように姫さんは尋ねる。

神室はそれに対し、渋面を作りながら、返す。

 

「そんな訳ないでしょ、ただ私は葛城が可哀想だと思っただけ。次は体育祭なんでしょ。うちのクラスは身体能力はそこそこ止まりが多い。それで一之瀬や龍園のクラスに勝てる確率は低いでしょ」

「真澄さんもそれぐらいは気付きますか。私としては、そんな劣勢を覆してこそ、リーダーとしての才覚が見れるのではないかと、そう思うのですが。それに私が担当する特別試験については内容も分かっていません。それを考えれば、葛城君が一概に不利とも言えませんよ」

「…仮にあんたがリーダーを降りたら、もうこんな付き人みたいな真似はしなくて良いのよね?」

「それとこれとは別の話です。私は体が不自由ですので、真澄さんには、これからも頼ることになりますね」

「はあ…何か勝敗とかどうでも良くなってきた」

 

「よし、葛城とのセッティングは出来た。明日の10時から、ここのカラオケだそうだ。問題ないか?」

「ええ、幸い、明日は予定が無いので問題ありませんよ。では、神室さん、明日もよろしくお願いしますね?」

「拒否権は無いんでしょ。はいはい、分かったわよ」

 

姫さんを先頭に3人はカラオケから出ていった。

さて、面白いことになったが…ただ葛城側の条件が厳しいな。体育祭の細かい形式はまだ分からない。葛城を勝たせられるかは微妙なところだ。体育祭はノータッチで行くか。次の特別試験、それが俺の運命の分かれ道になりそうだ。

 

 

 

 

 

翌日 カラオケ

 

今日は、昨日のメンバーに、葛城を加えてカラオケに来ていた。今日は昨日みたいにとぼけたりはしない。クラスの今後を左右する重要な会談だからな。

 

開口一番、葛城が昨日の提案について触れる。

 

「さて、昨日の提案だが、断らせてもらおう」

「そうですか、では、今日の話はこれで終わりという事で。帰りましょうか」

 

「おいおいおい!そりゃないだろ?葛城もどういうことだ?」

 

慌てて会話に割り込む。

 

「と言われてもな。あの条件ではこちらが不利だ。細かい条件を決めるにしても、体育祭で後れを取る可能性は十分ある。単に俺一つの身で済む問題ならいいが、俺に付いてきてくれる者もいる。そういった期待を背負うからには、妥協すべきではない」

「そりゃ、そうだろうが…このままだと派閥争いは終わらないぜ?」

「早めに終結させるのがクラスのためであるのは百も承知だ。だとするなら、派閥争いを終わらせるために次の特別試験まで待つというのは長すぎる」

 

次の特別試験がいつになるかは分からないからな。早くクラスをまとめるには長いってのは確かにそうだ。

 

「そういうことなら、今すぐ決めてしまいましょうか?」

「全員が納得する方法があるとでも言うのか?」

「いえ、そんなものはありませんよ。ただどちらかがリーダーを降りれば良い。そうではありませんか?」

「確かにそうなれば、自然とリーダーは一人になるだろう。だが全員からの信認を必要としない個人的な勝負であれば、俺は乗ることは無い。先ほども言ったように俺には責任がある」

「勝負の内容も聞かず、断るのですね」

「内容を聞き、勝てると思って、その話に乗るようであれば、俺は薄っぺらい男であると喧伝するようなものだ。そのような者にリーダーは務まらん」

 

案外、葛城もやる男だな。姫さんにばかり注目していたが、リーダーという資質であれば、姫さんにも負けてないんじゃないか…?

俺は葛城の評価を少し上方修正する。

 

「ふふ、でしたらどうしましょうか」

「もし、坂柳にこの局面をどうにかしたいというならば、提案がある」

「何でしょうか?」

「もし、お前が誰かを貶めるような非道な戦術をしないことを誓うのであれば、俺がお前の軍門に下っても構わない」

「何だと!?おい、本気か?」

 

それは困るんだよな…頼むから考え直してくれ。

 

「残念ながらお断りします。リーダーとして君臨するならば、勝つために最善の手を打つのは、義務のようなもの。指し手に妥協はしたくありませんし、制限を掛けられたせいで敗北するとなれば、クラスメイトも納得はしないでしょう。葛城君は全力で取り組もうという気概が無いようですね」

「勝てば、非道な手を使っても許されると?確かにこの学校は搦め手についても寛容なように見受けられる。だが、何でもして良いという訳ではない」

「やはり、相容れませんね」

「そのようだな、であれば…」

 

葛城は瞳を閉じ、再度ゆっくりと開く。覚悟を決めた気配が伝わってくる。

 

「橋本、神室、鬼頭。俺の下に来ないか?」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。いや、その提案なら理解はできる。俺自身、姫さんに疑われている自覚はある。葛城派に乗り換えるのもありだなと考えていた。だが、姫さんが居る場でこれを言うのか。

 

「ふふ、私が居るというのに、引き抜きとは。剛毅な事ですね」

「決して受けてもらえない話だと思っていないからな。それにあくまでも彼らはクラスメイトであって、お前の奴隷ではない」

「それは勿論、分かっていますよ。本人の意思を尊重しますとも」

 

姫さんの視線がこちらを射抜く。逆らえば、切り捨てることを躊躇わないだろう冷徹な視線。

俺は…どうすべきだ?

 

沈黙が続く。俺は覚悟を決める。

 

「分かった。俺は葛城に付くことにする」

「本気?」

「ああ、本気さ。坂柳の力は認めちゃいるが、今回のバカンスにクラスポイントが変動する機会があれば、葛城の支持を削ぐために、クラスを裏切れっていう指示だけはどうしても認められなかったからな。確かに実力はあるんだろうが、俺たちをAクラスに連れていく気があるとは思えなくなった」

「クラスを裏切る…だと。坂柳、それは本当か?」

 

葛城にとっては初耳だからな。それに派閥争いをしていても、クラスの足を引っ張るとは考えてすらいなかったんだろう。

 

「さあ?どうでしょうか、橋本君が付いた嘘かもしれませんよ?彼は他クラスのリーダーとも繋がりを持っていますからね、このクラスを嘘でかき乱そうとしているのかもしれません」

「む…」

 

葛城は坂柳だけでなく、こちらも観察するような目つきで見てくる。この件に関しちゃ、やましいことは無いんだけどな。

 

「なら、私もそう指示された。そういえば良いかしら?」

 

驚いた。神室までこっちに付くのか?

 

「あら、真澄さんまで裏切ってしまうのですか、悲しいですね…」

「冗談は止めてよ。似合ってないわよ」

「冗談のつもりは無いのですが…良いのですね?」

 

どういうことだ?日頃、嫌々従ってる雰囲気だったし、やっぱり弱みを握られてるのか…?

 

「言い触らしたければ、そうすれば良いんじゃない?神室真澄は窃盗犯です。ってね」

「ふふ、本気のようですね…」

 

坂柳は珍しく、驚いているように見えた。こればかりは坂柳にとっても予想外だったという事だろうか。

弱みって言うのはそういうことか…

 

「どういうことだ?」

「何も知らない葛城君のために私が説明してあげましょう。真澄さんは万引きの常習犯で、この高育でも万引きをしていたということです」

「ついでに言えば、それがあんたにバレて、それを弱みに脅されていたってことね」

 

そんな経緯だったのかよ。なら、これはあるな。流れが来てる。

 

「ですが、残念です。真澄さんとはしばらく会えなくなりますね」

 

窃盗が学校にバレたのなら、プライベートポイントの罰金や停学も考えられる。坂柳は間違いなく報告をするだろう、その証拠も恐らくは握っているという事だ。

 

「そうね、でもあんたに脅されたまま、泥船に乗って沈むよりはマシよ。で、あんたはどうすんの?鬼頭」

 

沈黙を保っている男に投げかける。鬼頭はゆっくりと口を開く。

 

「答えは出ている。クラスを裏切る命令を下していたと橋本と神室が証言すれば、信じない人間はいるにしても、信じる人間も少なくは無い。であれば、俺も葛城に付こう。元より、Aクラスで卒業さえできればリーダーは誰でもいい」

 

おいおい…マジか。こんなにも早くかよ。いや、坂柳のことだ…何かここからでも逆転の手が…

 

「そうですか、残念です。鬼頭君」

「大勢は決したようだな。坂柳」

 

葛城は少し動揺しながらも、堂々とした姿で語る。

 

「全体としてどうなるかは分からないが、これからは俺がリーダーとしてクラスを率いていく。問題は無いな?」

「駒が離反したところで…と言いたいですが、これについては私では防ぎようがありませんね。この3人を重用していたのは誰の目から見ても明らかでしたし、裏切りの指示が嘘であれ、真実であれ、その3人に反旗を翻されるようでは私も落ち目、そう認識する者もいるでしょう」

 

擁護する訳じゃないが、坂柳はこの学校と相性が悪すぎる。最初の特別試験2回、次に体育祭とまともに参加出来ないんだから、本人に優れた頭脳があっても活かす機会が無さすぎる。

 

坂柳はこんな状況にあってもなお、平然と続ける。

 

「一時、リーダーの役目は預けます。皆さんも精々葛城君を盛り立ててあげてください。木之原君と龍園君に荒らされたクラスを立て直し、彼らを下すのも、また一興です」

 

坂柳は杖を突きながら、ゆっくりとカラオケから出ていった。敗者の姿、そう断じるにも抵抗を覚える姿だった。

 

「まあ、という訳で葛城がリーダーってことで2学期からよろしく頼むぜ!」

 

俺は場の空気を変えるためにも、明るく接してやる。手を出す。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

葛城は俺の手を握り、握手に応じた。

 

「ほら、神室も鬼頭も。な?」

「しないわよ、そんなこと。それより橋本」

「何だ?」

「あんた、木之原とコネクションあるんでしょ、ちょっと紹介してくれない?」

 

ここで木之原?どういうことだ?

 

「おいおい、木之原には一之瀬っていう彼女がだな…」

「冗談は良いから。窃盗についてよ」

「窃盗について…?木之原が何か関係してるのか?」

「そんなこと無いわよ。ただ坂柳に騒がれるのも面倒だし、償うにしても早く片を付けたいの」

「それで木之原を?何でだ?」

「彼なら協力してくれるでしょう?生徒会だし、一之瀬にぞっこんだから」

 

そういうことか…確かにこれ以上ない適任か。

 

「もしかして、今回、坂柳に逆らったのって、春先、一之瀬の件があったからか?」

「そうよ、元々、あの一之瀬が万引きをしていたって事実が広がった以上、それに加えて、私の物が流れようがダメージは少ないし」

 

一之瀬の万引きは実際は罪にはなって無いし、同情できる事情もあったし、状況が違うだろと感じたが、野暮な男じゃない俺は、言葉を飲み込む。

 

実際、一之瀬についても細かい事情は知らない人も多いからな。神室が常習犯だとか色々な要素があるにしても、一之瀬の2番煎じみたいになって神室が受けるダメージは相当小さくなることは予想されると。

 

そして一之瀬と付き合ってる木之原なら、神室が窃盗したことを償いたいと言えば、拒むことは出来ない。なぜならそれは一之瀬の贖罪も同時に否定することになるから。他クラスとは言え、このことを弱みに絶対に出来ない人間だ。生徒会所属で学校の仕組みに精通しており、今回の件において、適任であると言える。

 

「分かった。木之原には頼んでおく」

「そう、ありがと」

 

神室がそう言って、退出し、鬼頭もそれに合わせて、去っていく。

 

「じゃあ、俺も帰るわ。葛城、またな」

 

手を振りながら、部屋を出る。クラスに坂柳の裏切りの命令について伝えるなどやることは多いが、想像以上に順調だ。

 

なあ、木之原。

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