ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ 作:スカビオサ
9月1日 第一体育館
全校生徒400名以上にも及ぶ生徒と教師が第一体育館に集合していた。組ごとに大きく分けられ、僕たちは赤組集団の下に居た。
集められた生徒たちが床に座ると、数名の生徒が前に出て来た。
「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を執ることになった」
ザ・体育会系という見た目をしている。体躯も大きく、迫力と言う点で言えば、堀北会長以上だろう。堀北会長も178cmもあるし、十分でかいが。身長が殆ど伸びていない僕からすると羨ましい話だ。
「一年生には先にひとつだけアドバイスをしておく。一部の連中は余計なことだというかも知れないが、体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。体育祭での経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの―――」
校長先生のお話かな?いや、そこまで長いとは言わないが、詰まる所、真剣にやれよってことだろう。全学年が関わるのは1200メートルリレーのみなので、それ以外は各学年でやってくれと言う方針だ。
僕たちAクラスはDクラスの下へと移動していく。クラス内では帆波の補佐をする形でリーダー的な役割をしているが、対外的にはリーダーというのは帆波が担っている。彼女に追従する形でDクラスと合流する。Dクラスのリーダーは平田君だろうか。
「今回はよろしくねー!平田君。Dクラスのみんなもね」
「うん、よろしくお願いするよ」
「一応、私たちとしてはどのようにDクラスと協力していきたいかは、もう決めてあるんだけど、そっちはどうかな?少しでも協力するってことなら、具体的な日時を決めて、話し合いたいと思ってるんだけど…」
「そうだね、僕たちも協力していきたいと思ってる。もし良ければ、連絡先を貰ってもいいかな、日時はそこで決めよう」
そう言って、端末を僕の方へと向けてくる。これは…気遣いの鬼だな。理由がある連絡先の交換ぐらいで目くじら立てたりしないけどね。そうして僕は平田君と連絡先を交換した。
こちらは順調に協調姿勢を取っていたが、どうやらもう一つはそうじゃないようで、険悪なムードが流れてくる。
葛城君と龍園君が少し話したと思ったら、龍園君はクラスメイトを引き連れて退出していった。まだ統率は取れているといったところか。ただギリギリだな。不満を抱えているのが丸わかりの生徒もいた。他クラス、他学年がいるこの場でクラス内で仲間割れという恥であり、弱みを晒したくなかったため、堪えたというところか。
この後は、同じ赤組のリーダー格の生徒と連絡先を交換し、先輩方とも連絡を取れるようにして、その場は解散となった。
1か月後に開催される体育祭に向け、週に1度、2時間のホームルームが設けられ、その時間は自由に使って良いことになっている。
平田君とは既に打ち合わせを済ませており、運動能力上位の生徒数名の参加順を調整すること、団体競技については事前に合同練習することも取り決めた。
情報の共有は僕たちからは僕と帆波、あちらからは平田君と堀北さんのみで行うことにした。個人的にだが、Dで信頼が出来るとなるとこの2人しかいないと感じる。裏切る裏切らないだけでなく、迂闊でないという点も含め。
櫛田さんもありだとは思うが、何というか…帆波と日頃接しているからこそ思うのかもしれないが、嘘くさいんだよな。
帆波は学年一の善人と名高いけれど、すごく人間らしい。嫌なものは嫌だし、好きなものは好き、喜怒哀楽はしっかりしている。でも櫛田さんからは、それが見えてこない。常に仮面を被って、感情を抑えてるそんな感じがする。僕の心が穢れてると言えば、そこまでだけどね。
でも、高校生にもなって、クラスだけじゃなくて学年のみんなと友達になりたいな、なんて言ってる奴が居たら、明らかに嘘くさいだろう?
どうでも良い考えはここまでにして、ホームルームだ。
本番に向けて決めなければいけないのは、全員参加の競技への参加順、推薦競技に誰を出すかと言う点だ。
「という訳でいつも通り、私が進行するね。全員参加の方だけど、まず各々の能力を調べることを優先したいかな。決めるのはその後で。そして体育祭に勝つには、運動神経が高い人を効率よく振り分けることが大切になってくるし、推薦競技にも多く出てもらうことになる。だから、一部の子には我慢してもらうことになっちゃうけど…」
帆波は様子を伺いつつ、話していく。反対意見は挙がらない。
「問題ないよ、帆波ちゃん達のお陰でクラスはこんなにも躍進してるんだし、下位のペナルティを貰っても、余裕はあるから」
運動にあまり自信が無い代表と言う感じで白波さんが答える。他の自信がない生徒も頷いている。
「それについてだけど、ペナルティを個人に負担させるつもりは無いよ。みんなが協力してくれたお陰で僕たちはここまで上がってこれた。そのペナルティ分を負担するぐらいは余裕だから」
「だが、その場合、競技に取り組む真剣さが僅かばかり失われる危険もあるんじゃないか?」
神崎君が懸念点を示す。
「確かにね。だから無制限にはしないよ。ただクラスの皆ならそんなことは無いと僕は知ってる。ね?」
横にいる帆波に話を振る。士気を上げるのは彼女の役目だ。
「うん、無人島の時だって、みんなで協力して乗り越えて来た。私もみんなのことを信じてるから何も問題は無いよ」
決して騒がないが、心が一つになっているのを感じる。こういうカリスマは僕には無い。横目に見ていると、見慣れた顔の筈なのに見惚れそうになる。
「因みに上位入賞についてはどうなんだ?個人で貰っても良いのか?」
「それは勿論。頑張った分だけ小遣いが増える。そう思ってくれれば良いよ。ただ推薦競技の報酬については申し訳ないけど、クラスに入れてもらう形にしようと思ってる。もっと言うと、体育祭終わりの打ち上げにでも使おうかなと」
「お!マジで?楽しみになって来たー!」
これについては帆波とも話していたことだ。うちはみんなでワイワイするのが好きなタイプが多いが、お金を徴収している関係で何度もそういったことを行うのは難しい。折角の機会だから、ということで企画した。
「ただ、1位になった時だけね。今回の体育祭は僕達に有利だと思ってる。負けてお疲れ様会なんてやる気はないから」
敢えて強い言葉で引き締める。
「でも赤組が負ければ、1位でもマイナス50なんだよな、そうなるとなんていうか盛り上がらないよな」
そう思う生徒も多かったのか、同調する声が至る所から聞こえる。
「それについてだけど、余程心配はしなくて良いと思う」
「ん?どういう事だ?」
「堀北会長のAクラス、そして南雲副会長のAクラスが味方だからね。南雲先輩に至っては、多分その気になれば、白組のCの結果も操作できる。今回の体育祭、先輩がまともにやるなら、まず赤組が勝つ」
神崎君は呆れたようにこちらを見る。
「断言しても良かったのか?それこそ安心してしまわないか?」
「だからこその打ち上げだよ」
「完全勝利しか認めないと言いたいわけだ」
ここで勝てなきゃどこで勝つんだという話だしね。僕はともかく、体育祭はみんな向きだ。帆波もこういう形式の方が力を出せる。
「これで方針は決まったかな。じゃあ、後は各々の能力をチェックしたいね、先生、今の時間を能力の確認に充てる事は出来ますか?」
「この時間は自由だし、問題無いわよ。今ならグラウンドも空いてるはず」
他クラスはまだ教室にいるみたいだからな。他学年は知らないが、学年が違う分、そこまで警戒はしなくて良い筈だ。勿論、上と下で敵クラスの情報共有をするという手もあるにはあるが、そこまでするか?
「分かりました。じゃあ、みんな。体操服に着替えて、30分後、グラウンドに集合で良いかな?」
「りょーかい!」
「オッケー!」
それぞれ了承し、更衣室へと動き出す。僕も移動するか。
風を切る。
「6.7!」
記録係がタイムを告げる。
全力疾走なんて久々にした。たった50メートルなのにかなり疲れるな。中学時代とそこまで体格が変わっていないこともあってか、少しだけ早くなったかなという程度だ。
「おっ、木之原は暫定3位か。やっぱり運動もできるなー」
柴田君がこちらに寄ってくる。自分の得意分野だからか、テンションが高めだ。彼のタイムは6.2。2位は神崎君で6.5だ。勿論、ストップウォッチによる計測だから、上にも下にも少しはブレてるだろうが、それは仕方ない。
男子の計測の隣で女子の計測も行っている。帆波は7.4らしい。中学時代は陸上をやっていたのもあってか、女子の中では速そうだ。他に早いのは津辺さん辺りだ、彼女は文武共に優秀なイメージがある。タイムを見る限り、残りの一人は安藤さんになりそうかな。
1200メートルリレーは200メートル×6人のため、クラスから男女3名ずつを選ぶことになる。もし、タイムが更新されないようであれば、僕が出ることになるかもな。
その後は握力を計測したところで、自由に使える時間は終わりを迎えた。握力は右が54.0。左が55.0だ。利き手は右なんだが、何故か左の方が強い。この握力の結果を参照し、四方綱引きの参加メンバーを決めるため、そちらにも出ることになりそうだ。
体育祭は単に競技に出れば良いという訳ではない。行進や入場や退場の練習と言った競技以外のことも行う。ただ体育の授業が自由に使えるという事もあり、各人の能力の把握と種目決めは早い段階で決まっていた。
今は2学期に入ってから2回目の、自由に使えるホームルームの時間だ。
「参加表については、まだ提出期間じゃないから提出できないけど、これで行こうと思ってる」
そう言って、帆波を中心に全員で入れ替わり立ち代わり、参加表を模したコピーを見ていく。本物にはまだ書いていない。
「自分の分をメモするのは良いけど、それ以外をメモするのは止めてね。それとそのメモも厳重に保管するようにして。この情報は他クラスと戦う上でとても大切だから、万一にも漏れさせちゃダメ」
全員、当然とばかりに頷く。このクラスは裏切りを警戒しなくて良いのが楽だ。クラスの雰囲気もそうだし、何よりクラスポイントもかなりリードしてる。ここから裏切るような人間はまずいない。
そのため、他クラスに情報が漏れるとするなら、管理が不十分だったことになる。そのため、ここでしっかりと注意喚起をしているわけだ。
結局、僕は推薦競技の内、四方綱引き、男女混合二人三脚、3学年合同1200メートルリレーに出ることになった。
借り物競争についてだが、これは単なる運ではない。結局、何かを借りなければいけないのだから、他クラス、他学年を含め、多くの人脈を持っている人が圧倒的に有利になる。知らない人に物を貸してくれとは言いづらいし、借り物に他クラスの友達とか、そういう人物指定があった時にぼっちは詰むからな。自クラス以外に交友関係が少ない僕だと不利な競技だ。
逆に帆波なんかは相当、得意な競技になるだろう。その帆波も男女混合二人三脚、1200メートルリレーには出ないといけないので、互いに本番は忙しくなりそうだ。
当然、男女混合二人三脚のペアは一緒にやる。まあ、クラスメイトの配慮というのもあるのだろう。ただ互いに遠慮しなくても良いからか、相性が良くて息が合っているからか分からないが、普通に柴田君のペアよりも、速くなるという結果を叩き出した。
「場合によっては、これから変更になることもあるけど、大枠は変わらないから、今後はそれぞれの種目の練習を積んでいこうね」
早い段階で各種競技のペアも決めれたため、これからは愚直に練習を繰り返していくのみだ。当然、他クラスの偵察と言うものも必要になってくるが、そこについては役割分担だ。
残酷な話ではあるが、運動神経が悪い人がどれだけ努力しようと、せいぜい上げられる順位は1か2、そこらだろう。1位にはなれない。上位の1か2はポイント面で大きいが、下位はそうではない。
そのため、そういう人たちに他クラスの偵察に回ってもらうことにした。競技最下位の罰金はある程度、クラスのお金から出すし、Aクラスはどんなに成績が低くとも、赤点ラインの10点より上の点数は安定して獲得しているため、学年別下位10位のペナルティを受けたところで何も問題は無い。
そうして僕たちは限りある時間を大切に、研鑽を積んだ。
ケヤキモール カフェ
「それで?要件は何でしょうか?龍園君?」
カフェで、坂柳有栖はカップを机に置き、目の前の龍園翔に尋ねる。日頃は神室に座らせていた席、そこに彼は腰を落ち着けている。
「俺としちゃ、こんな人目のある場所で話したくないんだがな」
「ふふ、人目のない場所に連れ込んで何かするおつもりですか?」
坂柳は揶揄うように龍園に微笑みを見せる。龍園は特に気にした様子もなく続ける。
「お前みたいなガキに何かするわけあるかよ」
「ガキ…ですか?どうやら龍園君は物事を外見でしか判断できない子供のようですね」
「中身が大人だろうが、変わらない。そう言ってるんだがな」
「あまり人の容姿を揶揄するものではありませんよ。まあ、良いでしょう。大人として寛大な心で赦してあげましょう。何故、この場所なのかですが、私としては疚しいことを一切する気が無いという意思表示です。葛城君が敗れ続ければ、再度元通りとは言え、再び裏切り者の汚名を被ってしまえば、それも遠のきますからね」
「参加表を横流しして、葛城を追い詰めたいとは思わないか?上手くいけば玉座が早く戻ってくるかもしれないぜ?」
「思いませんね。葛城君がどうやって戦っていくのか、それを見るのも一興、そう感じましたし、それに私は参加表を見る資格がありませんから。競技にも出ませんから、見るための名目もないのです」
「まだお前の派閥自体、裏では残ってると考えていたんだが、俺の見込み違いか?」
「さあ、どうでしょうか?」
龍園は坂柳の表情、仕草から情報を得ようとするが、それは無駄に終わる。だが問題は無い。こうやって接触すること、これだけで火種は出来る。坂柳はそれを抑えるため、敢えてオープンな場で会って来たが、効果が無いという訳ではない。本当なら二人が密会しようとする様子をBの誰かに抑えさせる。橋本を使うと分かりやすすぎるため、別の人物、特に葛城派に撮影でもさせるのが理想だった。
龍園の当初の方針は強敵と戦う事だった。坂柳は龍園が早くから認めた敵となりうる存在。だから無人島試験と船上試験では葛城を失脚させ、坂柳を引きずりだそうとした。しかし、それは木之原の手によって防がれ、自身のクラスからの支持も船上試験を通して削られた。メールの強引な確認、そんな荒業をしておいて、結果を残せないとあれば、それも必然。
だから、今回、龍園は坂柳を完全にリーダーの座から降ろすという木之原の構想に乗ることにした。葛城がリーダーなら、坂柳よりも容易に勝利することが出来る。Dは隠れた策士がいると踏んではいるが、脅威ではない。その2クラスを倒し、養分とし、支配をより強固にする。その果てに木之原との戦いがある。
「では、これで私は帰ります」
坂柳はゆっくりとその場を離れていく。その様子を眺めながら、龍園は次の手を考える。種は蒔いた。次はそれを育むことだ。
プライベートポイントを重視していた龍園だが、方針を変更した。木之原のようにプライベートポイントを使い、上手く立ち回る。
そのための資金はBから流れてきている。
龍園は端末を取り出し、Bの裏切り者に連絡を取った。