ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ 作:スカビオサ
9月22日
「おはよー、誕生日おめでとう」
朝、良い匂いで目が覚めると、部屋にいた帆波に、そう声を掛けられる。そういえば誕生日だったか。彼女は味噌汁を作っているらしい。何となく落ち着く匂いだ。
「うん、おはよう。ありがとう。それで今日は何で部屋にいるの?昨日は普通に帰ったよね?」
僕の記憶違いだったかと、昨晩の記憶を思い返すが、やはり記憶は正しそうだ。
「うん、朝来ただけだから気にしないで。折角、葵君の誕生日なんだし、朝ごはんを作ってあげたいなって」
寝ぼけたまま、彼女の下に行き、抱き着く。我ながら素直になったと思う。ただ愛しいと感じて、触れあいたくなる。
「今日は学校だからね?駄目だよ?」
「いや、そういうのじゃないよ、ただのハグ」
「まあ、どうしてもって言うなら、良いけど?」
彼女は振り向きながら、妖艶な笑みを見せる。こういう表情を見れるのも自分だけと思うと、より好きになってしまうな。
「しないよ…」
「ふふ、残念だなー」
流石にそこまでじゃない。休日だと危ないところだったのは認めるが。
「顔洗ってくる」
「りょーかい」
そう言って、冷水を顔に浴びせ、顔を洗う。洗面所には、2つのコップに2つの歯ブラシ。
自分のコップを取り、うがいをする。
誕生日か。誕生日の思い出に特別なものは無い。家では、母が好物を作ってくれて、プレゼントを貰って…どこにでもある誕生日の風景だったと思う。学校では、そもそも僕の誕生日を知る人なんていなくて、特に祝われはしなかったけど、逆に誰の誕生日も知らなくて、祝わなかったから、それ自体を悲観し、悲しむことも無かった。
「できたよー」
どうやら結構な時間、考え込んでいたらしい。食卓に移動し、着席する。ご飯に味噌汁に玉子焼き。シンプルだが、これが良い。朝はそんなに食べられないからな。
「よし、じゃあ食べちゃおうか。いただきます」
「いただきます」
「今日はそのまま泊りでも良い?」
「帆波が良いなら、そうしてくれると嬉しいかな」
「誕生日だからね、精一杯おもてなしするよ。今日はケーキも作ったんだ」
「帆波のお菓子は美味しいからね。期待してるよ、前のクッキーも良かった」
「前までは忙しくて、お菓子はあまり作れなかったから、少し心配だったけどね。でもケーキ自体は作り慣れてるから安心して」
「全く心配してないよ。…もしかしてケーキを作り慣れてるのって?」
ケーキを作り慣れてるということは、やっぱり…
「うん。お母さんと妹にね、作ってあげてたんだ。うちは貧しかったから、店売りのケーキなんて買えなくて、それでもって何とか安く済むように作ってた。イチゴは高いから載せられなかったりしたけど」
「じゃあ、僕は幸せ者だね。帆波の優しさが詰まったケーキを食べられるんだから」
「平気で恥ずかしいこと言うなあ…」
頬を紅潮させながら、そっぽ向く。
「正直、自分でもクサい台詞を言ったなって思ったよ。けど、そういう積み重ねがあって、今があるんだと思う。悪く取らないで欲しいんだけど、帆波の今までは恵まれたものだけとは言えないものだったと思う。間違えたこともあったはず。だけど、その果てにこうして出会えた。だから、僕からしてみれば、その過去こそ、僕たちを繋いでくれたものだと…ごめん、さっきから恥ずかしい台詞ばかりだね」
さっきからそういう台詞しか出てこない。多分、冷静なようでいて、テンション上がってるんだろうな。何言ってるんだ。中二病は抗体が出来るものじゃないのか?再度罹患することなんてある…?
「言いたいことは分かるから、気にしないで。当然、罪を犯したことが良かったとは思えない。けど、もし罪を犯してなくて、この高校じゃなくて、私立の高校に行っていたら、葵君に会えなかったらと思うと、そういう過去の行動も否定しきれなかったりはするから…」
「ifなんて想像するだけ無駄ではあるけど、帆波に会えて良かったよ」
「やけにそういうこと言われると、逆に不安になっちゃうから止めてよ…そんなことないよね?」
冗談交じりに聞いてくる。瞳を見る限り、そこまでは心配してなさそうだ。もう彼女は分かってるだろうからね。僕が彼女から離れられないことぐらい。
「無いよ。帆波が別れたいって言わない限り、こっちから絶対に別れないって誓ってもいいぐらい」
「へえ…そうなんだ。じゃあ契約する?どれだけ重くて苦しくても、絶対に逃げられないよ?」
視線に圧を込めながら、こちらを見てくる。こちらも負けじと見つめ返す。
「構わない。文書で…」
「要らない」
帆波は敢えて僕に被せて来た。
「それ以上に深いつながりがあるから、そんなもの無くても信じられるよ。…それに契約なんて本気にしなくていいよ、冗談だから」
彼女は笑いながら、先ほどの発言を取り消す。
「不安を解消するためなら、やれることは全部やるってだけなんだけどね。別れるつもりが無いならリスクにもなりやしない」
「後悔しない?」
「しないよ」
「嬉しいなあ…」
互いに茶番だって分かってる。今更、言葉を重ねて納得させるとかそんな間柄じゃない。でも、これをするのは互いに愛情を求めているからなんだろう。恋人がいて、その恋人が自分の事を好きだって分かっていたとして、それでも、好きの言葉は何度聞いたっていいものだから。
僕たちは朝食を食べ終え、学校へと向かう。9月とは言え、まだ暑さは残る。
もう少しで秋を迎える。この学校に来て、もう半年が経とうとしている。そう思うと、時の流れは速いものだなと思う。
「おはよう!二人とも!」
「おはよう」
網倉さんと白波さんだ。白波さんも、最近は僕への当たりが優しくなってきたように感じる。
「おはよー」
「おはよう」
挨拶するのに合わせて、自然と手を放す。
「全く、朝だってのにお熱いもんだね」
「そういう麻子ちゃんも渡辺君と二人でデートしたって聞いたけど?」
「…?デート?ああ、確かに男女2人きりだとそう見られちゃうか。でも、そんなんじゃないよ。買い物に付き添っただけだし」
網倉さんは笑いながら否定する。渡辺君…先は長いかもしれない。
帆波と網倉さんが自然と会話することにより、僕は白波さんと横並びになる。
これは何か話さないといけない奴か…?
「あの、木之原君…その、今までごめんなさい」
「ん?謝られるような事をされた覚えは無いけど?」
「私…帆波ちゃんが木之原君の事を好きだってこと、そんなこと、最初から分かってたのに、ずっと認められなくて。木之原君にきつい態度を取っていたと思うから」
「ああ、そんなことか」
「そんなことって…!」
そういう態度を取られると思ってなかったからか、彼女は困惑している。
「白波さんの態度も、今なら分かるんだ。帆波と付き合った僕が言うのも何だけどね。例えば、好きな人に振られて、その好きな人が誰かと付き合ったとする。それで素直に祝福できる人なんて、そうそういないよ。仮に僕が帆波にフラれて、帆波が誰かと付き合ったとしたら、僕は自分が冷静でいられる自信は無いからね。僕の持ちうる全てを使って、その相手を退学に追い込むぐらいは多分すると思う」
白波さんは大きく口を開けて、こちらを見てくる。何だ、その目は。
「えっと、さすがにそこまででは…」
単純に引かれてただけだった。普通そこまでしないか、そうか。
「あはは、冗談だよ。でも応援なんて、祝福なんて出来るわけないよねってこと。態度が冷たくなるくらい可愛いもんだよ」
「そっか…でも、もう納得したから。ここ最近の帆波ちゃん、いつも幸せそうだから。きっと木之原君と付き合えて良かったんだろうなって思う。今でも祝福する気にはなれない…けど、帆波ちゃんを幸せにできるのは木之原君だけだと思うから、これからも一緒に居てあげてね」
「言われるまでも無いことだよ」
「そうだね…二人はいつも一緒だし。ごめんね、誕生日なのにお願い事みたいになっちゃって。あっ、改めて誕生日おめでとう!」
「ありがとう。気にしないで」
また一人、歩み寄れたと感じる。それだけでも僕にとっては最高の誕生日プレゼントだ。
「誕生日おめでとう!」
みんなから口々にお祝いの言葉が飛んでくる。今日一日限定のスターになった気分だ。こんな事を昔も考えた気がする。
丁寧に感謝の言葉を返して、席へと着く。
「人気者だな」
神崎君が微笑みながら、揶揄ってくる。
「君も12月5日にこうなるんだよ」
「俺はどうだろうな、あまり全員と親しいわけじゃないが」
「このクラスにそんなの関係あると思う?」
「確かにな。誕生日を祝われて不快になるような人間は殆どいないだろう。誕生日を把握してるなら、プレゼントは用意できずとも祝うぐらいしてくれそうだ」
「チャットアプリだと誕生日が表示されるようになってるからね。それに仮にみんなが気付いてなかったら、僕が周知しておくよ」
「そこまでする必要はないが、忘れられるのも悲しい話だ。もし、そうなりそうだったら、その時は頼むとしよう」
軽口を言い合う。帆波が恋人であり、最も大切な人だとしたら、神崎君は親友だろうな。目指すビジョンが共有出来てて、思考レベルも似たようなものだから、非常に接してて楽だ。頼りにもなる。
誕生日だからと言って、授業には何の変化もない。いつも通りに進行し、いつも通りに終わる。
体育の授業では、それぞれが割り振られた種目の上達を目指し、練習を行っている。綱引きであれば、コツをインターネットで調べ、それを実際に試し、良いやり方を体に染み込ませる。時間は多くあるし、帆波が全体を把握して適切に指示を出してくれるから、この点はすごく楽をさせてもらってる。
「みんな頑張ってるわねえ」
「星之宮先生…保健医でしょ、保健室にいなくて良いんですか?」
「今は殆どのクラスがグラウンドで練習してるからね。むしろこっちの方が迅速に動けるのよ」
嘘か本当か、良く分からないことを言う。言ってることは尤もだが、保健医が保健室を勝手に離れて良い理由にはならない。
「先月の葛城君の件はありがとうございました」
「あれぐらい、どうってことないわよ。まあ、他クラスの子をわざわざ助けるなんて、もの好きだなとは思ったけど」
「別に僕は他クラスの全てが敵だとそう思っているわけじゃないですよ。当然、線引きはしっかりしてますが、この日常の全てを駆け引きや謀略の材料とするつもりは無いんです」
「ふーん、一之瀬さんとヤって、丸くなっちゃったわけ?」
あんた、何言ってんだよ。仮にも教師だろ。びっくりした。ただ特にニヤニヤするでもなく淡々と聞いてくるのが、余計に怖い。
「あはは、嫌だなあ、教師でしょう?そんな話はしないでくださいよ」
「別に隠さなくてもいいわよ。暗黙の了解って感じはあるし。保健医ってそういう生々しい話も聞くことはあるから」
「そういう関係かはともかく、現状の幸せに満足しきった訳ではないですよ。ちゃんとクラスの皆とAクラスで卒業したい気持ちは持ってますし、この学校の仕組みも面白いものだと感じています」
確かにあの時、僕の中で帆波がすごく大きくなったことは事実だ。けれど、今まで培ってきた絆はそう安いものでは無かったようで、クラスメイトとAクラスで卒業したいという思いも、なんら変わることは無かった。器は崩壊したが、また大きい新たな器になった。どう転ぶか分からない賭けだったが、結果としては勝ったと言えるだろう。
「そう。木之原君には本当に期待しているわ。佐枝ちゃんも今はおとなしくしているようだしね。ただ綾小路君にも注意を払うのは忘れないでね」
「よっぽど、大丈夫だと思いますけどね。まあ、自衛ぐらいは許してあげるべきかなと」
「もう何か掴んでるの?」
「いえ、何も。ただ龍園君の矛先が向くなら、Dだと思っているというだけです」
「そう、じゃあそろそろ私は保健室に戻るわね。バイバイー」
「やっぱり抜け出してきてるんじゃないか…」
独り言はグラウンドの活気に一瞬でかき消された。
「改めて誕生日おめでとう!」
暗闇の中、光を放つ数字型のキャンドル上部の火をそっとかき消す。こういう時、つばが飛ばないように火を消すのって案外大変だな。
闇を照らす16は消え、暗転する。帆波は席を立ち、明かりを点ける。
「ありがとう、最高の誕生日だよ。振る舞ってくれたご飯も最高だったし、ケーキもこんなのまで用意してくれて」
「これぐらいお安い御用だよ。それに今週の土曜日には一日デートもあるんだからね」
「勿論、楽しみにしてるよ」
和やかに会話をしながら、ケーキを食べる。ケーキはショートケーキで、丁度いい甘さだ。味わうために敢えてゆっくりと食べ進める。
「ごちそうさま。本当に美味しかった」
「そっか、良かった」
食べ終わって、皿を流しに持っていくと、背後から抱き着かれる。敢えて胸を押し付けてくる。
「じゃあ、次は私を…」
囁き、誘惑する。何が好きで、何が嫌いなのか、もう全て把握されてる。
「食べて?」
<一之瀬視点>
日差しが差し込んで、自然と意識が覚醒する。葵君は疲れからか、起きないみたいだ。
ベタベタになっている体を洗うため、お風呂へと移動する。今、この瞬間を誰かに見られたら、本当に終わりだなあ。
例えば、過去の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか?
不潔だと不浄だと、そう蔑むのだろうか。それとも誰かを愛し、誰かに愛されることに羨望を抱くだろうか。
どちらかと言えば前者だろうなと思う。完全に否定はしなくても、学生なんだから、清く正しく生きるべきなんて思ってたかもしれない。
シャワー室に入り、温かい水が出るまで少し待つ。
私たちの関係は夏休みに大きく変わった。あの日までは、多分、互いにクラスが一番で、正しいリーダーだったと思う。
いや、私はきっと違った。あの時、私が罪を告白して、それを君が受け入れてくれた時から、その時から君が一番だったかもしれない。
罪の告白をした時は、拒絶されるのが怖かった。けれど受け入れて、共に歩んでくれた。
愛の告白をした時は、一度拒絶されたと思った。けれど、それは勘違いで、恋人として一緒に過ごしてくれた。
自身の全てを晒したあの時は、本当に拒絶された。まだ進めないと、ごめんなさいと。
だから悲しくてどうしようも無かった。でも止まろうとは思えなかった。彼は普通の人だ。すごく人間的だし、欲にもほどほどに負ける。そんな姿を見て来た。だから溺れさせちゃえばいいってそう思った。ずっと持て余し気味にしてた体だけど、彼が喜んでくれるなら、存分に使わせてあげる。初めてもあげて、きっと、これからも全部あげられる。そうしたら、彼は私を拒めなくなる。
だから…そう諦めてたから、彼から来てくれた時は嬉しかった。本当に覚悟をして、受け入れてくれたのだと感じた。
増々、好きになってしまった。
シャワーを浴びる。色々なものが洗い流されていく。それが少しだけ名残惜しくもあるのは、本当におかしな話だ。
あの夜を乗り越えた後も夢は変わらなかった。お母さんと妹の事、クラスの皆の事、大切なものはそのままだった。
けれど、彼の為なら、それも捨てれてしまうのかもしれない。彼が退学するなら、私も後を追うだろう。
逆だってそうなると確信する。私たちはどうしようもなく絡み合って、どちらかが死ねば、もう片方も死ぬ、そんな体になってしまった。
私は自分の弱さを感じていた。4月のこと、無人島試験、船上試験。私は葵君に頼りきりだった。
もしも葵君が敗北することがあれば、それは私が狙われたときなんだろう。それだけはきっと間違いない。
大切なものを守るためには強くあらないといけない。彼に足りないところは私が補う。彼の真似をすることに意味は無い。
二人でどんな人間にも負けない最強のリーダーになればいい。私たちのハッピーエンドの為に、私は強く覚悟を決めた。