ようこそ一之瀬がハッピーエンドを迎える教室へ 作:スカビオサ
昼休憩が終わり、午後の部である推薦競技が始まる。
借り物競争に出るのは、学年別最優秀賞を目指す柴田君や他クラスとも仲が良かったり、交友関係が広いメンバーだ。
Dクラスの須藤君も出てくるため、この勝負で2位以下に沈めれば、柴田君が学年別最優秀賞を取れる可能性が高まる。
ただリスクがあるのは柴田君も同じ。足では誰にも負けないと言っても、これは当然、運の要素も大きい。ただ柴田君自身、クラスでのムードメーカーで、サッカー部をやっていることもあり、クラス内外、人間関係は充実している方だ。そう考えると1位を勝ち取ってくる可能性は高いだろう。
第1レースは須藤君が出場する。これは見ものだな。
僕たちのクラスからは網倉さんだ。帆波の繋がりで交友関係も広い方だし、身体能力も女子の方だと比較的高い方だ。
須藤君が駆け出す。誰よりも先に箱に辿り着き、お題を引く。どうやら良いものを引いたらしい。すぐにクラスのテントに戻り、山内君から体操服を奪う。結局、須藤君は1位でこの競技を終えた。
網倉さんも引き直しをすることなく、すぐに借りることが出来たようで、2位となった。引き直しには30秒の待機が必要だ。この点で難しいお題を引いた場合、1位は逃すことになるだろう。
その後も白熱した展開が続いた。全員が難しいお題に当たり、引き直したり、好きな人というお題を引いて、告白し、玉砕した人もいた。この競技は毛色が違って、クラス対抗という意識も薄れ、全員が楽しんでいる感じだ。
因みに柴田君は友達を10人と言う、僕視点かなり高難度なお題を引いたが、すぐに人員を選んで、1位を獲得した。こういう時、選ばれると嬉しいよね。
第6レースには帆波が出る。彼女は余程、変なお題を引かない限りは人から物を借りるには困らないだろう。
2番目に箱からお題を引くと、真っ直ぐ、僕の方に向かってくる。バッと紙を広げて見せてくる。
『自分の事を世界で一番愛してくれる人』
いや、おも…重すぎ!誰だ、こんなお題を入れた人は…
世界で一番愛してる人なんて、さっきの好きな人の何倍もハードル高いぞ。
ん?いや、よく見ると、自分の事を世界で一番愛してくれる人?つまり…
「付いてきてくれる?」
みんなの前でやり取りをしているからか、走って息が上がっているからか、頬を赤らめながら聞いてくる。
「うん。きっと僕が適任だ」
躊躇わず前に出て行く。
周囲からの生温かい視線を無視しながら、帆波の手を取り、二人で一緒に駆けていく。結果は1位だ。
二人してテントに戻ると、クラスメイトから微妙な視線を向けられた。1位なんだけど…?
「えっと…何?」
「いや、何でもない」
「仲良くて良いんじゃない?」
「そうだな、ご馳走様というか、これ以上は要らないな」
1位を獲得したというのに、クラスの盛り上がりはどうやらイマイチのようだ。
それはともかく、今回の競技で僕たちのクラスは全体的に好成績を記録した。1位が3回、2位が2回、3位が1回だ。
交友関係の広さもあるが、秘密兵器が上手く作用したこともある。僕たちのクラスのテントには物置のようになっている一角があり、そこにはリストバンド、置時計、サッカーボールなど取り敢えず、お題になりそうな、適当な小物を全て持って来てある。そこから持っていく形にすれば、難しいお題が来ても、対処できる可能性が上がるという訳だ。そこに何があるかを事前に覚えておけば、引き直すかの判断も迅速にできる。
続いて、四方綱引きだが、こちらは芳しくない結果となった。
Cならアルベルト君、Dなら須藤君と明確な力自慢がいるが、うちにはいないこともあり、結果は3位。柴田君が須藤君に一歩リードを許す形となった。
その次は男女混合二人三脚だ。1クラスから4組を選出し、各クラスから1組選出して、1レース。つまり、4レース行うことになる。
僕は帆波と共にレースの準備をする。
「じゃあ、結ぶね」
「うん、お願い」
紐を結んでもらっていると、須藤君と堀北さんがやって来た。
「柴田には負けられねえからな。ここで1位を取らせてもらうぜ」
「まあ、お手柔らかにね」
そう返すと、彼らも所定の位置へと戻って行った。
「絶対に勝とうね」
「うん。勝てると思ってる須藤君の度肝を抜いてやろう」
僕たちは伏兵だ。推薦競技のメンバーのすり合わせを堀北さんと平田君と行った時に、推薦競技はどうしてもある程度出来る人が集まるから、全員参加と比べ、調整する余地は少ないし、学年別最優秀賞を取りうる二人をかち合わせるのは止めようとだけ決めて調整したが、それは互いの最優秀賞候補に点数を取らせるためではなく、須藤君の点数をここで落とすのが目的だ。
二人三脚だが、須藤君が単に速いだけでは解決しない。単に僕と須藤君、帆波と堀北さん、それぞれで走れば、十中八九負ける。だが、これはペアと息が合っているかが大きなファクターとなる。現に柴田君のペアとも競走したが、勝ってるしな。
配置に付き、合図を今か今かと待つ。神経を研ぎ澄ます。すぐに走り出せるように。
合図に合わせ、すぐに動き出す。
「1、2、1、2」
掛け声でリズムを合わせて、走り出す。周囲は見ない。前だけを見る。周りが速くて、焦れば、リズムはズレて逆に遅くなる。狂ったリズムを整えるのは簡単な事じゃない。ただ横に互いがいることだけ、それだけ分かっていればいい。
ただ横にいるだけで安心する。力が出てくる。2人ならどこまででも行けるって思える。走り続ける。
ゴールテープを切る。
「案外早かったね。すぐ終わっちゃった」
「だね…もっと長くても良かったのに」
「でも、やったね!1位だよ!」
会話しながら、レーンから遠ざかり、紐を解くと、抱きついてくる。
「やったね!」
「これで柴田君のフォローは出来たかな」
「柴田君たちならきっと1位を取ってくれるよ」
そうして話していると、須藤君と堀北さんがやって来た。
「マジで驚いたぜ。柴田のやつに負ける可能性はあるって思ってたけどよ、お前らに負けるなんて」
「その侮りのお陰でこちらは助かったかな」
「調子に乗ってたみたいだ。堀北も…すまねえ。俺が焦っちまって。リズムを乱した」
「気にしなくて良いわ。それにまだ種目は残ってる」
「だな、1200メートルリレーでは、絶対勝つぜ!そこで柴田にも土を付けて、俺が学年別最優秀賞を獲ってやる!」
そう意気込むと二人は離れていった。
「これは強敵かもね」
「須藤君には、停学は良い薬だったみたいだね。自分をしっかりと見つめ直して、クラスに貢献しようとしてる」
あの時の判断は間違っていなかったと思うが、あれで自暴自棄にならず、今こうして、活躍しているところを見ると、クラスポイント30に釣り合うかは微妙そうだ。
柴田君のペアは当然のように1位を獲得し、神崎君のペアも2位につけ、この推薦競技は好成績で終わることが出来た。
最後の1200メートルリレー、走順は神崎君、安藤さん、津辺さん、帆波、僕、柴田君の順だ。神崎君で引き離し、そのリードを女性陣に何とか保ってもらい、最後、僕と柴田君で巻き返す構成だ。気になるDクラスも似たような布陣で、須藤君、平田君、小野寺さん、前園さん、三宅君、堀北さんの順だ。しかし、アンカーと言えば、リレーの花形だ。須藤君が素直に譲るとは思えなかったが…
それに堀北さんは女子の中では速いだろうが、流石に男子と比べると見劣りする。アンカーは荷が重くないか…?
第一走者がレーンに並ぶ。合図が鳴る。
須藤君が勢いよく前に出る。1年Dクラスは一番インコース。その恩恵を活かし、他を突き放していく。大きなリードを保ち、平田君に繋ぐ。そこから少し遅れて、神崎君も2位で安藤さんにバトンを渡す。バトンパスは全員よどみなく出来るように練習を積んできた。スムーズにバトンを渡し、走り出す。
流石に後から迫る男子には抜かされるも、3位で津辺さんに繋ぎ、その津辺さんは4位で帆波に繋ぐかに思えたところで、前を走っていた3年Aクラスの女子が転んでしまう。その隙に抜かし、3位で帆波に繋ぐ。
この段階で1位は2年A組、2位は1年D組、3位は僕たちだ。帆波はリードを削られながらも、何とか3位でこちらまで向かってくる。
「お願い!!!」
「任せて!」
帆波からバトンを受け取り、走り出す。まずは前にいる三宅君だ。距離はそこまで遠くない上に、本調子ではないのか、50メートルぐらいの所で抜かす。2年A組もそこまで遠くは無い。差は10メートルほどか。相手もこの種目に出ている時点で俊足だ。距離が縮まらない。
「葵君、頑張って!!!」
この騒がしいグラウンドの中でも、その声だけは不思議とはっきり届く。
ははっ。馬鹿だ。馬鹿すぎる。我ながら単純過ぎる。
ただの応援だって分かってる。不思議なパワーは無い。
でも、何でもできる気がする。
こんな距離ぐらいなんて事は無いって思える。
自分でも分かるぐらい、速度が一段上がる。
最後のカーブに差し掛かる頃には2年Aクラスの走者の背中を捉えていた。
「この勝負は俺たちの勝ちッスね堀北会長。出来れば接戦で走りたかったですよ」
南雲はレースの様子を見ながら、そう話し掛ける。
3年Aクラスは現在、5番手。前を走る2年Aクラスとは、かなりの差がある。
「総合点でもうちが勝ちそうですし、新時代の幕開けってところですかねー」
「本当に変えるつもりか? この学校を」
「今までの生徒会は面白みが無さすぎたんですよ。伝統を守ることに固執し過ぎたんです。口では厳しいことを言いながらも救済措置を忘れない。ロクに退学者もでない甘いルール。もうそんなのは不要でしょう。だから俺は新しいルールを作るだけです。究極の実力主義の学校をネ」
「そうか、だがどうだろうな。」
「はい?」
「新しい芽は芽吹き、成長を始めているということだ。南雲、お前も油断していると足を掬われるぞ」
視線の先には自身のクラスとの距離を詰める後輩の姿が見えた。
「それならそれで、会長がいなくなった後は楽しませてもらいますよ」
南雲はパスを受け取るために助走に入る。それと同時に柴田もレーンに入る。
「南雲先輩!勝負です!」
「柴田か、後輩だからって手心は期待するなよ」
「勿論ですよ、本気の先輩を倒します」
2人とも同時に助走を始める。
「南雲!頼んだ!」
「柴田君!行け!」
2人に同時にバトンが渡る。
バトンパスはどちらも成功。後は己の実力のみ。
ほとんど同時にコーナーへと差し掛かる。
しかし、インを走っているのは南雲。その分、柴田は遠回りを余儀なくされる。ストレートに差し掛かる頃には僅かな差が生まれていた。しかし、懸命に食らいつく。どころか声援に後押しされて南雲を僅かに抜く。
南雲は堀北会長の言ったことを今、理解した。木之原も一之瀬も柴田も総合的に見れば、自分に敵うはずもない。だが木之原は学力、思考能力、一之瀬はコミュニケーション能力、統率力、柴田であれば、この脚力。自分に伍する物を持っている。それをクラスの団結感で底上げするという形。自分や堀北会長とは違う強さ。
来年も楽しめるかもな…
例え認めたとて、負けるのは南雲にとってあり得ないことだ。1段ギアを上げ、柴田を差し返す。
横並びになりながら、最後のコーナーを曲がる。
互いに全力を振り絞り、最後のストレートを駆け抜ける!
大地が揺れているかのような歓声が響き渡る。
果たして結果は…
「木之原ーごめんー」
柴田君が縋りついて謝ってくる。
「みんなもごめん!」
「いや、謝る事じゃないだろう。十分に速かった。本当に惜しい勝負だった」
「だよね、ぱっと見じゃ、どっちが勝ったか、わからなかったぐらいだし」
「うんうん」
リレー参加者はそんなこと気にするなって感じだが、柴田君は本当に申し訳なさそうにしている。
「柴田、驚いたぜ」
南雲先輩が歩いてくる。
「木之原、お前の追い上げもな。久しぶりに満足できる良い勝負が出来た。ここに堀北会長も加われば、もっと楽しかったんだろうが、その点だけは残念だな。学年ごとのAクラス、その中のアンカー、学年を超えた戦いの幕を降ろすにはこれ以上ない舞台だった。まあ、過ぎたことは仕方ない。俺が3年生になったら、お前達と遊ぼうと思ってな。その時は正々堂々、ぶつかろうぜ」
南雲先輩は言いたいことだけ言って帰って行く。最後のデッドヒートを制した訳だからな。多くの生徒から大人気だ。
それにしても、僕はやりあいたくないんだけどな。何かよくわからないけど、興味を惹いてしまったらしい。
これで体育祭は終わり、後は閉会式と結果発表だ。
「それでは、これより本年度体育祭における勝敗の結果を伝える―――」
赤組と白組に分けられた電光掲示板の数字がカウントを始め、数値が増え始める。
全13種目のトータル獲得点数。勝った組は…。
赤組だ。
勝利赤組を示す文字と共に点数が表示される。ぎりぎりまで勝敗が分からない良い対決だった。最後の推薦競技である1200メートルリレーで上位を赤組が独占したのも大きかっただろう。1位が2年Aクラス、2位が1年Aクラス、3位が3年Aクラスだったからな。堀北会長も滅茶苦茶追い上げてきてたし、やっぱりあの人もバケモノだな…
「続いて、クラス別総合得点を発表する」
全12クラスを学年ごとに分けた表示が一斉にされ、各クラスの点数が表示されていく。
1位 1年Aクラス
2位 1年Cクラス
3位 1年Bクラス
4位 1年Dクラス
僕たちが1位だ。みんなも喜びの歓声を上げている。最後の高得点のリレーや借り物競争、二人三脚など得点が高い推薦競技と個人競技でコンスタントに入賞者を出し、1位を獲得する生徒が多かったことが要因だろう。唯一、Cに情報が流れていなかったこともかなり大きい。
Cクラスは得た情報アドバンテージを使い、アルベルト君、陸上部など各生徒を上手く割り振ったことにより、僕たちとは僅差で2位だ。個々人の能力も高いし、何かが違えば、ここが2位だっただろうな。1200メートルリレーも陸上部の女子が2名いるという優れた強みを生かして、5位に付けていた。
BクラスはDよりも平均が高く、突出した橋本、神室、鬼頭という元坂柳派の活躍があったことで、この順位に付けた。しかし、坂柳さんの欠席は痛く、点数を大きく失っている。
Dクラスについても、Bと同様、高円寺君が欠席したことにより、点数を得る機会を失っている。彼が本気を出せば、須藤君に匹敵する働きをしただろうし、団体競技の結果も変わっていただろう。彼が動かなかったのは、他クラスにとって、幸運だったと言える。須藤君の活躍は目を見張るものがあったが、他がひどかった。平田君や小野寺さんなどは順当な成績を上げていたが、それでも陸上部を当てられたりで1位は少なく、平均より下の生徒はCには勝てない露骨な配置をされており、最下位を連発する生徒も見受けられた。
「それでは最後に学年別最優秀賞を発表する」
1年最優秀賞はA組・柴田颯
「よっしゃー!」
柴田君も大喜びだ。因みに全体では南雲先輩が最優秀賞を取っている。
閉会式が終わり、生徒はぞろぞろと解散していく。
「じゃあ、19時にクラスの教室に集合ね!」
帆波がクラスのみんなに呼びかける。
かなり汗を掻いているし、土埃にまみれたからな。すぐに帰って、風呂に入りたい。と言っても生徒会で少しだけやる事はあるが…
仕事を終わらせてから、僕は寮へと帰った。
男女混合二人三脚については、原作で詳しいルールが明らかになっていないので、独自のものになります。