悪の神とは何か?
死を司る神?
冥府の神?
この判断基準は人それぞれといえるだろう。しかし、これら全てに役割があり全て必要なものである。つまるところ悪の神の判断基準は何かというならば、その神の性格となる。
二柱の戦いはオラリオに阿鼻叫喚に包まれる中、人知れず行われていた。
だが、その神は悪としての役割を持つ神であった。悪こそが素晴らしいと賞賛するもの善き神とはほど遠いものだ。そんな彼は少年のような体格とは裏腹に悪辣な技と駆け引きをもって持っているナイフを巧みに扱い敵を追い詰める。
相対するのは女神、彼女の司るものは正義。弱者を助け、強きをくじく正義の味方。そして悪を倒す者。それが彼女の役割であり定め。その正義の元、彼女は剣を振るうこれは遙か昔から定められた戦い、彼女の天秤が、その神性が、彼を倒せと突き動かす。彼女が司るは正義の剣にして翼、その剣技は第一級冒険者を凌駕する。その絶巧絶技が悪神に振るわれる。
勝つのは正義の剣か、それとも悪神が振るう悪辣な刃か、それは神さえ知らない。
「はあ・・・。本っっっ当にしつこい!俺は忙しいんだよ!」
「そうはいきません!あなたを放って置くことは百害あって一利無しでしょう!」
「まあ!そう!なる!よっな!」
巧みなナイフ術でアンリマユはアストレアの剣を裁いていた。
意外なことに二柱の戦いは中々勝負が着かないでいた。実際、アンリマユのナイフ術はそこまで大したものではない。しかし、アンリマユの戦い方は常軌を逸していた。地面の砂、家にあるまな板、物干し竿といったあらゆる物を武器にしそれらを最大限に活かし小回りのきく体を最大限に活かし彼はアストレアを相手に互角の戦いをしていた。
「良いのか?アストレア?」
「何がです?」
「お前の眷族達、多分もう制圧されてるぞ。」
「あの子達はそこまでやわくありませんよ?」
「へえ、そうかい。だが、残念だったなあ!」
「何を!?」
アンリマユが仕掛けたナイフの雨がアストレアに降り注いだ。だが、それら全てをアストレアは最小限の動きで切り払う。
「ゼウスとヘラがいないとは言え、あの子達を倒してあなたは何を成すつもり?」
「ああ・・・。その件だがあ・・・本当にゼウスとヘラいないのか?」
「ええ。ってまさか!あなた知らずにオラリオに来たの!?」
「仕方ねえだろ。俺は嫌われてるし、ここに来るにも制約やらバランス調整なんかで全く下界の観察もできなかったんだからよ!おまけにだ!普通に降りた瞬間にモンスターには襲われるは、行き着いた国の神は乗っ取られてるは、散々だったんだよ!!」
「・・・あなた本当に嫌われてるのね。」
「そんな哀れむなよ。悲しくなる。」
「それで、あなたは何をするためにここへ・・・。」
「うーーんと。まあ、言ってもなあ・・・。意味がなあ・・・。」
「まあ、良いでしょう。あなたがオラリオに勝ったことは事実です。ここから先あなたが何をするか私は見守ることにします。」
「おや、てっきり止めにくるかと思ったのだが。」
「私の眷属達は止めに行くでしょう。ですから私はそれを応援するだけです。」
「こんだけ出会いがしらで襲ってきて、説得力ねえよ。」
「そう、ね。」
「まあ、俺とお前は殺し合うのは決まってたことだ。例え、永遠に決着が着かないとしてもな。」
オラリオの喧噪が落ち着くと同時に住民達の逃げ惑う姿が一斉に起こった。
ゼウスとヘラがいなくなってからオラリオを守り続けた者達が負けたのだ。その後にあるのは想像に難くない。オラリオを出る準備をするもの。隠れる者。様々だった。そして静観していた他の闇派閥達も動き始めもうチェスでいうチェックメイト状態になりつつあった。
「こりゃあ、ひどいな。」
「あなたが原因でしょうに。どうするつもり?」
「はあ、しかたねえ。俺たちの目的にはオラリオが必要だからな。」
アンリマユは片手を上げて、指で音をならした。
「お呼びでしょうか?」」
そこにはさっきまでロキとフレイヤの冒険者を相手取っていたエヴァが来ていた。
「黙らせろ。穏便にな。」
「はっ!」
そういって彼女は己の脚力をもって塔に向かって走っていった。
「彼女はどこから来たの?」
「俺の行った国で騎士やってて暇どうだから誘っただけだ。」
「そう。」
「お、信じるのか?」
「信じてませんよ。」
あの大英雄が暇だという丸わかりの嘘をつく悪神にため息を付きつつ女神は静観する。
彼と自分の縁は正に運命で繋がっている。故に女神は悟っていた。この悪神は他の闇派閥とは目的が違うことを。
「そんじゃあ、俺も行くわ。」
「・・・あなたは、何をするつもり?」
「とりあえずは・・・金だな。」
「・・・はい?」
◆◆◆
「・・・という訳でアストレアに紹介してもらって孤児院のアルバイト中だ。」
「・・・成る程。」
フェルズは経緯を知り驚いた。
「しかしあなたは悪の神。アストレア様は天敵では?」
「俺とあいつはそういうのとは違うんだよ。」
正義の神と悪の神、ここまで明確な平行線の神の対立は珍しい。
「まあ、このアルバイトは明らかに監視のためだな。」
「・・・神アンリマユ。あなたは闇派閥のはず、何故こんなアルバイトを?」
闇派閥とは律儀にアルバイトなどしない。当然だ。なにせ奪い、搾取し支配する。血と狂騒、破壊と殺戮こそをもっとうするからこそ彼らは闇派閥と言われるのだ。
「俺の目的にはオラリオが必要だからな。」
「ならば、素直にギルドで登録を行えば良いのでは?」
「ここまで派手にやって素直に登録させてくれる奴いるか?」
「そうだが、あなた達はゼウスとヘラに会いに来たと聞いています。ならばある程度の理解は得られるでしょう。」
「すげえな、オラリオ。行かねえけど。」
「理由をお聞きしても?」
ギルドに登録するならば縛られはすれど多くの恩恵を受けられる。その制限もそこまでなく、加えてアンリマユファミリア程の武力があれば無茶が通る。(ロイマンの胃は考慮しないものとする)
「俺たちが闇派閥だからだよ。悪党が律儀に登録しにいくなんてダサすぎるだろ。」
現在進行形で子供にもみくちゃにされている悪の神にそこまで威厳があるとは思えないが、それで良いのか?
「それに俺に用があるのは、ウラノスだろ。」
「知っていたのか?」
「俺に会いに来るのは今、あいつぐらいだからな。」
「では?」
「ああ、今から行くよ。」
そういってアンリマユは子供達を引き離し、眷属達に預けた。
「そんじゃ、行ってくるわ。」
「行ってらっしゃい。」
「お気を付けて。」
オラリオを絶望にたたき落とした最強の眷属達は主人を温かく送り出す。
「黒いお兄ちゃんまたねー!」
「おう!」
それにもあくの神は笑顔で答える。
その様子を見ていたフェルズは予想とは全く違う姿に半ば唖然としていた。アストレアが大事な孤児院の子供達を預ける時点で予想外だが、彼らはフェルズの知る闇派閥とは全く違うようだ。
ロキとフレイヤの冒険者達が敗北したままで泣き寝入りすることはありはしないため今後どうなるかは分らないが、現最強である彼らが及ぼすものがオラリオにとって良い物か悪いものかこれは誰にも分らないだろう。
「本当にどうなるだろうか?ウラノス、あなたどこまで見通している?」
フェルズは普段笑みを浮かべることも無い老神を思い、これからのオラリオに思いをはせていた。
◆◆◆
「お前がアンリマユか?」
「ああ、そうだぜウラノス。」
二人が邂逅しているのは特殊な祭壇だった。ここには許可を得た者しか入ることが許されないらしい。
「アストレアから事前に聞いていたがお前がそうか・・・。」
「要件はなんだ?」
「貴様の目的とこれからのことだ。」
ギルドの主は悪の神を見据えて問いただした。
「貴様はオラリオの、人類の敵になるつもりか?」
「何を言うかと思えば・・・。俺たちは闇派閥だぜ。当然、敵だ。」
「それにしては善行をしているようだが。」
「当然だろう。悪行をする前にぶっ殺さなきゃなんねえトカゲがいる。」
「・・・そうか。」
老神は目を閉じ塾考したのち、決定した。
「アンリマユ。ギルドは貴様らに便宜を図ろう。」
「おいおい、正気か?ウラノス。」
様子を見守っていたフェルズが老神の決定に口を挟んだ。
「ああ。正気だ。」
「ギルドの存在意義はこのオラリオの宿願を果たすためにある。そこに差はない。そして貴様らの強さ、その在り方はオラリオにとって有益だ。」
「はっははっはは!ウラノス!お前最高だな!」
「お礼にここを潰す時はてめえを最後にしてやる。」
「・・・好きにするがいい。」
そういってウラノスは一枚の羊皮紙をアンリマユに渡した。
「それを使えばギルドは貴様のために動くだろう。」
「そうか。そんじゃ好きに使わせてもらうぜ。」
「それじゃあ、話は終わりだな。」
「ああ。」
「あばよ。ウラノス。」
そういってアンリマユは意気揚々と帰って行った。
「ヘルメス。」
「やはり気付いたか。ウラノス。」
「言いたいことがあるのだろう?」
「ああ。」
「単刀直入に聞く。何のつもりだウラノス。公正な立場こそがあなたの役割のはずだろう。しかも相手は悪の神だ。どういうつもりだ?」
「・・・ゼウスとヘラが消えた今、オラリオには火付け役がいなくなった。」
「ロキとフレイヤがいるだろう。加えて今は暗黒期。戦いの場には事かかないし第一アストレアの子達みたいに躍進しているファミリアも多い。控えめにいっても後身には困らないだろう。」
「ああ。だが彼女達はゼウスとヘラを知らない。」
「まあ。そりゃあな。」
「あれらはまさに英雄であり英傑の軍だった。彼らがいたオラリオと今のオラリオの差はあまりにも広い。」
事実である。彼らはそれほどだった。
「まあ、正直言って子供達が可愛そうだったけどな。あいつらまじで英雄っていうよりも暴君だったから。」
「・・・だが、彼らはリヴァイアサンとベヒーモスを討伐してみせた。」
「ああ。そうだ。」
ヘルメスも他の神々も認める。彼らの振る舞いは横暴で暴君のそれで苛烈を極めていた。お互いに食らい合い弱肉強食の摂理をオラリオに知らしめた者達。彼らの横暴さに耐えかねて出て行った者も少なくない。
だが、その被害にあった者達もその最たる勇者も騎士も猛者も認めていた。彼らこそが「覇者」であると。道なき道を行き覇道を歩む者達、彼らこそがオラリオが求めた英雄であると。
「けど、負けた。」
「ゼウスとヘラの眷属達でもあの隻眼の黒竜には勝てなかった。あの眷属達も俺たちの想像を超えて強かったがあの黒竜はさらに上回った。」
「そうだ。」
「だからこそ、彼らが必要だ。彼らは悪であり、オラリオを世界を滅ぼしうる存在だがその強さは恐らく彼らに匹敵する。」
「まあ、確かにな。魔女の方はロキとフレイヤに加えてアミッドちゃん達も潰されて阿鼻叫喚の地獄絵図作ってたし、・・・聞くだけで廃人状態の一歩手前にするってチートすぎないかい。騎士の方も無傷で制圧したみたいだし。本当にチートだなこれは。」
「だからこそ彼らは壁となるだろう。」
「そうだが、ウラノス。もし、彼らが悪行に走った時どうするつもりだ他の闇派閥と協力でもされたら手が付けられなくなるぞ。」
「それは大丈夫だろう。」
老神は断言する。
「・・・そうかい。俺の方でも監視をだすよ。」
「好きにするがいい」
「最後に一つ聞く。」
ヘルメスはその神意をもってウラノスに問う。
「どうしてそこまであの神を信じる?」
「・・・ただの勘だ。」
ウラノスはそう答える。
「・・・そうかい。」
答える気が無いという、ウラノスの答えにヘルメスはため息を一つ
「じゃあ、俺も帰るよ。」
「あ、一つだけ頼む。ウラノス。」
「城壁の件か?」
「ああ、人手をギルドからも頼む。ああ、外部のファミリアも呼ぶことになっている。」
そういって羊皮紙を何枚かウラノスはヘルメスに渡した。
「これは・・・大仕事だな。というかこの金はいったいどこから・・・。」
「まあ、いいさ。やろう。」
ヘルメスは予感する、これからのオラリオはより一層血が流れると、そしてその中心は彼らアンリマユとなるのだろうと。厳しい時代の到来にヘルメスは子供達の行く末を見守るしかない。
「どうなるのやら。」
不安をもらす男神。しかし、その口には笑みが浮かんでいた。神々は下界の人々を救済するために動いていることは事実だ。しかし、彼らはそう単純じゃない。彼らは「刺激」を求めてやってきた。あまりに長く生きすぎて、神同士の戦争にも飽き飽きだったのだ。
神々は全能を捨て零能となり下界の未知を渇望する。そして彼らは下界の民の行く末を見守り記す事を選んだ。
これは神々の物語ではあらず、これは下界を生きる子供達の物語。親愛なる眷属が紡ぐ眷属物語。
だからこそ
「さてと、何で遊ぼうか?」
最悪の神は嗤う。下界の子供達というおもちゃでもって自分の欲望を満たすために。
ここに最悪の暗黒期が始まりを告げた。
「あ!黒いお兄ちゃんだ、捕らえろーー!」
「「「わーー!!」」」
かもしれない。