「ハイ……ボルト!」
『うぐああ!?』
満月の日。
大雨、大風、とても海に出られる天気でないにも関わらず、海岸沿いに船団が並んでいる。
風に吹かれて飛ばされそうな人影がいくつもあるが、彼らは必死に船にしがみついていた。風や雨なんかよりも、もっと憎むべき敵がいた。
『くらえっ!』
構えたモリを今も投げている。
『はぁ……はぁ……はぁ……』
上半身のみを海面から露出させ、鱗に覆われた大きな乳房を恥ずかしげもなく露出させるそのモンスターは、名をネレイドクィーンと言った。
人など遥かに凌ぐ巨体を持ち、腕の一振りで船を破壊する。そんな彼女の身体に大きな傷が。
『己ぇ……!』
大きく掲げられた海蛇の腕。
鱗が剥がれ、全身から流れる血は青い。
「効いてる!」
『妾の肉体にこのような傷を……! 許さぬ! 許さぬぞ!』
「──負けないっ!」
『貴様! 貴様! 貴様! 貴様! 貴様アアアアアアア!』
美しく顔つきを晒していた常。
海の覇者として君臨した彼女の尊顔は醜く歪み、モンスターとしての本性を表していた。
──海が揺すられ、大きな波がいくつも巻き起こる。
「みんな!」
「ああ! ここからだ、ユウリ!」
「すでに疲れてるんだけどなあ……でも、うん! やろう!」
「パルナパス様──どうか、お導きを!」
この場にいるのは勇者一行だけではなかった。
『野郎! こんな大波を……!』
『野郎じゃねえ! ありゃあ女だろうが!』
『知ったことか! ともあれ俺たちは援護だ! 周りの雑魚を狙え!』
『あのデカブツは任せるしかねえからな……!』
この怪物に苦しめられること200年。お爺さんのお爺さんのお爺さんの代から連綿と続く苦しみを断ち切る為、勇者がやってきた。
希望の光、雷の力を携えて静かに言ったのだ。
「助けに来ました」
最初は何をバカな、と相手にもしなかった。小娘どもが4人集まったところで何ができる。男達の慰安ぐらいなら出来ようものだが──と、くだらないことを考えるのみだった。
だが、繰り返すのだ。
勇者という名が、勇気ある者の称号であることを裏付けるかのように。
「助けに来ました」
ああ、それがあと10年早ければ、あるいは100年、200年早ければどれほど嬉しかったか。
だが、彼らは既に疲れていた。永い時の中で抗う気力がなくなるよう調教された彼らが立ち上がるには、証が必要だった。一触即発の場面でユウリ
「──ボルト」
それは古の勇者──騎士としか名を残さなかった英雄が用いたのと同じ力だった。光神パルナパスの加護を受けたものにしか宿らぬという清浄な光。
奇跡を見せた者がいるならば、と町長も顔を合わせることにして──その幼さ、若さにまた驚いた。
「力を貸してください」
「──しかし、私たちには最早戦う術などない。武器も、何も……兵士すら……」
「それでも……共に戦ってください。私たちは弱いから、最強でも何でもなくて、1人じゃ何もできないから……だから、手を取って進まないといけないんです」
「…………」
苦しそうに黙り込んだ町長へ話しかけたのは、元気な少女だった。
「──おっさん! 怪我してんじゃん! 手、出して!」
格好からしてシーフ。そんな彼女が手を重ねた。
重ねられた手から放たれた光が傷を治し、その手の温かさと柔らかさは、生贄として捧げた娘と同じだった。ジクジクと膿んでいた心が、温かいものに包まれていくような感覚で──シーフの少女
「おっさん……大丈夫。うん、大丈夫だからな」
それはかつて──
『お父さん……私は大丈夫だよ。だから……』
「ああ……そうか……」
その言葉にどれだけ救われたことか。
苦しみに耐えて耐えて耐えて、それでも搾取される日々。何のために生きているのかも分からずに、ネレイド達に生け贄を差し出して──多くの人に苦しみと悲しみを強いていた。
多くの人間の魂が、深海に閉じ込められていた。
だけどもう、そんなのは終わり。
炎を操る騎士と、回復を用いるシーフと、多くの魔法を使える修道女が、彼らの明日を救いにやってきた。
──ならば、応えなければならなかった。
立ち上がる勇気を失っていた自分たちへ勇気を届けてくれたのだから。
『はぁ……はぁ……!』
『ご無理をなさらず!』
『見届けなければ……私が選んだ選択の結末を……!』
既に戦闘は佳境。
痛む腰と頭を無視して、眼前で起こっていることの全てを──それが、責任というものだった。
──────
『海の藻屑と化せ!』
「うわあああ! もっと速くしてえ!」
クイーンの口から吐き出されるのは螺旋の水砲。
「こ、これが限界です!」
だが──
『やらせるな!』
『喰らえ! 俺たちが200年間、お前らに散々やらされた技だ!』
モリ投げ。単純な投擲だが、漁師がそれを行えばモンスターといえどタダでは済まない。
『おのれ! 私に貢ぐだけの餌どもが!』
腕の一振りで弾くが、オスは体躯がそこまで大きくない。幾本ものモリに突き刺され、次々と海面に浮かぶ。
誇り高き女王は、身内が傷つけられたことを決して許さない。全ては等しく邪魔なだけだが、数という意味においてサーフラグーンの人間の方が圧倒的に多かった。
『まずは貴様らから──』
「フレイム!」
「ボルト!」
『グゥッ!?』
全てを一掃しようとした女王を邪魔するように巻き起こった
生物に対して根本的に有効な火、そして魔を祓う雷が、クイーンの体表を焼いていく。
「やらせんぞ! 私の目の黒いうちは!」
「はあああ!」
『吹けば飛ぶ木端が調子に乗りおって!』
大水飛沫により遮断された攻撃。
魔力の無駄遣いを防ぐために2人は剣を引いた。
「やはり、近付かなければ威力が足りない……!」
「──トリス! お願い!」
「はいっ」
この中で有効な攻撃手段を備えているのは勇者ユウリと騎士ライザの2人だけだった。しかしこの距離では減衰して、あるいは海水で防がれて弱まってしまう。あの怪物を倒すにはもっと近付かなければ。
『自分から近づいてくるとは愚かな奴らだ! 叩き潰してやろう!』
「また、ハイボルトを喰らわせる! そうすればきっと……!」
「だが、あの怒り具合……先程のように簡単に接近を許してはくれんぞ! 何か策はあるのか!?」
「…………あの人なら……きっと勢いで何とかするはず!」
「勢い!? ば、バカっ何言ってるんだ!」
策とすら呼べない、破れかぶれの案。そんなものを採用するのは、とてもじゃないが──
「私たちじゃ勢いを生み出せない、数が足りないから……だから……!」
「街の人に手伝ってもらうんだね!」
「うん! トリス、お願い!」
「ああ、もう! 船を動かさないといけないのに!」
魔法の多重使用。通常は不可能なその工程をできるのも彼女が選ばれた人間であることの証左か。
『皆さん! 聞いてください!』
『…………なんだ? ……これは、声?』
風に乗せて、声を人々へ。
『私たちは今から、クイーンに接近しなければなりません! ですが、私たちの力だけでは足りないんです! 援護をお願いします!』
困惑する人々。
援護ということは、兵器を持たぬ彼らも近づかなければいけないのだ。
『いや……あれを援護しろって、要は俺たちも近付くってことじゃ──っておい!? 嘘だろ、アレ!』
『──!』
しかし、一隻の船が飛び出した。
『町長!? 何してやがるんだ! …………ああ、もう!』
『──行くぞ、てめえら!』
何故、町長が飛び出したのか。
「待っていろ……!」
最早、ここしかない。
ここを除けば、人類があの怪物を倒すときなどやってこないのだ。そして自分は一生、愛した家族を無意味に失ったという積年の中に生きていかねばならない。
勇者など、最早どうでも良かった。
誰でも良かった。
あの怪物に一撃。
入れてやらねば気が済まなかった。
この手に握りしめたモリを、果たして自分が投げることができるのか。
歳をとって、腕も重く、朝も早い。
「それでも…………それでも!!」
『おーい! おっさーん!』
「!」
『頼んだぞっ!』
「──!」
あの少女の顔を見るだけで。
声を聞くだけで。
涙もろくなった自分の顔が歪んでいく。
しかし、ああ──そうか、この日のために自分たちは耐えていたのだ。まだ倒していないにも関わらず、そんなことを半ば確信してモリを肩に担いだ。
「任せろ!」
『──ははっ!』
それに、皆が来てくれている。
形式上の存在でしかない町長に続いてきてくれている。
「皆の者! 続けえええええええ!!」
全て、彼女のおかげだった。
馬鹿にしていた自分たちの心に炎を灯してくれたのは、あの小さな背中だった。だから、これぐらいはせめて。
炎を大きくしてやろう。
大きくして、あの
『──おおおおおお!!』
海を揺らす、矮小な人間達の雄叫び。
それを見て、ネレイドクイーンは今度こそ信じられない気持ちだった。
『何故、抗う……? 私を倒したとて魔王様のお力には何の変わりもない。他の幹部も以前変わりなく現在だ。粛々と飼われていればいいだけなのに……』
「──分からない?」
まだ距離のある両者は、見つめ合った。
「たとえ1人では弱くても、1人では何にも出来なくても、手を取り合うことができる」
『──』
「それと……他の幹部が健在って言ったよね?」
『貴様…………』
「本当にそうかな?」
『無駄口を、叩くなあああああ!』
「トリス!」
「はいっ!」
小舟を素早く左右に動かし、攻撃を避ける。
近付いていく。
「みんな……お願い……!」
その声が聞こえたのか、そうでないのか。ともかく、背後からついてきていた船から夥しい数のモリが放たれる。漁師の強肩、海中にいる巨大魚を一撃で仕留める膂力が遺憾無く発揮されていた。
『ぐっ……! ぐあっ……!』
クイーンの周囲にいるネレイドは数を減らすが、同時に船団に向けて攻撃もしている。
両者の攻撃は撃ち合いとなり、沈没する船も出てきた。
『も、もうだめだこの船……うわあああっ!』
『やっべえ! 穴が! ──くるぞっ!』
「もう少しだけ……お願い、保って……!」
雄叫びと悲鳴、モンスターの叫びが混じり、戦場はもはや収拾がつかなかった。
そして。
『ここに至るとは…………』
クイーンの眼前。
小舟をここから動かすことは叶わないだろう。
しかし、それは敵も同じことだ。
不用意に動けば攻撃を喰らう状況、先に動いたのはクイーンからだった。
『くぉああああ!』
大きく振り上げた腕。小舟ごと彼女達4人を粉砕しようとしていた。
『ぬぅん!』
粉砕。
小舟は完全に木片と化し、そこに人が乗っていれば同じく砕け散っただろう。
だが──
「──ブロウアップ!」
風魔法で空中に飛び上がった4人は、振り下ろされたネレイドクイーンの腕に降り立った。目を白黒させるクイーンの左腕目掛けて、最大の一撃を叩き込む。
「ハイ……ボルトォッ!」
「炎熱剣!」
『──ガアアアアアッ!?』
魔力消費が激しく、あと使えて一度の技。しかし確かに、クイーンの腕は焼け爛れ、半ばまで絶たれた。最早使い物にはならないだろう。
しかし、大きく動いた腕から海に落ちる。
「うわあっ!」
海中にはまだ多くのネレイドが残っていて、このままではやられる。
「大丈夫か!」
彼女達を引き上げたのは町長の船だった。
「ゲホッ……町長さん……?」
「──攻撃が来るぞっ!」
「ウインドシールド! ……くっ、お、重いっ……!」
いまだに女王は倒れていなかった。重症ではあるが、この場ですぐに倒れるほどには追い詰められていない。揚げられたばかりのトリスは女王の放つ水流撃を防いでいるが、長くは続きそうにない。
「皆さん、今のうちに……!」
「…………だが、距離が……それに、もう囮になってくれる人も……」
先ほどの策は、住民達の協力が不可欠な一回きりのものだった。もう同じ方法は取れない。そして、ここにきては逃げるという選択肢もない。
どうするのかとその場の誰もが勇者を見た。
「…………策は……無い」
「ユウリ……」
「ごめん、みんな……私の力じゃこれ以上は……」
「そんなぁ……」
『ハハハ! ハハハハハ!』
一度止まった攻撃。
しかしそれはクイーンが倒れたのではなく、絶望している姿を目に収めるためだった。再び口元に溜められていく魔力。
『これで終わらせてやろう!』
万事窮す。
「せめて、私にももっと魔力があれば……!」
『諦めないで』
「……え? …………あの時の女の子……」
いつの間にか、少女がそこにいた。青白く、半透明な身体。一般的にゴーストと呼ばれるモンスター……の筈だが、何かが違う。
彼女こそはユウリの夢に呼びかけ、この街へと連れてきた張本人だった。
『──な、なんだ!?』
海面のそこかしこから、同じような人影が。ネレイドクイーンも人も、等しくそれに驚いて動きを止めていた。
その中で最も驚いているのは──
「う、嘘だ……」
『…………』
優しく微笑む少女の姿を見て、男はモリを取り落とした。
それは遠く失われた、二度と見ることはないと思っていた姿だった。
もう一度見られたならば──地位も、金も、命すらも、全てを差し出しても構わないと願っていた姿がそこにあった。
「あ、あああ……!」
『…………』
「ああ、シェリン……! すまない……私は……!」
『……お父さん』
「違うんだ、私は……俺が死んでいれば良かったんだ! あのとき、俺が……!」
足元に縋り付く男を、少女は優しく抱きしめた。
『お父さん……ちゃんとご飯は食べてるよね?』
「っ……!」
『前よりちょっと痩せてるもん』
「あああ……! シェリン……すまない……すまない……!」
『…………ごめんね、一人ぼっちにしちゃって』
シェリンと呼ばれた少女は、男を抱きしめたままユウリを見た。
『ごめんね、大変そうだね』
「ううん」
『何でかわからないけど……わたしたちに形が与えられたことには意味があるんだと思う』
「あ──」
ユウリは気が付いた。
いつの間にか満月が空に浮かんでいる。
そして、何かが体に満ちていく。
『お月様がくれたのかな』
「……そうかも?」
『そしたらさ、私たちの力をあなたに貸すよ。だから──あのおばさんをやっつけちゃって?』
「──」
『あはは、そんな悲しそうな顔しないで。だって、貴方にはこれからも大変な道が待ってるんでしょ? ……だから今は、笑ってほしいな』
「……倒すよ、絶対」
勇者は下手くそな笑顔を見せた。
『うん、お願いね? みんなも力を貸してくれるからさ……じゃあ、いくねっ!』
「──うわっ!? …………あっ」
シェリンは勢いよくユウリの胸の中に飛び込んだ。驚いて尻餅をついたユウリが仰ぎ見た空。
「キレイ……」
船を取り囲むように幽霊達が集まってくる。
満月と同じ色を携えて。
──────
『ええい! 何だこのゴーストどもは! 勇者はどこだ!』
霧と同じほどの密度で集まったゴーストに視界を邪魔され、海面近くの様子が全くわからない。かき分けてもかき分けても、嘲笑うゴーストが出てくるだけで一行に見えなかった。
しかし、だんだんと数が減っていく。
『何だ! これは何をしている! ──まさか…………勇者は逃げたのか! ……ははは! これはお笑い種だ! ここまでやっておいて逃げるとは! ハハハハハ!』
視界が開け、先ほどと同じく海面が目に映る。
『いるではないか! なんだ、死に場所を選んでいた……の、か…………?』
同じ海面。
同じ状況。
同じ人数。
だが……大きく違った。
『何だ、その姿は』
勇者の全身が雷に満ちていた。
『何だ、その魔力は』
ユウリのうちから迸る雷が海面へ延びて、それに当たったネレイドが次々と死んでいく。
「そっか……力を貸してくれるって、そういうことなんだね」
『何だ、貴様は』
莫大な魔力。
溢れるほどに雷を纏った勇者が、ネレイドクィーンを見上げていた。
「ユウリ……?」
「ライザ、手を貸して」
「…………」
2人は手を繋いだ。
魔力の譲渡。
炎の魔力が
「うん……これなら見せてあげられる」
「…………待て、ユウリ。例のアレのことか? だがアレはその人とやらの力ありきで、お前には使えない筈では──」
勇者は静かに唱えた。
「プロミネンス」
『────!?』
太陽が海上に現れた。
真夜中であるにもかかわらず周囲は煌々と照らされ、昼間と同じくらいの明るさに。
『な、な、な…………何者だ、貴様ら!』
「私は勇者」
「私は騎士だ」
「私は魔法使いですね」
「え、私? 私……ええと、回復士兼斥候!」
『そんなことは聞いていない! ……そ、そんな強大な魔法を操る人間がいるものか!』
「ううん、いるよ」
「私は信じてないけどな……」
『ふ、ふざけたことを……!』
ネレイドクィーンは深海に逃げようとした。
あんな魔法を喰らっては女王の肉体といえどひとたまりもない。
『──っ!?』
しかし、周囲を取り囲む船に気がつく。
「おらあ!」
「うらああ!」
「あああ!」
一斉に投げられたモリがネレイドクイーンの肉体に深く突き刺さる。強靭な鱗は幾度もの炎や雷によって爛れ、強度を失っていたのだ。
『うぐああ……!?』
「引っ張れええええ!」
『こ、こんな……』
動かない。
少しずつなら動かせるが、魔法使いが邪魔をしていた。
ゆっくりと近づいてくる太陽を前に、これでは逃げることができない。
『みなさんっ! モリのロープを船に固定してください! 風で援護します!』
ネレイドクィーンを中心に外側へ噴き出す風が張力になり、クイーンをその場に固く留める。
『ふざ……けるなっ……! 私は……海の覇者! 貴様らのようなゴミに……!』
「だから負けるんだよ」
「ははは! うちの勇者に狙われたのが運の尽きだったな!」
『お、おのれっ……おのれぇええええっ!』
太陽が弾けた。
──────
『ユウリ……会えるといいね、夢のあの人』
「うん」
海上では、最後の別れが進んでいた。
船で泣き崩れる男を仕方ないとでもいうように見下ろした少女は、ふわりふわりと浮きながら人差し指を立てる。
『ねえ、聞いてる? ご飯は1日3食だよ? それに、風邪を引いたならちゃんと休まなきゃだめだからね!』
「シェリン……シェリン……! いかないでくれ……!」
『ちゃんと寝て、ちゃんと起きて、挨拶はちゃんとして……』
『シェリン!!』
『…………やめてよ……そんな顔されたらさ……こっちだって……行き辛い、じゃん……』
「そうだ! ずっと……ずっと残ってくれれば……!」
『──ううん、それは無理だよ』
「何故だ!」
『だって、こうして形をもらってるのが多分、奇跡なんだもん。それに……ずっといたらきっと──』
それにトリスが首を縦に振った。
「ゴーストは本来、冥界のもの。それがこの世に居続けたら……いずれは悪霊になってしまいます」
『ね? だからさ……笑って見送ってほしいなって』
「…………ど、どう゛だっっ!」
『あははは! 変な顔〜! …………おとう、さん……』
「…………!」
『まだ、生きたかったよ……一緒に、いたいよ……!』
「っ……!!」
『ずっと……ずっと、一緒にいたいよ……!』
「シェリン!!」
『でも、さ……天国ではお母さんが待ってるんでしょ?』
「!」
『だから……また、みんなが揃ったらピクニックに行こう?』
「ああ……! もちろんだ……!」
消えていく。
薄れていく。
満月が水平線に沈んでいく。
与えられた奇跡が終わりの時を迎える。
『どうせ、もう少しでくるんでしょ? そしたら待ってるから……2人で一緒にさ!』
「…………!!」
太陽の光に溶けるように、霊達は一斉にいなくなった。
男は上ったばかりの太陽をじっと見つめ、ユウリ達にはしばらく背中しか見せなかった。
だが、やがて振り返ると崩れた笑顔で帰還を告げた。
「がえるぞっ!!」
「あははは! そうだねっ!」
──────
「あついな……」
太陽が燦々と降る空の下。
海の向こうで起き上がる積乱雲を見つめながら、4人は新しい名物のかき氷を食べていた。
氷魔法を使った、夏を乗り切るための食べ物。
ネレイドクィーンを倒したばかりだというのに街は忙しなく動き、今も船がひっきりなしにやってくる。
数百年間閉ざされていた港がようやく使えるようになったということで、一気に他の港から船が来るようになったのだ。
その立役者の4人は1週間ほど休息を取っていた。
なにせ、ユウリとライザは最後に放ったプロミネンスの代償に魔法がしばらく使えず、トリスも船の上で踏ん張りすぎて筋肉痛で動けない。
セナのみが元気に走り回っていたが、他メンバーが動けないなら一緒に休むのが仲間というものだ。
そしてそんな彼女達が暇つぶしに話題に出しているのが、ネレイドクィーン戦の最後に使った魔法、プロミネンスのこと。
「改めて、凄まじい魔法だった」
「あんな魔法、どこで覚えたんだろうね」
「その質問の先は私ではなくユウリだな」
視線が集まるユウリは、かき氷をしゃくしゃくと食べている。
「どうなんですか? ユウリ様」
「……」
「ユウリー?」
「…………」
「おいユウリ、聞いてるのか」
話など聞いていないかのように──実際は無視しているだけだろう──かき氷を一心不乱にかき込む。
「……うっ!?」
キーンときたのか、頭を抑える。
そのタイミングでかき氷を取り上げられ、質問に答えろと詰められていた。
「…………」
「ほら、答えろ。答えるまでかき氷は返さないぞ」
「……人のプライベートだから、勝手に話せない」
「いつも夢で見てるとか何とか言ってるのはお前だろ〜!」
「い、いたいよライザ……」
こめかみをぐりぐりと回され、トリスの後ろに逃げる。
「ライザ様、暴力はいけませんよ。それに……いいではないですか、なんでも」
「何でもってお前……」
「こうして無事にネレイドクイーンを倒せたのに、何をそんなに怒っているのですか? 生理ですか?」
「んなっ!? お、おまっ……口を慎め!」
「おや、図星ですか? それは失礼しました。ですが、話したくないことを無理に話させるなんてダメですよ」
「こ、この……!」
「ま、まあまあ! 2人とも落ち着いてよ!」
セナが間に入る。
こんなやりとりはいつものことだが、今回は強大な魔法を使ったこともあって、少し話が違うのも事実だった。
「いつかは話してくれるんだよね?」
「……あの人に会えたら」
「何であの人としか教えてくれないのさ……」
「…………」
またトリスの後ろに隠れた。
「まあいいや、今度はどこ向かうの?」
「うん、北の方」
「ざっくりしすぎじゃない?」
「あの人がいるのは北の方」
「北ってどれくらい北?っていうかその人に会いにいくんだ……」
「ずっと北」
「……だからどこなの?」
「東ヒューリングス王国」
「「「…………はあ!?」」」
それは、これまで以上の大冒険の始まりだった。
毎日投稿というわけではないです。
そして感想をください。
褒めてください。
評価してください。
栄養をください。