「そりゃあそうだろ! アークデーモンだって倒しちまったんだぞ!」
「なるほどねえ……」
あの日、俺はアラベスクに帰らずに旅を始めた。知り合いにすら挨拶をしなかったのは、顔を合わせるとなんだかんだでダラダラと開始が遅れてしまいそうだったからだ。懸念のアークデーモンをぶっ殺した以上、封印が解けたからどうのこうのってのは無くなる。
倒した後、少し経って世界が闇に覆われたのは驚いた。きっと、幹部を2体も倒された魔王が激おこなのだろう。
……あの程度しかいねえなら俺も倒せそう。
1ヶ月ほど歩き通せばノーザンバグズ領から出て、南東に位置するライオネス領に入った。
ノーザンバグズも広いけど、ライオニスも負けないくらい広い領地だったはずだ。治めているライオニス侯爵は髭を蓄えたおっさんだった。
直に見た事はないけど、新聞に似顔絵が描いてあったから知ってるんだ。
「それにしても、アークデーモンかあ」
「おうよ! 雲が現れてからは暗い話ばっかだけどよ、こんな時でも勇者様だけは希望を届けてくれるんだよな!」
周囲の人間もうんうんと頷いている。
ここはライオニス領 サーキス。
田園地帯──つまりは食糧部分を担う村の一つだった。
だけど、陽の射さなくなった世界で農耕を続けるのは厳しいらしい。俺は農家じゃないからよくわかんないけど,とにかく太陽が出ていないと作物は取れないらしいのだ。
「アークデーモン……」
「まだ言ってんのかよ」
アークデーモン、まさか倒したと思ったのに倒していなかったとはな。確かにあの時ゼクスボルトを使って跡形もなく消し去ったはずだけど、もしかしたら俺が倒したやつって偽物とか影武者とかそういうのだったのかもしれない。
新聞でこれが出てるって事はちゃんとした討伐証明があったって事だからな。
「あ、いた〜!」
「おあ? ……チェルシーじゃん、どうした?」
「だっこー!」
「はいはい」
こんな農村にいるのは既婚者と子供ばかり。
同年代の女の子はほぼいなかった。
ゼロじゃないけど、農村なので幼馴染との結婚が半ば決まっているようなものだ。
つまんねー。
もっと人間の多い街に行きてえな。
「あははは!」
「チェルシーによく懐かれてんなあ」
「うん、アーサー大好きー!」
この子に懐かれてるのは、親御さんと農作業中にモンスターに襲われてるところを助けたからだ。
襲いかかっていたのは別に強いモンスターとかじゃなかったけど、この村は冒険者なんて常駐していない無防備な村だった。
不用心だなあと聞いてみたら、少し前まではモンスターなんて現れなかったらしい。
「…………あー、その、よ、アーサー」
「?」
「なんつーか……その、聞き辛えんだが……」
「なんだよ、勿体ぶんなよ」
「…………いつまでいるのかなーって」
「……? ………………!」
意図は理解した。
農作物がこれから厳しい時代に入るってタイミングだからな、一人といっても余所者で、しかも成人の男だ。貴重な食糧を分けてやれるのも本当最初だけだぞ、って事だ。なんというか、アラベスクを出てから思考がクリアな気がする。
一人で生きていかなきゃいけないからか、それともアークデーモンを倒してスッキリしたからかのどちらかだろう。
「わかった」
「え? なにが?」
「今日、この後すぐに出ていく」
「は──はっ!?」
「長居して悪かったな」
俺にその質問をしたグロックは、髭の濃いハゲのおっさんだけど、人相の厳つさとは反対に人と話すのが好きで笑顔の似合う良い男だ。花を整えるのが好きという、繊細な心を持ち合わせている。
聞くのもストレスだっただろうな。
まあ長いっつっても一週間、次の新聞が届くのにそれくらい時間がかかるって話だったからチェルシーの家の家畜小屋に泊めてもらったのだ。家で寝ろって言われたけど、人の家族の家に入るのは俺が嫌なので断った。だって、なんか寝辛いし……
とはいえグロックの言いたい事──村の総意もよく分かる。すでに情報は手に入れたので次の村へ行こう。
一応、目処はつけてある。ライオニス領内の大雑把な地図を一度見せてもらったので、その際にライオニス城下街へ向かう方法と、その間にいくつかある中継街もあると知った。そこを目指す!
「えー! アーサーもう行っちゃうの!?」
「うん、ごめんなチェルシー。ちょっと用事を思い出してさ」
「なんで! 結婚するって約束じゃん!」
ごっこ遊びね。
「ばかー!」
チェルシーは不貞腐れて帰ってしまった。子供と女と空と精霊の機嫌は一瞬目を離せばすぐに変わる。制御するのは無理だね。精霊は殺して力だけ奪うこともできるけど、土地が死ぬからな……空はマジで疲れるから嫌だ。
さーて、女を──ゲフンゲフン、次の村へレッツゴー!
「ま、待て! 勘違いだ!」
「え?」
グロックが何やら慌てている。
「出て行って欲しいなんて言ってねえよ! 逆だ、逆!」
「?」
「いつまでこの村にいてくれるのかを聞いたんだよ!」
「あ、そうなんだ」
「そうそう!」
「そうなんだ」
「おう!」
「ああ」
「…………で?」
で、とは。
「いつまでいてくれるんだ? 半年? 一年?」
「うん? だから今日までだけど」
「はっ?」
もう出発する気になっちゃった!
ずっと同じ街(アラベスク)にいた反動か、歩いている間すっげえ楽しかった。どんな村なんだろう、どんな街なんだろう、何があるんだろうって、ワクワクが止まんなかったんだ。
「え、で、でもさっきは俺たちが出て行って欲しいって言ったと思ったからすぐに行くって答えたんじゃなかったのか!?」
「そうだぞアーサー」
酒場の店主が同調してきた。
仕事しながら話は聞いていたらしい。
まあ今日は俺とグロックしかいないから暇なんだろな。
「チェルシーもおまえさんに懐いてるし、もうちょっといてくれてもいいだろう」
「冒険者雇いなよ」
その一言に尽きた。
何せ、俺が求められていることなど一つしかないのだから。
「チェルシーはともかく、この街が無防備すぎるってのは前言った通りだからな。俺も冒険者の端くれだけど、一つの街に長く留まる気は無いんだ。だから近くの村──いや、そうか。じゃあ俺がネカフに依頼届けてやるよ」
次の街ネカフは此処サーキスに比べると規模が大きくて、商業を重点的にやってる街なんだそうだ。つまり冒険者も集まるような金融拠点の一つ。
きっとギルドもちゃんとあるだろう。
そこに依頼を届けて、長期的に──それこそ住み着いてくれるような冒険者を探したほうがいい。
「…………お前はやってくれないのか?」
「うん、俺はそういうのやらないから」
アラベスクで散々活動していたのを振り返って思う。一つの街を拠点として兵士の一人みたいな感じで働くのは金が貯まるしけど、流石に俺が頑張りすぎていた。
他の街だと俺みたいなのっていないだろうし、逆に考えると俺がいなくても他の街は成り立ってる。だから、俺がいないほうが健全にアラベスクって街が回るんじゃねえかな。
それに、飽きた。
こういう小さな村に兵士の派遣は厳しいだろうから、なんとか探してくれや。
──────
『ガ……ルル……』
ライカンスロープ。
人類に敵対的なモンスターっぽい。
10匹ほどの群れで木立から飛び出てきた。
手足や口は血塗れ、人間のものらしき腕を咥えている奴もいる。ライオニス領にどんなモンスターが生息しているかは知らないけど、こういうのもいるんだな。
これまでに倒した事はない──というのも、ギルドから受けてきた依頼の中でライカンスロープなんて名前を見た事がなかったからだ。
姿を見てそれとわかったのは、全身けむくじゃら、二足歩行、長い爪、オオカミのような顔というすごくわかりやすい特徴があったからに他ならない。騎士様の冒険譚(絵本じゃなくて長い方)の中で出てくるので覚えていた。
「そんで……会話とかできる?」
『グルルル……グルアアア!』
「あ、そう」
襲いかかってきた。
敵対的というのは本当のようだ。
先頭にいた体の大きめな1体が最初。
「…………」
『グギャッ』
長い爪を食い込ませようと突っ込んできたので、1体はすり抜けざまに首を落とした。もう1体は──
『ギャオアアアア! アッ! アッ! アアアアアア…………』
燃え尽きて灰になった。
『ギャギギャアアアア!』
「生きてんのか」
首が落とされたままにライカンスロープは手足をばたつかせ、あまつさえ首から血管が伸びて胴体と接続しようとする。しょうがないので肉体を燃やし尽くしたら動かなくなった。
「鳴き声がブサイクだな……」
『ギャアアッ!』
とりあえず、残りの8体は逃げるなら追わなかったのに全員で襲いかかってきたので同じように灰に変えた。
1体だけ首を落としたのは、ネカフのギルドでこいつがライカンスロープかどうかってことを確かめるためだ。
ライオニス、ライカンスロープ、名前似てるし結構ここら辺に生息しているのかもしれないな。
サーキスで見せてもらった地図にはそういう事は書いてなかった。農村だからしゃーないな。
「──雪?」
ライカンスロープの虚な瞳と見つめあっていたら、雪が降ってきた。季節的にはもうすぐ秋のはずなのに、ノーザンバグズよりも南にある領地で降雪するという事はノーザンバグズだともう少し早く雪が降っていたのかもしれない。
赤黒の雲から雪が降るってのはすごく不思議だけど、降るんだから降るんだろう。
冬はなかなか雪が降るアラベスクだけど、最近は雪下ろしをやっていなかった。サボっていたというわけじゃなくて、俺の家の周りだけ炎でいい感じに溶かせば良かったからな。金を払ってくれれば一応他の家も溶かしてやってたし、いい小遣い稼ぎにはなった。
住んでいる場所で降ると足元がグチャグチャになるからうざったいという気持ちにしかならなかったけど、雪がちらつく中を旅する──これは中々良いものだ。
そもそも旅が良いものであるからだろう。
しかし、モンスターは着実にその数を増やしているようだ。
「……」
『…………』
血が点々と続く先へ辿っていくと、可愛い服を着た胴体を残して頭を食われている最中だった。
下手人はアイズモンキー。
瞳が宝石になっていて、目を合わせると催眠をかけられて肉体の自由を奪われる。この女の子もどんな理由でここに来たかはわからないけど、こうなってしまってはただの肉塊だ。
『ギャアアアア!』
生きたままじゃないと輝いている宝石は取り出せないので、両手足だけぶっちぎって瞳を抉り出した。
残った肉体は燃やして消したよ、食えるモンスターじゃないから。
…………というか、そろそろ食料がやばい!
エマージェンシーですよ!
食えるモンスター来い!
あ、女の子は猿と一緒に燃やしたけど指輪だけは回収しておいた。
──少し進んだところに、横倒しになった馬車と死体ががいくつか。食われすぎてて、死体は何人分かわからなかった。とりあえず全部燃やしつつ、荷台の中に残っていた食料と装飾品を頂戴しておいた。食われていなかったのは、新鮮な血の匂いに釣られてそちらを優先したからだろう。
──────
「おや、見ない顔ですね」
「ノーザンバグズの方から旅してきたんだよ」
ネカフのギルド受付はメガネをかけたこれまた美人さんだった。受付ってのは美人しか務まらないのか? 目の保養には良いけど、なんか世知辛いな。
「冒険者……ですよね?」
「ああ、アーサーだ」
「この街にしばらく滞在するって事ですか?」
「もしかして仕事無い感じ?」
「いいえ、そんな事は無いですよ。むしろ逆で、モンスターの討伐依頼が異常に増加しているのでドラゴンの手を借りたい状況です」
「そりゃちょうど良い」
ドラゴンより強い俺ならば一応お眼鏡に適うだろう。
「途中で死体をいくつか見つけたから、家族とか親戚とかいたら渡しといてくれ」
指輪とブローチと髪飾りとペン。
それを受付嬢に押し付けた。
「……!?」
「この指輪は多分女の子で、アイズモンキーに頭を食われてる最中だった。それ以外は横倒しになった馬車のすぐそばに倒れてて、そっちは食い散らかされてたからよくわかんねえ」
「…………メイリン」
受付嬢は震える唇を持ち上げてつぶやいた。指輪を大事そうに抱きしめている。
もしかしたら彼女があの死体達の家族だったのかもしれない。気まずいな。
気まずいので、モンスターの素材を換金することにした。
「……あん? 誰だお前」
ジジイが経営しているようだ。
「アイズモンキーの眼だ」
目ん玉二つをおいた。
綺麗にカットされた宝石のような見た目をしているので、確かに高値がつくだろうなって感じだ。すでに洗ってあるので、ちょっと臭うのが気になるくらいか。
「ふむ……」
「いくら?」
捨て値でも良かった。
路銀は普通に持っているので、そこの足しにしたいぐらいの意味しかないからな。今日の夕飯代として消えるかもしれん……かと思ったら、意外と良い値がついた。
「お前、結構やるだろ」
「うん」
「見りゃわかる」
「そういえば、聞きたい事があったんだった」
ギルドの受付に戻ってライカンスロープの頭を出した。さっきのメガネの受付嬢は同僚に肩を支えられながら裏に戻って行ったので、もう一人いた方だ。
血抜きしてあるのでギリ保っている。ぶっちゃけ臭いけど、まだイケる!
周りがざわついてるのは、コラテラルダメージってやつだ。
「く、くさっ……」
「ライカンスロープって、存在したのか?」
「ライカンスロープ……ライカンスロープ!?」
どうやら、これまでは目撃例なんか無かったらしい。
大層驚いた様子で裏へ。
お前も行くんかい!
「おい、臭えから早くそれしまえよ」
因縁をつけられてしまった。
「因縁じゃねえよ! 臭えんだっつうの! こいつらの顔見ろよ!」
「…………じゃあ外で燃やしてくるわ」
裏の水場の近くで燃やした。
戻るとさっきの受付嬢が詳しいことを聞きたいってんで俺も裏に連れて行かれた。
俺も行くんかーい!
とまあ、大袈裟に言ったけど不審だから牢屋にぶち込まれるとかそういう事はなく、あくまで事情を聞かれただけだった。
アラベスクにいたとかそこらへん気軽でも面倒臭いので適当な村の名前をでっちあげ、すっげえ奥地だから全然認知されてなかったってノリで通した。
ちなみに名前はアーサーのまま。
アラベスクからいきなり消えたから探されてたりしてもおかしくないし、めんどくさいからね。やっぱ旅ってさあ! いきなり始めないとね!
そういえばということで、サーキスの事情も話してあげた。
「なるほど……あくまで貴方はその話をここに届けにきたという事なんですね」
「そうそう」
「とりあえず、冒険者として活動するなら登録をお願いします」
「登録?」
「した事は……ああ、そうか、そりゃあないですよね」
アラベスクで活動を開始したのが6年前で、シンプルに久しぶりすぎて登録とかいう手続きがあるのを忘れてただけなんだけど勝手に勘違いしてくれた。
「名前はアーサー、故郷はノーザンバグズ領のチト村,依頼の実績は……まああるわけないですね」
モヤっとした。
反応として正しいんだけど、俺が本当に冒険者初心者だとして、『あるわけない』なんて言われたら普通に気分悪い。
「あ、でも一応ライカンスロープ10体とアイズモンキーは倒せたんで」
「そうでしたね……ライカンスロープなんて、どこからやってきたのかしら」
「魔族領とか?」
「…………」
無視された。
悲しい。
早く手続き終わってよ。
終わった。
「──よう新入り!」
「え?」
「俺はティンダルってんだ! よろしくな!」
手続き終えたら馴れ馴れしく話しかけてくる奴がいた。誰だよ……俺に絡んでくるんじゃねえよな、うぜえな──そんな尖り方はしてないので普通に話すと、親切なだけの冒険者だった。
でも、なんかめっちゃ弱そう。口先だけというか、耳に聞こえはいいんだけど薄っぺらい言葉ばっか並べてる印象だ。
「──だからよ、もし大変なら俺と一緒に組まねえか?」
「いや、大丈夫」
「なんでい、最近はモンスター増えて大変なんだぜ? お前みたいな新入りが一人で行ったら死んじまうかもしんねえ!」
「俺,こんなところで止まってるわけにいかないから」
「止まる?」
「もっと褒められて、女の子にチヤホヤされて、モテモテになりてえんだよ」
「…………ぶっはははははは!」
めっちゃ笑われた。
ついでに周りの冒険者にも、受付嬢もクスクス笑っている。
「ははは……いや、そうか……あはははははは!」
ついには笑い転げて椅子から落ちてしまった。
そんなにおかしいだろうか、この夢が。
もしかして……公言すると叶わないのだろうか?
確かにアラベスクでは常々女の子が〜って話をしてたのに全然、そんな気配が微塵も発生しなかった。
「ぶははははは!」
ひとしきり笑ったあと、ティンダルを名乗った男は肩をバシバシと叩いてきた。
「そっかそっか! いやー、笑わせてもらったわ!」
「本気なんだけど……」
「や、やめろって! もう笑わせんなって!」
「えー……」
「わかったよ、一人で頑張りてえんだろ」
「そうする……」
なんか、ちょっと既にこの町でのやる気が減ったというか、この町だと俺の女の子からの見込みなさそうだなってなったというか。
金稼いだらとっとと王都に行こう。
あーあ! 未来の英雄様からの覚えが悪くて可哀想だなあ!
──────
「うーん、今日も天気は最悪!」
『ピョオオオオオ!』
雲間を抜けるように飛来する影。
鷲の頭と獅子の体、そしてドラゴンの翼を併せ持つグリフォンだ。強力な羽ばたきは小竜巻を発生させ、降り積もった雪を散らしながら俺の方へ向かってくる。
「視界を、遮るなっ!」
しょうがないので炎熱で丸ごと溶かして、邪魔な雪を消す。
──ネカフに来てから1ヶ月、毎日1回ずつ依頼を受けるというアラベスクと変わらぬスタイルで冒険者をやっているアーサーです。
アクス? いやあちょっと知らないかも……
なんか受付嬢とかティンダルとかが無茶だっつって最初は止めてきたんだけど、ちゃんとこなせるよってところを地道に見せてたら何も言われなくなった。
何も言われなくなったし、なんか気まずそうにしてるし、最近は会話もない。
俺はせっかく新しい場所に来たので、一つ目の巨人タイタンや、風の魔法を操る樹木型モンスターのウィンロッド、地面をかき分けて現れるグランドワームみたいなノーザンバグズだと見た事がなかったモンスターをメインに相手している。
強い弱いでいうとグランドワームはちょっと厄介だったくらいかな。
今回のグリフォンに関しては、完全におとぎ話でしか聞いたことのないモンスターなのですげえと思って倒しにきた。みんなは慣れてるのか手を付けようともしていなかった。
みんな結構静かで、ギルドを訪れてもシンとしている。最初の頃は結構ワイワイやってたと思うんだけど、長く太陽の光がなくて参っているのかもしれない。
グリフォン……かっけえな。
かっこいいけど、家畜とか食べちゃって困ってるって話だ。
「──翼をもがれたらお前は飛べるのか?」
風魔法を操るグリフォンの翼はもしかしたら飾りなのかもしれないと思ったので、まずは根本から片方を切り落とした。
空中を飛んでいるのはちょっと厄介だけど、俺も雷の翼で飛べるのでイーブンだ。
『ギィアアアアアアア!』
グルグルと錐揉み回転しながら下にある木に突っ込んだ。
起き上がったグリフォンは背中から痛々しく出血している。そして先ほど同様に風の刃で攻撃をしようとしたようだったが、ただ風がしっちゃかめっちゃかに吹いただけだった。
『ピィィィ……』
あんまりにも痛そうなので、可哀想になってきた。
「悪いな、嬲るようなことして」
『ピッ──』
普通に首を落とした。
剥製とかにしたらすげえカッコいいんだろうけど、大きいからちょっと厳しいかも。王様の城とかだったら置いてあってもおかしくないかな。
あと、剣に炎を纏わせて切ってるからちょっと継ぎ目が汚くなっちゃうね。
焦げてるんです。
両翼、牙、爪、肉。
あらかじめ離れた場所に用意していた荷台を持ってきて、そこに素材を並べていく。
結構なお値段になるんちゃいますん!
特に翼。
羽の一枚一枚から弱い風が吹いていて、素材として申し分ない。これを使って服を仕立てれば涼しそう、というわけでギルドに戻ってきた。
「ふー、疲れた」
荷台は扉から入らなかったので、盗まれないように受付嬢にこっちに来てもらった。
「あ、あの……これ……」
「ちゃんと倒したぜ今日も。だから言ってんだろ、信用できないならちゃんと証拠提示しろって」
「…………」
若干呆気に取られている。
めっちゃ信用ないなって感じてちょっと悲しい。事務連絡とか確認で一喜一憂してる俺が悪いんだろうけど……なんだかな。
「カッコいいよなー、グリフォン。俺もペットにするならコイツみたいなのがいいな」
マジかっこいい、日頃の鬱憤とか女への不満とか、グリフォンのフォルムを思い出すだけで少しだけ紛れる。
「えっと、じゃあ、討伐完了ということで報酬は──」
「手渡しで」
結構お金もらえた!
グリフォン空飛んだり竜巻使ったりしてて結構やるなって思ったから嬉しい! あのかっこよさで安かったら詐欺だよね。
一応冒険者はギルド内部で管理されている銀行への振り込みか手渡しか選べるんだけど、俺はいつでも出発できるように手渡しにしてある。最近は毎回どっちか選ばされててめんどくさい。
アラベスクでは振り込みだけだったからなー、結構な額のお金が死蔵されてると思うと勿体無い。全部あの頃から手渡しでよかったじゃん。くだんねー、何のための振り込みなんだよ。
「あのさ、手渡しだけでいいから」
「で、ですが一応規則で……」
規則だってよ。
堅苦しいね、いやだやいだ。
「それに、大量のお金をご自分で持っていると泥棒に狙われたり……」
「そんな奴がいたら逆に地獄の果てまで追いかけるから」
──というか、それってこの街の人がドロボウ働くかもって暗に言ってるんだけど大丈夫?
まあなんでもいっか。
そろそろ金も貯まったしな。
「あの……街を出ていくって本当なんですか?」
「さあ」
なんつーか、新しい街ってことで期待感が強かったけど……実際生活してみるとアラベスクにいた時と大差ないというか、防壁の防衛が無いだけだ。散々っぱら笑われただけあって、特定の女の子に対する感情も湧いてこなかった。
もう出ていく街だから関係無いか。
──────
アーサー。
田舎の田舎、名前すら知られていなかった村からやってきた冒険者だ。名前すら知られていない村からとなると少しだけ珍しいが、お上りさんという括りで考えれば何も珍しくはなかった。
最初から受付嬢にタメ口で話すというお上りさん特有のオラつき具合で、顔も中の上。
初対面の印象はチンピラの域を出なかった。
しかし持ってきた袋からライカンスロープの首級を取り出したことで、参考人として一時的に重要人物になった。
それも状況が確定し、事情を聞き終えるまでの話だったが。
この街にやってくる道すがら現れた群れ、ライカンスロープ10体を一人で殺したというどう考えても盛りに持っている話を聞いた彼らは、やや冷めた気持ちだった。
そもそもライカンスロープとは極めて高い再生能力を有している魔族だ。御伽話に出てくるのは皆知っているが目撃証言が少なく、空の異変と何か関係しているのではと考えられた。それを1人で10体もなど、現実的ではない。
ギルドの職員から冷めた目で見られていることも気付かずに、ワクワクとした様子でライカンスロープを倒したことを語っていた彼はすぐに解放された。
冒険者としての登録を終えた彼が、お節介焼きのティンダルに絡まれたのはある意味必然と言えた。その中で『有名になってモテモテになりたい』という、夢とも言えないアホらしい願いを語ったのだから笑うのだって当然だ。
──だって、そんなこと言ったら笑われるに決まってるのだから。
普通笑うだろう。
だから、彼の瞳が冷ややかなものに変わったことに気付いたのは受付嬢のチェンだけだった。ただそれも、世間知らずの若者としてしか捉えていない以上は、彼に対して優しい見方をすることはできなかった。
『──タイタンなんて、無理ですよ!?』
彼が最初に選んだのは、人型の巨大モンスター、タイタンだった。だけど、タイタンは新人冒険者が腕試しに用いれるような簡単なモンスターではない。
すわ自殺願望持ちかと思ったチェンは流石に止めた。
というか、S〜Dまであるランクの中でいきなりAの上位層を選ぶ奴がどこにいるのだ。
田舎者すぎてそこら辺もわかってないのか……とうんざりしながらチェンは必死に説明をした。
すると、アーサーはめんどくさそうな顔をしながら対象をC級のモンスターに変えた。
それでもいきなり新人が相手するにはかなり厳しい。まずはDからだろう。少しずつ下積んでいくのが最低ラインなのに、どうにも常識がなくて話の通用しないやつだと思われた。
『あ……』
彼はC級のモンスター、サーペントを即日で狩ってきた。
傷ひとつない身体に、モンスターの綺麗な切り口。
疑わしくはあったものの、疑わしいだけで討伐報告を拒絶することはできない。一応無理やり拒絶はできるが、それをすると受付嬢やギルドの名に傷がつく恐れもあった。
2ヶ月。
『嘘……でしょ?』
B級モンスター
ドラグニア
ベイルホーン
チェストフロッグ
ダークウルフ
ダークオーガ
ゴブリンウォリアー
A級モンスター
タイタン
ウィンロッド
グランドワーム
S級モンスター
エンシェントフェアリー
グリフォン
自らにかかった悪評や嫌疑がまるで聞こえていないかのように、着実に実績を積んでいった。依頼者からの声も悪くなく、彼が実力者であることは疑いようもない事実として認知されるに至ったのだ。
しかし、人々が彼を見る目に熱が入っても、彼が人々を見る目は変わらなかった。
期待などなく、冷め切った顔。
話しかけても対応は浅い。ギルドマスターが呼び出すと一応は現れるものの、表面上ヘコヘコと下っ端ぶるだけで彼の話など何も聞いていなかった。
『なんとか残ってくれないか?』
『へへへ、俺なんてとてもとても……』
『……アーサー、この街にはお前が必要なのだ』
『いやあ、ご冗談がうまい!』
魔の雲が空を覆って約1ヶ月、ちょうど彼が街に現れたあたりで世界は変容した。昼間でも常に暗く、赤と黒の不吉な雷が時折降り注ぎ、当たったものはグールやゾンビ、ヴァンパイアなどのモンスターへと強制的に変化させられた。
それ以外にも、魔族が多く活動するようになり、モンスターが活発に活動するようになっている。
まさに魔の時代が再来したのだ。
『アーサー、頼む』
『それじゃあ、へへ、話が終わりなら失礼しやーす』
ふざけた言葉遣いで出ていった彼の瞳は冷え切っていて、ネカフとその民に対する興味のなさが露骨に現れていた。
受付嬢もなんとか街に残ってもらおうと、その容姿を生かして話しかけたりしていたが、仕事に関わること以外は無視されてまるで話にならない。
しかし、彼が唯一興味を惹かれているものもあった。
それは勇者に関することだ。
月一でやってくる新聞には必ず勇者のことが載っており、各地で希望をもたらしているということが大々的に報じられていた。
王都に向かっているという話が数ヶ月前に出たにもかかわらず遅々として現れる気配のない勇者に対して国王が苛立ちを募らせているなどという話もあるが、新聞で読める限りでは、勇者は村や街を積極的に救っているようだった。
アーサーはそんな勇者の報せを何度も読むと不快げに顔を歪め、悪態までついて席を立っていた。
そして今日、アースプラントという悪性の植物モンスターを討伐し終えた彼は報酬を受け取るとさっさと身支度を整え始めた。
ギルドから借りていた道具を全て返却し、後腐れないようにすると宿に戻って不用品を燃やし始めた。
当然、ギルドマスターが奥から飛び出した。
事ここに至っては、他の冒険者に比べて贔屓しているのでは、などという声も上がろうものだが──ギルドマスターは叫びたかった。
贔屓したいのだ。
贔屓したいのに、お前らが初手の対応を誤ったせいでそれすら許されない。
「待て、待て、アーサー」
「ああギルドマスター、どうも」
その声に色は無い。わざわざお偉いさんがやってきたというのに、要らないものが燃えるのをワクワクと見ている。今から旅立つのが楽しみで仕方ないようだ。
「これから出発なので、要らないものを燃やしてるんです。でもほら、火が移ったら火事になっちゃうから目が離せないんですよね」
「違う、待つんだ、待て」
どれだけ制止の言葉をかけても、彼の瞳にはひとかけらほどの揺らぎもなかった。
──しかし、そこに援軍が。
「なんか馬車が来てますね、お高そうだ」
「来てくださったか……!」
丁度アクス達の目の前で回転を止める車輪。
逞しい肉体の馬から降りてきたのは髭を蓄えた偉丈夫。
その服についた紋章は、この領地で最も権力を握っているということの証明だった。
「閣下! よくぞおいでくださいました!」
「うむ」
「そしてこちらが、我がギルドにて最も勢いのある冒険者でございます!」
「…………名を、聞いてもいいだろうか」
偉丈夫──ライオニス侯爵は厳かに、そして聞くものを落ち着かせる声で丁寧に尋ねた。平民に向けるにはあまりにも遜っているが、それがこの侯爵が慕われている所以でもあった。
対するアクスは──
「へへー! アーサーでございます!」
「そう畏るな、実力のある冒険者だと聞き及んでいる。ともに民を思うものとして対等な立場で話したい」
「とんでもございません! 俺のような田舎者がこーしゃく様とお話しするなんて!」
「ふむ……そういった芝居はあまり好きではないのだがな」
「そーでございますか! 田舎者でして、すんません!」
ギルドマスターは驚愕で思わず声を荒げるところだった。いま、五体投地して平伏したフリをしているこの冒険者は侯爵に対して、暗にお前の好悪など気にしたことかと言ったのだ。
「ア、アーサー、侯爵様が望んでいるのは素直なお前の言葉だ。謙り過ぎるのは逆に失礼というものだぞ」
「へへー!」
「っ……」
全く相手にしようともしていない。
その態度にライオニス卿は唇端を歪めた。
「……逆に興味が湧いたな、彼は実際どれほどの実力者なのだ」
「…………勇者に匹敵しなくとも、それに近いのではと見ています」
「なぜ彼のような冒険者が野放しになっている」
「辺境の村に住んでいたそうで、最近やっと表に出てきたとか。村の名前は記録されている中にはありませんでした」
「…………ますます面白い、彼にはなんとしてもこの領に留まってもらわなくては」
勇者を留め置くことは、公爵ですら難しいだろう。それは彼らが民草を救い続けているからで、そんな勇者一行をひと所に軟禁すれば当然、周囲からの反発が強くなる。
しかし彼は違う。
ただの冒険者だ。
まだ無名で、何もしがらみがない。
「彼の望むものはなんだ?」
「それが……」
ギルドマスターは例の話をした。
「──はっはっはっはっは! 力を持ちながら、そのような願いを持つか! はーはっはっはっは!」
当然、大受け。
ひとしきり笑ったライオニス卿は彼に向き直る。
「女ならば最上のモノを用意してやろう! どうだ、私のものにならないか?」
「…………」
「王都へ行く必要などない。私の伝手があれば、必ずや願いは叶うと誓おう。どうだ?」
「…………いやあ」
「?」
「くくっ、くくくく……」
「…………ふっ」
穏やかに笑みを浮かべる。
目配せをすると、ギルドマスターも安心したと胸を撫で下ろした。
次の瞬間。
「──では失礼」
「んなっ」
それだけ言い残し、目にも止まらぬ速さで男は消えた。