Q.女の子とイチャイチャする方法   作:goldMg

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シーランド王国 王都 アークデーモン→東ヒューリングス王国 南部(勇者編)

 

 黒く渦巻く竜巻が、1人で買い物に勤しんでいた騎士(ライザ)の目の前に突然現れた。

 

 ジーランド王国の首都アーカインに滞在していた一行。ここは何の変哲もない市街の道──ライザだけでなくその場にいた国民は、凄まじい魔力を放つそれを前に固まるしかなかった。

 

「こ、これは……!」

 

 ライザはその魔力を感じ取って、呻くように呟く。このような場所で現れるということは当然、勇者一行に属する己を狙ってのことだと考えるしかなかった。

 

『キャアアアア!』

 

『な、なんだあ!? …………くっ、こ、こんな魔力が……!?』

 

 恐るべき黒が空を染め上げていく。

 これほどの禍々しい魔力を持つのは、幹部に他ならない。ネレイドクイーンを討伐して王都に呼ばれた彼女達がまさか、まさかそこでまた幹部と出くわすなど。

 しかし黒い竜巻はいまだに巻き上がり、幹部自身は姿を現さない。

 

「くっ……」

 

 自分のみで幹部の相手など、正気の沙汰ではない。

 

『直ちに応援を要請しろ! ──いや、待て! ライザ殿がいるぞ!』

 

『だが、1人だ!』

 

『──お前は民を避難させろ!』

 

『お前は!?』

 

『きっと勇者殿達がすぐにやってくる! それまでは俺も戦線に加わる!』

 

『…………死ぬなよ!』

 

『お前もな!』

 

 聞こえる守護騎士達の声。確かに彼らは一人一人が鍛え上げられた戦士だが、それでも選ばれし者ではない彼らの実力では幹部の相手などとても叶わない。

 

「助太刀するぞ!」

 

「……頼もしい限りだが、どんな手合いかも分からぬモンスターだ! 貴殿には周囲への被害を減らすことを手伝ってほしい!」

 

「具体的には!?」

 

ミニオン(取り巻き)がいるならその相手を! いないなら、きっと周辺からモンスターが寄ってくるからそいつらの相手を!」

 

「…………俺では力不足か!」

 

 竜巻のもたらす強風の中で、必死に声を張り上げてコミュニケーションをはかった。

 

「私とて、完全に自分の実力というわけではない! パルパナス様のご加護があってこそだ!」

 

「──神の騎士というわけか!」

 

「そんな仰々しいものでは──はぁっ!」

 

 風によって飛ばされてきた巨大な瓦礫を破壊し、強く剣を握った。

 

「この竜巻が続くだけで、甚大な被害が出る……!」

 

「何かないのか!」

 

「──我が炎で切り開く!」

 

 ライザは魔力を一気に込めた。

 

「……これは!」

 

 掲げた剣から、荒ぶる炎が巻き起こる。

 風の中でも消えぬ猛々しきそれは、ただの魔力の放出に過ぎない。だが、そこからさらに上がる。

 

「ブレイジングブレイズ!!」

 

「なんて魔力だ……だが……!」

 

 温かみすら感じる魔力。

 彼女が光神の加護を得ていることが間違いないと思えるようなそれは、しかし目の前の竜巻から発される殺戮的な魔力に比べれば弱々しいと言わざるを得なかった。

 

「──構わない!」

 

 ライザはそれを関係ないと切って捨てた。

 

「今、この状況を何とかせずして何が勇者一行か! 何が騎士か!」

 

「……!」

 

「おおおおおお!」

 

 高く掲げられた剣が雄叫びと共に振り下ろされ、追従した炎が竜巻とぶつかる。

 途端に、ガリガリと削れるような音が生じて耳を貫く。

 あり得ぬ現象に騎士は顔を歪めた。

 

「勇者と共にある烈士の力ですら効かぬとは……一体、何が中心に……!」

 

「うあああああ!」

 

 練り上げた魔力を放出する。

 とにかく、何かを成すために。

 

「──あっ!」

 

 魔力を惜しみなく使用した意味があったのか。

 黒い風は弱まり、空が晴れていく。

 

「やったか!」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……くっ!」

 

「掴まれ!」

 

「──済まない」

 

「ははは! 俺も必要だっただろう?」

 

「ふっ……そうだな」

 

「…………だが、街は……」

 

 誇るべき街がそこにあった。

 自分たちが命をかけてモンスター達から守っていた、人々の営みが少し前まではそこにあった。

 ──今、そこにあるのは瓦礫の山だけだ。

 騎士である自分には何もできず、流れ着いた勇者一行の1人に任せるしかなかった。

 

「くそっ!」

 

 膝を叩く。

 だが、ソレは一度きり。

 何がやってきたのか知りたかった。

 彼の肩を借りて、瓦礫の中を移動する。

 

「……何もいない?」

 

 竜巻の中心付近を見上げるが、何も見えない。

 

「どうなっているんだ……」

 

「まさか、今の竜巻は本当に偶発的なものだったのか?」

 

「そんなはずはない。アレほどの禍々しい魔力を、私はネレイドクィーン以外から感じたことはない」

 

 しかし、いると思われたモンスターはいない。

 どういうことだ。

 

「──あっ、あれは……?」

 

 先に発見したのはライザではなく、王国騎士だった。確かに、指差す先には何か黒い塊がある。モゾモゾと動き、それが何かしらの生命体であることを予感させた。

 

「モンスターにしては……小さいな?」

 

「────!!」

 

 だが、それをシッカリと目にした途端。

 ライザの全身を鳥肌が覆った。

 

「離れろ……」

 

「え?」

 

「今すぐ……ここから離れろ……」

 

「……危険なんだな?」

 

 頷く。

 悍ましいほどの怨念がその塊の元で渦巻いていた。

 

「ならば……なおのこと、今の貴殿を置いていくわけにはいかないな」

 

 騎士は剣を構えた。

 

「……やめろ」

 

「積極的には戦わん。だが、攻撃を捌くて──」

 

 その先が聞こえることはなかった。なぜなら、彼の顔は無くなっていたのだから。

 下顎から上を一瞬にして抉り取られた騎士は、剣を構えたままどしゃりと倒れた。死んだことに気付いていない肉体がビクビクと痙攣を起こし、断面から血が溢れ出る。

 

「あ……あ……」

 

 信じられずに、見開いた目は彼の末路をありありと刻んでしまった。

 そんな彼女の耳には、しゃがれたような声が入り込んでくふ。

 

『逃げた……逃げたぞ……』

 

 今まさに、翳した手から黒い光を放った下手人。人間1人の命を消しとばしたことなどまるで気にならないとでもいうかのように。ソイツはボソボソと喋りながらゆっくりと起き上がった。

 そして、完全に立ち上がると嗤う。

 

『ハハハハハ!』

 

 心の底から嬉しそうに。

 

『逃げたぞ! 逃げてやったぞお! ハハハハ! どうだ! 見事逃げ仰せたぞ!』

 

 血だらけの身体で、逃げたということを自慢げに笑っていた。

 

『超えたんだ! 私は自分の限界をあの場で! あのタイミングで! ──ハハ、ハハハハハ! 何と心地よい感覚なんだ!』

 

「ああ……ああああ……」

 

『……ん? そういえばここはどこだ? なりふり構わずに逃げたからな、位置が全くわからん。気配が無いことから察するにヤツが近くにいないのは間違いないだろうが……おい、そこの人間。ここはどこだ』

 

「ああああああ!」

 

 炎が溢れ出す。

 

『……狂ったか?』

 

 メチャクチャに広がり、その場の瓦礫へすら燃え移り始めた炎。正気を一時的に失っていることが明らかに見て取れるような状態でライザは切りかかった。

 当然、無抵抗でやられるわけもない。

 

『──っ!』

 

 しかし、逃げた仰せた幹部(アークデーモン)はライザの攻撃を受け止めて気付いた。予想だにしなかった痛みが襲ってきたのだ。

 

『この感覚……力が大幅に……! やはり魂の分割に成功していたか……!』

 

「うわあああああ!」

 

 鬼気迫る表情で、剣をひたすらに叩きつける。

 

「貴様、貴様、貴様あああああ!」

 

『ぐっ! ぐあっ! ふ、普段ならこんな……!』

 

 翼を一気に動かし、飛び上がる。

 ガードしていた腕には痛々しい跡がついていた。

 

『嫌な炎だ。ヤツと同種の……だが、私の敵ではない。普段ならば、という但し書きがつくのが悔しいな』

 

「待てええええ!!!」

 

 飛び上がったアークデーモンへ向かって、ライザは喉が切れるかという声量で叫んだ。

 だが、取り合わない。

 

『ふん、今の状態で相手するのは面倒だと認めてやろう。帰還するためにも力を温存せねばならんからな、立ち去らせてもらう』

 

 場所を特定するのはこの街を離れてからでも問題ないと背を向けた。

 

『──むっ!?』

 

 そんなアークデーモンは、自らが氷の結界の中に閉じ込められたことに気付いた。

 

『こけおどし……だが……』

 

 攻撃のためではなく、そもそも堅牢ですらない。自分が魔力を解放すれば破壊できるだろう。しかし問題はそこではない。炎の騎士以外に、この場には別の使い手がいるのだ。

 

『つくづく、人間というのは……!』

 

 握りしめた拳から黒が漏れる。

 苛立ちを表に出し、声として発する。

 

『あんな怪物を相手にして逃げ仰せた私を称賛する声すらすぐには聞けないとは! 不条理だ!』

 

「──ふざけるな!」

 

 飛んでいては的になるだけかと着陸する。

 激昂したライザは魔力によって髪すらゆらめかしながら、目の前の怪物に問う。

 

「貴様! 貴様! 貴様!」

 

『…………』

 

「貴様は! 何の意味があって彼を殺した!」

 

『?』

 

「答えろ!」

 

 彼を指差す。

 強大な敵がいると知ってもその場を離れなかった勇敢なる者を。研鑽していた技を披露する機会すら与えられなかった弱き者を。

 

「何で彼を殺したんだ!」

 

『……お前らは…………虫を殺すのに理由を必要とするのか?』

 

「っ……!」

 

『──私はアークデーモン。魔王オルブラ様に仕えし、偉大なる公爵。そこのゴミクズを殺すのにいちいち人間のご機嫌をうかがったりしない』

 

 伝説にすら語られる強大なモンスター。

 数百年前の勇者との戦いで倒されずに封印されていたアークデーモンが、なぜこのような場所にいるのか。

 

 そして──

 

『この気配は……なぜ似た気配がこうも集う? 因果というやつか?』

 

「ライザ!」

 

 勇者(ユウリ)シーフ(セナ)魔法使い(トリス)もまたこの場に現れた。

 

「ユウリ! コイツは……コイツだけは許せない!」

 

「…………倒そう!」

 

『見逃してくれれば、こちらも見逃したのだがな』

 

 腕を開き、手のひらに黒い球体を溜める。

 開戦の合図はダークボールと呼ばれる魔法だった。

 

「闇の魔法……! 見た目からそうなんじゃないかって思ったけど──やっぱりこいつ、アークデーモン!?」

 

 セナはそれを見て悲鳴を上げる。

 伝説の勇者すら倒しきれなかったアークデーモンを倒せるとは思えなかった。

 

「ミラーフォートレス!」

 

『……魔法使いか』

 

 トリスの魔法がダークボールを弾き飛ばす。空に消えたそれらは、見えなくなったあたりで大爆発を起こした。

 

「っ……あんな魔法が密集地で爆発されば……!」

 

『ふむ……ではやってみようか』

 

「させないっ!」

 

 やってほしくないことを口に出してくれるなら、それをしてやろうと手をかざす。しかし、即座に飛びかかった影があった。

 

『ぬうっ……!』

 

 ガードした腕と金属音を鳴らしたのは、雷を纏ったユウリだ。神速の一撃で首を落とそうとしたが防がれ、しかし再びの魔法による街への被害を抑えることはできた。

 

「絶対にお前は倒す!」

 

『……笑わせるなぁっ!』

 

「つあっ!?」

 

 魔力を膂力強化に回し、少女を一気に吹き飛ばす。

 

「──」

 

 浮かされたユウリだが、追撃を喰らうまいと空中ですぐに体勢を立て直した。

 

『はあ……何故、こうも人間とは愚かなのだ』

 

「うああああ!」

 

 怒りに満ちたその叫び声を聞いて、アークデーモンは不快そうに身を揺さぶった。

 

『──いい加減にしつこいぞ!』

 

「うっ……!?」

 

 炎を無視して、ライザの胴体を殴りつける。王室から賜った鎧が凹み、ユウリの横を転がっていった。

 

「ライザ!」

 

「──大丈夫だ!」

 

 目を離すことができないユウリの背後で、ライザは風のクッションによって守られていた。

 

『私が少し手加減していれば調子に乗りおって! 貴様ら人間など、本来私の敵ではないんだ!』

 

 顕現させたのは黒い三叉槍。

 躊躇など見られぬ足取りで勇者の元へ進んでいった。

 

 

 ──────

 

 

「はぁぁあああ!」

 

「やぁぁあああ!」

 

「──シッ!」

 

 民衆は、遠目に彼らを見ていた。

 勇者、騎士、シーフが絶え間なく繰り出す連携攻撃と、合間を縫うように魔法使いが放つ魔法。合わされば、敵う敵などいないように思われた。

 

『──ゼェアアッ!』

 

 だが、小柄なモンスターはそれを弾き返している。くるくると回りながら全ての攻撃をいなし、透かし、カウンターで一人一人を突き崩そうと隙を狙っていた。

 

 竜巻を伴って突然現れた災厄。

 誰もがその姿を目にして理解した。

 あれこそは闇より出て永く生きたアークデーモン。

 先代の勇者とすら剣を交わした敵側の生き証人だ。

 そして、そんな伝説と戦っているのは今代の勇者一行。

 

 ネレイドクイーンを打ち倒した最新の英雄たちだった。

 

『ふむ……ならば、これはどうだあ!』

 

 強く槍を地面に突き立てると、オーラが広がって一瞬勇者たちの身の自由を奪う。左腕を背後に突き出すと、空間から闇そのものを引き剥がして彼女達にぶつけた。

 

「うわああっ!?」

 

 魔力の奔流で引き剥がされ、地面を転がっていく3人。

 さらに──

 

『ぬうああっ!』

 

「っ!」

 

 上空に放ったダークボールは、先ほどと違い拡散して地上に落ちてきた。より正確にいえば、倒れた3人への集中攻撃だ。

 

「ホーリーネイション!!」

 

『──!』

 

 瞬時に広がった球状の膜はダークボールから彼女たちを守り、しかしあまりの衝撃に金属がひしゃげるような音が鳴る。

 

「うあああ……!」

 

 分裂した闇の球は衝突のたびに爆発を引き起こし、やがてヒビが入った。

 

「ああああ!」

 

 魔力を注いで修復しても破壊の速度が上回り、ヒビは広まっていく。それでも、見上げる3人を必死に守ろうとトリスは杖を翳した。

 

「パルナパス様……!」

 

 やがて、闇の球は魔力を使い果たし消え去った。

 今にも砕け散りそうだった膜も役目を果たすと同時に空気に溶け消え、トリスが膝をつく。

 

「はぁっ……はぁっ……くっ……」

 

「トリス!」

 

 セナがすぐさま駆け寄り、身体を支える。

 

「ありがとう、セナ」

 

「っ…………私には……これくらい、しか……出来ません、から……」

 

「少し休んでてね」

 

「はい……すみません……」

 

 トリスを瓦礫にもたれ掛からせると、セナは真剣な表情から一転していつものお気楽な表情でユウリ達の元へ戻った。

 

「いや〜、なかなか厳しいねえ。2人はいけそう?」

 

「うん、いける」

 

「──絶対に倒す!」

 

 ライザは気炎に満ちていた。

 半ば血走った目で、子供が見れば泣いて逃げるだろう。

 

「落ち着きなよライザ。そんな焦ったって結果は変わらないし、無駄に魔力がなくなるだけだからさ」

 

「落ち着いてなどいられるか! 奴は絶対に……絶対に許さん!」

 

「許さないのは私も一緒だよ。でも、そんなに視野が狭くなってちゃ勝てるものも勝てないからね」

 

「…………ふぅ……すまないセナ、落ち着いた」

 

「いいってことよ!」

 

 一つ、轟音が響く。

 

『──下らん! 下らん、下らん、下らん!』

 

 それは苛立ち。

 自分がこんな場所で足止めされているという事実。

 魔力を使わされているという事実。

 そのどちらもが気に入らなかった。

 

 地団駄を踏むと、その度に地面が揺れる。

 

『長々と戦っている暇はない! 私は早く魔王様の元へ戻らなければいけないのだ!』

 

「──!」

 

『なればこそ!』

 

 魔力の高まり。

 遠巻きに見ていた人々の中に、その圧力で失神する者が現れるほどの害意を含んだそれを、3人は真っ向から受け止める。

 次で終わらせようとしていた。

 

「ユウリ」

 

「うん」

 

 ユウリとライザは、後のことなどどうでもいいと全魔力を集中させた。

 

「セナ、任せたぞ」

 

「……うん!」

 

 そして三者の魔力が極大に達した次の瞬間。

 

『──!』

 

「──!」

 

「──!」

 

 放たれた魔法が中間で拮抗した。

 

「あ……がっ……!」

 

「うううううう……!」

 

 折れそうになる膝を必死に堪え、尽きそうな魔力を無理やり捻り出して、2対1にも関わらず負けそうな勢いをなんとか保たせる。2人にとっては、わずか数秒の出来事すらが数時間にも感じられるような状況。

 

 アークデーモンは勝利を確信し、ほくそ笑んだ。

 

『終わりだっ! …………?』

 

 違和感。

 何かがおかしい。

 そうだ。

 確かに先ほどまで勇者たちのそばにいた筈の盗賊崩れの姿が──

 

 ぐるりと、視界が周る。

 何度も転がり、ころころと。

 そして目に入るのは自分の肉体。

 頭を失った黒い胴体。

 

 ──なんだこれは。

 

 口にしようとして、全く声が出ない。

 そうして段々と視界が暗くなっていった。

 

 

 ──────

 

 

「いぇーい!」

 

「ほ、本当に死ぬかと思った……」

 

 制御を失った暗黒の魔力があわや爆発する直前、気力を振り絞ったトリスの魔力壁によりなんとか衝撃を上に流すことができた。そうでなければ、4人ともが死んでいただろう。加えて、多くの民も。

 

「──」

 

 疲れ切った4人の中で、唯一ライザだけは。

 重くなった身体を引き摺りながら歩いていく。

 

「ライザ……」

 

「……どうか」

 

 そこにあるのは、亡骸。

 ライザは祈りを捧げた。

 信心深いわけではないが、それでも彼が天国に行けることを祈って。戦いには勝利したが、それで全てが大団円ならばどれほど良かったことか。

 

 ──シーランド王国は大いに沸いた。

 

 幹部2体目の討伐。

 彼女たちが勇者であることは最早、誰の疑いもないところとなった。

 空を覆い尽くす暗雲の中でも、彼女たちの放つ輝きというのはあまりにも大きく、希望として広がっていくと信じられた。

 

 だからこそ、彼女たちは各地を巡りつつ進む道を選んだ。先へ早く進みたい勇者だが、困っている誰かを見捨てることはできない。

 それこそが勇者たる所以だった。

 

 ときには盗賊に襲われて貞操の危機に陥り、ときには邪悪な魔女を壺に封印し、ときには村に生えた毒の大樹を伐採した。

 

「──遠いところに来た気がするね」

 

「実際遠いところに来たからな」

 

 彼女らは生まれ故郷、シーランド王国を救った。

 最後に寄った村の人々は盛大に祭りを開いてくれた。美味しいご飯、最高の思い出をまたひとつ重ねて。この国のことが大好きだと確信を強めながら隣国の土を踏んだ。

 南のシーランド王国、東の東ヒューリングス王国、そして西のアドマイア王国。それぞれには魔王軍幹部が2体ずついると言われている。ネレイドクイーンのようにどこにいるかが分かっているのもいるし、先のアークデーモンのようにいきなり現れることもある。

 すでにシーランド王国では2体の幹部を倒した為、魔王側の戦力をかなり削ることができた。ならば、次は東ヒューリングス王国だ。ユウリの言うところのあの人もいるらしいから、戦力として期待できるだろう。

 4人の間には、なんとかなるんじゃないかという空気が流れていた。

 舐めていたとか幹部を下に見ていたとかではなく、上手くいっていた故の空気感というやつだ。気分を保たせるために必要なものでもある。なにせ、幹部がいなくなったからといって悪人は減らないどころか増えるし、その地を荒らしているモンスターだって残っている。

 彼女達は魔王軍だけと戦っているのではない。

 人間の醜悪さにも立ち向かっているのだ。

 

『──』

 

 そうして、勢いに乗って東ヒューリングス王国に踏み入った彼女達の前に、突然としてソイツは現れた。

 

「ライザ!」

 

「ああ!」

 

 禍々しい鎧に身を包んでいる。

 アークデーモンよりも更に人間に近い、もはや人間そのものと言って差し支えないサイズ。

 闇に類する力に染まった、癒しの聖剣アーテナ。

 剣士が空から落ちてきた。

 

「誰だ! ──などと、問うのは無粋か」

 

『…………』

 

 真っ先に構えたライザ。

 それに反応するように、だらんと垂らした腕をゆっくりと持ち上げる。

 

「……参るっ!」

 

 だが、そう上手くはいかないのが現実というものだった。

 

「──はぁっ、はぁっ!」

 

『弱い』

 

「っ!」

 

 ポツリと一言。

 その場に崩れ落ちた4人を前に剣士は魔剣をしまった。もはや殺意は感じられない。

 

「はぁ……はぁ……何者なんだ……!」

 

 ライザは腰を痛打されて一時的に立つことができなかったが、それでも気力だけで誰何を問う。

 

『──我が名はガイナ』

 

 ガイナ。

 そう名乗った剣士は彼女達を殺すことはなかった。

 

『貴様らのような弱者を切ったところで、誉にはならぬ』

 

「!」

 

『それに……今はまだ、その必要も無い』

 

「ま、まて……!」

 

『さらばだ』

 

 虚空から現れたダークペガサスに跨り、剣士は空の彼方へと飛び去った。

 

「見逃された……ということか……」

 

 その場に倒れたままの4人は、悔しさのあまりしばらく立ち上がることができなかった。確かに自分たちは幹部を2体倒した。そのはずなのに、あの騎士の洗練された武技を前になす術なく押し流された。

 

「くそっ!」

 

 ライザが最も引きずって、立ち直りが一番早かったのはセナだった。そもそも戦闘能力を売りにしていないというのもある。

 

「まあ悔しいけどさ、次があることを喜ぼうよ。それに……酷い目に合わされなくてよかったじゃん」

 

「うん!」

 

「お、おお……やけに力強いね」

 

 ユウリの元気な反応を見て、これなら大丈夫そうだと安堵する。

 

「さて! しばらくは会わなくて済むだろうし、先へ参りましょう!」

 

「…………」

 

「ライザ! そんな不貞腐れてないでいくよ!」

 

「違う」

 

「ええ? じゃあなんでずっと──」

 

「……腰を殴られて立てん」

 

「ヒール」

 

「…………すまん、助かった」

 

「いいってことよ!」

 

 かくして一行は、あらためて東ヒューリングス王国を旅することになった。そして国に入ってからというもの、ユウリがやけに元気だ。

 村・町に入るたびに何かを聞いて回っている。

 

「懲りないねえ」

 

「夢で見ただけの人の何が良いんだかな」

 

 理解できないと、恋をしたことすらない2人はユウリの様子をやや呆れ顔で見ていた。

 

「ユウリ様……」

 

 そしてトリスは心配そうに見ていた。

 

「ダメだった……」

 

「なんか困ってることはあるって?」

 

「ううん、大丈夫だって」

 

「じゃあ次に行こっか」

 

 だが、こちらには用事がなくとも向こうは用事がある。旅とはそういうものだ。

 

『勇者様だ!』

 

『あれが南の……』

 

『きゃー! こっち見て〜!』

 

『──女の子達なんだ!?』

 

『色っぺえなあ』

 

 どんな町や村でも、シーランド王国を救ったという話は流石に届いていた。その実がうら若き乙女4人であるということを知ると人々は一層湧き上がる。村一番の働き者やら、貴族様の長男やら、彼女達を招き入れようという声が出てくるのも当然だった。

 ──しかし、彼女達は勇者一行。そんな声は全く受け付けなかった。シーランド王国でも散々にあったことだ。

 

「ユウリ、外にご飯食べ行く?」

 

「…………はぁ……」

 

「ダメだこりゃ」

 

 ユウリの物憂げな表情を人々が見れば、理由をつけてもてはやされるだろう。

 しかし、決して外では見せない。

 仲間の誰かといる時だけ──あるいは1人の時だけ、こうして彼女は肘をついて顎を支える。窓から見える黒々とした空の向こうにその人はいるのに……とでも言いたげに。

 

「おーい」

 

 グニグニとほっぺたを引っ張っても、セナのことをまるで見ようともしない。

 

「最近は夢、見れてないんでしょ?」

 

「……うん」

 

「諦めたら?」

 

 ユウリが見る夢に登場するその人は、彼女に何かしらの教えを授けているらしかった。詳しくは彼女が語りたがらないので追及を避けているが、もしもそんな高尚な人物なのだとしたら今、この場に現れてこの腑抜けをなんとかしてほしい限りだった。

 

「諦めたら……笑われちゃう」

 

「その人に?」

 

「うん」

 

 それは性格が悪いのではないだろうか、とセナは顔を顰めた。自分を追ってきている健気な女の子に対してそんな言葉を放つ人間がどこにいるのか。いるとしたら鬼畜としか言いようがない。

 

「会いたいなあ……」

 

 しかし、勇者様はそんな人にお熱だという。

 イケメン貴公子も、素朴な笑顔の騎士にも、優しくエスコートしてくれた王子にも靡かなかった彼女がここまで執着する相手とはどんなものなのか、気にならないわけがなかった。

 

「強いんでしょ?」

 

「……うん」

 

「そんな人、誰も知らないって言ってるよ?」

 

「でも、いるもん」

 

「ユウリの言うことだから信じるけどさ……そんな人がいるなら、その人が魔王を倒せば良い気がする」

 

「…………そういう人じゃないから」

 

 夢の中で、随分とその人とやらの人となりを把握しているようだった。

 

 

 ──────

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……逃げなきゃ……!」

 

『やはり、弱いか』

 

 雨の降り頻る中。

 一行は逃走を選んだ。

 盗賊との戦闘中、前回と同じように空から飛来したガイナは驚く盗賊達を人質ごと鏖殺した。

 

 ──強くなったと思っていた。

 

 旅路を経て、少しずつ前に進んでいると考えていた。実際それは間違いじゃなくて、旅が始まる前の自分たちと今の自分たちが戦ったら必ず自分たちが勝つだろう。

 そういう自信はあった。

 

「レインスフィア!」

 

 トリスが使える魔法は豊富になり、3人のサポートを更に充実させた。

 

「インヒール!」

 

 セナは回復魔法だけでなく、反転させた攻撃魔法を使えるようになった。

 

「ブラストスラッシュ!」

 

 ライザは、剣に纏わせる火炎を制御して細く高熱に保つ力を得た。

 

「──クロスボルト!」

 

 ユウリは更に雷を激しく迸らせ、継戦能力も上がっている。

 

『──笑止』

 

 だが、敵わない。

 小手先の攻撃など無意味だと受け止め、一刀のもとに制圧された。

 渦巻いていく魔力を前に、今度こそライザは判断した。

 

「逃げるぞ……!」

 

 腕が折れ、倒れ伏してもなお戦おうとするユウリのケツを引っ叩いて担ぎ上げ、トリスが防壁を張ってセナがトラップを撒く。

 そんな彼女らを、ガイナはただ見送るだけ。

 

『ダメだったか……ならば…………』

 

 期待外れだと視線を逸らした。

 

『次は、もうない』

 

 ──勇者一行は王都に入り、拍手喝采で出迎えられた。

 

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