Q.女の子とイチャイチャする方法   作:goldMg

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Q.世界と1人の命、どちらが重い?

「…………?」

 

 ユウリは、なかなか終わりが来ないことに堪えきれなかった。それとも、本当に痛みすらなく自分の首は刎ねられていて、今はすでに天国なのか。

 恐る恐る目を見開いたそこには、緑色の壁があった。

 

「え?」

 

 壁というか、緑色のシャツだった。

 

「ちょっと待ってくれる?」

 

『……なんだ貴様は』

 

「あ、ジャックって言います」

 

 突然現れた男の姿を見て、ユウリは信じられない気持ちだった。

 

 ──だって、なんでこんな、ダメかもって思った時に……それなら、もっと別のタイミングでも良かったはずなのに。

 

『ならばジャックとやら……貴様は今、無垢なる魂を持つ少女の尊い願いを無碍にしたのだぞ』

 

「す、すげえ……これが責任転嫁の極みか……流石にここまで畜生にはなれる気がしねえ……!」

 

『貴様……愚弄する気か?』

 

「愚弄ってなんだよ、お前が女の子いじめてるのは真実だろ。それともなんだ? 騎士とか名乗って声がかっこよければ女の子に究極の選択させても許されるってか? いやいや、それはお天道様が認めても俺が認めないって」

 

 夢に聞いた声だった。

 その態度も、やり取りの感じも、夢に見た──本当に夢に見た通り。

 黒い雲が現れて以降は薄い気配しか感じ取れなくなってしまった人。何故か仮面をつけているけど、ユウリにはわかった。

 

「あ……あの……」

 

「ちょっと待っててくれる? 今俺忙しくてさ」

 

「あ、は、はいっ」

 

 男は、暗黒騎士ガイナが放った斬撃を剣で受け止めていた。だが、剣には雷が纏わり付いている。直接というよりは雷で受け止めているようだった。

 

『その雷……貴様も勇者一行というわけ──っ!?』

 

「殺すぞ」

 

 反応が遅れていれば、兜についた意匠ではなく脳みそが切り飛ばされていただろう。

 

『短絡的で、直情的……確かに違うようだな!』

 

 そして、その実力から考えても勇者一行とは隔絶していることが明らかだった。

 

「当たり前だ! 誰が女に囲まれてウハウハの勇者なんぞのパー……いや、違うな? ……違うからね? 今のはそういうのじゃないから」

 

 誰に向かって弁解しているかと言えば勇者なわけだが、言われている勇者はそんなこと気にしていなかった。

 そんな程度のこと、右から左へ通り抜けていった。

 

「うん、よし、切り替えよう!」

 

『ふむ……そうだな、我が兜を切り落とすとは……私も全力を出さねばなるまい!』

 

 ガイナの鎧の隙間から滲出するように、黒く濃いオーラが上っていく。

 

「バカか? お前らまとめて焼け死ぬんだよ」

 

 男は左手を天に向けた。

 

「プロミネンス」

 

『──』

 

「分かるか? 何をするか」

 

『貴様ぁ!』

 

「──ゼクスノヴァ」

 

 一気に圧縮された火球が空に飛んだ。

 

「これさあ、1日数回しか使えないんだわ。だからこれで終わってくれると助かる」

 

『やらせんっ!』

 

 黒い斬撃が飛ぶ。

 暴虐的な威力が土を、その下の礫を、さらに岩盤まで抉り抜きながら迫ってくる。

 

「おっと!」

 

「きゃあっ」

 

 受け止めた余波でユウリが吹き飛んだが、男はあくまで気にしない。優先事項というものがあった。

 だが、それはガイナも同じことだ。

 

『──!』

 

 一気呵成。

 あの魔法を完全解放させてはならぬと、一度でもまともに直撃すれば絶死の威力を持つ剣技が男めがけて押し寄せた。

 だが、それをしのぎ切り──

 

「砕け散れ」

 

 上空に上っていった火球はもはや豆粒ほどになっていたが……それが弾けた。

 破片が飛び散り、まるで花火のように周囲に散っていく。花火と違うのは、その破片がドラゴンの体に吸い寄せられているということだ。

 

『グギャアア!?』

 

 意思を持っているかのような動き──ドラゴン達は当然逃げ回るも、奮闘虚しくカケラが追いついていく。

 

『──っ!?』

 

 その小さなカケラが当たった瞬間、爆発が巻き起こった。ドラゴンの身体を蒸発させながら爆炎が広がり、周囲の破片もどんどん誘爆していく。

 

『バカな……』

 

 あっという間に──

 

「空は綺麗になったな」

 

『貴様……何者だ!』

 

「ジャックだっつってんだろ!」

 

『ぐああっ!?』

 

 半ギレで放たれた炎剣の一撃は鎧を溶かし、胸を切り裂きながら振り抜かれた。何度も地面をバウンドし、転がっていくガイナは、止まった先で痛みに胸を抑えながらなんとか起き上がった。

 止まったのは先ほどの位置からだいぶ離れた位置。

 意図してか、そうでないのか。王都から離されてしまった。

 

『ぐ……くそっ……こんな筈では……!』

 

「わかる」

 

『な、なにを……!』

 

「おれもさあ、こんな筈じゃねえって思いながら生きてるんだよ。もっと上手く生きられたのかなとか、そうすれば女の子とイチャコラできたのかなぁとか、シャルとももっと一緒にいられたのかなぁとか」

 

「…………っ」

 

「これも全部、お前ら魔族と魔王とモンスターのせいなんだよね。本来なら俺はモテモテの生活を送っている筈なのに、余計な雑音が多すぎる」

 

『…………違うな』

 

「はい?」

 

『貴様に女との縁が無いのは、誰のせいでも無い。貴様自身の問題だ』

 

「誰のせいでも無いなら俺のせいでも無いじゃん」

 

『その言い訳も、女からしてみればさぞかし醜く写っていることだろう』

 

「っかー! 暗黒騎士ガイナ様かっけえー! そうだよなあ、力も地位も名誉も金もあるやつは女とたくさん遊べるから、女がどう思って過ごしてるかなんて丸わかりだよな! こちとら力しかねえから、正体がバレるたびにトンズラだぜ! 王様とか勇者とかしちめんどくせえ事には関わってられるかっつーの! 全部お前のせいだけどな!」

 

『ふん……貴様が物事から逃げるのは私の意思では無い』

 

「──まあ、そんなことはどうでもいいんだよ」

 

『っ!』

 

 男のまとう雰囲気が変化した。

 ふざけた軽い雰囲気などもはやどこにもなく、魂が警鐘を鳴らしている。

 

「俺がモテるとかモテないとか、そういうのは俺の胸の中だけにしまっとくことも一応できる」

 

『…………』

 

「だけどお前は、俺が最も嫌いなことをあのガキにさせようとした」

 

『……こ、れ……は……!?』

 

 震えている。

 大気が、魔力の奔流に悲鳴をあげていた。

 

「親父……分かるよ、親父の気持ち」

 

『コイツは……ここで殺さねば……!』

 

 もはや、話し合いの余地はなかった。

 

『サクリファイス!』

 

『──ブルルッ!』

 

 召喚したのは黒い翼に黒い体躯、4本足のダークペガサス。ガイナの愛馬だった。

 

『空ならば!』

 

「バカが」

 

『──!』

 

 光の翼。

 背中に纏ったそれを見た時、判断が間違っていたことを悟った。

 

「愛しの相棒ってやつか……死ねやあ!」

 

『カッ……!?』

 

『サクリファイス!』

 

 前足の付け根から入り込み、心臓から背中までを焼き切った一撃。

 

『う、おあっ!?』

 

 一瞬にして絶命した相棒の背中から投げ出され、地面に墜落。舞い上がった土煙が姿を覆い隠した。

 

 

 ──────

 

 

「勇者が……戦っている!?」

 

「正確な話は掴めませんが、そのような報告が……それだけではありません! 上空のドラゴンが全て、爆発に包まれたかと思うと姿が見えなくなりました!」

 

「いったい何が起こっているんだ……」

 

 国王も、それ以外も、状況の混迷さに判断を決めかねていた。シーランド王国から始まった勇者の奇跡。只人には到底乗り越え得なかったであろう試練を超えてここまで辿り着いた彼女たちが、今回も何かを為してくれるのではというある種の期待はあった。だが、あまりにも暴がすぎるというか雑だ。勇者とはこんな力押しの策を用いるものなのか。

 

「──ひ、光の翼」

 

 外を見ていた軍事長が、思わずという口調で漏らした。釣られるようにその場の人間が視線を動かす。

 

「なんだアレは……」

 

 巨大な光の翼が、ゆっくりと空に押し上がっていく。

 

 否、距離があるからゆっくりに見えるだけで実際は相当な速度なのかもしれない。

 しかし、誰がそんな魔法を使っているのかは明らかだった。

 

「勇者か……!」

 

 清らかな雷の魔法を操る。

 それは勇者ユウリの力として方々で知られていた。

 

「勝てるのか……いや、勝ってくれよ……!」

 

 すでにドラゴンは消失した。いなくなった脅威のことなど考えるだけ無駄で、やるべきは目の前にいる敵の対処。

 

「ゴブリンやオークどもは?」

 

「いまだ離れたところで待機しているようです」

 

「ならば冒険者と兵を出せ」

 

「……よろしいのですか?」

 

 それをするということは、城の守りが手薄になるという事に他ならない。勇者が倒れれば、守りの手はなくなってしまう。

 

「これは賭けだ──勇者が立ったままならば我々の勝利であり、勇者が倒れていれば我々の敗北、最早そういう時点まで進んでしまったのだからやるしかない」

 

『──そうはさせないけどねえ?』

 

「!」

 

『さすがに、今話題の勇者を倒すためにガイナだけで来るわけないじゃん?』

 

 そこには、先程まで主席政務官が立っていた。しかし、今いるのは妖艶に身を晒した女。ボディラインがはっきりと分かる、服とも模様ともつかないものが身体を覆っていた。

 

「サキュバスリリスか!」

 

 それは、魔王の幹部として有名な魔族の名前でもある。自在に姿を変え、人間を惑わすのだ。策謀に優れ、人間の内部に入り込んで惑わすのが本来の役割のはずだが、こうして身を晒すのは騎士の策がもう一歩だからか。

 

『はーい、バカなことしないでね? もしも下手なことしたら王様のクビ落ちちゃうから』

 

 いつから入れ替わっていたのか。

 入れ替わる前の首席政務官はどこに行ったのか。

 それとも最初から──

 

『このままみんなで仲良く滅びてね〜』

 

「早く兵を動かせ! ──ぐっ!」

 

 軽く動かされたサキュバスの尾先が、首筋に赤い細線を1本入れた。

 

『死にたいの? 動くなっつってんだけど』

 

「わ、私の命だけで他が救えるならばそれもよかろう!」

 

『ふーんカッコいいじゃん。でも勇者抜きでゴブリンとオークの群れを相手出来るとか思ってるのもおかしいよね。そこらへんわかった上で、どれか単軍だけでも勇者と冒険者、兵隊さん達を相手できるように組んであるんだから』

 

 つまり、ドラゴンがいなくなった現時点でも彼我の戦力差は二倍以上あるということだった。

 

『──っ?』

 

「…………」

 

『なに、あれ……』

 

 雷がひと所に集まっていく。

 巨大に膨れ上がった炎の剣に合わさり、魔を滅する巨大な魔法が完成していた。

 

『なんで? 炎は……騎士のはずだよね?』

 

 雷は勇者、炎は騎士、回復はシーフで魔法は修道女。与えられた力を生かして彼女達は戦っているはずだった。

 そして、勇者以外の3人はまだ王城を出たばかり。

 高度な隠蔽魔法が使われた形跡もなく、仮に使われていたとしてもサキュバスリリスになら見破れるはずだった。

 

『まさか勇者が覚醒した?』

 

 信じ難いことだが、このタイミングでそんな奇跡を起こさないと言い切ることが難しいほどに勇者というのは予測の難しい存在だった。北に封印されていたアークデーモンが死にかけで、しかもテレポートに失敗して魂を二つに分かたれた状態で魔王城に帰還を果たし、片方の魂は勇者に滅された。

 何が起きたかと聞いても、帰還を果たした方の魂は記憶が曖昧で炎とか雷とかの話をポツポツと話すだけだった。

 それにあの4人はその後にネレイドクィーンも倒している。漁師やシーランド王国そのものに働きかけた巨大な作戦のもとではあるが、アレは確かに魔族をして人類の恐ろしさを感じさせられた。

 だから、今回は国体そのものと同時に潰しにきたのだ。頭が無くなれば、容易にすげかえることはできない。力至上主義ではない故の面倒臭いシステムが人間の取り柄であり、弱点でもあった。

 

「うーん……ここにきて勇者の覚醒だなんて、想定外にも程があるなあ……ガイナ君もやられちゃうのかなあ……」

 

 

 ──────

 

 

「ユウリ……!」

 

 仲間が1人で戦っている。

 居ても立っても居られなくなった3人が飛び出すのは当然だった。

 

「なんで……なんで言ってくれなかったんだ!」

 

 彼女が覚悟を決めて死を選ぶというのならば、もはや止める術はなかった。だが、戦うというならば──それこそ、言ってくれれば命だって投げ捨てて一緒に戦ったのに。

 先ほど、最初に放たれた超絶の火炎はおそらく、ユウリが今までに隠していた一撃だったのだろう。

 

「──お前と一緒なら、なんだってできるのに!」

 

 そんなものを使うなら、それこそ直後は力を消耗して動けなくなったっておかしくない。前回、暗黒騎士と戦った時の最後の一撃だって、怪我をしていた身体に堪えて倒れてしまったのだから。あれがなければ逃げることは出来なかったが、ユウリ1人では倒れて終わりだったのも事実だった。

 

「今行くから! ユウリ……待ってて!」

 

 人っこ一人いない道を走り抜けて──人々は暗黒騎士の居場所とは真逆の方角に避難している──3人は辿り着いた。

 

「ユウ……リ……?」

 

 そこにいたのは、教会にいる時のトリスのように一心不乱に祈りを捧げる勇者の姿だった。しかし、足音で気付いたのか振り返ると笑顔を見せる。

 

「──みんな!」

 

 混乱がライザの内心を包む。

 ユウリは祈っていた。

 ならば、戦っているのは──

 

「っ!」

 

 しかし、セナが飛び出した。

 一目散に親友のところへ駆けつけ、言葉よりも先に抱きしめた。理由なんてどうだって良かった、誰が戦っているかだって気にならない。ただ、彼女が生きているということだけで良かった。

 

「ごめんね、ユウリ……!」

 

 1人で行かせてごめん。

 一緒に行かなくてごめん。

 本当なら、一緒に死んであげるべきだった。

 勇気を振り絞ったあなたについていくべきだった。

 

 そんな全てを込めた言葉を聞いて、ユウリは抱きしめ返した。

 

「ありがとう……でも、大丈夫だから」

 

「…………あれは?」

 

 誰かが暗黒騎士と切り結んでいた。

 

 

 ──────

 

 

「ひゃっはああああああ!!」

 

『な、ぐっ、なんっ……!』

 

 なんて乱暴で、なんて力任せな攻撃。

 しかもタチの悪い事に、暗黒騎士の自分ですら捌けないほどの勢い。

 

『貴様っ! 剣術も何も使わずに私の剣を──』

 

「てめえのお行儀な剣に付き合ってやるわけねえだろうが! てめえはこの雑で太刀筋もゴミみたいなゴミゴミ流剣術に負けるんだよ! ゴミゴミ流より弱い最弱の暗黒騎士として、他の幹部達のところまで首を持ってってやるから楽しみにしとけよ!」

 

『野蛮な……!』

 

「人様のお家踏み荒らしといて、咎められたら出た言葉がそれかあ! っはあああ!」

 

 息継ぎのタイミングで溜められた光剣が大地を切り裂きながら突き進み、回避を選択したガイナの背後にいたオーク達に直撃した。

 

『ブヒイイ!?』

 

「オークブヒブヒでワロタ」

 

 軌道上にいたオークは消し飛んだ。近くにいたオークは全身複雑骨折で動けなくなり、血の匂いに釣られたゴブリンが群がる。

 濃い血の匂いがあたりに充満していた。

 

「まさか勇者が女だなんて思わなかったからよお……! この憤りをぶつける相手がいなくなったかと一瞬絶望したんだけど……生きててくれてありがとなあああああ!」

 

『──ぐぅあああああ!』

 

 光と熱を纏った剛剣が、ガードした腕ごとガイナの魔剣を吹き飛ばした。

 

「3ヶ月くらい全く働いてなかったから、ちょっとだけ鈍ってるかもなーなんて思ってたわけよ、こっちはね? だけどやっぱり身体を動かすのって最高だな!」

 

『がああ……ぐうっ……くそっ……!』

 

「さて、ここまでだ」

 

 肩に剣を担いだ男は、冷静に告知した。

 腕と剣を失い、焼けこげた断面から血を流す魔族と、軽口を叩きながら炎剣を膨れ上がらせる人間。どちらが勝者かなどハッキリしていた。

 

「お前はこれから死ぬ。生意気にも俺の滞在してた街にやってきて偉そうな口効いたのが間違いだったな」

 

「バカな……いくらなんでもここまで差があるはずが……!」

 

「あ、そういえば聞きたかったんだけどさ!」

 

「──?」

 

 勝者が敗者へ問いを投げかけるのは、ある意味では自然な事だ。そして、拒否権は無い。あるとしたら死を選ぶ自由だけだ。

 

「アークデーモンって何人かいるの?」

 

『…………』

 

 そして思い出す。

 帰還した彼の姿を。

 疲弊し、記憶のほとんどを失っていた。

 だが、それでも必死に何かを伝えようとし、失った力に記憶をすら奪われていた哀れな抜け殻。

 雷と炎を酷く恐れていた。

 

『まさか……』

 

「北の塔あるじゃん、あそこの他にもいるのかなーって。ああいや、別に俺がなんかしたとかじゃないんだけどね!? ほら、勇者が倒したらしいじゃん? でも似たようなやつ見かけたことはあるから、もしかしたら親戚とか……どうすかね!?」

 

『そういうこと、だったのか!』

 

「いやマジマジ! なんもしてないって! だってほら、新聞にも載ってたじゃん!」

 

『勝者にも関わらずトボけるとは……彼との戦を侮辱するかぁっ!』

 

「…………い、いくさ?」

 

『は?』

 

「いや冗談キツいって! 俺が良い戦いだったって認めるならともかく、そっちが言ったらカッコ悪いから! 確かに大技は使ったけど、別に使わなくても勝てたんだからそういうのやめてくれます!?」

 

『……救いがたい! 戦士としての風上にすらおけん!』

 

「でも、立ってるのは俺だよ? 美学を語るにしてはお前は弱いし、卑怯すぎる」

 

『……私が弱いわけがない』

 

「なんだそりゃ、そういうギャグ?」

 

『私は暗黒騎士だ』

 

「あ、それはちゃんと聞いてたよ」

 

『魔族の民を背負う、栄誉ある称号。力を示したもののみがこの称号を受け取ることができるのだ』

 

「へー、今度おっさんに話しとこ」

 

『故に我が名は力を示している』

 

「別に形式上の話はしてないんだけど……」

 

『私が弱いというのならば、その私より弱い魔族の民に押されている人類などどれほど弱いことか』

 

「……いや、そうだよ? いつも言ってるよ俺、あんまり信じてもらえないけど」

 

『ならばこそ分かるだろう! お前自身の歪さが!』

 

「歪!? おい、いくらなんでもあんまり失礼だと俺も怒るぞ!」

 

『──これほど凡庸で、凡俗の精神のままにそのような力を扱っているなど……信じられん……!』

 

「いよいよ隠さなくなったな! この暗黒微笑騎士! 今から死ぬからって言いたい放題しやがって! そしたら終わらせてやるよ! お望み通りに! この一撃で! 跡形もなくなあ!」

 

『っ……』

 

 巨大な炎で形作られた鳥がアクスの頭上に現れた。

 

「ギャハハハハハハ! 燃え尽きろお!」

 

「──待って下さい!」

 

「ああん?」

 

 後ろから聞こえた声。

 聞き馴染みがまるでなく、振り返るとこれまた見覚えがない。

 修道女っぽい雰囲気だけは分かるが、こんな場所にいるということの怪しさだけが強調されていた。

 

「あー……援軍か?」

 

「え、援軍……?」

 

「この暗黒騎士様の援軍? そしたらお前らまとめてぶっ殺すけど」

 

「……いいえ。私はトリス、勇者一行の魔法使いとしてここにいます」

 

「……うーん、確かに人間っぽいけど……何の用?」

 

「そこにいる彼と話がしたくて……よろしいでしょうか?」

 

「……はあ? いやいやいやいや、ちょっと待てよ。俺が倒したのにお前みたいなぽっと出のやつが何言ってんの?」

 

「え──」

 

「勇者一行だかなんだか知らねえけど、特別扱いしてもらえると思うなよ? 今からこいつ殺すから大人しく待ってろ──って、なにしてんだ! 離せ」

 

 トリスは男の腰にしがみつき,その行動を阻害しようとしていた。

 

「じ、自慢ではないですが私は体が弱いです! あなたの攻撃の余波で死んでしまうかもしれません!」

 

「…………てめえ、やっぱり魔族の仲間だな?」

 

「っ……違います! ですが退きません!」

 

「じゃあ死ね」

 

 一切の躊躇はなかった。

 気絶しそうな意識を必死に繋いで立つガイナ、彼を抹殺するために向けられていた殺意と火の鳥の嘴が、全てトリスへ向けられた。その恐ろしさたるや、勇者の旅路への同行を経て歴戦の魔法使いと化した彼女ですら震えるほどだ。

 自分ごと巻き込む一撃。

 この状況で邪魔をする理由など、敵である以外には存在しない故に。

 

「……防ぐか」

 

「ううっ……!」

 

「本当に勇者一行だってんなら……確かに防ぐこともできるかもな」

 

「──ぶはあっ!」

 

 圧力が消え、トリスは汗が噴き出した。拮抗していた時間は短時間であるにも関わらず、防御に凄まじい魔力を消費させられた。

 

「いいぜ、許してやる。そこの死に損ないと話しな」

 

 男は光の翼を広げた。

 

「な、なにを……」

 

「魔族は逃げるのが上手いからな。テレポート阻害だ」

 

「そんなことまで……!?」

 

「ほら、早くしろ。邪魔な豚さんどもが寄ってくるからよ」

 

 そこにいるのはただのオークではなかった。

 オークウォリアー、ダークオーク、ツインオーク、オークチャンピオンまでAランクモンスターが勢揃い。

 だが、男は剣を突き立てた。

 

「おい! こっちきたら『こう』だからな!」

 

「きゃああああ!」

 

『ビギィィィィィ!』

 

『こう』の掛け声と同時に地面を突き破って現れた炎柱。今まさにコッソリと歩み寄っていたオークが飲み込まれ、断末魔が止むとそこにはオークの形をした炭だけが残っていた。

 ピタリと進軍を止めるオーク。

 

『フゴフゴ……』

 

『フゴゴ……』

 

「恨み言言うのは好きにすりゃ良いが、邪魔したら今すぐにこうなる。帰らなきゃこうはならない。ちなみにこの後ここに残った場合はこうなる」

 

『…………フゴゴ』

 

『フゴフゴゴ』

 

『フゴッ』

 

 丁寧な説明を受けたオーク達は──少なくともこの周囲に集まっている部隊は背中を向けて帰っていった。やってられんわというような空気感だった。

 

「暗黒騎士様、どうして我々の居場所がわかったのですか?」

 

『し、知れたこと……ぐっ……ぐうっ……がはっ…………』

 

 肩から腹にかけて炎で切られた事に加え、左腕を切り落とされたガイナは控えめに言って重体だった。そんな状態で話そうとしたものだから、痛みだって酷いに決まっている。

 敵だから当然だと、冷たく催促することはできた。

 しかし、それを見過ごせない愚かさを持ち合わせているのがトリスという人物だった。

 

『な、なにを……!』

 

「静かに」

 

『理解できん……敵を治すなどと……それに、あの男がなんと言うか……』

 

「その時は私が説得します。もはや勝敗は決した、ならば無意味な戦いをする事はないでしょう? 

 

『奇妙な女だ…………だが、礼を述べるべきだろうな』

 

「感謝が欲しいわけではありません」

 

『そうだったな──端的に言えば、内密しているものがいるということだ』

 

「内密……王国にそんな……」

 

『無論、誰がそうなのかは知らないがな。私はあくまで指示の通りに進軍しただけだ』

 

「…………」

 

『名を教えてくれ』

 

「トリスと申します」

 

『──我が名はガイナ・レクシオン。トリス、この恩は忘れない。あの男が許すかは別として……この身が生き永らえたのならば、それは貸し一つというやつだ』

 

「……私だって、あなたのことを許したわけではありません」

 

『承知の上だ』

 

 敵同士という事に変わりはない。

 だが。

 それでも。

 少しだけでも。

 戦う以外の時間を過ごしていたいと、そう願っていた。

 

「──話は終わったな? なら纏めて死ね」

 

 しかしこの男にそんな生ぬるい話は通用しなかった。敵対し、彼と剣を交えたものは例外を除いて死ぬのみだ。

 

「お待ちください」

 

「ああ?」

 

「あなたは……ユウリ様の言う『あの人』なのですか?」

 

「あんま訳わかんねえことばっか言ってっと、良い加減ぶち殺すぞてめえ……ていうか、なにサラッと治してんだ」

 

 イラつきを隠そうとすらしない。

 敵を自分の目の前で治したのならば,それはすなわち敵だった。

 

『どけ、トリス』

 

「!」

 

『奴の敵は私だ、無駄な事はするな』

 

「命を無駄にしないでください!」

 

『──!』

 

 降り注いだ雷を、盾で防いだ。

 

『ぐぅおおあああああ!?』

 

「きゃああああああ!」

 

 アクスは最早、容赦してくれそうな様子など微塵もなかった。

 

「命を無駄にするな、だと? ……魔族を寄越した上、自分だって兵士を殺してるだろうやつに対して命を無駄にするな? お前、どんな甘ちゃんな世界で生きてきたんだ?」

 

「くっ……!」

 

「知ってるか? 北の防壁の年間死者数、4000人だとよ。こいつらがこの世に存在してるうちは毎年それくらい死ぬんだよ」

 

 4000という数字は、彼がいない時の話であった。

 

「なんならこいつ1人で人間4000人くらい余裕で殺せるぞ? しかも、こいつが殺すのはただの人間じゃなくて兵士や冒険者だ。兵士が死ねば、それだけ街を守る人間が少なくなる。間接的にはもっと多くの人間殺してるってことだな。加えてオークどもは女も子供も犯す。見逃すのは──うん、あり得ないな」

 

「…………」

 

「あと、普通にイケメンだろうからこの世から消えて欲しい」

 

「あなたは……」

 

「?」

 

「あなたはそれほどの力を持ちながら、この世界を変えようとは思わないのですか?」

 

「思ってる」

 

「ど、どのように変えようと……?」

 

「俺がモテモテになる世界かな……」

 

「ふざけないでください!」

 

「ああ、そう思うんだ。女で顔が良くて、力があって最初から恵まれている奴にとってはそこは変える必要なんかないもんな。だから世界平和なんて尊くて素晴らしくて誰もが共感できる願いを口にできるんだよな、分かるよ」

 

「か、顔の話などしていません! そもそもあなたがモテないのは世界やあなたの顔が悪いのではなく、あなたの性格の問題でしょう!」

 

「それはさっきも聞いたわ、そいつから」

 

「ではそういうことではないですか!」

 

「いいや! 諦めない! ついでにそいつは殺すしな」

 

「──!」

 

『ぐ……うおおおおおおお!』

 

 会話の途中で挟まれた突然の雷撃。

 ガイナを狙ったそれは次も盾によって防がれた……が。

 

『がっ……!』

 

 限界だった。

 プスプスと煙を上げながら片膝をつくガイナをトリスが支える。

 

「…………勇者達ってもしかして、アレか? 俺を釣り出すために用意された魔族達の囮なんじゃないか? ……いや、それにしては戦力がカスみたいだし違うか」

 

「──トリス!」

 

 そこにやってきたのは、残りの3名だった。

 離れたところで邪魔しないように成り行きを見守っていたら、いきなり仲間が攻撃されだしたのだからやってくるのも当然だ。

 

「貴様! 同じ人間を攻撃するなど!」

 

 怒りを露わにするライザは,すでに剣を抜いていた。

 

「うわ、また増えた」

 

「ユウリを助けてくれたから良き人なのかと思ったが……どういうことだ!」

 

「それはそこのバカ女に言ってくれ。せっかく人が頑張って殺しかけた敵を治してるんだぞ」

 

「…………敵への慈悲すら絶やさないトリスの事だ、理解はできる」

 

「理解はできる、じゃねえだろ! そいつ逃したら何が起きるか分かるか? 今度は俺のいない街へ行って同じことをするんだよ!」

 

 度し難い馬鹿どもだと地団駄を踏む。

 触れれば切られる。そんな殺意が滲み出ている彼を前にして動けたのは、勇気が人の形をとった人物だけだった。

 

「…………おいおいマジかよ」

 

「お、お願いします。この人のことを、一度だけ信じてみて下さい」

 

「自分を殺そうとした奴の肩を持つとか……マジで? そんな人間がマジでこの世にいるの?」

 

「います!」

 

「おお……でも……うーん」

 

「私は、許します。人は誰だって──魔族だって、何かに従って生きています。そこから抜け出す事は、みんなにとってはすごく難しいんです。それに……この人は、私たちのことを2回見逃してくれました」

 

「本人がそう言うのお? えー……でもこいつ逃したら人間死ぬけど……?」

 

「……暗黒騎士さん、約束してくれますか? 人は殺さないって」

 

『……むっ』

 

 ガイナは、愚かにすぎる少女達を見て面食らっていた。

 しかしトリスとアクスの顔を交互に見る。

 

「ガイナ様……」

 

『……暗黒騎士ガイナの名において誓おう』

 

 重苦しく、苦々しげにそう頷いた。

 

「──お前は逆になんで!? 人間を殺すために暗黒騎士やってるんじゃないの!?」

 

『だとしても、恩人の願いだ』

 

「…………あっ」

 

 男が口元を手で押さえた。

 

『──させないよ?』

 

『がっ……!?』

 

 ガイナの胸から、彼の剣(堕ちた聖剣)が突き出ていた。

 

 




また書き溜めしなきゃ……
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