深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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心の裏面は煩わし

 

 

 さてさて、あたしが愛してやまない喫茶店に着いたわけだけど。今のあたしが入って大丈夫なのかな? 日守さん的には、あたしがこうなるのは知ってるから良いけど、他のお客さん的には良いのかな? ……ええい! 考えるのは面倒だ! 突撃ー! 

 

「たのもー、あたし以外に人はいる?」

「おや、いらっしゃいませ。当店は一見様はお断りさせていただいております。ですので、会員証の方を拝見させていただいても……。いえ、合言葉にしましょう。『3杯目のコーヒーは』」

「『カップの中に幸せを』」

 

 知らないわけがないし、あたしがこの合言葉を忘れることはない。だって、この合言葉を作ったのはあたし(玲音)なんだから。

 3杯目のコーヒー。冒険の1杯目、探究の2杯目、幸福の3杯目という、あたし(宵崎玲音)の個人的な自論によって作られた合言葉だ。

 

 初めて飲む1杯目は、その味を知るために。2杯目はその味を理解するために。3杯目は、その味に満足を求めて。という考えのもとにこの合言葉は設定されている。

 

「やはり、貴方でしたか」

「うん。あたしあたし、今日はね。……お? 瑞希が居るじゃん。瑞希ー、おーい」

 

 あ、瑞希居るじゃん。何やら一緒に人がいるし友達でも連れてきたのかな? 

 

「なによ。瑞希の知り合い?」

「え? ……えっと、ごめんね? ボク、キミと何処かで出会ったっけ?」

「え、ひどい! あたしのこと忘れたの?」

 

 あたしのことを忘れるなんて……友達だと思ってたのはあたしだけだったのか……

 

「そのお姿と話し方では、おわかりになれる方の方が少ないと思いますよ」

「あ、そうじゃん。今、あたしいつもと全然違う格好してるし、仕方ないか」

 

 そうだった。あたしは今、自分の作品を模倣しているところだ。危ない危ない。あやくう悲しみの海に沈んで窒息死するところだったよ。そんなに溢れてくることなんてないけど。

 

「あたしだよ。玲音だよ」

「……え?」

「宵崎玲音。キミのクラスメイトであり、友人の玲音だよ」

「知り合いなの?」

「うん。知り合いなんだけど……雰囲気違くない?」

「そりゃあ、だって……ねえ?」

 

 模倣してるんだし、普段とはかけ離れた動きぐらいするよ。

 

「……あんたは誰なの? 瑞希のなに?」

「ん? ああ、ごめんね? 楽しくお話ししてたの邪魔しちゃって。あたしは宵崎玲音。瑞希のお友達だよ〜」

「そっ。私は東雲絵名。瑞希の……友達よ」

「そっか。よろしくね〜」

 

 そっか。瑞希の友達か。と言うことは、結構良い子なんじゃないかな? 

 

「絵名ちゃん。絵名ちゃんは、絵は好き?」

「好きだけどなに」

「そっか〜。じゃあ、今度モデルになってよ。瑞希と並んでくれたらきっと良い絵になるとあたしは思うんだよね〜」

 

 瑞希は最近のメインモデルだし、東雲絵名ちゃんもきっと良いモデルになるんだろうな〜。可愛い顔してるし。

 

「考えておくわ」

「うん。考えといて〜。じゃ、ごゆっくり〜」

「えー、せっかくならこっちで座って食べれば良いのに」

「なんで良く知らない子と……」

「まあ、まあ。で、玲音はどうする?」

 

 まさか、瑞希から軽食のお誘いが来るなんて……。運がいいのか悪いのか。出来れば、普段のあたしの時に誘われたかったな〜。

 

「嬉しいけど、ごめんね? 今のあたしは目立つし、面倒な人たち(信者)に見つかったら巻き込んじゃうから。今回は遠慮しようかな」

 

 一応、等身大球体関節人形の作品として、空亡のアカウントに放り込んである人形の模倣をしているから。陰で写真撮られたりなんてこともあるんだよね〜。ここの喫茶店は割とセーフゾーンではあるけど、何が起こるかわからない。それが人生というモノ。

 何かの間違いで熱狂的なファン。正体考察系の人たちがいられても困る。

 

「それに、魔法(模倣)が解けた時のフィードバックはあたし一人の時の方が対処しやすいからね〜」

「結構な時間やってる感じ?」

「ん〜、かれこれ1時間半ってところかな?」

「うわー、それ大丈夫なの?」

「ぜんっぜん大丈夫じゃないよ。でも、一回トレースしちゃうと中々抜けないからさぁ。今解けるとすごく困っちゃうんだ」

 

 そう。反動が怖くて今は解く解けない。まあ、解けるほどのショックなんて基本無いし、痛み止めも飲んでるから頭痛が酷くなりすぎて解けるということもない。

 

「まっ、ごゆっくり〜」

 

 まあ、友人と食事を楽しんでいたまえよ。今日は日守さんと少し話があるからきたし、今日は一人の気分だ。

 

「抹茶ラテとチーズケーキ。場所はいつもの席で」

「かしこまりました。では、ご用意してお持ちします」

 

 あー、じんわり喉が痛くなってきた。話しすぎたかな? 

 

 水を飲んで喉を潤す。カバンから販売したいらしい詩集『残明』を読む。出版社からの頂き物だから読んではみるけど、書いてあるのは『空亡』の穴だらけのプロフィールと『空亡』の作品の一部が集められて構成されている詩集というだけ。

 捨て置いてはいるけど、自分で作った作品のことぐらいは覚えている。どんな時に書いて、どんな意味を込めたのかとか、詳細まで覚えている。

 

「失礼します。おや、出版するのですか?」

「出版すると言うか、この前取った賞の副賞に賞金と書籍化だったんだ〜。その時のやつを出版社からもらったの。コレ売りませんかって」

「ほう。それで? どうするおつもりで?」

「それを日守さんに相談に来たのよ」

「どうしてまた。玲音くんの好きなようにすれば良いのに」

「だって、日守さんは事実上のあたしのパトロン。現状あたしの唯一の取引相手なんだよ? そりゃあ、確認とお話しぐらいするよ」

 

 日守さんとあたしの関係は、出資者と作家の関係もある。もちろん、普段は店主と客だけれど、あたしの空亡としての活動は日守さんの協力の元成り立っているところもある。

 例えば、倉庫。あたしは大きい絵だって描くし、人形だって作る。作品作りのためにモノによっては溶接したりすることもある。そして、完成した作品は基本的に売りに出ることはない。だから、大きめの保管場所は必要だった。それを中学生の時に日守さんに相談した結果、日守さんの持つ土地の倉庫を使わせてもらっている。

 

 大きな作品を作るとき。直近で言えばワンダーランド×ショウタイムで使う背景は、日守さんの協力ありきで出来ている。主に制作場所として。

 

「ワタクシは、貴方のファンであり。特等席で貴方の作る作品が見たい。貴方がどのような物語を生み出していくのかを見ていたい。だから、貴方に出資し、協力しているだけですよ。ワタクシから許可を得て何かするのではなく、空亡先生。貴方が好きなように作品を作り、好きなように活動してください。のびのびと活動する様子が見られるだけで、ワタクシは満足ですから」

 

「ですが、ここでは店主とお客様ですので。お代はいただきますがね」そうだね。そっか、じゃあ。

 

「売れると思う?」

「先生には一定の顧客はいますから、告知さえすれば一定数は売れるでしょう。ですが」

「それ以上はわからない。でしょ?」

「はい。ワタクシの専門は調理ですから。お料理関係でしたらお教えできますが、マーケティングや読書市場のことはさっぱりですので。それに、インターネットもあまり得意ではありませんから」

「ふーん。あ、日守さん。下がる前に追加の注文が」

「なんでしょうか?」

「瑞希と絵名ちゃんに好きそうなスイーツを一つ紅茶セットで出してあげてよ。もちろん、匿名でお代はあたしからで」

「友人様に怒られますよ」

「……その時はその時だよ。美味しかったらまた来てくれるかもしれないじゃん? それに、好きなものを共有したい気分なんだ」

「左様ですか。では、準備に参りますので、失礼させていただきます」

「いってらっしゃい」

 

 さて、じゃああたしは目の前の抹茶ラテとチーズケーキ(これ)を食べようかな。

 たまに食べると美味しいんだよね〜。いつもはコーヒーとティラミスだけど、今食べると魔法が解けちゃうかもしれないからね。

 

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