今日は、ある教師の一日の話です。
教師のとある一日
「あ、滝沢。またタバコ吸ってる!」
「おう、俺は大人だからな。お前らも、20過ぎたら吸えばいい。金けっこう掛かるからあんまり勧めらんないけどな。あと、先生をつけろー」
あーヤニが美味い。
俺はこの学校が好きだ。職員室裏に喫煙スペースがあるし、同じく教員に喫煙者が多いから冷ややかな目を向けられることもないし。教員なのに何で喫煙者なんだという視線を一人で浴びなくてもいいから、俺はこの学校が好きだ。
「生徒に人気ですね。滝沢先生」
「舐められてるだけっすよ。まあ、距離が近ければ気づくことも増えるからいいことはあるんすけどね」
生徒との距離が近いことは何もいいことだけではない。見誤れば客観性を失うかもしれないし、入れ込み過ぎれば贔屓も生まれるだろう。
距離感を誤りやすい生徒とは、こっちからラインを引いて接して。誤りにくい生徒とはそのまま話しやすい立ち位置から話す。
俺ももう四十過ぎたおっさんだ。まだまだ子供の生徒達に欲情なんぞしないが、距離感を見誤ればそうなるという実例を何人も知っている。
生徒から変な気を持たれようが、好意は嬉しく思うが関係を発展させる気はない。
だから、ちょっと舐められるぐらいが俺としてはちょうどよかった。
「そろそろ時間っすね。俺は先に失礼します」
「ああ、一限目から頑張っておいで」
一限目から授業。しかも、本業じゃない教科。いくつか教員免許取ったのは失敗だったかねえ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この学校には、目をつけておかなきゃいけない生徒が数人いる。そして、そのうちの二人は俺の担当する学級にいて。
「おーい。宵崎ー」
「……」
「か――「何」。聞こえてるなら、初めから反応してくれ。……んで、暁山は……まあ、いいか。さっきまでいたんだがな」
我が校の天才。校外活動に関して言えば、かなりの良い成績を残すが極端に学校に来ない不登校生、宵崎玲音と。自他のギャップに悩む不登校生、暁山瑞希のいる学級を任された。
暁山は社交的だが、人とは一線を引いて話す。多分、話している雰囲気や感じから心から友達と言える存在はいない。
宵崎玲音は非社交的で、他者と関わりを持ちたがらない。本人にあった出来事を考えれば当然とも言えるかもしれない行動だが。中学でも元々浮いている生徒なので、過去は特に関係ないだろう。
暁山について俺自身あまりわかっているわけじゃない。ただ、宵崎玲音とは2年目の付き合いで、二回目の担任。いやでも噂やら、情報は入ってくる。
「滝沢ー。宵崎が話聞いてくれねぇんだよ」
「そうか。まず、俺を呼ぶときは先生をつけろ。宵崎に伝えたいことメモ帳に書いて机の上に置いといてやれ。気になったら読むだろうから」
「滝沢先生」
「あー、宵崎のことっすよね。また授業中に絵とか書いてました?」
「……わかってるなら、ちゃんと指導してください」
「聞いてくれるなら俺も困ってませんよ」
「滝沢先生!」「滝沢先生!」「滝沢!」
……俺は宵崎玲音の保護者か。
なんだかんだ俺の言うことは聞くから、と生徒やら教員らから苦情が俺に集まる。別に、宵崎玲音は俺の言うことだから聞いてるわけじゃない。半分脅しのようなことをするから聞いてるだけだ。
本当はやりたくないし、言う気はないから最後まで空亡と口にする気はない。
社交性が低過ぎて社会で生きていけるのか心配になる。家に以外に居場所はあるのかとか。学校を卒業してやりたいことがあるのかとか。一年生だからまだいいが、進路相談もろくにしていない。教員としても、個人的に目をかけている存在としても、心配が勝つ。
どんな才能を持っていたって、壊れてしまった友人を俺は知っているし、その現状を見ている。いつか、社会とのギャップで宵崎玲音が壊れてしまうんじゃないかと。そんな未来が来ないことを願うほかない。
しかし、最近はどうも違うようで
「玲音――」
「……ん」
暁山瑞希と一緒にいる姿を見るようになった。
相変わらず何考えてるのかわからないし、言葉足らずでデリカシーもないし、物騒な発言をすることもあるが。
一年前のよりも本当に少しだけ、彼はいい方向に変わった。
「大丈夫かねえ」
「やっぱり、気にかけてるんですね。滝沢先生」
「……んだよ。居たのか、神代」
「フフ、僕はどこにだって居ますよ。ショーのインスピレーションを手に入れられるなら、ね」
「……ウチの天才どもはどうしてこうも癖が強いかねぇ」
元担当の生徒。神代類。天馬司、草薙寧々と他校の生徒一人の四人でフィニックスランダーランドの小さなステージでショーをしている。隠れて見に行ったが、良いものだった。下手な劇団に高い金払ってみるより、個人的には神代類たちのステージに金を落としたいぐらいには。
「……玲音が気になるんですか?」
「まぁな。俺の担当する学級にいるし、あいつとは2年目だ。変化がなけりゃそれなりに気にする」
「でも、滝沢先生が個人的に目をかけている理由にはならない。もっと別の理由があるんじゃないのかい?」
もっと別の理由ね。
あるにはある。だが、それはあいつの過去を暴露する行為だ。宵崎玲音の過去や家庭環境をわざわざ教えてやる必要はない。
それに、神代なら気になれば自力で調べるだろう。そして、真相に辿り着く。
「俺について知りたいなら勝手に調べろ。ただ、宵崎玲音に関しては深く探ろうとするな。嫌われるぞ」
「それぐらいのラインぐらいわかってますよ。……あの奥に隠された暗い顔に何があるのか。あの作品の奥に隠されたものにたいして、自分から触れられるほどの度胸はありませんから」
……お前もそんな暗い顔できるんだな。
「ショーのことで頭がいっぱいなやつだと思ってたが、そうでもないんだな」
「失礼だな。僕は、ただ合作相手に嫌われたくないだけですよ」
「素直じゃねえな」
若いねぇ。まあ、わからなくもない。俺だってそんな時期があった。
「トンネルはたまに道が塞がってたりするが、夜は違う。夜はいつか明ける。どれだけ時間が掛かろうと、いつの日か太陽が登って夜明けを迎えるだろう」
「何が言いたいんです」
「その賢い頭使って考えろ。大丈夫、お前なら俺の言いたいことも、伝えたいこともわかるだろうさ。俺はそろそろダチの面会行かねえと、時間が終わっちまう」
さあて。俺はまだやることがあるんだよ。
若い頭で考えて、いろんなこと体験しろ。柔軟な思考と刺激がありゃ、スランプなんぞ起こらんだろうさ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「邪魔するぞー」
「……あなたは、確か」
「珍しいな、起きてるなんて。……俺は、お前のダチだよ。高校からのな。入院してるていうから来てやったぞ」
カーネーションの飾られた病室の椅子に座って顔色の悪い友人に話しかける。
ほぼ寝たきりで、起きていられないほど体も精神も弱っていて、まだ退院はできそうにない。そして、記憶の混濁もあるからか、俺のこともまともに覚えちゃいない。
「体の病状はどうだ?」
「怠くて起こしているのがやっとで」
「そうか。話聞けるぐらいの体力はあるか?」
「……それぐらいであれば」
「ならいい。お前に記憶があろうがなかろうが、こっちにはあまり関係ないからな。とりあえず聞いてくれればそれで良い。俺は教師やってんだが、面白い生徒がいてな。宵崎玲音って言うんだけどよ」
宵崎玲音のことを中心に、神代や暁山。そして、顧問をしている時の話。同僚と飲みに行った時の話。
話のネタなら尽きないほど持ってる。問題児どもも、俺に懐いてくる生徒も面白い奴らばかりだ。そんな奴らに囲まれてれば話のネタも尽きないし、相手はバカやって学んでくのが仕事の
必要があれば叱り、導くのが俺の役割だ。後ろから見てるのも楽しいしな。
「まあ、こんなとこか……。なんだ、寝ちまったか」
話している途中で寝ちまったらしい。こっちの気も知らないですやすや寝てやがる。
「……お前が辛い時に何もしてやれなかった俺が、なんで親友やってんだろうな」
たまに俺が見舞いに来たって、お前の病状が良くなることはない。相変わらず、俺は何もしてやれない。
「俺は、お前の曲で救われたんだ。今度は俺に救わせてくれよ。宵崎」
……帰るか。あーあ、湿っぽいのは好きじゃねえんだ。歳とると涙腺も脆くなって仕方がない。
「時間が出来たらまた来るよ。……そん時は、俺の教え子も連れて来れると良いんだがな」
俺に出来るのは、怖くて見舞いに行けないお前の息子の腕を引いてくることぐらいしか出来ない。それぐらいしか出来ない。
ラーメンでも食いにいくか。久しぶりに、大将に顔も見せねえとな。
感想とは別に質問箱の設置
-
必要
-
必要ない
-
そんなことより続きはよ